約束当日、朝10時。駅の改札口で2人を待つ。空は晴れ渡っていて、まるで今の気持ちみたい。
1番かわいい服で来てって言われたから、悩みに悩んだ結果、フリルのついた桃色のワンピースを着ることにした。年相応のデザインではあるけれど、私服で着るにはあまりにもかわいすぎる。もう少し装飾が多かったらステージ衣装としても着れるくらいに。スクールアイドルを始めた頃に勢いで買ったはいいものの、着ることはないと思って大切にしまっておいたけれど、まさかその機会が来るとは思わなかった。
「お待たせしました、歩夢さん」
後ろから声をかけられる。いつもより落ち着いてはいるものの聞きなれたせつ菜ちゃんの声に安心して振り返る、が――
「ううん、わたしも今、来たとこ、ろ……」
普段のせつ菜ちゃんとはかけ離れたファッションに、わたしは言葉を失った。
せつ菜ちゃんがミニスカートを穿いているだけでも珍しいのに、トップスはまさかの明るい桃色で、長袖なのに肩から二の腕の部分が開いていて、何より全体にハートがこれでもかというほどあしらわれていて、端的に言うととってもかわいい。彼方さんのラブソング衣装と似ている――というかほぼ同じだけれど、リボンの位置と大きさが違うことと、せつ菜ちゃんのはソックスとチョーカーが特徴的だ。
それだけではなく、髪の毛もまるで違う。両耳の上に黒のリボンを付け、ウェーブのかかったツインテールが施され、いつもの黒髪の中に少しだけ桃色のメッシュが入っている。
「えっと、どうでしょうか……?」
恥ずかしそうに言葉を待つせつ菜ちゃんだけど、普段とはまるで違うかわいさに何も言えない。
だって、こんなの反則としか思えない。せつ菜ちゃんらしさも残しつつ、ここまでかわいさを前面に押し出したコーデで来るなんて思わなかったから。
憧れはあるけどわたしじゃ真似できない、せつ菜ちゃんだから出せるかわいさにただ心を奪われる。
「ふふっ、せつ菜さんがあまりにもかわいくて声も出ないですか? でも、私だってかわいいですよね? 歩夢さんをメロメロにさせちゃう為の衣装ですから♡」
「っ!? えっ、それっ……!」
せつ菜ちゃんの後ろから顔を出し、ぴょんっと跳ねてわたしの前に躍り出たしずくちゃん。その出で立ちは、ピンクフリルドレスーーしずくちゃんのラブソングの為に作られた専用衣装だった。どうしてデートにステージ衣装を着てきてるの……!?
「あ、やっぱり驚きますよね? 大成功ですっ♡ これはステージ用のものの1段階前、要は試作版ですね。見た目はステージ衣装と殆ど同じですが、フリルがやや少なめで、機能性も削れているのでこれで踊れはしないんです」
「そう、なんだ……」
何となく違うことしか頭に入ってこない。生返事しかできない。だって、この衣装を着たしずくちゃんがかわいすぎるから。
ピンク色で、たくさんのフリルとリボンと、わたしの好きなものに包まれている衣装なのは言うまでもなく、髪型もツインテールにピンクのリボンと、余すことなくかわいいを全身で体現している。
ラブソングの練習風景を見たことはあるけれど、こんなに近くで見たことはなくて、デート用で着てくるなんて……あれ、そういえばさっき……
「あのっ、わたしのためって、えっと……?」
「これがサプライズです♡ せつ菜さんと私で、歩夢さんに1番大好きって思ってもらえる衣装でアプローチするというのが当初の計画でした。なのでいっぱい誘惑しちゃいますから、覚悟してくださいね♡」
「わっ……!?」
しずくちゃんに腕をぎゅっと抱き寄せられ、あまりのかわいさに頭がくらくらする。しずくちゃんって、こんな子だっけ……!? 今までもっと控えめだったよね!?
「それに、私の衣装候補覚えていますか? 何か思うことはありませんか?」
「えっ? そ、そんな急に言われても……全部かわいかったことぐらいしか……」
「むぅ……ずるいですっ! しずくさんだけじゃなくて、私のことも見てくださいっ!」
「っ……!」
逆方向から腕を抱き寄せられ、頬を膨らませたせつ菜ちゃんと目が合う。密着されつつ、拗ねた表情での上目遣いという未知のかわいさに、心臓の鼓動が急加速する。
まだデートは始まってすらいないのに、こんなにドキドキさせられるなんて思わなかった。
「話の途中だったのに……まあいいです、カフェに着いてから改めてお話しますね♡」
「私たちの大好き、全部歩夢さんに伝えますから♡」
見た目だけじゃなく雰囲気までいつもと違う2人に、碌な反応もできず腕を絡められたまま引っ張られて歩き出す。
2人の体温と柔らかな感触と甘い香りで、どうにかなりそうになりながら。
「いらっしゃいませ~」
入店直前にはさすがに離してくれたけれど、それまでは服装も相まって周囲からの視線が恥ずかしかった。わたしたちを知ってる人はライブの準備だと思って応援の言葉をくれたけれど、そうでない人からはどう思われたんだろ……
「じぃー……」
ほら、出迎えてくれたかわいくて綺麗な店員さんも興味津々に見てきてる……いや店員さんがこんなに見てくることってある……?
「もしかして、上手くいった感じですかぁ?」
疑問に思っていると、店員さんはさっきよりも甘い声でせつ菜ちゃんに話しかけた。もしかして知り合い……?
「わ、覚えていてくださったんですね! はい、初デートはここがいいとのことだったので!」
「そっかぁ、嬉しいなぁ。それにしても……みんなとっってもかわいいよぉ~! うぅ、ここがメイド喫茶だったら絶対スカウトにしてるのにぃ……!」
「南さん何してるの、早くお客様案内しなさい」
「ぴぃっ!? でもでも先輩、この前話したスクールアイドルの人たちで、裏メニュー提供できるみたいで、服がとってもかわいくてぇ……!」
「最後のが1番の本音でしょ。というかそういうことなら尚更早くお通ししなきゃ」
「ですよね……ではお席にご案内しますっ」
奥から出てきたクールな店員さんにかわいい店員さんが怒られて、店の奥の3人掛けの丸テーブルに通されて、その後は普通に接客された。と思ったら「メニューはお決まりですよね?」と言われ、せつ菜ちゃんもしずくちゃんも笑顔で頷けば、穏やかな笑みを浮かべて去っていった。
「何々どういうこと!? ちゃんと説明してよぉ!」
「以前もこの店員さんに接客されたんです。どうやらありがたいことに、私たちのファンでもあるみたいで」
「その時に私たちの話を聞かれていたみたいで、応援されたんです。そしてこの店の裏メニューに3人用のカップルドリンクがあって、先ほどの店員さんはその時にそれを教えて下さったんです」
先にせつ菜ちゃん、次いでしずくちゃんが説明してくれた。
「そうなんだ。あんな綺麗な人に応援してもらえるなんて嬉しいなぁ」
「……それだけですか? 本当に?」
しずくちゃんにじっとりと見つめられつつ、疑念と湿度を孕んだ声色で問いかけられる。
「そんなわけないよ。2人が体験したことも話したことも、全部教えてもらうんだから」
妬いてくれているんだろうけど、それ以上にわたしが2人に妬いてるんだから。
「全部、ですか……せつ菜さん、いいですか?」
「? はい、もちろんです」
「そうですか♡ ではまずメニューを見ていた時のことなんですけど、せつ菜さんってば私の胸元ばかり見ていたんですよ♡」
「誤解を招く言い方しないで下さい! しずくさんの服装がそういう服装だったから、自然と見えてしまっただけですっ!」
「……しずくちゃん、露出の多い服着てせつ菜ちゃん誘惑したんだ……」
今着てる露出の少ない服でも妖艶な雰囲気なのに、それ以上の……ああ、だからこの前部室で……
「違いますよ!? 歩夢さんも見たことのある服です、私と侑先輩がお出かけしていた時に、歩夢さんがせつ菜さんと一緒にいた時に着ていた服ですっ! それが偶然その、見える形になって……うぅ……」
「あー……あの服だったら、ね……」
侑ちゃんが心配で見守ってたけど、デートかと思って内心穏やかじゃなかったんだから。だってあの服のしずくちゃん、とっても大人びてたし。露出度は控えめだけど、デコルテのラインがとっても綺麗で絶対侑ちゃんこういうの好きだろうなぁって。
……うん、本当に綺麗だった。スカートもトップスもおしゃれだったし、しずくちゃんの綺麗な身体のラインが出てて、白いリボンもとっても似合ってたし、あんなの誰だって見惚れちゃうよ……
「ですよね、仕方ないですよね!」
わたしが納得しかけているのをいいことに、せつ菜ちゃんが誘惑に負けたことを正当化しようとしてる……でも正直、あの服ならせつ菜ちゃんの言う通り仕方ないと思う。
「うん、実質しずくちゃんが誘惑したようなものだと思う」
「歩夢さんまでそういうこと言うんですか!? それなら今の歩夢さんの服だって……あっ、すみません、私たちのサプライズに集中するあまり歩夢さんの服に言及していませんでした……とっても似合ってて、かわいくて、素敵です」
「私は言おうと思いましたが、それ以上に私の今着ている服が着慣れなくて余裕がなくて……とってもお似合いですよ、歩夢さん」
「あ、ありがと……」
不意に褒められて、恥ずかしさから顔が熱くなっていく。
「わたしも、さっきは言う余裕なかったけど2人ともとっても似合ってるよ。それに、本当にわたしが好きな服分かってるんだね……さっきからドキドキしっぱなしだよ……」
「サプライズ大成功ですね、しずくさん! 伝えるなら今ですよ!」
「あっ、えっと、その……いざ言うとなると……うぅ……」
もじもじと照れるしずくちゃんは、わたし好みの衣装を身に纏っているからか普段の8割増しでかわいく見える。ほんとに、本当にかわいい。
「……もう一度聞きます、私の衣装候補を覚えていますか?」
どれもかわいかったことくらいしか覚えてないんだけれど、しずくちゃんにとって重要なことみたいだから、頑張って記憶の蓋を開ける。確か――
「えっと……さくらんぼがいっぱいのワンピース衣装と、今着てるのよりもボリューミーでリボンがいっぱいの衣装、だったような……」
「そうです、きちんと覚えていただけていたんですね。それなんですけど、3つ全て歩夢さんをイメージしたもの、なんです……私にとって歩夢さんはまさしく物語のヒロインだから……あぅ……」
照れつつそう告げるしずくちゃんに、こちらまで恥ずかしくなってくる。
「そう、なんだ……でもどうして? わたしじゃなくてしずくちゃんのラブソング、だよ、ね……」
口に出して気付いてしまった。この質問があまりにも無粋であったことに。
「っ……」
案の定しずくちゃんは顔を真っ赤にして俯いちゃった。
嬉しいやら恥ずかしいやらで何も言えず、ただ時間だけが過ぎていく。
「お待たせいたしました~♪」
丁度いいタイミングで、店員さんがトレイにドリンクを載せてやって来てくれた。
やや大きめの縦長のグラスで、何より色が特徴的だ。下層は青色、中層は桃色、上層は黄色とはっきりと分かれている。
ストローは1つのみで、口を付ける部分が3つある独特の形をしている。今になって恥ずかしくなってきた……大丈夫かな……
「こちら下からブルーハワイ、スイートピーチ、レモンソーダ味となっております。飲む前に、3人でよーく混ぜてくださいねぇ。3つが混ざることで、特別な味になるんです。それではごゆっくりどうぞ~♪」
去り行く店員さんに軽く会釈し、ドリンクを見つめる。とっても綺麗だけど、この色合い……この前のユニットライブを思い出すなぁ……
「せ、せつ菜さんっ」
なんて思い出に浸っていると、しずくちゃんがせつ菜ちゃんの方を向いて改まって声を発した。
「訂正させてください。確かに3つすべて歩夢さんのイメージではありましたが、さくらんぼの衣装……あれをせつ菜さんの楽曲に取り入れて下さったこと、本当に感謝していますし嬉しいんです。せつ菜さんのことを蔑ろにしてしまい、すみませんでした……」
「い、いえ! 前から聞いていたことなので大丈夫ですよ! 私のことを慕って下さっているのは分かっていますから、このくらいで落ち込んでいてはこれから一緒にいるなんて無理ですから」
「だめだよせつ菜ちゃん!」
悲しそうに誤魔化すせつ菜ちゃんを見ていられずに声をあげる。
「気持ちに嘘つかないで! 店員さんも言ってたよね、3つが混ざることで特別な味になるって。そういう意味を込めたドリンクなんじゃないかな。それに、今のを我慢しなきゃってことならわたし、耐えられないよ……」
「歩夢さんの言う通りです、誰かが我慢する関係なんて不健全です。ですので、少しでも嫌だって思ったら遠慮なく言うようにしましょう。私もすぐには無理かもしれませんが、なるべく気を付けますから」
「そう、ですね……」
俯くせつ菜ちゃん。下を向いたまま何かを考え始めたかと思ったら、何かを含んだ笑みでわたしを見つめる。
「では、ちょっとだけ仕返しさせてください。私と歩夢さんのラブソング衣装、巷ではペアルックだって噂されてるんですよ♡ 気付いてました?」
「そうだったの!? でも最後はファンのみんなが選んでくれたんだよね、じゃあ偶然なんだ」
「いえ、運命です♡」
「っ、そ、そっか」
どこか吹っ切れたせつ菜ちゃんの、いつもの元気な笑顔とはまた違う――菜々ちゃんの面影と大人びた雰囲気が加わった――新たな魅力を携えた笑みに思わず動揺してしまう。
「もう、歩夢さんってば恥ずかしいからって。きちんと気持ち伝えないとせつ菜さんも拗ねちゃいますよ? そうだ、私の衣装とせつ菜さんの衣装、どっちが好きですか?♡」
「え!? そ、それは……」
この質問をされたのが侑ちゃんなら選べないんだろうけど、わたしの答えは決まっている。しずくちゃん一択だ。色合いも造形も全てがわたしの好みすぎて、どうにかなっちゃいそうなくらいに心を奪われている。
もちろんせつ菜ちゃんの衣装もとってもかわいくて大好きだけど、それ以上にしずくちゃんの衣装が本当に好きすぎる。
だけど素直にそれを伝えるのはせつ菜ちゃんに悪いし、どうしたら……
「ずるいですよしずくさん、歩夢さんが絶対自分を選ぶ自信があるからって。あまり自分で言うことではありませんが、歩夢さんがスクールアイドルを始めるきっかけは私なんですからねっ!」
「あ、バレちゃいました? でも、今みたいな感じで遠慮なく来てくださいね。でないと、私が歩夢さんのこと独占しちゃいますよ?♡」
「じゃあ私は一人になりますが……いいんですか?」
「それはだめですっ」
しずくちゃんの衣装が好みだってバレてたんだ……それにしても、2人ともからかったり拗ねたりで、本当に打ち解けたんだなって思う。わたしも、いつかは自然にこんな感じになりたいな。
「それではドリンク飲みましょうか。これ以上放っておくのはもったいないです」
「そうですね、では……えっと、誰が混ぜます?」
しずくちゃんが促し、せつ菜ちゃんが疑問を浮かべる。考えるまでもないと思うんだけどなあ。
「全員で混ぜないと、カップルドリンクじゃなくない?」
「ですよね、では混ぜましょうか」
しずくちゃんは最初からそのつもりだったらしく、一体型のストローをグラスに差し込む。次いでわたしもせつ菜ちゃんもストローを握ってかき混ぜる。
「わ、すごい……なんか、不思議な感じ……」
あまり大きくは動かせなくて、少しずつ動かして混ぜていくことになるから、ゆっくりと混ざっていく様子が分かる。わたしたちもこうやって溶け合って混ざり合うことができたなら……なんて。
「綺麗ですねぇ……一般販売はしないのでしょうか」
「3人で結ばれた人だけの特権でしょうね。ありがたく頂きましょう♪」
混ざり合ったドリンクは、とても鮮やかで綺麗な色をしている。ストローを口につけ、そのまま――
(ち、近いっ! なんでこんなにストロー短いの!? 距離近くなるって絶対分かるのに……ってそうだ、カップルドリンクなんだからそっか……)
至近距離で見る2人の顔は、とても端正で美しい。衣装の影響でかわいいという感情が先行していたけれど、それだけじゃなくて美しくて綺麗だと前々から思っていて、それが2人に憧れる理由の一つだった。
目も綺麗だし、まつ毛長いし、ストローに触れている唇は柔らかそうで……って意識しちゃダメ! ドリンクどころじゃなくなるから!
落ち着かないと、まずは待って、落ち着くまで待って、それから少しずつ――
「歩夢さん♡」
「っ!?」
いつの間にかストローから口を離していたしずくちゃん。せつ菜ちゃんも同じく至近距離でこちらを見つめている。
「「大好きです、歩夢さん♡」」
「っ!? え……えっ!?」
さらに二人に近づかれたかと思えば、ほっぺに柔らかい感触が。待って、いきなりすぎて処理できない。わたし、今、2人に……!
「ほっぺたには2人同時にできますけど、唇には無理ですから……選んでください。私とせつ菜さん、どちらと先にキスをするのか」
「そんな、え、選べないよぉ……!」
さっきと違ってこれは本当に無理。優劣なんてつけれない。3人で一緒って言ったけど、やっぱりこういうことで問題が出るなら、やっぱり――
「時に歩夢さん、他の誰かとキスをしたことは?」
真剣な瞳のせつ菜ちゃんに問いかけられる。
「えっと、侑ちゃんと子どもの頃にしたことはあるけど、こういう雰囲気じゃないから……お願い、ちょっと待ってぇ……!」
「そうですか……歩夢さん、本当に選べませんか?」
「当たり前だよぉ!」
「分かりました。ちょっと気が引けますが……しずくさん、耳を貸してください」
「はい。…………まぁ♡ 素敵ですっ、それでいきましょう♡」
「では歩夢さん、動かないで下さいね♡」
「えっ? えっ!?」
妖しく目を光らせる2人がゆっくりと近づいてくる。2人から肩に手を置かれ、頬に手を添えられ、2人の顔が近づいてくる。まさか強引に同時にキスするつもり!?
抵抗なんてできるわけもなく、2人のほっぺがくっつくくらいに密着してきたところで意を決して目を閉じる。と――
「んっ♡ れぅ♡」
「っ!?」
唇に生暖かい感触が走る。唇同士が触れ合うのとは違う、ねっとりした感触が2か所同時に。
驚き思わず目を開けると、わたしの唇に舌を這わせる2人がいた。あまりにも距離が近すぎて、2人の舌が絡み合っているようにも見えた。
「やっ!? えっ、なっ……!」
反射的に後ずさる。心臓が爆発したみたいに跳ね上がってる。
「あっ……」
(どうして2人から物足りなそうな感じで見られなきゃいけないの……!? わたし悪くないよね!?)
「……すみません、驚かせてしまいましたね。でも、これで2人同時に歩夢さんのファーストキスを奪えました♡」
「今の、キス、なの……?」
しずくちゃんの言葉に疑問を覚える。初めてのキスは唇同士の触れ合いだと信じて疑わなかったから。
「キスということにしておきましょう。でないとこれから歩夢さんのファーストキスはどちらのものか揉めることになりますから」
何も言えない。だってしずくちゃんの言う通り、選べないなら同時にという考えは正しいから。でも、わざわざ舌でする必要あった? 確かに難しいかもしれないけど、唇でだって……
「さ、まだまだ残っていますし飲みましょうか!」
「そうですね。歩夢さんも一緒に……歩夢さん?」
――いいよね、わがまま言っても。ふたりなら、受け入れてくれるよね。
「……唇でしてくれなきゃやだ」
「なっ!? じゃあどちらかを選ぶということですか!?」
「ううん、3人で一緒にするの。せつ菜ちゃん、しずくちゃんと唇でキスする直前で止まって。そこにわたしがキスするから」
「……確かにそのやり方ならできそうですが……しずくさん、いいですか?」
「歩夢さんがそれを望むなら」
「分かりました。では、しずくさん」
せつ菜ちゃんがしずくちゃんの名前を呼び、見つめ合い、ゆっくりと唇同士が近づいていく。
やっぱり絵になるなあ……本当に綺麗。だけど見惚れてる場合じゃない、本当のファーストキスをするんだから。
「っ……」
いざ自分からするとなると、緊張して足がすくむ。だけどせつ菜ちゃんもしずくちゃんも、わたしの要望通りキスする直前で止まってくれてる。あともう少しで触れあいそうなのに。わたしがしやすいように、ちょっと斜めに隙間まであけてくれて。
――本当に、わたしなんかには勿体ない2人。だけど好きって言ってくれるなら、わたしもそれに応えたい。愛したいし、愛されたい。だから。
「大好きだよ」
小声で伝え、2人の腰に手を回し、抱き寄せると同時に2人の唇に自分のそれを重ね合わせる。柔らかな感触が溶け合って、心の奥がきゅうっとなって、とっても幸せな気持ちで満たされた。
「んっ……ありがと♡」
唇を離し、わたしのわがままを聞いてくれたことへの心からの感謝を告げる。
「……歩夢さんって、天然でこういうことするんですか? 私はこの衣装だから何とかできてるんですけど……」
「演技が入ってない分、しずくさんよりも小悪魔ですよね……」
「むぅ……小悪魔じゃないもん! 2人とも同時にキスしたかったんじゃないの? わたしのファーストキスあげたんだよ?」
「それはそうなんですけど……予想以上に大胆でびっくりして……」
「です、ね……」
2人とも何だか歯切れの悪い返事……でも反応からして嫌がられてはない、のかな……?
安心したわたしは席へと座り直してストローに口を付ける。甘くて、すっぱくて、爽やかな、独特の味が広がっていく。
美味しさを堪能していると、少し遅れてドリンクを飲み始めた2人と目が合う。キスする前は余裕たっぷりな感じだったけど、今はさっきまでのわたしみたいに顔を赤らめて恥ずかしそうにしている。
その反応で、本当に2人の恋人になれたんだって実感できて、喜びと愛おしさで胸が満たされていく。
だけど顔が良い2人の間近で飲んでドキドキしないわけなくて、間違いなく忘れられない体験となった。
それからどうしようかという話になり、以前ここで2人用のカップルドリンクを飲んだ後に食事を済ませてからしずくちゃんの家に行ったエピソードを聞いて、そうしたいって言ったら笑顔で受け入れて貰えた。
メニューは以前はサンドイッチとホットケーキを2人でシェアしたみたいだけど、今回は全員別々のものを頼むことにした。わたしはハンバーグセット、せつ菜ちゃんはナポリタン、しずくちゃんはオムライスを。
「わたしのラブソングの歌詞に込めた想いは言ったけど、2人のも教えてくれる?」
注文した後、気になっていたことを尋ねれば、快く了承してもらえた。「ではまず私から」としずくちゃんが話し始める。
「私が思い描いたのは、見た人みんなを虜にする女の子です。どんな人も魅了する、自身に満ち溢れたかわいい女の子……そんなイメージです」
「なるほど……しずくちゃんらしいね」
キャラ設定こそしずくちゃんからかけ離れているけれど、見た人みんなを虜にするというのはしずくちゃんにぴったりだと思う。何より、わたしみたいに自分をそのまま表現するのではなく設定を作り込むというのが本当にしずくちゃんらしい。
「……というのは表の設定です」
「裏の設定もあるんだね」
「はい。この歌詞には私の願望も入っているんです。少女漫画の主人公みたいに、相手にとっての理想のヒロインになりたい、相手の色に染められたい……そんな思いを込めました」
「素敵! その気持ち、わたしも気持ち分かるなぁ。それにしてもしずくちゃん、少女漫画も読むんだね」
「ラブストーリーが好きなんです。恋愛要素の強いものなら演劇や小説はもちろん、少女漫画やドラマも好きなんですっ」
「そっかぁ。わたしも少女漫画好きだから詳しく聞きたいけど、せつ菜ちゃんのお話も聞かないとね」
「はいっ、楽しみにしていますね♪」
込められた思いに共感できたことと、共通の趣味の話題ができたことに喜びを覚えるも、さっきみたいにせつ菜ちゃんのことを蔑ろにするわけにはいかない。純粋にせつ菜ちゃんの方も気になるし、しずくちゃんとはまた今度話すことにしよう。その時が楽しみだ。
「では私の番ですね! 私はヒーローに憧れを持つけれどヒロインでもありたい女の子をイメージしました。それだけだと歌詞として纏まらなかったのですが、しずくさんの衣装候補から着想を得て今の形になりました」
「そうなんだ、せつ菜ちゃんらしいね」
しずくちゃんへの言葉と同じになっちゃった……でも本当にせつ菜ちゃんらしいと思うから。ヒーローでありヒロインなんて、まさにせつ菜ちゃんだよ。
「……というのは表の設定です」
「せつ菜ちゃんも裏の設定があるんだね」
「はいっ。しずくさんは衣装に歩夢さんへの想いを込めましたが、私は歌詞に込めました。私だってドキドキさせたい、呼んでくれたらすぐそばに行くのに、手を伸ばせばこんなに近いのに、遠くて……!」
「待って、痛いっ……!」
悲痛な表情で手を握られる。痛みを感じる程に、強い力で。それほどまでに秘めた想いが強かったのかと思うと、受け止めないとと思う程に。
「す、すみません、当時の気持ちを思い出して、つい……でも今はドキドキしてくれていますし、こんなに近くにいてくれますもんね、えへへ」
「っ……!」
普段の元気な笑顔とは違う、隙だらけの無防備な笑顔にまさにドキドキさせられる。
「ごめんね、気付かなくって……」
「いいんです、今とっても幸せですから!」
「せつ菜ちゃん……♡」
いつもの元気な笑顔に、すっかり心を奪われる。こんなに素敵なヒーローかつヒロインな子が、わたしを愛してくれているなんて幸せでしかない。
「むぅ……終わり! 終わりですっ! 今は私も隣にいますからね!」
「はい! こんなに素敵なおふたりの傍にいられて私は幸せです!」
拗ねたしずくちゃんに割り込まれるも、せつ菜ちゃんの笑顔の光度は増すばかり。
(そっか、これが3人でしか感じられない幸せなんだね……)
そう心内で噛みしめていると、先ほど注文した食事が運ばれてきた。
パンとハンバーグのセットは昼食にちょうど良くて、ゆっくりと味わって食べたつもりだったけど、1番に食べ終わってしまった。
「ごちそうさまでした~」
「食べるの早くないですか?」
「そ、そうだよね……ゆっくり食べたつもりだったんだけど……」
いくらせつ菜ちゃんでも、そんなストレートに言われるとは思わなかったな……
「ああっ、違うんです! ほら、楽曲の掛け合いの……!」
「あっ、あったね……びっくりしちゃったよぉ」
よかったぁ……あれ、でもそれじゃあ2人から食べるの早いって思われてるのかな……3人で考えた掛け合いだし、あの時は違和感なかったけど……うん、これからはもっとゆっくり食べよう。少なくとも2人の前では。
「ダメですよせつ菜さん。女の子に軽々しくそういうこと言っては」
「そ、そうですよね、すみません……でも意外です、パンケーキセット辺りを頼むかと予想していたので」
「ハンバーグ、実は好物なの。お夕飯にハンバーグが出てくると嬉しくならない?」
「分かります! でもそれ以上に歩夢さんかわいいです!」
「ええ、とってもかわいいです♡」
「えっちょっとなんで!? なんか恥ずかしいよぉ……じゃあせつ菜ちゃんはナポリタン好きなの?」
「特別好きという程ではありませんが、パスタの中では1番好きですね。味はもちろん、色合いも名前も」
「名前?」
「あー……なんかかわいくありません? ナポリたん、みたいな」
「わ、せつ菜ちゃんかわいい……!」
恥ずかしそうに言うせつ菜ちゃんもだけど、その発想が何よりかわいい。
「はい、とってもかわいいです♡」
「言ってから絶対からかわれるなって思いましたよもう……言うんじゃなかった……というかさっきから同じことを言ってるしずくさん、いつもオムライスじゃないですか?」
「本当にかわいいって思ったので。オムライスは確かに好物の一つですが、いつもという程ではありませんよ」
「そうですか? 学食で結構注文してません?」
「美味しいですよ? 学食のオムライス。卵が柔らかくて最高なんです。もちろんこのオムライスもとっても美味しいですっ」
「親子丼も結構注文してる気がするし、もしかしてたまご料理好きなの?」
「親子丼はこの前エマさんとご一緒した時、エマさんがあまりにも美味しそうに食べていたので注文してみたら、それ以来ハマってしまいまして。たまご料理って、ふわふわで、とろとろで……なんだか幸せになれるんです♡」
「しずくちゃん……なんか、えっち」
言葉選びと言い方が、その……うん。
「はい、えっちですね!」
「なっ!? そこはかわいいって言うところじゃないんですか!? エマさんにも同じこと言いましたけど、笑顔で同意してくださいましたよ!?」
「うそうそ、半分冗談だよ。かわいいよ、しずくちゃん」
「もぉ……あれ、半分!?」
「まあまあ、さっきも言ってましたよね、みんなを虜にする小悪魔だって。その衣装を着てるんですから、誉め言葉として受け取っておきましょうよ」
「せつ菜さんまで……もういいです、私がはしたない子だって思えばいいじゃないですか」
拗ねるしずくちゃんがとってもかわいいけど、わたしのせいだから……そうだ。
「ごめんね、今度たまごやき作ってあげるから許して? 侑ちゃんのお気に入りだし、わたしもこれなら自信あるんだよ」
たまご料理が好きってことなら、ちょうどいいと思う。わたしの手料理も食べてほしいし、そういう意味でも。
「本当ですか!? ぜひお願いしますっ」
わ、予想以上の食いつき。演劇関連のこと以外で目を輝かせるしずくちゃんは珍しくて――
「かわいいなぁ」
思わずそう零していた。
「へっ!?」
「はい、とってもかわいいです!」
「え、い、今ですか!? うぅ……不意打ちはずるいですよ……」
(この衣装で照れるしずくちゃんが1番ずるいよぉ……!)
食事中じゃなかったら、頭を撫でてぎゅーってしたくなっちゃう。それくらいかわいい。
「歩夢さん、私にもたまごやき作ってほしいです!」
「じゃあ今度2人に……そうだ、今晩キッチン借りていい? そしたら作れるけど」
「今晩、ですか……すみません、今晩お料理は難しいかもしれません。また今度お願いしますね」
「うん、分かった」
既にお料理を準備してくれているのか、別の理由があるのか。分からないけれど、しずくちゃんがそう言うなら従うだけ。泊まるのはしずくちゃんのおうちだからね。
食事を済ませ、そろそろ店を出ようかと思っていたところ。
「すみません、ちょっとお時間いいですかぁ……?」
控えめなノックオンの後、先ほどの店員さんが現れ控えめに声をかけられた。
「いいですけど、店員さんこそ大丈夫ですか? 今お仕事中ですよね?」
「特別に許可を貰ったので大丈夫ですっ。というのも、大学で服飾の勉強してるんですけど、お客様方の服がとってもお洒落で、将来の為と言ったらOK貰えちゃいました♪」
しっかりした理由だけど、どうしてかこの人にお願いされたら断れない、そんな気がする。許可した人も断りきれなかったんだろうなぁ。
「それでですね、今お客様が着ているのって、もしかしてスクールアイドルの衣装だったりしますか?」
店員さんは迷いのある言葉と裏腹に迷いなくしずくちゃんに向かって言った。すごい、どうして分かったんだろう。しずくちゃんも目を見開いて驚いている。
「そうですけど、何故そうだと……?」
「やっぱり! 私も昔スクールアイドルやってて、衣装作ってたからなんとなく分かるんですっ」
「衣装を自分で!? すごいですね……」
わたしたちは侑ちゃんや服飾同好会の子たちを筆頭に、いろんな人に手伝ってもらっているけれど、自分で作れるなんてすごすぎる。
「特に今お客様方が着ているようなかわいい服が大好きだから、将来はそういうのを作りたくて勉強してるんだぁ」
「っ!」
思わずドキリと胸が高鳴る。お仕事までは考えられないけど、好みはわたしと一緒だ……この人とファッションの話したら楽しいだろうなぁ。
「だから衣装を作っている人なら話聞きたかったんですけど……この中にいないなら仕方ないですね」
残念そうに苦笑するその人を、わたしは放っておけなかった。話をしたかったのもあったかもしれないけれど。
「あのっ! わ、わたしの幼馴染みがマネージャーしてくれているんですけど、その子となら衣装の話できるかもしれません」
「んー……魅力的な提案だけど止めておきますね。そんなすごい子ならきっと忙しいよね? それよりも、あなたと話した方が衣装の案が湧いてくる気がするなぁ。よかったら連絡先交換したいけど……いい、かな?」
遠慮がちに店員さんは見つめる。わたしではなく、しずくちゃんとせつ菜ちゃんを。
「3人のことは心から応援したいので、嫌だって言うならやめなきゃですし……」
「それでしたら、4人のグループメッセージということでいかがでしょうか? 確かにかわいい衣装といえば歩夢さんですが、私たちだって力になれることはあると思うんです」
しずくちゃんの提案に、店員さんはぱあっと眩い笑みを浮かべた。
「ありがとぉ! あ、でも今スマホ使えないから……これでお願いしますっ」
伝票をちぎって、電話番号を書き記したものを手渡される。
「それでは、よろしくおねがいしますねっ♪」
誰もが見惚れるスマイルで、店員さんは去っていった。
「……おそらく一目で見抜いてましたね、歩夢さんがかわいい服が好きだって」
「そんなにわたし分かりやすいかなぁ……」
「それもありますが、やはりどこかで見たことある気がするんです……大学生ということは少し前までスクールアイドルだったわけで……まあいいです、とりあえず番号登録してから行きましょうか」
せつ菜ちゃんに促され、スマホを出して登録してから、会計を済ませてお店を出た。
それにしても本当にかわいくて綺麗な人だったなぁ……話も合いそうだし、仲良くなれそうで嬉しいなぁ。
「……歩夢さん、あくまであの人は元スクールアイドルで衣類の好みが合うお知り合いでしかないですからね?」
「も、もちろんだよしずくちゃん!」
2人が妬いてくれるなら、そういう意味でもいい出会いになった……なんて思うのはよくないって分かってるけど、ちょっとくらいは許してくれるよね。
特別な意味で大好きなのはしずくちゃんとせつ菜ちゃんだけなんだから。
「あっ……」
駅へと向かう途中、人気のない木々の生い茂った道に差し掛かったところでせつ菜ちゃんは立ち止った。
「そうでした、この場所でしたね」
しずくちゃんも心当たりがあるみたい。思い出の場所、なのかな……
「……ここで初めてキスしたんです、……行きましょうか」
明らかに何かあった感じだけれど、しずくちゃんはそれ以上語ろうとしない。
せつ菜ちゃんを見ても、顔を赤らめて気まずそうに目を逸らされるだけ。気になる、けど今までと違って気軽に聞けない雰囲気……
「……私もしずくさんも、あの時はいっぱいいっぱいだったんです。切なくて、大切で……とてつもなく大好きで。自分の気持ちが制御できなくて……歩夢さんもそんな経験ないですか?」
「ある、けど……」
わたしの返答は侑ちゃんとの経験。せつ菜ちゃんの言葉は、きっとしずくちゃんとのかつての関係。
ないわけではないからあると言ったけれど、きっとわたしのものとは重みが違う。過ごした年月では勝っているなんて、軽々しく言えないくらいには。
「ですよね。では進みましょう、ようやく願いが叶ったのですから」
それ以上言葉にするのは無粋だと言わんばかりに、せつ菜ちゃんは遠慮なくわたしの左手としずくちゃんの右手を掴んで歩き出した。
バランスを考えて今まで繋がなかったけれど、それは2人も同じだったみたいで。
「……ありがとうございます、せつ菜さん」
今は繋がれたその手を愛おしそうに両手で包み込むしずくちゃんに、わたしは何も言えなかった。今にも涙が零れそうな儚い微笑は、きっとせつ菜ちゃんに守られてきただろうから。
「さあ、どうぞお入りください♪」
しずくちゃんの家に着く頃にはいつもの調子に戻ってくれた。
それにしても、改めて見るとやっぱりすごい。まるでゲームに出てくるような豪邸で、しずくちゃんが育ちのいいお嬢様であることを実感する。
せつ菜ちゃんもテンション上がってるんだろうなと思ったけれど、なんだかそわそわして落ち着きがない。
「せつ菜ちゃん、どうしたの?」
「い、いえなんでもないです! ではお邪魔しますね!」
手洗いを済ませた後、案内されたのはしずくちゃんの自室――ではなく広々としたリビングだった。
ゆったりとしたソファーの前に大きなテレビが置いてある。どこに視線を動かしてもお屋敷って感じで、ここで生活しているならそりゃあこんなに上品になるよねと納得がいく。
「この前はお母さんが家にいたので自室で映画を見ましたが、今日は出かけているので大きな画面で見てほしいなと思いまして。私は繰り返し見ることに抵抗ありませんが、せつ菜さんは大丈夫ですか?」
「むしろもう一度見たいです、結末を知ってからだと楽しめる部分もありますので!」
「ふふっ、よかったです♡ では再生しますね」
ソファーに左からしずくちゃん、わたし、せつ菜ちゃんの順に座る。わたしは初見だからということでセンターを譲ってもらえた。
左右に2人がいるとドキドキして落ち着いて見られない――なんて最初は思っていたけれど、2人とも映画に集中していてわたしもそれにつられるように映画に見入っていった。思えばどんな話か聞いていなかったけれど、しずくちゃんが気に入っている理由も、デートの時に選んだ理由も、最後まで見れば得心がいった。
「うぅ……ぐすっ、良かったよぉ……」
思わず涙してしまう程に。そのくらいこの物語は心に刺さった。
「そこまで気に入っていただけて嬉しいです。何度も見返すほどお気に入りなので」
「ね、これの続きはないの?」
「残念ながら……あれば絶対見たいんですけれどね」
「ね。賑やかで甘酸っぱい物語になるんだろうなぁ~」
「ということは、歩夢さんはハッピーエンド派なんですね」
「え? 完全なハッピーエンドだったよね?」
2人、ううん、3人で誰にも邪魔されず一緒に過ごせるんだから、ハッピーエンドでしかないと思うんだけど。
「実はこの物語、見た人でも意見が分かれてるんです。ハッピーエンドと思う人もいればそうではないと思う人もいて」
「……しずくちゃんはどう思うの?」
「全ての登場人物の境遇と心境を想像するに、これが1番ベストな終わり方かと。私の想像が当たっていれば、ですけどね」
「私もそう思います。2回目を見てみて分かりましたが、最初の主人公の表情、とても暗かったですよね。あんなに暗い表情、他のシーンでは見せていませんでしたから」
「そう! そうなんですよ! 表情はもちろん、呼吸からも昏い憂いが伝わってきて、まさに名演技と呼ぶ他ありません! 物語で1番重要なのは序盤なので、そこでどれだけ観客を引き付けられる演技ができるかが重要なんですっ!」
わ、すっごく輝いた表情してる……本当に好きな気持ちが伝わってくるし、それほどまでに演劇にかける情熱が強いところは本当に尊敬しかない。
「しずくさんしずくさん」
「せつ菜さんも分かりますよね!? 最初に息を吸うところでもう既に……ってああっ、すみません歩夢さん! 私、また……!」
「ううん、もっと聞かせて? 好きなことを話すときのしずくちゃん、キラキラしてて素敵だなぁって思うから」
「歩夢さん……歩夢さんっ!」
「わわっ!?」
しずくちゃんにぎゅうっと抱きしめられる。甘やかなかわいさがダイレクトに伝わって、頭がクラクラして心臓がバクバクと高鳴る。
「すみません、私、嬉しくって……! せつ菜さんとは同じ視点で語り合えましたが、歩夢さんにここまで言っていただけるなんて思ってなくてっ……!」
抱きしめ返していいのかな……いいよね、恋人になったんだし。
「あっ……歩夢さん……♡」
背中にそっと腕を回せば、ふわりとした感触と香りに包まれかけて、もっとしずくちゃんが欲しくなる。
「しずくちゃんは、もっと自分に素直になっていいんだよ。しずくちゃんの想像力はA・ZU・NAの根幹だし、わたしはしずくちゃんのそういうところが大好きなんだから」
「……ごめんなさい、せつ菜さん」
「へ? んんっ……!」
微かな呟きの直後、更に強く抱きしめられ、唇を重ねられる。さっきとは違う、完全にしずくちゃんとだけの口づけ。熱くて、柔らかくて、蕩けてしまいそう。
最初はわたしの背中をぎゅっとしているだけだった手が、段々と身体を這うように撫でゆく。
「やっ、だめ、待ってっ……!」
甘美な刺激と同時にこれからの光景が脳裏によぎり、つい拒絶の言葉が口を突いて出る。恥ずかしい、まだ早いという理性と、もっとの欲求がごちゃ混ぜになってせめぎ合う。
「っ、そうですよね、今はまだ……」
申し訳なさそうに、驚くほどすんなりとしずくちゃんは身体を離す。温もりが離れ、寂しさを覚え先程の発言を後悔するも、撤回するほどの勇気は持ち合わせていなくて何も言えない。
と、思ったら。
「ですから、私の部屋にご案内します。最初からその予定でしたので♡」
今日一番の妖艶な表情で、しずくちゃんは手を引き誘う。
光に惹かれる虫のようにふらふらと追従し、気付けばドアが目の前に――
「待ってください!」
大きな声。振り返ると、せつ菜ちゃんと目が合った。
頬は上気し、おなかの前でぐっと握りしめている両手は震え、眼は潤み、決意と迷いが同居したような表情を浮かべている。
「もちろんせつ菜さんも一緒ですよ? 私だけ先走ってしまったことは申し訳ありませんが……」
「違いますっ! いえ、確かにずるいとは思いましたが、しずくさんの気持ちを考えると当然だと思います。そうではなく……歩夢さん、その前に聞きたいことがあるんです」
せつ菜ちゃんの手が自らの髪の毛を結ぶ黒いリボンへと伸び、それを外してバッグへとしまう。
「しずくさん、編んでください」
「……分かりました」
穏やかな表情と声色で了承したしずくちゃんの手がせつ菜ちゃんの髪の毛へと伸び、慣れた手つきで三つ編みを形成していく。
「んっ……」
(どうして今髪型を変えるの? なんで髪の毛に触られただけでビクってして気持ちよさそうな声出すの? それにしずくちゃん慣れすぎじゃない? 今までどれだけせつ菜ちゃんの髪の毛を触ってきたの?)
胸中を渦巻く黒い疑問が発露する間もなく、せつ菜ちゃんの髪型は生徒会室でよく見たそれとなった。
「この髪色と服装では違和感があるかもしれませんが、私の本名は中川菜々なんです。っ……う、上原歩夢さん。貴女が好きです。貴女のことを愛しています。貴女の私への気持ちを聞かせてください」
せつ菜ちゃん――否、菜々ちゃんらしい、控えめで、けれど芯の強い声と想いが、わたしの心身に響き渡る。
(わたしだって菜々ちゃんのことが好き! せつ菜ちゃんも菜々ちゃんも大好きだよ!)
素直な気持ちが頭に浮かぶも、即答できなかった。だって、目の前でぎゅっと目を瞑って身体を震わせ答えを待つか弱い女の子は、きっとそういう答えは望んでいないから。
「わたしは、菜々ちゃんのこと本当にすごいって思ってる。わたしより頭良いし、努力家だし……でも1番すごいって思うのは、菜々ちゃんがせつ菜ちゃんでもあるってこと。2人の性格もやることも全然違うのに、1人でこなしてるんだよね? それって、他の人の2倍頑張ってるってことだから……本当に、すごいなぁって思ってる。でも、そっか、菜々ちゃん……」
菜々ちゃんはきっと、せつ菜ちゃんの時とは別の自分――スクールアイドルをやっていない、勉強家で優等生の時の自分のことはどう思われているのか気になるのだろう。
考えたことなんてなかった。だって菜々ちゃんはせつ菜ちゃんなんだから。
「菜々ちゃんは、さっきの映画のヒロインみたいに本当に別の人格ってわけじゃないから、一緒に考えてるの。菜々ちゃんもせつ菜ちゃんも、あなただから。……呼び方が変わっても、見た目や性格が違っても、あなたへの想いは変わらないよ。大好きだし、愛してる」
ゆっくりと、想いを込めて真剣に告げる。
菜々ちゃんの求めてる答えじゃないかもしれない。菜々ちゃんは菜々ちゃんとして区別してほしいのかもしれない。だけどわたしには無理だから。
「っ……!」
口元を押さえ目を見開き、瞳が潤み、雫が零れた。
「ご、ごめんねっ!? でも嘘つく方が菜々ちゃんに悪いから……」
「違うんです、嬉しいんです……! きちんと考えてくれて、しずくさんとは別の形で全て受け入れて貰えて、私、本当にっ……!」
弱々しく肩へ顔を預けられ、縋るように抱きしめられる。
傷つけたわけじゃなくてよかった、しずくちゃんも菜々ちゃんも弱いところがあってそれをわたしに見せてくれたことが嬉しい、急にくっつかれてドキドキする――様々な感情が駆け巡る。
「せつ菜も、菜々も、まだ歩夢さんに見せていない私も、全部愛してくれますか……?」
「何度だって言うよ、あなたが大好きだって。何されてもいいってわけじゃないけど、あなたのことは大切にするよ」
想いを込めて、そっと包み込むように抱きしめ返す。
「んっ、歩夢、さぁんっ……!」
柔らかな感触と熱を帯びた声に、先ほどと同じ展開を予想し、この光景を見ているであろうしずくちゃんに視線を――
「今は私だけを見てっ!」
「え、ん、んっ!?」
頬を掴まれ、唇に熱が灯される。それは直ぐに心身に伝播し、抱きしめる力が強まる。
「んっ、んんっ……!」
五感が菜々ちゃんで満たされて、思考が徐々に溶かされていく。
「ぷぁっ、はぁっ、はっ……!」
呼吸が続かなくなって息を吸うと同時に見えた菜々ちゃんの顔は、今までに見たことのない色香を帯びていた。
(これが、菜々ちゃん……? わたしが見たことのない菜々ちゃん、しずくちゃんにしか見せたことのない菜々ちゃん……!)
もっと見たい、わたしにも見せてほしい。そう思うと同時、菜々ちゃんの手がふとももに伸びてきて、妖しい瞳で見つめられ――
「そこまでですよ、菜々さん♡ 最初は2人でって決めましたよね?」
「そんな、せっかくいい雰囲気だったのに……!」
「ええ、それはもう。私だって最後まで見届けたい気持ちはありましたが、約束ですから」
「そう、でしたね……ではお部屋に……」
「その前に髪の毛を戻さないと。先程の髪型でいいですよね?」
「もちろんです。それに合わせた服ですから」
再び髪の毛を結われる菜々ちゃんを、放心状態で見つめる。
(わたし、さっきまでしずくちゃんに夢中で、今は菜々ちゃんに……本当にいいのかな……)
2人に愛されることは本当に嬉しい。2人のことは本当に大好き。だけどやっぱり不誠実じゃないのかなって思ってしまう。
「さあ、来てください、歩夢さん♡」
しずくちゃんに手を引かれるけれど、動かない、動けない。
この部屋に入ったら、間違いなくそういうことをすることになるから。2人ともどうやら最初からそのつもりだったから。
「いいんですか? 私とせつ菜さんがしてきたこと、歩夢さんも経験したいのではありませんか?」
耳元にしずくちゃんの誘惑が囁かれる。
もちろんその気持ちはある。2人の情事を偶然知った身としては、わたしだけ置いていかないでって気持ちはある。
だけど本当にいいの? こんな、流されるままなんて……
「……だめだよ、できないよ……心の準備ができてないっていうのもあるけど、初めてなのにいきなり3人なんて……2人はもう経験あるから慣れてるのかもだけど、わたし初めてなんだよ!?」
不安と寂しさが暴発し、語気を強めてしまう。
せっかく2人に好きって言ってもらえてるのに、良い雰囲気になったのに、勿体ないって自分でも思う。だけど自分に嘘はつけないから。
「分かっています。ですから、私たちに身を委ねてください。絶対に満足させてあげますから♡」
せつ菜ちゃんに後方から囁かれて理性が揺れるが、それと同時に不満が漏れる。
「それが嫌なの……だってされるがままってことでしょ? わたしは、初めてはお互い愛し合いたいの。一方的なのは嫌なの。めんどくさくてごめんね、どうしていいか分かんないよね……」
初めてでしかも3人でなんて、無理なことは分かってる。だけどこのまま流されるのは嫌だって思う。
「……分かりました、歩夢さんから求められるまで、私たちは手を出しません。触れるなと言われれば触れません。ただ、今から翌朝までしずくさんの部屋で一緒に過ごすくらいはいいですよね?」
「せつ菜さん、裏切るんですか!?」
「まさか。私がどれだけ行為を恐れていたかもう忘れたんですか?」
「あっ……そう、でしたね……分かりました、それでいきましょう。歩夢さん、いいですか?」
2人の視線が向けられる。優しさと情欲を同時に孕んだ視線を。
(そう、元々せつ菜ちゃんはこういうことは苦手だったのに……変わるきっかけとなる何かがあったなら、それも知りたい。何より、ここまで譲歩してもらっても嫌だなんて言えるわけない)
「分かった、いいよ」
「ありがとうございます♡ ではお部屋へどうぞ♡」
ドアが開かれ、誘われる。広くてきちんと整理されていることに加えて、小物のチョイスや本棚のラインナップからお嬢様の風格を感じた。
更に普段しずくちゃんが生活しているという事実と、そこから生み出されたであろう香りに、鼓動が高鳴りそわそわしてくる。
(だめ……そういう気分になっちゃだめなんだから……)
「この前のせつ菜さんとのデートでは、この部屋で映画を見たんですよ」
「てっ、テレビないけど?」
(だめ、緊張してるのバレちゃう……落ち着かなきゃ……)
「パソコンで見たんです。今日と違ってお母さんが家にいたので」
「そっか。あれ、それじゃあ家にいるときに、その……したの?」
分かってる、明らかにそういう雰囲気になる質問だって。でも気になったんだから仕方ない。
「……せつ菜さん、言っていいですよね?」
「そう、ですね……恥ずかしいですが、歩夢さんなら大丈夫……いえ、知っていてほしいです」
「ありがとうございます♡ 簡単に言いますと、一緒にいるうちにお互い予想以上に惹かれていったんです。そして気持ちが抑えられず……といった感じです」
「……そう、なんだ」
具体的に何があったか、どんなやりとりがあったか気にはなるけれど、それを聞くと本格的に戻れない気がして、無難な相槌を打つに留めた。
「私は、そういった行為に対して歩夢さん以上に憶病でした。どうしても不純なものに思えてしまって。ですがしずくさんが私の気持ちを肯定してくださったおかげで、前に進むことができました。好きな人に触れたいと思う気持ちは自然なもので、嫌悪する必要はないと。それでも怯える私でしたが、しずくさんのおかげで……はい」
最後は恥じらいにより言葉にされることはなかったけれど、言いたいことは伝わってきた。
やっぱりしずくちゃんがリードしてあげたんだ……それに対して、せつ菜ちゃんは申し訳なさと未知の快楽に戸惑ってそう。お似合いすぎて容易に想像できる。
そこに加わって本当にいいのかという気持ちはあるけれど、他ならない2人がそれを望んでくれるのなら、気にする必要はないのかも。
残るは自分の気持ちの問題、だから――
「……せつ菜ちゃんは、一方的でもいいの? する方でもされる方でも」
かなり踏み込んだ質問だけど、今のせつ菜ちゃんがどう答えるのか気になるから。
「私の場合、最初は一方的にされる以外は無理でしたから、良し悪し以前の問題ですね」
「せつ菜さん、嘘はだめですよ。何度か暴走して、私のことを――」
「わーっ! そのことは忘れてください!」
「忘れません♡ 私にとっては大切な思い出なので♡」
「っ……ずるいです……」
むぅ、またわたし抜きでいちゃついてる……でも、2人の初体験には相当の思い出があるみたい。
もしも、わたしにとっても今日がその日になるのなら、今まで描いてた理想は置いておいて、2人に身を委ねてみるのも悪くないのかな……?
「っ……!」
気付けば二人に見つめられていた。先ほどと同じく、熱を帯びた視線で。
(だめ、このままじゃ、ほんとに流されちゃう……!)
「えっとっ、あの、お、お手洗い借りるね!」
このままここに居たらまずいと思ったわたしは、気付けばそう口にしていた。
「はーい♡ 場所は分かりますか?」
「覚えてるから大丈夫! それじゃあ行ってくるね!」
逃げるようにその場を後にし、お手洗いへと向かう。
「っ……」
用を足す場所が視界に入った瞬間、強烈な尿意に襲われた。2人のことで頭がいっぱいで気付かなかっただけで、結構限界が迫っていたみたい。
(あのまま雰囲気に流されてたら……危なかったぁ。そんな中おトイレ行きたいなんて言えないもん)
一般的なものよりも広めな個室に入り、便座を開け、パンツを降ろし――っ!?
(なんで、こんなに濡れてるの……!?)
いつもと同じ状態だとは思ってなかったけれど、お気に入りの薄桃色のパンツは少しおもらししちゃったのかと思うくらいに濡れていて、何より降ろした瞬間に粘性のある糸が伸び、かなり興奮している事実を視覚的に分からされた。
「っ、やっ、出ちゃうっ!」
排泄体勢に入っていたわたしの身体は、戸惑いや動揺なんてお構いなしに排尿を促す。
慌てて便座に座れば、シュイィーと音を立て勢いよくおしっこが迸る。
「はぁっ♡ あぁっ……♡」
意識に反して甘い声が漏れる。限界が迫っていたからか、興奮を自覚してそういう気分になっているからか、理由は分からないけれど、何であれおしっこして気持ちよくなっていることは確かで。
「ふぁあっ……♡」
しずくちゃんがいつも使っているおトイレということも相まってか、ただの排泄行為とは思えない程に心身がピリピリと昂っていく。
「ふぁ、あっ……♡」
最後の一滴まで出し終え、ぶるりと身体が震え、少しの間余韻に浸る。
(ダメだよこんなの、癖になったら戻れなくなっちゃう……早く拭いて戻らないと……)
名残惜しさはあるけれど、トイレットペーパーを秘所へと当てて拭き取って――
「んっ♡」
(だめっ、刺激で気持ちよくなっちゃう……!)
拭き取っても拭き取っても奥から蜜が溢れてきて、困惑しつつもひたすらに手を動かす。
「んゃっ……♡ っ!」
秘所を撫でるほどに漏れ出る蜜と嬌声に、ふと我に返る。これじゃあここでひとりえっちしてるのと変わらないと。
それだけはできない、しずくちゃんちのおトイレで、なんて……
(でもこのまま戻れる? 戻って次に2人に誘われたとき、こんなになってるの見られたら言い訳できないよ? それならいっそのこと1度自分でシて、すっきりしてから戻った方がいいんじゃないの?)
心内からの囁きは、思いのほか合理的で反論できなくて。
「んっ♡ っ!♡」
1回、1回するだけ。気持ちよくなりたいからじゃなくて、2人の誘惑に耐えるためだから。そう自分に言い聞かせ、再度便器に座り直し、秘部を弄る。
「ふあぁあっ!♡ っ!」
人差し指と中指を膣内に入れた瞬間、予想以上の快楽に包まれて大きな声が出てしまい、左手で口元を押さえる。
2人とも部屋にいるとは思うけど、移動しないとは限らない。他に音のない静かな空間だから、近くにいたらきっと聞こえてしまうだろう。
「っ♡ ふぁっ♡ っ……!♡」
声を出さないように注意を払いつつ、膣内の指を抜き差しすればくちゅくちゅって音と同時に気持ちよくなって、すぐに――
「っ!♡ ~~~っ!♡」
ビクビクと身体を震わせわたしは達した。
……でも、足りない。慣れない場所と声を聞かれることへの心配で、中途半端にしかイけなかった。その影響で、余計に切なさが込み上げてくる。こんな状態で戻ったら、絶対に2人の誘いを断れない。
だけどどうしよう。戻れないならここで満足するまでするしかないけれど、どれだけかかるか分からない。今ならまだお腹痛かったとか言って誤魔化せるだろうけれど、あまりにも遅くなると心配されるかもしれない。
(次の一回で満足できるくらい気持ちよくならなきゃ……ここは自分のお家で、中に誰もいないって思いこんで……なんて無理だよぉ! じゃあ戻るしかないの? こんな状態で? 少しでもいいから絶対に一人になれる時間があれば……そうだ、お風呂! お風呂なら一人になれるし声は湯船に浸かれば聞こえないから大丈夫……いや、湯船の中でなんて後のこと考えたら無理だし……でも他に言い考え浮かばないし……)
いい考えが浮かばないまま、時間だけが過ぎていく。これ以上の長考はまずい。もうこうなったら戻るしか――
「歩夢さん、大丈夫ですか?」
「へぇぅ!? だ、だだだ大丈夫だよ!?」
突如せつ菜ちゃんの声が聞こえ、心臓が爆発しそうになり思わず変な声が漏れる。
「よかったです、なら出てきてくれますか? 私たちもトイレ使いたいので……!」
「あっ、ご、ごめんね待たせちゃって!」
急いでパンツを履くけれど、べとつく感覚に思わず顔をしかめる。後で履き替えようと思いつつドアを開けると、せつ菜ちゃんの後ろにスカートをぎゅうっと押さえた状態のしずくちゃんがいた。
「急かすようですみません、でももう限界でっ……♡」
「う、ううん、わたしこそずっと使っちゃってごめんね」
しずくちゃんもいたことに戸惑いつつも個室から出る。そういえばさっきせつ菜ちゃん、私たちって言ってたっけ。見た感じしずくちゃんの方がせつ菜ちゃん以上に限界が近そうだから、しずくちゃんから先に使うのかな、なんて思っていたら。
「えっ? えっ!?」
わたしは目を疑った。2人同時に個室へと入り、ドアを開けたまま便器の左右へと立って見つめ合い、パンツを下したのだから。
次いで2人は出口を指で広げ、便器へと狙いを定め、そして――
「せつ菜さん、いいですかっ!? 私、もうっ♡」
「はいっ、私ももう出ますっ、おしっこ出ますっ!♡」
ほぼ同時にシュイッ、シュアァーと放たれて、弧を描いて便器へと注がれる。
「あぁっ♡ ふあぁあっ……♡」
「ふぅぁっ、ああぁ……♡」
声と表情はおしっこをしているだけとは思えない程に淫猥で、それなのに見つめ合って溜まった欲求を解放する2人が美しく綺麗に思えた。
好きな人だから? 見た目が良いから? 理由までは分からないけれど、今この光景から目が離せないことだけは確かで。
「ほらっ、歩夢さんに見られてますよ♡ あんなに呼吸を荒くしてっ♡」
「っ!」
せつ菜ちゃんに流し目で指摘されてもなお視線を外すことはできず、代わりにしずくちゃんの方を見る。
「やあぁっ♡ 見ないで下さいっ……♡」
その言葉とは裏腹に口元は緩み、目は蕩け、明らかに発情している。わたしとせつ菜ちゃんに見られながらのおしっこで。
(それならもう遠慮しなくていいよね。見られて興奮しちゃう変態さんなら、しっかりと見てあげなきゃ♡)
開き直って凝視していると、やがてせつ菜ちゃんのおしっこは段々と勢いが落ちていき――
「んんっ♡ ふあぁっ♡」
嬌声と共に身体を震わせ、おしっこの残りが脚へと伝う。けれど全く意に介さずに、放尿を続けるしずくちゃんを見つめている。
「やだっ、まだ止まらないなんてぇ♡ やあぁっ♡」
「っ……」
息を呑み、気付けば両手が秘部へと伸びていた。パンツの上からぎゅうっと押さえつつも、痴態を晒しつつ興奮しているしずくちゃんから目を離せない。そして――
「っ、ふぁあっ……あああぁっ!♡」
一際大きく身体を震わせ、プシッと最後の一滴ひとしずくが迸り、しずくちゃんの排尿は終わりを告げた。
その様子はせつ菜ちゃんの時よりも声が上ずっていて、身体の震えも大きかったように思う。
「はっ、はぁっ……♡」
次いで乱れた呼吸のままに虚空を見つめる姿は、軽く達したのではないかと思う程に――ううん、きっと達してる。だってしずくちゃんのアソコから、おしっことは明らかに違う、粘性のある液体が滴り落ちているから。
「っ……!♡」
もう我慢できない。欲求不満だったところにこんなにも淫らな姿を見せられて、耐えられるわけがない。
愛液でべとべとのパンツの内部へと指を滑り込ませれば、一気に快楽の波が押し寄せてくる。
「んきゅっ♡ ふうぅっ……!♡」
(だめっ、声出しちゃだめっ♡ 気付かれちゃうっ♡)
羞恥と快楽の狭間で葛藤する最中、2人の声に集中する。
「しずくさん、感じすぎじゃありませんか?♡」
「だっ、てぇっ……♡」
「こんなにびしょびしょにして……今拭いてあげますね♡」
「やっ♡ せめて紙でっ、ひあぁぅ♡」
再び聞こえた嬌声に顔を上げると、びしょ濡れのふとももをせつ菜ちゃんに撫でられるしずくちゃんがいた。
「んいぁあっ! んぅあぁんっ!♡」
トイレに響いたのは、しずくちゃんではなくわたしの嬌声。眼前で繰り広げられるあまりにもいやらしい光景に、理性は完全決壊した。
「あぁっ! やぁっ! きちゃうっ、イっちゃっ……~~~っっ!!!♡♡」
声にならない声をあげ、目の前が白く染まりかつてない程の快楽に支配される。
「はあっ♡ ひゅあぁ……♡」
立っていられず、その場に尻もちをつくようにへたり込む。ぐしょ濡れの下着で服が汚れてしまうけれど、気にかける余裕はない。
「わ、歩夢さんすごい……こんなに……んあぁっ♡」
「私で興奮したんですか?♡ いいですよ、もっと見てっ♡ 見てくださいっ♡」
未だ定まらない視界の中、互いを愛撫する2人と目が合う。
(どうしてまだふたりで触り合ってるの? もうバレちゃったんだよ? わたしとはえっちなことしたくないの?)
「んっ……ふあぁんっ♡ しずく、ちゃんっ♡ せつ菜、ちゃぁんっ♡」
半ば無意識で2人の名前を呼びつつ、パンツをべしゃりと脱ぎ捨てて、脚を広げ淫らな水音をたて自らの蜜壺を搔き乱す。
「まぁ♡」
「やっと呼んでくれましたね♡」
「やぁっ♡ 見ないでっ、見ないでぇっ!♡」
発した言葉とは裏腹に、突き刺さる視線によって快楽が増幅され――
「ひぎゅっ♡ まっ、またっ、イっちゃ、うううぅぅぅぅぅっっ!!♡♡」
絶頂を迎え、淫水が勢いよく噴き出した。2人にかかってしまったのではないかと思うくらいに。
……まさかこんなにも乱れるだなんて思わなかった。いくら2人の行為がえっちだったからって、こんな自分、見せたくなかった。
「ふふっ、もう限界ですよね? さあ、お部屋に戻りましょう? まだまだ時間はたくさんありますから♡」
しずくちゃんに顔を覗き込まれるも、恥ずかしすぎて目を逸らす。
「大丈夫です、どんな歩夢さんでも大好きですから♡」
だけどせつ菜ちゃんのその言葉に、息を整えてから口を開く。
「どんなわたしでも、って……2人が良くてもわたしが嫌なの。これ以上はしたない姿、見られたくないから」
「……性行為に抵抗があるわけではなく、そういう自分が嫌ということですか?」
こくりと頷く。ここまでしておいて何を言ってるんだって思われるかもしれないけれど、これ以上自分からは求められない。
だからいっそのこと無理やり犯してほしいとすら思う。そうすれば乱れたことに言い訳ができるから。だけど初めてがそんな形なのは嫌だから、結局は拒否するしかないんだ。
自覚していた以上の面倒くささに嫌気がさす。流石に二人も呆れちゃったかな……なんて思っていると、わたしを見つめていたしずくちゃんは、唐突に足元にあるわたしのぐしょ濡れのパンツを手に取って、軽く顔に近づけた後、近くにあった洗濯籠へと放り込んだ。いつの間にか2つのパンツが既に入っていたけれど、今はそれどころではない。
「え……今もしかして匂い嗅いだ!?」
「ええ、とっても良い匂いでしたよ♡」
「なっ……! しずくちゃんのバカ! ヘンタイ!」
悪びれるどころか、とてもいい笑顔でそう告げられてつい口が悪くなってしまう。
「だって歩夢さんのですから。好きな人のものなら、なんだって愛おしく思うんです。歩夢さんもですよね? 先ほどの私たちの行為に、嫌な顔するどころか興奮してましたよね?」
「それは、だってっ……!」
「私だって同じです。せつ菜さんも……あら♡」
「えっ、せつ菜ちゃんまで!?」
せつ菜ちゃんの方を見ると、洗濯籠に入っていたわたしのパンツの匂いを嗅いでいた。しずくちゃんよりも顔を近づけて。
「す、すみませんっ! ですがしずくさんだけずるいです……! 私だって、もう限界なんですよ……!?」
切迫した表情で訴えつつ籠にパンツを戻したせつ菜ちゃんの足元には、その言葉を真実たらしめる量の水溜まりが形成されていた。
(わたしで、興奮してくれてるの……? わたしのことが好きだから? しずくちゃんも?)
しずくちゃんの方を見ると、熱を帯びた瞳でわたしのことを見つめている。せつ菜ちゃんに向けるものと同じ表情で、足元をせつ菜ちゃん以上に滴らせて。
2人とも、きっとわたしが嫌と言う限りは、約束通り手は出さないのだろう。自らの欲求への我慢を代償に。
――流石に、これ以上それを強いることなんてできなかった。
「お部屋、戻ろ?」
わたしがそう言うと、しずくちゃんは目を細めて心底嬉しそうな笑みを浮かべ、わたしたちの先を歩く。せつ菜ちゃんは一瞬驚き制止するも、直ぐに目を光らせて口角を上げ、しずくちゃんの後に着く。
そして、わたしもその後ろに続く。期待に胸を高鳴らせながら。