ここまでのあらすじ
◯ かつて人間だったジェーレンとネイチェ。二人は魔物に関する研究のさなか、自らも魔物になってしまった。ジェーレンは蔦の魔物に、ネイチェは泥の魔物に。
◯ 魔物として、人里離れた土地に隠れ住んでいた二人。仲間もできて、生活は賑やかになっていく。しかしあるとき、ネイチェが人間に囚われてしまう。
◯ ネイチェの気配を追えなくなったジェーレンはパニックに陥る。仲間とともに犯人を探し、そしてとうとうネイチェを見つけた――力を封じられ、実験動物として虐待され、人の形すら保てなくなった彼女を。
◯ 後のことを仲間に託し、ジェーレンはネイチェを隠れ家へ連れ帰った。持てる知識を総動員し、看病をする。そして三日三晩ののちに、ようやくネイチェは人の形を取り戻し、目を開けたのだった。
ジェーレンはネイチェを抱きしめた。強く、強く。ネイチェは戸惑いながらも、彼の背に手を回して応える。
「先生……?」
「…………な」
そっと呼びかければ、返ってきたのはか細い声。それから蔦が這い出してきて、ネイチェの腕を、脚を、全身を拘束する。まるで先生が、二本の腕だけでは足りないと言っているようだと、ネイチェはそう思った。
「もう………るな」
先生は、蚊の羽音のようなその声で、何かを繰り返しつぶやき続けている。拘束は、ますます数を増やす。けれど苦しくもないし、むしろ心地よささえ覚えるのは、きっと先生の優しさをその行為の全てから感じるから、なのだろう。
「もう、どこにも行ってくれるな」
ようやく聞き取れたその言葉に、ネイチェは顔が火照るのを自覚した。嬉しいような、恥ずかしいような、その感情を持て余して、代わりに自分もぎゅっと腕に力を込める。
「もう、どこにも行きません、先生」
そうして、二人はしばらくそのまま抱き合っていた。
気がつくと、周囲はすっかり蔦に囲まれていた。外界から隔絶された、二人きりの空間だ。そこにきてようやく、ネイチェはジェーレンの腕の中から解放された――もっとも、全身を拘束する蔦はそのままなのだけれど。
「先生……これ」
「ネイチェ……私は自覚したよ」
「自覚?」
ネイチェが首を傾げると、彼はふるふると首を横に振った。相変わらずの無表情で、何を考えているのかはよくわからない。けれど、それが自分にとって悪いことであるはずがない、という確信だけはあったから、ネイチェはただ黙って次の言葉を待つ。
「私には、君の存在が必要不可欠であると」
ネイチェは目を丸くした。
「自分でも驚きだった。君の気配が消えただけで、私はあんなにも取り乱すのかと」
「取り、乱したんですか、先生が」
こくり、と彼はうなずく。
「あれは暴走と言っても過言ではない」
ネイチェは息を呑んだ。言葉は出なかった。だって、それは、その行動は、まるで……
「私はどうやら、君に執着しているらしい」
もしもネイチェが人間のままだったなら、顔は茹でダコのように真っ赤になっていたことだろう。幸か不幸か今のネイチェは人間でなく、赤い血は流れていないから、紅潮なんてものとは縁がないのだけれど。代わりに彼女ははくはくと口を開け閉めした。それじゃ、やっぱり、先生は私のことを。
「その、それは、好きってことですか?」
「……わからない」
しかし、と彼は続けた。
「得難いものであると認識しているのは確かだ」
彼はしごく大真面目で。とんでもないことを、もしかしたら愛の告白を、されているのかもしれないのに、している当の本人は全くのいつも通りで。ネイチェはなんだか安心して、ふふっと笑みをこぼした。
「ありがとう、先生。嬉しいです」
「なぜ?」
そこで疑問が出てくるあたりがいかにも彼らしい。ネイチェはジェーレンの左手を取って、自分の頬に当てた。
「私も先生のこと、好きだから」
「好き……」
彼はじっとネイチェを見つめて、何かを考えているようだった。自分の心と会話でもしているのだろうか。慣れないことだから、戸惑っているのかもしれない。
と、彼は自由だったもう一方の手も、ネイチェの頬に添えた。やわやわと頬を触り、髪の毛をかきあげ、それから耳をなぞって、また頬に戻る。くすぐったくて小さな声が漏れると、彼の手がピクと反応した。
「ネイチェ」
「はい、先生」
「頼みが、ある」
ジェーレンはどこか言いづらそうにそう言うと、蔦を一本目の前に掲げた。そこには花が咲いていたが、それはみるみるうちに萎びていき、そしてひと粒の種を残して散ってしまった。
「これは、私の種」
「……ジェーレン、先生の?」
彼の顔を見上げると、彼はまっすぐにネイチェを見つめ返してきた。
「これは植えた対象に根を張り、その情報を私に伝える。私の分身、私の一部」
彼の目は真剣で鋭い。研究に相対しているときの彼と同じ瞳で、つまり今の彼は、研究に対するのと同じくらい真剣だということ。ネイチェはその瞳から目が離せなかった。
「これを、君に埋め込みたい」
息が詰まるような心地がして、ぞわ、と背中に鳥肌が立った。それは不快な感覚ではなく、逆にえも言われぬ甘さを伴っていた。
種は拳くらいの大きさで、丸みのある雫型をしている。茶色がかったつやのある黒色で、そうだ、これは先生の瞳と同じ色。思わず手を伸ばすと、しかし彼はすっと蔦を引っ込めて、拒絶の意を示すではないか。理由を問おうと再び彼に目をやれば、彼の目はわずかに泳いでいる。
珍しいものを見た気がして、ネイチェは思わず動きを止めた。
「できれば、その、私の手で」
照れているのだろうか。あの、ジェーレン先生が?
なおもネイチェが見つめていると、ジェーレンはすっと目を逸らした。明らかに照れている。
「これ、は、君の中に根を張る。私には、どこにいても君が感じられるようになる。君にも、私が感じられるはずだ。その代わり、我々は二度と離れられなくなる」
彼の視線は、どこか懇願するようだった。己のわがままを許してほしいと、受け入れてほしいと、そう言っているように、ネイチェには見えた。
「つまり、私は一生、先生のものになる、ということですか」
「……ああ、そう言っても差し支えない」
ぞわぞわと、背中が粟立つ。ないはずの心臓が、どくんと高鳴る錯覚を覚える。ああ、そんなの、そんなの。
「……私、その種、ほしいです」
喉を震わす泥の制御が乱れて、少し声がかすれてしまった。それほどに、ネイチェの精神は動揺していた。高揚していた、と言ってもいいかもしれない。
だって、ネイチェにとってジェーレンは憧れの人で、尊敬する人で、師匠で、主人で、大好きな人で、愛する人で、全てなのだから。そう、彼の言葉を聞いて、ようやく自覚した。彼はただの愛する人ではなくて、ネイチェにとって全てなのだ。そんな人に、自分のものになれと、言ってもらえるなんて。
「ください、先生」
そう言って手を伸ばすと、彼は戸惑ったように少し後ずさった。ネイチェがこんなにあっさり受け入れるとは、思っていなかったのだろう。
「いい、のか」
「はい、ぜひ」
ネイチェは蕩けそうな笑顔を浮かべて応えた。
ジェーレンは一呼吸置くと、蔦を操ってネイチェをぐっと引き寄せた。そして、長い指で彼女の胸の真ん中をついた。
「種は、コアのそばに埋めるのがよい。君の場合はここ。力を抜け」
ネイチェは目を閉じると、言われたとおりに脱力した。身体から色が抜けて、本来の泥色を呈する。
ジェーレンの指が、とぷん、と胸に沈み込んだ。ゆっくり、探るように、奥へ、奥へ。
「んっ……あ」
思わず出た声に、彼の動きが止まる。
「苦しいか」
「い……いえ。だいじょうぶ」
異物感はあるものの、それが彼のモノだと思えば、むしろそれは悦びだった。自分の中へ、中へ、彼が入ってくる。
「……ここだ」
彼の指は、まっすぐにネイチェのコアに到達していた。
ネイチェのコアは、指先ほどの大きさの宝石だ。もしそれに傷でもつけば、ネイチェは心身ともに大きなダメージを負うだろう。ましてや砕けでもすれば、存在を保てなくなる。だからそれは、彼に命を握られているのに等しい――なのにそれが、どうしようもなく嬉しい。今、私は、彼に支配されている。
さわり、と彼が指を動かして、コアを撫でた。
「んっ!!!!!……っは」
脳天を突き抜けるような刺激が走り、ネイチェの身体は跳ね上がる。脳がしびれて、甘い感覚だけがゆっくり降りてくる。ジェーレンがまた動きを止めてこちらを見ていたから、ネイチェは自分の胸に沈み込んでいる彼の手に触れて、それから笑みを浮かべた――うまく浮かべられたかは自信がない。
「だい、じょうぶ。続けて……」
ジェーレンは確かめるようにしばらくネイチェを見つめたあと、そっと、再び、コアに触れた。慈しむように、優しく、優しく、何度も撫でる。
「んっ、……ん、あ、あ……あぁ」
身構えていれば最初ほどの衝撃はなかったけれど、それでも触られるたびに、甘い刺激が脳を突き刺した。我知らず、声が漏れる。意識が蕩けていく。
薄目を開けて確認すれば、無表情な彼の鋭い目元が少し潤んでいるように見えた。ネイチェが声を上げるたび、彼がまばたきをすることに気がついた。口を少し開けて、呼吸もいつもより荒いことに気がついた。
「せん……せ……」
呼ぶと、彼と目が合った。
「苦しければ、言え」
そう言う先生こそ、声がかすれ、震えている。ネイチェを蹂躙する側なのに、なんだか追い詰められているように見える。
「はい……」
ネイチェの返事を確認すると、ジェーレンは今度は、コアの周囲の泥をゆっくりとかき混ぜ始めた。
それは、直にコアを触られたときと比べたら、ずっと弱い刺激ではあった。けれどその代わり、柔らかくて温かくて安心できる愛撫だった。ネイチェの四肢は夢心地の中に融けて、だんだんと形を失っていく。いつもの愛らしい少女の形は消えつつあり、そこにいるのはただの泥の塊だった。
少しだけ、あの強い刺激が懐かしくて、身体が震えた。それに呼応するように、彼の蔦も震えた。彼も私を求めてくれているんだ。
「は……ん、ふぅ」
幸せに身を委ねて息を吐けば、彼は手を止めた。こちらを見る眼差しは、いつにないほど優しくて、そしていつにないほど熱を帯びている。
「大事ないか」
「はい」
彼は手をそっと引き抜いた。抜ける瞬間の新たな刺激に、また身体が跳ねる。でも、今度はそれで終わりだった。それ以上は何もなく、物足りなくてネイチェはじっとジェーレンを見つめた。先生の目も、口も、鼻も耳も髪の毛も、全部が美味しそうに見えて、彼女は手を伸ばして彼の顔に触れた。もはや形を留めていない手のひらが、侵食するように彼の顔を覆う。彼はネイチェの行動に目を細めた。
「十分解れたな」
彼はそう言って、手に例の種を取った。そうだった、あれを埋め込むのが今の目的。快感に溺れて、すっかり忘れるところだった。
自分の胸元を確かめてみれば、そこはすっかり蕩けて、ぐすぐずの沼のようになっていた。今なら何でも、なんの抵抗もなく、受け入れてしまいそうだ。
「入れるぞ」
彼は種を持った手を沼に差し入れた。ずぶずぶと、泥を押しのけてコアの下へ。その圧力が快感を運び、ネイチェの頭をまっしろにする。無意識に蠢く泥が、彼の手に絡みつく。
「ん……んぅ、あ」
今度はあっさりとコアに辿り着いた彼は、そこに種を残すと、コアをひと撫でして帰っていった。
「あ、んっ」
思わず声を上げたネイチェを、彼は目を細めたままで眺めていて――少しだけ、楽しげに見えるのは、気のせいではないと思う。
残された種は胸の真ん中で静かに佇んでいる。しばらくは何も起こらなかった。
「?」
けれど突然、それは起こった。種から根が生え、根は一番近くにあったもの――すなわちネイチェのコアに、絡みついたのだ。
「あ、ああ、あああああああっ!?」
ジェーレンの愛撫とは比べものにならないほどの暴力的な刺激がネイチェを襲った。身体が引きちぎられそうな痛みが全身に走る、だというのに、慣らされた身体はそれすらも快感として受け取っている。
「ああああアアああアあああっ!!」
口から発されるのは、もはやただの音で。痛みと快感は交互にネイチェの精神を揺さぶった。四肢がピンと突っ張った。目の前でスパークが弾け、何も考えられなくなった。
「ネイチェ」
ジェーレンが呟き、両の腕で彼女を掻き抱く。それから蔦がしゅるしゅると何本も伸びてきて、二人を包んだ。
「大丈夫、大丈夫だ」
「ああああ゛あ゛あ゛アあああ゛あっ!」
びくんびくんと全身が痙攣した。彼に触れられたところが熱を持ち、中と外からネイチェを苛んだ。泥の身体は意味もなくさざめき、何かを求めて蠢く。自分の意識まで泥になってしまいそうで、怖くて、でもそれが先生によってなされていることに悦びを感じた。壊してほしい、とまで思った。
「ネイチェ」
彼が名を呼ぶ。湿っぽくて熱を帯びた声で。聞いたことがないくらい、感情に溢れた声で。
泥が彼に絡みつく。形を失っていく自らの拠り所にするように。絡んで、包んで、染み込んで、彼と一つになっていく。
「ネイチェ」
腕も蔦も優しくて、それだけでネイチェは幸せだった。それだけで絶頂に達しそうだった。でも、その幸せを享受しようとすると、身体の内側で種が暴れた。その激しさや痛みは、彼の腕が与えてくれるものとは正反対だったけれど、彼の腕が与えてくれるのと同じような快楽だった。それだけで絶頂に達しそうだった。
「あ、ああっ、んあ、あ、あ、せ、んせ」
「ネイチェ……ネイチェ」
彼の言葉からは、余裕も、冷静さも、失われていた。そんな先生を見るのは初めてだった。
彼は夢中になってネイチェを抱きしめていた。蔦はネイチェの身体を余すところなく覆い、さらには身体の中に潜り込もうとした。柔らかな彼女の身体は、そんな蔦を、彼の一部を、悦びとともに受け入れた。二人の境目は曖昧になり、二人の心は重なり合った。
「ネイチェ……もっと、もっと……もっと……」
「もっと……せんせ……もっと、ほしい」
二人の口から発されるものは、もはや意味を持っていなかった。ジェーレンはネイチェを全身で求め、ネイチェは与えられる快楽を、ひたすらに貪った。
気がつけば種の侵食は終わっていた。けれど、種がもたらしたものは、ネイチェを確実に変えていた。彼女の頭の天辺から指先にいたるまでが、敏感な神経の塊のようになっていた。
「あ、あ……あん、あっ、ああっ、んっ」
己を抱きしめるジェーレンが身動ぎするたび、触れられた全ての部分が痺れるような甘さを生み、彼女は声を漏らした。
「ん、あぁ……ネイ、チェ、ネイチェ、」
ネイチェが声を上げるたび、ジェーレンは悩まし気な吐息を漏らし、身体を小さく震わせた。
種が根付いたためか、ネイチェにはジェーレンの感じているものが伝わってきていた。彼が「気持ち良くなっている」のが伝わって、それがネイチェに得も言われぬ悦びをもたらした。きっと彼も同じ。ネイチェの快感が伝わって、それが彼の悦びになっているはずだ。
「ああ……だめだ、あ、ネイチェ……ネイ、だめだ」
「んっ、せん……せ?」
「抑えが……だめだ……ああっ」
不意にジェーレンがひときわ大きく身体を震わせた。空中を彷徨っていた蔦の一本がその先端を膨らましたかと思うと、いきなりネイチェの背中に突き刺さる。そしてそこで、温かな液体をたっぷり吐き出した。
「んあああぁっ!? ああっ、あっあっ」
「ああっ、ネイっ、ネイっ、あっ、あっ」
ジェーレンは吐き出したその開放感に、ネイチェは泥の中に彼が混ざり込むその背徳感に、二人は揃って絶叫する。
「あ、あ、ああ、いけ、ない」
彼は荒く息をつきながら、いましがた己が汚した泥を、手で掬った。もちろんそれも、ネイチェにとっては快感をもたらす刺激となるのだ。ネイチェは甘い吐息をはきながら、潤んだ瞳で彼を見上げた。
「せんせ……、あんっ、んっ、んっ」
「まだ……まだだ、まだっ、んっ」
再び蔦が突き刺さってきて、また液体を吐き出した。ネイチェは絶叫する。もはや声にならない声で。
「!!!!!!!っ」
彼の指や、蔦や、根がかき回す刺激とは違う、液体同士が混じり合う感覚。ゾクゾクした。ゾクゾクして、もっとほしいと、溶けてなくなるまで注いでほしいと、そう願った。ジェーレンも同じ望みを抱いているのか、ネイチェを取り囲むように揺れている蔦は、みな今にもはち切れんばかりに膨らんでいた。
「せんせ……ほしい……ちょうだい、ぜんぶ……」
「……ああ」
ネイチェの懇願にジェーレンはうなずくと、全ての蔦を彼女に突き立て、一斉に熱を放出した。
「ああああああアあああアアあアアアっっっ!!」
「うあああっ、あっ、ああっ! ああああっ!」
ジェーレンは身体を反らして痙攣しながら、ネイチェに熱を注ぎ続けた。彼の蔦がびくんと震えるたび、ネイチェの身体も痙攣した。
二人はドロドロに溶け合いながら、形をなくして一つに融合しながら、互いを貪りあった。理性をかなぐり捨てて、ただ望むままに、互いを求めた。
「ああ……ネイチェ。君は私のものだ。私のもの……誰にも、渡さない」
「せん、せ……わたしも……わたしも」
ジェーレンの恍惚とした表情は、彼を知るものが見たら目を疑ったことだろう。彼にもそんな顔ができるのか、と。ネイチェはその表情を見ているのが自分だけであることに、そしてその表情をもたらしたのが自分の存在であることに、背徳感と優越感とそれから独占欲を刺激されて、それだけでまた達しそうになっていた。
「ん……くぅん、せんせ……んはぁ」
甘えた声を上げて、頭を彼の顔に擦り寄せる。彼も応えて、口で彼女の髪に触れる。普段なら絶対にそんなことしてくれないのに。
「せんせ……あいしてる……ん」
「愛……」
「せんせぇは……わたしの。わたしの、せんせぇ」
先生は、ネイチェの言葉に少し考える素振りを見せた。それから真面目くさった表情で――まだ恍惚の余韻が混ざってはいたが――ネイチェを見つめ、そして言った。
「ネイチェ、私のことを名前で呼ぶことはできるだろうか」
「せん……ジェー、レン?」
「ああ、それでいい……もっとだ」
「ジェーレン……ジェーレン、あいしてる」
彼はまた恍惚を顔に浮かべて、ネイチェが名を呼ぶのを聞いている。呼ぶたびに彼の心が震えるのは、きっと悦びによるものだ。今のネイチェにはそれがわかったから、何度でも彼の名を呼んだ。それは彼女自身にとっても悦びだった。
「ネイチェ……ネイ。私にとって君は特別な存在だ。誰にも渡したくない――可能なら、誰の目にも触れさせたくない。強い独占欲がある」
彼の宣言は重たくて、でもいつも通り淡々としている。彼は事実を述べているだけなのだとわかったし、だからこそ、ネイチェはそれが嬉しかった。そして、続く言葉も。
「この独占欲がそれだというのなら――私もおそらく、君を愛しているのだろう」
「!!!!!」
「ネイ、君を愛している」
それはおよそ彼には似つかわしくない言葉で、しかしこの場にもっとも相応しい言葉。それが彼から出てくるとは思わなくて、ネイチェは息をのむ。
思わぬことに反応を返せずにいると、彼は少し眉をひそめ、伺うようにネイチェの顔を覗き込んだ。
「愛している……は、不適当だったか?」
「い……いえ! いえ! そんなこと、ない……」
喜びのあまり涙が出てくる。先生の気持ちが本物であることは、種が伝えてきてくれた。
「うれし……ジェーレン、うれしぃ」
「そうか……ただの言葉が、こんな効果をもたらすとは」
知らなかった、と言って彼は薄く微笑んだ。
「ネイ、愛しているよ」
「わた、わたしも」
ネイチェはジェーレンに口づけた。彼は最初戸惑った様子だったが、ネイチェが己の舌を彼のそれに絡ませると、ゆっくりとそれを真似しだした。
「ん、ふぅ」
頭がぼうっとして考えがまとまらないけれど、少なくとも今自分が極上の幸せの中にいることは、疑いようがなかった。そしてネイチェがそうであることに、ジェーレンも幸せを感じているようだった。
「ジェーレン……愛してる」
「私もだ」
二人はまた一つに溶け合いながら、甘い泥濘の中に堕ちていった。
別作品の登場人物たち。そちらがまとまらないので、先に彼らだけ世に出します。
ジェーレンが植物でネイチェが泥という設定は、他に理由がある偶然の産物だったのですが……まあ相性が良すぎたよね。