また、イベントストーリーに対する独自解釈を含みます。
未プレイの方はお戻りください。
18禁シーンはありません。
本文にはブロマンス(あるいは微腐向け)を匂わせる描写が含まれています。
特殊嗜好に嫌悪感をお持ちの方はお戻りください。
本文は小説家になろうの、二日市とふろう(https://mypage.syosetu.com/238604/)様の作品『修羅の国九州のブラック戦国大名一門にチート転生したけど、周りが詰み過ぎてて史実どおりに討ち死にすらできないかもしれない(https://ncode.syosetu.com/n2509cr/)』の影響を受けています
近藤さんがゴリラではなく華奢な美形で召喚されてしまって、その上でイベントピックアップで土方さんと一ちゃんまで来てくれて、こりゃもうAIさんに注文するしかないってなった。
「こんにちは、近藤さん」
カルデアの、新選組屯所。あるいは、新選組のカルデア屯所。
面白くもなさそうな顔で土方さんが沢庵を噛んでいて、それを沖田さんが茶化して、山南さんが柔らかくそれを窘めて、それを一ちゃんと永倉さんが笑って見てる。そんな光景が毎日のように繰り広げられていたところに、新たに近藤さんと原田さんと藤堂君が加わった。
新入りと言うにはあまりにも自然に、近藤さんはその場の中心にいた。それが当たり前のように、かつて壬生寺でもずっとそうしていたんだろうと、部外者の私でもわかるくらいに。
「ああ、我が主。よく来てくれた」
「カルデアはどうですか?」
「歳と総司が色々と連れ回してくれたおかげで、すぐに慣れることが出来た。驚くほどに居心地のいいところだ、ここは」
「ずいぶんとあっさり馴染みおったな。そういう人誑しの才はあると見える」
憎まれ口というよりは挨拶代わりの軽口を叩くノッブを尻目に、今回は駒姫の不調でほとんど出番の無かった利休が澄まし顔で茶を点て始める。
「内ゲバしか能の無い弱小人斬りサークルの分際で、いつの間にやらずいぶんと大所帯になりおって……」
「確かに織田家よりも増えてるね、新選組の面子が」
ノッブが一人で頭数を稼いでいる面もあるけれど、弟のカッツこと信勝君の他には利休に森君に茶々さんに蘭丸ぐらいだろうか。まあ、シスコンを拗らせた信勝君と森家の兄弟やノッブの姪の茶々さんはともかく、利休と駒姫には織田家の関係者という意識があるとは思えないけど。
「煉獄、この羊羹すっごく美味しいですよ」
「うむ、抹茶入り羊羹か。だが主、こっちの栗羊羹も美味いぞ」
水着霊基の沖田さんオルタが隅っこの方で煉獄と一緒にお茶請けの羊羹を爪楊枝に刺してパクついてる。
「ほれ、平助も」
「いや、僕は……」
「遠慮すんな。せっかく出してもらったもんだ。ありがたく頂いとけ」
原田さんと永倉さんに挟まれた藤堂君は躊躇いつつも小さく切られた羊羹を口に運び、一瞬だけ目を丸くして硬直する。それでも紅女将お手製の羊羹を初めて食べた反応としては、むしろ抑え気味の方かも。私とマシュは思わず声を上げて、お互いの顔を見合わせてしまったくらい美味しかったもの。
「彦斎さん、厨房からの出前ありがとうね」
「これくらいはお安い御用」
どこかレトロなデザインの和風の給仕服を着込んだ人斬り彦斎は銀盆を片手に私の隣に腰を下ろす。ノッブの隣に座らないのは、一応の警戒の意味もあるのだろう。
「どうぞ、マスター様。お好みで抹茶ラテにもいたしますが」
「ありがとう。でも、今日はいいよ。せっかくだから、そのままで」
茶を点て終わった利休が駒姫に切り替わって茶碗を配る。細かく泡立てられた香り高い抹茶は苦みの中にもクリームにも似た仄かな甘さが感じられた。あの千利休が手ずから点てた茶を飲めるなんて、今さらながらすごい贅沢だと思う。
「マスター、茶請けの菓子だけじゃなくて、おにぎりもある。具にツナマヨを入れてもらってきた」
「ホント? じゃあ、一つもらってもいい?」
私は彦斎さんと一緒におにぎりを頬張る。それを見て近藤さんと山南さんが優しく笑っている。普段は無愛想というか、どこか冷たい感じのする土方さんも、近藤さんが隣にいるとどこか空気が柔らかい感じがする。
「――…で、マスター。わしをこんなところにまでわざわざ引っ張ってきて、やることはただの茶飲み話だけか? わし、弱小人斬りサークル活動なんぞに興味なぞ全くありはせんのじゃが」
つまらなそうに黙って茶を啜っていたノッブが、その和やかな場の空気をいきなりぶった切る。この空気の読まなさ加減というか、逆に読み過ぎているからこその傍若無人な振る舞いというべきなのか。
今にも刀の鯉口を切りそうな物凄い目で睨んでる永倉さんの視線にも構わず、これ見よがしに小さく欠伸までしてみせるあたり、こういうところはさすがに覇王と呼ばれた戦国の風雲児だとは思うけど。
凍り付いた空気を溶かすように、沖田さんが小さく溜め息をついてみせた。
「全く、友達いないぼっちだからってノッブが羨ましがるのはわかりますけど」
「誰がぼっちじゃ」
「あれ? 友達いるんですか? ノッブに?」
しれっと沖田さんがツッコミを入れると、ぐうの音も出ずにノッブは黙り込む。
同じく友達がいなさそうな傍若無人な金ピカ英雄王にもエルキドゥさんがいるし、ああ見えても子供には人気のある以蔵さんには龍馬さんがいるし、人付き合いが苦手っぽいカルナさんにもアシュヴァッターマンとか、わし様ことドゥリーヨダナもいるけど。ノッブには友達と言えるような相手は……、まあ、うん。
「ノッブの友達捜しは後にするとして」
「しなくていいんじゃが? じゃが?」
「弾正ちゃんのことが気になってたから」
私の言葉に、別の意味で場の空気が再び張り詰める。新選組の皆が私に注目する中で、ノッブだけは知らん顔をしていた。
松永弾正、あるいは久秀。元は三好家、そして室町幕府に仕えていて、後に上洛した織田信長に臣従。しかし二度にわたり叛逆してなお許されたものの、三度目の謀反によってついに追い詰められ自害したという。
「近藤さんも藤堂君も、結局は新選組のことを想っての行動で、勝先生もそれに手を貸しただけ。でも、弾正ちゃんにはそれに加わる動機が何も無いんだよね。『王』を探しているとか、そんな曖昧でぼんやりとしたことだけで、あそこまで入れ込むとは思えないんだけど」
「さてのぅ。わしにはあんな爆弾女のぶっ飛んだ頭の中身なぞ見当もつかんわ」
それはまるっきりの嘘では無いんだろうけど、極端なほどの合理主義者で、軽口一つで初対面の彦斎さんに向かって銃の引き金を躊躇いもなく引くぐらい無礼撃ちのハードルが低くて、あの善住坊さんを処刑したのと同じのこぎり曳きの刑を近藤さん相手にも勧めるくらい他人の命の扱いがとにかく軽いノッブが、謀反した臣下を二度も赦す時点で通り一遍の関係性じゃないんじゃないかと思えるんだけど。
「弾正ちゃん、言ってたよね。『誠だの志だの信じる心だの絆だの、そんな綺麗事や御題目で勝てるのなら苦労はしない。それだけで勝てるわけがない』って。何度も、何度も」
「……」
「まるで、それだけじゃ本当にどうにもならなかったことが、実際にあったみたいだった。だから、裏切ったり騙したり、そういう悪事に手を染めるしか無かった、そうする他に手が無かった。――…私には、そんな風に聞こえた」
私はノッブの横顔を見る。じっと見る。私だけじゃ無くて、新選組の皆も。
しばらくの間はそっぽを向いて素知らぬ振りをしていたノッブだけど、やがて根負けしたように大きく溜め息をついた。
「……はぁ。なんでそこまで敵の事情に首を突っ込もうとするのやら、わしには到底理解できんわ」
そう言って、空になった茶碗を利休に向かって突き出す。
「利休、お代わりじゃ。あと、マスター。わしにも何か茶請けを寄越せ。食った分ぐらいは語ってやる」
「煉獄、マスターにこれを持って行ってあげましょう」
「主がそう言うなら、まあ」
小さい煉獄がトテトテと羊羹を載せた小皿を持ってきてくれる。
「ほれ、主のマスター。栗羊羹だ。美味いぞ」
「ありがとう。……ノッブ、これでいい?」
爪楊枝に刺した栗羊羹を口元に運んで、ふとその手を止めたノッブは思い出したように新しい茶を点てる利休へと目を向けた。
「そう言えば、久秀の奴めは利休とも知己じゃったな?」
「左様でございますな。あの御方は名の知れた数奇者でいらっしゃいましたので。名物の茶器を好んで買い求めておられました。この利休めも、随分と儲けさせていただいたものでございます」
「ならば、久秀めの風聞も多少は聞いておるじゃろ。ほれ、マムシの道三と同郷だったとかどうとか」
「ああ、斯様な風聞でしたらば、確かに。嘘か真かまでは存じませぬが……」
マムシというと、おそらくノッブの義父である斎藤道三のことだろうか。一介の油売りから身を起こし、美濃国の主にまでなったという。
「あくまで噂じゃ。本当のところはどうだったかは知らん。わしが久秀と初めて顔を合わせたのも、義父殿が死んでから随分と経ってからのことじゃしな」
「それが弾正ちゃんと何の関係が?」
「久秀めと義父殿が同郷だの何だのと言われとったのはな、つまりは周りから似た者扱いをされとったということよ。どこの馬の骨とも知れぬ卑しい身分からの成り上がり。下剋上の申し子。わしも一応その仲間に入るわけじゃが、それでもまだ守護代の下の奉行職の三男坊ではあったからな。下っ端の下っ端とはいえ、まだ武家の扱いはされとった。そんなわしでも、畿内では随分と見下されたものよ」
カラカラと笑うノッブは気にした風もなく羊羹を舌の上に乗せると、そのまま爪楊枝を歯で噛んだ。
「畿内だの京だのというのは、そういうところよ。取り澄ました顔の公家どもや生臭坊主どもがわけもわからぬ伝統だの作法だの、しきたりだの戒律だのを勝手に作って雁字搦めにしてきよる。わしは知ったことかとばかりに勝手気ままのし放題、そんな連中を片端から蹴り飛ばしてやったがな」
だからこその第六天魔王、織田信長ではあっただろう。神仏も何も恐れない。過去の遺物を焼き、踏みにじり、破壊し尽くして、次の時代の礎を築いた。
「じゃが、久秀はそういうわけにもいかんかったろう。何しろ、あやつを引き立てたのは三好長慶殿じゃったからな」
畿内の覇者と呼ばれた三好家の当主。足利将軍を陰から操る管領細川家に成り代わって、名目上は臣下として振る舞いつつもその下で実権を握った。
「わしの目から見ても、長慶殿は傑物じゃった。実態は壊れかけじゃった幕府を傀儡にした将軍と朝廷の権威で何とか取り繕って、どうにかこうにか曲がりなりにも延命させておったんじゃからな。とはいえ、三好家も三好家で成り上がりの扱い、とても管領職にまでは手が届かぬ。随分と歯痒い思いもしたじゃろう。それを久秀は実務で支え、長慶殿もそんな久秀を重宝して引き立てた。わしには何度も背いた久秀じゃが、長慶殿が生きておられた間は一度も背かず、忠義に徹しておった」
「……司馬懿みたいだね、なんだか」
三国志に登場する司馬懿も、曹操が生きている間は、そしてその後を継いだ二代目の曹丕に対しては忠実だった。けれど曹丕が若くして病に倒れ、まだ幼い三代目の曹叡が皇帝に即位してから、魏の命運は少しずつ狂っていく。
「ああ、司馬懿か。なるほど、曹操も宦官の孫ということで周囲からは卑しまれておったろうしな。漢の命数はとうに尽きておったのに、推戴した帝の臣下としての立場を崩さず死ぬまで簒奪しようとはせんかったところも、政治的傑物だったのみならず優れた文人でもあったところも、畿内きっての才人であった長慶殿と似た部分はあったやもしれんな」
ノッブは利休の差し出した茶碗から一口啜り、小首を傾げた。
「とはいえ、司馬家は元々からして名門じゃったし、仲達には八達と並び称された優秀な兄弟たちもいた。司馬懿の後を継いだ司馬師、司馬昭という二人の息子も父親に負けず劣らずの英才じゃった。翻って、久秀には味方が誰もおらんかった。いかに久秀が三好家と幕府に忠義を尽くそうとしたところで、周りは久秀の足を引っ張り貶めようとする連中ばかり。畿内に巣くう魔物どもを相手にしては、誠など通せるはずも無し。謀を巡らし、その手を血で染めても我を通す他に無かったじゃろうな」
それを聞いた近藤さんと山南さんが揃って土方さんを痛ましげに見て、しかし当の土方さんは仮面のような無表情だった。
「何より、久秀と司馬懿の最大の違いは、わしがいたかどうかじゃ」
ノッブは飲み干した茶碗を置いて、ニヤリと冷たく笑った。
「わしは全てをぶち壊した。久秀を邪魔するものも、久秀が守りたいものも区別せず、何もかも焼いた。司馬懿で言うなら、晋が三国を統一する前に異民族が攻めてきたようなものかのう。自分が仕え、支えた主君が死ぬまで守ろうとしたものも、その死後に自分が四苦八苦して保ち続けたものも、竈の焚き付けのように火の中に放り込まれて焼かれて消えていく。久秀からすればたまったものではなかったじゃろうし、それは背きたくもなるじゃろうよ」
「……だから、なのか?」
「平助」
ふと、堪りかねたように言葉を吐き出した藤堂君の肩に原田さんが手を置く。
「あんたがそんな風に全てをぶち壊したから、あの女も――弾正も、マガツヒノカミなんてものまで呼び出して、特異点ごと歴史を全部ぶち壊して、何もかも吹っ飛ばそうとしたのか?」
「知らん」
ノッブの答えは、藤堂君の声の悲痛さとは対照的にひどく素っ気なかった。
「あやつが『王』に拘るのも、長慶殿の悲惨な末路を見れば何某かの事情はあるのやもしれんな。じゃが、そんなことはわしの知ったことでは無い。他人の事情なぞに忖度してどうする? 百人いれば百通りの事情がある。そんなことに一々付き合ってなどおれん」
空になった茶碗を転がして、ノッブは肩を竦めた。
「そういうところだよ、ノッブ」
「なんじゃと?」
「そんなだから、ノッブは本能寺で自分まで焼いちゃったんじゃない?」
私の追及にも、ノッブは動じることなく鼻で軽く笑うだけだった。それがどうしたと言わんばかりに。
「是非も無し」
あぐらをかいた姿勢から片膝を立てて、ノッブは嘯いた。
確かにノッブは覇王だった。だからこそ、対等な友達など出来るはずも無い。こんな苛烈な生き様についていける者が、そうそういるはずもないのだから。
「近藤さん」
「何だろうか、我が主」
私の呼びかけに近藤さんは居住まいを正して答えた。
「沖田さんと軽くじゃれてる普段はそれほどでもないですけど、基本的にノッブはご覧の通りの人でなしなので、そういうところが気に障るという人もいます。織田家の人もそんな感じの人が多いですし」
森君とか蘭丸の兄弟もだし、茶々さんも、やっぱりノッブの関係者だと思わせるところもある。
「なので、仲良くして欲しいとは言いません。ノッブは馴れ合いが出来る人でもないですし、そうして欲しいと思うだけ無駄なので」
「なんじゃ、わかっとるではないか」
「でも、一応はカルデアの中で一緒にやっていく以上、無駄にいがみ合って険悪になる必要もないと思います」
ノッブが余計な口を挟む前に、先に結論を口にする。
「これまでは新選組は土方さんにお任せしていましたけど、これからは近藤さんに土方さんの手綱を握ってもらわないといけません。普段どれだけ冷静に見えても、やっぱり土方さんはバーサーカーなので。山南さんみたいな数少ない良心枠は貴重なので、あまり無理をさせたくもないですし」
「おやおや、ずいぶんとマスターちゃんに買われてるねえ。さすがは山南さん」
「いやいや、斎藤くん。よしてくれよ、私なんて……」
苦笑している山南さんを一ちゃんが軽く茶化す。近藤さんは横目でそれを見て、一つ頷いた。
「……なるほど」
「私も気をつけているつもりですけど、カルデアには色んな国の、色んな時代の人がいます。正直、全てを見て回るのは難しいので、近藤さんのように落ち着きのある人が新選組という枠の中だけでもしっかり重石になってくれていれば、それだけでも心強いです」
私は新選組の皆を見回した。
沖田さん、永倉さん、一ちゃん、藤堂君、原田さん、山南さん。
順繰りに顔を見て、それぞれに頷いたり笑い返したりしてくれたのを確認する。最後に土方さんを見て、むっつりと黙ったまま、けれどちゃんと頷いてくれたのを見て、改めて近藤さんに目を向ける。
「承知した。我が主の信頼に応えられるよう、新選組局長・近藤勇は、これからも精進することを誓おう」
脇に置いていた長曽祢虎徹の鞘を握って、鯉口を切った近藤さんは少しだけ刃を抜いて、また戻した。
その小さな鈴の音にも似た涼やかな刃鳴りの音が、私の耳を快く震わせた。
■□■□■□■□■
差し出した猪口に、徳利から酒が注がれる。
透明な諸白をなみなみと注いだ徳利を立てると、男臭い色気を湛えた低い声が句を吟じた。
「薄野の 月影落ちる 杯に」
薄が揺れる野原で酒盛りをしていると、夜空に中秋の名月が浮かんでいるのが杯に映り込んでいる。
そんな情景を詠んだ句である。上手い下手で言えば、さほどの名句とは言えない。素人に毛の生えた程度の玄人が精一杯に背伸びをして、なんとか上手い句を捻り出そうとした。そんな印象は拭えないだろう。
少し考えるような間を置いて、別の声が下の句を継いだ。
「炭火に焦がし 醬醢(ひしお)海苔かな」
月見の供と言えば団子である。団子に焼き目をつける炭火に垂れたみたらしの醤油だれの焦げた香ばしい匂いに、団子に巻く海苔の匂いが入り交じる。そういう意を込めている。
「食い気に寄ったな」
「総司なら、こっちの方が喜ぶだろう」
「違いない」
そう言い合って、二人分の笑い声が響いた。上手く返されたとばかりに土方が酒を呷る。空になった猪口を近藤が受け取り、そこに徳利を手にした土方が次の一杯を注ぐ。
歌遊び、という遊戯がある。
まず出題者が五・七・五の上の句を作る。回答者は、その上の句に合わせた七・七の下の句を返す。
この時、下の句はもちろん即興で作っても良いし、出題者の意を汲んで、あえて既存の有名な短歌から下の句を持ってきても良い。
咄嗟の機転と、古今の和歌集から既存の短歌を持ってくる知識量も問われる。そういう互いの風雅を競う遊びだ。出題者と回答者の仲が悪かったりすると、互いの教養を競い合うマウント合戦に化けることもしばしばだが。
とはいえ、元が百姓農民の倅に過ぎない二人にとって、そんな雅さと紙一重の陰湿な皮肉と嫌味の飛ばし合いは無縁である。おまけにカルデアには紫式部に清少納言、小野小町といった名だたる歌人たちが揃っている。彼女達に比べれば、これは文字通りの児戯のようなものだ。
二人が京に上って幾度か芸者遊びをするうちに、いつしか酒席の戯れとして覚えた遊びに過ぎない。
――だが。
「まさか、こうしてまた歳と美味い酒が飲めるとはな」
黒い羽織を肩にかけて寛いだ風の近藤が思わず漏らすと、土方は黙って盃を呷る。
浪士組として京に上ったのが文久三年(1863年)。鳥羽・伏見の戦いで敗れて江戸に戻ったのが、その5年後の慶応4年(1868年)。彼らの新選組としての活動は、最大でも5年足らず。その間に、こうして気楽に、何にも心を煩わせることなく二人が差し向かいで酒を飲めたのは果たして何回あっただろうか。
度重なる内紛によって袂を別ったかつての同志たちを幾度となく粛清し、そのたびに心は重く、憂いは晴れず、増える一方の酒量とは裏腹に雰囲気は暗くなる一方だった。盃を傾ける手は震え、舌を刺す苦い酒は血の味がした。あえてそれを飲み下しても、喉を焼くのは後悔と悲嘆ばかり。何の気鬱も悩みもないまま気楽に酒を呑めたのは、果たしていつのことだったか。
「我が主には、幾ら感謝してもし足りんな」
近藤が猪口を突き出せば、心得た土方も無言でそれに猪口を合わせた。二つの猪口が触れ合って澄んだ音を微かに響かせる。しかし、その勢いで酒が僅かに零れ、土方の指を濡らした。
「なんだ、もう酔ったか」
「別に」
ぶっきらぼうに応じる土方は、指を濡らした酒を何気なく舐める。それを見やる近藤もまた酒を呷ると、猪口を置いて徳利を手にした。酌をしてやろうとそれを出しかけ――。
「歳」
「わかってる」
一瞬で、二人は戦闘態勢に切り替わっていた。
瞬時に愛刀の長曽祢虎徹を抜いた近藤と、刀と銃を両手に握る土方が同時に同じ方向を見る。障子が僅かに開いていて、その隙間から無明の闇と、そして爛々と金色に光る眼だけが覗いていた。
「――」
「……」
二人と異形の眼の対峙は僅か数秒ほどか、あるいは、もっと長かっただろうか。
やがてニヤリと笑うようにグニャリと歪んだ目は、闇に溶けるようにして消える。それでも二人は油断することなく周囲の気配を窺い、やがて何の異常もないことを確認するに至ってようやく肩の力を抜いた。
「なんだ、今のは。……歳、知っているか?」
「知りたくもねえことだが、知らないわけにもいかねえ相手だ。おそらくタマモヴィッチ・コヤンスカヤって女狐だろう。今のが本体か、それとも使い魔の類いかまではわからんがな」
新選組の面子は全員が近代の英霊であり、魔術には縁が薄い。それゆえに剣士として危険を感じる直感に優れていたとしても、それが具体的にどんな被害を及ぼすものかの知識は少ない。
「タマモヴィッチ……かの三大化生の玉藻の前と何か関係が?」
「総司とオルタのように、関係がないわけじゃねえが別物らしいぜ。詳しくは知らんし興味もないが」
「そうか。……敵か?」
「今のところは敵じゃねえが、味方でもねえところが厄介だ」
少なくとも、現時点ではカルデアと明確に敵対しているわけではない。マスターに肩入れしているというのも嘘ではなかろう。しかし、その腹に一物抱えているであろうこともまた間違いないのだ。
「我が主も苦労が尽きんな」
「どこだろうと変わらねえよ。人がいい奴ほど要らぬ苦労を背負い込む羽目になる」
愛刀を鞘に納めた近藤が眉をひそめる。
「歳。……もし仮に、あれが敵に回った時としたら、勝てるか?」
「……」
「我らはまだいい。マガツヒノカミを我らだけでは切れなかったのと同様、我らが総出でかかっても力及ばず敗れることもあるだろう。新選組が歴史に敗者として刻まれたのと同様に、それは仕方のないことだ。だが、それによって我らの主を危険に晒すようなことになっては意味がない」
土方は目を閉じた。バーサーカーにはあるまじき冷徹な戦術思考が計算を弾き出す。
「新選組が負けるつもりはねえ。が、今のままでは勝ちの目が見えねえのも確かだな」
「それほどか」
「光と名乗る方は対人に特化した殺戮機械。闇を名乗る方は天から巨石を降らし、おまけに毒やら呪いやらを派手に撒き散らす。二つが組めばさらに目も当てられん。こちらは抑止の守護者を名乗る総司のオルタが全力を出してなんとか……ぐらいか」
期せずして二人は同時に息を吐いた。
「それでもまだ、カルデアに居着くようになって少しはマシになったらしいがな」
「サーヴァントとして我が主に従っていればこそ、か」
気楽な酒盛りを再開する気分ではなくなった二人は、真剣な表情で互いに目を見合わせる。
「近藤さん。カルデアってのは表向き平穏に見える。だが、それは――」
「我が主がいればこそ保たれている仮初のもの、か?」
「そういうことだ。腹に一物抱えている奴もいれば、互いに反目している連中もいる。表では味方面しているが、裏では何を考えているかもわからんようなのも。新選組が見回ってた頃の京の都と大して変わらん」
それを聞いた近藤は、しかし柔らかく微笑んだ。土方が僅かに怪訝そうに眼を瞬かせる。
「そうか、ここはあの頃の京と同じか。いや、なに、それを聞いて逆に安心した」
「近藤さん?」
「新選組が為すべきことは変わらない。在りし日に京の都を守ったの同じく、新選組は――我らは、この手でカルデアを守り、我が主の心を安んじ奉る。そうだろう、歳」
土方は思わず瞠目し、そして呵々と笑った。
「まったく、あんたはどこまで行ってもあんただな!」
「そうだ、歳。私はこういう男だ。馬鹿は死ななきゃ……というが、生憎と、死んでも私の馬鹿は治らんらしい」
「いいじゃねえか、それで。俺もそうだ。負け戦続きの俺たちだが、死んでも勝つまで戦いを続ける阿呆が俺だ。馬鹿と阿呆、つり合いがとれてて丁度いい」
二人は肩を組んだ。酒精混じりの吐息が絡み合い、互いの顔にかかる。近藤の頬が濡れていることに土方は気付いていたが、何も言わなかった。
「お前には苦労をかけるな、歳」
「苦労だなんて思っちゃいねえ。そのために俺がいる。……ああ、そのために、俺は戦い続けてきたんだ」
■□■□■□■□■
「麗しき友情ですこと。――…いえ、あれはもはや友情とは言えぬものですわね」
ひっそりと囁く声が闇の中に響いた。
「あまり野暮な真似はしないで欲しいものですね。せっかく再会できた二人なんですから」
何時の間にかその首元に突き付けられていた切っ先から、優美な弧を描く刀身から鍔に至り、そして柄を握る白い手へとコヤンスカヤは静かに目を移していき、最終的に刀を握る新選組一番隊隊長と目を合わせた。
「いつからそこに? 光の方の私ではあるまいし、随分と達者な隠形でいらっしゃること」
「最強無敵の沖田さんはセイバーよりも本来アサシン向きなんですよ。さすがに今はジェットはつけてませんけど。音でバレちゃったら格好悪いですもん」
ニコリと笑う天才剣士は、しかし突き付けた愛刀の切っ先は相手の喉元から外しもせず、僅かに背を反らしたコヤンスカヤから皮一枚すらも間合いを外させもしなかった。
「それでなくても前々からマスターの周りにしつこく纏わりついてて、目障りだったんですよね、あなたって」
切っ先が僅かに白い喉に食い込み、赤い雫が鋼に伝う。
「光と闇がいるんなら、どちらか片方が今ここで一度くらい死んでも問題ないんじゃないですか?」
「その論法で言うなら、病弱なセイバーなどよりもアルターエゴのオルタの方が抑止力としてはカルデアにとって重要なのでは?」
二人は笑顔で煽り合う。
「まさか、ここでは殺されないと思ってたりはしませんよね?」
「それこそまさかですわ。あの神殺しの人斬りもそうですけれど、極東の侍というのは本当に厄介ですわね。今回の特異点の顛末を聞き知って、その思いは強まりこそすれ弱まる事はありませんわ」
コヤンスカヤの喉笛に血の筋を刻んだまま、笑顔のままで沖田は問いかけ、コヤンスカヤもまた同様に笑顔を崩すことなく応える。
「ああ、あれですか。全く、私の剣を『人が踏み込んでいい領域ではない』とか言ってたくせに。自分だって、他人のことは言えないでしょうに。そうは思いませんか?」
「私からすれば、どっちもどっちだとしか。あと二歩手前か、それとも三歩手前かまでは存じませんが、刀一本で魔法の領域まで迫る魔剣の使い手がカルデアには多すぎです。油断も隙もあったものじゃありませんわ。ほら、今もこうして殺される寸前ですので」
笑顔のまま対峙する二人だったが、沖田の刀が少しずつ喉に食い込んでいくにつれコヤンスカヤの唇の端から血の糸が顎に伝った。
「源頼光を郎党ともども、マスターの護衛として囲い込むつもりだそうですね。新選組では頼りにはなりませんか?」
「あら、お耳の早いこと」
「源氏の棟梁とその片腕の渡辺綱はともかく、坂田金時は嘘や隠し事には向きませんよ。ちょっとカマをかけて揺さぶりをかければ察しをつけるのは難しくありません」
カルデアにおけるマスターの身柄を巡る戦いは、近藤はもちろん土方も想像すらしないところで、ずっと前から水面下で続いていた。
マスターに真っ当な思慕を向ける者、あるいは狂気にも近い執着を抱く者。恋の鞘当ては互いの情念がかかっているだけにその争いは特に激化しやすい。もちろんマスターの目の前で大っぴらにやれば咎められ、周囲から止められるのは目に見えている。それゆえに水面下での暗闘が繰り広げられているわけだ。
もちろん、争いの種はそれだけではない。
ごく僅かな例外を除けば、基本的にサーヴァントの現界はマスターという要石を楔として成り立っている。そのため、まず第一にマスターの身柄を抑え、第二に聖杯という魔力リソースを確保さえ出来れば、受肉あるいは長期の現界の維持が可能なのではというのは誰でも思いつくことだ。
もちろん、そんな悪だくみを防ぐべくカルデアでは聖杯は厳重に管理されているし、マスターの身柄は常に護衛され、悪く言えば監視もされている。しかし、わざわざ口に出して要らぬ波風を立てるほど愚かではないものの、果たしてカルデアという組織そのものがこのまま何事もなく平穏無事に終わるのかという疑問は誰もが内心では抱いている。
「ノッブも言っていましたよ。『サーヴァントはいずれ消えるもの。いつまでもマスターの傍にいられるとは限らない』と。マスターの長い旅の終わりを予感しているのは、私やノッブだけではないはず。――もちろん、あなたもそうでしょう?」
笑みを消した沖田の鋭い眼差しに、コヤンスカヤは悠然と笑みを返す。
「そうですわね。南米異聞帯の時のように、ストームボーダーの撃墜とマスターの死亡――なんていう最悪の事態すらもありえる。そうならないのが最善ではありますけれど、万一そうなった時に備えて手を打っておくのはPMCのリスクマネジメントとして当然では?」
「新選組に探りを入れることも、その一環ですか?」
「ええ、カルデアにおける戦力バランスに変動があれば、その都度調査を行うのは当然のことですもの」
「なら、それを外に漏れるのを防ぐようにこちらが動くのも当然の対応ですよね?」
非情な刀の切っ先が更に深く首を刺す。コヤンスカヤの口から溢れる血の量が増える。これ以上はサーヴァントといえど致命傷は免れまいという寸前で、沖田は最後の問いかけを投げた。
「命乞いぐらいしてみたら如何です?」
「私が? 御冗談を。人類を相手に命乞いなど、私のポリシーに反します」
「では、そのまま死ぬことですね」
無造作に突き出された刀が白い喉笛を深々と刺し貫く。血を吐きながら崩れ落ちたコヤンスカヤの体が影に溶けるように消えていくのを冷徹に見下ろして、軽く血振りをしてから刀を鞘に納める。
「――…やはり使い魔の類いでしたか。一体どちらが厄介なのやら」
体毛のある生命であれば眷属として生成可能なスキルを所持するコヤンスカヤの使い魔は、いずこかの陰陽師と同様その気になれば疑似的な不死身をも可能にするだろう。尤も、かの法師を心底毛嫌いするコヤンスカヤがその無駄に高い矜持を自ら傷つける猿真似をするとは考えにくいが。
「ヒラクチの彦斎といい、コヤンスカヤといい……本当に、馴れ馴れしくて厄介な女にばかり目をつけられるものですね。私のマスターは」
僅かに唇を尖らせて呟く沖田は、そして微かに頬を赤らめた。今この瞬間に自分が剣を振るった理由が、近藤や土方のためというよりも半ば以上は私情からだと遅まきながら自覚したからだった。
「私のマスターは、ずっと私だけのものです。誰にも渡しませんよ。――…ええ、絶対に」
今この時だけは新選組の一番隊隊長としてではなく、沖田総司という一人の女として。焼け付くような熱を帯びた恋情を乗せた言の葉を、その舌の上にそっと乗せた。