※この作品はR-18です。

フェニックステイル   作:KY_PT

44 / 47
第四十一話 ダンス・ウィズ・ガトルズ

『警報、警報、警報。『ガトル』型戦爆3機発見。前方右側上面、既に第1戦闘距離内。慣性航行にて接近中。繰り返す――』

 船尾上面の対空監視所からアイネ・クライネ伍長が発した警報が鳴り響く『ダーウィン』船橋に、カリナ・ベルトラン軍曹が飛び込んできた。

 クレア・ダーウィンは船長席に悠然と構えたまま微動だにしない。前列でコンソールパネルに付く猫耳カチューシャの童顔航海士も同じくだ。カリナは栗色の髪をなびかせ、三角帽を乗せた金髪ツインテールの背中へ苛立たしげに訊いた。

「状況は?」

「何、見ての通りだね」

 船橋前方のモニターは、すでにシステムでも捕捉した『ガトル』編隊の情報を表示していた。望遠画像に、双方の予想軌道も表示されている。このまま互いに動かなければ約10分後、両者は15キロほどの距離ですれ違い、離れていくことになる。

「あの『ガトル』がいきなり加速に転じて向かってきたら、この船にミサイルが届くまで30秒もかからない」

「海賊がいきなりそんな戦い方はしないね。ただ私たちを撃沈しても、向こうはミサイル代を損するだけさ。得る物がない」

 そこでようやく肩をすくめ、クレアはカリナを見下ろす。

「まずは接近して船橋に機関砲を突きつけて停船。そのまま陸戦隊を流し込んで制圧、後はおう姉ちゃん別嬪さんやないかゲヘヘ、まず持ち物検査でもさせてもらおか着とるもん全部脱げや……おお背徳! 肉欲と官能に燃える獣どもの宴の幕開け!」

「たかが『ガトル』の3機ぐらい、私とニノンの『ハイザック』2機だけでお釣りが来る」

 自らの豊かな胸を掻き抱きながらのクレアの口上を、完全に無視してカリナが言った。だがカリナのつれない態度にも、クレアは眉をわずかに動かすばかりだった。

「確かにそうかもしれないが、もちろんそうはいかないな。私たちは今、何の変哲もない境界漁民の回収母船でございと通している。だが実はその船内に、連邦正規軍の『ハイザック』や『ジムⅡ』を隠していた、とバレたら?」

 にやり、とクレアは不敵に笑う。

「海賊どもは一度に全員まとめてかかって来たりはしない。必ず後ろに後衛、予備を残す。万一襲った相手に『隠し玉』があって反撃されても、そいつらが後から援護に来て退路を開くか――あるいは一部始終を見届けたうえで『上』に通報する」

「…………」

 境界漁民の回収母船は通常、ろくな武装もないMW(モビル・ワーカー)かMP(モビル・ポッド)ぐらいしか積んでいない。だから境界宙域に入り込まれても、ルスラン・フリートもわざわざ遠方から大戦力を割いてまでは、いちいち執拗に漁船を狩り出し追い回すような大事にはしないし、そこまでは気にも掛けない、という面がある。

 だが、連邦正規軍が潜んでくる、というなら話は別だ。

「連邦軍が境界漁民と連んできたと分かれば、ルスラン側の警戒レベルは跳ね上がる。MSで『ガトル』を撃滅してからP-04の制空圏内まで下がって建て直しを図っても、次は境界宙域へ入る前からきつーい監視が付いてくることになる。そうなれば期間内の任務達成は、相当に厳しくなるだろうね――おっ」

 正面モニターに割り込みが入り、切り替わる。旧式パイロットスーツに身を固めたフィオ・アレントが、『ダーウィン』格納庫内のボール機内から繋いでいた。

『海賊の『ガトル』はあたしたちが迎撃する。軍人さんたちはここでお留守。それでいいのよね、船長?』

「もちろん! よろしく頼むよ、社長。ただし――まだ、あちらさんにこちらが見つかった、と決まったわけじゃない。打って出るのはぎりぎりまで控えてくれ。出撃のタイミングは、こっちの判断に任せてもらおう」

『――了解』

 アレント廃品回収社の他3人もボールへの搭乗を終え、通信小窓が画面に並ぶ。やたら鼻息荒く目を輝かせるアシュリー・スコット、ただ穏やかに微笑むマルミン・ポリン、そして儚げに緊張に震えるボナ・アレント。

 見事に童顔の少女ばかりが並ぶ絵面を改めて見せつけられて、カリナは顔を覆った。

「本当に、あんな子供ばかりにやらせるのか……。船長。こちらも即応待機は取らせてもらいます」

「無論だとも」

 カリナは言い捨てるや踵を返して船橋を離れ、まっすぐに後部格納庫の『ハイザック』を目指した。遠巻きに覗き込んでいたニノン・ルクレール伍長がその後を追い、それと入れ違いにイネス・シブロン航海士が大慌てで飛び込んできた。

 あっという間にアレント社のボール隊が突破され『ダーウィン』まで撃沈されるとしても、カリナはMSで離脱して生き延びてやるつもりだった。ここからP-04まで、単純距離だけならそう遠くはない。なりふり構わなければ、MSの航続力だけでも帰投は可能だ。

 ドアが閉まり、泡を食いながらセンサー類の状況を確認するイネスと猫耳カチューシャの航海士だけが残った船橋で、クレアは肘掛けを指先で弾きながらひとり呟く。

「さあて。機関はしっかり冷やして赤外線も誤魔化し、灯火管制しながらの慣性航行もほぼほぼ完璧にやってきたはず。これでも敵さんに見つかっていたとすると――とんでもなく運が悪いだけなのか。実は敵さんに本物のニュータイプでもいるのか。それとも――」

 猫耳カチューシャの航海士がゆっくりと振り向き、いつも通りの眠そうな目を向けてくる。彼女と目線を合わせて、クレアはにやりと笑った。

 

 

 

 4機の『ボール』と2機の『ジム・ディガー』が収まる『ダーウィン』前部格納庫で、上部ハッチが開きはじめた。だが『ハイザック』と『ジムⅡ』の駐機する後部格納庫はまだ開いていない。こちらはギリギリまで姿を見せるわけにはいかなかった。

 相変わらず『ガトル』編隊は動きを見せない。『ダーウィン』も同じく慣性航行のまま、両者の軌道は静かに近づいていく。

 アイネはカリナの事前指示に従い、愛機『ジムⅡ』のコクピットにいた。対空監視所を空にしてきたのは不安だったが、『ダーウィン』船内にも総員起こしがかかっている。誰か代わりが付いてくれているはずと信じるしかなかった。

「――本当に、こっちに気付いていないのかな」

『据え物斬りだな。こっちにサラミスの1隻でもあれば、あんな連中ほんの一斉射で片づけられるのに』

 隣の『ジムⅡ』から、『ダーウィン』の船体を通した接触回線でシエル・カディス伍長が呟く。

 確かに高初速のメガ粒子艦砲なら、発射から弾着までほんの数秒の距離だ。しっかり狙って撃てば、まだ機関すら始動させていない『ガトル』編隊などは艦砲射撃だけで容易に壊滅させられるだろう。

 しかし『ダーウィン』に艦砲など無いし、何より、今ここで先に手を出すわけには行かない。

 双方が慣性航行を継続してゆっくりと接近する中、時間だけがじりじりと過ぎていく。格納庫の上部ハッチも閉じられたままでは、MSが誇るセンサ類もほとんど役に立たない。

 アイネも理屈では分かっている。いま自分たちが姿を晒せば、目の前の敵を撃退できても、他の敵を引きつけて『ダーウィン』を強烈にマークされることになる。そうなれば、限られた期間内での任務成功率は格段に下がってしまう。

 アレント廃品回収社が『宝船』を押さえて『亡霊』を引きずり出す前に連邦軍MS隊が出撃してしまえば、それは即座に『クシナダ作戦』の失敗を意味するのだ。

 だからこれから戦いが起こるとしても、それは境界漁民と宇宙海賊の『いつものよくある小競り合い』のレベルに留めなければならなない。

「ジリジリする……」

 それでも軍人である自分たちが後ろに隠れて閉じこもり、戦いの先鋒を年端も行かない少女たちに任せざるを得ないという現状は、アイネの神経を尖らせる。シエルも同感らしく、途中から二人の口数は一気に少なくなった。

『『ガトル』編隊、最接近点まであと180秒』

 整備兵として『クシナダ任務部隊』に参加している、マリエル・エイムズ軍曹の通信音声でアイネは顔を上げる。どうやらMS隊の出撃準備完了を見届けてから船橋へ入っていたらしい。

 マリエルは今、猫耳カチューシャの航海士とイネスと3人で船橋の前列に詰めている。もはや整備兵の仕事ではないだろうと思いはするものの、『ダーウィン』の人手不足はやはりどうしようもないのだなと思い直した。MPとMSのパイロットが全員抜けただけでこれか。とはいえ、信頼できる同僚が船橋に入っていてくれるのは確かにありがたい。

 格納庫内で、アイネ機は右手のビームライフルを確かめるように構えなおす。だが艦砲並みの高初速ビームならともかく、MS用ライフル程度の初速ではこの距離から狙撃もどきを試みても、ビームの光を見てから避けられる公算が大きい。

 確実に仕留めにかかるなら接近戦を挑むしかないし、そうすればおそらくかなり容易に勝てるだろう。しかしもちろん今、連邦正規軍のMS隊が打って出ることは出来ない。

『そこで見てなよ、軍人さんたち』

 歯噛みするしかないアイネをよそに、接触回線から少女の声が響く。フィオだ。

『『ダーウィン』とこの作戦は、あたしたちが守るから。あんたたちも込みで、ね』

『はぁ……?』

 決意表明とも挑発とも取れるその宣言に剣呑な声色で応じるカリナも、さすがにそれ以上の動きは見せない。必要以上に殺伐とした気配が漂う中、アイネはアシュリーを呼んだ。

「アシュリー、落ち着いて。無茶しないで、確実にね」

『へっ、――は、はいッス! クライネ伍長!!』

 少し驚いた顔をした後、満面の笑みでアシュリーは応じた。戦闘前にこのノリのままでいいのかと少し思うが、自分に出来そうなことは他に思いつかなかった。

「マルミンちゃんも。無理しないでね」

『ありがとうございます』

 その言葉自体が無理と承知で、アイネは言う。マルミンは優しく微笑み返してきた。

「フィオ社長とボナさんも。よろしくお願いします」

『あ、……ありがとうございます』

『…………』

 親しい二人のついでに、まだあまり接点のない二人にも声を掛ける。うろんな視線を返すだけのフィオはまだしも、ボナのはにかんだ笑顔にアイネは微笑みを返した。

 それきり沈黙が落ち、じりじりと時間が流れていった。

『ダーウィン』の望遠カメラが捉えて追い続けているガトル編隊の映像が、アイネの『ジムⅡ』の全天周モニタにも転送されている。まだ動きは見えない。

『敵編隊、最接近点を通過……』

 マリエルの声に固唾を呑みながら、次第に離れていくガトル編隊を見送る。やはり、敵はこちらの存在に気付いていなかったのか。

 やった。戦わずに済む、――やり過ごせる。

 マリエルの絶叫が響いたのは、ふっと気が抜けかけたときだった。

『新たな高熱源反応! 後方左面同位、加速しながら突っ込んでくる!』

 

 

 

『フィオ社長! 『プレイボール』だッ!!』

『言われなくても!』

 船倉内の床板へ、折り畳みながら押し当てられていた『ボール』の腕部。大きく手を振り上げたクレアの号令で『肩』と『肘』とを爆ぜるように一気に開いて、4機の『ボール』が『ダーウィン』の真上へ高く跳ね上がる。さながら旧世紀の水上戦闘艦が、甲板埋め込み式のVLSから大型ミサイルを斉射したような情景だった。

『アシュリーはあたしと左後ろから来る新手をやる、マルミンとボナは前にいるのを追っ払う! 行くよッ!!』

『あいさ!』

『わかった!』

『りょ、了解!』

 空中で機体各所のバーニアと、背部メインスラスタに点火。船倉から跳ね上がりながら放ったフィオの命令に従い、中空で編隊を組み上げる。アレント廃品回収社の『ボール』4機は急加速しながら2機編隊の二手に分かれていった。

 慣性航行で通過しようとしていた前方3機の『ガトル』もこれで気付いたらしい。矢庭に機関へ火を入れて加速、旋回しはじめた。『ダーウィン』を狙いにくる動きだった。

『ボール』2機対『ガトル』3機の対峙が、『ダーウィン』の前後に2個正面で発生した。フィオとアシュリーが左後方から突進してくる敵を迎え撃ち、マルミンとボナは前方で今動き出したたばかりの敵に向かっていく。

『ダーウィン』から一定距離を稼ぐために敵機へ突進したあと減速に転じ、フィオは相対速度を寄せながら真正面からの敵影を睨みつけた。

 敵は『ガトル』戦闘爆撃機――ただし、旧ジオン公国軍が一年戦争時に運用していたものとはやや異なる。ルスラン・フリート独自仕様の改良型、『シンガトル』と呼ばれる仕様だ。

 単座コクピットをふたつオフセットで左右に並べていた特徴的な複座構造は、別種の戦闘機から流用したらしい単座コクピットひとつに改造されている。操縦系の改良と運用思想の変化があったらしい。

 かつて『ガトル』のトレードマークでもあった、主兵装として機体の左右に張り出す異様に重く強力な大型対艦ミサイルは見当たらない。撃沈より拿捕、火力より機動性を重視する海賊がそれを運用することは滅多になかった。その一方で機体前面左右を上下に走るミサイルポッド部の最上段は、MS-21C『ドラッツェ』でも使用される40ミリ機関砲ユニットを収めたガンポッドに換装されている。

『シンガトル』は総じて敵艦の撃沈ではなく船舶の拿捕を、戦闘力としてはMSやMPなどの機動兵器への対処能力向上を狙ったもの――P-04ではそう分析されている。

 そして大抵の場合、民間船舶を狙う宇宙海賊の装備としてはこれで十分すぎるのだった。安く軽く速い。これだけMSがコモディティ化して溢れたとされる現代でもなお、地球圏の誰もが船の護衛にMSを付けられるわけではないのだから。

 ルスラン・フリートが『ザクⅡ』系MSの独自生産と改良型の開発に成功する以前に量産していたのが、この『シンガトル』だった。そして今や、配下の宇宙海賊たちへ大量に供与している機動兵器でもある。

 操縦系や武装が原型機から大きく変化した一方で、『シンガトル』の基本的な機動特性はほとんど変わっていない。

 MSの胴体ほどしかない小柄な機体に、MS級のミノフスキー式熱核ロケットを搭載した『ガトル』の機動性は強力だ。その加速力は『ザクⅡ』を上回り、ましてや非力な化学式ロケットしか持たない『ボール』との差はさらに大きい。

 猛烈な急加速を掛けながら、『ガトル』編隊が2機の『ボール』に肉薄してくる。

「やはり速い。『ボール』で同じ土俵の追いかけっこをまともにやっても、勝負にならない……」

『ダーウィン』の船腹、全天周モニタ内に小窓を開いて中継されている望遠映像を睨みながらアイネが唸る。

 ルスランの新鋭機であるMS-21F3『ドラッツェF3』でも引き続き主機として続投しているように、『ガトル』用主機の推力は大きい。連邦軍現用機の『ジムⅡ』でさえ、直線でまともに逃げに入られたらとても追いかけきれないだろう。

 ましてや『ボール』とでは。

『――でも結局、手も足も出ない旧式』

 呟くフィオの眼前から来る、『シンガトル』の機体前面左右で光が激しく明滅する。40ミリ機関砲の発砲炎だ。

 真っ赤に焼けた光の雨が数秒かけて、緩やかな螺旋状の回避機動を描きはじめたボール編隊の周りを抜けていく。

「アシュリー。まさかと思うけど、まだ撃たないでよ」

『あいッス!』

 フィオは曳光弾の嵐の中を泳ぎながら、ヘルメットのバイザーの下で眉一つ動かさない。回避機動の中でも後続するアシュリーとの通信回線が維持できていることを確認しつつ、ただ断続的な発砲を仕掛けたまま急激に迫る『シンガトル』を見据えている。

 ガンッ! と装甲板越しに鋭く打撃音を響かせ、『ボール』の球面装甲が機関砲弾をひとつ跳ね飛ばす。それでもフィオは動かない。

 浅い。貫通なし。機能への影響なし。後続の弾着なし。捉えられていない、まぐれ当たりだ。

「戦闘機(カトンボ)ふぜいが。『ボール』の装甲を舐めないでよね」

 五感と計器で機体の無事を確認しながら、まだ撃ち続けたまま近づいてくる敵機をフィオはさらに待つ。

 ぐんぐんと相対距離が接近していく。間もなく『シンガトル』編隊は『ボール』の無反動砲の有効射程に入る。

 闇雲な機銃掃射ではいつまでも有効打を与えられない状況に苛立ったのか、『シンガトル』編隊はガンポッドの下段から一斉にミサイルを放った。6発――いや、12発。

 かつて一年戦争で『ガトル』が機体側面に搭載していたものよりは遙かに小型だが、それでもMS用バズーカ砲弾に匹敵する威力がある。それを機内に多連装。『ガトル』がただの『戦闘機』ではなく『戦闘爆撃機』と言われる所以だった。直撃すれば『ボール』の装甲とて到底持たない。

 ミサイル弾幕を撒き置いた『シンガトル』編隊はそのまま旋回、離脱機動に入っていく。

「アシュリー! 全速で前ッ!!」

『アイっス!!』

 だが迫り来るミサイル群を前に、フィオは吠えながらスロットルを開き、フットペダルを踏み込んだ。アシュリーも動物的な反射で続く。機体下部の重心線を貫くメインスラスタが咆哮し、2機の『ボール』はミサイルへ向かって急突進する。

 地上の音速など遙かに超える相対速度でミサイル群が迫る。『ボール』のキャノピー・グラス越しに流星群のような光が肉薄、半ば運任せで飛び込んだ2機を次々と通り過ぎ――そして後方で一斉に信管を作動させて炸裂、彼女たちがいるはずだった場所に強烈な霰弾の嵐を吹き荒れさせた。

 その嵐を越えた先でフィオとアシュリーは、無防備な横腹を見せる『シンガトル』の群れを有効射程内に捉えている。

 そこで初めて、2機の『ボール』は躍動する。

 頭頂の無反動砲と重心を釣り合わせるほどに重い『ボール』の腕部が『肩』からぶぅんと振られ、さらに尖端のマニピュレータ部中心でバーニアが光る。

 MSの出力と推力に劣りはするが、それは紛れもない戦闘AMBACだった。丸い機体ごと急旋回した機体の後部メインスラスタで、『シンガトル』の背中を追うように光が爆ぜる。

「アシュリー、撃ぇッ!!」

『あいよーーーッス!!』

 一気に『ガトル』の無防備な背後へ飛び込みざま、2機の『ボール』は発砲した。

 無反動砲が放った大口径高速弾が2発、1秒飛んで『シンガトル』の後方で炸裂した。数百発の散弾が傘を開くように円錐状となって広がり、その散布界の内側にそれぞれ敵機を包み込む。

 編隊の後方2機の『シンガトル』は、榴霰弾の雨を回避できないまま飲み込まれた。火花が散る。小口径機関砲弾並みの威力を持った鉄の霰が熱核ロケットのノズルに飛び込み、内側から『シンガトル』の機関と装甲板を跳ね穿つ。

 1機が完全に推力を失い、もう1機も片肺になって煙を曳きながら流れていく。かろうじて誘爆はしないが、それゆえか無傷の1機もそちらの救援に向かい、そのまま『ダーウィン』から離れていく。

「たった一撃で……!? 機体特性の差を見切って使いこなしているのか。……あのフィオって子、強い」

『大した度胸だ。アレについていけてるちんちくりんも相当だな……』

『おー、もう1編隊潰したの? やるねぇあの子。カワイイのは顔だけじゃなかったかぁ』

『ダーウィン』船倉の機内で驚嘆するアイネとシエルに、『ハイザック』のニノン・ルクレール伍長が『ダーウィン』の甲板を介した接触回線経由で明るく呟く。そういや昔はこの子も結構似たようなこと言われてたなと思いながら、アイネはもうひとつの戦線に意識を転じる。

『ボナくん、このまま行くよっ!』

『う、うん、マルミンお姉ちゃん!』

 最初に減速して敵機を迎え撃つため相対速度を合わせたフィオ編隊と異なり、マルミン編隊はほぼ最大加速を継続しながら突撃していた。直前までこちらに気付いていなかった『シンガトル』編隊が状況を理解し、完全に立て直す前に仕掛けるつもりだ。

『弾種・榴霰弾! 目標敵2番機、信管5000、てーっ!』

『て、てーっ!』

 普段は柔和で温厚なマルミンの凛とした号令が通信回線を貫き、2機の『ボール』が発砲する。

 いくら『ボール』の無反動砲が高初速を誇っていても、さすがに不意打ちでもなければ『シンガトル』を狙うには遠すぎる距離。発砲炎を見て慌てた敵は編隊を崩し、発砲から数秒後に開いた霰弾の薄い飛沫を回避した。被弾らしき火花は見えない。

 だが、その間にもマルミンとボナの『ボール』は迫っていく。

『弾種・目標同じ、信管3000! 続けて、てーっ!』

『てーっ!!』

 第二射。前よりも近くで砲弾が爆ぜた。

 数発が『シンガトル』の装甲板に跳ねる。致命傷どころか何らかの有効打にすら遠いはずだが、これで1機の『シンガトル』が恐慌に陥った。機体外縁に伸びる放熱翼の尖端からバーニアを噴かして緩やかに旋回、明後日の方角へと一目散に離脱していく。

 だが、残り2機の『シンガトル』はかろうじて編隊を維持し、近くを漂うコロニー・ミラー残骸の裏に飛び込んで隠れた。

 死角。マルミンは射撃の手をいったん止めたが、機体の突進は止めようとしない。『ボール』の頭で無反動砲が鎌首をもたげる。

『次に出てくるのはその辺からでしょ! 弾種・徹甲榴弾、目標、わたしに続いて!』

『う、うんっ』

 無反動砲、第三射。今度の砲弾は直進中に自爆しない。

 ミラー残骸の端に直撃して粉砕、さらに炸裂。数秒差で来た後続弾も重なり、盛大に破片と噴煙を撒き散らした。MSはおろか『ボール』ほどにも小回りの利かない『シンガトル』は軌道を読まれ、その噴煙を突き破らされるかたちで出現する。

 そのときにはもう、『ボール』は『シンガトル』との距離を十分に詰め終えていた。

『弾種同じ目標2番機、てッ!!』

 マルミン編隊、第四射。

 咄嗟の急加速で中心部への直撃こそ免れたものの、1機の『シンガトル』がミサイル・ラックの並ぶ右胴下部を貫通された。そこから下がバーニア付きの着陸脚ごとまとめて吹き飛ぶ。錐揉み状の回転に陥り、辛うじて大型デブリを回避しながら脱落していった。

 回避成功して無傷で生き残った1機も、大きく『ダーウィン』から離れるような軌道で『ボール』から距離を開いていく。

『よしっ、下がった! ボナくん、こっちもいったん下がるよ!』

『わ、わかった……』

 マルミンはそこでようやく減速を掛け、反転機動へ移った。撃退した敵への深追いを避けて『ダーウィン』へ寄り戻しながら、全体の状況を確認していく。そもそも『ボール』の足では、逃げに入った『シンガトル』など追えはしない。

「すごい。……あの子たち、両方ともきっちり勝った」

 アイネは息を呑みながら呟いたが、カリナは冷たく吐き捨てた。

『ふん……対MS戦が前提の『ボール』でMS登場以前の『ガトル』に負けでもしたら、そっちの方が大恥でしょうよ』

『ボール』対『ガトル』の戦闘は一年戦争後も境界宙域に限らず地球圏の各地で、民間警備会社と宇宙海賊などの間でもっとも頻繁に見られる種類のものだった。

 MS登場以前の旧式機動兵器ながら、強力な熱核ロケットで高い機動性を誇る『ガトル』。量産性を至上命題としながらも腕部を有し、MSに準じる運動性を誇る『ボール』。

 襲撃向きだが旧型の『ガトル』と迎撃向きで新型の『ボール』が真正面から戦えば、一般論として、単純な戦闘力では『ボール』が有利と言われはする。

「そんなことないです。あの子たちはこの奇襲も待ち伏せもしっかり凌いでのけました。間違いなく、あの子たちは強い……。あの子たちとなら、この作戦もきっとやり遂げられます」

 しかし宇宙海賊の『ガトル』は機動性で勝るがゆえ、常に有利な戦場を選べる主導権がある。絶対的な優劣はなかった。今回もそうだ。

 数の劣勢と敵の主導権を覆しながら、急場の迎撃を成功させてのけた。アレント社の実力をアイネは高く評価した。

『…………。なら、いいけどね』

 対立派閥から臨時配属された部下に真正面から突き返されて、カリナは表情を渋く歪める。アイネは譲らずシエルが無言で見守る中、ニノンは急にバイザーを上げて前髪を直し始めた。

 アイネは全天周モニタに開く戦況図へ視線を転じる。

 敵編隊の6機中3機を緒戦で一方的に撃破した。これだけの実力を見せつけつつ、さらに戦力比まで逆転したのだから、まともな海賊ならもう『ダーウィン』など諦めて下がるはずだ。定石通りなら、敵は送り狼となって『ダーウィン』へつかず離れずの監視を続けるか、あるいは損切りして完全に撤退することになるだろう。

「『ガトル』はまだ3機が無傷で残ってるみたいだけど、……どう来る?」

 撃退されたとはいえ、主導権は依然として宇宙海賊の側にある。アイネは固唾を呑みながら、『シンガトル』編隊の次の動きを観測しようとした。

『うごくよー。しっかりつかまってー』

「!?」

 妙に緊張感のない声が船橋から通信回線に流れた、と思った次の瞬間、アイネは座席へ押し込まれていた。『ジムⅡ』も他の3機も同様に、船倉内の握りを掴んで固定している機体が小さく後ろへ沈みこむ。

『ダーウィン』が慣性航行の封印を破ってメインスラスタを噴射、一気に船体を加速させたのだ。

 何のために――アイネが考えようとした次の瞬間、先ほどまで『ダーウィン』の船体があった空間を下から上へと何かが次々と突き抜け、上方のデブリに炸裂し粉砕した。

 砲撃だ。明らかに『ダーウィン』を狙っている。

「今のは、……『ガトル』のミサイルじゃない。火砲!?」

 弾道の出所へ『ダーウィン』がカメラを巡らせ、望遠を掛けて射手の姿を映し出す。

『ザクⅡ』。おそらくはF系統。

 大口径長砲身のマゼラ・トップ砲を構えた『ザクⅡ』が1機、さらに新手の『シンガトル』を従えながら、『ダーウィン』目掛けて突撃してくる。

 宇宙海賊は、後衛部隊を投入した。

 




ご感想・評価をいただけますと大変励みになります。
ぜひお送りください。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。