約束当日、朝10時。天気は曇り空だけど、私の心は晴れ模様。
私の1番の憧れの人とデートできるんだから、当然心は浮足立つ。
「しずくさん、おはようございます! 待たせてしまいましたか?」
なんて考えていると、せつ菜さんがいつも通り元気に声をかけてくれた。
「おはようございます、今来たことろですから大丈夫ですよ。……ふふっ♪」
「? どうしましたか?」
「定番のやり取りをせつ菜さんとできたことが嬉しくって」
「っ……そう、なんですね」
どこか気恥ずかしそうに、顔を逸らされながら返事をされる。よかった、少しは意識してくれているみたい。
「ところでしずくさん、その服……」
「はい、どうですか?」
「とっても似合ってるんですが、前にも着てましたよね? やっぱりデートだったんじゃないですか?」
前に……ああそっか。この服を着て侑先輩とお出かけして、その時歩夢さんとせつ菜さんにも会ったから……
「この服は、ちょっと背伸びしたい時に着るようにしてるんです。尊敬する人や憧れの人、そういった人と出かけるときは、その隣を歩くのにふさわしい私でいたいですから」
せつ菜さんも侑先輩も、まさにそんな人だから。
「でも、今日はデートなんですよね?」
「……もしかして、やきもち妬いてくれてます?」
「そ、そんなことはっ……!」
「安心してください、せつ菜さんと歩夢さんしか見えてませんから」
「……そう、ですか」
どこか納得いかない、そんな表情。今度はどっちに妬いてくれてるのかな。
「そう言うせつ菜さんも、あの時と同じ服装ですよね」
「えっと、だめでしたか?」
「いえ、かわいくてとっても似合っているんですが、せつ菜さんのイメージだとデートの時はクールでかっこいい系で来ると思っていたので」
なんとなく、勝手なイメージだけど、かわいいよりかっこいいと思われたいって印象だったから。
「デートだからこそ、かわいく見られたい、です……ま、まあ手持ちの服が少ないというのもありますけどね!」
照れ隠しに声を張り上げるせつ菜さん。どうしよう、予想外のギャップに更に惚れてしまいそう。
「では、まずは服屋さんに行きますか? せつ菜さんに似合う服選んであげたいです」
「あ、それなんですけど……今言うことじゃないかもですけど、歩夢さんへの作戦があるんです。じっくり話したいので喫茶店でも行きませんか?」
「……むぅ」
私とのデートなのに、歩夢さんのこと……
「つまらないことだったら怒りますからね」
「そんなことはないです! では行きましょう!」
「えっ、せ、せつ菜さん!?」
急に手を握られて引かれる。またもや訪れた憧れのシチュエーションに、否応なく胸がときめく。
拒否できるわけもなく、されるがままについていく。
そのまま何も話すことなく歩くけれど、心なしかせつ菜さんが緊張しているように思う。こんなに大胆に手を握ってるのに? 不思議に思い見つめていると、突然手を離され「ごめんなさい!」と頭を下げられた。
「ど、どうしたんですかいきなり」
「この服を着てしずくさん達と会ったあの時……本当はヒーローショーを見に来たわけではないんです」
「え、っと……?」
歩夢さんもそう言っていたはずだったけど、思えば確かに不自然だったかも。
「歩夢さんと偶然出会って、隠れて侑さんの後を付けているみたいだったので、探偵みたいで面白そうだったのでご一緒してたんです」
「……歩夢さん、やっぱり侑先輩のことを……」
「だと思います、悔しいですが……」
「あれ、でも二人っきりだったんですよね? 何かアピールしなかったんですか?」
「あの時はそんなこと考えもしませんでした。意識するようになったのは、あの後歩夢さんに強く背中を押されてからなんです。
以前からとてもかわいい人だと一目置いていましたが、あの人がいなければ今も隠れてスクールアイドルをやっていたと思うので……単に嬉しかったという気持ちもありますが、あの時の歩夢さん、本当にかっこよく見えたんです。いつもの雰囲気とのギャップに惚れた……って感じですかね、あはは」
何も言えなかった。私が思っていた以上に、想いのきっかけも熱量も違ったから。
……本当にいいの? せつ菜さんの後押しをして、私はそれを一歩引いて見守るのが、みんなが幸せになるやり方のような……
「しずくさん、なぜ今私がこのことを打ち明けたか分かりますか?」
「い、いえ……」
「嘘や隠し事は嫌だからです。今の私としずくさんは、とても不安定な関係です。歩夢さんを取り合うだけの仲になるかもしれないし、このまま2人で完結してしまう可能性だってあり得ます」
「そんなことあり得ません! 私は、おふたりのことがっ……!」
「可能性の話です。それを少しでも避けるために、今の話をしたんです」
「……せつ菜さんも、3人でいたいと思ってくれるんですか?」
「あの後考えました。しずくさんの大好きを無碍にしてまで歩夢さんと結ばれたいかと。すぐに答えは出ました、絶対に嫌だって。しずくさんが私との関係だけを望むのであれば悩みましたが、3人での関係ならば私もそれば一番いいと思います。難しいでしょうけどね」
苦笑しながらも、せつ菜さんは強い意志を持って語る。
ずるい、どうしてそんなに優しくてかっこいいの。心がきゅうっと疼いて、好きの気持ちが溢れてやまない。
「行きましょうか」
再び繋がれた手を、一度解いて指を絡める。
「し、しずくさん?」
「今は私とのデートですよ?」
「……ふふっ、そうですね」
若干照れつつも握り返してくれたその手に引かれ、再び歩き出した。
喫茶店に着き、店員さんに案内され、2人がけの席に着く。冷たい空気が心地良い。
早速メニューを手に取ると、目玉商品としてカップル限定ドリンクが紹介されていた。
「せつ菜さん、これ一緒に飲みませんか?」
せっかくなんだから頼んでみたいと思い、せつ菜さんに提案する。
「えっ……ちょっと恥ずかしくないですか? それ以前に、私たちも頼めるんでしょうか……?」
「大丈夫ですよ、ここに性別は問いませんって書いてありますっ」
メニューをせつ菜さんの方へと向け、身を乗り出して文言の箇所を指す。
「そう、です、ねっ……!?」
「せつ菜さん?」
「いえ、なんでもないですっ……!」
気まずそうにせつ菜さんは視線を逸らす。メニューからというよりも、私自身から。
不思議に思い視線を落とすと、この位置からだと胸元が……開いて見えた……!?
「す、すみません私ったら……! わざとじゃないんです……!」
座り直して背筋を正し、胸元を庇うように腕で覆う。
「……どこまで、見えました?」
「な、なにも見てないですから!」
「正直に言ってください、でないと私……!」
恥ずかしくてどうにかなってしまいそう。せめて下着の中までは見られてないと思いたい。
「だ、大丈夫です! 大事な部分までは見えてませんから! だから気にしないでください!」
「そうですか、よかったです……いえよくはないんですけど……ほんとすみません……」
「いえ、私の方こそ……」
どうしよう、恥ずかしい上に気まずい。お互い何も言えず、ただ時間だけが過ぎていく。
そうしていると、店員さんから「ご注文はお決まりでしょうか?」と声をかけられた。
「えっと、すみません、まだ考え中で……」
「では、お決まりになられましたらお声がけくださいね」
そう言って店員さんは去っていった。流石に何も注文しないと迷惑だよね……
「すみません、私のせいで……」
「ですから私の方こそ……ってもう止めましょう。そこまで恥ずかしがられると、こっちも余計意識してしまいます……」
「そう、ですね……えっと、どうします? やっぱり普通のセットとかでも……」
「……すみませーん!」
「えっ!?」
突如せつ菜さんが声をあげて店員さんを呼んだ。どうして? まだ決まってないのに……!
「このカップル限定ドリンクお願いしますっ!」
「はーい、かしこまりました~。少々お待ちくださ~い♪」
店員さんは注文を受けた瞬間急に上機嫌になり、厨房へと向かっていった。
「せつ菜さん、なんで……」
「こんなことで大好きを我慢してほしくありません。気付かないくらい夢中だったってことですよね? それに、私だってこういうの興味はあったんです」
「もう……せつ菜さんは本当に……どれだけ好きにさせるんですかっ……」
「それはこちらのセリフですよ。しずくさんの為なら何でもしたくなると言いますか、もっと笑顔が見たいと言いますか」
「~っ!?」
真っ赤な顔を見られないように、テーブルの上で組んだ腕の中に顔を埋める。
「しずくさん? しずくさーん」
反応しちゃダメ、このまま落ち着くまで待たないと。そう思ってじっとしていると、頭上からシャッター音が聞こえた。
「え、今撮りました!?」
思わず顔を上げると、スマホを構えたせつ菜さんと目が合う。
「あ、やっと顔を上げてくれましたね。ほら見てください、綺麗な髪の毛とかわいいリボンが映ってます!」
「なっ、なんでっ……ほんとになんでっ……!?」
胸の奥が熱い、心臓が持たない。どうしてこんなに褒め殺ししてくるの。恋人になった瞬間急に……あれ、もしかして。
「もしかして、お世辞ですか……?」
「そんなわけないじゃないですか、全部本心ですよ」
「だったら、今までこんなに褒めてこなかったじゃないですか、どうして急に……!」
「思ってはいましたが言わなかっただけです。でも恋人同士なら言った方がいいのかなと思いまして」
「それ、はっ……」
それ以上は何も言えず、ただニコニコと微笑むせつ菜さんの視線を受けつつ時間が流れ、気付けばドリンクが運ばれてきた。
「お待たせしました、ごゆっくりどうぞ~♪」
色は桃色で、2人用のストローが中央に置かれている。美味しそうだし見た目もかわいい、けれど味わう余裕はない。
「これも撮っておきましょう、2人で。それで歩夢さんに見せるんです」
「そう、ですね」
心がチクリと痛む。せつ菜さんを独占したいだなんて、3人の時間を求める以上は願ってはいけないのに。
桃色のドリンクをスマホに収める。そして思う。
「……歩夢さん、みたいですね」
色合いも、かわいらしい見た目も。口に出さずともそれらが伝わったのか、せつ菜さんは少し動揺し、そして。
「いただきましょう、2人で」
促すようにそう言われ、こくりと頷きストローへと口づける。甘酸っぱい味わいと、鼻腔をくすぐる甘い香りを堪能する。
顔を上げれば、せつ菜さんと視線が交わる。すると照れた様子でストローが離された。
意識、してくれてるのかな……そうだと嬉しいな。
「……美味しい、ですね」
「……はい、とても」
せつ菜さんと同じグラスで飲んでいる。それを意識するだけで、胸がきゅうっと締め付けられる。
目が合って、逸らして、笑って、また飲んで。繰り返すうちにグラスは空になっていた。
「あっ……」
思わず声が出てしまう。この時間が終わってしまうことがもの悲しくて。
「しずくさん、手を出してください」
「はい……?」
言われた通りにテーブル上に手を置くと、両手で包まれるようにして握られた。
温かくて、ドキドキする。でもどうして急に……?
「ごめんなさい、なんだかこうしたくなって……嫌、でしたか……?」
顔を赤らめつつ、おずおずと。あまりにもかわいくて、いじらしい。
「そんな。私も、ですから」
もう片方の手を出し、せつ菜さんの手を覆う。
「っ……あの……えっと、そのっ……」
「……ふふっ」
珍しく慌てる様子のせつ菜さんがおかしくて、つい笑みがこぼれてしまった。
「む……笑いましたね? 真剣な話をしようとしているのに」
「すみません、私のことをそれだけ意識してもらえているのが嬉しくってつい」
「ずるいです、そんなこと言われたら怒れないじゃないですか……それでその、お話なんですが。私たちには運命ともいえる、歩夢さん向けの衣装がありますよね? いつか来る歩夢さんを篭絡する日は、その衣装を着て迎えたいと思っています」
歩夢さん向けの衣装、そう言われて思い浮かぶのは、桃色基調でリボンとフリルが盛りだくさんの衣装――ピンクフリルドレス。最近ファン投票で決まった、ラブソングの為の衣装だ。
私の候補はどれも今までになくかわいい系のレパートリーだったけれど、選ばれた衣装は1番歩夢さん要素が多くて、試着してみるとまるで歩夢さんに包まれているような感覚すら覚えてしまった。思い出すだけで顔が熱くなる。
流石に恥ずかしいけれど、いつかはステージの上で着るものだし、何よりこれくらいで照れていては3人一緒になるなんて夢のまた夢だ。
「……分かり、ました。でもせつ菜さんの衣装は? 歩夢さん向けとは思えませんが……」
「実はですね、歩夢さんの衣装と私の衣装のデザインが似通っていて、ペアルック説が一部のファンの間で囁かれているんです!」
「そんなにデザイン似てましたっけ……?」
「私も最初は気付きませんでしたが、どうやらそうみたいです。今見せますね」
「あっ……」
せつ菜さんの手がスマホを操作し始めた為、私の手から離れてしまい、寂しくてつい声が漏れてしまう。
「……しずくさん、本当にかわいいです。もちろん今までもそう思っていましたが、今日は特にそう思います」
「も、もうっ! 私のことはいいですから、どれですかっ?」
「ふふっ、えっと……これです!」
スマホに表示された画像には、新衣装を着て隣同士に並ぶ歩夢さんとせつ菜さんがアップで映っている。全体だとそうは見えなかったけれど、こうしてみるとペアルックと言われて納得いく程には似ている。だけどそれ以上に重要なことがある。
「どうしてこんなにアップの画像があるんですか?」
「ファンの方がSNSにあげてました。まあサイズ変更程度の加工は見逃しましょう」
「そう、ですか……」
せつ菜さんが、歩夢さんとペアルックを噂されてる画像を保存してた……なんか、やだな。
「安心してください。ペアルック説は前から知っていましたが、画像を保存したのは今日この説明をするためですから」
「それならよかったです……って私声に出てました!?」
「声ではなく、顔に出てましたね」
「~っ! なんで、なんでっ……!」
いたずらっ子みたいに笑うせつ菜さん。そんな表情ですら様になっているのが悔しい。そして、私の考えていることがせつ菜さんに筒抜けなのが何よりも悔しい。感情を隠すことには自信あったはずなのに。
「しずくさんって意外と分かりやすいですよね。でも、その方が好きですよ」
「~~~っ!! せつ菜さんのいじわるっ! もう知りません!」
真っ直ぐな視線と好意に耐えられなくなり、ぷいっとそっぽを向く。
更にからかわれるかと思ったけれど、何も言ってこない。もしかして怒ったのかと思い様子を窺うと、せつ菜さんはただじっとこちらを見つめていた。いや、様子を窺うといった方が正確か。真っ赤な顔で、どこか落ち着かない様子で。
「あっ、えっと、それで、どうですか?」
「何がですか?」
「さっき言ってたことですよ。2人で衣装を着る作戦です」
最初は慌ててた感じの声だったけど、すぐに普通に戻った。気のせい……かな。
「そういえばその話でしたね……はい、思えば投票で選ばれた衣装が結果的に歩夢さんを意識したものになんているだなんて、確かに運命的ですね」
「ですよね! まあでもしずくさんの場合、どれも歩夢さんを意識したものでしたけどね」
「え? そうでしょうか?」
「気付いてなかったんですか? どれもリボンやフリルがあったり、桃色基調だったりで、歩夢さんのイメージが強い衣装ばかりでしたよ。選んだのはファンの方々ですが、提案したのはしずくさんでしたよね?」
「……私、恋の歌はとにかく甘くてかわいくあるべきだと思うんです。恋する少女を演じるのなら、かわいさに振り切った方が得策だと考えました」
嘘は言ってない。実際そういう心境で提案したのは確かだから。
「そういうことにしておきましょう。それで、この後どうします?」
「むー……追加で食事を注文して昼食にしましょう。ドリンクだけで随分長居してしまいましたし。その後は……」
スマホを取り出し、この辺りと自宅周辺の天気を確認する。昨日の予報だと夕方から雨だったけれど、それよりも早く雨が降るとの予報が表示されている。
「雨が降りそうなので私の家に行きましょう」
その言葉を受けたせつ菜さんは、何故だか表情がぱぁっと明るくなった。もしかしてデート嫌なのかな……でも家に着いてもデートだし、あれ……?
「分かりました! それではメニュー決めないとですねっ」
「せっかくですし、2人で食べられるものを2つ頼みましょうか」
「いいですね、そうしましょう!」
そして私たちは、サンドイッチセットとホットケーキセットを頼んだ。選べるドリンクは2人ともアイスティーに。
「そういえばしずくさん、映画を見るとのことでしたが何を見るんですか?」
「少し昔の作品ですが、人魚と人間の物語です。主人公は女性なんですが、恋愛と見る人もいれば友愛と見る人もいて、様々な意見があるのが面白いんです。それに人魚は……っと、これ以上はネタバレになるので実際に見てのお楽しみです」
「……もしかして、バッドエンドですか?」
「それも答えにくいんですよね……あ、でも見終わって嫌な気持ちだったり悲しい気持ちにはならないと思いますよ。バッドエンドや悲恋はお嫌いですか?」
「できれば避けたいですね……やっぱりハッピーエンドが一番なので」
「その気持ちは分かりますが、ではヒロインがたくさんいる作品で、主人公はヒロインのうちの一人を選んで、選ばれなかった人もいる作品は果たしてハッピーエンドなのでしょうか」
「む、難しいですね……けれどその場合も脇役のキャラとくっつく可能性が示唆されていたりと、救済はあるのでいいのではないかなと」
救済、か……無い場合もあるんだよね。
「……私、中学生の頃に友達の話についていこうと思い、流行っていた少女漫画を読んでいたんです。中学生の子が高校生の子二人に告白されてどちらかを選ぶ内容で、最終回で主人公が片方を選んで結ばれるんですが、もう片方のキャラクターには何のフォローもありませんでした。だけどみんなはそれが当然みたいに喜んでいて……話の流れ的にそんな気はしていましたが、私はそれが嫌で。漫画もですが、あれがハッピーエンド扱いなことについてです。だから3人で結ばれたらよかったのにねって言ったら、友達にはドン引きされて……すぐに冗談だって誤魔化したから何とかなったけど……」
昔のことを思い出して、つい一気に話してしまった。
せつ菜さんは何も言わない。変なこと言っちゃった、よね……どうしよう……
「……そんなの、おかしいじゃないですか!」
「え?」
「創作への解釈や願望は自由なのに、それを否定するような反応は失礼ですよ!」
せつ菜さんは怒りを露わにする。まるで自分のことのように。
「どうして、そこまで……」
「しずくさんは悪くないです。ハッピーエンドの定義は人それぞれですし、それを願う形も人それぞれです。3人で結ばれてほしいって願いだって……!」
「ありがとうございます。でも、やっぱり一般的には普通じゃないんですよね、3人で、なんて」
「だとしても、私は素敵だと思います。何かを掴むことで、何かを諦めない。上等じゃないですか。私たちはもっとわがままになっていいはずです!」
「せつ菜さん……」
眩しい。私が憧れる理由の一端はこういうところにある。好きになってよかった、結ばれてよかった。
「お待たせいたしましたぁ~」
甘い声と共に先ほど注文したメニューが運ばれてきた。
テーブルに置かれ、店員さんは去っていく……と思いきや、QRコードがプリントされた用紙を差し出してきた。
「本当は裏メニューなのでこちらから公開することはないんですが、応援したくなっちゃいました♪ もちろん普段の活動も応援してますっ。それではぁ~」
整った顔立ちをした店員さんは、ベージュ色の髪を靡かせつつ笑顔を絶やさず去っていった。
おそらく話を聞かれての対応だろうけれど、不思議と嫌な気はしない。彼女のすることなら何でも許せてしまう、そんな雰囲気さえあった。
「せつ菜さん、今の人……私たちがスクールアイドルだって……」
「はい、分かってましたね。けれどどこかで見た気がするんですが……まあいいでしょう。これも気になりますし」
せつ菜さんはスマホでQRコードを読み取ると、そこには3人用の限定メニューが映っていた。大きなグラスに入った飲み物だけど、特徴的なのはその色で、下層は青色、中層は桃色、上層は黄色とはっきりと色が分かれている。説明によると、下からブルーハワイ、スイートピーチ、レモンソーダ味らしい。そのまま飲んでもいいけれど、混ぜることで未知の美味しさを体験! と書かれている。
それにしても、この色合い……
「なんだか、ユニットライブの衣装を思い出しますね」
「あ、やっぱりせつ菜さんも思いましたよね。私もです」
「……偶然、ですかね?」
「おそらくは。ですがさっきの店員さんのことを思うと、必然というか、運命というか……なんて、今考えても仕方ないです。まずはお昼ご飯を頂きましょう」
「はいっ!」
そして私たちは、4つのサンドイッチと2つのホットケーキを分け合って食べた。
それにしても、さっきの裏メニューもさっき話したラブソング衣装も、本当に運命的でつい期待してしまう。私とせつ菜さん、そして歩夢さんの3人でずっと一緒にいられる未来を。
「ありがとうございましたぁ~♪」
先ほどの店員さんに見送られ、私たちは店を後にした。空は真昼とは思えないくらいに薄暗い。雨はまだ降っていないけれど、急いだ方がいいだろう。
「っ……!?」
ゆっくりと歩き出すと同時、せつ菜さんから寄り添うように腕を組まれ、指をそっと絡ませられる。
動揺する私に追い打ちをかけるように、目線を上げて不安そうにこちらを見つめ――
「だめ、ですか……?」
なんて言われて、断れるわけがない。
「いいですけど、その……意外と大胆、ですね……?」
せつ菜さんが人前でこういうことをするタイプだとは思わなかったので、驚きが隠せない。
「しずくさんが、こうさせたんですよ。行きましょう」
いつもの元気なせつ菜さんとは違う、かといって冷静な菜々さんとも違う、聞いたことのない繊細な声色で、彼女は私の手を引き歩く。
今まで見たことのない、私だけが知っているせつ菜さん。その事実が胸の鼓動を加速させていく。
「……はい」
何とか小さく返事をして、肩を寄せ合い駅へと歩いた。
運よく殆ど待つことなく乗れた電車の中は、満員というほどではなかったが、座れるスペースもなくドア付近に立つことにした。
「あっ……」
切符を買う時に腕も手も離れたけれど、今再びせつ菜さんの方から繋ぎ直してくれた。
「やっぱり、こうしてると落ち着きます」
「……私も、です」
少し照れくさくて、それだけ言って目を逸らす。
それ以上お互い話すことはなく、私の家の最寄り駅へと到着するまで、ただ黙って手を繋いでいた。
更に暗みを増した空の下、雨に降られないよう急ぎ気味に歩を進める。しっかりと手は繋いだまま。
だが人気のない木々の生い茂った道に差し掛かったところでせつ菜さんは立ち止まり、前触れもなく私を抱きしめていた。
「せ、せつ菜さん!?」
動揺と緊張で声が上ずってしまった。けれど今はそれどころじゃない。
「ごめんなさい、喫茶店にいたときからずっとこうしたくって……でも人前だとこんなことできないから……ごめんなさいっ……!」
温かな体温と同時に、背中へと回された腕は痛みを伴う程に私を締め付ける。そしてせつ菜さんに抱きしめられているという事実が、私の心臓を痛いほどに加速させる。
「何か、我慢させてしまい、ましたか……?」
普段とはまるで違う声と口調に、戸惑いつつも真意を探る。
「しずくさんは悪くありません、ただ何故かこうしたくて、抑えられなくて……! ごめんなさい、しばらくすれば収まると思いますからっ……!」
声から必死さが伝わってくる。もしかして、ずっと私に触れたかったけれど、人前だから抑えてた……? そう考えると、妙にせつ菜さんにしては距離感が近かったのも納得がいく。
「せつ菜、さんっ……!」
そこまで求めてくれることが心底嬉しくて、少しでも満たしてあげたくて、そっと背中に手をまわす。
キスをせがむでもなく、素肌を撫でるでもなく、ただぎゅうっと抱きしめられる。こういうことに慣れていないのか、感情に理解が追い付いていないのか。いずれにせよ、愛おしくて仕方ない。
「ごめんなさい、ごめんなさいっ……!」
まるで感情の行き場を失った幼子のように、謝りながら抱きしめ続ける。
「大丈夫です、触れたいって思いは自然ですから。私だって……」
いつかは深く触れあいたいって思ってる。だけど今はその時じゃない。せつ菜さんを困らせるだけ。更に戸惑わせるだけ。
だけどこんなに求められるなら、一歩先に進むくらいは、いいよね……?
「せつ菜さんっ。私の初めてをあげるので、少し離れて下さいっ……」
「……は、はい……」
名残り惜しそうに眉を極限まで下げ、しゅんとして後ずさる。この様子だと何を意味するのかも分かってなさそう。流石にそれくらいの知識はあると思ったけど、それくらい余裕がないのかな。けれど今はどっちでもいい。ここまで求められて止まれるわけがない。
「目、閉じてください」
ゆっくりと一歩近づくと、風がさぁっと吹き抜け、せつ菜さんの髪が揺れる。
片手で髪をかき上げ、もう片方の手で彼女の頬に触れ――そっと唇を重ね合わせた。
「んっ……」
幸せの熱が唇に灯り、吐息が漏れる。
ゆっくりと唇が離すと、せつ菜さんは目を見開いたまま固まっていて、目が合えばようやく事実を認識したのか、顔をぼっと朱に染め――
「……あ、今、私、しずくさんとっ……! ご、ごめんなさいっ……!」
狼狽しつつ謝られた。照れているというよりは、困惑と……後悔……?
「ど、どうしてですか……? 私がしたくてしたんですよ?」
「違いますっ……私がここまで不誠実な人間だったと分かってしまって……!」
「落ち着いてください、どういうことですか……?」
「私はしずくさんの気持ちを受け止める形でお付き合いを始めました。3人で一緒にいたい、それを叶えるために。ですが、自分では気付かないほどにしずくさんを……しずくさんだけを求めていました。そして今、流されるままにしずくさんと……こんなの、歩夢さんにもしずくさんにも不誠実ですよ……」
ずきりと重く胸が痛む。確かにそれを望んだ。それが良いと望んだ。
だけど、どうして今だけは私だけを見てくれないの……?
「今は、私との時間ですよ……?」
一歩だけ近づき、縋るように手を取って、胸元へと引き寄せる。
「3人で一緒になる、その時点で非常識で不誠実なことをしているんです。……今の私は、せつ菜さんとの時間を大切にしたい。それはいけないことですか……?」
「っ……これ以上しずくさんを好きになってしまっては、感情のバランスが取れません。確かに最初は歩夢さんの方が好きだったのに、これ以上一緒にいればしずくさんだけを求めてしまいます……!」
――自分が宣言したエゴによって、せつ菜さんを、そして自分を苦しめている。
――罪悪感が重くのしかかる。だけどもう、戻れない。それなら。
「……いいじゃないですか、それで。せつ菜さんは私だけを求めて下さい。私はせつ菜さん以上に不誠実なので、せつ菜さんも歩夢さんも求めますけど。それに、歩夢さんが受け入れてくれるかも分かりませんよ? だったら最初から、私だけを見た方が楽ではないですか?」
煽るように、挑発するように、魂を込めて演じきる。
一時は、悪役としてA・ZU・NAに加入したのだから。一緒にいられるのならもうこの際どんな役だっていい。
「それ、はっ……! ……いえ、そうかもしれませんね。ですが私は、もう自分に嘘はつきたくありません。だから今日はもう帰ります。そして後日二人で歩夢さんにこの話をしましょう。受け入れてもらえなかったら、その時は――」
「嫌ですっ!」
予想外過ぎた言葉を受け、先ほどのせつ菜さん以上の力で抱きしめる。
血の気が引き、頭が真っ白になり、何も考えられなくなる。
「どうして……どうして私だけを見てくださらないんですか……っ! 確かに私は3人一緒を望みましたけど、今いるのは私とせつ菜さんなんですよ!? 私を一人にしないでよぉっ……!」
「っ、どうしてっ……3人一緒がいいって、しずくさんがっ……」
「それは理想の話でっ、もしダメだったらせつ菜さんしかいないのにっ……!」
思いのままに激情をぶつける。離れたくない、離したくない、離されたくない……!
「……しずくさんって、意外と強情でわがままですよね。……でも、不安なのはしずくさんも同じなんですよね。今日はずっと一緒にいますから、泣かないでください」
「ごめんなさい、ごめんなさいっ……!」
「さっきと逆じゃないですか……」
「ごめんなさい、でもっ……! っぅ……!」
「大丈夫ですから。確かこの後映画見るんですよね? しずくさんから聞きたい話もありますし、雨も降るみたいですし……帰りましょう?」
苦しいはずなのに、それを全く感じさせない穏やかな声色で私を宥めつつ、背中を優しく撫でてくれる。
「ぐすっ……ひっ……すみませんっ、もう少し、このままっ……!」
零れる涙は止まることなく、ひたすらにせつ菜さんの体温を求める。
無言でただ背中をあやすように叩かれると、その温かな優しさが種火となり、更に本音が溢れてしまう。
「ごめんなさっ、私がっ、ひぅっ、あんなこと言わなきゃっ……!」
「……さっきは止められましたが、改めて言いますね。もしも歩夢さんが拒絶するようでしたら、私とずっと一緒にいましょう。そして2人でもう一度考えましょう、どうすれば歩夢さんとも一緒にいられるかを」
「なんでっ、そこまで言ってくれるの……?」
返答はない。次いで背中の手も離された。本格的に嫌われたかな……そう思っていると、顎に手が添えられ――
「ぇ……んっ!?」
唇で、塞がれた。
「あはは、やっぱりしょっぱいですね。……しずくさん、これから私の気持ちはどうなるか分かりません。今日一日で変わりすぎて怖いんです。それでも、今の大好きを大切にしてあげないといけませんよね。だから、もっと話しましょう? しずくさんの思いを、もっと知りたいです」
「っ……せつ菜さっ、うぁ……せつ菜さん、せつ菜さんっ……!」
泣きじゃくりながら、せつ菜さんの肩口へと顔を埋め、強く抱きつく。
こんな情けない姿見せたくなかった。せつ菜さんの服も涙で濡らしちゃってる。
それでも涙は止まらずに、嗚咽を漏らし続けるしかなかった。
「……今でも私のこと、好き、ですか?」
何とか涙は止まったけれど、離れるのが怖くて、寂しくて。抱きしめたまま、せつ菜さんの耳元でぽつりと問いかける。
「もっと好きになりました。しずくさんが私にだけ見せてくれる姿が嬉しくて」
「なっ……!?」
どうしてそんな嬉しいことをさらりと言ってのけるのか。あまりの衝撃に思わず離れてしまう。
「あ、やっと顔が見れました。だけど目が赤いですね……ちょっと待ってて下さいね」
そう言ってせつ菜さんは鞄からハンカチを取り出し、私の目元を拭いてくれた。
「はい、これで大丈夫です! でも早めに帰って顔を洗った方がいいですね。行きましょうか」
「っ、は、はいっ……」
手を繋がれ、恐る恐る握り返す。
せつ菜さんは自分の感情の変化に戸惑っていたけれど、今の私も同じ。せつ菜さんのことが好きすぎて怖い。
好きになりすぎて、離れるのが、とても怖い。
「大丈夫です、ずっと隣にいますから」
私の思いを知ってか知らずか、明るく笑いかけてくれる。
その眩しさに、恋焦がれて焼かれてしまいそう。
それでも、離れたくない。
想いを込め、手を強く握り返し、ゆっくりと歩みを進め始めた。