散っていった者たちのために。
今を生きる者たちのために。
忘れないために。
「…」
今、しばらくつぶっていた目を開いて、結んだ手をゆっくりとほどいた。手と手の距離が離れる程、その隙間に入り込む風は冷たくなってゆく。まるで、さっきまで抱きしめていた
木の棒でしか作れなかった質素な墓標には、ドッグタグがかけられている。風に揺れてきらりと見せるその輝きが、量産された命だったけれど、確かに生きた証だと告げていた。
「…」
いくら時間をかけても私の祈りは彼女たちに届かない。死者の声も聞こえない。それでも、私はどうしても、この子たちの存在だけは記憶したかった。一生懸命に私の時間を捧げて覚えてあげたかった。顔も、声も、唯一の個性である性格でさえも、誰も覚えているヒトはいないのだから。
「…」
そんな中、私はふと考える。祈るばかりで、私は前に進めているのだろうか。私はあの時散っていった子たちの思いを背負って、この
「…」
祈るだけで、近づいている気にはなってはいないだろうか。そんなことを思うと、私の目は近くに佇む木に止まった。何かが刻まれている。
近付いて見てみると、刻まれていたのは規則的に彫られた線だった。そしてさらには一文。
”この墓地に訪れた回数”
その文字の形は紛れもなく、私が書いたものだった。
「ぁ…」
そのとき気付いたのは、とても深刻なことだった。
「また…私は……」
忘れてしまった。弔ったはずの魂の存在を。
「あぁ…」
私の記憶は近くの一年しか維持することができないから。
「あ…ぁぁ…」
どれほど滑稽だろう。忘れているだけなのに初めて来るような顔をして、弔うなどと。しかも、それに気付いてから浮かぶのは”一年しか維持できないから”。
「ごめん…なさい……」
心の底から出てきた言葉。しかし、この場ではおそらく何度も口に出してきたであろうそのセリフ。
私は何度この景色を見ているのだろう。途方もないとは言わないけれど、刻まれた印がその回数を物語っている。
「はぁ…」
そして何より、元の家族にすら見送られることもなく、死地で散り眠り続けるあの子たちを裏切っているような気分になった。
「ぅ…ぅぅ…」
想像した瞬間。私の心はおぞましい程に冷たい風に包まれた。体が震え始める。自分で自分を抱いても、少しも温まることなんてない。
何を考えているんだろう。
「ぅ…あぁぁ……」
これからも死者を愚弄し続けるのかと、どこからか囁かれる気がする。
「…!!」
私は耐えられなくなって走り出した。自ら生み出した死者の怨嗟が、墓地から這い出て背を撫でる。鼓動は大きく、速くなる。それは決して走っているからではなく、言語化できない恐怖によるものなのは明らかだった。
「はぁ…っ…はぁ…っ……!!」
疲れで恐怖を誤魔化せそうになった頃、小さな民家を見つけた。勢いに任せて、そのまま扉を開ける。中に入って扉に背を付けると、今まで冷たかった体が表面だけ温まった。ほんの少しの余裕が出てきて部屋を見回すと、小綺麗に片付いたその景色が、私にやはりという気持ちを芽生えさせる。
「はぁ…………はぁ………」
如何ほど時間が経ったか、荒がった呼吸が整うと、私はやっと言葉を絞り出す。
「しばらく、このお部屋を使わせていただきます…。」
そう言って隅にあった机に近づいた。そこにはありがたくも悲しいことに、この部屋についてのメモが置かれていた。特に目に付いたのは、一番下に小さく書かれた”秘蔵書”という文字。どうやらそれはこの机の棚にあるらしく、私の手は勝手にそこへ伸びていた。
「…」
祈りを捧げる最中で逃げてきたのに、こんなことにかまけてはいけないと分かっているのに、私の手は感情を超えてそれを求めていた。まるで、それを見なくてはならないと告げられているかのように。
私の指はゆっくりと引き出しの取っ手に絡み、そのまま手前に引っ張っていった。
「はぁ……はぁ………」
先ほどとは意味の違う息が漏れだす。緊張か、興奮か、はたまた後ろめたさか。分からないけれど、とにかく新たな感情が私を満たそうとしていた。
「はぁ…はぁ……はぁ…」
引き出しの口が大きくなるほど私の息も荒がり、体が熱くなってゆく。
「はぁ……はぁ…はぁ……はぁ……」
ついに魅惑の口が開かれた。目に飛び込んだのはまず表紙。半裸の女の人。その瞳は煽情的に私を見つめていた。胸は高鳴り、吐息は湿り気を増す。我慢できなくなって本を手に取ると、そのままそそくさとベッドに腰を掛けた。
「はぁ……はぁぁ…はぁ……」
ゆっくりとページをめくる。するとそこには、表紙では見られなかったあられもない姿があった。もちろん、大事なところだけは細工がかかっていたけれど、それでも私の興奮はとどまることを知らなかった。
「はぁ…はぁ……はぁ…はぁ…はぁ……」
そのうち見るだけでは物足りなくなって、私はページをめくる指を自分の胸に這わせた。私の目に映るのもちょうど、男の人の大きな手が女の人の胸を掴んでいる。少し乱暴に見えるそれは私をさらに高まらせた。
「んっ…はぁ…ぁ……はぁ…」
表面を撫でる手はだんだんと強くなって、やがて下から持ち上げるように揉む動きになる。
「んぅ…ぁぁ…はぁ…あぁ…ぁっ……」
ついには本を持つ片手も離し、両手で胸を刺激していった。
「んんっ…あっ……はぁ…ああっ……」
たまに人差し指を乳首に引っ掛けてはじくと、強すぎない快感が私の背筋を一瞬走る。
「んっ…!……あぁ…はぁ…」
そして、ぴくりと背が丸まると同時に吐息が漏れた。
「んんぅ……あぁ…っ……あっ……ああっ…」
膝に置いた本は胸で隠れて見えない。物悲しくなった私は、少し惜しいけれど片手を離した。その手でもう一度本を持ったけれど、やっぱり切なくなって枕の方に置く。1ページだけめくり、離した手でまた片胸を温める。
「はぁ…ぁあ…んっ……はぁ…はぁ…」
しばらく続けていると、今度は胸だけでは足りなくなってきた。もう一度ページをめくって出てくる光景は丁度、私の欲を予測していたようなものだった。大きな手が下着に潜り込んでいる写真が目に飛び込んでくる。
「あっ…あぁ…あぁぁっ……んんっ…」
私の息はさらに激しく、鼓動は強くなる。もう我慢はできないと片手をするりと股に這わせて、そして筋を撫で上げた。
「ぁあっ…!……んんんっ…!…」
走る快感が私の体を跳ねさせる。その一瞬の間だけ鈍る視界が戻ると同時に、本の中の淫靡な光景が飛び込んできて、また私を高ぶらせゆく。
「あぁぁっ…!……んぁあっ……あっ…あぁ…はぁ…」
今日はいつもより激しい気がする。そんなことが脳裏にちらついたとき、私は珍しく昔の記憶を思い出した。
「はぁ…んんあぁ……んっ…ぁああっ……」
私が”そういうもの”を見だした理由は、最初はただの興味だった。偶然拾ったものの中には、自分に知らない世界がそこにあって、なんだか抑え込まれていたものが解放されていって、見るもの全部にドキドキしていた。でも、"あの頃"はこんなことまでしていなかった。ただ見るだけだった。
しかしいつしか、戦いですり減った心に薬を塗りこむように私を覆ったのが
「あっ…はぁっ……あぁぁ……んんっ……あっ…!」
不健全だろうか。苦しさと寂しさの末にこんなことをするなんて。
「んんんっ……あぁっ…んあっ……!!」
それでも、
そろそろ内股が愛液で滑ろうかという頃、私の中に溜まっていた快感は破裂しそうになっていた。
「んっ…んんんっ……ぃ…くぅっ……いく……いくイクッ…!!」
体は小刻みに震えはじめる。我慢しようと思っても、絶頂への扉は放たれつつあった。私の指は理性を忘れ最後の一押しと言わんばかりに、快楽を求めて膨らんだクリトリスを握るように刺激した。
そして、ついに溜まりに溜まった快感が全身に弾けた。
「んんんぁああ!!………んぅっ……んっ…んっ…」
雷を撃たれたように体は跳ね、同時に呻き声があがる。一瞬の静けさが来たかと思うと今度は、再び快感が甘く腰を叩いた。
「あっ…あっ……んんっ…」
幾度かの小さな波が私を通り過ぎたあと、私は久しく静寂を感じた。
しかし、
「はぁ…はぁはぁ…はぁっ……はぁはぁはぁっ…!」
開かれた扉はそのままに、それどころかさらに開かんとするばかりだった。指の動きは止まることなく、しかももう一方の手は身に纏うものをすべてはぎ取ろうと、忙しなくしていた。焦りを感じる程に素早い手際で私は裸になってしまう。そして、何も守るものがなくなった股座を直に刺激しだす。
「ああぁぁぁっ…!!……んんあっ…!………はぁあっ…!」
今、誰かに見られていたらどうしよう。一瞬脳裏に過ったとき、浮かんだのは
「ぁあ!…んん!!……ぁ…あ…ぁあっ…!」
そしてもう一つ、背徳感ついでに願望が頭の奥から出てきた。
彼にこうされてみたい。
背徳感で震えた体は、次は心の高鳴りで震えることとなった。
「はっ…あぁっ…ぶ…ぶらざぁ……ぁあっ…!」
無意識に出てきた言葉は自分でも驚くほどの猫撫で声で、誰もいない部屋に切なく響く。
「ぁっ……ぁぁっ……だめぇ……ぁあっ!」
幾度となく使ってきた想像力が遺憾なく発揮されると、やっぱり恥ずかしくなって全身が熱くなる。
彼に甘く囁かれたい。そして、優しい手つきで激しく犯されたい。
「ぅああっ……あぁあっ…!」
彼を思う気持ちは指の動きの激しさと共に増してゆく。これ以上激しくできそうにないくらいに手が速くなると、脳裏にはふとあることが過った。
彼と初めて会ってからどれくらい経つのだろう。
「ふっ…あぁっ…んんあぁっ…!……ぁ…!」
彼を初めて見たときの記憶。
息を荒げ快感に溺れそうになりながらも、一生懸命思い返すとそれは確かにあった。しっかりと覚えていた。しかし、そういえば丁度彼と会ったのは一年近く前ではないだろうか。
「っ…!!」
気付いた瞬間、全身に悪寒が走った。心臓のあたりに穴が開いたように息が苦しくなり、そこには凍てつく風が吹き込んでくる。
「はっ…はぁっ…はぁっ……はぁあっ……んぅっ…はぁぁっ…!!」
消えてしまうのだろうか。もしかしたら、今ここで。そんな想像でさらに息は苦しくなり、辛いことを覆い隠すように体が快感を求めた。しかし偽りの温もりは心を埋めることなく、凍り付くこともなく吹雪に消えていった。
「ぐっ…うぅっ……ぁああ!…あぁっ…あぁっ……んぁああっ…!」
激しい動きでいくら自分を慰めようとも、空いた穴は塞がらない。ただならぬ焦燥が押し寄せてくるだけだった。
「うっ…うぅっ……ぁぁ……あぁっ……!!」
そうこうしている内にも、体だけは正直に再び絶頂に達しようとしていた。
「ぅぁあっ…んんんっ…!……あっ……また……いくっ……いくぅっ……!」
行為に集中するあまり、いつの間にかベッドに背を預けていた体を大きくのけぞらせて、私は二度目の絶頂を迎えた。先ほどまで頭を埋めていた本の景色も同じく、いつの間にか彼と初めて会った時のその顔にすり替わっていた。
「ぁあああ!…んぁああああああ!!……ぁあっ…!……ぁんっ!……んんんぅっ……」
そして今、消えた。今まで鮮明に思い出せていた記憶が崩れ落ちたのが分かった。どれだけ強く意識しようと思い浮かばないから。
私が初めて彼を見たときの場所、景色。彼が私を初めて見たときの表情。ノートからページが切り取られたように、いや、初めからそんなページなんてなかったかのように。
「んんっ…!!」
瞬間、凄まじい絶望と恐怖が全身を中から蝕んだ。
「ああぁ…」
もう、次の瞬間から私の手は止まらなかった。
「ぅあっ…!!……んぁあ!………ぁあああ!!!」
今まで"外"をこねていた指が今度は”中”に移動して暴れまわる。暗い底に落ちていく心の冷えを麻痺させるかのように、私の指は私の良い所を何度も押し当てる。
「ぁああっ!…きも…ち…ぃぃっ……ぅあっ…あああっ!…んんぁっ…!」
しかしそれだけしても何も癒えることはなくて、中だけでは飽き足らず、もう片方の手が外も同時にこね始めた。
「ぁあっ…ぁああっ…!!……んあぁっ…ぅあっ……んんん…!!」
外をこねくりまわしても、中をかき混ぜても、誤魔化せない、溶かせないほどに冷える心。心臓に氷水を注がれ続けるように、鼓動のたびに冷たさは増していく。それにつられて、手の動きもさらに激しくなる。
「いやぁ…ぁあっ…!……ぃやぁああっ……!!!」
しかし、刺激しても刺激しても、底なしの恐怖に吸い込まれて残ることのない快感は、やがて涙となって流れていった。
「ぁああ…!……んんっ!…ぅ…くぅ…!…はぁっ…あぁっ…んぁああ!!」
部屋中にぐちょぐちょと音を響かせながら、顔も、股間も、下品に濡らして彼を呼ぶ。
「ぶらざぁっ…!……ぶらざぁぁっ…!………ぁあああ!!」
呼んでも呼んでも記憶は決して帰って来ない。私にとって彼との記憶はその程度であったと告げられるようで、悲しさと寂しさと切なさがさらに私を襲う。私の体はそんな感情に飲まれる中で、またしても絶頂を迎えようとしている程に淫乱になっていた。
「あんっ…ぶらざぁ…あっ…ぃく……ごめ…なさ……わすれて…ぁあっ……!…ぶらざ…ぁ……いくっ……いきますっ……いくいくぅっ…!!」
届かない思いは、今日最大限に膨らんだ快感の前には虚しく弾かれた。
「ぃいいっ……くぅ!!」
大粒の涙と共に、全身に快楽の濁流が押し寄せる。
「ぁあっ!…ぁああああっ…!!………ぁあああ!!……ぅぁあああっ…!!!…ああああぁっ!!」
びくびくと全身が激しく波打つ。タガが外れたように腰が暴れ狂う。ベッドが軋む音の中、意識は真っ白になって濁流にその身を任せる。その流れとともに、今までの恐怖やら何やらはすべて流された気がした。代わりに残ったのは空洞になった心だった。
「ぁ…ぁぁぁっ……」
長く続いた波が落ち着いたころ、全裸でベッドに横たわり、虚しさで動けなくなっていた私はふと思い至ることがあった。
そうだ、新しく思い出を作ればいいのではないだろうか。彼との新しい思い出。激しく乱れ、熱く求めあう、絶対に忘れない記憶。
そう思うと、私はゆっくりと立ち上がり、放り捨てていた
しばらくして、私は扉を開けて外に出た。
「…」
とても清らかな空気と美しい晴天は、私を突き抜けるばかりで温かくしてくれなかったけれど、そんなことは関係ない。これから温かくしてもらうから。彼に。
「……………………………………………………………………………………………………んふっ…」
彼との行為を想像することだけが私の心をときめかせた。想像すればするほど股座は熱くなって、場所など問わずに”そこ”に手を伸ばした。
そして終われば、また苛まれた。
道の途中にも、”知っていた”墓地はいくつもあったから。
私はそれでも祈って良いのでしょうか。
散っていった者たちのために。
今を生きる者たちのために。
忘れたことを思い出すために。