異種族だらけの貞操観念逆転世界で剣を振る 作:付呂無権左衛門
農耕地帯から見て南に流れるセルレイム川と、北の山林から下ってくる幾つかの支流河川とによって培われた豊かな土壌は、安定した作物の供給を可能としていた。
山林側への開拓も適宜行なわれているが、セルン近隣においては小康状態といったところ。今後の人口増加次第だろうか。
そんな農村地帯を抜けて北東山林へと足を踏み入れれば、そこは俺たち冒険者の仕事場。すなわち、魔物たちの領域である。
もっとも、俺たちにとってはもう少しだけ未来の職場だが。
現在は、セルン鉱山町の近辺にて魔物デインガグを討伐した日から数えて、五度目の昼前。
セルレイム川に沿って整えられたセルン東街道の中ほど。街道や川、周囲に人影が見えないことを確認した上で、俺とアルジェンナは彼女の魔術訓練に励んでいた。人目を避けているというよりも、シンプルに安全性への配慮である。
「
アルジェンナが口にしたのは、自らの魔術に定めた発動
自己暗示の側面も強いため、なんであれテンションが上がればそれで良いからテンポ感も割と重要……と、師匠からはそう教わっている。
少なくとも、アルジェンナにとっては一発で上手くハマったのだろう。彼女が伸ばした両手、その数メートル先で穏やかに流れていた川の水面に大きな変化が起きる。
「ほー……」
思わず声が漏れた。だってこれ一発目だぜ。ここ数日、水球の維持訓練は続けていたし、すでに存在している物質を適性魔術で操るのは比較的容易であることを踏まえても、まあ驚きだ。
直径30センチメートルほどで安定した水の……柱? 帯? 攻撃魔術としての発動であることを鑑みれば、鞭と表現するのが適切ではあるだろうか。それが10メートルほどの高さまで一本の線となって飛び上がったあと、ぐるぐると渦巻きながら少し離れた位置の水面に飲み込まれていった。
……本当に、驚きだ。そして少し肝が冷えた。セルレイム川って、物資輸送船の運行等もある関係で中~大型の魔物や水棲獣が棲み着かないように冒険者の自主的な協力が奨励されてもいて、その関係で別に攻撃魔術が禁止されてるとかはないし、極論としては人的被害が無ければOKですって感じらしいんだが……そういう危険があったわけでもないのに空撃ちってどうなんだろう。感覚的には、前世の公道で爆竹撒いて遊んだみたいなクソガキムーブに近いんだが。
いやだってこんなにしっかりしたものが出てくると思わなくて……。魔物相手の殺傷力という意味ではまだまだだが、数人を運べる程度の小舟なら余裕で転覆させられるね、今の。
「はぁっ、はぁっ……ご主人様、いかがでしたか?」
今さら俺がそんな小市民的な怯懦に塗れているとは想像すらしていないだろう。結果を問う言葉とは裏腹に、上目遣いにこちらを見上げてくるアルジェンナの表情には明らかな期待の色があった。
股間……と、あとちょっとなんか胸にキュンときた。いや……いや、まあいい、それは。
「素晴らしい。それ以外、言葉が見当たらない」
素直にそう答えると、アルジェンナは「そんな、ありがとうございますっ。もったいないお言葉です」と口では謙遜しつつも、ぷりんぷりんと身を震わせて
……なんだろうな、悪い意味でのあざとさを感じるのも確かなのだが、不快感には繋がらない。
アルジェンナがそれを
悪い気分ではなかった。頭がおかしくなりそうだと、どこか泣き言を漏らしている自分がいるのも感じるが。
「……食事にしようか」
「はい!」
その辺に生えていた
いつもの携行食料、固くて塩辛い干し肉を取り出して、アルジェンナに水洗いさせたフィアレジアと一緒に口の中に放り込んだ。ヘルムバイザーの速やかな開閉もすっかり手慣れたものだ。
黙々とそれを繰り返してアルジェンナと共に腹を満たすことしばし。こちらが食べ終わったのを見計らい、アルジェンナが外套の中へと腕を滑り込ませてきた。
するり、するりと柔らかな指が俺の腕を這うように撫でたあと、指が絡め合わされる。……近頃は、性処理以外でもこうした肉体的な接触が多い。
「ご主人様」
「なんだ?」
真面目なトーンにつられて、顔を向けた。
「僭越ながら、先日、セルン鉱山町で知り合った金級冒険者――ニギレアについて、ご相談したいことが」
「……」
そういえば、ここ数日はギルドでもあの女についてそれとなく情報収集していたな。
金級だからそもそも当然でもあるが、その振る舞いも合わさってニギレアの存在は
「ご主人様もお聞きになったとおり、彼女が持つギフト、もしくは得意とする魔術は『周囲の音を外部へ漏らさない』結果を齎す力と思われます」
「……ああ」
そういうことらしかった。
流石に具体的な詳細はニギレア自身が明かしていないが、概ねそのような力を持っているということは、少なくともギルドセルン支部内においては周知の事実だった。ある冒険者が「一緒に魔物の真後ろまで歩いて近づけたんだぜ」とまで自慢話のように語っていたのを、俺も横で聞いている。
ゆえに、彼女は「音無し」という非常に直截な異名を持っているそうだ。
「あの力……ご主人様のこれからの旅路においても、非常に有用なのではないかと」
……まあ、そういう話の流れだよな。
「それに、そもそもが金級です。セルレイム伯爵と知己であるという話もありました。いざという時、いえ、ご主人様が普段からもっと伸び伸びと振る舞われて、周りの耳目を集めることとなっても、彼女の力があれば……。恐れながら、味方とするにも決定的な部分はご主人様に頼る他ありませんが、そこに至るまでの道筋は、私が、必ずや――」
「アルジェンナ」
「――はい」
本人的に思うところもあったのだろう。少しばかり駆け足気味になっていた言葉を遮ると、ぎゅっと握り込まれた手から、その体の硬直具合が伝わってきた。こちらを見上げる藍色の瞳が、そぞろに揺れている。
なるほど、あらかじめ媚びる準備をしていたわけね。だがいい、許すよ。いやそもそも、許すも何もない。ぶっちゃけそんな風に――つまり、俺自身の身の振り方についてああした方がいいこうした方がいいと提案された程度で、気分を損ねたりしない。……いや、会った当初なら分からなかったかも。たった数日前のことなのに、もはやそれも曖昧だが。
むしろ俺のほうが許しを請うべきなのだろう。契約の上で同意があってのこととは言えども、俺に付き合わされて冒険者なんてやることになり、挙げ句に窮屈な生活を送っている。不安にさせたことだろう。露骨にあのニギレア相手にビビりまくってたし。自分より遥かに弱い女に「私が守ります」とまで言わせ、決意させた。けれど、現実的に金級という壁は遥か高く。なら、越えられないなら向こうから下りてきてもらおう――というのも、一つの選択肢としては自然だ。
自然、だが。
「とりあえずは、お前がいれば十分だ」
「――……?」
ぽかん、と。まったく予想だにしていなかった言葉を耳にした、という様子のアルジェンナ。
「俺のことは気にしなくていい。お前がこうして付き合ってくれているだけで……うん、楽しいから」
「ああっ、そんな、ユウヤ様……!」
蕩けた表情とはこういう顔を言うのだろう。頭を巡っていた小難しいこと、理性や打算といったものが一瞬で全て吹き飛んだのだと疑いようがない表情を浮かべて、アルジェンナがしなだれかかってくる。
彼女を受け止めて、そのまま地面に背を預けた。
「けど、そうだな。ニギレアとは、機会があれば、仲良くしよう。顔を晒すのを気にしなければ……息苦しさに付き合わせなくてもよくなる。食事とかも、な」
どこかお高い飲食店に行くのでも、自前で用意するにしたって。
――極端な例外である白金級を除けば、金級は間違いなく人類最高峰の戦力。なんなら、将来的には正式な護衛依頼を視野に入れてもいい。今すぐ雇うにはいささか以上に懐が心許ないが、先立つものの代わりとして……まあ、求められるのであれば身体で払うことだって、可能ではあるだろう。
ぶっちゃけ。マジな話をすると、いざという場になってニギレアとかを相手にして勃つかどうか、五分五分だと思ってる。つまり、自分より強い女、要するに、やろうと思えば、いつでも俺を
俺には
……なんか、男娼が冒険者とかを苦手にしてるってのが一気に身近な感覚として理解できちゃったな……頭では分かってたつもりだったけど……すげぇな、すげぇよ高級男娼……。
さておき。だが、実際にそんな手段でも力を買うことができるなら。
そして、そうやって根無し草の俺が遮二無二やって手を届けられる範囲で得た力であって尚もどうしようもない事態が起きるようであれば……まあ、やっぱりその時はもう悪態つくぐらいしかできねぇか……クソがよ……。
殊の外。単純接触効果と言っただろうか。そういう心の働きだってあるからだと冷静な部分で分かってはいても、寝食を共にして、変則的にとは言え体を重ねる毎日を送ってきた僅か数日で、俺は自分の腕の中で悶えているこの温かな存在を大事に思い始めていた。
俺の身だけではなく、これを守るためなのだと思えば――ああ、そうだな。今こうして考えを巡らせてみて、改めて気付く。
とっくに、悠長なことを言ってはいられる場合ではなくなっていたのだ。アルジェンナへ多少なりとも心を傾け始めていた時点で。
剣を振るだけじゃねぇ。股間の剣も振れ。
ぶっちゃけ前者のほうは命の危険がある分、その瞬間だけは頭の中がスゥーッとなるからむしろマシなんだが……いや、つまり知らねぇ女を相手には命を賭した真剣勝負、セックスバトルをしかけろってこと……?
「ユウヤ様、私、私っ……♡」
心底くだらないことを考えていた俺の上で、内股を擦り合わせながら切なげな声を漏らすアルジェンナ。なんか、お前も大概だよな……言えた立場じゃないからお互い様なんだけど……。
実際、俺の膨らんだ股間が彼女の腹を押し上げているせいもあるのだろう。
「夜にな」
「は、はぁい♡」
ここ何日か、自分の性処理とは別にこちらも手を使ってイカせたりしていたからか、随分とあけすけに求めてくる。前職の関係もあってか意識して下女のように振る舞っている節があるのだと思うが、その垣根も曖昧になってきているようだ。
まあ、お互いに味を占めたのだ。色々と、お互いに……。
今日このあとの予定としては、そろそろ農村周辺の山林にも入っていくつもりだったが……その前にどこかでどうにか性欲を発散させる必要がありそうだ。二人分の。
○○○
冒険者ギルド・セルン支部。
自分たち七人姉妹と、何人かの他種族の友人たちとで共有している
「久しぶり……だね?」
「はいっ、お久しぶりです、ニギレアさん。前回こちらにお見えになったのは、およそ
そうだったかな、そうだったかも。
長命種としてそれなりの時間を生きてきたニギレアは、その辺りの感覚がひどく曖昧だった。さらに言えば、種族的な特徴を抜きにしても、そもそも彼女自身がゆったりとした気質を持っているせいでもある。
まあ、どうでもいい、些細なことだ。今はそれよりも、
「ユウヤって冒険者……知ってる?」
前置きもほとんどなく、ニギレアが本題を切り出した。
――ニギレアにとって。
魔物狩りという本業に直接関わること以外で、七日と経たない内に「また来るだろうから、待っていよう」という考えが薄れて自分から行動に移すに至るのは、滅多にないことであった。ほとんど異常行動である。
まさに居ても立ってもいられず、と。そう表現してよいだろう。興味、好奇心の赴くまま、彼女は音も無く滑り出していた。
「はいっ、ユウヤさんなら当支部を活動拠点とされておられますよ! なにかございましたか?」
あえて明示するまでもないが、この世界、この時代に「個人情報の保護」などという概念はほぼ存在しない。冒険者に限れば、互いの素性や手札について不用意に深入りしないという暗黙の了解がある程度。
ましてや、瑕疵のない金級・三位ともなれば、その信頼度は優良なギルド職員のそれにも等しい。
ペイリの言葉を受けて、ニギレアは満足そうに、控えめな笑みを浮かべた。
◯◯◯
【マウンティング】
遠いどこか、とある場所では、俗に「他者に対して自身の優位性を強く示す行為」としての意味も持つ言葉。
エイローン大陸においては、いまだ言語化されていない概念。
自身が相手よりも立場・実力共に上回っていると客観的にも判断できる状態でありながら、尚も粗暴に振る舞ってそれを誇示し続けるような醜い行為も、その一例と言えるだろう。
時にそれは恐怖心の裏返しでもあり、そうしなければ己の安寧を得られない、本質的には弱者側の行動でもある。
その弱さを見て唾棄するのか、あるいは愛おしくさえ感じるのか。まったくもって彼我の性質と関係性、それ次第である。