「多数決の結果、今年は写真展を行います」
教壇に立つクラスメイト。
写真展とは一体何の事なのかというと――
「写真展かぁ...最後の文化祭で微妙なの来たな」
そう、文化祭だ。別に地域で有名なほど派手な文化祭というワケではないが、2日目は学外の人も入ることが出来るのでそれなりに盛り上がる。
「そんなこと言うなら何かいいアイデア出せばよかっただろ」
ボソボソと文句を言うヤツを隣の席のクラスメイトが窘めた。...まあ、気持ちは分かるが、俺に何かクリエイティブなアイデアがあるのかというと...そうでもない。
「ねえ、B組は喫茶店やるらしいよ」
「いいなぁ。でも、B組って推薦組が多いんでしょ?それで許可が下りたんじゃない?」
B組...沙織のクラスだ。
B組は文系の成績優秀者が集められており、それなりにいい大学に推薦で進学する生徒や、地元の中堅私立大学を受験する生徒が集められている。
ちなみにA組更に成績優秀かつ文系の難関大を目指すクラスだ。そしてC組は文系の普通クラス。D組が理系の普通クラスで、E組が理系の優秀者クラスで、F組が理系の難関大を目指す最優秀者クラスだ。そして、商業科1組と工業科1組と続く。
毎年恒例ではあるのだが、この時期に推薦で進学先が決まっている生徒が多いのはB組とF組であり、工業科と商業科も就職が決まっている生徒が多いので、この4クラスが派手な出し物をすることが恒例となっている。
「A組とF組ですら模擬店やるっていうのにうちのクラスは...」
「だから文句があるなら自分でアイデア出せって」
...確かに、受験勉強が忙しい時期ではある。なので文化祭実行委員は2年生が中心であり、出し物が全体的に派手なのも2年生だ。
「なあ坂本、B組の奴に聞いたんだけどさ、今回の喫茶店...女子はメイド服らしいぞ」
隣の席のゴリマッチョな友人が中々興味深い話をしている。
「マジで?」
「マジマジ。しかも、海老沢さんがメイド服着てたらしいぞ」
「沙織が!?」
見たい。めちゃくちゃ見たい。
...しかし、同時にジワジワと胸が締め付けられている。
「っ...」
先日の出来事、沙織と黒沢氏が現れた早朝のコンビニ、二人が購入していた"とある日用品"...
...いや、きっと何かの勘違いだ。たまたま、あの位置に"アレ"が陳列されていただけだ。きっと...きっと、違うモノを購入したんだ。
「坂本?」
「ぁ...」
気が付けば、友人が不思議そうにこちらを見ていた。
「どうした?急に黙り込んで」
「あ、いや...何でもないんだ」
「本当にどうしたんだ?海老沢さんにフラれでもしたのか?」
冗談交じりに尋ねる友人。
「別に付き合ってねえよ」
「冗談だよ...あっ」
ゴリマッチョは何かを思い出した様子だ。
「すまん...あの、ショッピングモールの件、だよな?」
「まあ...そんなところだ。まあ、でもあれも結局勘違いみたいだぞ?」
黒沢氏と沙織は大人と子供だ。付き合うワケが無い。そんなハズは...無い。
「...そうだな。まあ、とりあえず、週末は写真でも撮りに行こうぜ。展示用に一人1枚は絶対に出さないといけないし」
...そうしよう。
「そうだ...沙織にメイド服着て貰って、それを展示するとかどうだ?」
「お前...海老沢さんの許可の前に学校がダメって言うだろ。一応販売もするんだぞ?」
そういえばそうだ。しかし、あの海老沢沙織のメイド服姿の写真を売りに出せば...それはそれは良い商売になりそうなモノだ。...何かいい方法を考えよう。
「...」
それに、そんな大きな売り上げを上げれば、クラスは注目されるし、俺の評価も上がるかもしれない。
そうすれば...きっと、沙織も俺に―――
「...よし」
「坂本?」
再び不思議そうに俺を見つめるゴリマッチョ
「あ、悪い。週末だな。カメラは...まあ、スマホで良いか」
「そうだな。楽しみにしてるよ」
妙に嬉しそうなゴリマッチョだ。...そんなに俺と出かけるのが楽しみなのだろうか?
――――――――――――――
放課後、何やら盛り上がっている様子のB組の様子を伺いに来たところ、どうやら俺と同じ目的の男子生徒が大勢集まっており、B組前の廊下は人だかりが出来ていた。
「おお...」
「すげぇ...かわいい...」
「生きててよかった...」
「今のうちに瞼に焼き付けないと...!」
男子生徒の視線はとある人物に釘付けとなっていた。
「...ぁ...」
例に漏れず、俺も目が離せなくなってしまった。
...そう、沙織だ。
丈が短い水色の生地にオフショルダータイプのメイド服。純白のフリルエプロンにも水色の刺繍が施されており、スラリと伸びる両足は白いガーターベルトで留められた純白のガーターストッキングに包まれており、柔らかそうな髪は二つにまとめられており、頭にはメイドカチューシャをしている。...ああ...本当に生きていて良かった。
「っ...」
当の本人は大勢の視線に晒されている事が恥ずかしいらしく、顔を真っ赤にしてクラスメイトの影に隠れている。...ああ...本当に、そんなしおらしいところも可愛いなぁ...
「ほら、お前ら帰れ帰れ!見世物じゃないんだぞ!」
B組の担任教諭が廊下に群がる男子生徒を散らせる。しかし、何人かはしぶとく残っており、俺もそのうちの一人として粘っていた。
「サイテー...」
「ほんっとうに男子って無神経...」
そんな沙織を庇うようにメイド服姿の女子生徒が立ちはだかる。
...同じ服を着ているのにどうしてこうも違うのか。
「おい男子ども。どうしてアタシたちが来た途端そんなテンションが下がるのよ」
「くそ...やはり沙織には勝てないか...!」
何故かものすごく悔しそうな様子だ。...一応、フォローしておくと、この二人も良く似合っている。しかし、あまりにも沙織が可愛すぎるのだ。
「しょうがないでしょ...だって沙織みたいに色白じゃないし、そもそもあんなに可愛くないもん。...ほら、見なさいよこの抜群のスタイルと可愛すぎるご尊顔。この子は女神なのよ?」
B組の女子生徒は沙織に僻んでいるのかと思いきや崇拝していた。
...まあ、それもそうだろう。沙織は容姿が良いだけではなく、本人が本当に善人なのだ。ひょっとしたら本当に女神か天使なのかもしれない。
「本当に同じ10代の女子とは思えないわ...うわっ、なにこのお肌...スベスベでモチモチよ?」
「やめへよぉ~」
クラスメイトに囲まれてぷにぷにと両頬を愛でられている沙織。...本当に柔らかそうだ。
「ほら、お前らも帰れ。どうせ文化祭当日にも見れるんだから」
担任教諭がぴしゃりと引き戸を閉めてしまった。
「えー」
「けちー」
口々に文句を言う野次馬共。...まあ、俺も同じか。
「あ、いたいた。坂本、帰るぞ」
俺を呼ぶ声に振り替えると、ゴリマッチョ友が迎えに来ていた。
「あ、ああ」
ゴリマッチョ友と並んで昇降口へと向かう。
...最近まで沙織と一緒に下校していたはずなのに、いつの間にか別々に帰るのが日常になってしまった。
そういえばバスも一緒じゃないな。田舎路線なので、いつものバスを逃せばギリギリの登校になる。逆に1本早いバスはかなり早い時間帯だ。
「...」
残る可能性と言えば...あ、そう言う事か。
花蓮さんだ。きっと、花蓮さんが送り迎えをしているんだ。
「坂本?」
「え?」
気が付けば、下駄箱の前でぼんやりとしている俺をゴリマッチョ友が覗き込んでいた。
「お前...最近変だぞ?」
「そうか?」
特にそんな自覚は無かった。
「ああ。急にハイテンションになったり、かと思えば急に落ち込んだり...情緒不安定っていうのか?そんな感じだぞ」
「うーん...」
確かに...言われてみれば気分の浮き沈みが激しい気がする。
「...まあ、お前にも色々あるんだとは思うけどさ、ぼんやりしてるとアブナイから気をつけろよ?」
「ああ。悪いな」
...それにしてもいつもながら距離が近いな。ゴリマッチョのおかげで温かいから良いんだけど。
「...ん?」
ふと、ゴリマッチョ友が声を上げた。
「どうした?」
「あ、いや...あの人...いや、多分気のせいだ」
マッチョの瞳は学校の駐車場に向いている。
「ん?」
その視線の先を追うと、送迎の車が数台停められている事に気が付いた。
...そして、その中の1台に目線がくぎ付けとなった。
「あの車...」
赤いオープンカー。近所に2台ほど停まっている。
ナンバープレートは見えず、運転手も乗っていない。故に、そのどちらかである可能性も否定できないが肯定も出来ない。
「目立つなぁ...あんな派手な車に乗ってる親がいるのか。いや、兄弟の可能性もあるか」
それが普通のリアクションだ。
「あ、ああ...そう、だな」
動揺が隠せない。
いや、まさか...そんなはずはない。
ここに居るはずが無い。ここに居る理由が無い。
それに..."あの人"が沙織と関わっているのは、沙織が推薦入試を受けるからである。その入試も先日終わったと聞いた。つまり..."あの人"が沙織とこれ以上関わる理由は無いのだ。
無い...はずなんだ。
「おや、魁人君じゃないか。こんにちは」
「...!!」
そこに立っていたのは...スーツ姿の黒沢さんだ。
...今、一番聞きたくない声だった。
「あ、この前の...」
「君は...確か、魁人君とショッピングモールで一緒に遊んでいた子だね?こんにちは」
ゴリマッチョ友も覚えていたらしい。
「く、黒沢さん...どうして...」
この人がここに居る理由は無い。理由など...あるはずが無い。
「送迎だよ。あー...ごめん、大きい車なら二人とも一緒に乗せてあげるんだけど...今日はアレだからね」
そう言いながら赤いオープンカーを指差す黒沢さん。
「ひょっとして、海老沢さんを...?」
怪訝そうな表情で尋ねるゴリマッチョ友。
「うん。あ、もちろん花蓮さんにも話してるから大丈夫だよ」
「花蓮さん?」
ゴリマッチョ友がこちらに振り返る。
「沙織のお母さんだよ。海老沢花蓮さん」
「ああ、そう言う事。という事は...」
再び黒沢さんの方へと振り返るゴリマッチョ友。
「親御さんの公認だよ。だから不審者として通報しないでね」
冗談めかして言う黒沢さん。
「まあ、そう言う事なら...」
「...」
本音を言えば、ここで大声を上げて不審者として通報したい。しかし、そんなことをすれば沙織から何を言われるのか想像もつかない。
「まあ、今日はちょっと早く到着しすぎたんだよね。だから久々に母校をプラプラしていたんだ」
母校...?それは初めて聞いた話だ。
「卒業生なんですか?」
「うん。何年も前だけどね。今でも普通科文系のA組B組は進学クラスなのかな?」
どうやらその辺りのクラス分けは昔から変わらないらしい。
「A組が難関大でB組が推薦と中堅私立を目指すクラスです」
ゴリマッチョ友が代わりに答えた。
「あ、やっぱりその辺りは変わらないんだね。...俺、実はA組出身なんだよ。落ちこぼれだけどね」
ははは、と笑う黒沢さん。
...いや、落ちこぼれと言えど、A組やF組は所属するだけでも別格の学力が必要だ。そもそも、入学時点でA組とF組の候補は1クラス固められているという噂も聞いたことがある。
「いやいや...A組なだけでも凄いですよ」
「そんなことはないさ。今も本当にただの凡人だからね」
あくまでも謙遜する黒沢さん。
その時、パタパタと駆けてくる足音が聞こえた。
「お、来たみたいだね」
その軽やかな足音は俺も覚えがある。
その人物は――
「ごめんなさい、勇太さん!遅くなっちゃいました...」
――沙織だ。制服ではなく、何故か体操服姿の。
「ううん、全然大丈夫だよ。寧ろ俺の方が少し早く着いちゃったからね」
自然と沙織の手荷物を受け取る黒沢さん。
「でも...結構待たせちゃったでしょ...?」
「大丈夫、久々に学校の中を見て回れたしね」
「ふふふっ...卒業したのってそんなに昔じゃないでしょ?」
角度の問題なのか、はたまた黒沢さんしか見えていないのか、沙織は俺とゴリマッチョ友に気づいていないらしい。
「はははっ、もう何年も前だよ。それに、魁人君たちも話し相手になってくれたんだ」
「え?あ、ご、ごめんね、二人とも。全然気が付かなかった...」
慌てて謝る沙織。...どうやら本当に気が付かなかったらしい。
「あ、いや...良いんだ」
「魁人も安部高くんも今帰るところ?」
ちなみに、"安部高"というのはゴリマッチョ友の名前だ。
「あ、ああ。この後、坂本と一緒に勉強会でもしようかと思っていたんだ」
「え?」
初耳だ。
「そうなんだ。あ、でもあんまり遅くならないようにね?勉強、大変だと思うけど...がんばってね!」
輝くような笑顔の沙織。...ああ...本当に可愛い。やっぱり沙織は女神なのかもしれない。
「そ、そういえば...」
そうだ...どうしても、コレだけは伝えたい。
「なあに?」
小首を傾げる沙織。
「その...メイド服、本当に良く似合ってたよ。可愛かった」
「ぁ...や、やっぱり魁人も見てたんだ...恥ずかしい...でも、ありがとう」
ほんのりと頬を染める沙織。...しおらしいその反応が本当に可愛い。
それに、少しだけ優越感だ。B組の友人に聞いたところ、今日はメイド服の試着をしていたらしい。だから、黒沢さんはまだ沙織のメイド服姿を見ていないはずだ。
つまり...黒沢さんより先に、沙織の可愛らしい姿を見たという事だ。
「メイド服?...あっ、この前見せてくれた黒いメイド服?」
...え?
「ううん、そっちじゃなくて水色の方!」
......え?
「ああ、水色の方か。まあ、そっちだよね」
「はい♪黒い方も可愛かったんですけど...さすがに露出が多すぎるからダメって言われちゃったの...」
「まあ...確かに。でも、水色も結構大胆だと思うよ?」
「でも、可愛いから女子全員で強引に決めちゃいました♪」
「おお...凄いね。でも、気を付けないとダメだよ?」
「えっと...盗撮とか...?」
「うん。盗撮とか、痴漢とか...一般のお客さんも入れるんだから気を付けないとね」
「確かにそうですよね。一応、男子も接客をするからその辺りは気を付けてくれるみたいです」
.........え?
............どういうことだ?
「坂本、そろろそイこうぜ」
「...ぁぁ」
蚊の鳴くような声しか出なかった。
...黒沢さんがどうして沙織のメイド服姿を知ってるんだ?
「じゃあ、俺たちはここで」
「あ、うん。二人とも気を付けてね」
「ばいばい、魁人、安部高くん!」
明るい笑顔で手を振る沙織。
俺は...ゴリマッチョ友に手を引かれながらその場を後にしたのであった。