異種族だらけの貞操観念逆転世界で剣を振る 作:付呂無権左衛門
セルレイム伯爵領で重罪を犯し、犯罪奴隷の烙印を押された者たちは様々な産業への労働力として駆り出される。それはセルン鉱山での採掘においても例外ではなく、むしろ危険な作業であることから優先的に割り振られる傾向にあった。
鉱山労働者たちの通勤の護衛を請け負う冒険者は、労働者の中に含まれるそんな犯罪奴隷らに対する抑止力も兼ねている。もっとも、契約魔術が存在する以上はほとんど必要のない保険ではあるのだが。
ゆえに警戒すべき対象はあくまでも魔物。その魔物にしても、採掘が行なわれている近辺であれば、銀級程度の実力があれば特段に手こずるような手合いは存在しない。例外らしい例外と言えば先日多少の騒ぎとなったデインガグの出現だろうが、それにしても
それは彼女たちの少なくない経験に裏打ちされた確かな判断でもあり、決して油断とは言えない。
だが、ある男が自身の過去の経験もあって病的なまでに頭の片隅で気にし続けているように、誰かにとっての抗えない理不尽とは、前触れもなく暴風のように吹きつけ、薙ぎ倒していくものなのだ。
初めに、坑道の入口付近で腕組みなどしつつ、適度に気を抜きながらも常時の緊張状態を保ったまま立哨をしていたリーダーの腹から、剣のような長さの鋭い何かが飛び出した。そして貫かれた彼女が苦悶の声を上げる間もなく、音すら自らの存在を忘れてしまったかのような静かさと滑らかさで、そのままリーダーの上半身が縦に裂かれた。
次に、そのリーダーと向かい合う形で立っていた、彼女を除いてチーム内唯一の銀級でもあり副長を務める
一連の物音に反応して一斉にそちらに意識を向けた他の面々、残された三人の銅級冒険者が目にしたのは、無惨にも
これまで優れた指導者に率いられて着実に成長を続けていた、しかし未だ開花しきらざる若い冒険者の女たちは、まったく事態を把握できないまま反射的に腰を浮かせ――ようとして、誰も立ち上がることはできなかった。横並びに座っていた彼女たちの、まさに腰部が一斉に両断されたからだ。
ばつん、と。一つ鈍い音を立てて、巨大な二本の鎌、
「っが、ぁ――」
上体のみとなって地面に倒れ込んだ一人の女は、急速に薄れゆく意識の中で、見て、知った。自分を害したその鋏が、長い蛇腹の尾の先端であることを。その尾はまるで虚空から生えてきているようだったが、今この瞬間にその発生源があたかもこの現実世界へと溶け出すように、色の無い霧が晴れるように姿を見せたことを。
一見したフォルムは、彼女もかつて相対したことのあったデインガグのもの。その昆虫のような腹の後部に、自分たちに致命傷を与えた尾が繋がっていた。
『はぁ。やっぱり、自分でやらなきゃ駄目なのね、こういうのは』
エイローン大陸で用いられる共通語とはまったく異なる言語を操るその口は、やはりデインガグのような人型の上半身から発せられていた。だが、吐き気を催すような邪悪な造形であることは通常のデインガグと変わらないが、どこか人間的な「女性」の顔と体つきであることが明確な差異であった。そして昆虫めいた下半身と繋がる腹の部分が異様に長くなっており、いくつもの節が連結したそれは
四つの腕と四つの脚はたしかにデインガグと同様のものだったが、更に下半身の前部からは
おぞましい虫の
今まさに意識が闇に閉ざされた銅級冒険者はその存在に対する知識を持たなかったが、彼女のリーダーであればその名前だけは知っていた。
初手で潰されていなければ、万全の態勢で迎え撃てていれば、あるいは万に一つのか細い可能性の結果として仲間の一人くらいを逃すことはできていたのかもしれない。もはや全てが意味のない仮定に過ぎないが。
ナーデリーガーグ。
人類には「
『あとは、お前たちがやりなさい』
パキ――パキ――パキ――パキ――パキ――――――パキパキパキパキ――パキ――――――パキ――パキ――パキ――パキ――パキ――パキ――パキ――――パキ――――。
デインガグの出現を示す特徴的な音が、無数に木霊する。
間もなくして、優に十を越える個体がその場に現れた。
魔王の尖兵。なんらかの意図のもとに率いられた一個の軍団。
こうまで簡単に人類の活動圏へ姿を現すはずもないそれら。
人々にとって数ある悪夢の一つが、あまりにもあっさりと境界の向こう側から染み出して来ていた。
『
銀級冒険者たちの亡骸に手を伸ばしていたデインガグの一体が、振るわれた尾の一撃によって正しく虫けらのごとく吹き飛ばされ、粉々になる。
『お前たちの分は、その中』
ナーデリーガーグが示した坑道の中に、デインガグの群れが身を縮めながら押し寄せていく。
程なくして、仄暗い坑内に、女たちの絶望的な悲鳴が響き渡り始めた。
外へと漏れ出してくるそれらに耳を傾けながら、ナーデリーガーグは自らが仕留めた獲物に頭から無造作に齧り付いていた。
◯◯◯
昼下がりの頃。雲の少ない青空は鬱陶しいようでもあり、どこか郷愁を呼び起こさせるような気もした。
空の青さだけは、前世のそれと変わらない。あとは太陽も、たぶん。そもそもハッキリと肉眼で見てないから断言はしかねるが……星空の様相は明らかに違うし、月はなぜか三つぐらいあるから、まあそれと比べれば誤差だろう。
今俺が立っている大地も、惑星ではあるのだろうけど。今生においてその辺の真実を知ることはできないのだろうな。なんだか少し寂しくもある、その事実は。
なぜ急に遠い空へと茫漠たる想いを馳せているのかと言えば、単にいわゆる「お預け」状態になっている自分の股間を変に刺激しないためだ。具体的には隣のアルジェンナから目を離せればどこでも良いのだが、今はとりあえず空へと視線を放り投げていた次第だ。
当のアルジェンナは真面目に水球の維持訓練をしている。感心なことだ。
――ん?
「……あれは」
「ご主人様?」
見上げていた視界の中に何かが滑り込んできた。空の彼方に見える影、それがゆっくりとこちらへと近付いてくる。つまり、降下してくる。
歩みを止め、アルジェンナの訓練も停止させる。
「
初めて見るため、確証は無いが。
「なんと。……伯爵領の兵士の方でしょうか」
「かもな。なんにせよ、こちらへ向かってくる。いつも通りに頼む」
「はい、お任せください」
ヘイズルキン。端的に言えば、というか……人型の鳥、としか言いようがない見た目をした種族である。
フィルダン首長国においては特に個体数が少ない種であり、大概は権力者・有力者に仕える家として囲われている者たちだ。血を繋ぐために男性が優先的に宛てがわれるなど手厚く遇され、往々にしてそれに相応しい忠誠心が養われているとか。
まあ、そりゃそうだよね。天然の航空戦力だもの。
「……」
「あちらも……」
空に注意を奪われていたが、俺たちの進行方向――緩い丘の向こう側から、ドコドコドコドコ……と、馬が走っているような重低音が近付いてきていた。
いや、だが、これは……。
上空から接近してきているヘイズルキンも視界に収められるようにしながらその場に立っていると、やがて音の正体も姿を見せた。
「ぅぉ」
「ご主人様……」
「……いや、大丈夫だ。では、頼む」
「――はいっ」
全高は3メートルから半といったところだろうか。
その、恐らくはオオツチグモタイプの女だった。大土蜘蛛、要はタランチュラタイプだ。そんな根っからの捕食者というか……普通に気圧される存在感を伴った奴が、丘陵の向こうからぬうっと現れたのである。
なんだろう……滅茶苦茶パワフルだな……。恐らくは
迫りくる巨体の背には、セルレイム伯爵の家紋が誂えられた旗が悠然とはためいていた。
兵士どころじゃない。伯爵の騎士様じゃねぇか……。
「やあ、やあ、やあ! お二人さん、冒険者かい? 少しばかり話を聞いてくれ。なに、そちらにとっても悪い話ではないと思うぞ?」
しっかりと俺たちの眼前で停止した、アラクネアの騎士が陽気に言う。
蜘蛛の身体と脚――そして上半身の人型部分に至るまで隙無く鎧を着込み、背には長大なハルバードを背負っている騎士が無自覚に放ってくる重圧は、もはや戦車のそれと同等であるように思われた。
鎧の素材は、何らかの魔物の鱗だろう。分類としてはスケイルアーマーだ。伯爵の騎士が身に着けるような代物となれば、最低でも
「こいつらにするのか?」
彼女がこちらへ声をかけ終わったのとほぼ同時、その隣にヘイズルキンが舞い降りてきて、アラクネアへと問いかけた。
全身が一切の汚れと無縁のように美しい淡い桃色の羽毛に包まれた、
顔つきは思っていたよりも人間に近しいものを感じさせた。骨格もそうだが、眉毛に相当する位置に色の異なる羽毛が生えていることが一番の理由だろうか。頭の羽毛もなにかの髪型と表現としてよさそうな形をしている。この辺は
彼女自身のタイプとしては、鷹などの猛禽類だろうか。こちらもまた、生まれながらにして狩る者、捕食する者。天性の上位者に備えられた射抜くような切れ長の目は、しかしなにか言い知れぬ色気を醸し出してもいた。
「ああ。それにほら、こちらの剣士は中々できそうだぞ」
「ふむ……」
……なんだ? こいつら、何の話をしている……?
思わず、無意味であるのに、蹴り足をわずかに下げた。
「先輩方! もうっ、いつも言ってるでしょう! 主語を抜いてはいけませんし、お相手を放置してもいけませんよ!」
ここに来て、まったく察知できていなかった第三者の声。それはアラクネアの後ろから放たれていた。
叱責を飛ばしながらピョンと前に出てきたのは、一人の
三人ともそれぞれが、恐らくは金級冒険者に匹敵する強者。人民の守護者、秩序を担う矛と盾。
いやー素晴らしい。本当に素晴らしい。素晴らしく怖い! なんでこんなところでエンカウントする!?
「おっと、すまんすまん。あー、冒険者くん。先ほども言ったが、話があるのだ……ああ、そうだった。まずは、
アラクネアの騎士が頬笑みながらそう要求してくるが、目元は笑っていない。言葉に反応して、その両隣の二人もまったく無感情な瞳をこちらへ向けて来た。もう、あらゆる意味で怖い。
怯えを気合いで押し込めながら、決して慌てたり手間取ったりすることもなく。俺と、そしてアルジェンナは
それを目にした三人から向けられていた、ある種の感情が呆気なく霧散する。今度こそ、アラクネアの騎士は満面の笑顔を見せた。
「うむ、
――誓いに背いた者たち。
特に、他者を害する類の行動を取った冒険者の
これもう完全に職質だな……。
「この丘の向こう、数えて二つ目の村。ブザ村と言うのだが、その近辺でちょうど魔物の姿が見えたそうだ。助けてやれ」
……はい、ランダムクエストを強制的に受注させられました……。
◯◯◯
【大貴族の私兵としての騎士】
寄り子たる貴族家の者、あるいは爵位こそ持たずとも代々騎士として仕え続ける家の者。
保たれてきた血統によって才能と力に一定の保証がなされた上で、さらに厳しい鍛錬によって磨き上げられ、選抜された一握りの強者。
彼女らの職務は、仕える主、延いてはその領民を守護することである。
しかし彼女らの主戦場は対人であり、主務は仕える主より下された命。そのため、日常的な魔物の脅威に対しては冒険者との棲み分けが意図的に行なわれている場合が多い。
目の前で今まさに被害に遭っている民がいるなど緊急性の高い事態であれば即座に対応されるが、まずは対象の捜索が必要となる、そしてその推定脅威度が一定以下であるような状況に遭遇したのであれば、速やかに冒険者へと対応が回される。
一応は純然たる貴族でもある凡百の騎士爵や女爵よりも遥かに実力で勝り、時には権力さえも上回る場合のある彼女たちに成せることは大変に多いが、それゆえに、限られたリソース分配の匙加減を誤らないことが常に求められている。
明日はたぶん一話のみ投稿。