異種族だらけの貞操観念逆転世界で剣を振る 作:付呂無権左衛門
牛タンを苦手にしてる人がいるって前世で知った時、まーじで信じられんかったね。いや、万人が認めるものなんかこの世に存在しないってことは分かっているが……それにしたってよ〜。牛タンだぜ? もう響きが美味しいよな、牛タン。
……と言っても、猪って牛じゃなくて豚だし、今目の前でじゅうじゅうに焼き上がろうとしているものは全然これっぽっちも牛タンじゃないのだが。分かってる、妄想というか、空元気だ。今もう食欲と性欲、つまり俺の中の光と闇が、激しくぶつかり合い続けてておかしくなりそうなの。肉の焼ける臭いが、鼻をくすぐる度にどうにか性欲を一瞬だけ覆い隠してくれる状態。
遡ること数刻前である。
オレ、コレ、クウ。オマエラ、テツダウ。
まあ大体そんな感じ。対価として捌いた肉の一部の提供を約束すると、各々の家での団欒に移り始めていた村人たちも快く解体作業を引き受けてくれた。今はあちらも臨時のお祭り状態だ。
ひとまず一食分の肉を確保した俺たちは、村外れの貸小屋――こうして冒険者などが訪れた際に利用させる目的で、村が自主的に用意してくれているもの――で好きにやらせてもらっている。
死体を丸ごと
山小屋の正面にて熾した二つの焚き火の上で着々と焼き上がっていく肉を、俺とアルジェンナがそれぞれを見守っている。鉄板やアルミ網なんて気の利いたものが存在するわけもなく、村の横を流れる川原で拾った平らな石の上を調理プレート代わりにした。その上で肉の脂が火の粉と共に跳ね回っている。
俺はタンの、アルジェンナは厚切り肩ロースの担当。特に肩ロースについては、ブザの村人から譲り受けた各種ハーブなんかをふんだんに使用して、俺が入念に下処理を施した。あとはスライスしたニンニク――に似て非なるものだが、まあ大体ニンニク――を揚げてチップにしておきたかったが……油とか調理器具とか時間とか、諸々で断念。そのまま一緒に焼く。揚げニンニクチップはいつかリベンジしよう、なるはやで。
そしてやはり、香辛料の類がネックだ。シンプルな胡椒は
そしてちょうど――ここだな。焼き上がりの直前、最後の仕上げとしても振る。
同時に、隣のアルジェンナにも指示。
「休ませろ」
アルジェンナ側の焚き火の側、火にはかけずじんわり温まる程度の距離で用意しておいた調理用石板に、表面がしっかり焼かれた肩ロースを移動させる。余熱でじっくり追い込むのだ……。
そしてこちらもバッチリ焼けた牛タンを素早く回収して、まずはそのまま一口。
「……」
う~~~ンめ~~~~~い。程よい弾力に押し返され、噛むごとに旨みが染み出してくる。やっぱこれよな。
なんだか泣けてくる。師匠と暮らしていた時もそんなに頻繁に食えるものではなかったし、マジで久しぶりだな……。
「うん。うん……」
あ゛ぁ~、生を実感する音がするゥ~。いや幻聴だよそれは。
「アルジェンナ、ほら」
この数少ない、無上の喜びを独り占めするなんてもったいない!
箸――自前で用意してるさ、そりゃもちろん――で挟んだ
……いや、分かるだろ流石に。初めてやったけど。
「食え」
「ぇ、と……失礼しますっ」
タンがアルジェンナの舌の上に乗ってぱくりと口に含まれたのを見送り、俺も早速もう一枚。
心躍る味わいに舌鼓を打ちつつ、アルジェンナが飲み込んだのを見計らって問う。
「どうだ?」
「美味しいです! それに、なんでしょう……コリコリして、面白い食感ですね」
「だろ~?」
「――っ……はい!」
さらに、切っておいたレモン的柑橘類、言うなればレモンドキを取り出しその絞り汁をかけてもう一枚。アルジェンナにも追加で塩のみと果汁かけとでプラス二枚をハイあーん。
そんな具合で二人してタンをどんどんバクバクと消費しつつ、肩ロースをもう一度火にかけさせて、また休ませて……。うむ、こちらも、もういいでしょう。
村のほうから微かに聞こえてくるリュートの音色や陽気な歌声をバックに、焼き上げた分厚い肩ロースをそれぞれナイフで切り分け、簡単に盛りつける。
さて、いざや。
下処理の段階で切れ込みは入れていたし、かなり叩いて柔らかくもしたが、それでも肉質はだいぶ固めだ。ぶちぶちぶち、と噛み千切る音が立つと同時に弾けるように各々で暴れ回ろうとする濃厚な味わいが、ハーブの香りに包まれて緩い紐帯で結ばれることで辛うじての統率を保ちながら味覚に届けられる。
臭み自体は――先ほどのタンも含めて――どうしても残るが……ああ、美味いな。理想の味かと言われれば残念ながら明確に否ではあるが、それでも今出せる最高出力だよこれは。なら、十分だろう? うめぇ、うめぇよ……。
「っ……!」
目を見開いて、猛然と食べ進めていくアルジェンナを横目に見る。
こう言っちゃなんだが、彼女のこれまでの人生を鑑みれば現実的に口にできるものの中では間違いなく最上位のものだろうし、実際に今はまさに過去最高の美食を楽しんでいる可能性もある。下手な町人や零細貴族仕えのほうが、ちょうどこのブザ村のように冒険者と何かと触れ合う機会のある開拓地寄りの村人よりも
であれば、俺にとっても僥倖ではある。少しでも新たな喜びを与えられたなら、まあ俺もそれでいいさ。自分の美食欲求をしっかりと満たすのとは別で、立派な
ああ、でも。
肉厚のロースを噛み締めれば、口の中でぶちゅりと厚い脂が弾ける。
中華そばッ、ラーメンッ! 食いてェ……!!!
「……」
やめろ、考えるなユウヤ。もはや取り戻せぬもの、いわば過去の亡霊、それに心を囚われ続けていれば、心が壊れて人間ではなくなってしまう……。
肉を、食う、食う、食う。食い続け、食い尽くす。ウマい、うん、ウマいよ……!
程なくして、胃の中は埋まった。アルジェンナも実に満足そうに息を吐いているのを見て、多少なりと気も紛れた。
さりとて、ふと心に去来した郷愁を拭い去り切ることは叶わず。
「明日はハンバーグにしよう」
「はんばーぐ……ですか?」
「ああ。ま、詳しくは明日のお楽しみだ」
それだけ、決定事項を告げる。今はもう考えたくない。
「アルジェンナ」
さて、食い終わって早速で悪いが。
食欲は満たされた。俺の中の光は今や燦々とした輝きを取り戻している。しかし光とは闇を払うだけに非ず。強まるほどに、闇もまた深まるのだ。
「ぁ、ご主人様っ?」
アルジェンナを後ろから抱き竦め、そのまま一緒に立ち上がらせた。
ちょうど頭一つ分低い位置にある髪の中へと顔を埋めながら、
「あ、んっ♡ ご主人、さま……?♡」
そういえば、胸を触ったの……初めてか。パイズリは三日前に教えたけど。それにそもそも、行為の最中でもないのにこんな風にしたこと自体が初めてだ。……まあいいか。
あと、なんか……なんだ? すげー甘い匂いがするな、こいつ。汗のニオイどこ行った? 若い女性は桃みたいな体臭があるとは言うが、仄かに香るってレベルじゃない気がするけどこれ。……まあいいか。
ああ、それにしても昼間はしんどかったなホント。予想通りと言うべきか、騎士たちに大いにビビったせいなのか、俺の本能はいつにも増して子孫を残そうと張り切っているようだ。それもまた、叶えてやれない願いだが。……まあ、どうでもいいな。
流石に今日これからアナル洗浄、というのも難しいだろう。全部、口から飲ませよう。というかこっちが洗い終わるのを悠長に待っていられなさそうだ。
今しがた収めた食事と合わせて、もしかするとそのドスケベ鎧のせいでお腹のラインにハッキリと影響が出たりするかもしれないけど……俺
「十回は頼む」
「へ……? あ、ひゃいっ♡」
首筋を軽く舐めた――甘っ!?――あと、そのスイートドスケベボディを抱き上げて、俺は小屋の扉を潜った。
◯◯◯
ニギレアはこれまでおよそ一世紀半の時を生きてきた中で、異性というものにとんと興味を沸かせたことがなかった。
元来
その中でもニギレアは、幼少の頃にアール神より「音消し」の
やがて成人として肉体が完成すると同時に故郷であるエイルヴ首長国を発って以来は、尚更のことである。世の男とはそもそもが大抵は家の中に隠されているもので、根無し草の冒険者が頻繁に現れる場所に軽々に身を晒している者などいない。加えてニギレア自身が特段の興味を持っていない以上、彼女にとって異性、男という存在は、その人生においてもはや存在していないものと同様であった。
ゆえに。目の前で起きていることを理解するには、それなり以上の時間を要した。
「んぶっ♡ んぶっ♡ んんっ♡」
「出すぞ」
「っ~~~♡ んっ……んっ……」
必死に顔を振り、相手に聞かせるためだけの目的で殊更に品の無い音を立てながら肉棒をしゃぶるアルジェンナ。
そんな彼女に告げられ、ニギレアの耳にも届いたのは、
心がふわふわと浮き上がり、そよ風にすら飛ばされていきそうな感覚を覚える中。ニギレアは瞬間的の今日のこと振り返っていた。
彼女は今朝、
それを見て咄嗟に取った行動の理由については、魔が差した、としか言いようがない。
ニギレアは出会ったその日に二度もユウヤを背後から驚かせる形になったが、あれは本当に意識してのことではなかった。音を消していたのはただの習慣で、狩り場やその周辺であえて
その時ふと、ニギレアは初めて森の中へと駆け出して行った齢一桁の頃のことを思い出していた。胸の高鳴りが告げていた、「この先に私の見たいモノがある」と、あの遠き日に感じた予感、それと同質のものを。
何故なのかは分からない。ユウヤとアルジェンナが体を寄せ合っていたから? だが冒険者は女同士で慰め合うことも珍しくない。実際にそういう関係の者たちを見たこともある。けれど、
――見たいモノがある。知りたい世界がある。
一歩ごとに、心のどこかが弾んでいく。それは小屋の前までやって来て、焚き火のそばに置き捨てられた
自らも気づかない内に口角をわずかに上げたニギレアは、得体の知れない感覚に背中を押されるがままするりと小屋に張り付き、壁板の隙間を見つけて中を覗き込んだ。
そして、見た。そして、知った。
欲していたものを。
あの日、光溢れる森の中に探し求めたもの、己が望む世界、その薄暗い正体を。
意識は、現在に戻る。
「流石に疲れたか?」
己の主が深い酩酊を伴って迸らせたものを一滴たりとも零すまいと、汗ばんだ喉を懸命に鳴らして飲み下したアルジェンナに、どこか優しげに問いが投げられる。
「はい、少し……顎が……」
「だよな」
ふっ。と、あまりにも無防備に、ユウヤが笑った。
「……ぁ。ぃ、ぇ」
アルジェンナは、ただ常のように恐縮しようとして。まるでか細い悲鳴のように声を引きつらせた。
全身が、降り注いだ陽の光によって焼かれたように熱くなったから。それは、小屋の外で息を飲んだニギレアもまた同様であった。
――わざわざフェラのために強化魔術を使わせるのもなぁ。
そんな本当にどうしようもなく下らない自虐的な心理から浮かんだ笑みではあったが、見上げるアルジェンナにも、盗み見ているニギレアにも、真意は伝わらず。怜悧な美貌が不意に緩んだそれはある種の慈愛の現れのようにも映り、女たちの心を瞬く間に業火で包んだ。
実際のところ、自身へ精一杯に奉仕する者に対してその類の感情が欠片も沸かないほどに人情味の無い男ではないのだから、それも真実の一側面ではあった。当人が、それを自罰的に打ち消し覆い隠そうとはするけれど。
「……? ま、悪いが、もう少し頑張ってもらう」
アルジェンナの歯切れの悪い反応に一瞬だけ怪訝そうな顔をしたユウヤは、そう言いながら彼女の頬を両手で柔らかく包む。
「捨てるものなど、なにもない。あなたが既に、私の腕の中に抱かれているのだから」
ユウヤが呟くと彼の両手が柔らかな光に包まれて、アルジェンナの外傷とも言えない筋肉の疲労を癒やしていく。
それは彼の、治癒魔術の起動詞。そうであればいいという願いの表れであり、優しげな意味に反して、
その言葉の先がアルジェンナ個人を指しているわけではない。それを頭では理解していても尚、彼女は己の下腹部が暗く輝かしい疼きを訴えているのを感じていた。それは、情熱にしてある種の焦熱である。
――燃える、燃えてゆく。
「あー」
ところで、ユウヤもまた「これフェラのためにやってんの……?」と幾分か理性を取り戻してきた頭で再度考えてしまったことで、それなり以上の羞恥を覚え始めていたが。
やはり、今さらかと観念したように瞼を閉じた。
「……ん、じゃあ、頼む」
「は、はいっ。――ちゅ♡ んちゅ……♡」
促され、蕩けるように股座へと顔を埋めて奉仕を再開するアルジェンナ。
それを静かに見下ろし、彼女の頭を静かに撫でつけるユウヤ。
秘められていたもの。秘めるべきもの。捧げるものと捧げられるものの交わり。
男と女、その情事。
一部始終を覗き見続けていたニギレアは茫然自失の中で、ふと、ようやく気づく。
「……?」
下半身に違和感を覚え、一時たりとも目が離せなかった光景から反射的に視線を外して、そちらに向ける。
「あ」
目視はできなかったが、ニギレアは理解した。
生まれてから一度も開かれることのなかった岩戸が、受け入れるものを求めて、しとどに濡れていた。こぼれ出した液体が、鎧の隙間から滲み出てくるほどに。
「ん……」
股間部だけではなく、足甲の中にまでそれを感じては、流石のニギレアも眉を潜めざるを得なかった。
ああ、だが、いっそちょうどいいのかもしれない。
心地は悪いが、気分は良かった。己の有り様を見て、やはりと確信を得られたからだ。
――私は、溺れたかったんだ。
◯◯◯
【セルレイム伯爵領周辺における食糧事情】
フィルダン首長国では穀物の生産が大変に盛んであり、セルレイム領の東部に広がる農耕地帯も例外ではない。
穀物の大半はパンとして焼き上げられており、いわゆるパスタなど麺類に変えて食する文化は上流階級による贅沢の域を出ない。これは麺を乾燥させる保存技術がまだ浸透していないためである。
そしてフィルダン首長国内の麺類に関連した情報は、それだけでほぼ全てが完結する。
主食となる穀物に着目すると、一部地域では米類の栽培も行なわれている。
しかしそれはあくまで土壌や地形の問題によるところが大きく、世間的な認識としてはパンの好ましくない代替品という地位に甘んじているのが実情で、料理としての発展も著しく鈍い状態である。
ある時、ある男は、ふと押し寄せた感情に負け、慟哭を堪らえることができなかった。
本日の投稿は、本話のみ。
9/15(日)と9/16(月)は一話ずつ投稿予定。