※この作品はR-18です。

フェニックステイル   作:KY_PT

8 / 47
第七話 ジオン残党兵ドッツィ・タールネン

『おうるああああああっ! 死ねやあああああああぁっっっ!!』

 共通回線が野太い絶叫に塗り潰される。

 血走った目をくわっと限界まで見開いたパイロットが巨大な貨物船めがけ、MS-06F《ザクⅡ》単機を逆落としに突進させていく。

 スラスターを全開にして宇宙空間を突き進むザクⅡの行く手には、二機のモビルポッドRB-79《ボール》。

 地球連邦軍の装備更新に伴って民間警備会社に払い下げられた、簡易MSとも言うべき球形の機動兵器。彼らは守るべき貨物船を背後に、頭頂部に背負った頼りない二連装機関砲を迫るザクⅡめがけて必死に発砲する。

『クソッ! クソッ! クソッ! クソッ!!』

 その武装はかつて一年戦争で大量投入されたRB-79の、強力な180ミリ低反動砲ではない。RGM-79や艦艇近接防御用と共通の90ミリ機関砲だった。いかに連装式とはいえ、かつてボールがジオンMSに対して有した射程の優位はそこにない。ボールがMSを相手にするには不向きな装備だ。法的な制約の結果だった。

 その機関砲弾が小刻みに照準を修正しながら放たれ、火線を曳きながら宇宙を切り裂いていく。だが射撃兵装も持たずに来るザクⅡの突進を、彼らの射撃はまったく阻止できていない。

 そのザクⅡは標準装備の右肩部シールドを数枚余分に重ねることで強化しており、さらに左手にもスパイク・シールドを装備して、すさまじい速度で突進してきている。

 鬼気迫る突進を阻止せんとボールから放たれてくる90ミリ砲弾は、ほとんどがその縦横の機動に外されていた。弾幕によってわずかに生じる命中弾も右肩の分厚い盾とわずかに傾いだスパイク・シールドに弾き飛ばされ、結果としてザクⅡには何らの打撃を与えることもなかった。

『このッ、このぉッ、こいつ、こいつぅっ――うッ!?』

 そのうえボールの発砲が途中で途切れる。弾切れだ。抵抗手段を失った警備会社のボールを、衝突直前にAMBACで左右の肩を入れ替えたザクⅡがスパイク付きの肩で捉えた。

『は、班長! うっ、うきゃああああぁぁーーーっ!!』

 激突とともに火花が飛び散る。機体の強度も質量もザクⅡより遙かに劣るモビルポッドはひとたまりもない。ボールは文字通りの玉突きとなっていびつにフレームを変形させながら、明後日の方向へ吹き飛んでいく。

「スコットォォォーーーッ!!」

 回転しつつ視界の外へと吹き飛んでいくボールのパイロットの名を呼びながら、貨物船《リバティ115》に乗船していた警備会社で唯一の正規MS――これも連邦軍払い下げ品のRGM-79A《ジム》が、ブルパップ式の短身90ミリ機関砲を連射しながらザクⅡへと急接近して追いすがる。

『ホッホゥ! ホッホオォゥゥゥ!!』

 だが禿頭に口ひげをたくわえたいかつい面構えのパイロットは、ザクⅡの四肢を振り回すとすかさず機体各所のスラスターを全開で噴かした。食らいつこうとするジムをいとも簡単に振り切り、迫る火線からも鮮やかに逃れきってしまう。

 このザクⅡは右肩装甲を大幅に増強してはいたが、同時にヒートホークとスパイク・シールド以外に携行武装を持っていない。全備重量はさほど増加しているわけではないようだった。

 そのうえ推進器も改良されているのか、ザクⅡはその身軽さと力強さを見せつけるようにしながら盛大な噴焔を吐いて機動し、軽々とジムの有効射程圏内から離脱していく。

「くっ、クソッ……! 野郎、弄んでいやがる!」

 一機のRGM-79Aと五機のRB-79で編成されていた警備会社MS隊を率いる、中年のジムパイロットは悔しげに呻いた。

 旧ジオン公国軍残党がテロリストや宇宙海賊となって跳梁跋扈する昨今の不安定な情勢下で、地球連邦軍は装備刷新に伴って余剰となった旧式装備を一定の認可条件を満たす民間企業へと払い下げていた。

 彼の属する警備会社もそれらを取得することで、すべての航路警備に手が回りきらない連邦軍による安全保障を補完する存在として、主に民間船舶の警備業務を請け負い、それなりの業績を上げている。

 一年戦争末期にジムを駆ったものの戦闘で負傷し、戦後の軍縮で連邦軍を追われた彼にとっても、決して悪い仕事ではないはずだった。

 だがこれほど大胆かつ執拗な攻撃を仕掛けてくるジオン残党の存在は、さすがに彼らの想像を超えていた。

「がっ!?」

 そのジムめがけて別方向から二条の砲弾が同時に飛来し、とっさにかざしたシールドへ着弾する。

 最初の一発は受けたシールドをその小爆発でねじ曲げると、さらにもう一発がそれでがら空きになったジムの左肩口へ直撃、左腕を引きちぎって機体を錐揉み状に弾き飛ばしていく。

 ジャイアント・バズ。

 主として対艦攻撃に用いられる大口径実弾兵器。それを両肩に二門構えたMS-09R《リック・ドム》がジムの死角から滑り込むように迫ったのだ。至近距離から砲撃を叩き込み、すれ違いざまに離脱していく。

 その大口径徹甲榴弾で二発同時に直撃されていれば、盾でしのごうとジムなど一撃で爆散していただろう。

 だが左腕を失いながらもどうにか姿勢制御を修正し、残った右腕で再び銃口を持ち上げようとする中でパイロットは気づく。

 ジャイアント・バズから放たれた砲弾は敵機の完全な破壊ではなく、機体の内部構造に機能不全を起こさせるための粘着榴弾だったのだ。

 警備会社にも聞こえる共通周波数のままで、ザクⅡのパイロットが喚く。

『アホゥッ、撃ち過ぎやぞイーデン! ボールはともかくジムの部品は稼ぎになるんや! 完全にスクラップにしてもうたら、部品取りもでけへんやろがっ!!』

『大丈夫や、ドッツィ兄貴……ちゃあんと、狙うてやっとる……』

「ぐっ――」

 後のことまで考えて、手加減しながら戦っているということか。どこまでも、嘗めやがって――こいつらはそんな真似が出来るほど強力な敵、ということなのか。

『まあええ! 仕上げはデティに任せるで!! 行けやっ!!』

「!」

 警備会社MS隊との間合いを開いたザクⅡとリック・ドムが射程の外で旋回する間、その逆方向で火光がきらめく。

 彼らが相手にせねばならない敵は、このザクⅡとリック・ドムだけではないのだ。

『……おうっ……るッ……ぅぁぁぁあぁぁあぁぁぁっ!!』

 またしても一般回線にノイズ混じりの絶叫が入ったかと思うと、遠方に一瞬煌めいて見えたスラスターの火光がたちまち大きくなり、その場に存在する全ての機体を遙かに凌ぐ猛加速で接近してくる。

「ま、また来るぞッ! ヤツだ! 撃てッ、撃てぇぇぇッ!!」

 まだ残弾のある警備会社MS隊は、その接近する光へ向けて一斉に機関砲を放つ。曳光弾がシャワーのように降り注いだ。

 だが見る間に芥子粒大から機体の輪郭が判るほどに大きくなって突進してくる敵MSには掠りもしない。

 MS-21C《ドラッツェ》。

 ザクⅡから脚部を取り払って大容量プロペラントタンクとスラスターに換装したこの機体は、不十分なAMBAC能力のために運動性こそ低いものの、直線の加速能力には圧倒的なものがあった。

 作業用ポッドを母体として武装化したボールを簡易MSと言うなら、ザクⅡを母体としてガトル宇宙戦闘爆撃機の推進器を組み込んだドラッツェは、30メートル近いその巨大さもあってまさに簡易MAとでも呼ぶべき代物だ。

 その左腕の簡易盾に内蔵された補助ジェネレータが唸り、ビームサーベルの光刃を発現させる。

 暴れ馬のように震えて跳ねる、高速だがひどく扱いの難しい不安定な機体。そんなドラッツェを巧みに押さえ込んで縦横に操り、パイロットは血走った目で迫る弾幕を掻い潜りながらジムとすれ違いざまにサーベルを振るった。

「がッ!!」

 交錯の瞬間、ジムは右脚を溶断されて機体のバランスを崩す。警備班長は即座に切断部分への動力をカットして誘爆を免れたが、ドラッツェはさらに突進しながら右腕に固定された40ミリ機関砲を乱射し、その数発が《リバティ115》の機関部に小爆発を起こさせた。

 致命傷ではない――だが確実に、これで船足は落ちた。最悪、警備会社MS隊が捨て石となって貨物船だけは逃がす、という選択肢もこれで潰えた。

『速すぎる! なんて野郎だっ!!』

 恐れ知らずの超高速でまた飛び去っていくドラッツェの跡を追いかけるように、連装機関砲を撃ち続けていたボールのパイロットが悲痛に吐き捨てる。

『班長、もう俺も残弾0です!』

「ぐ、ぐう……っ!」

 MSなら手持ちの弾薬やビーム兵器のEキャップ/Eパックが切れても、推進材さえあればビームサーベルを抜くなどして格闘戦を挑むことも出来る。だがボールではそれも至難だ。

 唯一のジムにしても片腕片脚を失っていては、ビームサーベルで切りつけることも難しい。本格的な格闘戦には、MSの四肢が生み出す運動性をフル活用するAMBACが必要不可欠だからだ。

 警備会社MS隊はじわじわと痛めつけられながら消耗を強いられ続けて損傷を重ね、今やその戦闘能力を完全に失おうとしていた。

 その壊滅状態を見透かして、ザクⅡのパイロットが機体に派手な見得を切らせながら宣言した。

『どや! もうボチボチこのへんでええやろ!! あのなジムの兄ちゃん、ここらで『すんませんでした。』言うてMS降りたら、うちらも鬼やないさかい堪忍したるで! MSと船置いて、さっさと帰りや! あの船の救命艇だけは寄越したるさかいな!!』

「いいや! まだだ……まだだッ!!」

 それでも警備班長は怒気を吐く。

 同乗していた貨物船から先ほど、近傍宙域を航海中の地球連邦軍巡洋艦への通信に成功したという連絡があった。サラミス改級が一隻、全速でこちらへ進出中という。

 せめて連邦軍の到着まで時間をつなげば、まだ逆転の目はある。

 彼らのこの投降勧告も、こちらのMSを鹵獲して儲けを大きくしたいという目的のほかに、追いつめた相手に死に物狂いで抵抗されて、予想外の損害を出したくないという意図があるはずだ。そこを突けばまだ時間は稼げる。

『ほほぅ。こんだけ痛めつけられても、まんだ現実が見えへんようやな。悲しいこっちゃで……ワシらが誰か知らんらしいわ』

『せや……言うたれ。言うたれ、兄貴……!』

 手にしたヒートホークの背で左の掌を叩きながら、ザクⅡのパイロットが芝居がかった台詞を入れるとリック・ドムのパイロットが合いの手を入れた。

 ザクⅡがヒートホークを大きく引いて構え、パイロットが野太い声で絶叫する。

『ワシはなぁ……人呼んで、『キャリホルニヤの悪夢』! かつて地球連邦軍から『キャリホルニヤの悪夢』と恐れられた男! ドッツィ・タールネン少佐や!!

 ええか! ほんまに大事なことやさかいな、二回言うたる!! ワシは『キャリホルニヤの悪夢』、『キャリホルニヤの悪夢』ドッツィ・タールネン少佐や!! おどれらの耳クソ詰まりくさった耳ん穴かっぽじって、よう覚えとけや!!』

「『キャリホルニヤの悪夢』……!?」

 ざわっ、とボールのパイロットたちがざわめく。

『マジかよ……やっぱりジオンの歴戦エースパイロットだったのか!?』

『そんなヤツ相手に、こんなショボいボールなんかで勝てるわけねーじゃん!』

『ところでキャリホルニヤって何だ?』

『地球にそういう有名な連邦軍の基地があったような気がする……でも、ちょっと微妙になんか違ったような気もする……』

『どうでもええねんてそんなん!!』

 共通回線にドスの利いた一喝が響き、士気と秩序を失いかけていた警備会社の若いパイロットたちがびくんと背筋を伸ばす。そこへ残る二機が名乗りを続けた。

『……ドッツィ兄貴の、一の舎弟……二丁ジャイアント・バズの、イーデン・モタルドゥ……』

『そしてこの俺が辻斬りドラッツェの『星屑』帰り、デティ・コイヤー軍曹じゃ!! 文句ある奴はかかってこんかい!!』

 ドッツィ・タールネンの駆る重装甲型ザクⅡの背後で、二門のジャイアント・バズーカを担ったうえに機体各所へ多数のミサイルポッドを増設した重武装型リック・ドムが続く。そこへ高加速のままで戻ってきたドラッツェも、威嚇するようにビームサーベルの光刃を振りかざして見得を切る。

『どや! やるのか! やらんのか!?』

 

 

【挿絵表示】

 

 

「…………」

 今にも打ちかからんとするかのようにヒートホークとスパイク・シールドを誇示しながら、ザクⅡはゆっくりとジムとの距離を詰めはじめた。一気に拿捕して決着を付けようというのか。

 それでもなお臨戦態勢を崩そうとしない手負いのジムに、ザクⅡはため息混じりの通信を入れてくる。

『諦め悪いなぁ兄さん! あのなぁ、ワシはものごっつ親切やで教えたるけどなぁ……兄さんたちが心待ちにしとる連邦軍の増援、絶対に間に合わへんで?』

「何?」

『連邦軍はなぁ、絶対に間に合わへん……そういう風になっとるんやわ。どや……ここまで分かったら、はよう降りてきや? ワシらの堪忍袋の緒が切れへんうちに、はよう救命艇の用意しといたほうがええで?』

「……!?」

 タールネン少佐と名乗ったザクⅡパイロットは、そう言う間にもするすると距離を詰めてくる。警備班長はその言葉の意味を考えながらも、今ようやくセンサーの識別圏内にちらちらと入り始めた連邦軍MS隊の反応を凝視していた。

 ようやく現れた、待望の援軍――だが、遅すぎた。希望を繋ぐには、彼らは少しだけ遠すぎたのだ。

 彼がここでもう少しばかり時間を稼いだとしても、このジオン残党は連邦軍部隊が到着する前に、貨物船を守る最後の壁たらんと立ちふさがっている手負いのジムと弾切れのボールを完全に制圧出来るだろう。そしてリバティ115を押さえられてしまえば、すべては水泡と帰す――良くても泥沼にはまり込む。

 ザクⅡは彼への刺激を避けるつもりなのか、不用意には加速せず、なおもゆっくりとジムへ近づいてくる。ザクⅡからも連邦軍部隊は見えているだろうに、それは強者の余裕がなせる業なのか。それでも次の瞬間には、その格闘兵装による一投足の間合いに彼を捉えるだろう。

 その決定的な間合いを割られる直前、彼はまなじりを決した。旧式モニターの向こうに、ザクⅡをきつく睨みつけながら吠える。

「ふざけるなよ! 何百のコロニーを皆殺しにしたジオンの残党が強盗風情に落ちて、いつまで偉そうな口を叩くつもりだっ!!」

『なんやて!?』

『兄貴!』

 もはや完全に開き直ったような班長の啖呵に、リック・ドムとドラッツェから気色ばんだ通信が入る。ザクⅡのヒートホークが一気に赤熱を再開した。

『……ほほぉ、この期に及んでまだ言いよる。諦めの悪い兄さんやなぁ……しゃあないわ! 兄さんだけ潰しゃあ、ボールのバカタレぼんずどもも言うこと聞くやろっ!!』

 ザクⅡのモノアイが不気味に煌めき、ヒートホークを振り上げた。そして爆発的な噴射がザクⅡを蹴飛ばすように加速させる。

 見守るしかないボールのパイロットたちが悲痛に叫ぶ。

『班長!』

「おおおっ!!」

 ジムにもう残弾のないマシンガンを捨てさせてビームサーベルを抜くと、警備班長は頭部60ミリバルカン砲のトリガーに指をかけた。片手片足を失ってAMBACの利かない機体でこのザクⅡ相手に渡り合えるとも思わないが、最後まで意地を捨てたくなかった。

 あと少し。せめて一合、そして後ほんの少しでも凌げば、連邦軍が間に合うかもしれない。

『アホがぁ! 死ねやぁーーーっ!!』

『警告:高エネルギー反応』

『へっ?』

 だが二機が交錯する直前、ザクⅡの全天周モニターにアラート表示が走る。

 そしてドッツィが何か対応する間もなく、横から来たビームの奔流がザクⅡを、リック・ドムを、ドラッツェを、それぞれ飲み込むように直撃した。

 

 

 

 カタパルトから与えられた初期加速にスラスターの推力を乗せて、巡洋艦トラキアから出撃した四機のジムⅡは戦闘空域へと驀進していた。

 戦闘空域では共通回線が開かれ、彼我不明の通信が飛び交っているようだったが、空域に存在するミノフスキー粒子のためにまだこの距離では正確な内容が傍受できない。

「キャリホルニヤの悪……って、何??」

 ノイズがひどく、ほとんど聞き取れない通信内容に時折混じる言葉の断片を意識の隅に置きながら、ジムⅡ25のコクピットで戦況表示を見つめるアイネ・クライネ伍長の表情が曇っていく。

 全天周モニター上でも彼方に見えていた警備会社MS隊からの応射の火線がどんどん少なくなっていき、両者が交錯を重ねる度に彼らの機動は鈍っていくのが分かったからだ。

「一方的にやられている……。でも、とどめを刺されている機体はない……?」

 アイネの脳裏に、次々とビームの光に貫かれては爆発の火球と化していったアバリスMS隊の姿が浮かぶ。無力化したはずの自分や小隊長の機体にさえ、執拗にとどめを刺しに来ようとしたゲルググ。

「この戦い方、やっぱり大ジオン仏道じゃない。ジオン残党、他にもいたのか……大ジオン仏道が暴れて間を置かず、こんなにすぐに出てくるなんて」

 だが自身の仇敵・大ジオン仏道であろうとなかろうと、サイド4市民の平和な生活を脅かすジオン残党は撃破しなければならない。アイネは表情を引き締めるが、同時に絶望的な思いが胸を支配していく。

「このままじゃ、間に合わない……」

 トラキア隊は恐るべき対応速度で出撃していたが、まだジオン残党のMSを有効射程へ捉えるには遠すぎた。

 次々に鈍っていく警備会社MS隊の機動はもはやほとんど停止したにも等しく、火線も完全に消えている。事実上全滅した、と考えるしかない。

 あわよくば警備会社MS隊との共同戦線も展開できるか、というアイネの楽観的な想像は泡と消えた。

 それどころかこのままでは、接近する連邦軍部隊を脅威と感じたジオン残党が、無力化した彼らへ突発的に危害を加える可能性すら感じられる。

 正規軍ではないジオン残党には、交戦法規の遵守も期待できない。警備会社や貨物船を人質として利用しようとするかもしれなかった。そうなれば泥沼だ。

 ジオン残党の動きも警備会社を威圧するように鈍ったようだが、それでもまだビームライフルを撃ってどうにかなる距離じゃない。どうする――逡巡するアイネの眼前で、編隊の先頭を行くマコト・ハヤカワ准尉のジムⅡ22が、不意にビームスプレーガンの銃口を前方へ向けた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

『22より各機。そちらはまだ撃つな』

「ハヤカワ准尉、何を――この距離からっ!?」

 編隊の先頭を行くマコトのジムⅡが、ビームライフルでも届かないような超長距離からビームスプレーガンを発射したのを見て、アイネは戸惑いの声を上げた。

「早すぎる……!」

 こんな遠距離から射撃を開始しても、当たるはずがない。メガ粒子の火光が無為にこちらの位置を教えるだけだ。

 そのうえマコトの得物は、ただでさえビームの収束が弱いスプレーガンだ。有効射程はビームライフルより遙かに劣る。よしんば直撃したところで、繊細なセンサー類にすら打撃を与えられるはずもない。

 アイネにはただ無益なだけに思えるその射撃を、マコト機はさらに数発繰り返した。ジムⅡのスラスターを高出力で噴かしつづけて迫る第一戦速での突進は、その間にも彼我の距離をさらに大きく詰めさせている。それでもなおスプレーガンにとって遠すぎる距離には違いない。

 だが最大望遠で捉えた戦場の光景に、アイネは気抜けしたように声を漏らした。

「あれ、……当たってる……?」

 敵機の機影をメガ粒子の閃光が拡散しながら掠め、命中の瞬間に光を放つ。スプレーガンでは特に顕著に見られるビーム自体の拡散があるとはいえ、マコトの照準は恐ろしいほどに精確で、敵機のすべてに命中弾を与えていたのだ。

 しかし案の定、被弾した敵機のどれにも何ら損傷は見られない。

 限界以上に拡散したメガ粒子の切れ端が装甲表面に火花を引っかき散らしても、敵機は何事もなかったように鮮やかなAMBACで回避運動を見せるだけだ。

 だが機体に物理的な打撃はなくとも、マコトの射撃は人間の精神に確実な打撃を与えていた。

 命中に間髪入れず、マコトが共通回線から呼びかける。

『所属不明機に告げる。こちらは地球連邦宇宙軍である。ただちに武装解除し機関を停止、投降せよ。さもなくば撃墜する』

『あぁん!? なんやお前ら! どこの部隊や!!』

「うわっ……」

 ガラの悪そうなだみ声がスピーカーから響き、アイネは顔をしかめた。だがマコトは平然と受け流す。

『繰り返す。こちらは地球連邦宇宙軍である。ただちに武装解除し機関を停止、投降せよ。さもなくば撃墜する』

『じゃかあしいわダボがっ!! おまえはオウムか鳥か、人間の頭は付いとらへんのかっ!! 連邦軍は分かっとるねん!! ワシはおまえらがどこの部隊か名乗れ、ちゅうとんの!!』

 ジオン残党が喚き散らして息を切ったあと、女の冷たい含み笑いが共通回線に乗った。嘲るようなそれがマコトの笑い声だと気づくまでに、アイネは一瞬を要した。

『ジオン残党の紳士諸君、ぬるいシャワーはお気に召さないか』

『あん!?』

 いきなり飛んだ話に、ザクⅡのパイロットが口角泡を飛ばして喚いたのが共通回線越しにも分かる。

『非礼を詫びよう。すぐに両方進呈する――そちらのMSに芯まで染みる熱いシャワーも、寝ぼけた頭によく効く冷たいシャワーもな』

『シャワーやて!? ……あ』

 マコトの言う『シャワー』がいま浴びせられた、超長距離からのビームスプレーガンのことだと気づくまでに一拍。そして、自分自身の頭にも直接冷や水をぶっかけてやると言われていることに気づいた瞬間、彼の頭は湯気を吐くように沸騰した。啖呵を無線に叩き込む。

『はっ……! 上等じゃあこのズベタが!! どっちが寝ぼけたこと言うとるんか、今から体に教え込んだるわ!! 行くで! イーデン、デティ!!』

『応!』

『合点じゃ兄貴ぃぃぃっっっ!!』

 ジオン残党のMS三機は無力化した警備会社MS隊も貨物船も無視して、新たに仕掛けてきた連邦軍ジムⅡ小隊へと向かってくる。

「……こっちへ来たっ!」

『25は22へ、23は24へ付け。行くぞ』

『了解!』

 若干の緊張を帯びて響いた僚機パイロットたちの応答に、アイネも声を合わせる。

 ビームライフルを装備したロブ・サントス伍長のジムⅡ24がマコトのジムⅡ22から斜め後方に付け、ハイパーバズーカを装備したシュン・カーペンター伍長のジムⅡ23がさらにその後方へ付く。

 マコトのスプレーガンでの遠射は最初から牽制と、そして挑発が目的だったのだ。頭に血が上った敵は、警備会社MS隊も貨物船のことも忘れて向かってくる。マコトの目的は果たされたのだ。

 トラキアMS隊とジオン残党MS隊は互いに編隊を組んだまま、互いに急速に接近していく。アイネはマコト機の機動へ追従しながら、先頭を来るザクⅡにビームライフルの照準を合わせる。

 汗ばむ指をトリガーに当て、アイネは有効射程を待った。




※イラスト:b10b10アットzoho.com様、ゼリーマン様(http://www.pixiv.net/member.php?id=3584799)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。