異種族だらけの貞操観念逆転世界で剣を振る 作:付呂無権左衛門
「ガールズラブ」タグを追加しました。
本話には該当要素が含まれますのでご注意ください。
※ヒロイン関連ではないです。
時は、ユウヤが疲れ果てた二人の女と共に眠りに着いた頃から、数刻を遡る。
◯◯◯
「
セルン鉱山町、すっかり日が落ちた頃。普段であればとうに活気に包まれ始めているはずの、
状況を飲み下し切れず伝えられた情報をそのまま質問で返したのは、丸一日かけて南側の林業地帯での定期パトロールに勤しんだあと、つい今しがたこの場へと戻ってきた銀級冒険者ドロテである。今朝、急に「
もう一人、経歴も申し分なく、ドロテと同等の求心力や発言力を持った
「護衛もってことだよな?」
「へい。今日の担当だったガザリンさんたち、全員帰ってねぇです」
「……誰か見に行ってんのか?」
「ジャルミィさんと、ケイリースさんが」
やっぱりか。と、ドロテは軽く顎を引いた。
それにしても……。
――なんか、やべぇな。
ドロテはこの町を中心に5年は冒険者としての経験を積んできたが、このような事態は初めてだった。にわかに心臓の鼓動が早くなり始め、背中に嫌な汗が浮かぶ。だが可愛い後輩の前で狼狽を露わにして、目の前の不安げな表情をわざわざ深めさせてやることもない。下手くそな笑みを浮かべて頭を三度軽く叩いたあと、受付へと向かった。
逸る気持ちがあったのだろう、
「今、所長がお屋敷へ」
「ああ。……くそ、ニギレアの奴、こんな時に……」
思わず悪態が口をついて出たドロテが、はたと息を飲む。
――いや、逆、か? これは、偶然か? こんな時にこっちの最高戦力がいないんじゃなく、あいつがふらっといなくなったから? 考えすぎか……?
「っ、レイネラ様!」
顔を伏せて考え込むドロテを心配そうに窺っていた受付職員が、不意に声をあげた。
釣られて出張所内にいた全員の視線が入口へと向かい、各々がそれぞれの敬礼を示す。
「構わん、楽にしろ」
軽く手を上げながら礼に応えた
レーンダル子爵家はセルレイム伯爵家の分家筋に当たる。代々の直系の血縁者は執政官を目指し、見事その位を戴くことができれば領内要所の代官を任されるのが習わしだ。現当主と嫡女は共に伯爵領東の要、セルレイム湖畔街を。次女のレイネラはこの鉱山町を。
「偵察の帰還をここで待つ」
そう言って、どっかりと酒場の一角のテーブル席に座り込むレイネラ。首の動きで促され、恐縮そうにしながら所長も同じ席に着いた。その所長は所長で、しっかりとドロテへ視線を突き刺している。何事も無い日常の中での書類仕事にすっかり慣れ切っていた中年の女は、今や亡者が如き顔色をしていた。
溜息をどうにか押し留め、ドロテは権力者が集ったテーブルへ向かった。レイネラの護衛を刺激しないように、ゆっくりと。何人かは顔馴染みでもあるが、この状況だ。余計な刺激は、誰にとっても、どんなものでも、一切無いほうが望ましい。
「ニギレアは戻ってないの?」
「ええ。それにアタシもちょうど帰ってきたところで」
「こんな時に……」
出張所内がすっかりと静まり返っているものだから、自然と声を潜めて言葉を交わす二人。
奇しくも先ほどの自分とまったく同じ言葉を漏らす所長に、ドロテは己の思いつきを告げるかどうかを迷う。悪戯に妄想を膨らませるだけだろうか……そのように考えていたところ、二人の様子を見ていたレイネラが代わりに口を開いた。
「奴は何のために
所長がドロテに視線で促す。またしても、どうにか溜息を堪えきった。
「はい、何日か前、セルンから来た新人とニギレアが知り合ってて、まして。新人はそれ以来、こっちにゃ顔を見せてなかったんですが、ニギレアはどうにも気にして
「……ニギレアが?」
「はい、ニギレアがです」
レイネラが怪訝に眉を潜める。彼女もニギレアのことはよく知っている。どころか、かの金級は短い間とは言えレイネラに戦闘技術を授けた師の一人でもある。
趣味で同業の新人を手助けして回っているような特殊な気質な者で、いわばレイネラもその気質に助けられた口ではあるが、むしろそれゆえにかあの長命者が特定個人に執着している姿は今一つ想像できなかった。
「何か、特別なものがあったのか? その新人に」
「はい、いえー特に……ああ、まあ、ちょっと珍しくはあったです」
言いながら、ドロテはここ何日かのことを振り返る。
二人組の新人だったが、ニギレアが興味を向けていたのはその片方だけだ。「ユウヤは来た?」と、毎日一回は確認していた。あちらの剣士は、そう……。
「えーと。元々銀級ぐらいの腕があって、最近冒険者になって。あと、その日にデインガグを仕留めましたね」
「ああ、あの報告にあった者か」
レイネラがさらりと脳内情報を索引するが、その報告自体は特別なものとして彼女の手元に上がって来たものではなかった。単純に、出張所からの定期的な業務報告に欠かさず目を通し、そこに含まれていた一項目を記憶していただけ。
彼女の忠勤ぶりや能力の高さは執政官として見ても特筆すべきものではあったが、比較対象を持たないドロテは感慨もなく「そいつです」と頷くだけだった。
「あとは……」
ほかにも、あのユウヤという者は確かに少しだけ特殊ではあった。古傷があるとかなんとかで顔も声も一度も……しかし、ただそれだけでニギレアが興味を惹かれるだろうかと考えると腑に落ちない。
その辺りのこともドロテが話そうとした、その時であった。
外から、出張所に近付いてくる駆け足の音。それを聞きつけた一定以上の実力を持つ者は例外なく警戒を見せ、レイネラの護衛は全員が武器に手をかけていた。
ドロテも軽く身を開き、入口を正面に捉える。
数秒の緊張。
「たッ、大変だッ!」
ジャルミィは見るからに重傷で、右腕があらぬ方向に折れ曲がり、右脚は血に染まっていた。
「
「バレッタ」
「はっ」
ドロテが椅子を蹴飛ばしながら冒険者たちに向けて叫ぶのと、レイネラが治癒を得意とする護衛の一人に命じたのは同時であった。
「何があった?」
ジャルミィの治療が始まったのを横目に、荒い呼吸を繰り返すケイリースの前へと進んだレイネラが問う。
若き銅級はこの町の最高権力者との不意の遭遇に一瞬だけ怯んだ様子だったが、それどころではないと精一杯に声を振り絞った。
「デインガグッ、です! 奴らが、うじゃうじゃと! 二十? 三十? 分からないっ、とにかくたくさんッ、たくさんいたんです! それに、森に見たことない、変なベタベタがそこら中……! あっあとジャルミィが! 森の奥からクサい、
「――……」
取り留めもなく、だが確かに感じた異常事態を余さず伝えねばならぬと捲し立てたケイリース。この場にいる者の中で、その情報を正しく咀嚼し、とある推測ができたのはレイネラと護衛の兵士たちだけだった。
それ以外、ドロテはおろか所長を含む
だが。事態の把握に遅れがある者たちも、一様に言い知れぬ不安を感じている。
――ベタベタやらニオイやらはサッパリだが、デインガグがうじゃうじゃと? そりゃ確かに一大事だが、そんなの
一方、例外なく表情を固めたレイネラの護衛たちは、自らの主がきつく瞼を閉じて天を仰いだ姿を、黙したまま見守っていた。
数秒の沈黙の後、ふっと軽く息を吐いたレイネラが、出張所内の者たちへと振り返る。その泣き黒子が印象的な美貌には、表情らしい表情が浮かんでいなかった。
「第二種対応を要する境界侵蝕が発生したものと判断する。よって、連邦法第百二十条に基づく対侵蝕緊急対応令、及びフィルダン首長国貴族領法第十三条に基づく防衛総動員令を、我、セルレイム領二級執政官レイネラ・レーンダルの名に於いて発動する。今この瞬間より、領内で活動する全ての冒険者は領軍の臨時別働隊として編成された。当地にて活動する者の指揮は、私が直接執る。――我ら人類、その営みの悠久たるに、十大神の御加護があらんことを」
その言葉を、皆がどこか非現実的な、夢を見ているかのような気分で聞いていた。
あるいは、口にした当人でさえも。
「諸君の勇気と挺身に期待する」
◯◯◯
【執政官:フィルダン首長国・貴族領】
領主によって任命される、非常に広範かつ強力な権限を持つ官吏。主に貴族家の家令や要地の代官などの役職を務め、領地の管理運営を補佐する。
大抵は高位の貴族家に生を受けた者が就くが、それは縁故のみが理由ではない。純粋な実情として、貴族領法によって厳格に定められ要求される能力と、その研鑽を積むために必要な環境を用意できるのが、一部の貴族以外にはほとんど存在しないためである。
一方で任命の規定に社会的地位を考慮する項目は存在していないため、たとえ平民の生まれであっても、取り分け優れた資質を備えた者が見出されれば取り立てられる可能性がある。
執政官は領主の大権を預かる立場であり、それを振るうことを許されている。
しかし同時に、その結果に伴う責任もすべからく自身へ帰結するものである。
◯◯◯
「レイネラ・レーンダルによる発令を追認する。――ベイリース、
「はっ」
「カータ、四班は援軍に同行して鉱山町の守護に当たれ。シャンタル、五班の警邏開始を繰り上げる。まずは二班と合流して、
「無論でございます。カータ、シャンタル?」
「承知いたしました」
「直ちに」
「クインラ。首都への報告、周辺領への連携、領内各所への周知と慰撫安堵、それと
「はい、お任せください」
「――うむ。皆、情報の連携を密に。では、ゆけ」
軍団長、騎士の二人、
それを労しそうに見守るのは、彼女からカリンと呼ばれた
「……」
本来であれば一時たりとも目を離したくないほどに想う主からわずかに視線を外し、カリンは室内に控えたままだった一班の二人に目線で指示を飛ばした。
現在の十五騎士は、そもそもがオーレリア・セルレイム伯爵の直轄である。その中にあって当主の近衛を主務とする一班に所属する三士は、騎士全体の長を兼ねるカリンを含め、文武共に明確な上位者三名によって構成されている。熱血にして鉄血の忠義によって心身が練磨鍛造された彼女たちが、己が主の意を違えることなど有り得ない。
頷きを返して退室していく二人の騎士はそれぞれが最善のために行動し、先ほど名前が挙がらなかった三班にも適切な対応を促すだろう。もっとも伯爵自身もすべからくそう事が運ぶと分かっているからこそ省略した面があり、つまりそれが彼女らが正しく機能している姿であった。
「オーレリア様……」
騎士長カリンは、一瞬で押し寄せた精神的な疲労を隠せていない――公私ともに全幅の信頼を寄せる腹心の前であれば、隠す必要もない――伯爵の横で膝をつき、その麗しき右手を切々たる慈しみの心をもって包み込む。
オーレリアは力無く笑ったあと、縋るように、自分を見上げているカリンの唇に吸い付いた。
「んっ――」
共に、二十代半ば。夫はもちろん、すでに二児や三児を持つ立場である。しかし自分たちの子を除けば、真の心の拠り所は互いの中にあった。
もっとも、二人の関係については伯爵邸内では部下たちも含めて広く知られている事実である。それぞれの夫もまた、義務としての子作り以外には特に何かを強いられることもない悠々自適な生活を送っている。伯爵夫君などは公認の愛人を連れて別邸に引き籠もっているほどだ。その愛人の子に家を継がせろ――などと、立場を弁えない妄言でも口に出し始めないかぎり、周囲はもちろん
このような関係図は、フィルダン首長国の高位貴族周辺においては実のところ一般的な文化だった。文化として形成されるに至った理由は幾つかあるが、オーレリアとカリンの場合はただひたすらに、心の赴くままに求め合った結果である。そしてまた、互いが互いの立場ゆえに「相手の色に狂った」などと後ろ指を指されることが万に一つも起こり得ぬよう、真摯に全力で務めていたし、実績による証明も既に十全に成されていた。
「まさか、ここで起きるなんてね……」
長く互いの存在を確かめ合ったあと、オーレリアはカリンの手を己の頬に寄せさせながら、弱音とも嘆きとも取れることを呟いた。
境界侵蝕。境界の向こう側、魔界の滲出。「侵蝕」の名が示すとおり、魔界の環境が人類が住む物質界を上書きして、魔界特有の魔力性質や生物が蔓延るようになる現象だ。
魔王と呼ばれる強力な魔物個体による意図的な侵略行為であるとされるが、詳しいことは何も分かっていない。そもそも現代に古くから名を知られている魔王たちすら未だ生存し続けているのか、あるいは実在するものであるのかすら不明なのだ。それは人類を守護する神々にとっても同様らしく、これまで侵蝕に関連した交信では撃滅令以外の回答は存在していない。
なんであれ、人類の長い歴史において幾度となく現実のものとなった脅威であることは間違いない。
連邦統治下における領地防衛の最優先事項として各地の守護者に叩き込まれ、何を以てしても封じ込めねばならないとされる大災害。それが境界侵蝕である。
経験則として、初期段階であれば金級冒険者に等しい戦力がおよそ五つもあれば対処可能であるとされているが、フィルダン首長国で最後に観測・対処された境界侵蝕の発生は百年以上も前である。どれほど頼りにしてよい情報なのか、眉に唾をつけざるを得ないオーレリアとしては、たとえ必要とされる戦力に対して単純計算して三倍に相当する力を自前の騎士だけで抱えているとしても、到底安心して構えていられるものではなかった。
とはいえ、繰り言となるがそれもあくまで騎士長カリンの前であればこそ。必要とあれば、誇り高き連邦貴族の一員、伯爵家の当主として毅然な振る舞いを見せるだろう。だがそのためにも、今の彼女は心の充足を必要としていた。
カリンを寄り添わせたまま、現時点で考えられる影響やその範囲、取るべき対応の想定を脳内で重ねていたオーレリアの意識が、執務室のノック音で現実に引き戻される。
オーレリアが「入れ」と言葉を返すのと、カリンが彼女の背後に音もなく控えるのは同時であった。
「失礼します」
領内で最も優秀な執政官であると自他共に認めるところである家令のクインラが、土気色の顔色で入室してきた。
「閣下、火急の報せでございます」
「――申せ」
「リッケル伯爵、及びモンモルフォン伯爵の外交室より……自領内にて境界侵蝕の発生を確認し、対侵蝕緊急対応令と防衛総動員令を発動した旨と、当地に対して警戒の呼びかけが」
ほんの一瞬だけ、オーレリアもカリンも、その言葉の意味を理解できなかった。
無理もないだろう。口にしたクインラ自身も、いまだに信じ難い心持ちであった。
だが、それすらもまだ、ある意味では訪れる嵐の先触れでしかなかった。
執務室の前がにわかに騒がしくなり、先ほどよりも激しいノック音が響く。
「入れ!」
思わず声を荒げてしまったオーレリアを、誰が責められよう。
扉を開く衛兵を押し退けるようにして室内へ飛び込んできたのは、クインラの部下。外交室に勤める者だった。
「失礼いたします! エヴィエン=グレンヴァー侯爵の外交室より――」
――程なくして。
パインスラーグ山脈東部に接する全ての地で、境界侵蝕の発生が確認された。この時すでに一部の貴族領では壊滅的な被害が出ていたことも、のちに判明する。
事態を把握したフィルダン首長家は非常事態宣言を発令。
北のルポーン首長国、南のエイルヴ首長国およびオドゥ首長国にも速やかに協力を要請する運びとなった。
◯◯◯
三つの月と四つの星辰が満ちる時、人類の多くにとって突然に、それは起こった。
いまだ微睡む
人類に事が露見した時点で、すでに邪智なる者どもの戦略目標は達せられていたのだ。
対して無知蒙昧たる人類は、この一戦においては哀れな敗残の輩でしかない。
さりとて、その存続を脅かされるには到底及ばず。
もはや、女王の娘たちの誅滅によって局所的な勝利を得るという、苦い道しか残されていなかった。
◯◯◯
【文字送りの水晶】
かつて大魔道士テ・ミドランが幾人もの優秀な魔術協会員を使い潰しながらも、ついに発明・実用化させた連絡用の魔道具。
水晶を通して、遠隔地にある別の水晶の中に文字を浮かび上がらせることで、速やかに意思のやり取りが可能となっている。
非常に寿命の限られた消耗品ではあるが、理論上は大陸の端から端まで運用できるとされる代物であり、軍事的にも重要な意味を持つ。
そのため貴族からの需要が非常に高く、中位以上の貴族領の外交室では殆ど必ず運用されている。
現在はヴァイヴリア魔術協会によって制作されており、協会運営費の三割が「文字送りの水晶」の売上によって賄われていると言われる。