『おい。あいつら速攻で蹴散らされたぞ。――相手は小娘ばかり、って話じゃなかったっけっか?』
『3機中破かぁ。結構イタいねー』
突如として発生した一連の戦闘を見上げながら、大型のコロニー残骸の影に彼女たちは潜んでいた。
宇宙海賊側の『シンガトル』3機の2個編隊がそれぞれ、境界漁民の『ボール』2機の2個編隊に迎撃され、1機も撃破できずに合計3機を失って撃退された。惨敗と言っていいだろう。その一部始終を見届けながら、『シンガトル』の女性パイロットは吐き捨てる。
『挙げ句の果てに、勝手に逃げ出すカスまでいやがる。やっぱヤリモクで集まってきたような連中は使えねえわ』
『……そ、そんなことないよ……。みんなモカの『お願い』聞いて、一生懸命に頑張ってくれたよ……?』
『ふん。モカがあそこまでしてやった値打ちはあったのかね』
もう1機の『シンガトル』に乗る女性パイロットがおずおずと口を挟んできても、片割れの女はすげなく鼻で笑うだけだった。
『まあまあ、シオン。実際、役には立ったじゃん? ――肝心の獲物はあぶり出せたわけだし。モカが頭数集めて『網』を張らせてたのは大正解でしょ』
闇の中で『ザクⅡ』のパイロットが含み笑いを漏らす。こちらも若い娘だった。
『イヴリンの言う通りよ。もう結構な額、貰っちゃってるんだから――請けた仕事はきっちりこなさないと『貪食の蜂(ガトリング・ホーネット)』の信用問題になっちゃうもの。みんなの力で仕上げに掛かるとしましょう』
MSと戦闘機のすぐ後方に控える、この一団の母艇――ムサイ級軽巡洋艦と相似の艇体構成を持つジッコ級突撃艇のコクピットに座る女が、艶めきながらも落ち着いた声で一同を締める。
『わ、私はみんなをもう一回集めてくるね……エイミー、損傷した人たちのことをお願い』
『はっ……。あたしはいつも通りにやらせてもらうわ。イヴリン、合わせろよな』
『そりゃあ、もちろん。じゃあ、――始めちゃいますか』
他の『シンガトル』や『ジッコ』と同様、獲物を貪り喰らう蜂のマーキングを肩盾に付けた『ザクⅡ』が、モノアイ・カメラを光らせながら『ダーウィン』の船影を狙い、マゼラ・トップ砲を巡らせた。
「『ザクⅡ』!? まさか『亡霊』がもうここで――」
『落ち着きなよ、アイネ。今まで『亡霊』が他の海賊と露骨に連んで出てきたことはないし、飛び道具を使ったことだって一度もない。何より機体の損傷具合がぜんぜん違う――別物だよ』
アイネ・クライネ伍長と同じく『ダーウィン』からの望遠映像を『ジムⅡ』のコクピット内で見ながら、シエル・カディス伍長が淡々と分析する。
「別物、……そうか……別物、か……」
すぐに自分でも同じ結論にたどり着いて、アイネは重く呟いた。
もし今回の『ザクⅡ』が件の『女を狙う亡霊』だったなら、今のアイネが抱えている悩みの大半は吹き飛んでいただろう。今ここで偽装を捨てて出撃してしまえばいいからだ。
その場合でも、アレント廃品回収社が積み上がった赤字をひっくり返すための最後の希望である『宝船』を獲得できなくなる、という問題は生じる。だが少なくとも、年下の少女たちを弾避け代わりに前へ立たせる、という後ろめたさだけはなくなってくれる。
「マルミン、合流! あの新手を迎え撃つよ!」
ミノフスキー粒子に通信を阻まれながら、フィオ・アレントは別編隊を任せていたマルミン・ポリンを呼んだ。だが通信の成否に関係なく、マルミン編隊はフィオ編隊と合流しつつ『ザクⅡ』と『ダーウィン』の間に入れる位置に向かってくる。フィオとマルミンには阿吽の呼吸があった。
『フィオ社長! そろそろ9回裏もツーアウトだ。ベンチ一同は帰り支度をさせてもらうよ。このまま三者凡退の逃げ切りで抑えてもらおう』
「何それ野球? あたしやったことないんだけど」
クレア・ダーウィン船長が、通信で撤退開始を宣言した。P-04方面へ向けて『ダーウィン』が回頭を開始する。
境界宙域で派手にスラスタを噴いて火力も使ったのだ。境界宙域に潜む他の海賊、ルスラン哨戒部隊までおびき寄せることになる。いったん境界宙域から連邦軍の制空圏内まで戻って監視を断ち切り、態勢を立て直してから再侵入するしかない。
幸い敵の主力は既に撃退し、今なお突撃してくるのは『ザクⅡ』1機と『シンガトル』2機の1個編隊のみ。わずか1機とはいえ敵にMSがある以上油断はできないが、少なくとも一気に突破されて『ダーウィン』に王手をかけられるリスクは先ほどまでより低い。
フィオ編隊の後ろにマルミン編隊が入り、アレント社は無反動砲による相互支援が可能な距離内で4機編隊を形成した。後退する『ダーウィン』の航行に置いていかれないよう追従しながら、新たな敵に相対していく。
「今のを見て下がらないとはね。大した自信だこと」
『フィオ、こっちは問題なし! 推進剤も弾薬も、もう一戦ならまだ行けるよ』
「了解、あたしとアシュリーが前に出る。さっと終わらせて帰ろう。行くよ」
接近して無線通信が繋がり、通信小窓にマルミンとボナ・アレントが顔を出す。フィオは軽く鼻を鳴らしながら緩やかな戦闘機動を開始し、キャノピー越しに迫り来る敵影を睨んだ。
突進してくる『ザクⅡ』が再びマゼラ・トップ砲を構えたかと思うや、即座に撃ち放ってきた。
高初速の大口径砲弾が吠え、構えた『ザクⅡ』の肩を蹴飛ばす。背部メインスラスタの噴射で巧みに反動を相殺しながら、矢継ぎ早に次弾を放ってきた。
「――!?」
不意に悪寒が走る。急機動で跳ねるように飛んだフィオ機がつい先ほどまでいた空間を、曳光弾がまっすぐに貫いた。
「この距離で――」
マゼラ・トップ砲は一年戦争当時、重防御で知られたRX-78『ガンダム』級の胴体装甲を貫通可能な数少ないMS用実体弾兵器のひとつとして知られていた。『ボール』の球面装甲とて、まともに当たればひとたまりもない。
「こ、こいつ――っ!」
咄嗟にフィオは無反動砲を撃ち返したが、『ザクⅡ』は悠然と回避した。まだ弾着まで数秒の距離、掠りもしない。
『フィオ、早い、早いよ! もっと引きつけないと――』
「うるさいなっ!!」
対MS戦を前提として設計された『ボール』の無反動砲は、敏捷なMSを捉えて貫けるよう高初速で大威力だ。しかしその反動を相殺するために、砲弾と同じ運動量のガスを後ろへ吐かねばならない。このため弾薬は低反動砲の倍ほどにも重く大きく膨れ上がり、携行弾数は決して多くなかった。本来、無駄撃ちは出来ない。
熱くなったフィオがマルミンと言い合う間に、射撃を止めた敵編隊は大型デブリの影へ滑り込んだ。だが一呼吸の間にまた出てきたかと思うと、すぐに『ザクⅡ』が鋭く射撃を再開してきて、『ボール』編隊は回避機動を強いられる。
『舐めるなよ。火力はこっちの方が上なんだから! 斉射ぶち込んで粉々にしてやる!!』
『う、うん――』
『あいッス!!』
「…………? あれ……?」
マゼラ・トップ砲を撃ちながら距離を詰めてくる『ザクⅡ』と随伴の『シンガトル』を見ながら、ボナ・アレントは呟いた。
1機足りない。
最初に出てきたとき、宇宙海賊の新手は『ザクⅡ』が1機に『シンガトル』が2機だったはず。だが今、『ザクⅡ』の傍らに『シンガトル』は1機しか見えない。
『お姉ちゃん、もう1機の『ガトル』は――』
ボナが通信回線に呟いたとき、『ボール』編隊から横合いの奥で、スラスター光が爆発した。
一年戦争時に『ガトル』のトレードマークともなっていた外装式の大型対艦ミサイルを、宇宙海賊が運用する『シンガトル』は滅多に装備しない。
だが、この『シンガトル』は例外だった。一撃でサラミス級巡洋艦を撃沈しうるほど強力だがあまりに大きく重く、撃ち尽くすまで『ガトル』の機動性を大幅に引き下げていたそれを、由緒正しい4連装で抱えている。
そして今、この重装の『シンガトル』は機体後方のメインスラスタだけでなく、その大型ミサイルのメインノズルからも爆発的な光を放って噴射していた。すわ発射かと思わせる光景だったが、ミサイルはいっこうに『シンガトル』の機体から離れない。機体の両側面で巨大な推力を爆発させながらも分離することなく、母機と一体となったまま突進してくる。
「ミサイルじゃない――『ブースター』だッ!!」
その正体を悟ったフィオが叫んだときには、『シンガトル』は法外な加速を稼いで突撃してきた。
直前の戦闘で反航戦を展開してきた『シンガトル』のゆうに倍以上――下手をすれば3倍近い相対速度。フィオが何か反応しようとしたとき、正面から来る『ザクⅡ』のマゼラ・トップ砲と横合いからの『シンガトル』40ミリ機関砲が、2方向から同時に吠えた。
前より大きく距離を詰めながら発射されたマゼラ・トップ砲弾が精確な照準で降り注ぎ、フィオ機は応射も出来ずに急激な回避機動を強いられる。『ボール』編隊が乱れたところへ『シンガトル』が突入し、機速を乗せた機関砲弾の射線がフィオ機の装甲を無茶苦茶に乱打した。
「きゃああっ!!」
『お姉ちゃん!?』
『みんな、あの『ザク』を止めて!!』
『うーっ!!』
連続する弾着の衝撃に悲鳴を上げながら、それでも『ボール』の腕部を振って急旋回し、フィオは『シンガトル』の射線上から離脱する。その間に肉薄しようとした『ザクⅡ』へマルミンの号令で斉射が放たれ、辛うじて白兵戦の間合いへ入られる前に足を止める。
その間に『シンガトル』は彼方へ駆け抜け、『ザクⅡ』もいったん大型デブリの影へと後退した。
『フィオ! 大丈夫!?』
「だ、大丈夫――大丈夫って言ってるでしょ!」
フィオは必死に計器とコクピット内と計器へ目を走らせ、機体の状況を確認する。
緒戦でまぐれ被弾したものと同じ砲弾のはずなのに、被害はずっと大きかった。コクピット内壁には打痕と破孔が生じ、いくつかのバーニアが停止、関節出力も低下している。自身に負傷がないのは奇跡だった。ネジか破片のひとつでも跳んでいれば、恐ろしいことになっていただろう。
フィオは一瞬だけ通信機の送信側を切ると、今や再び『ボール』の有効射程外へ出て遠く弧を描きながら減速して、余裕たっぷりに旋回中の『シンガトル』を睨み据えた。壁へ叩きつけた拳とともに、煮えくり返る感情の塊を吐き捨てる。
「――あンの、……『乳デカ女』ぁっ!!」
乳のデカい女だった。
超高速で迫り至近距離でほんの一瞬交錯した、『シンガトル』のパイロット。互いのキャノピー越しで刹那に見えたジオン式パイロットスーツの胸は、フィオより大きい見事な巨乳で――バイザー越しの顔は見えなかったが、フィオには明らかに、笑っていたように見えた。
『ああ!? あっちからも来るっ!!』
狼狽したボナの叫びが、フィオの意識を引き戻す。
『ザクⅡ』に随伴していた『シンガトル』の片割れが、最初に撃退され散り散りになっていた僚機を集めながら戻ってきていた。
4機編隊。これで4対6、数でも再び逆転された。
ブースター付き『シンガトル』による狂気と紙一重の高速一撃離脱と、『ザクⅡ』の精確な狙撃の同時連携。あの絶妙のコンビネーションを凌げたのは奇跡でしかない。
次はそこに、あの4機がダメ押しを仕掛けてくる。
超高速の『シンガトル』は減速しながら弧を描いて回頭しつつあった。その途中で推進剤を使い切ったらしきブースターが機体両側から脱落、投棄された。次の突撃を狙っている。
『ガトル』の足は長くて速い。
『ボール』と『ガトル』が同じ条件で真正面から戦えば、たいていの場合は『ボール』が勝つ。だが、何かの要因で『ガトル』が勝てば――『ボール』はそこから逃げられない。機動性が違いすぎるから。
踏みとどまっても勝算は薄く、逃げようとしても追いつかれて背中から蹂躙されるだけ。『ダーウィン』へ降りても『ガトル』からは逃げきれないし、『ボール』が下がって防衛線が無くなれば、敵は悠々と『ダーウィン』を近距離から攻撃できる。そうなれば、もう回避することも出来ない。
思考が絶望を導いてとぐろを巻き、静かに臓腑へ染み渡っていく。
『ふぃ、フィオ! どうする? どうする!?』
『お、お姉ちゃん……』
敵は3方向から来る。ひとつひとつ別々になら対処できるだろう。だが二つ同時でも厳しかったのに、三つのタイミングを同期されれば、次こそ本当に凌げない。一気に殲滅される。
もしも今ここで、状況を注視しているはずの連邦軍の軍人たちが『ダーウィン』に隠したMS隊を発進させたら――
この場は助かるかもしれない。だが、それで宇宙海賊とルスラン・フリート本隊は『ダーウィン』に連邦軍がMS隊を隠していた、という事実を認識する。『ダーウィン』の動向を強烈にマークしながら大兵力を張り付けて、次の潜入を阻止してくる。
そうなったら、もう『宝船』は。ナイアは。
溢れる思考の中で、まず『シンガトル』の再編成した4機編隊が『ボール』を射程に捉えようと接近してきて――
にわかに散開した。
光の刃を激しく振り回す『何か』がいきなり割り込んできて、『シンガトル』編隊は蜘蛛の子を散らすように逃げ散っていく。
MSが突撃してきたのだ。ジオン系の機種ではない。直線を主体とした輪郭は明らかに『ジム』系のそれだ。
「連邦軍!? いや、あれは――」
『ジム・ディガー』。
『ダーウィン』が搭載していたMW(モビルワーカー)はビームサーベルを抜いて爪付きの盾を身構え、宇宙海賊どもを威嚇しながら、アレント社の『ボール』隊目掛けて馳せ参じてきた。
『フィオ社長、加勢に来ました!』
「――おせっかい屋の『バカ乳』女……」
高らかに宣言するアイネに思わず、張りつめていた気も毒もまとめて抜けきった息をフィオは吐き出す。
もっと乳のデカい女が、来た。
「この機体、本当に火器とか無いのか」
半ば呆れながら、アイネは『ジム・ディガー』のコクピットで呟く。幸いなことに『ディガー』のコクピットはブロックごと、全天周モニタとリニアシートの現行型に換装されていた。おかげで操縦にはほぼ迷わずに済んだが、射撃武器が何もない。本物のMWだった。
武器らしい武器といえば工具兼用らしきビームサーベルと、爪部の付いた盾だけだ。
だからといって、まさか『ジムⅡ』のビームライフルや『ハイザック』のザクマシンガン改を『ダーウィン』から持ち出してくるわけにも行かなかった。そもそも、自分の『ディガー』での出撃をクレアはともかくカリナ・ベルトラン軍曹に呑ませられただけでも奇跡と言えた。
ここから先は、MWとしての手持ち武器だけでやるしかない。
「社長、私が前へ出て敵に圧を掛けます。速攻です! 出てきたところを叩いてください」
勢いのまま行き足は止めず、被弾したフィオ機の状況を確認しつつの追い抜きざま、アイネは近距離赤外線通信を投げつけながら叫んだ。
『敵? どこの――』
「『ガトル』が戻る前に『ザク』さえ叩けば、残りの敵は『芯』を失って崩れます! アシュリー、来て!」
『あいっス!!』
『ちょっとアンタ!?』
短く鋭く言い捨てるや、アイネは『ディガー』のスラスタを噴いて前へ出た。『シンガトル』の次の来襲に合わせて仕掛けてくるつもりだったのだろう『ザクⅡ』が隠れている、大型デブリへと突撃していく。
待機中に『ダーウィン』船倉管理要員のナオミ・シスラーに頼んで、『ディガー』のコクピットを少しだけだが一通り触らせておいてもらえたのは幸いだった。それでも実機操縦がぶっつけ本番であることに変わりはない。細かな挙動の違いに戸惑いながらも、アイネは少しずつ『ディガー』を自分の手足にしていく。
「さすがに『ジムⅡ』よりは機体が重いけど、『ジム』は『ジム』。これぐらいなら、なんとか――」
デブリの一角が光り、咄嗟にペダルを蹴ったアイネのすぐ横を曳光弾が貫いた。『ジム』の装甲を貫通しうる威力を前に、アイネは笑う。
行ける。自分はこのジャンク上がりの『ジム』でも、戦闘機動をモノに出来ている。
「そこかっ!」
闇を切り裂いた砲口炎がアイネを導く。かつてコロニー外壁構造の一部だったデブリの影に潜む『ザクⅡ』へ、アイネは緩く不規則な弧を描きながら突進していく。
『ザクⅡ』は再び発砲したが、『ディガー』も再び跳ねて回避する。矢継ぎ早に続けて撃ちこんできた最後の1発も斜めに構えた盾で弾くと、アイネはこれ見よがしにビームサーベルを抜き放った。
白兵戦距離。跳躍一つでアイネの剣は敵機に届く。
だが『ザクⅡ』はアイネの挑戦を受けて立つことなく、マゼラ・トップ砲を構えながら大きく跳び去って間合いを切った。
当然の判断だ。射撃兵装を持たない相手が必死に仕掛けてくる格闘戦になど、わざわざ付き合う道理はない。機動力に大差がない以上は、距離を開いて保ちながら一方的な射撃で仕留めればいいのだ。
――まだ逃げ道さえ塞がれていなければ。
『ぬおお~~~もらったッス~!!』
完全にフィオの存在を無視して猛加速し、アイネと別軌道から回り込んでいたアシュリー・スコットの『ボール』が『ザクⅡ』の頭上を押さえていた。
無反動砲が咆哮し、咄嗟の防御姿勢を取った『ザクⅡ』の右肩が、蜂のマーキングをあしらった盾もろともに粉砕される。直撃。
『どうスかぁっ――おわっぷぅ!!』
苦し紛れに左手ひとつで応射しながら『ザクⅡ』は後退した。そこを掩護するように『シンガトル』の4機編隊が割り込んできて、猛烈な機銃掃射でアシュリーの『ボール』を下がらせてくる。
だが『シンガトル』編隊が突進していくその機動はアイネに横から狙われていて、そして完全に白兵戦距離内だった。
「ここで、ひとつっ!」
『ジム・ディガー』のスラスタが吠えて、アイネは編隊最後尾の『シンガトル』を切り裂く。
コクピットや胴体主要部までは捉えきれずに避けられたが、左胴のほとんどを斬られた『シンガトル』は煙を噴いて脱落していく。戦闘継続は不可能だろう。アシュリーの砲撃にも追い打ちを掛けられ、敵編隊そのものも離脱していった。右肩を潰された『ザクⅡ』の方はと見れば、こちらもフィオとボナの2機がかりで抑えこまれていた。
後は、
『アイネさん、速いのそっち行きましたっ!!』
「!」
ノイズ混じりの中で辛うじて繋がった、マルミンからの絶叫。振り向けば例の単機『シンガトル』が超高速で接近し、2回目の一撃離脱を仕掛けに来ていた。
斬りかかるには遠いが退がるには近すぎる距離で、『シンガトル』はアイネへ中型ミサイルを発射する。さらに2発ずつ、少しずつ間隔をずらして再照準しながら速射してくる。
「こいつ逃げない! 最後までやる気!?」
アイネ機は両足を前へ出し足裏スラスタを噴いて逆進、『シンガトル』とそのミサイルとの相対速度を削りながら、小刻みに急加速を入れる回避運動に転じた。ミサイル群が下がるアイネの横を、頭上を、足下を走り抜けていく。
もともとミノフスキー粒子下でほとんど無誘導ロケット弾と化したミサイルなど、機動するMS相手にそうそう当たるものではない。MS用バズーカのようにまず砲身で高い初速と精度を付与し、さらにMSと同等の機動性を持つMSに近距離から狙い撃たせて、ようやく命中が期待できる代物だ。
だが、この『シンガトル』は異様な高速突進で、ミサイルの初速に機速を乗せて補っていた。弾が速いうえ、狙いが正確で手数も多い。気を抜けば即座に直撃を食らう。
主導権を奪われた。
「――吸いついてくるっ!?」
そして跳ね回るように避けるアイネの未来位置を予測していたかのように食らいつきながら、『シンガトル』は矢継ぎ早にミサイルを撃ち込み続けてくる。
ビームライフル、いやせめて頭部バルカン砲があれば――そう思いながらアイネは次第に追い込まれ、その間にも『シンガトル』は迫りながら次々にミサイルを叩き込んでくる。そのすべてをアイネは避けて、ミサイルはわずかな距離で『ディガー』の至近を掠め去っていく。
コンマ1秒が無限のように長く感じる。
旧世紀軍用機のノーズ・アートさながら、コクピット脇の左右へ対称に描かれた獲物を喰らう蜂がはっきり見える。
それでも距離は詰まっていく。
アイネの剣が一投足で届く間合いへ、ついに『シンガトル』が入り込んだ。
「ここでっ!」
――終わりだ。
足裏からの逆噴射を止めながら、アイネはバックパックのメインスラスタに火を入れる。背中で爆発。『ディガー』は後進から前進へ転じ、一撃で『シンガトル』の中心部を切り捨てようと突進した。
強烈なGの逆転でアイネの乳房が胸板に重く潰れて広がり、呼吸を一瞬止めてくるのを気合いで耐える。『ディガー』が最後のミサイルの合間を抜き去り、『シンガトル』がただ無防備な正面を曝す。
そして瞬間、アイネの横合いで光が弾けた。
「うっ!?」
抜き去ったはずの、最後の中型ミサイルが自爆したのだ。直撃でもない爆圧と破片に『ディガー』の装甲を破壊する力など無いが、閃光が視界を眩く照らし上げる。
溢れる光を、剣尖がわずかに泳ぐ。
『シンガトル』の機関砲と『ディガー』のビームサーベルは、そこで同時に炸裂した。
『ディガー』の装甲は相対速度を乗せた機関砲弾にことごとく耐え抜いて弾き、『シンガトル』は全ミサイルを撃ち尽くした空の兵装架を『蜂』の片割れもろとも一列切り裂かれる。
その一瞬に、アイネは『シンガトル』の女を見た。
全天周モニタでキャノピー越しに映る、ジオン式パイロットスーツの『女』――身体が細く、一目でそれと分かるほどにはそこそこに乳が大きい――の顔はバイザーで見えなかったが、アイネには、こちらをきつく睨みつけているように思えた。
それきり『シンガトル』は振り向きもせず、機体の相当部分を失いながらも全力加速で離脱していった。
「――――っ、……はっ、……!」
ようやくアイネは息をつく。
攻撃の要となっていた敵の一角を、潰した。
にわかに色を取り戻していく世界の中で、アイネは息切りながら周囲の戦況を見渡していく。
1機が中破した『シンガトル』4機編隊は『ボール』編隊に追われて離脱したまま、再襲撃の態勢へ入れていない。『ザクⅡ』もマゼラ・トップ砲での射撃は断続的に続けているが、右肩を潰されたためか、その照準は以前のような精彩を欠く。アレント社の『ボール』編隊に撃ち負けながら下がっていた。
「あとは『ザクⅡ』さえ仕留めれば、安心して『ダーウィン』へ――」
アイネが最初に狙った目標に戻って次の動きを起こそうとしたとき、数十キロの距離で閃光が走った。
破損した『シンガトル』の誘爆などではない。信号弾だ。
『また撃ってくるっ!?』
ボナの悲鳴を合図にしたように『シンガトル』も『ザクⅡ』も一斉に旋回して向き直り、中型ミサイルとマゼラ・トップ砲弾を放ってきた。
だが射距離が遠すぎるうえ、狙いもろくに定まらず統制もされていない。露骨な牽制でしかなかった。
『海賊が、下がっていく――撤退信号?』
一応は直撃弾道で来たミサイルも容易に回避したマルミンが呟いたように、『シンガトル』も『ザクⅡ』も一斉射撃後は回頭、全速で退避機動に移っていた。加速しながら『ダーウィン』から離れていく。
『に、逃げてく……か、……勝った、の……?』
震える声で、呆けたようにボナが呟く。宇宙海賊の編隊はスラスター光を放って後退し続け、もはや戻ってくる気配はない。
『うおおおおおおおお、勝ったッス! やったッス! ばんじゃーい! ばんじゃーい!! 見たか海賊ぅ! これが『プロボウラー』の真の力ッス!!』
『あ、アシュリーちゃん落ち着いて……推進剤、タダじゃないから……!』
絶叫しながらバーニアを噴いて『ボール』の機体を中空に激しくスピンさせ、アシュリーが機体ごと勝利の舞らしきものを踊りはじめた。マルミンは制止しているが聞く気配がない。
『まったくもう……ねえフィオ、砲弾も推進剤もそろそろさすがに危ないよ』
『……そうね』
「社長。今のうちに『ダーウィン』へ――、ん……?」
勝利の後も反応らしい反応を返してこないフィオ機へ、アイネは接近し――そして途中で彼方に見える『それ』に気付いた。
全身、ぞっと総毛立つ。
『さ、さらに新たな熱源反応! 後方左側同位、数は5……いや、13! ルスラン哨戒部隊、『ドラッツェ』小隊を先頭に『コムサイ』2隻、MS隊付きで向かってくる!』
「嘘でしょ……」
『ダーウィン』から、今度はマリエル・エイムズ軍曹でもあの気怠げな猫耳カチューシャ航海士でもなくイネス・シブロンの声で、その警告は絶望的な響きを伴いながら届いてきた。
アイネが『ジム・ディガー』の頭部を巡らせて望遠を掛ければ、『ドラッツェ』3機の小隊を前衛に、上下に2機ずつの『ザクⅡ』を貼り付かせたコムサイ級哨戒艇2隻が接近してきていた。
MS11機に哨戒艇2隻――しかも『ザクⅡ』も『ドラッツェ』も、ルスラン正規部隊は今相手した宇宙海賊の旧式MSなどと異なり、最新の『F3』仕様なのだ。『コムサイ』の上下甲板に立つ『ザクⅡ』の中には、ビームライフルを構えた機体までいる。
どう考えても太刀打ちできる相手ではなかった。疲弊しているアレント社に加え、『ダーウィン』船内で存在秘匿に徹してきたクシナダ任務部隊まで全力出撃したとしても勝ち目は薄い。
拿捕に応じるふりをして、逆に奇襲を掛ければあるいは――いや。よしんば成功したとしても、その戦闘の余波だけでアレント社と『ダーウィン』は壊滅する。
『れ、連邦軍は? ここはまだ『聖域』じゃない、『境界宙域』よ……近くに、連邦軍の部隊はいないの……この際もう、ルウム農協の連中とかでもいいからっ!!』
『いやあ、……感なし、ですね……』
焦燥しきったカリナの詰問に、顔面蒼白のイネスが応じる。その間に『ダーウィン』は再度の回頭を終え、今度は船倉へ入ったマリエルの怒声が通信回線を蹴り上げてきた。
『いいから! アレント社、早く乗って!!』
『の、乗って、って言われても――』
コムサイ級はまだしも、『ドラッツェ』には『シンガトル』と同等の機動性がある。今から『ダーウィン』と追いかけっこを始めても、追いつかれる公算が高い。回り込んで頭を押さえに来られたら、誰が『ドラッツェ』を迎撃するのか。
そのとき、フィオが回線へ叫んだ。
『アレント社、全機後退! 今すぐ『ダーウィン』で弾薬と推進剤の補給に入る! 『ダーウィン』は受け入れよろしく――軍人さん!』
「はい」
最後に呼ばれてアイネが顔を上げる。フィオの『ボール』がアイネの『ディガー』に正対し、キャノピー・グラスの向こうに薄くフィオの姿が見えた。
『お願い。――その間、『ドラッツェ』を止めて』
フィオに連邦軍――クシナダ任務部隊への指揮権はない。そもそもフィオ自身も連邦軍の予備役軍人であり、上等兵というその階級はアイネよりさらに下だ。
本来なら事前に明確化しておくべきだった『クシナダ作戦』遂行中の指揮系統も、曖昧なままここまで来てしまっている。
「分かりました」
従うべき権限を伴わない『お願い』を、アイネはあっさりと快諾した。キャノピーの向こうでフィオが頷き、そのまま編隊を従えて『ダーウィン』へと降りていく。
「――しんがりを、任せてもらっちゃったか……」
アイネは『ディガー』のスラスタを噴かし、次々と『ボール』が着船していく『ダーウィン』の後ろを伴走する位置を取った。次々と『ボール』が降りていく船倉に見えるノーマルスーツは、マリエルとナオミだろうか。
振り向けば、『コムサイ』との距離は少しずつ開きはじめていた。『コムサイ』も決して遅い艇ではないというのに、『ダーウィン』の加速力はたいしたものだった。
だが『ドラッツェ』が『コムサイ』を置いて大きく先行してくる。『ドラッツェ』に『ダーウィン』の足を止められてしまえば、後は8機もの『ザクⅡF3』に捕まってお終いだ。
『ドラッツェ』とは以前、『キャリフォルニヤの悪夢』の機体と戦ったことがある。ビームサーベルでの斬撃は可能だが射撃精度は総じて低く、大まかな機動特性は『シンガトル』と大差ないはずだ。仕掛けてくるなら一撃離脱だろう。
「最接近時を捕まえて逆に斬り込めば、いける……か?」
しかし、そこまでは一方的に撃たれることになる。今回の『ドラッツェF3』は全機の両前腕が完全形で、MMP-78型のザクマシンガンを装備していた。その威力は『シンガトル』の40ミリ機関砲を大きく上回る。どこまで耐えられるのか。こちらに射撃武器がないことは、向こうも既に認識しているだろう。今回はもう『ボール』からの火力支援もない。どうする。
ぐるぐると思考を走らせながら『ダーウィン』の後方を守るアイネに『ドラッツェ』編隊はじりじりと迫り、ザクマシンガンを構え直しはじめたところで、アイネはそれに気付いた。イネスも叫ぶ。
「ん、――あれは」
『新たな高熱源反応、同列同軸上位から高速で接近中! こ、これは――』
流星のようだった。
その二連の閃光は凄まじい速度で『ダーウィン』とアイネ、そしてルスラン・フリート哨戒部隊の間へと割り込むように飛び込んできた。
3カ所でメインスラスタが燃えている。MSのバックパックと、そのMSが単機で載る横長の小型艇で左右に2カ所。小型艇は『ガトル』2機を横に連結し、その中心に単座コクピットを置いたものだった。
その連結『ガトル』に載る菫色のMSは、中世欧州の甲冑を思わせる長大な槍と円形の盾を低く構えている。それはあたかも馬上槍試合に臨む騎士そのもののように見えた。
『『ブッホ・ギャン』が『バイガトル』に乗って――ろ、……『ロナ騎士団』が、来てくれたあっ!!』
感極まって立ち上がりながら絶叫するイネスをよそに、2機の『バイガトル』に載った2機の『ブッホ・ギャン』はルスラン先鋒編隊の進路を断ち切るようにその前方を横切った。
『ドラッツェF3』はただ散開してロナ騎士団を避け、後続の『コムサイ』もにわかに行き足を落として様子を見る。
急減速して浮き上がるように反転してきた『ブッホ・ギャン』は、『ダーウィン』とアイネの後方を守るような位置を占めた。一定距離を挟んでしばらく向き合ったのち、ルスラン哨戒部隊は一斉に旋回して1発も撃つことなく、静かに境界宙域の奥へと消えていった。
『――て、敵編隊、後退し、……離脱……っ。た、……助かったぁ~~~……』
「これが、『ロナ騎士団』の――『力』」
あの2機の『ブッホ・ギャン』が、単純な戦闘力だけでルスラン・フリートに追撃を断念させたわけではないのだろう。だが実際にその威力を――今まで見てきたものとは異質な『力』の有り様をまざまざと見せつけられて、アイネは『ダーウィン』上部甲板へ着船しながら、ひとり息を呑む。
『バイガトル』が旋回し、加速を緩めた『ダーウィン』の鼻先に『ブッホ・ギャン』が顔を出す。金髪の女騎士が『ダーウィン』船橋との通信を繋いできた。
『海賊どもに早々嗅ぎつけられるとは、災難だったな船長』
「なあに、この宇宙(うみ)にゃ時化も嵐も付き物。何度でも何度でも、夢追い人は船を出す――航路を変えてもう一回、さ」
大時代な三角帽の下で金髪のツインテールを揺らしながら、まるで動じることのない笑顔でクレアは返す。騎士キーラ・カトレイは、その超然たる傲慢さを隠すことなく言った。
『しかし、時間は惜しかろう。『宝船』と『亡霊』の『両取り』を目指すこの作戦――P-04まで戻ってから立て直していては、期間内に間に合わせられる公算は大きく下がる』
「フム?」
『ロナ騎士団の母船がすぐそこに来ています』
キーラが迂遠に言わんとしたことを、横から口を挟んだもう1機の『ブッホ・ギャン』のパイロットが直截にさらっていった。キーラが無言の横目で彼を見る。
『おおお……っ!?』
騎士ヴィリ・シーゲルの端整な表情が『ダーウィン』のモニタに映ると、イネスとカリナがどよめいた。ニノン・ルクレールも『ハイザック』のコクピット内で音を立てずに口笛を吹く。女の園と化した『ダーウィン』では、誰もが男の顔を見るのはしばらくぶりだった。しかも美男。
アイネは思い出す。この2人のロナ騎士はP-04の会議室で、『クシナダ作戦』への支援協力を確約していた。あの時はどんな支援が受けられるのかと思っていたが、ここまでやってくれるとは。
『『ボール』の整備なら我々に任せてください。すぐに仕上げて、皆さんに再出航してもらえます』
「ふーむ……? それはなかなかにありがたいお申し出。では、各々方……こちらのお世話にならせていただいてよろしいかな?」
『い……異議なし』
『……お好きにどうぞ』
『ハイザック』機内でなぜか目を見開いたままカリナが応じ、『ボール』機内からフィオがぶっきらぼうな答えを返すと、方針は決した。クレアは頷きながらヴィリに向き直る。
「ただし一点だけ、肝心なところを改めて……運航中の本船は、徹底的に『男子禁制』ですぞ?」
『構わん。『ボール』だけこちらの船に寄越すのもよかろう』
キーラが呟いた頃にはもう暗礁宙域の向こうに、その船影は見えていた。
双胴式の胴体を橋渡しで繋ぎ、艦橋部を設けた船型。その力強い船影は一見して輸送艦や商船の類ではなく、戦闘艦を思わせるものだった。しかし、メガ粒子砲塔の類は無い。
境界宙域とP-04を往来するロナ騎士団の母艦へ向けて、『ダーウィン』は静かに進行していく。
ご感想・評価をいただけますと大変励みになります。
ぜひお送りください。