それでいて世話焼きで優しくて清楚な彼女。そんな彼女に一番近い存在は隣に住んでいる自分だと思っていた。
そんな彼女を一途に思い続けたのは俺の気持ちは...誰にも負けないと思っていた。
清純な彼女の最初の恋人になるのは...俺だと思っていた。
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『優柔不断は切り捨てろ:周りの美少女は全員他人のモノ(https://syosetu.org/novel/294060/)』と世界線を共有しています。
―――――――――――――――――魁人視点
「...」
あれから数日。沙織はまだ入院している。
精神的なショックと、酷い外傷の治療の為とのことだ。
面会謝絶というワケでは無いのでお見舞いに行けるのだが...何となく行けてない。
...今日こそはお見舞いに行こう。
元はと言えば俺があんな山奥に行こうと言い出したのだ。よく考えずとも責任の一端は俺にある。
「...よし」
そうと決まれば行動だ。
俺は、リビングのお菓子棚から新品のクッキーを取り出してカバンに詰め込み、病院に向けて駆けだした。
.......................
「はぁ...はぁ...」
急に走り出したせいで息が切れる。
病院までは少し遠く、電車に乗って二駅ほどの距離だ。
沙織が入院している病院は俺でも名前を知っているほどの大きな総合病院だ。この辺りに住んでいるのならば、大病や大けがを患えば一度はお世話になるだろう。
故に大きな建物であり、駅を降りて直ぐに目視することが出来る。
しかし、いざ歩いて向かうと中々辿り着かない。
敷地は駅からほど近いところから入れるのだが、正門から受付口までかなり遠い。
また、急患口が正門の正面に位置しており、一般外来は少しズレた個所に位置している関係で、余計に歩く距離が長くなっている。
「やっと着いた...」
まだ暑い夏の終わり。
俺は汗だくになりながら総合案内の列に並んだ。
そして待つこと数分、ようやく順番が回ってきた。
「あ、あの...お見舞いなんですけど」
「はい。どなたのお見舞いですか?」
愛想の良い受付のお姉さんだ。そんなことを思いながら答えた。
「海老沢沙織さんです」
「海老沢さん...はい、確認できました。身分証などはお持ちですか?」
「は、はい」
生徒手帳を見せた。
「はい。確認致しますね...ご友人ですか?」
「あ、はい。...学校の同級生です」
他人に説明すると、なんとも遠い存在のように感じる。
一応、友人だと言えるだろうが...幼馴染だと言っても名目上はただの同級生なのだから。
「はい、確認しました。海老沢さんはA棟5階個室フロアの501号室です」
「ありがとうございます」
受付のお姉さんにお礼を言ってエレベーターホールへと向かう。
「えっと...」
A棟は...ここから行けるな。
「...」
まだ朝が早いという事もあり、お見舞いに来ている人は少ない。
そうだ...一応、沙織に連絡を入れた方が良いのではないだろうか?
「...あっ」
しかし、それは叶わない。なぜなら、俺のスマホは不良共に砕かれてしまったのだから。
...まあ良いか。ノックして入れば良いだろう。
「えっと...501号室は...ここか」
エレベーターからほど遠く、ナースセンターからも少し距離がある。
「...ふぅ...」
一息吐いて呼吸を整える。
...大丈夫。花蓮さんもお見舞いに行っても大丈夫だと話していたのだ。だから迷惑ではない...はず。俺は意を決して扉を2回ノックした。
『はーい。どうぞー』
中からは元気な声が聞こえてきた。
...どうやら思いのほか具合は良いらしい。
俺は扉を開いて、個室タイプの病室に入った。
「さ、沙織...」
「あ、あれ?魁人だったの?」
何故か戸惑っている様子の沙織。
左腕はギプスで固定されており、顔は医療用の絆創膏を張られているという痛々しい状態ではあるが、話す分には元気そうだ。
「ああ。...その、ごめん。遅くなって」
今までお見舞いに来なかったことを謝罪した。
「え?あー...ううん、大丈夫だよ。お見舞いに来てくれただけでも嬉しいから」
そう言って優しく微笑む沙織。
...ああ...どうしてそんなに君は優しいんだ。
「それでも...ごめん」
「だから気にしないでってば」
ケラケラと笑う沙織。
俺が気に病まないように気を使ってくれているのだろう。
「あ...良かったら、これ...」
そう言ってカバンからクッキーを取り出した。
「わぁ...ありがとう!あ、これって魁人が良く食べてるヤツだよね?これ美味しいよね~」
良かった...どうやらお気に召したらしい。
「あ...そ、その...ケガは...大丈夫か?」
「顔はただの擦り傷とか打撲だから平気だよ。腕は...折れてはいないんだけど、治るまでしばらく安静にしてなさいって言われちゃった」
力なく微笑む沙織。良かった...ケガはそこまで酷くないみたいだ。
「そ、そうか...」
「うん...」
しかし、そこで会話が途切れてしまった。
何か話さないと...でも、下手な事を話して沙織が傷ついてもダメだから...
「...」
でも...とにかくこれだけは言わないと。
「沙織...その...」
「な、なあに?」
どうやら気まずいのは俺だけではないらしい。沙織の返事もなんとなくぎこちない。
「この前は...本当にごめん」
頭を下げて謝罪した。
「え?」
不思議そうな顔をしている沙織。
「その...俺があんなところに行こうと言ったばっかりに...っ...」
俺のせいで...沙織が...
「魁人...」
沙織の顔を見れない...
きっと、沙織がどんな表情をしていても、俺は今...彼女の顔を正面から見ることが出来ない。
「本当に...ごめん」
「...」
沙織からの返事は無い。
「...っ...」
じんわりと涙が込み上げてきた。
この涙の正体は...申し訳ないという気持ちと、情けないという気持ちそのものだ。
「ねえ、魁人」
「...?」
ゆっくりと顔を上げる。
沙織は窓の外を向いており、その表情を見ることが出来ない。
「魁人が奥に行こうって言ったとき、私がはっきり返事しなかった事...覚えてる?」
確かにそうだ。沙織は何か悩んでいる様子であった。
「ああ」
「...それならいいの。もちろん、はっきり断らなかった私が悪いんだけどね。でも...今度、同じような機会があるときは、女の子の不安な気持ちを察してあげてね?」
同じような機会...また今度も沙織を誘っても良いということだろうか?
...よし。その時はもっと察しが良い男になろう。
「ああ。今度は察しの良い男になる」
「え?...うーん...そうだね。頑張ってね」
困惑気味に振り返った沙織。しかし、最後は笑顔で応援してくれた。
「...」
もう一つ...あの時言いそびれた事がある。
さすがに、この場で告白するほど愚かではないが...これだけは伝えたい。
「なあ...沙織?」
「なあに?」
小首を傾げている沙織。
...ちょっとした仕草が本当に愛らしい。
「その...進路の話だ」
「進路?あー...そっか、魁人も大学受験だよね」
先日の会話を覚えているのだろう。
「ああ。その...受ける大学、なんだけどさ」
「うん」
真っ直ぐに俺を見ている大きな瞳。
それは...吸い込まれそうなほど美しかった。
「俺も...沙織と同じ大学を受けようと思ってるんだ」
「え?そうなの!?」
驚いた様子の沙織。
...本当は、合格発表の日に伝えようと思っていた。でも、ここで宣言することで、自ら退路を断とうと思う。
「それで...聞いて欲しい事が有るんだ」
「聞いて欲しい事?」
不思議そうに小首を傾げる沙織。
「ああ。その...今の俺の実力だと...正直に言って合格が厳しいんだ」
「...そう、だね」
沙織は俺の学力をよく知っている。だからこそ否定はしなかった。下手にお世辞を言わないところが彼女の優しさの一部だろう。
「だから...俺、頑張るからさ。もし、合格出来たら...聞いて欲しい事があるんだ」
ここまで言うと、察しの良い彼女にはバレてしまうかもしれない。
でも...それでも良いのだ。
「あっ...うーん...聞いて欲しい事...だよね?」
戸惑っている様子だ。...やはりバレてしまったか?
「ああ。でも...まだ、それは言えないんだ」
「そう...なんだ」
沙織はそれ以上追及しなかった。
「...俺、受験勉強を頑張るよ。だから...それまで待っていて欲しい」
「...」
沙織は何も答えなかった。
「沙織...?」
「...受験勉強、頑張ってね。私も頑張るから」
それだけだった。
...でも、俺はそれを肯定の返事と捉えた。
「あ、そ、そうだ。私、今度免許取ろうと思ってるんだ」
話題を変えた沙織。
「そうなのか?」
ちなみに、うちの学校では卒業前に4輪車の免許は取得して良い事になっている。ただし、2輪車は卒業後という決まりだ。
「うん。最近、お母さんの車や勇太さんの車に乗せてもらう機会があるんだけど、私も運転したくなっちゃって」
楽しげに語る沙織。
...黒沢さんの車に乗せてもらう機会があるのか。
「沙織―――」
その件について問いかけようとしたその時、扉を3回ノックする音が聞こえた。
『沙織、入るよ』
この声は...
「あ...はーい」
...沙織の声のトーンが上がった気がする。
「ごめんね、遅くなって」
「いえいえ。ふふふっ...♡」
慣れた様子で病室に入る男性。沙織も心なしか表情が明るい気がする。
「...おや?」
「こ、こんにちは...」
見舞いに来た人物は...黒沢さんだった。
「こんにちは、魁人君。体はもう平気?」
「あ、はい...」
何ともぎこちない返事になってしまった。
「それなら良かったよ。あ、スマホはもう少しで新品が届くらしいよ」
スマホは弁償してもらったのだ。
「あ、ありがとうございます...」
現代人なのでスマホが無いと不便でしかたない。
「そうだ。沙織、コンビニのプリン買ってきたから後で食べてね」
黒沢さんは手慣れた様子でバスタオルを棚に並べながら話していた。
「あ、それって昨日話していたプリンですか?」
「そうそう。テレビで特集されてたヤツ。何処も売り切れていたから大変だったよ」
楽しげに会話している沙織と黒沢さん。...この二人...昨日も会っていたのか...?
「わぁ...ありがとうございますっ」
目を輝かせている沙織。そんな彼女に微笑みかけながら黒沢さんは冷蔵庫にプリンを入れていた。
「それと...はい、これもプレゼントだよ」
黒沢さんは小さな箱を沙織に手渡した。
「これは...?」
「開けてごらん。いや、俺が開けようか」
左手が上手く動かない沙織に代わり、黒沢さんが箱を開いた。
「あっ...これって...」
「そう。スマートウォッチの試作2号だ。前に渡したヤツが活躍してくれたからね」
そういえば...沙織が岩に打ち付けて壊したモノは、液晶を割るくらいの勢いで押すと通報されるギミックが組み込まれていたはずだ。
だからあの時、沙織はスマートウォッチで暴力男に殴りかかったのか。
「ありがとうございます。でも、ごめんなさい...お借りしたモノは壊しちゃって...」
「そんな事気にしなくて良いよ。結果として君にケガをさせてしまったんだから...どちらにせよアレは失敗作だ」
悔しそうな表情だ。
「そんな事ありません!だって...勇太さんは助けに来てくれたじゃないですか」
黒沢さんの手を握りながら沙織はそう言った。
「...ありがとう、沙織。でも、今度はもうあんな目に遭わせないからね」
「ぁ...えへへ...ありがとうございます...♡」
...え?
見間違いだろうか...?
今、沙織が見せた笑顔は...今まで見たことがない表情だった。
心から幸せそうな笑顔はまるで―――
「じゃ、じゃあ...俺はこれで帰るぞ」
これ以上は見たくない。そう思い、俺は慌てて部屋を後にする。
「あ、うん。クッキーありがとう、魁人」
ひらひらと手を振る沙織。
「帰り道も気を付けてね」
黒沢さんにも笑顔で送り出された。
「...」
軽く会釈して病室を出た。
「...」
きっと見間違いだ。
...ずっと、沙織は黒沢さんの手を握っていたのだが...それも深い意味は無いに違いない。
――――――――――――――――黒沢視点
「帰り道も気を付けてね」
そそくさと部屋を後にする魁人君。
「ふぅ...」
一息ついて肩の力を抜いた沙織。
...緊張していたのだろうか?
「大丈夫?」
ベッドに腰かけ、沙織の背中を撫でた。
「はい...ふふふっ...♡」
コテン、と俺の肩に体重を預ける沙織。
甘えるようなその仕草がなんとも愛らしい。
「よしよし」
「えへへ...♡」
頭を撫でると、予想通りの可愛らしい反応が返ってきた。
「ひょっとして、魁人君が来たからちょっと緊張してた?」
「あ...やっぱり分かりますか?そうなんです...なんだか魁人と久しぶりに話す気がして...ちょっと緊張しちゃいました」
なるほど...まあ、あんな目に遭えばお互いに気を遣うだろうしな。
「でも、俺には緊張してないけれど...もしかして、男として見られてないのかな?」
少しからかってみた。
「ふふふっ...本当にそう思いますか?」
いたずらっぽく笑う沙織。
「うーん...どうだろう。最近、毎日お見舞いに来てるけど...確信は無いかもな~」
吐息がかかるほどの距離。
そんな距離で語り合うと、ふと会話が途切れた瞬間...視線が絡み合ってしまう。
「試して...見ますか?」
甘く響く沙織の声。
「そう...だね」
そっと瞳を閉じる沙織。
桜色の柔らかい唇に誘われるように...俺も瞳を閉じた。
熱い吐息が徐々に近づき、そして―――