「おお」
P-04港湾部のビル。その一室のドアを開けると、奥窓の向こうには艦船群の並ぶ港湾区画が広がっていた。
「おおおおおお」
窓一面に広がる眺望は、軍艦ではなく貨物船やジャンク回収船が入り乱れる民間港湾区画だ。事務所へ入ってきた4人の少女たちの先頭で、素早く真っ直ぐに窓へと向かった新参者――アシュリー・スコット予備上等兵は、異様なまでに目を輝かせながら顔全体を窓ガラスに圧着したまま、謎の奇声を発していた。
「おおおおおおおおおおおおお、おおおおおおおお~~~!!」
部屋へ入るなり彼女の目に飛び込んできたのは、窓の向こうに停泊しているジャンク回収船と、その甲板に露天繋留された4機のRB-79『ボール』。
アシュリーの輝く瞳は、まっすぐそこへ吸い寄せられていた。
「C型、作業機仕様……なのに、ちゃんと低反動砲が付いてる! 機関砲じゃない!! ……あれ、背部メインスラスタの両脇にあるアタッチは何だろ……??」
そのままアシュリーは頭だけでぐるりと振り向き、背後の3人へ興奮まみれの言葉をひとかたまりに投げつけた。
「あのボール! あの船の甲板に並んでるボールが、自分らのなんすね!? 自分が乗っていいんすねっ!?」
「ええ。あれがジャンク回収船『ダーウィン』。これから私たちが乗り込んで、今回の仕事に漕ぎ出す船」
「『ばーふいん』……!」
アシュリーは再びガラスに、唇もろとも顔面をべったり貼り付ける。アシュリーが次々と繰り出す奇行に傍らの小柄な少女がドン引きしているのも意に介さず、亜麻色の髪を長く伸ばした美少女、フィオ・アレントは淡々と説明した。
「他の船主さんたちはどこも私たちのために船を出してくれなくなっちゃって、どうしようって困ってたところに現れてくれた救いの神だね~。……まあ船長さんは、ちょっと変わった人だったけど」
「?」
豊満体型の少女マルミン・ポリンが溜息混じりに呟くと、アシュリーはようやく窓ガラスから顔面を引き剥がしながら振り向いてきた。
「みんな船を出してくれなくなったの? なんで??」
「あ……。ま、まあ、ちょっといろいろあってね……」
真正面から聞かれて、マルミンはしまった、とでも言うように視線を宙に泳がせる。どう答えたものかと迷う彼女の目の前で、フィオがきっぱりと言い放った。
「『亡霊』が出たからよ。たちの悪い、『女を狙う亡霊』とやらがね」
「『亡霊』??」
「言っちゃうんだ……」
「言わなきゃ話にならないでしょ。アシュリー、『境界宙域』のことは知ってるよね?」
「うん」
半ば呆れたように呟くマルミンの笑顔など一瞥もせず、フィオは黙って頷いたアシュリーの眼前に一枚の写真を見せた。
「P-04に拠点を構えた連邦軍や農協と、『聖域』深部に潜む残党軍が火花を散らす境界宙域は、よそのサイドから出稼ぎに来る同業連中もおいそれと手出しできない宝の山。その中でも、極めつけの『宝船』がこれ」
「『宝船』……? これ、宇宙ヨット?」
アシュリーが手に取って見るそれは無骨な貨物船の類ではなく、優美な印象を与える豪華な中型宇宙ヨットだった。見慣れない紋章を刻んだ船首の船橋は、大口径機関砲弾らしきもので打ち砕かれている。しかし爆沈は免れたのか、そのまま漂流しているようだ。
「どっかのコロニーでお嬢様学校か何かやってた大富豪の船らしいよ。この大富豪ってのが結構な悪党だったみたいでね、どうやったのかは知らんけど、とんでもない額の金を貯め込んでたんだって。でもルウム戦役で本人もろともご覧の有様。ジオンのアホどもは何も知らずに放置したけど、中には行方知れずのお宝がごっそりよ」
「たぶんね、こんな感じ」
マルミンが苦笑しながら、戦前から戦後にかけての雑誌や新聞のスクラップ記事を貼り付けたノートをアシュリーの前に広げる。件の大富豪の財力を誇示するような美術宝飾品の数々が放つ圧力めいた輝き――そして何よりその評価額を示すキャプションの破壊力に、アシュリーは頭の回路をショートさせた。
「はひゅっ!? な、なんかよくわかんないけど……しゅ、……しゅごい……」
まさに一攫千金だ。これだけの金があれば、間違いなく自費でボールが買えるだろう。なんなら普段使い用、練習用、予備用、改造用、観賞用、布教用、贈答用、コレクション用と多数買い揃えられるかもしれない。
とりあえず、目指す宝の価値は理解できた。
「よ、よーし……とにかく、これを捕まえてくればいいンすね。任せろっす。あれ……? じゃあ、『亡霊』ってのの方はなんなんスか?」
「昔から境界宙域のあたりに出る、得体の知れないキモいザクのこと」
「ザク? ジオン残党軍?」
「――そうとも言い切れないから、みんな困ってるのよ」
言いながら、フィオは事務室内の端末を立ち上げていた。壁の大型モニタに、いくつもの別窓を開いてそれぞれに暗礁宙域内のMSの機影を映しはじめる。
望遠で撮って強引に拡大したもの、激しい機動中なのか像のブレたもの――いずれも画像、映像としての質は低い。ボールから撮ったのだろうか。本格的なMSと異なり、ボールの光学装備は著しく省略されていることで知られている。
MS-06『ザクⅡ』。細部の型式はよく分からない。旧式のF型のように見えなくもない。定番武装のザクマシンガンは見当たらず、代わりにヒートホークを振り回している。
その機体を目掛けて放たれる射撃の火線は、ボールの低反動砲だ。映像の撮影者も『亡霊』を捉えるや鋭く砲撃し、僚機も巧みに連携しながらフレーム外の別方向から砲撃するが、当たらない。
速い。軽武装とはいえザクⅡでこの機動性を叩き出す動きの鋭さはアシュリーに、あの『キャリフォルニヤの悪夢』ドッツィ・タールネン少佐を思い出させた。
しかし――
「なんか、ずいぶん……ボロボロなザクっすね?」
だが粗い画質でも一見しただけでも、その機体の状態が異様に悪いことは分かった。欠けたショルダースパイク、そこかしこに穿たれた弾痕、めくれ上がった装甲板。
何より目を引くのは、コクピットハッチに大きく穿たれた弾痕だった。破孔の深さは分からないが、普通に考えるなら、破壊はコクピットの内部まで達しているだろう。
この状態で継続的に単機行動。確かに異例の規模と生産力を誇るこの方面のジオン残党軍、ルスラン・フリートの所属機とは思えない異様さだった。
画像と映像を見比べてみれば、日時はそれぞれ異なる。この機体――『亡霊』と呼ばれるザクⅡとの遭遇は、一回きりではなかったということだ。
「こいつね、アイドリングで機体を冷やしたまま、じーっとデブリの陰に隠れて待ち伏せてんの。それであたしたちがめぼしい獲物(ジャンク)を見つけて近づくと、ばっと飛び出していきなり襲ってくる。しかも男だけの同業者が近くで操業してても、そっちにはお構いなし。あたしたちや、とにかく女が来たときだけこいつは反応して襲ってくるの。いつから隠れてたのか分かんないけど、あまりにもキモすぎる。とんだ変態野郎なのよ」
「だけどとにかく神出鬼没のうえに、やたら速くて手強いの。正直、今まではとにかく襲われたら逃げるだけで精一杯だった」
「ははあ……それで、『女を狙う亡霊』」
「こいつは境界宙域だけに出る。男だけの漁民が襲われたって話は聞かない。今のところはまだ、連邦軍の支配圏内には出てないけど……」
「じゃあとりあえず、宝船のことはおいといて……その安全なあたりで操業するんじゃダメなんすか?」
フィオは頭を振った。
「ジャンク屋稼業はタダじゃない。船賃、燃費、機材費、人件費、事務所代に格納庫代、出漁費に組合費……出費はどんどん嵩むのに、連邦軍勢力圏内の大物は、もうあらかた穫り尽くされてる。そんなのをちまちま集めて回るような渋い仕事じゃ、もう取り返せない。やっと尻尾を掴んだ、あの『宝船』……次の出港で、あいつを取ってくるしかない」
「私たち今まで何度もこの『亡霊』にミッションキルされて、最近は赤字が嵩んでるの。今まで稼いだ黒字も全部なくなっちゃって……あっ。だ、大丈夫よ! アシュリーちゃんのお給料は、ちゃんと払えるように取っておいてあるからねっ」
不穏な方向へ流れかけた話を、慌てたようにマルミンが取り繕う。その傍らで、フィオがまなじりを決して顔を上げた。
「だから、今回で決着を付ける。ふざけた『亡霊』野郎に煩わされるのは、もうおしまい」
「…………」
アシュリーは目を瞬かせる。亡霊とやらは単機のザクⅡらしいが、今までこのフィオたちが襲われても、応戦して逃げるのが精一杯の相手だったという。
だが……どうやら、自分さえ加われば勝てるらしい。
「フッ、……参ったっスね。そーゆーことっすか。自分の武名、VWASSからはるばるP-04まで轟いちゃってたんすねぇ。低反動砲を下ろしたボールであの『キャリフォルニヤの悪夢』と互角に渡り合って退けた『VWASSの丸き閃光』の力を借りたくて、声かけしてくれたんすね」
「丸き閃光ってなに……」
「爆発したときの火球ってことかな……?」
異名らしき謎の名乗りにマルミンが苦笑すると、傍らの小柄な少女が気弱そうな表情のままぼそりと刺した。幸いアシュリーには聞こえていなかったらしく、マルミンは気を取り直して説明する。
「いやいや、アシュリーちゃんは無理に戦わなくていいから。私たちと一緒に、作業だけやってくれればいいからね。4機編隊を組めないと、ジャンク作業っていろいろ大変なんだから。……この前に一人、また最近も一人抜けちゃって……その子たちの代わりをやってくれる子を探してたんだよねえ」
小声で呟く影の薄い少女を押しのけるようにマルミンが、その辺から適当な本とペンを手に取って勝手にサインの練習を始めようとしたアシュリーの肩を掴んで揺すり、無理矢理現実に引き戻した。何事もなかったように淡々と、フィオが窓の外へ視線を向けながら呟く。
「『ダーウィン』。最近P-04へやってきたあの船長が、干上がりかけてたあたしたちに、手を差し伸べてくれた」
『丸き閃光』直筆サイン本(予定)をマルミンに取り上げられて不満顔のアシュリーも、フィオに釣られて窓の外に停泊する船を見た。
「『ダーウィン』の船長は『女だけで乗り込むなら』という条件付きで、あたしたちのための船出と、用心棒になるMS隊の手配を約束してくれた。あたしたちが境界宙域で仕事にかかって『亡霊』が出てきたら、船内に隠した腕利きのMS隊を出して仕留めてくれる。――『亡霊』に追いかけ回されるのも、もう次の漁で終わり」
「えええ……そうなんすか??」
自分は戦闘要員ではないと聞かされて、アシュリーが少し不満げに肩を落とす。マルミンはそのアシュリーの肩を持ったまま、優しく微笑みかけた。
「でも船から用心棒さんたちが出てきてくれるまでは、『亡霊』の第一撃をかわしながらなんとか逃げきらなきゃだし、用心棒さんたちが来てくれても仕留めきるまで加勢はしなきゃだから……少しは戦うことにはなると思うよ。だから、アシュリーちゃん。あなたの力を私たちに貸してね」
「勿論ッス!」
マルミンが頼るような素振りを見せると、一瞬前までの不満顔が嘘のようにアシュリーは鼻息荒くふんぞり返った。
(扱いやすそうな子でいいなあ……)
マルミンはアシュリーの肩越しに微笑みつつ、フィオ、そしてもう一人の少女に目配せする。
「それじゃあアシュリーちゃん、雇用契約書を作るからね。サインはそっちの本じゃなくて、こっちにしてねー」
「了解ッス! これでいいスか!?」
本当にちゃんと文面に目を通したのかと言いたくなるような早さでざっと通読するや、アシュリーは雇用契約書に署名していく。
フィオは小さく溜息を吐きながら、傍らに立つ小柄な少女に話しかけた。
「『ダーウィン』へ乗れる条件は、『全員が女であること』。これで女のボール乗りが4人揃う。『亡霊』退治まで、『宝船』まで、ナイアの仇まで、あと少し……。分かってるでしょうね、ボナ?」
「う、うん……。分かってる……分かってるよ、お姉ちゃん……」
フィオからボナと呼ばれたその少女は恥じらうように、風通しの良いミニスカートの裾をそっと押さえる。
この事務所内にはこの4人の少女たちだけしかおらず、他の誰に見られているわけでもない。だというのに、姉の眼前でひとり俯くボナ・アレントの可憐な横顔には、恥じらいの紅潮が強く宿っていた。
「ここがP-04の中央基地司令部か……。はじめて来た」
きょろきょろと周りを見渡しながら、アイネ・クライネ伍長はおのぼりさんの雰囲気丸出しで呟いた。
P-04自体は僻地の方面軍基地に過ぎないが、現在その隷下にある兵力はかなりのものだ。当然、それに伴って司令部の規模も大きい。幕僚らしき軍人たちが時にアイネの度肝を抜くほど巨大なパイロットスーツ越しのバストに視線を奪われながらも行き交う中で、アイネの方も初めて見る世界に興奮していた。
「おお、……司令部の雰囲気って、こういう感じなんだ……」
「アイネ、もう少し落ちつきなって。この辺、まだほんの入り口だよ」
訓練生時代の同期にして元ルームメイトの親友、シエル・カディス伍長の静かな声で、アイネははっと我に返った。
改修工事でサラミス改級巡洋艦『トラキア』を追われた間に起居するミケリヤ家で、その家主たるサブリナ・ミケリヤ少尉から、アイネらトラキアMS隊は新たな命令を告げられたのだ。
休暇中のマコト・ハヤカワ准尉を除くMSパイロット3人に、整備兵マリエル・エイムズ軍曹を加えた4人で、P-04中央基地司令部まで出頭すること。トラキアMS隊はそう命じられたのだった。
そしてゲート前では第223戦隊の僚艦であるサラミス改級駆逐艦『アルマーズ』所属のMSパイロット、シエルとも合流した。示された集合場所と時間が同じだったのだという。
「先輩、そっちじゃないです。こっちです、こっち」
「んあ……?? ……おお……」
「第7会議室――あれだな」
生きているのか死んでいるのかよく分からない先任パイロットのロブ・サントス伍長を、シュン・カーペンター伍長がかろうじて誘導しながら進んでいくうち、5人は目的の第7会議室へたどり着いた。
「じゃあ、行くよ」
シエルを含む全員が揃っていることを確認して、マリエルが会議室のドアを開ける。特にロックなどもなく素直に開いた扉の向こうには、先客がいた。
「うげっ」
「うっ」
アイネとシュンの2人が揃って、思わず表情を小さく歪める。会議室前方の固定式端末を囲んで何か操作していたのは、因縁重なるルウム農協所属の予備役女性MSパイロット2人――トモエ・ワカツキ予備伍長とリタ・ブラゼル予備伍長だった。
「おー。やっと来たか」
「マリエルさん、お久しぶりです」
黒髪ポニーテールの不敵な美少女がさっと面々へ不敵な視線を走らせ、その傍らで褐色肌の温厚そうな美少女が三つ編みの髪を揺らしながら穏やかに微笑んだ。アイネは自動的に、半ば硬直したシュンと二人の間を遮るように位置を取った。
「何、知り合い? どうしたのアイネ?」
旧知のマリエルやロブ、そして因縁の中心軸となっているシュンはともかく、シエルにとってトモエとリタは初めて目にする相手だった。シエルは不穏な気配に眉をひそめ、にわかに殺気立ったアイネの横顔を見つめた。
急に張りつめた空気の中で、マリエルが動じることなく淡々と二人へ語り掛けた。
「ええ、お久しぶり。あなたたちが来てるってことは、どうやら今回の任務は『閣下』の肝煎りということらしいね」
「さすがマリエルさん。察しがいいですね」
新サイド4駐留連邦軍における『現地派』の首魁たるP-04基地司令ユン・ソギル准将は、かつての一年戦争中に自らトラキア隊を率いていたという。そしてその後も旧サイド5暗礁宙域の復興に携わる中で、現地の農業プラントにかろうじて生き残った難民の支援と、残存した農業プラント群の安全確保と再生支援に力を注いだ。
つまりトラキア隊とルウム農協はともに、ソギル准将直々の手兵とみなしてよい存在なのだろう。トモエとリタがルウム農協MS隊の中でどういう位置にいるのかは分からないが、この場にはそうした『同類項』の人々が集められているということだ。
「マリエルさんは今回の作戦、どこまで聞いてます?」
「まったく何も。あなたたちは?」
リタは含みのある表情を見せた。
「『境界』の方で昨晩、ちょっとした騒ぎがあったのはご存じですか」
「ええ。確かあのとき緊急出撃したのは、農協の第411MS中隊……そうか。あれは」
「空振りでしたよ。ムカつくことにね」
初対面のシエルと互いに牽制しあうような視線を絡ませ合っていたトモエが、そこを切りながら吐き捨てるように呟いた。リタは淡々と続ける。
「『ゴアズ・ジャンクハンター』。最近売り出し中の境界漁民でしたが、どうやら境界を漂う噂の『宝船』を見つけ出して、近づこうとしていたらしいです。そこを『亡霊』に襲われて――」
「見事に全滅ですよ。ザクⅡ1機相手に、リック・ドムⅡ1機とボール2機の合計3機が社長もろともまとめて殺られて、かろうじて母船とボール1機だけが逃げ帰ってきた。あたしらはそこへ上から突っ込んで、『亡霊』ザクのケツを追い回してやったんですが」
「ルスランの哨戒部隊に横槍を入れられて、取り逃がした……そんなところ?」
マリエルが言うと、トモエは不満げに頬を膨らませ、リタは感情を見せない笑顔で応じた。
「『亡霊』は女を狙うという、あの噂――どうやら事実のようですね。もともとゴアズの社員は男ばかりでしたが、襲撃当日は女を一人連れていました。漁民上がりの社長愛人だったそうですが、それで『境界』へ入って『宝船』へ近づいた途端に、『亡霊』は彼女を狙って襲ってきた。――そういう通信が入ってきたと、生き残りの社員が吐きました」
「女を……」
「あのー、……なんなんですか? その、『亡霊』って」
マリエルと農協娘2人が進める会話に、おずおずと手を上げてアイネが質問した。トモエは小馬鹿にするような表情を浮かべたが、リタは意味ありげに微笑んで答えた。
「そうですね。特に今回、そちらの2人には知っておいていただいた方がいいでしょう。『亡霊』とはいわゆる境界宙域でたびたび存在を確認されている、所属不明のザクⅡです。境界宙域内を単機で神出鬼没に行動し、特に女性の境界漁民を狙って襲う謎のMS……そう言われてきました」
「常に単機で行動しているというのが変ですが、機体はザクⅡなのでしょう? やはりルスランか、ジオンの残党兵ではないのですか」
「ルスランの哨戒部隊とも、P-04を奥まで探りに来る偵察部隊とも明らかに動きが違う」
アイネではなく壁の一点を睨みながら、トモエが言葉を挟んできた。続けていく。
「あの『亡霊』、ルスランの奴らと連携している気配がない。今まで何度か境界宙域に哨戒を掛けて狩り出そうとしたこともあったが、異様なほどに哨戒網をすり抜けてくるんだ。そして忘れた頃になるといつの間にか、気づいた時に目の前に潜んでいる。いくら『境界』のデブリとミノフスキー粒子が濃いといったって、あれは……。そもそも『亡霊』がここまで大手を振って暴れまわるようになったのは、つい最近だ。それまでは皆、あんなもの……迷信のたぐいだと、思っていた」
「……?」
リタから答えを引き継いで言ってのけたトモエの表情に、今まで見たことのなかった陰の存在を感じて、アイネは目を眇めた。リタが続ける。
「『亡霊』の正体が何であるにせよ。ここまで大きな損害を出されてしまった以上、このまま放置しておくわけにはいかなくなりました。女を狙って神出鬼没の、得体の知れないMS持ちの通り魔――そんな輩を放っておけば、P-04の収入源の一つでもある境界漁民の活動が委縮し、ルウム農協と連邦軍の威信も損なわれます。漁民には女も多いですし、何より私たちだって今後、残党軍とやり合っているところを横から襲われかねません」
「なるほどね。だから閣下は、こちらから積極的に『亡霊』を狩り出そうとしているわけだ。配下の兵から、奴が狙う女たちを集めて」
「……でも、どうやって? 普通の哨戒では捉えられなかったのに?」
この部屋に入ってからはじめて声を発したシエルに、さっと視線が集中した。
「『亡霊』とやらが女を狙って殺しに来るのは分かった。理屈は分からないけどとにかく神出鬼没で、こちらから積極的に狩り出しに行くのが難しい、っていうのも分かった。――でも、向こうだって馬鹿じゃないんでしょう。そいつはこっちが4機や6機のMS隊を組みながら手ぐすね引いて待ち構えているところに、相手に女が大勢いるからって単機でノコノコ出てきてくれるような間抜けなの?」
シエルの指摘に、リタが面白そうに微笑んだ。
「ええ、まさにその通り。神出鬼没の亡霊は決して無敵じゃないけど、だからといって馬鹿でもない。喰えそうな獲物だけをちゃんと選んで狙ってくる。――だから『撒き餌』が必要だし、『猟犬』はその近くに隠しておかないといけない」
「撒き餌? 私たちがあちこちで単機にバラけて行動して、そいつを誘い出すってこと?」
「まさか。境界漁民のボールあたりならともかく、連邦軍のまともなMSや艦艇が境界宙域で堂々と動けば、『亡霊』より先にまずルスランの哨戒部隊が束になって突っ込んでくる。撒き餌どころの騒ぎじゃない」
「じゃあ、どうやって――」
「女子だけで組んだ漁民チームで、境界あたりを漂う『宝船』をしつこく追ってる連中がいる。『亡霊』に邪魔され続けて膨らんだ借金で首が回らなくなってて、やっと尻尾を掴んだ『宝船』をここで穫れないと詰むらしい。とどめにこの『亡霊』騒ぎが大きくなって、肝心の船すら借りられなくなって往生してたみたいだが――私らが、そいつらに船を貸す」
「――その子たちを、囮にする……ってこと?」
女子だけで組んだ漁民と言われて、アイネの脳裏に第113整備場で見かけた少女たちの姿が蘇る。
直感的に、心に波が立つのがわかった。
「ええ。そして、私たちもその船に乗る……こっそりとね。船倉にジムを隠しておいて、『亡霊』が出てきたら一斉に飛び出して始末にかかる。これとは別にパブリク改を近くに1隻用意して、始まったら全速力で駆けつけてもらう。漁民のボールで引きつけたところを、まず同乗の私たちが仕掛ける。そしてパブリク改の別働隊が後詰めで、ルスランの介入を足止めするなり、『亡霊』の退路を断つなりして締める。完璧でしょう?」
「なるほど……それなら……」
言われてアイネは算盤を弾く。チャーターするジャンク回収船が1隻、パブリク改級哨戒艇が1隻。両者に搭載するMS隊のパイロットが今この場に呼ばれている面々なら、MSは6機だ。境界漁民のボールもある。
「けっこう、大規模な……作戦なんですね」
「そうだよ。だからこれだけの面子で一気に仕掛ける。私とリタ、ロブ先輩とシュンの4人が漁民のジャンク回収船に隠れて待ち伏せ。マリエル先輩とあんたら二人はパブリク改で後詰めだ。『亡霊』が赤い彗星か白い悪魔でもない限り、これで確実に仕留められる。詳細はこれだ」
トモエが言いながら、作戦命令書の写しらしき綴りを投げ寄越してきた。回転しながら飛んできたそれを受け取って開き、アイネは作戦名から読み上げはじめる。
「クシナダ作戦……」
由来は分からないがそう名付けられた作戦計画には、すでにユン・ソギル准将の決済が降りていた。この綴り自体は写しとはいえ、もはや正式な命令というわけだ。
「どれどれ、……ん?」
マリエル、シュン、シエルの3人が横から覗き込んでくる中、ぱらぱらと綴りをめくって読み進めながら、アイネはその途中で重大な事実に気づきはじめた。
「ん、んんん……? ええ、っと……私の気のせいでなければ、……ワカツキ伍長。いま漁船には、サントス伍長とカーペンター伍長とあなたたち。私とエイムズ軍曹とシエルは、パブリクで後詰め……って、言いませんでしたっけ?」
「ああ言ったともよ。そこにもちゃんと書いてあるだろ?」
書いてある。書いてあった。編成表と乗船割が。
決済済みの、正式な命令書に。
「な……っ、……」
そこまでのことを認識すると同時に、アイネとシュンは二人揃って総毛立つ。
トモエとリタ。シュンを付け狙う超・肉食系女子二人が作戦中の数日間、シュンと同じ船に乗るということの意味を。そして同乗のロブはいま完全に腑抜けている。
この4人だけになれば、彼女たちの肉欲にまみれた野望を阻むものなど、ない。
すべてを察してアイネは叫んだ。
「は、謀ったなぁ!!」
「ん~!? なんのことかな フフフ……」
暗く含み笑いするトモエの横で、リタが微動だにしない微笑みを張り付けたままの表情で呟いた。
「今回の作戦に協力していただくジャンク回収船『シャンク』の船長と私たちは、旧知で懇意にしておりましてね。船首ブロック居住区で、ちゃんと『個室』も確保済みです。まあ最悪でも私とトモエさえいれば、肝心の『亡霊』はきっちり狩ってご覧に入れますので」
「シュンは別に、足腰立たなくなっててもいいんだぜ……?」
トモエが獲物を前にした肉食獣の目で舌をなめずる。シュンが色を失って後ずさり、アイネはその間に入ろうとするものの、命令書が相手ではどうすることも出来ない。ロブは相変わらずここではないどこかを見ており、シエルは怪訝に目を細めたままだ。
そしてマリエルはなぜか「えっ……」と呟いたきり、目を見開いたまま凍りついたように微動だにしない。
先手を打たれてしまった。
シュンを狙うトモエとリタは『亡霊』討伐作戦を企画し、その作戦にかこつけてシュンを寝取るつもりなのだ。アイネもシュンとの肉体関係は最初の事故以外に無いので、寝取るというのもおかしな話ではあるが、シュンとの心の絆はこの二人より自分の方がずっと近いという自負があった。
この二人は第113整備場で、シュンを寝取るためなら実力行使すら厭わなかった連中だ。危険すぎる。
裸身でベッドに縛り付けられながら全身にマジックペンで変な落書きをされ、同じく裸身のトモエとリタに挟まれながら光の無い瞳で両手にピースサインを作らされるシュンの姿を幻視して、アイネは怒りに全身を震わせた。
「おいおい、いちいちピーピー騒ぐなよ。これは作戦、ちゃんとした正規の作戦なんだよ。あんたも軍人なら、正規の命令にはちゃんと従わなきゃなあ?」
「だ、大丈夫……大丈夫だよ、クライネ伍長。僕は……僕は、絶対に負けないから……必ず、無事に帰ってくるから……」
「彼自身もそう言ってることですし。ここは同僚として、おとなしく信じて送り出してあげたらいかがですか?」
シュンは引き攣った微笑みを浮かべ、その左右から挟み込むようにトモエとリタが歩み寄ってくる。アイネはその動きを阻止することが出来ない。
「――お」
だが途中で会議室のドアに人の気配を感じて、トモエが顔を上げた。
「どうやら船長たちのお出ましだな。あんたらもこれから世話になるパブリクの艇長にはちゃんと挨拶しとけよ?」
「くっ――」
ドアが開く。そして、一人の女が入ってきた。
最新の軍用軟式ノーマルスーツ――いわゆるパイロットスーツに長身と、わがままに揺れるたわわな乳房を包みつつ、頭上には旧世紀大航海時代の海賊を思わせる、大時代で派手な羽根つき三角帽を被った金髪ツインテールの美女。
「……!?」
そんな存在の頓狂さが、すべてをぶった切るようにその場の視線をかき集めた。
彼女は室内の面々をさっと見渡し、軽やかに口笛を吹いた。くいっと小洒落た感じに三角帽を傾けたかと思うと、まったく物怖じもせず口上を切った。
「おおっ! いいじゃないのいいじゃないの。お姉さんたちがあたしの船で『亡霊狩り』に出てくれるって女軍人さんたちなのね? いいねいいねぇ! 美人さん揃いで、船長嬉しいゾ!」
「え? あ、は、はあ――」
最初からクライマックスで声を弾ませる彼女のテンションに付いていけないまま、視線を向けられて曖昧な返事を返したアイネに、金髪ツインテール海賊帽の彼女はニカッと少年のような笑みを浮かべて近寄ってきた。
「ちょ、ちょっと、――おわっ!?」
そのままドン、とアイネに迫るほどの爆乳をアイネの爆乳にぶつけられて、規格外サイズの四つの乳房がスーツ越しにぷるんと震える。アイネは思わずたじろぎ下がった。乳房の質量では勝っても、身長差から来る体重差まではいかんともしがたい。
「この感触っ……、うわっ、本物だぁ~! MSパイロットでこれはすごいね! あたしよりデカい娘、はじめて見たよ! これからよろしくっ!」
互いのスーツ越しに感じたアイネの乳房の質感に満足したのか、長身の金髪ツインテールは満面の笑みでニカッと微笑みながら握手の手を差し出してきた。
だが当のアイネは半ば以上ドン引きしたまま、やっとその言葉を捻り出すだけで精一杯だった。
「え、ええっと……。……ど、……どちら様、ですか……??」
「おりょ?? まだ何も聞いてない感じ?」
アイネは謎の金髪女に問い返しながら、説明を求めようと横目だけでトモエとリタを見た。この爆乳ツインテールも彼女たちが旧知のコネで呼んだ相手のはずだ。
なんなんだ、この人。大丈夫なのか、この人。
そう思ってアイネが見たトモエとリタの二人は、その目を大きく見開いたまま、完全に表情を凍り付かせたきり停止していた。
呆気に取られたままトモエが呟く。
「…………?? ……えっと、……あんた、……誰……??」
「フムン? そうか、すまない! あたしとしたことが、名乗りがまだだったね!」
長身金髪ツインテールは深く息を吸い、三角帽の端を摘んでキメながら再び叫んだ。
「宇宙の海はあたしの海ッ! 男は乗せない漁船(いさりぶね)!! ダーウィン海運社長クレア・ダーウィン、お呼びにあずかりただいま参上ッ!!」
「いや、その……そうじゃなくて、……漁船、……社長……?? どちら様で……どうしてここに??」
リタが未だ微笑みを保ちながら――しかし、その薄皮一枚下に隠しきれない困惑を露わにしながら、クレアと名乗った三角帽の金髪ツインテール長身爆乳美女に問いかけた。
「私が説明しよう、リタ・ブラゼル伍長」
そのときまたドアが開き、新たな進入者の声が響いた。
また女だった。
今度は制服姿の連邦軍士官、階級は中佐。アフリカ系と思しき褐色の美女、階級章は中佐を示している。高官だ。アイネにとっては初対面の相手だったが、その場の軍人全員とともに姿勢を正す。
トモエとリタの隙を突いて逃れてきていたシュンが、そっとアイネに耳打ちした。
「タニア・メーティス中佐。元トラキア隊で、今は『中央派』の重鎮だよ」
「『中央派』……」
シュンの情報を受けてアイネに警戒心が先走る中、タニアは淡々とクレアについて説明した。
「彼女はクレア・ダーウィン社長。地球の豪州方面で活動するダーウィン海運社の社長だ。ダーウィン海運社は本日、P-04で活動するジャンク回収船『シャンク』を買収し『ダーウィン』と改名。P-04での宇宙ジャンク回収事業へ参入した。そしてダーウィン社長は、連邦軍による『亡霊』討伐作戦への協力を確約してくれた」
「え、……ば、……買収……?? 『シャンク』が?? いや、その……私ら昨日、その『シャンク』の船長に話を通して、……前金も、払った、ばっかりで……」
「フム? 君たちとともに漁へ漕ぎ出せないのは残念だが、……この宇宙(うみ)の潮流は、常に流れ続けていると知りたまえッ!」
狼狽するトモエを前に、クレアが鼻息を吹かしながら書面を広げた。ジャンク回収船、旧『シャンク』の権利書だった。登録番号の他、ご丁寧に改名前後の新旧船名まで記されている。正式の書類だ。
淡々とタニアが継いだ。
「旧『シャンク』船長はダーウィン社長との商談成立後、すでにP-04を離れたと聞いた。君たちルウム農協と旧『シャンク』の間に何があったのかは知らないが、連邦軍は民事案件に介入しない。何か問題があったのなら各個で独自に解決せよ」
「し、信じられねえ……野郎、前金だけ持って夜逃げしやがった……」
「…………。まあ、構いません。メーティス中佐、貴重な情報ありがとうございます」
予想外の状況に怒りすら凍りつかせながら震えるトモエをよそに、今までの薄い笑みを消した冷たさでリタが女性士官――タニア・メーティス中佐に相対した。
「『亡霊』討伐はソギル准将の決済を受け、P-04基地隊によって実施される作戦です。新サイド4駐留艦隊司令部所属の中佐殿は、本件に何の関係も無いかと愚考しますが?」
遙か上位の階級を持つ士官相手に何の愛想も遠慮もない、冷たい言葉だった。アイネが初めて見るリタの鋭さに息を呑む中、タニアもまた冷たく言葉を返しながら命令書を開いた。
「『亡霊』討伐作戦――『クシナダ』作戦の権限は、すでにP-04基地隊から新サイド4駐留艦隊に移管された」
その命令書には新サイド4駐留艦隊副司令、ヨランダ・ウォレン准将の署名があった。
「なっ……」
命令が、上書きされていた。
連邦軍『中央派』の首魁たる、新サイド4駐留艦隊副司令ヨランダ・ウォレン准将と、P-04基地隊司令ユン・ソギル准将。両者の階級は同格だが、最終決定権を持つ先任はヨランダだ。まともにぶつかれば、ソギルら『現地派』はヨランダら『中央派』に道を譲らざるを得ない。それがこのP-04での現実だった。
リタたちは、自ら作り上げた作戦計画を奪われたのだ。
「リタ・ブラゼル伍長。トモエ・ワカツキ伍長。ロブ・サントス伍長。シュン・カーペンター伍長。君たち4人は原隊へ復帰せよ。本作戦には不参加となる。帰ってよい」
「……それは、どういう」
なお食い下がろうとするリタに、タニアは冷たく見下ろすような視線を合わせた。
「ダーウィン社長は、船員全てが女性となる自分の船には、女性しか乗せたくないと仰せだ」
「男は乗せない漁船(いさりぶね)。すまんね」
軽く合掌しながら、クレアがシュンとロブにウインクを飛ばす。彼女が自分の船に男を乗せない理由がここまでいっさい説明されていないが、聞いてもおよそろくな理由が出てこなさそうな気がしてアイネは口を噤んだ。
そしてアイネは、次にシュンと目を合わせる。
しかし、これは、……ひとまず助かった、……のだろうか?
「だからサントス伍長とカーペンター伍長には降りてもらう。マリエル・エイムズ軍曹、アイネ・クライネ伍長、シエル・カディス伍長。君たち3人は残れ」
「なら、なぜ私たちが――」
なおも異を唱えんとするリタに、タニアが堂々と言いつけた。
「今回の『亡霊』討伐作戦は『地球連邦軍』として実施する。ルウム農協の出る幕ではない」
「……!!」
P-04の政治について大した予備知識のないアイネにも、その濃厚な『政治』の腐臭は鋭く鼻を突いてきた。
『亡霊』騒ぎが大きくなりすぎた。だから膨らんだ狩りの手柄をルウム農協や現地派に渡さないため、中央派として独占したくなったということか。
「戦力の心配は無用だ。欠員は補う。入れ」
タニアが呼びかけると、再び会議室のドアが開いた。また2人、MSパイロットが入ってくる。2人とも女だ。
「「うげっ」」
アイネと、そして入ってきた2人の片割れが双方同時に呟いた。
ニノン・ルクレール伍長は天敵シエルの姿を見つけるや、先任らしき長身の女性パイロットの後ろへ素早く隠れるようにしながら室内へ入ってきた。
「紹介しよう。カリナ・ベルトラン軍曹とニノン・ルクレール伍長だ。ハイザックで本作戦に参加してもらう。そしてベルトラン軍曹が、本作戦の現場指揮を執る」
「カリナ・ベルトラン軍曹。……よろしく」
全くやる気の感じられない調子で、カリナが呟いた。
栗色のロングヘアをうねらせるカリナは、長身でスタイルも良い。バストサイズはアイネやクレアには及ばないにしろ、巨乳であるトモエやリタに勝るとも劣らぬだけの質量を持ち合わせている。
そのうえ顔立ちも整った美女だったが、いかんせん表情が完全に曇り腐っており、その陰気さがすべてを台無しにしていた。とてもやる気のある人間の姿には見えない。
そしてニノンはそんなカリナの傍らでしばし様子を窺いながら隠れていたが、やがてシュンの存在に気づくとぱっと表情を綻ばせながら飛び出し、アイネとシエルは訓練生課程で見慣れた『しな』を作り始めた。
「ニノン・ルクレール伍長でーすっ☆ よろしくお願いしまぁす!」
「うっわ……」
「全然変わってないなあいつ」
ぎゅっと握った小さな両拳を胸元に固めた上目遣いで、ニノンはあざとさ全開の美少女ムーブを決めた。あまりにも露骨なのだが、ニノンにはその露骨さを力業だけで押し切ってしまえるだけの圧倒的な『華』があった。
この場に集った女たちの中で、バストサイズでは下から数えた方が明らかに早いニノンだが、その『美少女力』とでも言うべき力ではトップクラスに食い込んでいることを、アイネは認めざるを得なかった。
「おおおっ、いいねぇ! かわいいねぇ! かわいいねぇ!!」
媚態の直撃を受けたシュンは曖昧な笑みで受け流し、トモエとリタとシエルとマリエルの4人は死んだ魚でも見るような目で見ていたが、クレアは子猫でも見たかのようにはしゃいでいる。
そして正直、アイネ自身もちょっとぐっと来てしまっていた。ニノンの中身も行状もよく知っているのに、こうして見せつけられてしまうと、私もあの子ぐらい可愛かったらなあ、と思ってしまうのだった。
「……中佐殿、状況を整理させてください」
もともとの計画では最先任となるはずだったマリエルが、クレアやニノンの度重なる暴挙にさんざ調子を崩されつつも、こめかみを揉みながら質問した。
「ダーウィン社長のジャンク回収船『ダーウィン』に、境界漁民のボールを4機搭載。直掩MS隊はベルトラン軍曹を長として、ルクレール伍長、クライネ伍長、カディス伍長の4人が乗るMS4機を搭載。戦力の構成はこれでよろしいですか?」
「ああ。そしてエイムズ軍曹、君も『ダーウィン』に乗れ。先任のベルトラン軍曹の指揮下に入りつつ、MSの補給整備業務を支援せよ」
「了解しました。ところで、もともとの計画では境界漁民と直掩を乗せるジャンク回収船以外に、パブリク改とMS2機が『後詰め』の遊撃隊として用意されていたはずです。4人外して2人しか入れないのでは、この『後詰め』は――」
「そこの心配は無用だ。そこには軍の戦力などより、もっと確実なものを手配してある」
「確実なもの……?」
マリエルに答える途中、タニアの無線端末に何か通話が入った。タニアは応えて小さく頷くと「お入りいただけ」とだけ短く返し、そのまま視線をドアに向ける。
ドアが開き、また新たに2人のMSパイロットが入ってきた。
金髪の爆乳美女と、銀髪の美青年。パイロットスーツは連邦軍と同型だが、その薄紫の色彩は軍の制式にないものだった。
長い金髪をポニーテールにまとめた美女は、室内を傲慢そのものの視線で睥睨する。
その長くまっすぐに輝く金髪も、アイネには及ばずながらの爆乳もクレアに匹敵するものだ。だが気品に裏打ちされつつもすべてを見下すような冷たさが、彼女の雰囲気を全く異なるものにしていた。
背後の美青年を従えるようにしながら、ポニーテールの金髪美女が名乗りを上げた。
「ロナ騎士団、騎士キーラ・カトレイ。『クシナダ作戦』とやらを支援させてもらいに参上した」
「同じく、騎士ヴィリ・シーゲル。よろしくお願いします」
「……お、おお~~~☆」
ニノンが再び妙な声を上げるのを聞いたアイネが横目で見れば、ロナ騎士団の騎士ヴィリに熱い視線を送っていた。確かに高貴な美青年だが、ずいぶんと目移りが早いことだ。だがあのままシュンに変な目線を送られ続けるよりはずっとマシか、とアイネは思考を振り切る。クレア船長も女騎士キーラの美貌に口笛を吹いていたようだったが、アイネはこれも無視した。
ロナ騎士団――P-04のジャンク回収再生事業に大きな影響力を持つ、『ブッホ・ジャンク』社と同グループの警備会社『ブッホ・セキュリティ』社の異名だ。
確か連邦軍の認可を受けて、YMS-15『ギャン』を独自に改修したレプリカ機を運用しているはず、とアイネはこの前読んだばかりの資料の情報を思い出す。
そしてブッホ・グループのオーナーであるロナ家が、地球連邦政府に有するという並みならぬ政治力のことも。
「タニア・メーティス中佐。地球連邦軍を代表して、騎士カトレイ、騎士シーゲルご両名の協力に感謝します」
「構いません、中佐。下々の民草を守ることもロナ家の騎士の務めですから」
キーラはタニアとの握手に応じながら、場の面々に視線を走らせた。怪訝に眉を潜める。
「……士官の姿が見えないようですが?」
「残念ながら今回、適任の者を用意できませんでした。現場の指揮はこちらのベルトラン軍曹に執らせます。――みな下士官とはいえ、腕は保証します」
「――なるほど」
現在この部屋に、連邦軍の士官はタニア一人しか存在しない。あとは全員が下士官と、民間人船長のクレアのみだ。
強制休暇中のマコトはともかく、リン・リンリー少尉やサブリナ・ミケリヤ少尉といった歴戦の女性士官パイロットを連れてこなかったのは、彼女たちが『現地派』だからなのだろう。
指揮官となる最先任者にはあくまでも『中央派』を据える必要があり、そして『中央派』から今すぐ出せる女性パイロットの最上位者がカリナだった。そういう事情をアイネは察した。
キーラは室内の面々をさっと一瞥すると、興味なさげに視線を切った。下士官ごとき相手にする価値もないということか、とアイネは鼻白む。
「……中央派の次は、ブッホの騎士どもだと……? こいつらを作戦へねじ込んで取り入るために、私らを切りやがったのかよ……」
殺気すら秘めた気迫で静かに睨みつけながら、トモエが絞り出すように呪詛を吐く。その手を傍らのリタがそっと押さえた。
「さて、これで全員が揃った。不参加者は退室せよ――機密保持を厳にしてな」
「……了解――」
トモエを押さえるようにリタが、そして終始魂抜けっぱなしのロブを引きずるようにシュンが四者四様に退室すると、タニアは室内に残った面々へと向き直って宣言した。
「ロナ騎士団のお二人には、平素からの境界巡察を継続していただきつつ、『亡霊』が出た際には退路を断っていただく。騎士団ならば境界でも堂々と行動が可能だ。そして諸君らはロナ騎士団の方々と緊密に連携し、P-04宙域を脅かす『亡霊』を確実に排除するのだ。――これより『亡霊』討伐作戦、『クシナダ作戦』を開始する」
境界漁民、民間ジャンク回収船、連邦軍の現地派と中央派、そしてロナ騎士団。
ルウム農協と男たちを蹴り出して『亡霊』狩りに寄せ集められたいびつな歯車たちが、軋みをあげながら回り始めた。
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