「またか!? 多いな!!」
ノーマルスーツ姿で艦橋へ飛び込むや、トラキア艦長リドリー・フランクス大尉は艦長席へと滑り込みながら報告を求めた。
「状況!」
「2240、救難信号を受信。独航中の貨物船『リバティ115』より。読みます。『我ジオン残党のMS数機による襲撃を受く。現在、同乗の警備会社MS隊が応戦中なれど、大至急救援を請う』」
前髪の長い女性通信士がコンソールに向かったまま報告を上げる間に、戦況表示図を読んだフランクスは手元の端末を操作し、彼我の位置関係から所要時間を計算していた。
「フン。このまま最大戦速で突っ込んでも、MS隊の現場到着は二十分後か――リバティ115に通信! 『我地球連邦軍巡洋艦トラキア、これより貴船の救援に向かう。敵情の詳細を送られたし!』」
「了解」
ふとした拍子で外れそうになる貨物船とのレーザー通信回線を巧みに維持しながら、通信士は慣れた調子で打電していく。
艦橋中央のメインモニターは回頭を終えたトラキアの進行方向上、貨物船『リバティ115』をすでに最大望遠で捉えていた。その周囲を光条が忙しく動き回っては幾筋もの火線を伸ばし、時折爆発の華を咲かせる。
「フン。民間警備会社のロートルとはいえMS隊に迎撃されて、そのうえ連邦軍の巡洋艦まですぐ来るらしい、ってのに下がらんか」
「前回のゲルググと違って、ずいぶん気合いの入った連中みたいですね?」
金髪を短く刈って眼鏡を掛けた知的な印象の青年士官が、操舵士席からフランクスに答える。
「ああん? 違うな。ゲルググの奴ら――大ジオン仏道の連中は、よく引き際をわきまえてたのさ。
だがこいつらは違うな。単に嘗めてる世間知らずってだけだ。教育してやる――マコト! MS隊はどうだ?」
フランクスが側面モニターに映るMS格納庫を睨むと、MS隊長のマコト・ハヤカワ准尉がいつも通りの冷静さで短切に答えてのけた。
『現在出撃準備中。全機、二分でカタパルトデッキに出します』
「ほほう、いい反応だ。さすがじゃないか、マコト――ん?」
すでにヘルメットのバイザーまで下ろした完全装備でリニアシートに座るマコトのカットインから、フランクスは四機のジムⅡが屹立する格納庫に目を取られる。
より正確にはその格納庫内の空中を、苦悶しながら半裸でのたうち回って浮遊する大男の姿に。
「ガルノフ!? あいつ何やってるんだ――って、おい。23は? マコト、23は誰が動かしてるんだ!?」
『艦長、ガルノフ軍曹は格納庫内の事故で負傷しました。23はカーペンター伍長の、25はクライネ伍長の操縦で出します』
「事故? 格納庫内の事故って何だ。俺は報告を受けていないぞ!」
『事故は今発生したばかりのようですが、ガルノフ軍曹の手の負傷を除いて二次被害の兆候なし。クライネ伍長が代員で出れば、任務に支障はないと考えます』
「ああ、あのおっぱ……ゲフン。今度はMS戦になる可能性が高いと見える。彼女をいきなり出して大丈夫なんだろうな?」
『何とかします』
「なら任せる。事故の件は後でガルノフに聞く――頼むぞ、マコト!」
映像越しに敬礼を交わし合い、マコトとの通信がいったん切れる。
やがてノーマルスーツ姿でパーソナルジェットを噴かして飛びついてきた女性整備兵が乱暴に彼を掴むと、ガルノフは格納庫内の映像外へと退場していった。
「民間船舶を襲うMSって、まさか……大ジオン仏道!?」
凛と通ったマコトの命令を聞いて、アイネは今度こそノーマルスーツのファスナーを上げ直し、ヘルメットにショートヘアを押し込みながら誰にともなく尋ねていた。
あわやレイプにまで至る寸前だった先輩パイロットからの悪質なセクハラこそ、アイネはよく分からない顛末で撃退した。撃退したものの、その撃退でどうやら彼は手を負傷してしまったらしい。負傷の程度は不明だが、あの様子ではこのまま出撃するのは無理だろう。
ここは予備パイロットとして、自分が出るしかない。
アイネは起動したままだった戦闘シミュレーターを切って、全天周モニターにMSデッキの風景を映した。ガルノフを引きずり出して全整備兵の退避が終わると、MSの出撃に備えて格納庫内の空気が抜かれていく。
「いずれにせよ、……また、実戦……か……」
思ったよりもずっと早くに回ってきた汚名返上のチャンスと、つい先ほどのことのように思える実戦と死の恐怖が同時にアイネの心で渦巻いたが、全天周モニターに開いた通信窓に映るマコトの姿が、アイネを一気に奮い立たせた。
『状況。民間貨物船『リバティ115』を襲撃中のMS隊はジオン残党の模様。MS-06FとMS-09R、MS-21Cから成る一個小隊と思われる三機の機影を確認。
リバティ115に乗船の民間警備会社が旧式MSで応戦中だが、戦況はきわめて不利。現在、トラキアは最大戦速にて現場宙域へ急行中。
2255、MS隊全機は主甲板カタパルトにて本艦より22、25、23、24の順で射出。22を先頭とした菱形編隊を形成したのち、第一戦速で前進、接敵する。質問』
口頭でのマコトの説明と同時に、各機のコンソールへ彼我の位置情報を中心にした戦況データと、トラキア隊の展開イメージが送信されてくる。アイネは自機の機動を必死にイメージした。
トラキアのレーダーと光学監視装置が途切れ途切れに捉えたデータが逐次反映されていく戦況図上では、『MS-06』だの『RB-79』だのとタグを付けられた、おぼろな豆粒にしか見えない輝点の群れがめまぐるしく躍り回っている。
思わずアイネは口走る。
「ザクⅡにリック・ドム、ドラッツェ……? ゲルググは? ゲルググはいないんですか?」
『14の情報は上がっていない』
「……ザクやリック・ドムじゃ、ビーム兵器はまともに運用できない。つまり、大ジオン仏道じゃ、ない……? これって、別の相手なの? それともまだ、どこかに隠れているだけ……?」
進路変更したトラキアが急回頭を終え、艦内から横Gが消えた時点でマコトのジムⅡ22が格納庫内を歩き出す。赤字の装甲板に地球連邦の象徴たる黄十字を象ったシールドを壁から外し、左腕へと装着した。
ロブ・サントス伍長の24、シュン・カーペンター伍長の23も続いて動き出し、それぞれの武装を装着していく。アイネだけが自ら操るジムⅡ25のためにどの装備を取ればいいか分からず、取り残されて出遅れる。
「え、えっと……」
『25、A号装備だ。ライフルとシールドはそこの25番を使え』
A号装備はジムⅡのもっとも標準的な兵装で、固定武装である頭部バルカンとビームサーベルの他、左右両腕にビームライフルとシールドを装備するものだ。
「はっ、はい! 分かりま、し、……た……?」
マコトのジムⅡ22に指さしで示されたライフルとシールドを装備しようとしたアイネは、その眼前を通り過ぎていくマコト機が右手に携えた武装に目を丸くした。
「え……? ……あれ……、……何……?」
それはビームライフルに比べ、いかにも小型で取り回しの良さそうな――しかし同時にひどく収束率も出力も低そうな、短銃身のMS携行用ビーム砲。
一年戦争当時には地球連邦軍でもっとも標準的だったビーム兵装で、そしてU.C.0087の今日では、第一線部隊ではほとんど見かけることもなくなったはずのその武装に、アイネは目を丸くして呟く。
「び、ビームスプレーガン……? ……なんで??」
一年戦争の後期、ビームスプレーガンはRGM-79《ジム》とともに、地球連邦軍による反攻の象徴として登場した。
当時、RX-78《ガンダム》が装備していたビームライフルは通常の対MS戦闘には過剰性能であるとして、より安価で生産しやすく、なおかつ現場のパイロットや整備兵たちが扱いやすいようにスペックダウンすることで実用性を向上させた兵器、それがビームスプレーガンだった。
実際にビームスプレーガンは当時、実用性における多くの面でビームライフルを凌いでいた。
近距離ならばジオン公国軍の主力機であったザクⅡやリック・ドムの装甲を一撃で貫通できるだけの必要十分の威力を持ち、しかもビーム収束リングを減らした分、近距離での速射性と継戦能力はビームライフルを圧倒した。
まだMS戦闘に不慣れなパイロットたちの駆る戦時急造MS、ジムから矢継ぎ早に放たれるビームの雨に捉えられ、ひとたまりもなく打ち貫かれては次々と爆光を咲かせていく歴戦のジオンMS群。
RX-78のビームライフルを超える兵器としてRGM-79のビームスプレーガンは登場し、そして実際に期待を裏切らない鮮烈なデビューを飾ったのだった。
が、問題はその後だった。
一年戦争中からすでに研究と実用化が始まっていたビーム防御技術、対ビームコーティングが一年戦争末期から急速に進歩しつつ普及。
特にMS-14ゲルググの対ビーム防御は優秀だった。ジムが装備するビームスプレーガンで致命傷を与えるのは難しく、ゲルググを確実に撃破するためには、一度は『過剰火力』として片づけられたRX-78用ビームライフルが必要とされるほどだった。戦後にはゲルググなどに用いられたそれらの対ビームコート技術が、ジオン残党が運用し続けるザクⅡやリック・ドムといった既存の機体にも限定的ながらフィードバックされていく。
さらにMS全般の性能、特に機動性と運動性の両面が向上したことによってMS戦における交戦距離も拡大、柔軟かつ劇的に変化するようになる。また戦後にMS戦の主流が大規模正規戦闘から小規模な対ゲリラ戦へシフトしていくにつれ、ジムの中遠距離火力を補完する存在だったボールの同時大量投入が難しくなっていったことも、この問題にダメ押しをかけた。
短距離のみをカバーするビームスプレーガンでは、もはや単体で完結した戦闘単位であることを求められるようになった戦後時代のMSの主力射撃兵装としては、状況に対処しきれなくなっていたのだ。
それら諸要素が積み重なったことで一度はビームスプレーガンが実現した、『十分な威力を安く、大量・確実に』というコンセプトを破綻させた。
むろん、地球連邦軍も現状を認識していた。手堅く既存技術でまとめた汎用性に優れるMS携行用90ミリ機関砲を各部隊へ配備し、ジムの戦闘力の陳腐化を防止。
さらにはジムⅡ規格を開発し、かつては過剰火力とされたガンダム級のビームライフルを大量生産。こうしてついにビーム兵装がジムの手に戻ってくるに至ったのだった。
そして結局、完全に役割を終えたビームスプレーガンは地球連邦軍の第一線部隊からほぼ一掃されてしまった。今となっては一種の骨董品にも等しい予備兵器として、倉庫でひっそりと埃を被っているのが現状だった。
「なんで……?」
その役立たずな骨董品であるはずのビームスプレーガンが、いまマコト機の掌中にある。
もし仮にアイネがジムⅡでの出撃に際して何かの間違いでビームスプレーガンなど持ち出そうものなら、誰かにぶん殴られてでも止められることになるだろう。
ビームライフルかジムライフル、ハイパーバズーカを持って行け、と。
だが当のマコトがシールドの裏や背中などに、ハイパーバズーカやジムライフルといった主兵装を携行している様子もない。
ジムⅡ22はビームライフルではなくビームスプレーガンを装備しているというただ一点だけを除いて、どこまでもごく普通の、ありふれた当たり前のジムⅡでしかなかった。
『何をボーッとしてるんだ、クライネ伍長。カタパルト射出予定は2255だ。すぐに戦闘空域へ着いてしまう』
「あっ……」
気づけばシュンからの通信窓が目の前に開いていて、愛機の25を少女に取られる格好になった少年パイロットからのどこか恨みがましい視線がアイネを射ていた。
「わ、分かっていますよそんなのっ!」
むっとしながら頬を膨らませて言い返すと、アイネはジムⅡ25の歩を進めてエレベーターで待つマコト機の隣へ並べた。
先発予定のジムⅡ二機が揃うとエレベーターが稼働し、MSデッキから主甲板へと押し上げていく。アイネ機は25。射出順は先頭を切るマコト機、22の直後だ。
頭上のハッチが開き、吸い込まれそうな星空が広がっていく。懐かしい垂直方向へのGを感じながら、アイネはマコトからの通信を受けた。
『クライネ伍長、予定変更だ。君の練度把握は実任務で行う』
「……はい」
ビームスプレーガンという、マコトが選んだあまりにも意表を突き過ぎる装備への戸惑いを殺しきれないまま、アイネはこの新たな上官へ歯切れ悪く応える。
だがそのとき、不意にマコトのジムⅡ22が動いた。ビームスプレーガンを握る右手の甲をアイネ機の胴に押し当て、それまでの無線ではなく、二機の間だけでしか伝わらない接触回線を開く。
『クライネ伍長。私はまだ君のことも、君の操縦についても何も知らない。君も私たちのことを何も知らない。しかし私たちは、今戦わなければならない』
「……はい……」
押し黙ったままのアイネに、マコトはただ淡々と告げる。
『もう時間がない。だから今、私からは君に一つだけ言っておく。『何よりもまず、常に必ず自分を守れ』』
「守る? 自分を……?」
エレベーターが到着した。マコト機とアイネ機が宇宙空間を歩いてデッキに降りると、エレベーターは次の二機を拾うために降りていく。
『そうだ。初弾を凌げ。間合いを保て。敵にシールドを向け続けろ。目の前の敵を数で上回れないなら、距離を稼いでとにかく下がれ。
忘れるな。臆病でちょうどいい。今はそれだけで十分だ。帰ってきたら、続きを話そう』
そして通信画面越しに、マコトがまっすぐにアイネを見つめた。
『そうしてくれれば、君は必ず私が守る』
「……!」
バイザー越しのその瞳が、アイネの背中に熱い電流を走らせた。
大丈夫。この人は、きっと間違ったりなんかしない。私のことを導いてくれる人だ。
ビームスプレーガンのことはよく分からないけど、きっとこの人には何か、とても強いものがある。
だから私はこの人の下で、今の私に出来ることを精一杯やろう。
アイネはマコト機に続いて、MSカタパルトの下駄にジムⅡ25の両足をはめ込んだ。射出時の高加速に耐えぬくためMSに屈み込むような低姿勢を取らせると、球状コクピットが回転して加速方向との水平を保った。
その後方に再度せり上がってきたエレベーターがジムⅡ23と24、シュンとロブの機体を宇宙空間へ晒す。
四機のジムⅡを前部上甲板へ載せて、巡洋艦トラキアは戦闘空域へ向けて驀進していく。
今度こそ――見る間に近づいてくる火線と爆光入り乱れる戦場を、アイネはきつく睨み据えた。