「ぅ……」
頭が痛い。いつの間にか眠っていたみたいだけど、きっと睡眠時間はほんの僅か。
いつもなら頑張って学校に行こうって思うのに、今は身体も頭も拒否してる。絶対に心配されるし、何より2人に合わせる顔がない。
お母さんに体調が悪いことを伝えると、ゆっくり休むように言ってもらえた。仮病みたいで申し訳なく思うけれど、甘えさせてもらうことにした。
侑ちゃんに休むことをメッセージで伝えてから、もう一度布団に潜り込む。今はとにかく休みたいから、スマホの通知をオフにして。
でも無音でいると昨日の嬌声が聞こえてくる気がするから、適当なBGMをスマホで流して。何も見たくないから目を瞑って。
できることなら、ずっと、このままで――
「ん、んんっ……」
ゆっくりと意識が覚醒していく。いつの間にか寝ていたみたい。時計を見ると午後2時過ぎ。かなり寝ちゃったけど、元々寝不足だったからちょうどいい。問題は今夜も寝られるかだけど……今はそれどころじゃないや。これからどうするか考えないと。
「……侑、ちゃん」
大好きな幼馴染みの名前を呟く。いつも辛いときは侑ちゃんに相談してきたし、侑ちゃんが悩んでいる時はわたしが悩みを聞いて相談に乗っていた。
時間が経って、睡眠もとって、何とか相談できるだけの気力は戻ってきた。学校から侑ちゃんが帰ってきたら話そう。話してどうにかなることじゃないけれど、とにかく今は侑ちゃんに聞いてほしい。でないと心が壊れちゃいそうだから。
「あっ……」
スマホを見ると、侑ちゃんからゆっくり休んでねというメッセージが来ていた。それ以降は何もないけど、侑ちゃんも他のみんなも、必要以上にメッセージを送って気を遣わせないようにしてくれたのが分かる。
安心感に包まれていると、くぅっとおなかの音が鳴った。朝から何も食べてないことを思い出してリビングに行き、冷蔵庫に入っていた昨日の夕ご飯の残りを温めて適当に食べる。おなかが鳴ったといっても食欲が沸いたわけじゃないから、いつもの半分も食べられなかったけれど。この状態が続けばダイエットに……なんて、よくないよね。
「侑ちゃん、まだかなぁ」
今頃はきっと部活の時間だ。侑ちゃんはみんなの練習を見たりアドバイスしてるんだろう。その中にはせつ菜ちゃんとしずくちゃんも当然、いるわけで……
「っ……」
胸の奥がズキリと痛む。みんなのことは大好きなのに、せつ菜ちゃんもしずくちゃんも大好きなのに、侑ちゃんと一緒にいてほしくない。侑ちゃんを独占したいというよりは、今の2人が分からなくて嫌。わたしの知ってる2人じゃなくなったみたいで。
けれどそんなこと思ってもどうしようもないから、まずは侑ちゃんに話さなきゃ。昨日の出来事と、わたしの気持ちを。
『ピンポーン』
「っ!」
呼び鈴が鳴り、胸が高鳴る。お母さんはまだお仕事だろうから、誰かがきっとお見舞いに来てくれたんだろう。侑ちゃんだと嬉しい、そうであってほしい――ううん、絶対にそう。確信を持ってドアへ駆け寄り、開ける。
「侑ちゃ、ん……」
確かにそこに侑ちゃんはいた。ただし、後ろにせつ菜ちゃんとしずくちゃんを連れて。
「歩夢! よかった、普通に歩けるくらいには元気になったんだね」
「うん……それより……」
侑ちゃんから後ろにいる2人へと視線を移す。申し訳なさそうに俯く様子から、お見舞い以外の理由がありそう。
「せつ菜ちゃんが言った通りだったかぁ……ごめんね、私が昨日歩夢と話してれば……」
「いえ、侑さんは何も悪くありません。むしろ侑さんにだけ先に聞かれた方が申し訳ないです……」
頭が真っ白になる。どういうこと? なんで今だけは会いたくない2人が侑ちゃんと一緒にいるの……?
「とりあえず歩夢、2人も家にあげてくれる? 着替えてからでいいから」
着替えてから……? その言葉に反応して自分の服を見ると、昨夜から着ていたパジャマのままだった。
「やっ……! 見ないでよぉっ!!」
戸惑いと恐怖が羞恥心によって怒りに変換され、勢いよく扉を閉める。
そのまま自分の部屋まで駆け戻り、適当なお気に入りの服を見繕って着る。どうしよう、いくら体調悪いからってパジャマ姿を2人に見られたくはなかったのに……侑ちゃんには見られ慣れてるからいいんだけど……ピンク色のかわいいのだから、マシといえばそうなんだけど。
それにしても、どうして2人が……あの時近くにいたのがばれたのかな……それで謝りに……? だとしたらなんと言っていいか分からない、まずは侑ちゃんに相談して気持ちを整理してって考えてたから、今2人へ送る言葉は持ち合わせていない。何を言ってしまうか分からない。
いっそ今日は帰ってもらって……ううん、そこまでしたら完全に嫌な子になっちゃう……それはやだ。
「歩夢ー! まだー?」
侑ちゃんの急かす声が聞こえる。いつになく強引なのは、きっとわたしの気持ちを見越してのこと。侑ちゃんがいるなら嘘はつけないし逃げられないから、覚悟は決まらないけれど観念してドアを開ける。
「……お待たせ。ごめんね、いきなりだったから恥ずかしくて……」
「いえ、急に押し掛けて申し訳ありません。でも似合ってましたよ!」
「せつ菜さん、今は抑えてください……お気持ちはとても分かりますが」
褒められるのは嬉しいけど、しずくちゃんの言う通り今言われてもとても困る。
「まあまあ、とりあえず上がってよ。立ち話もなんだからさ」
「わたしの家なんだけど……」
とはいっても追い返せるわけがなく、侑ちゃんに促されて私の部屋に4人で集まる。
しずくちゃんとせつ菜ちゃんが並んで机の前に座って、侑ちゃんが対面して座って、わたしはその後ろにいる形になった。わたしの様子から、2人と話したくないのは察せられているみたい。
「歩夢。今日学校休んだ理由は寝不足ってメッセージで聞いたけど、寝不足の理由はせつ菜ちゃんとしずくちゃんってことであってる?」
頷き、俯く。これで2人の情事を知ってしまったことが完全にバレた。
「安心して、2人から事情は聞いてるし、部室でそういうことをしちゃうのはスクールアイドルとしてだめだよって叱っておいたから」
2人とも何も言わない。スクールアイドルとして尊敬している2人のことだから、本当に反省してるんだと思う。
でもそれは、それほどまでに恋愛感情が強いわけで。
「っ……」
ズキリと胸が痛む。分からない、どうしてこれほどまでに苦しいのか。
「でも分からないんだよね。私は2人がそういう仲だって知った時はとってもときめいたし、歩夢だってせつ菜ちゃんとしずくちゃんはお似合いだって言ってたし」
そう、確かにそのはずだった。前に2人にも伝えたし、侑ちゃんにはそれ以上に何度か話してた。だから本当に分からない。
だけど、これだけは言える。
「……この前の休みの日、電話でわたしにサプライズがあるって言ったよね。それが2人が付き合ってることの報告だとしたら、わたし何も関係ないよね!?」
溜め込んでいた感情が爆発し、つい語気が強まる。だから2人の前に侑ちゃんに相談したかったのに。
「違うんです歩夢さん、今は確かにしずくさんとお付き合いしてますが、むしろそれは、その……」
「何が違うの!? 仮に関係なかったとしても、内緒にする必要なかったよねぇ!?」
言い訳するせつ菜ちゃんに怒鳴ってしまう。絶対後悔するって分かってるのに、今更どうしようもないし、止められない。
「あったんですっ! だって、私は、私たちは歩夢さんのことも大好きなんですから!」
「は……え? スクールアイドルとして、同じユニットメンバーとしてってことだよね」
せつ菜ちゃんの言葉に頭が真っ白になり、怒りの行き場がなくなって感情が迷子状態になる。
「違います、私たちは歩夢さんのことを愛しています。もう話すしかなさそうなので、聞いてください」
しずくちゃんが悲しそうにそう告げ、これまでの経緯を語り始めようとしたけれど――
「ちょ、ちょっと待って。これ私聞いていいやつ? なんか想像以上に複雑みたいだけど」
横に退いていた侑ちゃんが口を開く。
「……侑先輩の許しも必要でしょうけれど、今は歩夢さんに理解していただくことが最優先なので……えっと……」
「後で説明は二度手間ですので……侑さん、歩夢さんに求められるまで口を挟まないと約束してもらえますか? 大丈夫なら聞いていてください。無理そうなら後で個別に説明します」
「む……」
侑ちゃん、歩夢の問題は私の問題だよって顔してる。嬉しいけれど、混乱してるのは侑ちゃんも同じだから、2人からすればわたしたち両方にパニックになられると困るということだろう。
「……分かった」
拗ねた様子で、部屋の隅っこへと後ずさりして体育座りする侑ちゃん。昔喧嘩しちゃったときもこうやって部屋の隅っこでいじけてたけど、こういうところもかわいいなぁ。
「歩夢さん、話していいですか?」
「へ? ああうん、ごめんねしずくちゃん!」
「……その前に少しこっちに来てください」
手招きされるままに近寄ると、耳に顔を近づけられ、小声で問われる。
「やはり歩夢さんは、侑さんのことが1番好きなんですか?」
「ひぅ!? え、っとぉ……」
内容は確かにびっくりしたけど、侑ちゃんに聞かれないための配慮と思えば納得がいく。けれどそれ以上に、しずくちゃんの囁き声で頭がピリッと痺れる感覚に襲われた。
でもどうしよう。この質問は、はいかいいえで答えられるものではない。そして、恋愛の話を侑ちゃんの前で冷静に話せる気がしない。
「……ごめん。この話は明日の放課後でいいかな? 侑ちゃんには後でわたしから話すから」
「私は構いません、が……」
どうしてですかと言いたそうなしずくちゃんを、せつ菜ちゃんが肩を押さえて振り向かせ、首を横に振る。
(そっか、せつ菜ちゃんはわたしと侑ちゃんのことを知ってるから……)
するとしずくちゃんは、はっとした顔で申し訳なさそうに「そう、でしたね。そうしましょう」と言った。
いくらしずくちゃんが従順な性格だとしても、やけに物分かりが良すぎる。……やっぱりせつ菜ちゃんのことが1番好きなんだ。
「ごめんね、手間かけさせて。しずくちゃんとせつ菜ちゃんもだけど、侑ちゃんも待たせることになってごめんね」
「いいよ、それより……ううん、今はいいや。2人とも途中まで送ろうか?」
「いえ、いつもだと練習が終わったくらいの時間なので大丈夫です。途中まではしずくさんと一緒ですし」
「それでは失礼しますね。侑先輩、ありがとうございました。そして申し訳ありませんでした。歩夢さん、また明日」
「いいっていいって、十分反省してるみたいだしね。気をつけてね~」
2人が頭を下げ、侑ちゃんが笑って手を振る中、わたしは笑顔を作って手を振ることで精いっぱいだった。
「ごめんね歩夢。ほんとは私に真っ先に相談するつもりだったんでしょ?」
2人が帰ってからすぐ、侑ちゃんはわたしに謝った。そんな必要全然ないのに。そんな侑ちゃんが、わたしは……
「……やっぱり分かっちゃうかぁ」
「幼馴染みだからね。あと歩夢分かりやすいし」
「むぅ……じゃあ、どうしてさっき明日にしてって言ったか分かる?」
「前みたいに自分の気持ちが分からなくなってるんだよね? だから時間を置きたいし人数を減らしたい。違う?」
「……合ってるかも分かんない、それくらい自分の気持ちが分からないの」
つまりきっと、侑ちゃんの言っていることは合ってるということ。やっぱり侑ちゃんはすごい。わたしの全部を知ってるみたい。
「それに、あれ以上暴走したくなかったし」
「やっぱり歩夢は優しいね」
「っ……優しい人はいきなり怒鳴ったりしないよ」
「いきなりじゃなかった気もするけど、んー……しずくちゃんとせつ菜ちゃんと、これからもユニットで活動したい? スクールアイドル続けたい?」
「どうして? そんなの当たり前だよ!」
いくら関係性が変わったとしても、今までの繋がりまで失いたくない。2人がまだわたしのことを必要としてくれるなら、だけど。
……本当に分からない。自分の気持ちも、2人の気持ちも。
「そっか。じゃあ、前に悩んでたとき言われたせつ菜ちゃんの言葉を思い出すといいよ。それじゃあね」
それだけ言い残して、侑ちゃんは去ろうとする。
「待って! 一人でいるともっと分かんなくなるから側にいてよぉ!」
「ううん、もう私から言えることはないし、作曲もしないと……そうだ、歩夢の書いた歌詞、すっごく歩夢らしくて良いと思う。ああいう感じで、歩夢の思いを2人にぶつけてみてもいいんじゃないかな。大丈夫、間違いなく好きって気持ちは本物だったから。3人ともね」
侑ちゃんなりのアドバイスだと思うけど、今のわたしには何を言っているのかさっぱりで、あっけに取られているうちに侑ちゃんはわたしの目の前からいなくなっていた。
「……どういう、こと……?」
前にせつ菜ちゃんに言われたことは、大好きな気持ちを我慢しちゃいけないってこと。
わたしが書いた歌詞は、わたしの理想の恋愛をぶつけたもの。特定の誰かは想定していない、こういう恋がしたいっていうシンプルなもの。
「……わかんない」
しずくちゃんとせつ菜ちゃんが、自分たちの関係を認めてほしいというのなら分かる。
2人ともわたしのことが好きで、どちらかを選んでほしいというのなら、あり得ないことだけどまあ分かる。
けれど今の状況は、何がどうしてそうなったのかが全く分からない。
とりあえず明日きちんと話を聞こう。理解できる気はしないけれど、受け止めないことには始まらないから。