サラミス改級巡洋艦『トラキア』の改修整備間にそのMS隊にとっての仮の宿となる第113整備場は、P-04の中核になっている小惑星本体ではなく、その周囲に多数が連結された生産プラント群の一つにあった。
「すごい。生産プラントが、こんなにたくさん……。コロニー何基分なんだろう?」
P-04中心から伸びる軌条へ沿うように、RGM-79R『ジムⅡ』の4機編隊が宙域をゆっくりと飛んでいく。コロニー生まれでコロニー育ちの生粋のスペースノイドにとってもこの光景はさすがに壮観で、アイネ・クライネ伍長は思わず嘆息した。
P-04の中心とプラントの間、そして各プラントの間を繋いで結ぶ軌条には、いくつもの列車やコンテナが忙しなく行き交っているのが見える。あの中のどれかに、サブリナとその貨物車もいるのだろうか。
生産プラントとは通常、1基のスペースコロニーに対してその周囲に数十基が付属するものだ。コロニーから隔離された環境内において効率的な特化型の農工業を営むことで、住環境であるコロニー本体の内部では生産困難な各種物資を提供する役割を担う。
プラント個々の外観は半径300メートル、全長600メートル程度の巨大な円柱状だ。回転軸から垂直に見ればほぼ正方形、水平から見ればリング状の採光窓を設けたほぼ真円となる。
この巨体が固定された中心軸を除いてコロニー同様に自転することで、円筒内に外向きの疑似重力を発生させている。回転し続けるその質量は戦闘艦などの比ではない。これに比べればMSなどは豆粒にも満たないし、仮にトラキアのようなサラミス改級巡洋艦をプラントの横に置いたところで、縦に少し潰したドラム缶の横へ細い水筒でも置いたようにしか見えないだろう。
それでも半径で3キロメートル以上、全長に至っては30キロメートルをゆうに超えて文字通り桁違いの巨大さを誇るコロニーの威容とは、さすがに比べるべくもない。プラントひとつの体積は、コロニー・シリンダーの600分の1にも満たないのだ。
これほど小さいにもかかわらず、プラントがコロニーに対して不可欠な生産拠点としての大きな働きを示せる理由――そのひとつはコロニーと異なり、多層構造化によって床面積を稼げることだ。
スペースコロニーは通常、内部に階層構造を持たない。外壁部分が整備用などに多層化されて『地下空間』を構成する場合こそ多いものの、居住空間となる『地上』から空を見上げれば、そのまま円筒内部の反対側である『対岸』までを見通すことが出来る。
鳥類の領域でもあるこの広大な空間は大量の空気を貯め込むことで、コロニーという閉鎖空間における人工自然環境の冗長性を確保するとともに、長く人類のゆりかごであった地球上に近い景観を保つために重要な役割を果たす。その一方でコロニーの有効床面積はその質量と容積に対して、著しく小さなものとなってしまっていた。
一方で居住用ではなく、農業用、工業用など各種の用途に特化したプラントは、多層化によって全く異なる内部構造を形成することが可能である。
バームクーヘンのように無数の円を重ねた階層構造に分割することで、プラントはその床面積を非常に大きく広げられる。これは農業用途においてはそのまま、収量に直結する作付面積の飛躍的な増大を意味する。コロニー内に緑地はあれども農地は少ない。それでもコロニーがそこに住む数千万人の胃袋を自給自足していくことが出来るのは、プラント群によってもたらされる驚異的な高密度の農業生産力があればこそであった。
P-04はそうしたプラント群を、破壊された旧サイド5のコロニーから寄せ集めていたのだった。
第113整備場はそんなプラント群のひとつ、その回転せず静止した中心軸の一端に位置している。誘導灯に従いながら、4機のジムⅡは開いたゲート内のエアロックへと、滑り込むように進入していった。
外部ゲートが閉まり、エアロックを挟んで移動すると、トラキアのMS格納庫の3倍はありそうな空間に出た。10基ほどのMSベッドが並んでいる。そこへ駐機されている機体にRGM-79GSR『ジム・ゲシュレイ』――ジム・コマンド宇宙戦仕様の独自改修型の姿を認めて、アイネは思わずうげっ、と呟いた。
ゲンナー・ウェズリー少尉機にはシュン・カーペンター伍長との模擬戦訓練へ無茶苦茶な割り込まれ方をされたり、ルウム農協所属だという予備役兵の美少女たちからはわけのわからない因縁を付けられたりしてきたアイネは正直、この機種に対してろくな印象を持っていなかった。
ジム・ゲシュレイは常備役部隊より予備役部隊で使われている局地戦機だと聞いたから、ここも本来は予備役部隊の拠点なのだろうか。
その奥にはRB-79『ボール』もまとまった数が駐機している。こちらは戦闘用ではなく作業用らしいが、そのわりに頭部には一年戦争さながらの低反動砲が座っていた。P-04はジオン残党ルスラン・フリートが活動し、連邦軍の侵入をまったく許さないという絶対防空圏『聖域』に近い。自衛用なのだろうか、とアイネは思う。
アイネがトラキアへ回収された直後に発生した救援作戦で接触した、貨物船『リバティ115』とその護衛に付いていた民間警備会社のボール部隊を思い出す。アシュリー・スコット予備上等兵、あのとにかく元気でちょっとおバカな少女は、P-04への到着後も元気にしているだろうか。
整備場内をノーマルスーツの誘導に従って進み、武装と携行コンテナを下ろして固定、最後にMSベッドへ機体を寝かせると、融合炉を落としてコクピットハッチを開く。
そのときにはもう整備場側の人員がわっと出てきていて、アイネが床まで下りる頃には、すでにMS隊長マコト・ハヤカワ准尉がぐるりと取り囲まれていた。集まってきたのはこの整備所の整備士や管制員らしい服装の他にもスーツ姿など、合わせて十人以上。熱狂的に歓迎されているらしかった。
「マコトさん!? 本当に帰ってこられたんですね!」
「トラキアとアルマーズが入港したって聞いたとき、ひょっとしたらって思ってたんですが――こんなに早くお会いできるとは思いませんでしたよ!」
「恥ずかしながら帰って参りました」
神妙に敬礼してのけるマコトに、再び人波が興奮で揺れる。
その人員のほとんどがルウム農協の所属らしい。かつてトラキア隊はルウム戦役で壊滅したプラント群を一年戦争中から救援し、のちのP-04の復興に尽力したという。ルウム農協の人々がトラキア隊の古参兵であるマコトへ向ける真っすぐな賞賛と敬意を自分ごとのように面映ゆく感じて、アイネは一人誇らしげに鼻をひくつかせた。
「推進剤の備蓄はたんまりです。予備部品も、ジム系ならどうとでも都合できます――兵站の方はお任せを。ここでお好きなだけ飛ばしてください」
「ありがとう。こちらの整備要員が来るから、整備作業はやらせてもらいます。それと言いにくいが、私は今日からしばらく休暇なんです。不在間の指揮は、こっちのロブ・サントス伍長に任せることになっています」
「そうでしたか! 留守はお任せを」
「いや、しかし――マコトさんとトラキアが帰ってきてくれたなら百人力ですよ」
その喧騒の中で群衆の一人が声を落とし、マコトの耳元で囁いた。
「――この半年、ここでの『中央派』への不満は鬱積する一方です。いったん火が付けば止まりません。トラキアとアルマーズの英雄たちが戻り、マカッサルは壊滅状態となれば、戦力均衡は変わります――『一声』あれば、我々はいつでも動けます」
「そうですか。我々はこの半年で宙域を外から見てきましたが、敵が強いのです。今は一致団結して、ジオン残党軍の脅威に備えるときですよ。皆さんも、ゆめゆめそれをお忘れなきよう」
その一瞬だけ落ちた不穏な空気を、マコトは即座に打ち払う。空気が奇妙に沈み込んだが、それもすぐに世間話に切り替わって押し流されていった。話題が尽きることはなく、明るい大声での談笑が続いていく。
マコトが部下たちに到着後の行動を指示するより早く取り囲まれてしまったため、マコトと他3人は人垣で完全に分断されてしまった。マコトもこの出迎え集団を無下には出来ないらしく、部下たちへ向けて一瞬だけ視線を向けて顎をしゃくると、彼らを引き連れたまま整備場の出口らしき方向へと歩き始めた。
付いて来い、ということらしい。このまま外へ出るしかなさそうだった。イベル・ガルノフ軍曹はサブリナの貨物車の荷台に放り込まれていて、ここにはいない。3人の先任者であるロブはふっとため息をつくとシュンとアイネを従え、3人ばらばらに集団の背後を歩きはじめた。
「プラント中心軸内のMS基地か……元々は小型艇の発着場か何かだったのを改修したのかな」
アイネは物珍しげに周囲の空間を観察しながら歩いていく。
だが、そのマコトを取り巻く人員の中に見覚えのあるパイロットスーツ姿を二人見つけたとき、アイネの顔面からさっと血の気が引いた。シュンの表情も強張っていた。
「よっ、シュン。おひさ」
そして黒髪のポニーテールを揺らす、凛とした顔立ちの美少女――トモエと名乗ったルウム農協所属の予備役兵が、パイロットスーツ姿でシュンの真正面を塞いでいた。近い。光線の加減によるものなのか心無し、笑顔にどこか凄みが宿っているように見える。
「ずっと会いたかったんだよぉ。こないだトラキアがP-04を出る前、最後に3人で会おうって約束してたの、覚えてるだろ? 私ら、ずっと待ってたんだぜ……?」
「と、トモエさん……っ……あ、あのときは……っ」
シュンは声にならない声を上げながら、後ずさって逃げようとした。逃げようとしたが、背後から誰かに組み付かれて止められていた。シュンの背中に重く大きく柔らかな、女の丸い肉の感触がふたつ潰れている。
「り、リタさん……!?」
「ふふ、シュン……トラキアを下りた先の格納庫まで一緒だなんて、運命みたいな『偶然』だね。これからいっぱい、一緒に『訓練』しようね……」
切なげな甘い吐息を交えて耳元で囁きながら、褐色の肌の美少女――リタ・ブラゼル伍長がパイロットスーツ越しにその豊かな乳房を圧しつけながら、シュンへと絡みつくように寄り添っていた。シュンは必死に彼女を引き剝がしながら逃げようとしたが、その動きを読んでいたようなトモエに正面を塞がれる。完全な挟撃だった。
「ふッ」
「かは!!」
そして一瞬でシュンの懐へ入り込んだトモエが予備動作もなく、その鳩尾に拳をめり込ませていた。寸勁。声も出せずにシュンは崩れ、その左右へリタとトモエが入って支える。他人事のようにトモエが言った。
「あれ? どうしたんだよシュン、気分でも悪くなったのか?」
「まぁ大変! 私たちが介抱してあげなきゃ。すぐそこに部屋があるから、しばらく横になろうね」
すべては一瞬の出来事だった。マコトに群がる群衆たちを壁に使って隠れながら、二人の少女はシュンの拘束を完了する。
「それじゃあ、私たちはここでお先に。あとはお任せを」
「きゅーけー、はいりまーす」
既に一行は格納庫を出て、ターミナル前の広場に入っていた。アリバイ作りの申し訳程度に静かに宣言するや、リタとトモエはそのまま彼を近くのロッカールームへそそくさと連れ去っていく。
いや――連れ去って行こうとして、誰かに行く手を塞がれた。
「あ、あなたたち……っ!」
「おやぁ? 誰かと思えば、新入りさんじゃないの」
すっとシュンから離れたトモエが向き合う。間合いを割って勢いよく踏み込んだアイネは、至近距離でトモエと睨み合った。
互いに手は出していないが互いに一歩も引かずに踏み込んだため、結果として互いの胴体で最も前方へ突出した部分――乳房がパイロットスーツ越しに接触してぶつかり合い、4つの柔らかな乳肉がぐにゃりと潰れた。トモエもパイロットスーツの胸元に浮き出た見事に立体的な巨乳の輪郭線を誇らしげに見せつけていたが、アイネはその優に倍以上はある暴力的なまでの質量を武器に押し込んでいく。
「乳相撲かよ」
呆れてロブが呟くが、アイネの爆乳はトモエの巨乳を完全に食ってしまいそうな勢いで圧倒していた。その勢いに、トモエは思わず半歩下がる。
「なっ、このっ……」
その目に一瞬浮かべた驚きと苛立ちを素早く消し去ると、再び口元に余裕を浮かべてアイネを見返してきた。大きく胸を張って肉のバンパー越しに押し合いながら、アイネはきつくトモエを睨みつける。
「いい加減にしてください。あなたたち、カーペンター伍長にそういうの嫌がられているの、分からないんですか」
「ええっ、嫌がられてる?? そんな……嫌じゃないよね、シュン?」
シュンを捕らえたリタは間近で彼に問いかけながら、身体を寄せて脚まで絡める。女体の肉感と艶やかな声色に反応させられた股間の膨らみを、直接触れない程度の微妙な距離で指先になぞられると、シュンは苦しげな呻きを漏らして仰け反った。アイネの眉間へさらに厳しく皺が寄る。
「おいおい、何やってんだよ……」
ロブは呆れ半分、3人の巨乳・爆乳美少女たちに争奪される境遇への羨み半分で事態を傍観していた。これから何か積極的な介入が出来るようには見えず、実際、リタとトモエにもほぼ無視されている。もしアイネがここで引けば、二人はこのままシュンを小部屋に連れ込んで『介抱』とやらを始めてしまうだろう。
アイネは軽く切れながら、トモエの肩越しにリタを睨んだ。
「彼は私たちの部隊の仲間なんです。具合が悪くなったのなら、私が連れていきます。関係ない他部隊の人は、下がってもらえませんか」
この期に及んでとぼけて見せるリタへ鋭い視線を刺して牽制する。だが乳房でぶつかり合うトモエは、下から煽るような調子で挑発してきた。
「部隊は関係なくても、個人的には関係大アリなんだよなあ」
「何……?」
「私たち、こいつの女なんだよ。面倒見てやる義理があるんだ」
「そんな話、聞いてません。デタラメ言わないでください」
「ふーん。……アンタさぁ、処女でしょ?」
「んなっ!?」
かっと顔を赤くしたアイネに、トモエはすべて見透かしたような余裕の笑みを浮かべた。
「やっぱりねぇ。せっかくイイもの持ってても、ただの宝の持ち腐れ。いつおっ死ぬかも分からないこの戦場で、ヤらせてもくれない女が女気取りなんて、あり得ないでしょ」
「そ、そうだけど……そうかもしれないけど、違うもん」
「何が違うっての。おてて繋いだことぐらいありまーす、って?」
「じゃなくて、私と、カーペンター伍長は……っ!」
即物的、享楽的な肉体の繋がりだけで関係を語ろうとするトモエに強い反発を覚えながら、同時に、アイネの脳裏にシュンとの初対面で繰り広げた二人の痴態が蘇った。
得体の知れない劣情。感じたことのなかった快楽。合体への渇望。
それらがすべて遠のき、取り残された自分を襲った、凌辱の恐怖――それらの記憶のフラッシュバックは大洪水じみた威力で、アイネの意識の全てを押し流してしまった。
「うっ、あ、……あうっ……」
「…………? なんだ?」
奇妙なところで赤面したまま奇妙な停止を見せたアイネに、トモエが怪訝な視線を向ける。
そのときターミナルの物陰から怒りに張り詰めた少女の声が、場の全体を圧するように響き渡った。
「ちょっと、まだ話は終わってないでしょ! 待ちなさいよ!」
「だから、お前らと組むのはもう無理だってんだろ……しつこいな」
物陰から歩き出てきたのは、一年戦争当時そのままの旧式パイロットスーツに身を包んだ少女たちと、同じ服装の男たちだった。この整備場に駐機していたボールのパイロットたちか、とアイネは我に返りながら瞬時に推量した。
亜麻色のロングヘアをなびかせたスタイルの良い少女が、勝気そうな表情へさらに強い怒りの意思を込めて、立ち去ろうとする男たちへ掴みかからんばかりにしていた。だが男たちはその表情の端に後ろめたさは感じさせながらも、つれなく彼女を遠ざけるように手を振り、近づく少女を払いのける。
「『亡霊』は女を狙う。お前らと一緒にいたんじゃ、こっちは商売上がったりなんだよ」
「気持ちは分からんでもないが、悪く思わねえでくれ。俺たちにだって生活があるんだ」
「じゃあ、あたしたちの生活はどうなるのよ!!」
「……知らねえよ。陸に上がるか、このへんの近海で雑用でもやればいいだろ」
「それじゃ稼げないから言ってるのよ! あと少し。あと少しなのに……っ!!」
「フィオ!」
食い下がる少女の後ろからもう一人、やはり旧式パイロットスーツ姿の、ぽっちゃりとした体型の少女が追い付いてきた。
「フィオ、もういいよ。もういいよ、仕方ないよ。これ以上は、やめよう……」
「マルミン――」
マルミンと呼ばれた可愛らしい顔立ちの温厚そうな少女が短いツインテールを揺らしながら、亜麻色の長髪の少女の片手を取って制止した。そのまま前に出ると、男たちの方へ向かって頭を下げる。
「あの、今まで本当に……ありがとうございました」
「……ああ……。さすがにもう行くな、とは言えねえけどよ……。十分気を付けて、安全にやるんだぞ」
「命あっての物種だからな。せっかくあのルウム戦役で死なずに済んだのに、こんなとこでゴミ拾いのために殺されてたらアホみたいだろ」
「っ!!」
男の捨て台詞に、長髪の少女はなお食い下がろうとしたが、豊満な少女にぐっと腕を掴まれてやむなくその場に留まった。去り行く男たちの背中を悔しげに睨みつけながら見送る。
「仕方ないよ、フィオ……。あの人たちにだって、生活があるんだもの。あそこに行けばまたあの『亡霊』に狙われると分かってるのに、来てもらうわけにはいかないよ」
「でも今のままじゃ、頭数が足りない……。あと少しなのに。このままじゃ、せっかくアレにたどり着けても、引っ張って帰ってこられない……」
「落ち着いて、もう少し待とう。そしたらあの『亡霊』だって、いなくなるかもしれないし……」
「いつ? いついなくなるっていうのよ? マルミンだって分かってるでしょ。そんなに待ってたらアレだって、もう二度と見つけられなくなるかもしれないのに……」
そこまで言ったところで、長髪の少女は5人のパイロットたちから見られていたことにようやく気付いた。悲しみと絶望から瞬時に怒りへ切り替えながら、悔し気に吠えたててくる。
「は……? 役立たずの軍人どもが何見てんのよ。見せモンじゃないっての!!」
「ご、ごめんなさい……! この子、今ちょっと気が立っちゃってて。気を悪くしないでください……! ほら行こ、フィオ……!」
ふくよかな少女が腕ずくで連れ去るように長髪の少女を引くと、彼女は苛立たしげに舌打ちしながら退場していった。5人はただ呆然とそれを見送る。
トモエが呟いた。
「今の小娘……『境界漁民』だな」
「女を狙う亡霊、って言ってた……ってことは、まさか。また、アレが――?」
好みの美少年を狙って襲おうとしていた浮ついた雰囲気を一気に消し去り、にわかに戦士の空気を纏ったトモエとリタが、互いに視線を交わし合う。
「ご、ごめん……リタさん、もういいよ。もう歩けるから……」
「あっ」
そしてボール乗りの少女たちと男たちの言い争いに皆が気を取られている間に復活したシュンが、ここぞとばかりに力を入れてリタを振りほどいていた。そのまま素早くロブとアイネに合流する。
「もう大丈夫です。ご心配おかけしました」
「お、おう……。じゃあ、隊長に合流すんぞ」
シュンを巡って揉めているうちに、マコトとその取り巻きたちの背中はずいぶん遠くに行ってしまっていた。ロブの指示で靴裏の電磁石を鳴らしながら小走りに駆けだすと、さすがにもうトモエとリタは追ってこなかった。
「境界漁民、……女を狙う、亡霊……?」
耳慣れない単語を一人呟きながら、アイネはマコトたちの背中を追った。
「よーし。エレベーター降りたらすぐだからな!」
「まさか、同じプラント内だったとは……」
「というかP-04初期の頃に各プラントへMS隊の拠点を作りはじめたときに、あたしらの家も一緒に作ったんだよね。いろいろ余裕ない態勢だったから、職住一致ってやつでね」
トラキア隊の4人はロッカールームで私服に着替えると、サブリナに出迎えられて、エレベーターでプラント内の『底』を目指した。固定されて静止した中心軸内に存在する第113整備場は無重力空間だったが、その外側はプラント本体となる回転体であり、ミケリヤ家はその外壁近くに位置していたのだった。
アイネは道中でシュンを護衛するように周囲に目を光らせていたが、トモエとリタの追撃は無かった。しかしP-04への航路上で接触してから、まさかこれほど早く接触を受けるとは。偶然とは思えない。ルウム農協の情報網でトラキア隊の行き先を掴んだのだろうか。もはや油断も隙も無い。
「クライネ伍長……さっきは、ありがとう」
「当然のことをしたまでだよ。また変な絡まれ方をするようだったら教えてね。飛んでいくから」
少し前までなら、候補生課程で同室の同期生シエル・カディス伍長から言われていたような台詞を、今度は自分からシュンに言っていることに気づいて、アイネはそのおかしさに思わず微笑んで誤魔化した。シュンも釣られたように微笑み返しながら、アイネを見つめる。
「その私服、……艦内で準備したんだよね。似合ってるよ」
「えっ。そ、そう……? あ、ありがとう……」
アイネの私服はトラキアでウェンディ・アーデル曹長が用意してくれた、肩と胸元の出るキャミソールにジーパンだった。体型によく合っていて確かに可愛らしいものの、胸の谷間まで見えてしまうため若干の躊躇があった。だがシュンがこうして素直に褒めてくれると、アイネはそれだけで報われたような気分になった。
自分が気にしている胸をシュンが出来るだけ見ないように頑張っているのを、微笑ましい、可愛い、と思えている自分に気づいて、アイネは頬を薄く染めながら俯いた。
サブリナはニコニコしながら見守り、マコトは黙って何も言わず、ロブはよそでやれよお前ら感を隠しもしていないが、アイネとシュンの二人は意に介していなかった。
やがて動き続けていたフロア表示が『居住区』に切り替わり、エレベーターが停止する。
「さーて。我が家に、とうちゃーく!」
「うわっ……」
人員用エレベーターのドアが開くと、アイネはその眩しさに思わず呟いた。
プラントの内部については狭い階層が折り重なって続く、艦艇内のような閉塞した空間をイメージしていたのだが、ここは数階層分をぶち抜いたのか、かなり開放感のある空間が実現されていた。
コロニー内のように開けた『空』はなく、光もほとんどすべて人工のものだ。それでも果樹と思しき木々や草花が生い茂り、小鳥のさえずりが聞こえる中に、風情を感じさせる屋敷が建っている。あるいは地球上の農村地帯の光景というのは、案外こうしたものなのかもしれなかった。
「サブリナ、荷物は?」
「旦那とガルノフとマリエルに手伝わせて、もう皆の部屋まで運んであるよ。これ、あんたらの部屋の間取りと鍵ね。文句は後から受け付ける」
「私は奥か……」
サブリナが最初に言っていたように、アイネの部屋はサブリナ一家とマコトの区画を挟んだ奥だった。隣にマリエルの部屋がある。男たち3人はその反対側だが、まだ空き部屋があるようだった。
短い間だが、単なる『部屋』ではない『屋敷』の個室に住めると分かって、アイネの気分は静かに上がる。
「じゃあまずは、これからしばらくお世話になるご家族にご挨拶しなくちゃですね」
「それがねぇ。亭主はいま用事で、子連れで町に出てるのよ。挨拶は後でいいから、先に部屋と荷物を確かめに行ってくれる?」
「そうなんですか」
「サブリナ。じゃあ、ミコトも――」
「たぶん一緒に出てると思う」
「そうか。じゃあ夕食の時間、1900にまたここへ集まるとしよう。それまではいったん解散だ」
「了解」
マコトが命じると、男2人は自分たちの区画へ向かった。マコトとサブリナは立ち話を始めたので、アイネもやむなく1人で屋敷の中を歩き出す。
久々の1G重力が心地よい。そこかしかに見える土と緑、おそらくレプリカなのだろうが、農村風建築の風情が目に優しかった。艦上暮らしに慣れた心が休まっていくのを感じる。
「…………」
だがアイネは、不意にそれに気づいた。
何者かに見られている。
殺気の類ではない。だが確かに何者かの視線を感じて、アイネはその視線の主に気取られないよう慎重にあたりを見渡した。
木々が植えられ小鳥も囀るプラント区画だ。小動物か何かだろうか。さすがに人間に危害を加えられるような危険生物はいないはずだと信じたいが、豚か牛ぐらいだったらいてもおかしくはない。犬という可能性もある。まさか野良犬ではあるまいが、放し飼いだったりすると嫌だな、と思う。
緊張しながらアイネは歩を進め、そして前方でがさりと藪が動いた。
犬ほどもある影が姿を現したかと思った瞬間、アイネは目を丸くして立ち止まった。
「……か、か、かっ……、かわいい……っ!!」
思わず、本心からの声を上げてしまう。
そこに現れたのは黒髪を長く伸ばしたワンピース姿の、あどけない顔立ちのアジア系の幼い少女だった。学齢期に入ったかどうかといったあたりの年齢だろう。つぶらな瞳でじいいいっ、とアイネの方を見ている。
果たして純真無垢という言葉が、これほど似合う美少女がいるだろうか。ワンピースの女児のたたずまいは、まさに天使のそれだった。
それだけではない。彼女は、誰かに似ていた――アイネが慕い憧れる誰かに。
アイネは言葉を失いながら目を輝かせ、謎の美少女にすっかり目と心を奪われてしまっていた。
「…………」
謎の女児が、すっと一歩を踏みだした。アイネの方に近づいてくる。ここの家の子なのだろうか。アイネは反射的に両手を開き、微笑みかけながら彼女を迎え入れる姿勢を取った。
「こ、こんにちは――」
だがアイネが挨拶しようとした瞬間、少女の瞳には獲物を狙う野獣の眼光が宿っていた。
「……おっぱい」
「きゃっ!?」
女児は呟いた次の瞬間、瞬発力を発揮して一気に体ごと跳躍してアイネの胸へ飛び込んでいた。そしてその可憐な顔面から、アイネの巨大な乳房へとキャミソール越しに突入する。
ばゆんっ、とアイネの爆乳がはちきれんばかりの弾力で少女の顔面を跳ね返す。だが少女は華麗なバックステップを見せつけて反動を吸収、再びアイネの乳房を狙って顔面を押し付けてくる。
ちょうど彼女の顔面ほどの高さにある、少女の頭ほどもあろうかというたわわな肉塊を、少女は強引に頬ずりしながら乳首を探すように唇を寄せていく。小さな両手で無心に揉みしだき、さらには指先でその頂を引っ掻くように捕らえに来る。
「きゃううぅっ!! だ、だめぇっ!!」
「おっぱい。おっぱい。おっきい、おっぱい……!」
予想もしなかった小さな痴女からの攻撃に、アイネは乱暴に振りほどくことも出来ずにその場で釘づけにされた。あまつさえ少女はキャミソールの上辺に手を掛け、ずり下げて乳房を丸出しにしようとしてくる。さすがにアイネは抵抗し、女児を傷つけないようにしつつ引き剥がした。
絶対的なリーチの差で腕も頭も狙う乳房から引き剥がされ、女児は空中に捕らえられながらじたばたともがく。アイネは半分涙目で睨みつけた。
「い、いきなりこんなことしちゃダメでしょ!!」
「ミルク……」
「はぁ!?」
女児は唇に自らの人差し指を突っ込み、物欲しそうな顔で再び呟いた。
「おねえちゃんのおっぱい、こんなにおっきいのに……ミルク、出ないの?」
「出ません!!」
「がっかり……」
「がっかりしないで!!」
女児は空中で肩を落とした。泣き出しはしないが、静かな悲しみに満ちた表情をしている。美少女の失望感がありありと伝わってきて、アイネはなぜか自分の方が悪事を働いていた気分にさせられてしまっていた。
アイネは同時に、悪夢の記憶を思い出す。初めての実戦で撃墜された後、トラキア隊ではなく敵に回収されて捕虜となり、男に凌辱を受けた悪夢。
処女を奪われて膣内射精を受けた後、アイネの乳房に見合った巨大な乳輪は真っ黒に染まってぶつぶつの腺が浮き出し、そして母乳を勢いよく噴き出してしまっていた。
だが、あんなものはしょせんただの悪夢だ。妊娠出産を経験していない自分の乳房が母乳を出すことなどあり得ない。彼女には悪いが、ミルクの期待に応えることは出来ないのだ。
「……ミコト?」
そのとき背後にマコトの気配を感じて、アイネは少女を持ち上げたまま振り返った。
マコトは目の前の状況にどう対応していいのか分からないような表情のまま、そこに立ち尽くしていた。今マコトが呼んだ「ミコト」というのが、このおっぱい大好き少女の名前なのだろうか。
女児は一瞬だけちらりとマコトの方を見たが、またアイネの乳房の方へ視線を戻してしまった。せっかくの爆乳からミルクが出ないことにがっかりはしても、まだ興味を完全に失ってはいないらしかった。
「ハヤカワ准尉? 彼女は――」
そしてマコトと女児を見比べたとき、アイネの頭の中に電撃じみた何かが走った。
――この二人、似ている。
同時にP-04への到着前に、サブリナが言っていた言葉が脳裏に閃く。
『マコトの家も大事な人も、ずっとここなの。そうだよ……アイツ、もう半年ぐらい会えてなかったんだよね』
ああ、そうか。なるほど、そういうことか。
合点したアイネは、女児を地面に下ろして解放した。
「この子、ハヤカワ准尉の妹さんだったんですね。ごめんなさい、さっきこの子がいきなりぶつかって来ちゃって――」
「いや。その子は、……ミコトは――」
女児はマコトの方へは見向きもせず、再びアイネの胸に突っ込んできた。今度はキャミソールの上から胸の谷間に頭を入れて、両手で左右の乳房を下からたぷたぷたぷ、とリズミカルに揺らして遊びはじめる。その絶妙な触り方に、アイネは思わず声を上げそうになる。
「私の、……娘なんだ」
「なあんだ、そうだったんですかー。ハヤカワ准尉の、娘さんだったんですねー。…………。娘。……えっ。……娘……??」
乳房をたぷたぷ揺らすミコトの手指が、乳首の位置を探るように動きつつむぎゅむぎゅ乳房を揉みにかかってきても、アイネは谷間を満喫する黒髪頭のつむじを見下ろしながら、その場に凍り付いたまま動けなかった。
「あれ? ……なんだよ、これ。誰か間違えやがったな。俺のスーツケースじゃねえじゃん。誰のだよコレ」
与えられた個室で荷物を確かめながら、ロブは悪態をついた。
ミケリヤ邸の外装は地球の伝統建造物を模してはいるが、個室ごとの基本構造は現代技術のモジュール工法で作られていた。防音や断熱もしっかりしている。これなら夜中に大音量で映画を観たりしても、隣から文句を言われることはないだろう。家具や家電の類も一通りは揃っており、生活に不自由することはなさそうだった。窓からの景観も、まあ艦内よりは悪くない。
だが同型だったからといって、スーツケースを取り違えられたのはさすがに腹が立つ。
「ったく、ホントに誰のだよ……。なんかやたらクソ重いし、何が入ってんだこれ。クソ……夕食の時間まで待つしかねえか」
誰かの重たいスーツケースをバタンと床へ転がすと、他の荷物を開梱しながら、ロブは少しずつ新生活の準備を始めた。
それにしても、一人で落ち着くと思い出すのは後輩、シュンのモテ具合だ。
シュン自身は女性に対する積極性に著しく欠けている。過去に何か嫌なことでもあったのかもしれないが、異性から熱烈なアプローチを受けても常に受け止めることなくかわしてしまう。本人はトラブルを避けるためだと言っていたが、女たちにとってはそんな消極性さえ魅力に見えてしまうらしかった。確かに顔はいいし仕事もこなす男だとは思うが、そこまでいい男なのかよ、と思わざるを得ない。
P-04から前回出港したときには、ルウム農協の誇る巨乳美少女二人組から目を付けられて絡まれたものの必死に抵抗し、すんでのところで逃げ延びられたらしい。
そのうえ最近は回収した超絶級の爆乳美少女、アイネとも訓練と実戦を通じて距離を縮めている。真面目で努力家の彼女に対しては農協二人組と異なり、シュンもまんざらではないようだ。これにはさすがにトラキアの女性乗員たちも、やはり乳なのか、とざわめいていた。
――戦場でいい雰囲気になりやがって、ふざけんな。爆発しろとまでは言わないが、いや、やっぱり爆発しろ。
「はあ……」
羨ましい。
蛇口をひねってコップでぬるい水を飲みながら、ロブはひとりテーブルで黄昏る。
かつて、MSパイロットになればモテるという噂を聞いた。だが、自分については全然だった。機体がジム、しかもフェイス・エクステリアの印象がぱっとしない感じのジムⅡだからいけないのか。ガンダムとまでは言わずとも、せめてハイザックあたりに乗れればモテるのか。
そんな風に考えていた時代もあったが、同じくジムⅡに乗るシュンがモテている時点でその考えは棄却されてしまう。結局自分は決してモテない側の人間、永遠の素人童貞なのだ。女については遊び慣れた先輩のガルノフにくっついて、おこぼれを期待する程度が関の山なのだろう。
「酒飲みてえ……」
自嘲するように呟きながら、ロブはテーブルの上に突っ伏す。
だが整備場で見たシュンを狙うトモエやリタ、そしてアイネのパイロットスーツに浮き出た鮮やかな女体美を、そしてアイネのキャミソールを押し上げる凶悪なまでの爆乳の谷間を思い出すと、どうしようもなく股間に熱が滾ってくる。
あのスーツケースには秘蔵のおかず本が入っていたのに、肝心な時に使えないとは。
「ああ、クソ……どっかに都合よく俺を愛してくれて、エロエロ淫乱で何でもしてくれる爆乳美少女はいねぇかなあ……」
何も出来ることが無いので、どうしようもない妄想が口から垂れ流されてしまう。
そのときバン、と異様な音が背後で響いた。
「!?」
思わず椅子から跳ね起きる。その方向を見た。
誰のものだか分からないあのスーツケースが、ロックを物理的に破壊しながら、ゆっくりと内側から開いていた。まだ動いている。
中に何か、いる。
「ヒイッ!?」
ロブは思わず後ずさった。驚愕に目を見開いた彼の目の前で、白い裸身が立ち上がる。
「ああ、おとこ……おとこ、……やっと、おとこ……、みつけたぁ……」
長い銀髪を揺らしてたわわな爆乳を弾ませながら、汗ばんだ白い柔肌を淫靡な熱に火照らせた美少女が、青い瞳に獲物を見る怪しい光を宿してロブを見つめた。
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※イラスト:b10b10アットzoho.com様