異種族だらけの貞操観念逆転世界で剣を振る 作:付呂無権左衛門
セルレイム伯爵領が誇るここセルンは、南北を分断するように川を抱え込んだ街だ。西の山脈から流れてきた水流が、東の湖に向かって進んでいく。川沿いには街の東西共に村々が点在しており、主に農業や林業で生計を立てている。
さらに西の山脈からは鉱山資源、東の湖からは水産資源に加えての水運貿易。このセルンの発展は、それらの潤沢な資源によって支えられてきたというわけだ。儲かってんだろうな、セルレイム伯爵。
事前に師匠から教わっていたそんな周辺地理やら文化風俗の話を、元々は違う貴族の領地で暮らしていたというアルジェンナと共有しつつ、俺たちはセルン西の川沿い街道を進んでいる。
冒険者ギルドで諸々の用事が終わった時間が中途半端だったため、アルジェンナのクラス取得影響の慣らしと、今後の主な仕事場となる場所の下見を兼ねて……ま、気持ち的にはただの散歩だ。
俺一人ならテキトーに獲物を求めて人類の生活圏から離れて行ってもよかったのだが、少し予定外なことに、アルジェンナが冒険者としての活動にかなりのやる気を見せている。「是非、冒険者としてもご主人様のお力にならせてください」ときたもんだ。
元から戦闘ができる奴隷を購入できる可能性も考えてはいたが、戦えない奴隷を戦えるようにしながら連れ歩く場合の想定は正直していなかった。だが、まあ何事もチャレンジだ。戦力が増えて困ることはないからな。増えたあとなら、だが。
「あっ」
ぱしゃ、と。アルジェンナが右手の上に浮かべていた野球ボールほどの水球がその手に落下した。集中力が途切れたのだろう。
今やっていたのは魔術の基礎訓練で、自分の魔術を出力したあとその状態を維持し続ける――ただそれだけの修行。
実際のところ素人はこれでさえ難しいし、これで十分だ。師匠の教えで、我が身でも実践済み。
「少し休憩するか」
「っ……はい」
アルジェンナくん、君、今「いえ、まだやれます」とかなんとか、そんなこと言いかけただろ。
別にそれならそれでいいんだけどね。たぶん「(ご主人様のために?)頑張りたい」に「ご主人様には絶対服従」が勝ったんだろうな。うーん、なんと模範的な奴隷なのだろうか。
まあでも、正直助かるよ、そのスタンス。
別に理想的な出会いってわけじゃなかっただろうし、むしろまだたった半日であれこれとこちらが良いように使ってるだけだが、それでもこの世界で自分がどんな価値を持っているのかってことくらい自分でよーく分かってる。お前が猿になってないだけでマジで称賛モノなんだよ、アルジェンナ。
だから、隙間時間に俺の腕に浮き出た血管をガン見してくるぐらいは、まあ如何ほどのこともない。それに気を取られて魔術制御に失敗してるようだったら宿に叩き帰してるところだが。
河川敷の手前、街道を少し逸れて拓けた見通しのよい場所に腰を落ち着ける。
流れる川を眺めながら、少し遅い昼食として2人分の干し肉を取り出した。アルジェンナの分を渡したあと、周囲に人影が無いことを再度確認してから、被っているヘルムのバイザーを開いてから肉を齧り取り、また閉じる。はー窮屈。はーしょっぺぇ。
「……ふー……」
俺たちがいる辺りは、川の北側も南側もなだらかな丘陵地帯だ。一面に生い茂っている背の低い草花が、気持ちいい風に流されている。
それを感じて人心地ついた気分というか、何か決まった予定があって急いでいたわけでもないのに今こうしてようやく飯を食っていることに意識を向けると、なんというか我ながら「焦っていたな」と本当に今さらながらに思う。
いや、つーかまあ、ビビってんだろうな。何もかもに。情けねぇ、クソが。
「アルジェンナ」
「っ! はい、なんでしょうか」
「冒険者としての成長、期待している」
「――はっ、はい! 必ず、ご期待に応えてみせます!」
俺から何かを求められたという事実そのものが嬉しいと言わんばかりに、アルジェンナが声を弾ませる。
チョロ~い。こんなんで飴になるなら幾らでもあげちゃうよ、マジで。
……なので、まあ、割と本気で頼みたいかもしれん。マジで。
○○○
冒険者として成長するためには、魔物を狩る必要がある。
際立った才能があるわけでもないただの一般人が冒険者となり魔術師クラスを取得したところで、魔力量的には攻撃魔術を一発撃つ程度が限界だ。そしてクラスの補助を受けて魔力の総量を増やすためには、やはりその加護の力を高めるのが手っ取り早い。
地道な修行でも加護の力を高めることはできるが、基本的には魔物を倒すことで神々へ貢献し、その恩恵として少しずつ力を与えてもらうのが望ましい……と言われている。
メダルの件もそうだが、いわゆる経験値やレベルアップに相当するシステムが組み込まれているのだと、俺は解釈している。
だが、肝心の魔物がおらんねん。
少し探してみたが、やはりそれなりの規模の都市と近郊の町村とで頻繁に物資や人の行き来があるだろう街道では、それらを脅かすモノの姿を見かけることは難しい。
こりゃ、西の山脈地帯まで行かないと安定した狩りは無理だろうな。実際、出てくる前に軽く眺めたギルド掲示板にも、近くのナントカ村の近くに魔物が出没しており~みたいな依頼とかはなかったし。たぶん冒険者たちがパトロールして狩り尽くしている。
というわけで、アルジェンナには引き続き水球を作り出してから維持する訓練をしてもらいつつ、すでに帰路に着いている。
そして彼女には悪いが、今はもうあまりそちらの様子を注視できない。
なぜか? すでに性欲が回復しつつあるからだ。剥き出しの胸元に少しでも気を取られたら、たちまち勃起は避けられまい。なんか、本末転倒じゃないかコレ。
――真面目なことを考えて気を散らそう。
本末転倒と言えば、アルジェンナを狩りにも連れ出すことでそちらで魔力を使い切ってしまい、日々の生活用水を生み出す魔力にすら困るような事態は避けたい。魔力量の増加は二重の意味で生命線、急務だ。
明日からは本格的に狩りに向かうとするか。俺自身の成長も必要だしな。剣の腕こそ元銀級冒険者のお墨付きだが、冒険者の剣士としてはまだまだペーペーなのである。
チカラが……チカラがホシイ……。
力と言えば。「魔力」とか「魔術」って、これもまた、ほぼ俺の個人的な意訳なんだよな。
たとえば「魔力」なんか、ここの言葉の発音そのままだと、
言葉の構成としては「~の力」的な意味を持つ「ゴ・」と、それに続く「ジィーラ」が……まあこれも結構ふんわりとしているのだが「大いなるもの」とか「なんかすごいもの」とかそういうニュアンスで……神のことを直接示すわけではないのだが、まあぶっちゃけ神々とか神が住まう世界とかそういうのの全般のことみたいな……そういう言葉。なので、直訳すると「魔力」よりも「神通力」辺りが正しい気はしている。ただやはり、実態とのギャップの関係で俺は魔力とか魔術とか訳して読んでるけど。
「……ん」
後ろから、なんか来たな。
アルジェンナの体を引いて、街道の中心から外れる。当然、彼女が浮かべていた水球は大地にささやかな潤いを与えることになったが、気にしない。
時刻はぼちぼち日の光が夕焼けに変わり始めようかという頃。帰りの冒険者だろうか。
……しまった、街の外で誰かに声をかけられた時の会話パターン、アルジェンナと詰めていなかったな。迂闊。クソが。何事もないことを祈るしかない。
「――――」
が、まあそれは杞憂であった。
西から駆けてきたのは二頭立ての馬車。張りの無い荷車には数名の冒険者が乗っていて、一目散に俺たちの前を駆け抜けていった。
「……皆さん、怪我をされていましたね」
「ああ」
まじまじと観察できたわけではないが、それでも自分と同じか少し若いくらいの――つまり十代半ばから後半の少女たちであることは分かった。その内の何人かは明らかに重傷で、治療が遅れれば命の危険もありえるように見えた。あるいは、すでに……。
駆け出し冒険者が手痛い洗礼を食らった。
そんな、ありふれた話だろう。
「……」
「怖いか?」
遠ざかっていく馬車に目を向けたままのアルジェンナに問う。
あの姿は、未来の彼女の姿。そういう可能性も、十分に考えられることだ。――あるいは、同じ轍を踏むのが当然に俺である可能性もあるが。
「……覚悟はできています」
……嘘ではない。というより、問いに対しては回答していない。ゆえにそれは暗黙の肯定でもあり。
ただ、言葉にされた想いもまた、確かに真実なのだろうと思えた。
何がそこまで。だなんて、間抜けなことは言わない。ああ、本当に、本当に迂闊だった。
言い訳でしかないが、人付き合い、人の感情の機微というものに対する感覚が、完全に麻痺していたんだろう。師匠相手に何か気を遣うなんてことはなかったし、それ以前はそれこそ、だ。
あまりにも単純な話。平凡に生きてきた女の頭を茹だらせて、心を一つ決めさせる。――それぐらいには、同情を買う境遇だったというだけ。
改めて考えてみれば、そりゃそうだ、でしかなく。
いないんだよね、男の冒険者なんて。本当に、ただの一人も。取りも直さずそれは「特別」であると表現しても何ら過言ではなく、その「特別」の隣に奴隷の身とは言えただ一人だけ選ばれた、なんて、そんなシチュエーション。人の生き様を少し狂わせるくらい、本当に当たり前の話だ。学ばねぇな、このアホは。
だが、そうと分かっても尚、自分の命を儚むだとか、外界から隔絶されたところで死ぬまでひっそりと暮らすだとか。そんな選択肢は俺の中に存在していない。そんな勇気すらない。
だから精々、つけ込んで、利用させてもらうとも。
「心配するな。あんな目には遭わせない」
「――はい」
はにかんだ一輪の花が、夕焼けに照らされていた。
○○○
【アールジェン】
エイローン大陸全土に生息する鈍い銀色の、ともすれば灰色にも見える花の名。転じて「アルジェンナ」など、人名に用いられる場合がある。
アールジェンの名は、ある種の魔術的な儀式においては「優しさ」「義憤」「罰」を象徴する。
あなたを苦しめた者たちを、すでに死の安らぎを得た卑怯者たちを、決して許さないでください。
代わりの贖罪を、この身が。代わりの罰を、この身に。
だからどうか世界を、どうか私たちを、呪わないでください。