鈍い頭がゆっくりと覚醒していく。見慣れない天井が視界に映る。
「あ! しずくさん、歩夢さん起きましたよ!」
「ほんとですかっ、ではまず服を……自分で着れますか?」
「いえ、その前に身体を拭かなければ! はい、タオルです!」
せつ菜ちゃんもしずくちゃんも慌てた様子で、心配そうな表情を浮かべている。まだもう少し横になっていたいけど、もう2人とも起きてるってことは結構時間経ってるのかも。2人とも既に服着てるし、窓から光が差し込んでるし。
「んー……おはよう、しずくちゃん、せつ菜ちゃん」
「はい、おはようございます。あの、大丈夫ですか? 歩けますか?」
「おはようございます! 意識ははっきりしてるみたいでよかったです」
心配しながらも挨拶を返してくれる2人に礼儀正しさを感じつつも、同時に違和感を覚える。確かに昨夜目が覚めた時はわたしだけまともに歩けなかったけど、ここまで心配される程ではなかったように思う。2人ともすっかり今まで通りだし、もう少し昨日の余韻に浸らせてくれてもいいのに……
「もう、そんなに心配しなくてもっ……あ、あれっ?」
起き上がろうとした身体はやけに重たく、やけに力が入らない。それどころか、普通に話すことすらままならない。
「やっぱり……歩夢さん、私たちが最後にごはんを食べたのはいつですか?」
しずくちゃんの問いかけに思考を巡らす。そんなの夜に……あれ? そういえばお昼に食べてから、何も……
「わたしたち、そんな状態であんなに……」
「ええ、まあ……ってそれよりもですよ、私たちより時間も過ぎてて体力の消耗が1番激しい歩夢さんが心配です」
「私はしずくさんより少し後に起きて、身支度と食事を済ませた後はしずくさんと部屋のお掃除をしてましたが……それでも目を覚まさないので心配していたんですよ?」
「最初は歩夢さんの寝顔を堪能していましたが、そろそろ無理やりにでも起こそうかと考えていたところです」
「うぅ、寝顔見られてたんだ……そうだよね……」
「安心してください、あどけない感じでとってもかわいかったですよ♡ 私とは学年こそ違いますが、ほぼ違いがないことを改めて感じましたね。もしも私が2年生なら……いえ、歩夢さんが1年生という方が考えやすいですね。その場合みんなのまとめ役という感じに……」
「しずくさん、まずは歩夢さんを……」
「ああっ、すみません私また……! えっと、歩夢さん、自分で身体は拭けますか?」
「それくらいなら……でも拭くものがないよ?」
「それも気付いてなかったんですね……今歩夢さんの身体にかかっていますよ」
そう言われて自分の身体を見ると、お布団の代わりに少し湿ったタオルがかけられていた。
布団だけではなく、シーツもこの部屋から消えている。
「これ、しずくちゃんが?」
「ええ。服も畳んでおきましたし、下着もそこに。パンツだけは洗濯が必要だったので、その、私のものを着けていただくことになります、すみません……」
「えっ……えっ!?」
顔を赤らめて、気まずそうに。ということは、裸で寝ている姿も見られちゃったんだ……あんなことして今更かもしれないけれど、恥ずかしいものは恥ずかしい。
そして何より、しずくちゃんのパンツを穿くだなんて……どうしよう、きっと汚しちゃうよぅ……
せつ菜ちゃんもそうなのかなと思って視線をそちらに向けると、ふいっと視線を逸らされた。そうだよね、やっぱり意識しちゃうよね。
「……せつ菜さん、私が普段使いしているものだと大きくて合わないんですって……だからお母さんに言って中学生の時のものを出してもらうことになったのですが……あの顔はきっとバレてます……」
「あー……」
遠くを見るような瞳と沈んだ声色から、どうしようもない諦めの念を感じる。
私たちとの関係と行為が知られたことも、年上のせつ菜ちゃんよりもおしりが大きいという事実を突きつけられてしまったことも、しずくちゃんにとっては辛いだろう。というか前者はわたしも辛い。
「……では、私たちは後ろ向いてるのでその間に身支度を済ませてください。もし助けが必要なら呼んでくださいね」
しずくちゃんはそう言い、それに続いてせつ菜ちゃんも、踵を返して遠ざかる。助かる、けれど、どうせなら。
「えっと、できれば一人にさせてほしいな、なんて……」
「それはだめです! 何かあった時に助けられませんし、部屋の外にいてはベッドから声を出されても聞こえませんから」
「……分かった」
せつ菜ちゃんに制されて、渋々了承する。別にそれくらいできると思うんだけど……と思ったのも少しの間だけだった。身体を拭くのはともかく、下着を着けて服を着るのにここまで疲れるとは思わなかった。
「終わったよー」
それでも何とか自力で済ませ、向こうを向いていた2人に声をかける。
「お疲れ様でした。それで、どうですか? サイズに問題はありませんか……?」
「うん、ぴったり……よりも少し窮屈、かも? でも普通に穿けたから気にしないで」
不安げな問いかけにそう返すと、しずくちゃんの表情がぱぁっと明るくなった。
いつもよりやや強めの締め付けによって更にしずくちゃんを意識してしまうけれど、今は言わないでおこう。
「よかったです♡ やっぱり歩夢さんは年上なだけありますね♡」
「……さっきしずくちゃんも言ってたけど、ほぼ同い年なんだからね……?」
わざわざ口にはしなかったけれど、わたしもちょっとだけおしりが大きめなことが気になっていたりする。本当に、ちょっとだけ。
「…………せつ菜さんが小さいだけということにしておきましょう」
「そうだね。それなのにお胸だけ大きいなんてずるいよね」
「ええ、全くです」
「ちょっ……何ですかそれ、私はおふたりのスタイルが羨ましいって思ってますよ!?」
「分かってますけど、それはそれです。ではせつ菜さん、お願いします」
「むぅ……まあ今は置いておきます、まずは歩夢さんが大事ですからね」
「へ? え、ちょっと、やだ、えっ!?」
せつ菜ちゃんに近寄られて、おしりとふとももに手が回されたと思ったら、宙に浮いて――お姫様抱っこされてる!?
「いい! とってもいいですっ! かわいさ全開の服を着たせつ菜さんが可憐な歩夢さんをお姫様抱っこ……! 見た目こそ2人のお姫様といった感じですが、衰弱している姫を助けたい一心で力を求めるもう1人の姫といった感じでしょうか! やっぱり絵になります……!」
「えっと、そろそろ移動していいですか?」
スマホで写真を撮るしずくちゃんに動じることなく問いかけるせつ菜ちゃんを見てると、恥ずかしい気持ちもなくなってきた気がする。ありがとうしずくちゃん。そんな意図は絶対にないだろうけれど。
「は、はい! すみません待っていただいて……!」
「いえ、そんなしずくさんも大好きですから、お気になさらず」
「~っ!? ど、ドア開けますねっ!」
(自然とそんな言葉が出るのは、お姫様抱っこしてるから……? でもせつ菜ちゃんって元々こういうところあるよね……)
わたわたと逃げるようにドアを開けるしずくちゃんの顔は真っ赤で、そんなしずくちゃんもお姫様っぽいなぁと思う。
そういえばしずくちゃんだけ昨日の服じゃない……ふんわりとした白いトップスと桃色のフレアスカートに着替えてる。昨日のは服といっても衣装みたいなものだし、自分の服あるからその方がいいだろうけど……もっと見たかったなぁ。今のもとっても似合って素敵だけど。
「……今の儚げな歩夢さんもかわいいですけど、いつもの元気で可憐な歩夢さんに早く戻って下さいね」
「なっ!? うぅ、お、降ろしてっ!」
急に耳元でそんなこと言われたら身が持たないよぉ……! 今のせつ菜ちゃんと至近距離で接するのは色々とまずい……!
「だめです、歩夢さんが寝てる間に勝ち取った権利なんですから」
「じゃあ早く移動してっ!」
(ていうか寝てる間に何話してるの!?)
「分かりましたよ、お姫様♪」
「もーっ!」
冗談交じりの声色だけど、せつ菜ちゃんがやると様になるから本当にずるい。かっこよくて、かわいくて、綺麗で――見惚れちゃう。
「はい、まずはここで顔洗ってうがいしてください」
洗面所でようやく降ろされ、そのまませつ菜ちゃんとしずくちゃんに左右から腋を支えられる。
「ちょっと、そこまではいいよぉ、くすぐったいからっ」
「そんな……私は歩夢さんが倒れないかほんとに心配で……」
「ひゃんっ! 嘘じゃないんだろうけど触り方がやらしいの! いいから離れて!」
「はーい」
「もう、しずくさんのせいで離れることになったじゃないですか」
「せつ菜ちゃんもだよっ! っ、うぅ……」
2人のセクハラめいた介助に大声で突っ込んでたら、立ち眩みが起きてその場にうずくまる。
「ほら、やっぱり無理してます……くすぐったいでしょうけれど我慢してください」
しずくちゃんの心底わたしを気遣う声に、不服ながら身体を差し出す。最初から余計なことしないでほしいと文句を言う気力すらなくなって、最短手順で洗顔とうがいを済ませた後は、再びせつ菜ちゃんにお姫様抱っこをされてリビングへと連れられるのだった。
「私が食事の準備をしますので、せつ菜さんはやかんにあるお湯をあげてください。ぬるくなってますがその方が飲みやすいですし、温め直す時間も勿体ないので」
「分かりました!」
豪華な広いリビングに通されて、椅子の上に降ろされる。何度見ても慣れないや。
「はい、口を開けてください」
いつの間にか、お湯の入ったコップを持ったせつ菜ちゃんが横に座っていて、コップを口元へと近づけられる。
「あの、自分で飲むくらいできるよ……?」
「分かってます、でも歩夢さんのお世話をしたいんです! どうぞ!」
キラキラした瞳でそんなこと言われて、断れるわけがない。観念して口を開けると、ゆっくりとコップから水が注ぎこまれる。
「んく、んく、んっ……」
ただのぬるま湯なのに、とても美味しく感じる。それだけ身体が水分を求めていたのかも。
「ふぅ……ありがとうねせつ菜ちゃん」
「いえいえ!」
「お待たせしました歩夢さん。先ほどせつ菜さんと食べたものの残りですが、一食分はあるので足りるかと。もちろん食べきれなさそうでしたら残して大丈夫ですからね」
両手にお盆を盛ったしずくちゃんが戻ってきて、わたしの隣に腰かける。お盆の上には牛乳とシリアルが置かれていた。両方ともスーパーでよく見かけるものではなく、厳選して買っているのだろう。こういう所からもしずくちゃんの育ちの良さが伺える。
「ありがとうね。いただきます……あれ?」
スプーンもフォークもおはしも無い。不審に思ってしずくちゃんを見ると、スプーンを2つ手に持ったしずくちゃんがそのうちの1つをせつ菜ちゃんに手渡していた。
「私たちが食べさせてあげます♡ 食べることに支障はないかもしれませんが、急いで食べては身体によくないですから」
「それはっ、でも……うぅ、分かったよぉ……」
恥ずかしいという理由だけではしずくちゃんを納得させられないと悟り、観念して受け入れる。きっと最初からこうするって決めていただろうから。
「これと牛乳、混ぜていいですか?」
「うん、お願い」
聞かれなければこちらからお願いしていたことだけど、大丈夫か事前に聞いてくれたことが嬉しい。調味料を掛けたり他のものと混ぜたりするのは、実行すると戻せないから。
「梅干しも入れていいですか?」
「うん……うん!? ダメだよ!?」
「ダメですか……歩夢さんに元気になってほしいんですけど……」
しゅんと落ち込むせつ菜ちゃん。せつ菜ちゃんにしては珍しいチョイスだけど、梅干しは疲労回復に良いって誰かから聞いたのかな。その気遣いだけで嬉しく思う。実際に入れられるのは遠慮したいけど。
「おにぎりになら入れていいですからね。もう少ししたら一緒に作りましょう?」
「はい!」
優しく諭すしずくちゃんと、笑顔で受け入れるせつ菜ちゃん――本当、絵になるなぁ。スクールアイドルの時だとせつ菜ちゃんがぐいぐい引っ張るんだけど、お料理やお出かけみたいにプライベートなことだとしずくちゃんがお姉さん感あるのが素敵に思う。
「はい、お口開けてください♡」
歯医者さんみたいな声かけを受け、反射的に口が開く。
「あむっ、んっ……」
牛乳によって適度に柔らかくなったシリアルがスプーンに乗せられて口の中へと運ばれる。あっさりしていて上品な味は、朝の時間にちょうど良い。
何より極限まで空腹になっている今、完全な固形物でないのはおなかにも優しい気がしてありがたい。
「次は私です、はいっ」
次いでせつ菜ちゃんからもスプーンが運ばれ、同じように咀嚼する。それが終わればしずくちゃんが、次いでせつ菜ちゃんが、しずくちゃんが、せつ菜ちゃん――
繰り返される餌やりめいた光景は、第三者から見たらどう見えるのだろうか。分からないけれど、今のわたしは思ったよりも恥ずかしくなくて、自然にこの状況を心地よく受け入れている。
2人のスプーンを差し出すペースがちょうどいいのもあるだろうけれど、わたしを辱める意図はなく只々心配してくれているのと、好きだって気持ちが伝わってきて、単なる栄養以上に愛情を摂取しているみたいで、心も身体も温かくなってくる。
「ごちそうさま。美味しかったぁ♡」
「満足していただけてよかったです♪ ちょっとしたデザートも用意していますが、まだ食べられますか?」
「うんっ」
満腹よりも一歩手前の所でなくなってちょっと物足りなかったから、丁度よかった。
「ではお持ちしますね」
お皿が下げられ、Uターンしてしずくちゃんが持ってきたのは、小さな籠にこんもりと盛られたさくらんぼだった。艶々と光るそれはスーパーで見るものより一回り大きい気がする。これもシリアルと同様に高級品なのかな。
「本当は昨日食べようと思って用意していたんです。どうしてさくらんぼを選んだか分かりますか?」
じゃあ思った以上にえっちに熱が入って……って今は考えないようにしないと。しずくちゃんの質問に答えないと――といっても、正解の候補なんて1つしかない。
「せつ菜ちゃんのラブソングとしずくちゃんの衣装候補、だよね?」
しずくちゃん自身がこう言ってたんだから間違いない。わたしの要素が入ってないけれど、何か意味が込められてるのかな……そう思いたい。
「半分正解です。でもそれならせつ菜さんと2人の時に食べますよ」
控えめに微笑み、次いで真剣な眼差しでわたしとせつ菜ちゃんを見つめ、口を開く。
「さくらんぼって、別の呼び名もあるんです。桜と桃と書いて、桜桃おうとう、と。私の苗字にある桜、歩夢さんのイメージカラーの桃、そして、せつ菜さんのラブソングタイトル。これって、ちょっとした奇跡だと思いませんか?」
「……そう、だね。確かに」
感心して、噛みしめるように零す。事実上の共通点も驚いたけど、それ以上にしずくちゃんがわたしたちを思い浮かべて見つけてくれたことが嬉しく思う。
「ですよねっ。思いついたとき、これだって思ったんです!」
「えっと、私の要素だけ強い、というよりしずくさんの要素が弱いように思いますが、いいんですか……?」
上機嫌なしずくちゃんとは対照的に、せつ菜ちゃんは不安げに問う。
「歩夢さんの予想通り、私の衣装候補でもありましたから。3人の要素があるだけで満足ですし、これ以上は現実の私たちが積み上げていくものだと思うんです」
「と、いいますと?」
「この共通点のようにバランスが分かれてしまうのは仕方ないですが、実際の私たちまでそうなってはいけません。といっても監視し合うのは窮屈ですし、何より感情の幅なんて図れるものではありませんから……なんて、そんなこと言っても仕方ないですよね」
苦笑して誤魔化すしずくちゃんだけど、その気持ちは痛いほど分かる。実際に3人で結ばれるなんて無理だって思ってた。
だけど、今ここに実現した現実がある。だったらもっと、望んでもいいよね……? 前から思っていたこと、言っても大丈夫だよね……?
「位置情報共有アプリみたいなの、入れてみない? それと、卒業したら一緒に住もうよ。とりあえずは学園の近くで、しずくちゃんが卒業して進路が決まったら引っ越ししてもいいかも」
「いいですね、楽しそうです! アプリもしずくさんさえよければ賛成ですっ」
「えっと、それはいいのですが、私の為に学園の近くにしていただくのは申し訳ないです……」
意を決して放った言葉は、拒否されることなく2人に届いた。負担に感じることなく一つの提案として受け取って貰えたことが本当に嬉しい。
2人の様子はさっきと逆で、せつ菜ちゃんが上機嫌で、しずくちゃんは不安そう。正確には遠慮してる、かな。そんな必要ないのに。
「しずくちゃんの為じゃないよ、わたしがしずくちゃんの近くにいたいから、それが良いって思ったの」
「近くといっても、しずくさんの家……つまりここよりも学園に近い場所と考えれば候補は多いと思いますよ」
「うん。今より近い場所くらいに考えてくれたら嬉しいな。それでも遠慮しちゃう?」
「そんなことは……その、ありがとう、ございますっ」
たどたどしくも目を細めて笑うしずくちゃんに、こちらまで嬉しくなってくる。嬉しすぎて、幸せ過ぎて――だからこそ、気にせず流すところだった。話題が自然と同棲に移って、アプリに関してあまりにも反対意見がなかったことを。
「えっと、アプリのことはいいの? 提案しておいてなんだけど、位置情報アプリなんて監視されてるって思わない?」
「何言ってるんですか、3人ならそれくらいでも足りないくらいですよ。いつ1対2になるか分からない危うい関係なんですから。それに、私は歩夢さんの愛が深い所も大好きですから!」
「せつ菜さんの言う通りです。私も愛してる人のことは深く知りたいですから、情報は多い方が心地いいです。それに歩夢さんは優しいですから、私たちの嫌がることはしませんからね」
「そっか……そうなんだ。好きになってくれたのが2人で本当に良かった……嬉しいな」
負担に思われるどころか、当たり前に思ってくれることがわたしにとって心底嬉しくて、更に恋に落ちていくのが分かる。
これからもっと、2人のことを好きになるのだろう。それでもっと2人のことが欲しくなって、それでも受け入れてくれてるのだろう。
――思えば昨日からずっと貰ってばかり。少しはお返ししないとだよね。
「はい、あーん♡」
さくらんぼを両手に持って、しずくちゃんとせつ菜ちゃんの口元へと近づける。ちょっと即物的すぎる気もするけれど、まずはさっきのお返しをしたいから。
「……ありがとうございます♡」
じぃっとわたしを見つめた後に、ぱくっとしずくちゃんの口の中にさくらんぼが吸い込まれた。
「っ……あむっ!」
次いでせつ菜ちゃんが一瞬躊躇うも、しずくちゃんに対抗意識を燃やしたのか勢いをつけてかぷっとさくらんぼを奪っていった。
「美味しいです、歩夢さんからのさくらんぼ♡ では、これはどうしますか?」
さくらんぼを2つ手に取り、1つをせつ菜ちゃんに渡して、もう1つを私の口元へ。
「ほら、せつ菜さんも♡」
「はいっ。どうぞ、歩夢さん♡」
受け取ったせつ菜ちゃんからも同様に差し出されて、どちらを選ぶか試されてることを確信する。
――わたしが2人を想う気持ちを舐めないでほしい。今更「選ぶ」なんてあり得ないのに。
「あむっ♡」
2人の手を両手で持って、わたしの方へと引き寄せて、同時に2つのさくらんぼを口に含めば、口いっぱいに甘酸っぱい幸せが広がる。
「美味しいっ♡ でもこれ続けるとわたしだけいっぱい食べちゃうから、あとは順番こにしよっか」
「ふふっ、あとは自分で、ではないんですね♡」
「食べさせてもらう方が美味しいって知っちゃったから♡」
その言葉を受けたしずくちゃんは籠を持って立ち上がり、テーブルの隅へとそれを置く。
「なるほど、その位置なら3人とも座りながら籠に手が届きますね」
感心したせつ菜ちゃんが傍にあった椅子を移動させ、籠を囲うように3つ配置した。
奥からしずくちゃん、わたし、せつ菜ちゃんの順に座り、さくらんぼを食べさせあっていく。
まずはしずくちゃんに食べさせて、せつ菜ちゃんに食べさせられて。次いで逆に、次はまた逆に。それを繰り返し籠の中身は減っていき、お腹と心が満たされていった。
「ごちそうさま。ありがとう、美味しかったよっ」
「満足していただけたようでよかったです♡ ではこれからどうします? 明日は学校なので夕方までですが」
「しずくさんのおすすめの映画もっと見たいです! そのあとはおにぎり作りたいですっ!」
「いいんですか? 私の好きなものばかりで……」
「せっかくしずくさんの家にいるんですから。そのかわり、今度は私の家でアニメの鑑賞会しましょう!」
「分かりました、そうしましょうか。あ、もちろん歩夢さんもしたいことがあれば遠慮なく言ってくださいね?」
「え? あ……うんっ」
自然な内容の声かけなのに、自然に反応できなかった。わたしは2人と違って、明確に自分の軸となる趣味を持ってないから。2人に惹かれた理由も、それだから。
少し前までは侑ちゃんと一緒に何となく過ごすだけで楽しかったし、今はスクールアイドルが1番楽しい。
けれどそのスクールアイドル活動で、明確になった大好きがある。侑ちゃん以外にはバレてないって思ってたけど、しずくちゃんとせつ菜ちゃんには分かられていたみたいだから、今伝えておいた方がいい、よね。
「えっとっ、今度でいいんだけど雑貨屋さんとか服屋さんとか一緒に行って、そこで2人の好きなの知りたいし、似合うかわいい服とか小物とか選んでみたいな、って……」
たどたどしくもそう告げる。2人がわたしのためにかわいい服を着てくれたことが本当に嬉しかったから、今度はわたしが選んであげたいし、もっとかわいい2人を1番近くで見たいから。
「もちろんです。これからもしたいこと、いっぱいしましょうね♡」
「歩夢さんの大好きも歩夢さんも、最高にかわいいです!」
「うん……うん、ありがとうっ」
ユニットで活動する時間は限りがあるけれど、この先3人で過ごせる時間が増えると思うと、寂しいだけじゃなくて楽しみって思える。
好きになってくれてありがとう。絶対に離さないし、離れないでね。