異種族だらけの貞操観念逆転世界で剣を振る 作:付呂無権左衛門
国や領主が抱える兵士や騎士など公権力の武装組織と比べれば、俺たち冒険者の仕事はそのまんま民間の……基本的には人間を相手にできないという性質上、狩人の集団と考えても、まあ問題ないだろう。
前世で考えれば、実弾入りの銃を持った自衛隊や警察が熊や猪などの人に危害を加えかねない獣を見かけたところで、よほど特殊な状況でもなければそのまま駆除することなぞ許されないし、対応を地元の猟友会にでも依頼するのが通常のフローだろう。もっともその例で言えば、騎士様はそのまま自分で害獣たる魔物をぶっ殺したところで特に問題にはならないのがミソではある。
実行可能であることと、実行すべきであるということは必ずしもイコールではない。
セルレイム伯爵に仕える十五の騎士、その中でも、領地全体の警邏を主務とする第四班の三士。
そう名乗った彼女らの名に於いて、正式な依頼――実質的には命令。騎士から冒険者への、ではなく、もっと単純に、とっても偉い人から下々の民への。目的に合致しているのでそれ自体には否やもないが――として、ブザ村周辺に出没した魔物掃討を請け負うこととなった。
彼女らはこのまま
常のとおり、具体的な応対はアルジェンナに任せて俺は一言も発さなかった。アルジェンナが簡単に「主は喉を負傷されておりまして」のくだりだけ説明し、それで納得してもらえたようで特段の追求はされなかったが……まったくもって心臓に悪い。正直、権力者側に目を付けられるのはニギレア辺りに接近するのと桁が違う危険度だ。同時に、だからこそニギレアの助力を得ようという提案がアルジェンナからもあったわけだが。
まあ、セルレイム伯爵は良い噂しか聞こえてこない名君であるようだし、俺の性別が知れた先のアレコレなどそもそも空が落ちてくることを恐れるようなものではある……こともないな。流石にそれよりは遥かに可能性が高い。現実的に想定され得る脅威だ。クソォア!
「フゥー……」
なだらかな丘陵の向こうにその巨体が消えていき、鳥影もぐんぐんと遠ざかっていくのを見送ったあと。深い溜め息を吐きながらその場にしゃがみ込む。
ハァ~、怖かったッ!
「ご主人様っ」
「すまん、情けないところを……。いや、今さらか……」
「そのようなこと……!」
虚勢を張る余裕すら、無い。そもそもが、我が身可愛さから顔も晒さねぇ声も出さねぇ、挙げ句に出会った直後にチンポしゃぶらせた女を盾にしてるんだ。これ以上に情けない振る舞いなんて、そうそうありませんことよ~。
クソが、ムスコがしっかり縮こまってるせいで疑似賢者モードだな。死にたくなる。
どうせ喉元過ぎればというやつで、しばらくしたら「やばいよやばいよっ、こんなんじゃ命が幾つあっても足りないよぉ……。――やっぱり子孫残さなきゃッ!!!!!!!!!」ってなるんだろうが。知ってる。バカがよ。……バカがよお!
嗚呼、師匠。もっとちゃんと教えといてくれよ。世間はマジでやべー奴らがゴロゴロしてるんだって。お前は所詮イキるフリすら許されない程度のザコなんだって。
だがまあ、だったらそれ相応に積み重ねるしかねぇわな……。
考えてみればラッキーだ。人里の近くで観測されたような魔物の討伐は競争率が高い。
放っておいても明日か明後日には他の誰かが始末するだろうし、そもそもあの騎士たちに会う者がいればそいつに白羽の矢が立つわけで。
「――ひとまず、ブザ村へ行こう。どちらにせよ、今日はその辺りまで行くつもりだったしな」
ようやっと立ち上がると、アルジェンナの不安そうな視線が追従してきた。それを遮るように、片腕で抱き寄せる。
……あー、くそ、落ち着くなぁ……。
「アルジェンナ。お前がいてくれて、本当に良かったよ」
「……ッ!」
ぎゅっ、と。力強く、彼女の両腕が俺を抱き締めてきた。
いつの間にか媚びる側が逆転してんなぁ、オイ。だが、思えばそのためにわざわざ奴隷なんてものを求めていた節もあるのだから、当然の帰結でもあるか。
愛とか恋とかそんな可愛らしく、甘やかなものではない。もっと切実で硬質な、感情ではなく、理屈。
必要なのだ。俺には、お前が。
◯◯◯
『アルジェンナ。お前がいてくれて、本当に良かったよ』
『……ッ!』
『だから、お前がいてくれれば、頑張れそうだ。ニギレア相手にしろ、あの騎士たち相手にしろ。実力では難しくても、せめていざって時に男としての武器を振れるぐらいには――――』
ザー……。
「――フゥん……?」
蜘蛛、それも特に一部の
「なぁるほど」
別段、素性を怪しんでいたわけではなかった。メダルの色も輝きもそうだが、メグの生来の勘が彼女ら――否、
だから、
ああ、それにしても。
自らの糸が伝えてきたあの声、なんと心地の良い重低音だったろうか。また聞きたい。ずうっと聞いていたい。
――自然と、メグの心にはそのような欲求が湧いてきていた。あくまで魔術を介したものであるため擬似的にではあるが、音声を直接耳の中へと流し込まれていたに等しく、脳髄に染み渡ったその音はどろどろと体の中身を溶かす甘い毒のようだった。
きっと実際に耳元で言葉を囁かれることもあるのだろう、あのアルジェンナという女には純粋な嫉妬を抱いてしまう。少なくとも生まれてこの方一度たりとも異性というものに触れることができていない身と比べれば、実のところ女としてはもう明らかに上回られていると言っても過言ではない。
悲しいかな、全てはこの見てくれのせいだ。青二才の頃は、生まれを呪いさえした。それは、この世に生まれた一部の女たちが共に抱える宿業でもある。
伯爵に仕える騎士ともなれば、社会的なステータスも相当なものだ。大抵の男はそれに免じて「屈強な女」を、恐れながらもどうにか受け入れてくれる。さりとて、限度もあるのだ。
ただでさえ特級のフィジカルエリート。そもそも同性であろうと勝手に気圧される天然の上位者。それがさらに鍛えまくってスーパー特級フィジカルエリートと化してしまった存在。そんな最高の騎士を生み出した当のセルレイム伯爵はまた大層優しい御方だから、逆に縁談の類も上手く進まない。
――「メグをちゃんと受け止めてくれる人じゃなきゃ!」って、いますか? そんなオス。いねーよ、ははは。
それに、たとえ妥協したところで、相手側から「勘弁してください」と頭を下げられるのがオチである。だから今は別に、このままの人生でもいいと思っている。行き遅れと呼ばれるような年齢になればまた考えが変わることもあるかもしれないが……今はただただ脇目も振らずに忠義を尽くす一生。いいじゃないか、まったく騎士の鑑であろう。
男なんて、要らないさ。受け止めてくれる男なんて、いないさ。私の人生は、まったくこれでいいのさ。
そう、思っていた――。
「
奮って、振るってみてくれるだろうか?
分かっていたぞ。つい先ほど相対していた時だって震えを抑えるのに必死だったろう。
隣の従者らしき女、実力においては彼とさえも雲泥の差であろうあの女のほうこそ、よほど気丈であった。もっとも、男を守る女だ、至極当然の話でもある。
けれど、けれどけれど。男の身でありながら、騎士として磨かれた目から見れば、たとえ恐怖に震えていようと一目瞭然なまでの剣気、一瞬だけ見せた確かな体運び、何ゆえかああまで鍛えた、何ゆえか冒険者働きなぞをしている、極めて珍妙奇特な男であれば――あるいは、あるいは、あるいは、あるいは、あるいは!
「メグ先輩、どうかしましたか?」
何やら雰囲気が変化しているのを察して、ロウヨンがメグの横に並走して、そう問いを投げた。
「――いやなに、休暇が楽しみだと思ってな!」
「あー、っすねぇ。……あ゛ぁ~、半年ぶりだぁ」
決して嘘ではないメグの快活な応えを受けて、ロウヨンも頬を緩ませた。
頭上でカータが翼で切って進む青空は澄み渡り、風は穏やかに草花を揺らしている。
帰れば、休みもある! 一つ、喜びの歌でも披露してやろうか。
まったく、世界には希望が満ち溢れているぞ!
形を持たない期待ばかりが膨らんで胸を高鳴らせる今のメグには、そのように思えてならなかった。
◯◯◯
ブザ村の村人の証言からすると、村の周辺で目撃された魔物は
角は複数の突起を備えつつ広がったヘラジカを想起させる形状をしており、それが前面に向かって威圧的に伸びている。その生涯において生え変わることはなく極めて頑丈な角で、地球のブルドーザーもかくやと言わんばかりに縦横無尽に地面を掘り起こし、木を薙ぎ倒しと、やりたい放題する厄介な奴だ。
なお、角が生えるのは雌性体である。群れの中で日夜雌同士で鎬を削り合いながらも数が少なくか弱い雄を守り、共有している。稀にその群れの争いから弾き出された個体が山奥から下りてくることがあるそうだから、今回もそのケースだろう。
「こうして人の生活圏に侵入してくるのは、そもそもが群れの中で立場を失うほどに弱かった個体ではある。だが、それでも並の銅級では複数人でかかっても返り討ちだな。ちなみに、
魔界産の魔物と違って個体差が大きいから、一概には言えないが。
「なるほど……」
今回の狩りの対象と思われる魔物について知っていることを伝え終わると、アルジェンナが神妙に頷きを返した。
日はすでに西側に傾き始めている。だが、先述のとおりそこそこに強い部類の魔物だ。できれば早めに駆除しておきたい。
元々が警戒心の強い種であり、その上で仲間内の格付けに負けて落ち延びてきたような個体ならば人里で目撃されるようになってからもしばらくは猶予がある。だが、村人たちが「取るに足らない相手」と明確に学習されたならば、その分だけ縄張りが広がるだろう。
だからその前に、こうしてこちらが今のそいつの縄張りだろう場所を荒らして刺激しているわけだ。警戒心と同じくらい縄張り意識も強いからな。
ああほら、考えてるそばから、あんなにデカい岩が引っ繰り返されてる。ほぼ確定だな。
「ご主人様……」
「あれが出来る奴ということだ。気を抜くなよ」
「はいっ……」
ごくり、と。アルジェンナの喉が動く。まあ、明言はしないが別にアルジェンナが気を張ったところで結果には影響しないが。現場の空気に慣れてもらうにはちょうどいいだろう。
でぇじょうぶだ、安心しろ。師匠と暮らしていた山小屋の周辺は度々連中の移動先と重なって、俺は群れごと相手にした経験が何度かある。あの人、田舎で冒険者も中々足を伸ばせねぇからって近場の村の防波堤になるような位置にわざわざ住んでたんだよな。結局、ギルドの出張所の誘致ができるぐらい開拓が進むまで踏ん張っちゃってまあ……まったく……。
とは言え、離脱元だろう群れのテリトリーまで調子に乗って踏み込んでしまっては、少し具合が良くない。あくまで痕跡が確認できる範囲で、森の浅瀬を歩き回る。
脱落者が出るほどに拡大している群れがあるなら、早期に数減らしへ向かったほうが良い気がするが……アルジェンナを連れてやるのはまだ少し怖い。それにあの騎士たちがギルドで話を通せば、同じことを考えた冒険者らが気合を入れて強化パトロールを行なうだろう。
あまり奥に進んでしまえば、更にその奥の藪から蛇を出してしまうかも、というのは理解できる心理だ。それで定期の狩りが疎かになるようでは元も子もないが。そう考えるとこれ、下手すりゃギルドにはあの騎士サマ方から苦情の一つも入るかもしれんな。
アルジェンナの緊張感を維持させるため、しかし張り詰めさせすぎない程度を保つため、最低限の会話を交わしつつ練り歩くこと数時間。世界が黄昏に染まっていく中で、流石に慣れない森歩きでアルジェンナに疲労が見えてきたかなという頃、ちょうどそれは正面から姿を見せた。
想定の通り、
ああだが、俺の心は驚くほど静かだった。自分の方が強い、100回やって100回勝利を収められるという確信。まかり間違おうと、あの暗がりの臭いを想起させられることもなく、その心配をする必要もない相手。
むしろ鬱憤を晴らすのにも丁度よいくらいだ。歌の一つでも聞かせてやろうか?
互いに、まだ射程圏外。
目を逸らさないままアルジェンナに声をかける。
「手はず通りに」
デインガグの時と違ってハッキリと相手の存在を感じ、それがまだ排除されていないからか。
明らかに緊張を続けているアルジェンナは言葉も無く頷いた。
捜索中からずっと右手に握っていた剣を規則的に揺らしながら、弧を描いて
ふむ……あと3歩、2歩、1歩。
「――!」
木の裏に隠れたあと、まったく動かないアルジェンナ。対して、そちらからは離れつつも自身には着実に接近してきている俺。
奴は俺たち二人を同時に視界に収め続けられなくなるタイミングで、ぐるりと完全に俺に体を向け、頭を下げ、前脚に力を入れ――。
「フラッシュ!」
左手を顔の前に掲げ、右斜め前へと駆け出しながら、俺は盛大に叫んだ。この世界ではまったく意味を成さない単語を。現地の者に「閃光」とも「瞬間」とも意味を認識されることのない言葉を。
魔術発動用の起句ですらない。これはいわばアルジェンナの水球と同じで、極めて単純な魔術行使。なにかと繊細な強化魔術とさえ比較にならないほどの児戯。ただそれを大出力でぶっ放すだけ。
これはアルジェンナとの連携用にと予め決めていた、ただの合図。彼女にだけ理解できるが、たとえば一応は人類種である不逞の輩である相手には意味が伝わらないような符号。魔物相手にはどっちにしろ意味がないが、まあ予行練習である。
言葉の意味はこの世界の誰にも通じないが、しかし言葉が持つ意味のとおり。
爆発的な閃光によって、世界は白く灼かれる。
「ブギィィッ!」
瞼越しにでもダメージを与える光量だ。不意打ちとして正面から食らえば、相応の効果を与えられる。
「ブオォ!」
走り出した瞬間に視覚にも心理にも瞬間的な大ダメージを受けた
そのまま1秒もすれば角に乗った大量の土ごと頭を振り上げられるだろうが、それよりはすでにその真横に辿り着いている俺の方が早い。
失った視界と衝突による混乱、ほんの刹那の硬直を狙い澄まして、半身になって顔前で水平に構えた剣を体当たりのように突き込んで、相手を横倒しにする。
「ギィィィィッィッ!」
断末魔の叫びが、狙い過たずに心臓を貫いたのだと教えてくれる。慣れない内はあちこちと斬り付けたり首を断ち切ったりとしたものだが、今ではもう慣れたものだ。
剣を引き抜いて離れた俺を追うように一度だけ頭を振った
「……ふぅ」
ほとんど作業だ。100回やって100回成功するのだから。
だが、やはり、それでも何かがヒリつき、却って心を落ち着かせてくれるのだ――。
「アルジェンナ、水を頼む」
「ぁ、はい!」
木の裏からこちらを窺い、どこか呆けていた様子だったアルジェンナが駆け寄ってくる。いつかの焼き増しのようだった。
血に塗れた剣に水をかけさせていると、おずおずとアルジェンナが口を開く。
「あ、あの、お見事でした。とっても!」
「――うん? ああ。ありがとう」
まあ、こればっかりは大したもんだと思うよ。我ながら。
さて、と。今夜はついに焼き肉パーティだな。いやー久しぶりだ。
焼いた肉を食う時、それ即ち生を実感する時なのだ。死んでるように生きたくなければ、焼いた肉を喰えよ~喰らい尽くせよ~。Wow Wow Wow … Wow!
◯◯◯
【
血を繋ぐためにあくまで他種族の雄の種に頼るほかなかった彼女らは、種族間の融和が進む以前の時代は明確な略奪者でもあった。
だがその後暗い歴史は、未来の子孫たちの平和と安寧を願った時の為政者たち、十種族全ての長らの合意を以て完全に焼却された。