「すいませぇぇん…」
デートの名目で街を歩いていると、嫌に愛嬌のある声で女が話しかけてきた。様子からして、道を聞いてくるわけではなさそうだ。
「もしかしてお二人、カップルですか…!?」
そんなことは見れば分かるだろうと思ったが、どう答えようかと戸惑っている彼を尻目に私は言う。
「はいっ、昨日までは」
”あの時”の任務と同じ新婚の設定だったから、そう答える。そして、彼に巻き付けていた腕にきゅっと力を入れた。胸に彼の温もりを感じる。それと同時に彼は”私の方”に目を向けた。私は、彼のこの行動に少し面白く思った。表情には出さないが。
彼は女にだらしないとたびたび噂を聞く。そんな彼の目線は、本人にばれないと思っているのか、はたまた意識すらしていないのか知らないが、バレバレだった。
そうこう考えていると、目の前の女が話を続けてきた。
「あら、ということは新婚さんなんですねっ。では…」
次に放たれた言葉は、思ってもみなかったことだった。
夜の営みは、最近どうですか…?
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一言でまとめれば要するに、精力剤の営業をかけられたわけだった。
特にその話に乗るわけでもなく穏便に話を終わらせた私たちは、夕食を外で済ませて、予約していたホテルに行くため、街灯に照らされながら道を歩いていた。
帰路を行く間、私の頭からあの女に話しかけられた内容が離れなかった。
夜の営みは、最近どうですか…?
あくまで精力剤を売るため、聞く側にインパクトを与えるための文言だ。しかし、ならなぜ頭から離れないのだろうか。普段なら任務でさえこんなに悩むことはないはずなのに、そのことをずっと考えていた。
そうしていると、彼が私をみて「どうしたんだい、ハニー」と話しかける。
「いえ、何でもありません、あなた…」
彼は「そうか」と短く答えて再び前を向いた。
私はホテルに近づくにつれて、ある決心をした。
夫婦の演技のためにも、必要な事か…
そう、演技のため。しかしそんな私の考えは、後から言い訳だったことに気づいた。
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部屋に戻ってから、私はシャワーを浴びた。
「…服を持っていくのを…忘れてしまいました」
苦し紛れに言った言葉が彼を動かしたようで、彼はあたりを見回すと立ち上がり、手早くバスローブを持ってきた。
「あ、ありがとうございます、あなた…」
そう言った直後、彼は畳まれていたバスローブをほどいて私に着せた。肌に触れる彼の指がくすぐったい。
「…」
一瞬見つめ合う。彼の純粋でまっすぐな視線が眩しくて、私は顔を彼の胸に逸らした。そして彼は「私もシャワーを浴びてくる」とシャワールームに行った。もちろん自分のバスローブを持ってだ。
「……」
ベッドに腰を掛けてしばらくして鳴り出したシャワーの音に耳を傾けると、彼の存在を感じとる。
今の彼は無防備な状態だ。無いとは思うが、もし何かあった時のために彼を守れるように、その存在を常に感じていたかった。
しかしいつからだろうか。彼と夫婦の演技をしている間、私は彼の存在を感じとることに、何か安心するような気を覚えるようになっていた。いや、任務遂行と同時に彼を守るという私の役目を考えれば、その心理は当然の事なのかもしれない。しかし私が感じるようになったのは、そういう表面的な、事務的な類のものではなかった。
「……」
しばらくしてシャワーの音が止まる。彼の存在が少し遠くなる。そして少し、寂しくなる。しかし、彼を守るという役目だけで考えれば、私は寂しく感じる必要などない。部屋に何か潜んでいるかだとか、盗聴とか、盗撮があるかだとか、そういうものは無いと確認済みだからだ。
それなのに寂しくなるのは何故だろう。この感情はなんなのだろう。
「……」
彼がシャワーから出たら、もう一度仕掛けてみよう。
そう思って時間が経たないうちに、彼は部屋に戻ってきた。その足のまま私の隣に腰を掛けると、一呼吸おいて「服はちゃんと着ないのか」と言う。
「それは…」
私はさっき着せてもらったバスローブの紐を結ばず、だらしない格好で彼を待っていた。対して、彼はきっちりと着ている。
そこで、そっと片手を彼の腿に置いた。そして意を決して彼を見つめる。
「もう少し、”夫婦らしいこと”…しませんか…?」
演じていなければ絶対に言えないこんな言葉。意を決したとはいえ、私にはこれが精一杯だった。結局、耐えられなくなって視線を彼から正面に戻す。しかし彼の腿に置いた手はそのまま。「いいのか?」と、彼の低い声が私の耳に直接入ってくる。どうやら彼は私の方をずっと見ているらしい。
私は静かにうなずいた。
「はい…」
すると、彼はゆっくりと片腕で私の腰を抱いた。そしてもう片方の手で私の頬を撫でた。つられて彼の方に顔を向ける。見つめる間もなく、彼の顔が近づいてくる。私は目をつぶった。
「…」
目を閉じても彼の顔が近づくのが分かる。それにつれて、その温もりをより感じる。そしてついに、柔らかい感覚が私の唇を襲った。初めての経験。
「んっ…ちゅ……んん……」
彼の口付けは、初めてでも分かるほどかなり手慣れたものだった。薄々気づいてはいたが、やはり彼は"その手のこと"について経験豊富なようだ。その相手が人間かニケか知る由はないが。
「んん…はぁ……ちゅぅ…ちゅっ…んっ…」
彼の唇が私の下唇を優しく包んで、ゆっくりと撫でるように動く。そんな彼の慣れた動きに思うところがないわけではなかったが、それを覆い隠すほどに、不思議なことに私の心は安らいだ。なぜだろうか。
「ちゅぅ…んん……んっ…ちゅ……ん…」
いつになく緊張してしまい、息が苦しくなる。私は手のひらを彼の胸に軽く当てて、ささやかな抵抗を表した。
「ちゅっ……はぁ…はぁ…」
分かってくれたのか、彼は私から顔を離した。しかし、胸に置かれた私の手を握って、ゆっくりと指を絡ませた。そして私の目を見つめて「顔が赤くなっているな」と囁く。
「やめて、あなた…恥ずかしい…です…」
彼に対してこんな表情を見せるとは思わなかった。多分今まで生きてきてしたことのない表情だと思う。そんな崩れ切った表情をもう見せまいと、頭を彼の胸に押し付けた。NIKKEの身である故、体重をかけると勢いあまって押し倒しそうになってしまうが、彼は耐えているようだ。
彼も私に押されるばかりではないようで、無防備になった私の後頭部を優しく撫でた。彼はそのまま私の頬に手を当てる。その手は下から上に私の顔を持ち上げた。
「…」
いや、違う。自分で上げたのだ。本当はまた彼の顔を見たいから。彼から口付けされたいから。
自覚したときには、もう目は閉じていた。また柔らかい唇が私の心をほぐす。
「んちゅ…んっ…ちゅぅ…ちゅ……ちゅ…ん…」
キスをするとオキシトシンという幸福を感じるホルモンが分泌されるという。
そんなことを考えたころ、彼の動きに変化が訪れた。
「んっ…」
今まで私の頬に触れていた手をだんだんと、私をくすぐるようにゆっくりと、顎に、首に、そして肩に下ろしていった。そして彼の口がほんの少し開いた。何事かと思う間もなく、熱くぬるりとした感覚が唇をなぞった。
「…ん……ぁ…」
もっと彼を感じたくなった。私も恐る恐る口を開いて舌先を出してみる。
「ぇ…ぁ……ぇ…」
彼の動きはとてもゆっくりだった。宝石に触るかのように、私の舌を優しく撫でている。
筋肉の塊であるにも関わらず、唇よりも柔らかいような彼の舌で、思わず全身から力が抜けて眠ってしまいそうになる。
いつまで続けただろうか。時間を忘れるほどに夢中になっていることに気付いたころ、また彼の手が動いた。肩から二の腕に滑ったそれは、やはりゆっくりと、私の胸に伸びていった。
「んっ…」
最初は優しく、形を崩さないくらいには弱い力でバスローブの上から撫でられる。心地よいような、物足りないような感覚が私を切なくさせた。撫でる力は徐々に強くなっていく。
「あっ……ん…」
彼は胸を撫でると同時に、度々指で乳首の先を弾いた。多分、今ならバスローブの上からでも勃ってしまっているのが見えるだろう。だから彼には、目をつぶって唇と舌を貪っていても触るだけで私のどこを刺激したらいいのか分かるのだ。
「ちゅぅ…んっ…ぁんん……んっ…!」
彼は意地悪なほどに、私の感じるところを攻め続けた。漏れる息にだんだんと声が混じっていく。
そして彼の鉤爪のように曲げられた指は、ゆっくりと私のバスローブに掛けられて、少しずつ下がっていった。
「んっ…」
私の肌に直に触れる指が、くすぐったいような寂しいような感覚を生む。彼をもっと感じたくて我慢できなくなって、思わず彼の手を掴んで広げて、腹に押し付けるように当てた。
それから一拍開けると、唇が寂しくなった。
「…」
急ぎ過ぎたのだろうか。私のそんな行いに彼は唇を離した。
彼はじっとこちらを見つめる。少しの驚きの目が見えた。意外だったのだろう。誘ったのは私とはいえ、今まで受け身だったところから積極性を見せたから。
そう考えを巡らせると、腹に当たる熱がさらに熱くなった。彼の体が私に密着する。それだけでなく、体重がかけられた。私は流れに乗るように、ベッドに背を預ける。ついに押し倒された。
「…」
視線を下にすると、彼が纏うバスローブがはだけているのが分かった。隙間から覗く胸や腹を見て、頼もしく感じてしまう。NIKKEの身であるにもかかわらずにだ。
視線を戻すと、彼の顔が目の前にあった。だから私は目を閉じて彼の口付けを待つ。
「んっ…ちゅ……んん…」
優しい口付けにとろけるような感覚に包まれるのも一瞬、腹に置かれていた彼の手は下に這っていった。
急に恥ずかしくなる。思わず太ももを閉じると、彼はその隙間に手を忍ばせ、私の嘘の抵抗を解いた。そして同時に、触られてもいないのに"くちゅり"と音がなる。気付かないうちにこんなにも愛液が溢れていたなんて思わなかった。顔に凄まじい熱を感じる。今なら火を吹けそうだ。そんな状況に耐えられずに目を開けると、見えたのは彼の意地悪な目だった。多分、私の反応を見て楽しんでいるのだろう。そんな気持ちを感じ取り、さらに恥ずかしくなって再び目をぎゅっと閉じた。もう好きにしろという思いを秘めて、彼の次の行動を待つ。
「ん…はぁ……」
彼は意地悪く、肝心な部分は触ってくれずに周りを指先で撫でた。触られてはいるはずなのに、こんなにも切なくなってしまうのはなぜだろう。
いくらか時間が経つと私は堪らなくなって、彼の手を両手で掴みその中指を
ゆっくりと、もう一度目を開けた。
「ちゃんと…触ってください…」
妻を演じていなければこんなお願いはできない。だが何が面白いのか、彼はまたしても意地悪な目を見せると私に、今までで一番優しい口付けをした。
「……んっ」
そして、少しだけ開けられた唇が閉じると同時に私の下唇を挟むように滑る。もう一度開いたかと思うと、今度は彼の中指が突然、勢いよく曲がった。
「んっ…!」
一瞬に起こった刺激が、私の腰を跳ねさせた。そして後からじわりと広がる快感が、さっき感じていた切なさを再び呼び起こした。
「もっとし…」
精一杯の甘えた声が言葉を紡ぎきる前に、どうやら彼には火がついてしまったらしい。
「んぅっ…ぁあ…!!」
彼の中指がクリトリスをこねる。
「ん!…あっ…ぁあ……はぁ……んぁ…!!」
しつこい程に押し寄せる快感に、押し殺したいのに声と息が漏れ出て、だんだんと腰が浮く。
「あぁ…んちゅっ…ああ……へぁ…はぁ…ぁ…ん…ああぁ……!」
口付けは私の口を塞ぐに及ばない。そして浮いた腰はそのままに、今度は膝が震えてくる。
「ぁ…ぁあ…だめっ……んぅっ…だめぇっ……!!」
”何がダメなんだ”そんな声が聞こえたような気がしたが、とにかく彼は止まらず、それどころかさらに激しく私をいじめた。
「ぃ…いく……んんんっ……いくっ……!」
触られてそれほど時間は経っていないのに、もう絶頂を迎えんとすることに恥ずかしくなって声を抑えようと開いている手を口に覆う。
「んんっ……んんんぁっ…ぁんん…!!」
しかし彼は、無理やり私の蓋をこじ開けて、再び唇を貪った。その時には、私はもう限界の目の前だった。
「んちゅぅぅ…んんっ…んぁぁあっ…んっ…んちゅぅ…ぃ…くっ……いく…いくっ…ちゅぅ…イク…!!」
短い時間にも関わらず、溜まりに溜まった快感の風船が弾けた。
「ぁあ!…あああああああぁぁ!…………んんっ……んっ……ふんんっ……んっ…んっ………」
彼の指は勢いを緩め、優しい動きに変わり、やがて離れると、その手の平は私の股間を覆った。一方で、私の全身に広がった快楽はしばらく私の意識を濁らせつつも時々、私の腰を甘く叩いた。
「はぁ…はぁ……はぁ…」
彼の指先だけで、私の全身には幸せが巡っていた。しかしだんだんと薄くなるその幸せを逃がさないように、唇に蓋をされる。
「ん…ちゅ……ちゅぅ……んちゅ……」
しばらくして落ち着いた私は唇を離すと、上に向かっていた体を彼の方に向けるふりをしながら、おもむろに彼の下半身に瞳を向ける。
彼のそれは、破裂しそうなほどに大きく張っていた。私はついそんな”彼”を凝視してしまう。
「…」
すごく気になって、そっと人差し指で彼の"そこ"を撫でた。すると、"彼"はぴくりとはねた。少しかわいく思う。
いじわるな気持ちが募るのも束の間、彼は再び動き出した。彼は私に1度だけ優しく口付けすると、腕枕はそのまま、少し体を起こす。
ついに始まってしまうのか。そう思う間に、彼の体はいつの間にか私の足の間あった。「本当にいいんだな?」と彼の低い声が私を包む。私にとってはそんな言葉は言われるまでもなかったが、小さく頷く。すると、彼の片手が私の腿を優しく撫でて、膝の裏に着くとそのまま足を開くように誘導した。ゆっくりと私の腿の下に彼の腿が入る。彼の動きが止まった時には、"彼"が私の秘部に当たっていた。彼の鼓動と同時にそれが脈動しているのが分かるほど、私はそこに集中してしまっていた。
そして、彼の先が私の入り口を探そうと動いたとき、
「ま、まって…」
そう言って、彼の胸にそっと指を当てた。
「その、初めてだから…優しく…してください…」
「もちろんだよ」と、彼の声が私を甘く包んだ。そしていよいよ、彼は私の中に入ってきた。
「ん…んん……」
ゆっくりゆっくり、焼けるように熱い彼の欲望が私の中を押し広げて入ってくる。すごくきつい。しかしこの圧迫感が、なぜか私の心を安らがせた。初めてこの体に男を許すことに安心を覚えているのだろうか。もちろんその男が彼だからだろうが、とにかく心が満たされていったのだ。
「はぁ……んっ………」
長い時間をかけて、私は彼の全部を受け入れた。お互いの腰を密着させたまま、彼は私に口付けする。
「んちゅぅ……ちゅ…ちゅぅ……」
どのくらい時間が経っただろうか。こわばった体はすっかりと、彼の口付けで柔らかくなっていた。そんな私の変化を察してか、彼は「動くぞ」と囁く。
「はい…」
断るわけもなく、彼の背に両腕を回しながらそう言って、今度は口付けをせがんだ。
「…キス…しながら、してください…」
彼は微笑んで、舌で濡らした唇を私に付ける。
「ん…」
そして、彼は動き出した。
「はっ…んちゅ……んん…ちゅ……んんん…」
最初は小さく、ゆっくりと、彼は私の中を優しく撫でた。そんな甘い感覚につられて、私の喉は彼に媚びるように揺れた。
「んんん…ちゅぅ…あぁぁん……んちゅ…あぁ…んん…」
少しずつ、彼の動きは速まってゆく。そしてある時、彼の先端が私の奥を突いた。
「んんっ…!」
一瞬に過ぎ去る快感は、ついでに私の腰を下から叩いた。
そしてそれからは、リズムよく幾度もやってくる快楽の波に飲まれるように、彼に身を任せた。
「あぁ…んぁ…ちゅ…ぇちゅ……あぁっ……ああっ…!」
快楽の波はだんだんと強く、速くなる。息も、声も、つられて漏れ出ていく。そして私の意識は快楽の海へ潜っていく。
しかしなぜだろうか。体は潜っていくのに、心はどこかで鎖を付けられているように遠い所にある気がした。
そんな感じを覚えた瞬間、私の心臓が暗く冷たい手に握られた。
多くの人を殺してきた私がこんなことにかまけていいのかと言いたげに。
ぞわりと、快感とは真逆の感覚が背筋を走った。
「んっ…!」
しかし、彼が私を貫く時だけは、全身が痺れるような快楽を覚えている時だけは、自分が犯してきた罪を忘れられるような気がした。
「んっんっんっ…んぁあっ……ああ!」
彼の欲が私に打ち付けられるたびに、私は彼の火に薪をくべるように卑しく鳴いた。一生懸命に忘れようとしていた。
しかしなんと身勝手なのだろう。自分のために彼をだしに使い快楽に溺れて、犯した罪を忘れる事を心の底では望んでしまっている。
本当は逃げ出したいのだろう。全てを投げ出して、責任なんか、仕事なんか何も考えずに生きたいのだろう。
そんな時、私の頭は温かい何かで覆われた。
「んぁっ…ああっ……んっ……あぁ…!」
彼が私の頭を撫でていた。
「ん!…ぁあっ…うぅ…あぁっ…ぁああ…ぅああっ……!」
なぜか頬が熱くなる。多分、涙が頬を伝ったんだ。
人を殴る姿なんて想像できないようなお人好しの、今の時代にNIKKEに優しくするような穢れのない手から、その温もりを頭から浴びて、なぜか涙が出ていた。
温もりは私の罪をすべて許すかの如く、身も、心も、私の全部を包み込んだ。そんな感覚は持ってはいけないはずなのに、安心しちゃいけないのに。
「ぅあっ…んんん!……ぁああ!……ぁあっ…」
同時に、今まで心に閉じてきた気持ちが溢れ出してきた。
「ぁあ!……んぁあっ……ぅ…ぅああ!……」
初めて人間を殺した時の震え。金のためにアウターリムに薬を送っていたロイヤル民を殺した時の気持ち。受け取った大量の薬を捌いていた人間を殺した時のやるせなさ。その子供に見られた時の動悸。そして殺した時の血の気が引く感じ。
何度もやってきた。そういう命令だった。これしか言い訳にはならなかった。
気付いたときには、"仕事"の後に感情は揺らがなくなった。いや、今思えば最初からそうだったかもしれない。思い出した感情なぞ、思考転換しないために今それらしく作られた飾りで、本当の人間らしい感情なんか最初からない。そう設計されて生まれてきたのかもしれない。
それでも体は彼を求めていた。心は彼の手の温もりに抗えなかった。
「あああ!…ぅぁああ!……んん!……ぁあ!!」
喘ぎ声は泣き声混じりになり、叫び声に変わっていった。
何か言葉が聞こえた気がしたが聞き取れなかった。しかし分かったのは彼の動きが止まったこと。泣き叫んだことで驚かせてしまったらしい。当然だ。しかし、
「だめっ…してぇっ……もっとしてぇ…!!」
そう言いながら私は、動かない彼の代わりに自分の腰をへこへこと惨めに振った。
「んっ…ぁあっ………んっ…んっ……!」
彼がさっきまで突いていたところまでは届かない。それでも、泣きながら腰を振った。
「んんっ…!!」
しかしなかなか動いてくれない。彼の背に回した腕に少し力を入れて、もう一度お願いする。
「してぇっ…ぅあっ…ついてぇっ…!!」
そうしてやっと、彼は再び動き出した。温かい手はずっと、私を撫でたまま離さないでいてくれた。
閉じ込めてきた暗い感情が吐き出されたからか、代わりに彼の温もりが私の心を埋めていく。感じたことのない安心感で満たされた。
彼はさっきと同じように動く。私もそれに合わせて動いた。彼が少しでも気持ち良くなってくれるように。
「あぁっ…んんっ……んっ…んっ…はぁっ…んぁっ…!」
最初こそ微妙にずれていた腰のリズムはだんだんと息を合わせていき、それはさらなる安心と快感に変わっていった。
「あっ…!……んんんっ…!……ぁんっ……あっ…ぁあっ…!!」
互いに作る快感は私の腹の中に溜まっていく。風船のように大きくなっていくそれは、もう破裂しようかというところまできていた。そんな、今日一番の波が訪れようというその時、私は彼の耳元で囁く。
「い…いくっ…いくぅ…!」
彼も私と同じようで、腰の動きを速めていた。私達が繋がっている部分が、ぐちょぐちょと大きな音を部屋中に立てる。その音も私の声で搔き消されていく。
そしてついに、私の中に溜まった快楽の風船が弾けた。
「い…いぐぅっ……んんんっ!……ぁあ!………いくいくいぐぅぅ!!………………ぁ…」
叫びにも似た声を吐き出しながら、私は腰を、足を、そして膣内をびくびくと震わせて絶頂した。
「ぁぁぁぁっ…ぁっ…ぁぁぁぁぁぁぁっ……!」
最上級の快感は収まることを知らず、幾度も私に雷を落とし、私の体を痙攣させた。がくん、がくんと体が震える度に意識は朦朧としていく。腹の奥にいつの間にかあった温かいものを感じられるようになったのは、それからいくら経った後だろうか。
「ぁぁっ…んんん……はぁ…はぁ…」
しばらくして彼の少し柔らかくなったものは、くちゅりと音を立てて私の中から出ていった。
「んんっ…!」
最後に感じる優しく甘い感覚に思わず鳴く。
今まで彼を感じていた部分に大きな空洞ができた。寂しくなる。彼が私の中に残した絶頂の証の温もりをもってしてもなお、その寂しさを埋めるにはちっぽけに感じた。
深い呼吸が落ち着くと、彼は私に口付けする。
「ん…ちゅぅ……んちゅ…ちゅ……」
感じていた寂しさが一気に、その口付けで塗り替えられた。もっと彼を感じていたい、もっと私に触れてほしいと、彼が離れても私は、唇をちょっぴりとがらせて彼を待った。
それからは、唇が腫れるのではないかというくらいにずっと口付けは続いた。
—————————————————————
いくら時間が経っただろうか。二人でシャワーを浴び、体を洗ってから私達はベッドの上に戻った。
彼はもう寝てしまったようだ。しかし不満に思うこともなく、私は彼の温もりを感じながら横になっていた。
そしてあの時なぜ、全部忘れて彼だけを感じていたかったのか考える。彼に頭を撫でられたことを思い出した。
あの時は慈愛のような温かいものを感じた。そしてそれは、今までの不安や恐怖、後ろめたい気持ちをすべて覆い隠し、何か私に許しを与えた気がした。ただ彼への信頼だけでは成しえない、何か特別なものが私の感情にそうさせた。
「…」
そうか、私は、彼と共に過ごす中で。
「……」
私は彼のことを。
「………」
そこまで脳裏に浮かんで、そこからは考えるのをやめた。
「…………」
もし"命令"が下ったら、耐えられないから。そんなことはないと思いたいけど。
「……………」
隣から静かな寝息が聞こえる。自分の身に何も危険が及ばないと信じ切っているボケた寝息が。
「………………」
今日くらいは私も眠っていいだろうか。彼の温もりを全身で感じて、心まで温めて眠っていいだろうか。
「…………………」
彼の顔は目の前にある。どうしても、私の目は彼の唇に奪われてしまう。さっきまで私の唇を貪っていた唇。私はしばらく見つめた後、我慢できなくなって、口を付けてしまった。
「ちゅっ……………」
初めて自分からした口付けに恥ずかしくなって、誰も見ていないのに誤魔化すように目を閉じた。
気づいてしまっただろうか。私は少し経った後、目を開いた。しかし、彼は相も変わらず寝息を立てていた。
「………………………」
安堵する。その勢いか、瞼が少し落ちた。もういいか、寝てしまおう。どうか平和に、何も起きないことを祈って。
私は再び目を閉じた。
カーテンの隙間から差す白い光が、私の目を開いた。そして私はゆっくりと、感じる温もりの場所に顔を向けた。まだ彼の目は閉ざされていた。私は彼の頬を撫でて、口付けして、それから囁いた。
「ちゅっ…おはようございます、あなた」
多分、私が生きてきた中で、一番気分の良い目覚めだった。