※この作品はR-18です。

東方河童異聞   作:伝説の肥大したデブりし者★

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二話

 

河城にとりは、他の同胞達とは違って特定のテリトリーを持たず、放浪する変わり種の河童だった。

 

水辺に棲む妖怪として産まれた以上、ある程度豊かな自然の中で生活したいという欲求はあるが、それに拘泥しないというのもまた河童の性質だった。

テクノロジーに触れ、人類のもたらしたインスピレーションが彼女らの種族にはこの上なく好ましい作用を促す事は古来から知られてきたことだ。また、その技術体系を解析・模倣することで、新たな技術を創造していくのも、知的好奇心を満たすのに必要な行為だった。

 

機械工学だけだった分野は幅を広げ、技術力も確かな有数の河童として仲間内では一目置かれるにとりである。

 

そんな彼女にも一応住居というか、研究開発を行う為の拠点はあった。方々をのらりくらりと彷徨いながらでの技術追求にはどうしても限界があり、やはり落ち着ける場所は必要になるからだ。

 

多くの同胞が暮らす玄武の沢からは遠く離れた地にあるその住処は、自然豊かな幻想郷でも特に深い奥地にひっそりと佇んでいる。端的に言ってもの凄いジャングル染みた、太古の原生林だ。緑に覆われた大地には巨大な倒木が幾つも転がっており、苔生した大樹の根が縦横無尽に走り回る様は天然の迷宮を思わせた。

人里の人間などはまず立ち入れないし、余りに辺鄙な処なので妖怪すら滅多に寄り付かない場所である。そんな場所にわざわざ居を構えた理由は幾つかあるが、一番は余計な干渉をされたくないというのが大きいだろう。

 

蔦と苔に覆われた、原型を留めない程に風化した廃墟同然の木造建築物。元々は山師の小屋だったのだろうそれは、半ば倒壊しており、辛うじて残った柱と屋根の残骸だけがかつての面影を残している。周囲の巨木と比べればあまりにも矮小なそれが、にとりの家だった。

 

とはいえこれはカモフラージュであり、対称性の崩壊した拡張空間への入口に過ぎない。建物自体は単なるダミーに過ぎず、本当の住まいは巧妙に隠された地下隔離扉の奥にあった。力のある存在や詮索好きな古老の目を欺くための仕掛けが無数に施されており、侵入者に対する備えは万全......な筈である。

 

 

◇◇◇

 

 

暦の上では七月の終わりに差しかかり、季節はすっかり夏真っ盛りといった様相を呈していた。

ギラギラとした陽光が容赦なく降り注ぎ、大地からは陽炎が立ち昇るのがはっきりと見える。

生命の満ち溢れる日々の到来を喜ぶかのように、蝉達は狂ったように鳴き喚いていた。

 

人里からも、玄武の沢からも離れた山間の一角には造成された広場がある。河童達の憩いの場として建設された自然公園、とでも呼ぶべき場所だ。切り開かれた土地には遊歩道が整備されており、遊具や水場さえ完備されている。しかし、今は人影も無く閑散としていた。

中心に聳える大樹からは枝葉が四方八方に伸びており、涼しげな木陰を作り出している。

 

堅い樹皮に背中を預けるように凭れて、キャスケットを目深に被ったままにとりは微睡んでいた。時折吹き抜ける風が頬を撫で、ざわざわと木の葉を鳴らす音が心地良い。陽の光を浴びて輝く新緑の絨毯に寝転ぶ彼女は、まるで絵画の中の一場面を切り取ったかのような美しさを漂わせている。

 

「うーん......」

 

むにゃむにゃと不明瞭な呻き声を上げて、ゆっくりと目を開く。長い睫毛の下で、寝ぼけ眼が虚空を見つめていた。最近はずっと根を詰めていたので、気分転換にと木陰で昼寝をしていたがどうにも心根の隅に巣くった懸念が消えてくれない。

にとりは技術屋だが、同時に未知を探究する科学者でもある。人間並みかそれ以上に知的好奇心が強い彼女にしてみれば、現状維持というのは中々に耐え難い苦痛なのだ。だが、自身の抱える問題のせいで支障が出ているのも事実である。

世知辛い話ではあるが、研究開発には少なからず先立つ物が必要だ。科学技術とは金食い虫なのである。より高度で洗練されたテクノロジーを実現するにはそれ相応の設備投資が必要となり、技術力以上に財力が求められる場合もある。河童は他種族との交易によって経済活動を営んでおり、当然その規模も小さくは無い......のだが、最近の事情は少し複雑だ。

 

「──にとり、こんな処に居たんだ」

 

不意に背後から声を掛けられて、にとりの身体が僅かに強張る。気取られぬようにそっと溜息をついてから、ゆっくりと振り返った。視線の先では、背の高い少女が佇んでいる。

深緑を思わせるセミロングの髪にはキャスケットが被られ、強い意思を感じる双眸は翡翠の輝きを湛えていた。緑斑模様の防水服の背には、茶色の鞄を背負う姿は山師に見えなくも無い。

 

「あ......たかね...」

 

その少女の姿を見た途端。ほんの一瞬だが息が止まりそうになって、僅かな隙を見せてしまう。慌てて取り繕うように笑顔を浮かべて見せるが、内心の動揺を隠し通せた自信は無かった。

 

──山城たかね。幻想郷に棲む妖怪の一体で、分類上は『山童』と呼ばれる河童の変種に当たる存在だ。才知に溢れ、腕っぷしもそれなりに強く、そして何より......河城にとりにとっては数少ない友人でもあった。

 

この箱庭で幅を利かせている実力者達は、大抵が尋常ならざる力の持ち主だ。山の四天王と称される天狗や鬼、吸血鬼に大妖怪。他にも強大な力を持つ存在は数多い。互いに牽制しあうことで均衡を保つのが、幻想郷のルールである。

そんな妖怪の中でも、彼女は特別だった。少なくとも、にとりはそう考えている。

経済による支配。河童達の優れた技術を社会に浸透させ、合理性と利便さを追求する過程で莫大な利益を生んだのは一重に神憑り的な慧眼と商才に富んだたかねの働きが大きい。

 

元々は一介の山童に過ぎなかったたかねの個人資産は今や凄まじい事になっており、幻想郷の有力者達も無視できない影響力を持つに至っているのだ。尤も、本人はあぶく銭に興味は無く、ただ純粋に商売を楽しんでいるだけなのだが。

 

 

何故にとりが動揺しているかと言えば、ずばり筆頭出資者がたかねだからである。互いの長所を利用しあって、双方に利益の出る共生関係を築いているようにも見えるが、実情は異なる。前述のように研究・開発事業は多大なるリソースを必要とするため、初期投資を行えるだけの財力を持った後援者の存在が不可欠となるからだ。言い方は悪いが、面倒をみてくれる金蔓が居ないと研究は行き詰まり、現状維持さえままならないのである。

にとりも自分で売り込みを行って幾つかの資金提供者との繋がりを構築しているが、たかねの存在は余りにも魅力的すぎた。万が一にでも、機嫌を損ねて縁を切られるわけにはいかない相手だ。

 

「どうしたの......?嫌な事でもあったの」

 

「......ううん、何でもないともさ」

 

心配そうに顔を覗き込む彼女に曖昧な笑みを向けてから、誤魔化すように空を見上げる。雲一つ無い晴天はをどこまでも澄み渡り、目に痛いほどだ。

 

燦々と降り注ぐ陽光の下、穏やかな風が吹き抜けていく横でさも当然と言ったようにたかねは真隣へ腰掛けると、ふわりとした芳香が鼻腔を擽った。

 

「ふー、暑いわねぇ」

 

酷暑を憂うぼやきを聴きながら、横目からこっそりと様子を伺う。

 

初めて会った時からそうだったが、たかねはどえらい美人だ。

 

体躯と比するとかなり小さな造りの顔立ちは、美形の多い幻想郷の女たちの中でも一際目立つ。深緑を思わせる波打った髪と、長い睫毛に彩られた双眸は翡翠の如く輝き、樹海の賢人めいた知性の輝きを湛えている。細い鼻梁は異様に高い鼻筋から続く稜線であり、薄い口唇とも相俟って異国情緒すら感じさせた。

可愛らしい少女らしさよりも、円熟しきった大人の色香が勝る肢体は、肉感的な曲線を描きながらも均整が取れており、色気が滴り落ちそうな程に張り詰めた女体美を体現している。

全体的に細身だが、にとり含め知人からは『冗談みたいな体型』と揶揄されるくらい性的魅力(セックスアピール)に溢れており、男なら誰もが目を留めて止まない魅惑のプロポーションを誇っている。

 

彼女の防水服はにとりが作成したもので、試作の極地環境防護服を更に改良した一点ものだ。単純な防御性能は例え妖怪大戦争が発生しようとも、たかねの柔肌を守り抜くことだろう。

 

まぁ......友人として傷付いて欲しくないし、本音は金蔓に何かあると非常に困るのでにとりの持つあらゆる技術を駆使して守り抜く所存である。

 

そんな内心などおくびにも出さず、美し過ぎる横顔を盗み見ながら、そっと溜息をついた。

 

肉感的で蠱惑的でありながら、どこか神聖な空気を感じさせる不思議な魅力。それは彼女の持つ妖しい魔性によるものだろうか、客商売で磨かれたカリスマ故なのだろうか......或いは両方なのかもしれない。

 

とにかく、彼女には人を惹きつける何かがあった。

 

「そうだねー」

 

視線を逸らしつつ適当な相槌を打つと、たかねは小さく微笑んでみせるのであった。

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