「しずくちゃんとせつ菜ちゃんって、すっごくお似合いだよねっ」
ユニット練習が終わった直後、歩夢さんは唐突に笑顔で告げた。
私がせつ菜さんとお似合いだなんて、恐縮だけれどとても嬉しく思う。
「そう、なんですか……?」
「そうなの! 2人ともとっても顔整ってるし、髪の毛も長くて綺麗だし、雰囲気も方向性は違うけど礼儀正しいし、趣味と性格も似てるし――」
「ま、待ってください! 急にどうしたんですか!?」
「んー? えっとね、前にしずくちゃんとせつ菜ちゃんが部室で演劇の練習してたじゃない? あれを見て、なんていうかすっごくときめいたんだよね……!」
「侑先輩みたいなこと言うんですね……」
幼馴染みとはいえ結構好みは違う印象だったけど、やっぱり一緒にいたら移るのかな。
「そうかなぁ……ってああっ! 侑ちゃんと待ち合わせしてるんだった、急がないと……!」
「あっ、あのっ、歩夢さん!」
身支度を整える歩夢さんに、奥にいたせつ菜さんが焦った様子で近寄ってきて声をかける。
「どうしたの?」
「歩夢さんも、A・ZU・NAの一員ですよ……?」
「うん、だからわたしも一緒に活動できるのが嬉しくて信じられないくらいだし、2人が仲良くしてるのを見るとすっごくときめくの。それじゃあ侑ちゃん待ってるから行くね、お疲れ様っ!」
楽しそうに言い残し、部室を後にした。対照的にせつ菜さんは、絶望に染まった表情で立ち尽くしている。
まさか私とお似合いだって言われるのが嫌だなんてことはないと思うけれど、それならどうして……?
疑問に思い「大丈夫ですか?」と声をかける。
「……私は、歩夢さんの眼中になかったんでしょうか」
「まさか、そんなことは……」
「だって、でないと、あんなことっ……!」
身体を震わせ、言葉を絞り出す。
こんな姿は初めて見たかもしれない。ううん、1度だけ見たことはある。自分の正体を打ち明けるべきか悩んでいた時だ。
つまり今、それほどに悩んで苦しんでいる……?
「単純に私たちを褒めて下さったのだと思いますよ? 確かに私たちって共通点多いですし」
「違うんですっ! 私は、歩夢さんの隣にいたくて、できることなら誰よりも私を見つめてほしくてっ……!」
大粒の涙を流しつつ、私を見ながらここには居ない人を想い浮かべる。
私だって、好きなのに。
「私としずくさんが親密な仲になっても、歩夢さんは何とも思わないんですっ……!」
私だって、せつ菜さんのこと大好きなのに。
歩夢さんのこともせつ菜さんのことも大好きだし尊敬もしてる。
歩夢さんは波長が合うのか一緒にいて落ち着くし、雰囲気や言動は理想のヒロインそのもので常に憧れと尊敬の念を抱いている。
そしてせつ菜さんは2つの人格を使い分けているという点で特別視しているし、同じグループで距離が近いゆえにまさに仲間でライバルだと思っている。
そんなせつ菜さんが、歩夢さんを想って眼前で泣いている。
「ねえせつ菜さん、本当に本心だと思いますか?」
気付けば口が動いていた。
「……どういう、ことですか?」
「ああいえ、本心だとは思いますが、もし本当に私たちが今以上の親密な仲になればどういう反応をするでしょうか」
「どうって……喜んでいたじゃないですかぁ……!」
「いいえ、あくまでも想像でしかありません。今の歩夢さんは……そうですね、せつ菜さんも実際のアイドルやスクールアイドルでお気に入りの組み合わせがいるのではないですか?」
「いますけど……それが何か……?」
「もしその2人が実際にお付き合いを始めたとします。他のメンバーとの交流はそこそこに、自分たち2人だけ。そうなれば、ファンや他のメンバーはどう思うでしょうね?」
「もちろんいい気分はしませんが……さっきから何が言いたいんですか?」
珍しく苛立っているせつ菜さんをじっと見つめ、自分のエゴだけで話す。
「私たちもそうしましょう。歩夢さんの想像以上に親密な仲になるんです。すると歩夢さんは、同じグループなのに疎外感を覚えます。そこで私たちが提案するんです。3人で一緒にいましょう、と」
役を演じているかのように、抑揚をつけて訴える。少しでも成功率が上がるように。
「それ、は……そんな……」
声と瞳が惑う。当然だよね、だってせつ菜さんは歩夢さんだけが好きなんだから。
まずは私を見てもらわなきゃ。
「それにせつ菜さん。A・ZU・NAのメンバーなら、ここにもいますよ?」
耳元まで近づいて、囁く。
「さっきから歩夢さん歩夢さんって……寂しいです。私のことも見てください」
「っ……!? しずくさんは、誰が好きなんですか……?」
「せつ菜さんと歩夢さんです。私は、この3人で過ごす時間が大好きなんです。素の自分でいろんなことを演じられる……そんな時間が最高に嬉しくて、楽しくてっ……! こんなことで壊れてほしくないんですっ……! せつ菜さんとも歩夢さんとも、ずっと一緒にいたいんですぅっ……!」
せつ菜さんの肩を掴んで感情のままに訴えていたら、涙が溢れてきた。ここまで感情制限が未熟だとは思わなかったけれど、ずっと胸に秘めている大切な気持ちだったから。
「……ごめんなさい、しずくさんの気持ちも考えずに……」
そっと抱き寄せられ、頭頂部へと手を添えられて撫でられる。優しい手つきに心が解されていくのを感じる。
「私だってしずくさんのことは大好きです。ですが、歩夢さんのことは特別で……いえ、もう止めましょう。スクールアイドルに私情を持ち込むべきではありませんでした」
「……また、大好きに蓋をするんですか?」
「っ!?」
髪を撫でる手が止まり、動揺がむき出しの視線が向けられる。
「私は、大好きに素直なせつ菜さんが大好きです。だから私も諦めないんです。せつ菜さんも、歩夢さんも」
「……分かりました、私の負けです。それで、どうするんでしたっけ? お付き合いする演技をすればいいんですか?」
「まさか。これだけは演技だなんて嫌です」
戸惑うせつ菜さんをまっすぐに見据え、告げる。
「せつ菜さん、あなたが好きです。今は歩夢さんの次に意識していただければ構いませんから、あなたのお傍にいさせてください」
「……私は、少なくとも今は歩夢さんの方が好きです。しずくさんはどうなんですか? どちらかで答えて下さい」
きっとせつ菜さんは、自分に傾いてると思ってる。もしくはその答えを望んでる。
確かに今この状況だとせつ菜さんに傾いているけれど、逆を言えばその程度で傾くほどの危ういバランス。明言なんてできるわけない。
「私の気持ちは先程も伝えました。ですが強いて言うなら……尊敬の気持ちも、憧れの気持ちも、せつ菜さんへの方が強いです。
けれど愛してるとか愛されたいとか、そういう気持ちは歩夢さんへの方が強いかもしれません」
「だったら、しずくさんも歩夢さんの方が……!」
「それでもっ! ……それでも、3人の関係を壊したくはないんです。それにせつ菜さんへの想いも本物です。それでも納得していただけないのなら、私の初めてを全て捧げます」
「なっ……!? 冗談はやめてください! 何もそこまでしなくても……!」
「本気ですよ。本気でせつ菜さんを愛していますし、そこから2人で歩夢さんを篭絡したいと思っています」
「……私が断ったら、どうするつもりですか?」
「ここまで話を聞いてくださっている時点で断られるとは思ってませんから」
「もし、歩夢さんがどちらか一人を選んだなら、その時は?」
「そうならないように計画を立てようと考えてますが、もし私を選ぶようなら私がせつ菜さんも選ぶように言えばなんとかなるかなと。
せつ菜さんを選ぶようなら…………」
目頭が熱くなり、それ以上言葉を紡げない。実質お互い両思いで、私は邪魔者なんて……そんなの、ユニット構想の初稿だけで十分だ。
「えっ……?」
気付けば再び抱きしめられていた。先ほどよりも、深く優しく。
「すみません、しずくさんの言う通り先ほどまでは歩夢さんしか見えていませんでした。ですがそれは、1人だけを選ぶ前提でのこと。
しずくさんがそれを壊したいというのならば、私は自分の大好きも、しずくさんの大好きも、大切にして進みます」
「せつ菜さん……じゃあ……!」
「はい。こんな私でよければ、あなたの傍にいると誓います」
「っ……! ありがとう、ございますっ……!」
安堵と喜びから、また涙が溢れてしまう。そんな私をあやすように頭を撫でてくれる。ずるい、どんどん好きになっちゃう。
「そんなに私のことが好きだったんですか?」
「当たり前ですっ! だってっ、せつ菜さんは憧れで、菜々さんだってすごくて、それが同じ人ってなったら自然と目で追ってて、それがっ……うぅ……!」
「えっ……菜々も、なんですか?」
「手が止まってますっ! もっとぎゅっとしてください!」
「ああっ、すみません……意外と甘えんぼなんですね……?」
「今だけ、ですから……っ」
憧れの人への想いが成就して、平静を保てるはずがない。零れる涙が止まるまで、ずっとせつ菜さんに抱きついていた。
――――――
「……ごめん、なさい」
「いいですよ、新鮮なしずくさんも見れましたし。私のことを想って泣かれるのなら、悪い気はしません」
「せつ菜さんって、ずるいですよね。そんなこと言って本命は歩夢さんなんでしょう?」
「しずくさんが言ったんですよ、大好きに素直な私が好きだって。だから、思ったことは伝えます」
どうやら私は、とんでもない人を好きになってしまったのかもしれない。でも、それくらいでないと3人で一緒にいるなんてできないよね。
「ところで、さっきのことで1つ聞きたいのですが。しずくさんが好きなのはせつ菜じゃなくて、菜々もなんですか?」
「当たり前じゃないですか、どちらもあなたなんですから。だからこそ私は惹かれたんです」
正体を知った時、みんなは単に驚いただけだったと思うけれど、私はそれに感銘を受けた。誰にもバレずに2つの人格を演じる技術の神髄を知りたくて、追いかけて、憧れて、気付けば好きになっていた。
「……詳しく、お聞きしても?」
「今からは無理です、1時間はかかるので」
1時間は盛り過ぎたかもだけど、気持ちの大きさとしてはそれくらいかかると思ってる。要点だけかいつまんで話せなくはないけど、そんな事務的なのは嫌だ。私の想いを全部知ってほしいから。
「そんなにですか!?」
「そんなにです。なので……今週の土曜日、一緒にお出かけしましょう。そしてうちに泊まりに来てください。詳しくお話しますし、せつ菜さんと一緒に見たい映画もあるんです」
「分かりました、楽しみにしてますね!」
屈託のない笑顔で、ノータイムでOKを貰えた。嬉しいけど、意識はされてないってことだよね……恋人でお泊りなのに……せつ菜さんだからそういう知識に乏しいことは想定してたけど、やっぱり悔しい。
何としてでも、歩夢さんと同じくらいには私を見てもらうんだから。
覚悟していてくださいね、せつ菜さん。