それでいて世話焼きで優しくて清楚な彼女。そんな彼女に一番近い存在は隣に住んでいる自分だと思っていた。
そんな彼女を一途に思い続けたのは俺の気持ちは...誰にも負けないと思っていた。
清純な彼女の最初の恋人になるのは...俺だと思っていた。
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『優柔不断は切り捨てろ:周りの美少女は全員他人のモノ(https://syosetu.org/novel/294060/)』と世界線を共有しています。
「魁人~学校行くよ~」
朝、ドアの向こうから聞こえる声で目が覚めた。
それは母親ではない女性の声。もちろん妹や姉でもない。
「あと五分...」
そんなことより今はベッドに沈むことが優先だ。
「魁人ってば...もう起きないと間に合わないよ?」
呆れたような声。
いつもの事なので慣れているのかもしれない。
「はぁ...」
残念だ。しかし、学生の本分は勉学。
定刻通りに登校して授業を受けなくては。
「魁人、入るよ?」
少し開かれた寝室の扉。
「今起きるよ...沙織」
ちらりと覗いている彼女の名前は...
朝が弱い俺を、こうして毎朝起こしに来てくれている。
「おはよう、魁人」
そして俺の名前は
「おはよう、沙織。まだ時間あるだろ?」
欠伸をしながら尋ねると、沙織はため息交じりに言葉を返したのであった。
「はぁ...もうそんなに余裕ないよ?もうすぐバスも来ちゃうし」
「...え?」
体内時計を頼りにロクに時間を確認せずに答えたのだが、改めてスマホの時計を確認してみた。
「...本当だ」
「そうでしょ?ほら、朝ごはん作ったから早く降りてきて」
よく見ると彼女は制服にエプロン姿であった。
「今行くよ」
ちなみに同棲しているわけではない。何なら付き合っているワケでもないし。
俺は父親が単身赴任中であり、母親も仕事が忙しいので既に出勤している。
それは沙織も同様だ。彼女の場合は父が早逝しており、現在は母親と二人で暮らしている。その母親も多忙で既に出勤している頃だろう。
だから俺たちは昔から支えあって生活しており、沙織が家事を手伝ってくれる代わりに俺も力仕事や掃除を手伝っている。
...まあ、しっかり者の沙織に支えられてばかりというのが実態ではあるけれど。
「...起きるか」
適当に身支度を整え、通学カバンや制服を手に取り部屋を出た。
.................
「ふぁ...おはよう、沙織」
身支度を整えた後にリビングに入る。
「ふふふっ、さっきも聞いたよ。おはよう、魁人」
食卓に腰かけてふわりと微笑む沙織。
さらさらと風に揺られるセミロングの黒髪、シミ一つ無い透き通るような白い肌、吸い込まれそうな程美しい大きな瞳。
生地が厚い制服越しでも分かるほど豊満な胸元と、対照的にほっそりとした腰回り。それでいて丸く形のいいお尻と、健康的な長い足。
「どうしたの?」
あまりにも美しい幼馴染の容姿に見惚れていたとは言えなかった。
「なんでもないよ。沙織は今日も元気だなって思ってさ」
真面目で優しく、成績も良い。また、彼女の母親の教育方針の賜物か、性的な知識は乏しく、その手の情報を耳にすると顔を真っ赤にしてしまうという...実に清楚で可愛らしい性格だ。
「うん。おかげさまで♪」
ニコニコと上機嫌な様子だ。
...その愛らしい笑顔を向けれられたおかげで、俺の頬に朱が差してきた。
「と、とにかく...朝ごはん食べようか」
「さっきからそう言ってるでしょ?もう...ふふふっ」
俺は微笑む彼女の目の前に腰かけて、トーストに手を伸ばした。
しかし―――
「こら。いただきますが先でしょ?」
「...いただきます」
沙織にはまるで母親のようなところがある。面倒見が良いので後輩からの信頼も厚いらしい。
本人も"自分は母性が強い方かもしれない"と語っていた事がある。
...俺はその母性に甘えているのかもしれない。
「ふふふっ...よろしい。じゃあ私も、いただきます」
きちんと手を合わせ、沙織もトーストに手を伸ばした。
...何という事は無い平和な朝の1コマ。
俺はそんな日常に溢れる幸せを実感しないまま...なんとなく過ごしていた。
.................
バスに揺られる事20分あまり、ようやく学園が見えてきた。
「あ、そういえば...」
沙織が何か思い出したように声を上げた。
「ん?」
ICカードタイプの定期券を精算機にかざし、バスを降りたタイミングであった。
「魁人は進路どうするの?就職じゃないよね?」
一応進学校ではあるが、工業科や商業科も併設されているので就職する進路が無いワケでは無い。
しかし、俺は普通科で特にスキルも無いので進学希望であった。
「普通に進学だよ。前に話しただろ?」
そして、今は受験を控えている学年だ。既に進路は決めてある。あとはがむしゃらに勉強するだけだ。
「そうだけどさ...その...」
何故か言葉に詰まる沙織。
「ど、どうしたんだよ...?」
「だから...その...どこの大学に進学するの...?」
恥ずかしそうに上目遣いでこちらを見つめている沙織。
「そ、それは...」
言えなかった...俺も沙織と同じ大学を目指してるとは。俺は一般受験で沙織は指定校推薦だけど。
それに...悔しいが、そもそも沙織と俺とでは学力に差がありすぎる。沙織は推薦ではなく一般受験でもほぼ間違いなく合格できるという噂だ。
でも、俺はどうしても彼女と同じ大学に行きたい。そして、合格発表のその日に...俺は彼女に思いを伝えようと思っている。
しかし、それを本人にいう訳にはいかない。
「...ほどほどの大学だよ。自分の実力に足るところ」
「またそうやって誤魔化す...」
頬を膨らませている沙織だった。
...その姿は大変可愛らしいけれど、少しだけ胸が痛んだ。
――――――――――――
夕暮れ時、既に部活を引退している俺たちは直ぐに帰路に就いた。
「...」
「...」
今日一日は、なんとなく沙織との会話が少なかった。
俺も沙織も常に一緒に居るわけではないので仕方ないのだが、一日に何度か話すことはある。しかし、今日に限ってそれが無かった。
というのも、今朝の進路に関して会話を交わした後から...なんとなく話しかけにくいのだ。
あの一言で沙織の機嫌を損ねたとは思わないが、それよりも俺の方が余計な事を口走ってしまいそうで話しかけられなかった。
「あれ?」
間もなく自宅が見えて来た頃、不意に沙織が声を上げた。
「どうした?」
「あ...ううん。大したことじゃないんだけど、家の電気が点いてるなぁ...って思って」
...確かにそうだ。沙織の家のリビングの電気が点いている。
「花蓮さんが帰ってきてるんじゃないか?」
「うん...そうみたい」
珍しいなぁ...と呟いていた。
花蓮さん...沙織の母親である
少しおっとりしている天然系の人だが、仕事はかなり出来るらしく、それなりに責任のある立場にある人とのことだ。故に多忙であり、旦那さんが逝去された後は更に仕事に一生懸命になったらしい。
それもこれも全て娘の為であり、沙織本人も理解している。だから、海老沢母娘の仲は非常に良好だ。
「あ...」
丁度その時、玄関扉が開いた。
仲から姿を見せたのは、沙織の歳ほどの娘が居るとは思えない美しい女性であった。
「あ、沙織~おかえり~」
フリフリと手を振っている花蓮さん。ほんわかとした声はいつも癒される。
「ただいま、お母さん」
「こんばんは、花蓮さん」
正直、幼馴染の母親...と呼ぶにはあまりにも若すぎる容姿だ。幼少期の記憶の中にある彼女の姿からあまり変わっていない。
「魁人君もおかえり~」
年齢不詳の可愛らしい笑顔で迎えられて...なんとも幸せな気分になった。
ふわりと広がるこげ茶色のロングヘア。滑らかで白い肌はシワ一つ無く潤っており、その相貌は沙織とそっくりで美しい。
背は沙織より少し高く、娘と同様に抜群のプロポーションだ。
「どうしたの?珍しいね」
「うん。今日はね~...」
何故か少しためている。
「今日は?」
気になる様子の沙織。
「ふふふっ...まだナイショ♪」
「えー...」
残念そうな沙織。
なんとも和やかな母娘の会話だ。
「ふふふっ...冗談冗談。ほら、この前お話ししたでしょ?」
「...ひょっとして"車"の事?」
車?車が一体どうしたのだろうか...?
ちなみに海老沢家には自家用車が無い。
この辺りは田舎ではあるけれど、幸い電車もバスも利用しやすい距離に位置しているのだ。
花蓮さんは都市部に電車で通勤しており、買い物も仕事帰りに行う事が多い。それに、沙織が料理をする際には学校帰りにスーパーに寄って買い物を済ませる事もある。だからあまり車が必要無いとのことで所有していなかったのだ。
「うん!それでね?この前沙織が教えてくれたフリマアプリで探していたんだけど...近くに住んでる人が売ってる車が有ったの」
「お母さん...フリマアプリで車買うの...?」
不安そうな表情の沙織。
「え?え?だ、ダメだった...?」
更に不安そうな表情の花蓮さん。...実によく似ている。
「ダメじゃないけど...でも、友達に聞いたことあるんだけど、こういうアプリで車やバイクを買う場合はある程度自分で整備出来る人じゃないと―――」
と、沙織が説明していたところ、少し大きな排気音と共に真っ赤なオープンカーが角を曲がってきた。
「え...?まさか...あの車?」
それは...国産の2シーターオープンカーであった。
艶のある深いメタリックレッドの塗装は美しく、フロントノーズからリアエンドまで描かれる流れるようなフォルムが非常に美しい。
車内は狭いとのことだが、小柄な海老沢母娘であればそこまで気にならないだろう。
「う、うん」
オープンカーは海老沢家の前に停車し、中からは若い男性が姿を現した。
「こんにちは、えっと...こちらが海老沢さんのお宅でしょうか?」
困惑気味に尋ねる男性。
「そうですよ♪」
満面の笑顔で答える花蓮さん。
「よかった。えっと、花蓮さん...お母さまはご在宅でしょうか?」
と、その本人に尋ねていた。
「はい♪」
本人なのでそう返事をしたのかもしれない。
...しかし、その返事では伝わらないのではないだろうか?
「ああ、よかった。えっと...私は
丁寧な口調で"その本人"に尋ねる黒沢さん。
「??」
不思議そうな顔で小首を傾げている花蓮さん。
「え...?」
困惑している黒沢さん。
...メッセージのやり取りだけなのでお互いの顔は分からない。という事は目の前の女性が花蓮さん本人だとは思わないだろう。
「お、お母さん...自己紹介しないと伝わらないでしょ...っ」
小声で花蓮さんに声をかける沙織だった。
「お、お母さん...?えっと...ひょっとして...あなたが花蓮さん...?」
花蓮さんと沙織は顔が良く似ているので、この二人が血縁関係であることは直ぐに気が付く事だ。
「はい、私がお母さんです♪」
実にご機嫌な様子で返事をする花蓮さんであった。
「し、失礼しました...その...凄くお若いのでわかりませんでした...」
「そんなお若いだなんて...えへへ...」
ほんのりと頬を染めながら喜んでいる。
「本日は現車確認という事でよろしいでしょうか?」
丁寧な口調の男性。
それにしても、わざわざ購入希望者の元へ車を見せに来てくれるなんて...かなり珍しいのではないだろうか?
「はいっ。わざわざこちらまで来ていただいて...本当にありがとうございます」
わざとではないのだろうが、花蓮さんのような美人に潤んだ瞳で見つめられてしまえば...なんでも許してしまいそうだ。
「あ、いえいえ。その点に関してはお構いなく。ここは帰り道の途中ですし、何ならその角を曲がってすぐの家に住んでいますので」
「まあ。ご近所さんだったんですね~」
目を見開いている花蓮さん。
「あっ。そういえば...」
沙織は何か気が付いたらしい。
「沙織?」
「あ、ううん。そういえば、ゴミ出しの時に何度かお会いしたことがあるような気がして...」
「あ、やっぱりそうですよね?手が綺麗な子が居ると思って私も印象に残っていたんですよ」
確かに沙織の手は綺麗だが...なんとも目の付け所が気持ち悪いな。
「そ、そんな...綺麗だなんて...」
しかし、当の沙織はほんのりと頬を染めて恥ずかしがっている。
「いえいえ、本当にそう思いますよ。それに...花蓮さんも時折お見掛けしていたのですが、あなたは本当にそっくりなので...姉妹とばかり思っていました」
「ふふふっ...姉妹だなんて...♪」
上機嫌な様子の花蓮さん。
「それで、どうなさいます?一通り見られますか?」
本来の目的について黒沢さんが切り出した。
「はい。是非とも」
ふわりと微笑み返す花蓮さん。
「わかりました。お好きにご覧になってください」
にこやかに微笑み返しながら、黒沢さんは扉やトランクを開いて見せた。
「わぁ...」
きらきらと瞳を輝かせながら車を確認する花蓮さん。
「お母さん、こういう車が好きだったの?」
目を輝かせている花蓮さんに沙織が尋ねた。
「うん。お母さんは乗ったことないんだけど、昔...あの人が好きだったのよ。沙織も覚えてるでしょ?あの赤い車」
亡くなった旦那さんの事だろう。
「あ...そうだったね...」
少し寂しそうな顔で呟く沙織。
黒沢さんはその表情で何か察したらしい。
「ひょっとして...旦那様は...」
「はい。この子が小さい頃に...事故で」
アレは突然の出来事だった。俺も葬式に参列した記憶が残っている。
俺は幼かったのであまり理解出来なかったのだが、沙織も泣き崩れている花蓮さんの姿を見て同じように泣いていた気がする。
「そうですか...すみません、お辛い事をお聞きして」
申し訳なさそうな表情を浮かべる黒沢さん。
「いえいえ...もう昔の事ですので」
優しく微笑む花蓮さん。
...沙織の母性的な性格は花蓮さん譲りだよな。
「ありがとうございます。...車の話をしましょうか。この車は亡くなった祖父から譲り受けたモノでして、AT車でグレードは最上位のRSです。走行距離は5万キロですが、電装系や駆動系の消耗品は一通り交換しています。メンテナンスに関しては、簡単な整備は私が自分で行っていますが、一応点検や重整備はディーラーに依頼しています」
「なるほど...」
どうやら黒沢さんはそれなりに車の知識が有るらしい。
「趣味性が高い車ですが、日ごろの整備を怠らなければ故障は少ないと思います」
「私に出来るでしょうか...?」
不安げな様子の花蓮さん。
まあ...確かに花蓮さんが工具を持っている様は想像出来ない。
「それなら...私がお手伝いしましょうか?クルマいじりは趣味ですし」
「そんな...申し訳ないですよ」
いえいえと遠慮している花蓮さん。
「いえいえ。私も大した事は出来ませんよ。オイル交換や簡単な部品交換程度です」
「えっと...それなら...」
と、言いかけたところで沙織が口を開いた。
「お母さん、まだ買うかどうか決めてないよ?」
確かにもう購入した前提で話が進んでいるように見受けられた。
「あっ...そうね。黒沢さん、私...買いますっ」
きっぱりと言い切った花蓮さん。
「えっと...それはありがたいですけど...一応、娘さんにもご相談をした方がいいのではないでしょうか?」
困惑気味の黒沢さん。同じく困惑気味の沙織。
「まあ、お母さんが良いなら良いんだけど...お金は大丈夫なの?」
尤もな意見だ。
見たところかなり高年式の車だ。そんなに安い買い物ではないだろう。
「ふふん...これを御覧なさい」
そう言って花蓮さんは封筒を手渡してきた。
「これって...ボーナスの明細?」
「うん。でも、そのココを見て?」
そう言って花蓮さんは自分の名前が記されている箇所を指さした。
「海老沢...所長...?どういうこと?」
「実はお母さん...昇進しましたっ」
誇らしげな様子で大きな胸を張る花蓮さんであった。
「おお...おめでとう、お母さんっ」
感心している沙織と―――
「おめでとうございます」
―――にこやかに微笑む黒沢さん。
「どうもどうも...ふふふっ。だからね、今回の賞与はドドンと昇給していたの。それに、今度から本社勤務じゃなくて営業所勤務になるから車が必要なのよ」
なるほど、そういう事情もあったのか。
「それに...あの人が夢中になっていた世界を私も感じたくて...ね?」
それは...少し寂しい笑顔だった。