未来も希望もない戦場で必死に生き残ってたらモテモテになった件(ハーメルン版) 作:SIS
・アレックス・ウィンザード少尉
本作の主人公。普通なら全滅して当然の戦場を過去二度、生き残っている。
人間離れした感覚の持ち主。
・ミリシア・ヴァディス二等兵
ウェーブのかかったブラウンの髪に、緑色のアーモンドアイが特徴の女性士官。均整の取れたスタイル。
役職は操縦手。
・イオリ クズノハ二等兵
黒髪ロングに、青い瞳の女性士官。全体的にいささか慎ましやかな体系だが、それが良い。
役職は砲手。
・ネルス マーディス二等兵
長い黒髪を三つ編みにした、紫色の瞳の女性士官。バランスよく肉付きの良いスタイル。
役職は機銃手兼情報管理。
・ニーナ テジレア二等兵
金髪ロングに、じとっとした碧眼をいつも半眼にしている女性士官。胸も尻も大きい。
役職は副砲手。
第一話 鉄の雨、鉄の流星
◆◆
一発の砲弾が数十人の兵士を殺す。そして一日の戦場で何百発という砲弾が消費される。戦局を左右するのは質ではなくシステムだ。
一人の優秀な士官が率いる愚劣な兵団が、奇策をもって鍛錬された精兵部隊を打ち破る。鍛錬された精兵部隊が、奇策を正面から押しつぶして練度に劣る兵を蹂躙する。戦略も戦術も、その時その時において違うものであり、結果は常に同じではない。
戦場に、英雄はいない。
そも、戦場とは大きな流れの一部、国交の別側面の発露だ。戦う前に勝負は決まっているというのはただの真実である。より準備を整え、より多くの兵士を集め、より多くの資源を用意した方が勝つ。そして戦争の勝利すらも、政治的駆け引きの一部でしかない。勝つに越したことはないが、勝ったから必ず政治的目標が達成されるわけではない。時として、局地的な戦場での勝利こそが大局的に見れば政治的敗北の引き金であった事など、歴史ではありふれた話である。
故に戦場に英雄はいない。
いるのは、ただ消費されるばかりの個である。
それでも英雄がいるとするのならば……それは。
人の捨てきれぬ妄想であると断ずる。
◆◆
砲撃が収まっていく。
塹壕の底で蹲ったまま最後の時を待っていた一人の兵士は、遠のいていく雷鳴に、身じろぎ一つせず嘆息した。
何が起きているのか分からない。
自分はこの塹壕の底で、殿として誰にも看取られる事なく戦死する筈だった。
半日前のことだ。こちらの侵攻限界点を見定めたかのような敵の奇襲に、先鋒は瓦解。敵の浸透戦術によって主力部隊が大きな損害を受ける前に、本隊は戦術的撤退を判断。だが敵の侵攻を阻止するために殿部隊を置いて足止めする必要がある。それに彼の所属していた部隊は選ばれた。
勿論不本意である。兵士だからって死ねと命じられて納得するはずがない。だが断ったところで、政治将校に銃殺されるだけであり、それは不名誉な死として故郷の家族に迷惑が掛かる。どのみち徴兵された時点で、敵に殺されるか味方に殺されるか、諦めていたのだ。今更、の話である。
そして敵部隊の足止めに成功したならば、どうせ全滅する部隊と引き換えに敵部隊を撃滅するチャンスだと、殿部隊だけで阻止は不可能だと、支援砲撃という名の殲滅攻撃が降ってくるのも想定の範囲内だった。なにせ確実に敵のいる座標を特定できているのだ、誰だってやる。部隊の皆もちゃんと理解した上で塹壕に身を潜め、可能な限りの奮戦をした。どうせ死ぬし、で形ばかりの応戦をする彼らに敵のエイリアンはここぞとばかりに群がり、狙い通りにもろとも砲撃で木っ端微塵になった。
そのはずだったのに。
もしかして自分は既に死んで幽霊にでもなっているのではないか? 閉じたままの目を開き、泥中に手をついて身を起こす。
その拍子に、胸元から何かが泥中に落ちた。飛び散る滴を無感動に浴びてから、ドッグタグを取り落とした事に気が付く彼。緩慢な仕草で泥中からタグを広い、その表面を指で拭った。
アレックス・ウィンザード。
しばし刻まれた名を見つめ、アレックスは緩慢な仕草でタグを握りしめた。そこではじめて、ぼんやりと自分が戦場に棒立ちしていた事に気が付く。
塹壕から無防備に立ち上がる彼は敵からすれば絶好の獲物だったはず。だが風を切ってうなる異形の爪も、汚らわしい腐食液の滴も彼を襲うことはなく、曇天の下、静寂に満ちた戦場を疲労に霞んだ瞳が見渡した。
防御陣地は最後に見た時からその姿を一変させていた。
幾重にも塹壕が彫られ、見た目ばかりは立派な防御陣地として整えられていた中継地点が彼らの担当区域だった。だが今や、降り重なった支援砲撃のクレーターが幾重にも穿たれ、元の地形の名残すらない。掘り起こされた黒い泥土に、異星のキチン質の甲殻と歩兵の端切れや砕けた銃火器がぐちゃぐちゃにかき混ぜられて散らばっている。
彼は足元に目をやる。彼の収まっていた塹壕は、砲撃の隙間に奇跡的に入り込んで無傷だったようだ。両翼の、同じ部隊の仲間が詰めていた区画は、完全に砲撃に上書きされて跡形もない。
そして生きている敵の姿もない。
支援砲撃ですべて死に絶えてしまったのだろうか、いや、それはない。
殺しても殺しても、絶えることなく襲ってくるのが異星生物だ。事実、味方もろとも敵を殲滅せんと降り注ぐ砲撃の最中、塹壕の底で彼は敵と殺しあった。人類と明らかに異なる価値観、生命観を持つ敵たちは己の死を問題にせず、波濤のように押し寄せてくるものだ。あれしきの砲撃で全滅してしまったとは考えられない。しかし、現実に彼らの姿は見当たらない。
もしかして自分はとっくに死んでいて、味方も全滅していて。敵がいなくなったからエイリアンどももいないのではないか、と考えて、それは理論的ではない、とアレックスは首を振った。
論理的な考察としては、そうだ。後続が何らかの事情で絶たれた? 異星生物とはいえワープしてくる訳ではない、進軍中の部隊が攻撃を受ければ流石に追撃を断念せざるを得ないだろう。
曇天の下、おおまかにしか理解できてない敵陣地に目を向ける。地平線まで掘り返されたその向こうに、おそらく敵の陣地があるのだろう。
その地平線の向こうに、尾を引いて落ちていくいくつもの炎。
「大気圏から……」
見上げた空、曇天を引き裂くいくつもの流星。自然現象などではない。
恐らく、宇宙空間から突入してきているドロップポッドだ。それが敵地へ向けて無数に降下している。敵の追撃が途絶えたのはこのせいだろうか。エイリアンといえど兵站や戦略の概念らしきものは存在している。後背を脅かされては、踵を返すしかないだろう。
だが普通、ドロップポッドは味方の勢力圏に降下するものであって、敵陣地に直接降下するものではない。降下中はともかく、着地間際で減速する以上、敵の高射砲のいい的になってしまう。さりとて減速しなければ着地時に中身の乗員は全滅だ。
ならば事前に潜入工作で敵の高射砲を破壊したのだろうか? だが古今東西、異星生物の本拠地に侵入してその手の工作をやりとげたなんていう話を聞いたことがない。
どう考えても死地に貴重な戦力を投下するだけの愚策に見える。アレックスが生き残ったのがこのおかげだとしても、すぐに降下部隊は殲滅され、再び敵軍の侵攻が開始されるだけなのではないか。
しかしアレックスの疑惑を否定するように、背後から高空を飛翔する何かしらのエンジン音が響く。瞬く間に彼を追い越し地平線へ消えていったいくつもの飛翔体は、地上部隊を支援する巡航ミサイルだ。戦地で工作員がターゲットを直接指定し、送られる座標情報をもとに飛来するそれに、アレックスも助けられたことがある。それはつまり、降下部隊は全滅する事なく敵地に降下し、敵を殲滅し橋頭堡を確保し、今もなお作戦を遂行中であるという事だ。
そんな事ができる特殊部隊は、知る限り無い。ただ、明確な証拠が必要でないのなら心当たりがある。
あくまで戦場の噂だ。全身を特殊装甲のパワードスーツに包んだ特務部隊。彼らは装備の質をおいても異常な作戦遂行能力を誇っており、輸送機で敵陣地に意図的に墜落し炎上する機体から何事もなかったように強襲を行うだとか、味方の支援砲撃のただ中を進軍するとか、不条理極まりない戦術をとるという。おかげで彼らの正体は遺伝子改造された超人類だとか、実は寝返ったエイリアンが中身なので顔を隠しているのだとか、喫煙所やパブでは専任や同期が冗談のように口にしていた。
戦場の噂らしく荒唐無稽な尾鰭がついたそれを、もしかすると目の当たりにしているのかもしれない。
地平線の向こうから遠雷のような音が聞こえる。それに耳を澄ませていると、ふと背後で泥水を踏み分ける音がして振り返る。
そこには見慣れない装備の兵士が、手に火炎放射器を構えて立っていた。噂の超人兵士様ではないようだが、顔を覆うタイプのガスマスクを装備していて表情はうかがえない。身にまとっているプラスチックアーマーは、アレックスの装備しているものより遥かに高品質で、明らかに何らかの特務部隊である事を伺わせた。
さらに彼?だけではなく、次々と兵士や車両が塹壕後に現れ、アレックスを追い越して進軍していく。後方で退避する手はずだった主力部隊に違いない。
動揺に身じろぎするアレックスに、火炎放射器がより突きつけられる。明らかに警戒する様子を見せる謎の兵士に、アレックスは手に握りこんだままだったドッグタグを翳して見せた。ガスマスクごしの視線が、無感情にタグを識別する。
『殿部隊の生き残りか』
火炎放射器を油断なく突きつけたまま、ガスマスクが戦場を睥睨する。
『何故生き残っている。背信者か』
「違う。……私は生きているのか? 実感がない。貴方から見て私の両足は地面についているのか?」
『……しばし待て』
ガスマスクは火炎放射器のノズルを降ろし、左手を耳にあてるような仕草で硬直した。ボソボソとガスマスク越しに(生存者……回収……)(精神に……後方へ……)と誰かと通信しているような呟きが聞こえる。砲撃にさらされた割に耳は正常らしい、とアレックスはどこか他人事のように考えた。
『アレックス少尉。貴官を後方に移送する。移送先で情報官の指示に従え』
「了解しました」
言うが早いか、輸送車両が二人の横で停車し、搭乗口が開放される。ガスマスクは完全にアレックスに興味を失ったようにその場を離れ進軍に加わり、アレックスはしばし呆けた後、のろのろと車両に搭乗する。
車両内部には誰もいなかった。これから進撃しようという中でわざわざ後方に戻る兵士はほかにいないと見える。逆に言えばわざわざアレックス一人の為に車両を手配してくれたのだから、あのガスマスクは割といいやつなのかもしれない、とアレックスは思った。
すぐに車両が走り出し、疲労の極みにあった体がふわりとよろける。辛うじて座席につかまり腰を下ろしたアレックスは、無くさないようタグを胸ポケットに収めるとレーザーガンを抱き枕代わりに抱きしめて目を閉じた。
すぐさま猛烈な眠気が襲ってくる。戦場で生き延びた感慨も仲間を失った悲哀も実感がないまま、彼の意識は眠りの世界へと旅立って行った。
<戦場のひみつ:兵士の主力武器はレーザーガンである。これはパッケージングされたレーザー発振管、バッテリー、グリップからなる構造で、レーザー発振管は分解不可能に密封されており、一定時間経過後に新品と交換する構造である。何億人と兵士を動員する銀河規模の戦争において、実弾を運搬するのは非現実的である事から採用された。防水性防塵性耐衝撃性に優れ、乱暴に取り扱ってもまず損傷はしない。>