学者らしく真面目な話をさせてみた。
(でもR-18だ)
ジェーレンとネイチェは、これでも魔物学の学徒である。身体が人間でなくなったからといって、その根本まで変わってしまったわけではない。ついつい魔物の身体的構造について気になってしまうのは、もはや職業病だろう。
「先生。私たちの間に子供ってできるのかしら」
ジェーレンに寄り添って寝転びながら、ネイチェは言った。彼との交わりは日常になっていたけれど、これっていわゆる「子供を作るための行為」に該当するんじゃないかと、ふと思ったのだ。
問うことに一抹の恥ずかしさはあったものの、それより学術的な興味のほうが勝った。この尊敬する大先輩が、どんな見解を持っているのか聞きたかった。
ジェーレンはネイチェをゆるく抱き寄せて、黙っている。考えているのだろう。
「魔物の繁殖について、報告事例はある」
遠い記憶を探るように、彼はゆっくりと言葉を紡いだ。
「しかし、動物型の魔物でしか観測されていないはずだ」
「じゃあ、私たちの場合は」
「私は植物型、ネイは無機物型。この組み合わせは前例がない」
彼はそれだけ言うと、ネイチェの髪に顔をうずめる。さわさわと髪を遊ばれて、少しくすぐったい。
「先生は、どう思います?」
身を捩りながら問うと、彼は顔を離し、起き上がった。なんだかちょっと名残惜しげだ。ネイチェも起きると、彼と向かい合って座る。
「ネイ、魔物の五分類とは」
唐突な質問である。しかしそれは、魔物学の基礎知識。ネイチェに答えられないはずがない。
「動物型、植物型、無機物型、それから複数に当てはまる合成獣型、どれにも当てはまらない精霊型、です」
「そう」
彼はゆらゆらと頭を揺らしながら、満足気にうなずいた。
「このうち、動物型が最も数が多い。ナイル、ティール、リュミエラ、皆動物型だ。故に私は仮説を立てた」
「仮説?」
こくり、と彼はうなずく。
「繁殖事例が動物型でしか観測されていないのは、母数の問題である。実際は、同じ型同士であれば、繁殖可能なのではないか」
ネイチェは考えた。もし彼の仮説が正しければ、自分とジェーレンの間に愛の結晶は発生しない。でもそれってなんだか、ちょっとさみしいな、と。
「その仮説の根拠は?」
いや、ないわけはないだろう。なければそれは仮説ではなくただの推測、もっと言えば与太話だ。ことに、先生の言葉であれば。
「根拠は……私の身体にある」
「え?」
しかし流石に、それは予想していなかった。ネイチェは目を丸くして彼を見つめる。身体にあるとはどういうことだろう?
彼は、首を傾げているネイチェの目の前に、一本の蔦を掲げた。いや、本当に蔦、だろうか? ほかとは少し形が違うような。ほとんどの蔦は先端まであまり太さが変わらないのに、この蔦だけは、先端近くが瘤のように膨らんでいる。
「これ……なんですか?」
「雄しべ」
先生があっさり言った言葉を聞きそびれて、彼の顔を見上げると、彼は無表情のままその瘤をつついていた。
「おしべ」
「この中には花粉が詰まっている――もっとも私のは液体だから、花粉という表現は適切ではないかもしれないが」
こんな器官が備わっているのは、生殖が可能だという証とは言えないだろうか。そう言いながら、彼は瘤をつつく。瘤はふるふると悩ましげに揺れている。
ネイチェも思わず瘤をつつくと、先生の顔が僅かに歪んだ。
「あの……ちなみに雌しべは」
「ある」
歪んだ顔のまま、彼は重々しく頷いた。先生って両性具有だったのか、と変な感想が湧く。でもまあ植物だし、それが普通といえば普通、なのかな。
しかし確かにそれなら、同じように雄しべや雌しべを持つ植物型の魔物なら、ジェーレンと子供を作れるのかもしれない。残念ながら自分には望めないけれど。
羨ましい、と思いながらなおも瘤をつついていると、彼は雄しべを引っ込めて、代わりに普通の蔦でネイチェの手を取った。蔦は手のひら、手の甲と撫でていき、それから指の間を滑る。ネイチェの手はすっかり絡め取られてしまった。
「んっ、ん」
なぶるように隅々まで撫で回されて、思わず声が出る。背中に甘いざわめきが走ったけれど、今は真面目な話をしているんだ。ネイチェは口をへの字にすると、小さく「せんせい?」と言って彼を睨みつける。彼は何事もなかったかのように蔦を引っ込めた。
「おそらく、無機物型には無機物型の生殖方法があるはず」
話題を変えるように、彼は言った。
「……気になる?」
「気にはなる」
ネイチェは目を伏せる。もし彼が知りたいと望んで、そのためにネイチェの身体を調べようとしたならば、自分は協力するつもりがある。けれどそれは、喜んで、とは言い難い。だってそれは――それは。
「私は、ジェーレン以外に身体を許すつもりは、その、ないのだけど」
他の人と、なんて考えるだけでも嫌だ。それが彼の望みなら仕方ないけれど。
ジェーレンはネイチェの言葉に少しだけ眉を上げた。驚きの表現かもしれない。それから彼は、蔦でネイチェの肩を抱く。
「当前だろう」
まるでただの真理を述べているだけ……そんな彼の態度に、ネイチェは苦笑した。杞憂だったかしら。もちろん彼の愛を疑ったわけではないけれど、だって知識欲の人一倍旺盛な人だから。
「ごめんなさい」
彼は、なぜネイチェが謝ったのかもよく分かっていない様子だった。ほんとにもう、こういうところが可愛くて仕方がない。
「先生は、子供が欲しいと思う?」
「思わない」
試しに尋ねてみると、即答が返ってきた。一応、その答えは予想通りだ。ネイチェ自身、子供が欲しいかと問われたら、よく分からないのだし。一抹の寂しさはあれど、嘆くほどのことじゃない。
「私には、君がいれば十分だ」
彼はそう言うと、蔦の数を増やしてネイチェを引き寄せた。彼女はバランスを崩して、彼の胸に飛び込む形になる。彼はそんな彼女の顎を持ち上げると、間近から瞳を覗き込んだ。彼の瞳に自分が映っているのが見えた。
「先生」
抗議すると、今度は彼は、目を細めて、しかし手を離す素振りを見せない。
「先生、と呼んだら触れてはならない。名で呼んだら、好きに触れてよい。ルールだ」
そう言う彼は、どこか楽しげで。
「先にルールに反したのはそちらだろう」
そうだったかしら、とネイチェはさっきまでのやり取りを思い出した。確かに、彼の名前を呼んでしまった気がする。じゃあ、私の負け?
「うん……」
それは、二人の間で決めたルールだった。時も場所も構わず隙あらばネイチェに絡まりたがるジェーレンを、止めるため半分、焦らすため半分のもの。
案外このルールは彼も楽しんでいるようで、律儀に守ってくれる。そんなつもりないのにうっかりネイチェが名前で呼んでしまったりすると、少しだけ嬉しそうに手を伸ばすのがまた可愛いのだった。
「ネイチェ……」
彼が額に口づけを落とす。その間にも蔦がネイチェの全身を余すことなく触れ、絡みついていく。身体が期待に震える。
彼の方を見ると、潤んだ瞳と目が合った。それが近づいてきて、口を塞ぐ。そのまま二人はもつれ合うようにして、寝床に倒れ込んだ。
蔦と泥が混じり合って、大きく広がった。
「ん……んぅ」
ちゃくちゃくと音を立てて、蔦が泥をかき回す。ネイチェの中に、彼が入ってくる。
「んっ、ん……ん、はぅ、ん」
ネイチェは身体を悦びに震わせながら、その全部を受け入れる。何もかもを忘れて、その快感だけを享受する。
彼女の全身はあっという間に溶けて、形を失った。彼は少しでも多くネイチェに触れたいのか、全身で沈み込むように彼女と重なる。
「あ、あ、ん」
泥がさざめいて彼を登っていく。自分だって彼に触れたいのだと、主張するように。
彼が身体をゆする。泥が彼の表面を滑る。そのたびに彼はあぁ、だのうぅ、だのと小さく呻き、さらに激しく身体を揺さぶった。ぢゃくぢゃくと泥がまた音を立てる。
「あ……あぁ、ネイ。ネイ……」
「あ、ああ、ん、ん、あぅ、んっ」
彼が昂っているのがわかる。ネイチェも昂っている。二人ともだんだんと激しさを増していく。ジェーレンはネイチェを蹂躙するように、ネイチェはジェーレンを取り込むように、相手の中を、外を、支配しようとするように。
まるで一つの生命体であるかのように、二人は重なり、溶けて、混じり合った。
「ジー、あんっ、ジー。すき。すきだよ、ジー」
「うぁ、あ、ネイ。ネイ。わた、しも、あぁ、あい、あいだ、あいしている」
そこにいたのは、ただひたすらに名前を呼び、愛を叫び、相手が欲しいと鳴くばかりの獣だった。
ふとネイチェが横を見ると、数本の蔦がぶら下がっていた。ほとんどの蔦はネイチェを味わうことに必至で、所狭しと彼女の中をかき回しているのに、どうしたことだろう。
彼女は手を伸ばし、それを捕まえた。よく見れば先端に瘤がある。さっき教わったばかりの――それは、雄しべだ。
「んっ、ネイ?」
さわ、と撫でてみると、彼が反応した。一瞬全身の動きが止まって、それから何をしているんだと言わんばかりの声がかかる。
「ジー?」
ネイチェは少し戸惑いながら、でもそれを手放さない。何だかいい匂いがする。嗅いでいると、頭の芯が蕩けていくような――
「ジーのみつのにおい」
ネイチェは呟くと、瘤の先端を優しく撫でた。ジェーレンが震える。あぁ、と声が漏れ、瘤から液体が染み出してくる。
「ネイチェ、それ、は」
「みつ……」
その匂いは、いつも注いでもらうそれと、同じだった。ネイチェの身体は、もうその匂いだけで疼いてしまっていた。ほしい。ほしい。それを目一杯、注いでほしい。
「ちょうだい」
思わず泥の中に咥えこんで、滴る液体を啜り上げた。ああ、ああ、彼の味がする。彼の匂いがする。もっと、もっと。
「う、あっ、あっああっ」
ジェーレンが絶叫した。びくんっ、とひときわ大きく痙攣して、瘤の中に隠していた液体を全て吐き出した。腹の中が彼で満たされていく。ぞくぞくと、全身が悦びで粟立つ。一滴も逃すまいとぎゅうぎゅう絞ると、そのたびにジェーレンが「あっ、あっ、」と声を上げる。
「あああはぁっ」
なんだか楽しくなって、夢中になってぎゅうぎゅうやっていたら、目の前に別の雄しべが垂れ下がってきた。
「それ、も」
請われるままにその雄しべも取り込んで、蜜を啜る。
「あ、ああっ、んっ」
ジェーレンは大きく喘いだ。漏れ出す声は、今までで一番蕩けていた。気持ちいいんだ。ネイチェは嬉しくなって、もっともっと彼を悦ばせたくなった。
「ジー、かわいぃ」
愛おしくてたまらなかった。受け入れるばかりじゃなくて、快感を与えてあげられることが、すごくすごく嬉しかった。
「かわいぃ、かわいぃ」
ネイチェは夢中になって、雄しべに絡みついた。少し動くだけで、彼はかわいい声を上げて、身体を震わせた。その声にまた興奮して、ネイチェは次の雄しべ、次の雄しべと腕を伸ばしていった。
ジェーレンの吐き出したもので、ネイチェの身体はぐずぐずになってしまった。いつもよりずっと量が多くて、もはや自分でもどこまでが自分なのかよくわからない。
当の彼はぐったりしているが、顔は幸せに蕩けている。寝てしまったのかなと思っていたら、薄目を開いてこちらを見た。
「大丈夫? ジェーレン」
「ああ……」
彼の声はまだふわふわしている。
「あれは……驚いた」
そう言いながら、蔦でネイチェをつついた。いや、それも雄しべのようだ。
「これで君に触れたことなど、何度でもある。なのに……なぜ今回はあんなふうに……」
目を閉じて考える素振りを見せたが、頭が回っていないようだった。さもありなん。代わりに、ネイチェが答えてあげる。
「私に、触られたから、じゃないかな」
「きみ、に」
ネイチェが雄しべを泥で優しく包んであげると、彼はまたピクと身動ぎした。
「ああ……なるほど」
彼は目を閉じたまま大きく嘆息した。
「疲れた?」
「ああ。……だが……そう、充足感」
彼は手をネイチェの頰に伸ばし、そっと撫でた。
「この充足感は……今までで一番心地いい……」
ネイチェもそこに手を重ねて、彼を感じる。しばらく二人はそのままじっと、静かな時間を過ごした。言葉はなくても、心は繋がっていた。
ふいに、蔦が胸元の花に触れた。つん、と弾かれると、繋がっているコアまで刺激が届いて、ネイチェは小さな声を漏らす。
「んっ」
「ネイ……私は理解したと思う」
彼はネイチェの反応より、花が気になるようだった。花びらを蔦先で弄びながら、独り言のような、そうでないような調子で、言葉を紡いだ。
「私は子供はいらないと言った。ネイチェがいれば十分だと。しかし……この充足感に、すなわち愛し合ったという行為に、目に見える形が与えられるなら……それは悪くない」
それが子供という存在なのでは、とそう言う彼は、どこか得意げに見えて。またひとつ、世の真理を発見したとでも思っているのかもしれない。ネイチェはくすくすと笑う。
「なぜ笑った?」
「ジェーレンが可愛いから」
その答えは、彼には納得してもらえなかったらしい。彼は少しだけ口を歪めて、不満を表した。その様子すら可愛く見えてしまうのだから、もうどうしようもない。
彼は、気を取り直すようにふるふると頭を振った。
「発見はもう一つ、ある」
「もう一つ?」
ジェーレンが、ネイチェを見つめる。真剣な眼差し。ネイチェも笑みを引っ込めて、その眼差しに応えた。
彼は、口を開く。花に手を添えながら。
「私の生んだこの種、それが君を苗床に育ち、花開いた。ならば、この花は、私たちの子供と言っても差し支えないのではないか」
繁殖とは異なるが、と最後に付け加えて、彼はこちらの様子を伺った。口調とは裏腹に、どこか自信なさげに。どうかな、と目が語っているようだ。
ネイチェは無言のまま、彼に飛びついた。彼が戸惑いの声を発する。
「ネイチェ? この……この行動はどういう意味だ」
「嬉しいって、意味です」
彼が、ネイチェの戯言のような問いかけを真剣に考えてくれたことも。彼なりの結論を出してくれたことも。その結論が、素敵なものだったことも。全部、全部が嬉しかった。
「嬉しい……大好き、ジェーレン」
ぎゅうと全身に力を込めて。ネイチェはジェーレンを抱きしめた。そんなことで喜びの、この想いの全ては伝えきれないけれど、でも少しでも伝わるように。
ジェーレンって意外とロマンチストかもしれない。
書くほど設定が増えるのはあるあるですよね。
彼らの隠れ家は、人の来ない山の中にめいめい居心地のいい場所を見つけて住処にしているイメージ。隠れ家っていうの?
ジーとネイは適当な洞穴の中の湧水の側。ジメジメが好き。音が響きそうだけど対策済み。
蕩けたネイチェ