※この作品はR-18です。

東方河童異聞   作:伝説の肥大したデブりし者★

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三話

 

 

──荷台いっぱいに野菜や工業製品を積んだ荷車が、若干の轍を残しては勢い良く脇を通り抜けていった。

踏み慣らされた道は乾燥のせいか土埃を立てやすくなっていて、激しい往来の足元からは煙るように黄土色の粉塵が立ち上るのが見える。

人里の大通りの喧騒は活気があって、正午間近とくれば店前の活況もいよいよ極まる頃合いだった。喧噪の合間では夫婦らしい男女のかけ合いや芝居の掛け声が耳朶を打つ。それに朗らかに答える童の屈託無い笑顔などからして、少なくとも表面上は幸福であると判断出来ようものだ......。

 

 

外縁部付近の路地裏。

経済活動が集中している中央地区と異なり、華やかなヒトの営みの見せる光があるならば此処は陰ののさばった暗い部分だ。表通りの空気とは全く相容れぬ酷薄な空間にて、まるで濾し出したように纏められるくらい殺伐とした血の香りが澱んでいた。

 

薄汚れた塵屑に埋もれるようなひとつの肉塊があった。

 

仰向けた上向きの顔の額からはすらりと細長い鈍色の輝きが伸びている。薄く反り返った湾曲したその上に、ツルリとした木製の柄が据えられている。

深々と頭蓋を穿った孔から溢れる鮮血は擦りきれた着物を汚し、湿った大地に赤黒い染みを描いていた。

 

苦悶が皺となって刻まれる口からは悲痛な叫び声さえも聴くことは叶わない。

 

「......」

 

ひた、と無表情に深紅の双眸を向けながら、骸の傍に立ち尽くす暗い赤髪の持ち主。

端麗な顔立ちには喜色はおろか悲哀さえ微塵にも感じられず、初霜の雪景を切り出したかのような白い顔立ちが、返り血に濡れている。

丈の短いスカートから伸びた脚は羚羊を彷彿とさせる靭やかで美しい肉付きのそれであり、すらりとした長躯の豊かな曲線を描いていた。

 

事切れた遺骸の頸元に屈み込んだ影は、懐に手を差し込んで何やらまさぐり始める......やがて戻した掌の上に載っていたのは、口を結ばれた小袋だった。

大きく膨らんだそれはずっしりと重みがあり、ジャラジャラと音を立てるからして結構な量の貴金属類と思われる。

中を検めなくともそれだけで一財産築ける程の値打ちがあると推測出来た。

 

「ツケは精算された......」

 

まだ温いままの袋を胸元に抱き寄せた途端、にやける表情を隠す事もなく下唇をペロリと舐め上げて見せる。

 

......彼らの場合、返すつもりが無い癖に、或いは返せるものが無いにも関わらず借金を申し込んでくる輩が多いのだから救いようがない。

結局は搾り取り尽くして始末するのが最も合理的な対応なのだろうけれど、こういう奴等に限って金が無くなってしまえば自分の非を省みずに逆恨みしてくるんだから鬱陶しくて仕方ない。

 

大義名分を掲げて荒っぽい債券回収を許されている身とは言え、見ようによっては貧者を虐げる高利貸の犬そのものに見えたかもしれない。そんな感想を抱きつつも内心では何が悪いのだろう?と思う己が居た。

確かに弱者を踏み付ける行為は悪かもしれないが、そもそも自分達が強者足り得ているのはそういう方法を選んできたからに他ならないだろう。勿論、搾取するのは簡単だけどその後の扱いが難しくなる事を百も承知しているので普段はやらないだけだ。所詮は己も弱いものを甚振るような汚い獣ということなんだろう。

 

薄暗い路地を歩く中で巡る思考に嫌悪を感じながら、溜息をつく。結局はこういう生き方しか出来ない生き物なのだ。弱ければ死ぬしか無い世界で生きて来た以上、自然淘汰に身を任せるだけの存在でしか無いのだと今更ながら痛感させられる気がした。

 

「......畜生め」

 

思わず吐き出した悪態に応える者は誰も居らず、虚しさばかりが空気に溶けていった。

 

 

◇◇◇

 

 

「ふぅん......再開発、ねぇ」

 

紙面に踊る大きな見出しに綴られた文句を読んで、にとりは思わずそんな事を呟いた。

障子と壁を隔てて漏れ聞こえるざわめきは、この居酒屋が繁盛していることの裏返しでもある。

昼下がりを迎えた店内は今この瞬間も人の入りが多く、皆思い思いの時を過ごしていた。注文を取る威勢の良い声が飛び交ったり、酔漢達が騒ぐ音などが響く店内においても会話程度であれば問題なく出来る程度には静かに時が流れている。

 

【文々。新聞】と銘打たれた自称幻想郷の情報バイブルとも言える代物。いつの時代であってもゴシップ記事を書きたがる輩と言うものは居るらしく、情報を扱う媒体としての信頼度は疑わしいものの噂好きの連中の間では人気が高い。

元々娯楽の乏しい幻想郷に於いて紙切れ一枚で手に入る面白おかしい話題というものは貴重品であるらしく、専ら新聞といえば娯楽面の方が重要視されているようだ。

そういった背景もあり、あまり信憑性の無い眉唾物の情報が流布したり真実かどうか怪しい捏造だらけの与太話なども堂々と書かれる傾向にあったりする為、読者を選ぶ内容になっている。

 

 

───公表されてはいないが、幻想郷では数十年前から密かに河童・山童氏族が張り巡らせた幻想郷広域に及ぶ諜報網により詳細かつ膨大な情報を集積する分析機関が日夜活動しており、それらを用いて集団全体としての戦略的且つ効率的な動きを可能としている。

 

狭い箱庭では虐げられる立場だった彼らが生み出した一つの生存戦略だ。潜在脅威との圧倒的な戦力差を埋める術として編み出されたモノであり、今では組織として独立を果たした彼等独自の戦闘部隊も存在する程なのだからその努力の成果は見て取れよう。

そのデータベースに無制限のアクセスを行える立場のにとりからしてみれば、玄武の沢の分析室で虚ろな眼をしながら職務を遂行する情報分析官の犠牲には尊敬の念を禁じ得ないものだが、当人達にとっては日常の風景だったりする訳で殊更驚くようなことでもないんだろうなぁ、なんてことを漠然と思ったりもする。

 

 

喉を潤そうと酒を注いだ猪口に手を伸ばした時、障子が滑らかに動いたかと思えば背の高い影がのそりと部屋内に侵入してきた。

 

店員でも、他所の酔っ払いでもないそれは夏季だと言うのに赤いマフラーを巻いていて、長躯のせいで鴨居に擦り付けるようになっている蒼いリボンなんて付けているのは一人しか知らない。

 

目立つのが苦手な当人としては密やかに入ってきたつもりらしかったが、文字通り人間離れした雰囲気を纏う彼女は人混みに混ざる事が出来なかったようだ。

人間に違和感を持たれない幻術の類いに詳しい奴でも紹介してやろうか、と考えたが口には出さなかった。

 

「やぁ」

 

「......ええ」

 

最近見ていなかった友人の姿に気さくに接しようとするも、相変わらず無愛想な態度を崩さない様子に苦笑する。まぁこんな反応はいつもの事なので特に気にすることもないのだが。

赤蛮奇という女妖怪は、一部では名の知れた存在である。首に巻く朱色の布を暢気に弄んでいる姿はぼんやりしていて無口だし、何時も日陰に潜んでいるようなイメージがあるので尚更近寄り難くもある。

 

......少なくとも真っ当に生きている奴には一生縁の無い奴だよなあ、と思った。彼女の生業を知っている者からすれば、金銭の取扱では自分を律する気になろうというものだ。

 

向かいにどっかり座った女は頬杖をつきつつ物欲しそうな瞳で此方を見ている。大方酒を寄越せという事だろう。

仕方がないので手元にある徳利を手繰り寄せて酌でもしてやろうとすれば、白魚の如き手が徳利に伸びてむんずと奪い取られてしまった。

そのまま自らの器に注ぐことも無く直接口をつけて喉を鳴らしていく様は豪快ですらある。

 

「んく......ん......」

 

思わず固まっているにとりを余所に、白い喉を晒して中身を飲み干す音が小さく響く。

 

満足げな吐息と共に空になった器を置くと、濡れた唇についた雫を赤い舌がてろりと舐め上げた。

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