未来も希望もない戦場で必死に生き残ってたらモテモテになった件(ハーメルン版) 作:SIS
<戦場のひみつ:新兵の戦場での平均生存日数は数日と言われる。が、実際には数時間程度で命を落とす物と、その後も何年も戦い続ける者に大別される。その理由は実力や運など複数の要因が考えられるが、ただはっきりしているのは根本的に人間として協調性がなく、個人的な価値観に固執するもの、人類守護の大義に賛同できないもの、そういった人間は戦場においては害悪ですらあり、危機に陥っても助けられることはないだろう。>
翌日。日の昇る前に、部隊は出発した。
最後の見張り担当だった副砲手がちょっとうつらうつらしているぐらいで、部隊のメンバーに疲労は見受けられない。緊張感が違うとはいえ、この程度で音を上げていては戦場では一年も生き延びられない。ただ窮屈な車内で躰を丸めるようにして寝ていたせいで躰のあちこちが強張っているのも事実だったので、それぞれが車上で軽くストレッチをする。もちろんそれだけではなく、車輛の装備点検を兼ねての事だ。
マルチランチャーや各種センサー、車上に固定してある緊急時用のレーザーガン、くくりつけてある各種荷物。そういったものに脱落や異常がないか確認。その後は花を摘む時間を少しだけもうけて、すぐに出発する。
朝食は手早く車内で配給を皆に配る。訓練とはいえ戦場に出ている扱いなので、水とサプリメントのみだ。それを手早くかみ砕いて飲み干し、一路目的地に向かう。
荒野を数時間も行くと、少しずつ周囲の風景が変わり始めた。乾いて荒れた大地と丘陵、大岩が延々と繰り返される風景から、少しずつ砕けた土がきめ細かくなり、岩が小さくなっていく。やがて一線を越えると、果てしなく広がる砂原を一行は移動していた。
荒野の中心である、砂漠地帯だ。ここが、偵察任務の主な場所になる。
「この後のスケジュールを確認する」
じりじりと熱気に侵食される車内で、地図を広げる。装甲で殺人的な日差しは遮られているとはいえ、暑いものは暑い。
「我々の目的地は、ここから北西50キロの地点にあるオアシス、その近辺の砂丘の裏だ。そこを拠点として、敵勢力の動向を確認する。この時点で確認したいことはあるか」
「よろしいでしょうか、隊長。……はい。何故オアシスを拠点にしないのですか?」
「ミリシア操縦手。オアシスは貴重な補給地点だ。当然、敵の先遣隊も目指しているだろう。それとかち合う恐れがある。我々は可能な限り戦闘を避け、敵の動向を確認するのが主任務だ。何か補足は必要か?」
「はい。敵部隊がオアシスを占拠した場合は?」
「その場合はその事を味方に連絡する。その後の判断は司令部に従う事になるだろう。いいか、敵部隊がオアシスを占拠した、その情報自体にも価値があるんだ。こちらがオアシスを先に占拠していた場合、それを敵が奪取しようとすれば戦闘になり、その間こちらはそれ以外の事ができなくなる。間違ってこちらが敗北し壊滅でもしたら、偵察任務に大きな穴が開く事になるだろう。よいか?」
「了解しました」
他に質問が無い事を確認して、ブリーフィングを終了する。アレックスの主義として、任務の要所要所で作戦の目的と意味合いを再確認するのは、納得した上で任務に臨んだ方が成功率は高くなる、という考えの元だ。上から言われれば兵士は従うしかないが、そこに納得があるかないかで兵の動きは雲泥の差がある、そうアレックスは信じている。
そうする間にも車輛は移動を続ける。移動に際して砂埃が立ち上がり、遮蔽物の無い砂漠では遠方からでも確認されてしまう恐れがある。極力、砂丘の影に隠れるようにして移動する。その間にもじりじりと車内の温度はあがりつづけ、隊員の体調を慮って規定量の水を配給する。考えなしに飲めばすぐになくなってしまう。多少の反発は考慮していたが、案外隊員達は不満を見せる事なくわずかばかりの水を黙って口にした。
オアシスまであと少しまで近づいてきた所で、クズノハが懸念点を口にした。今思いついたのではなく、ずっと考えていたらしい上での発言のようだった。
「隊長。この暑さでは、しかしオアシスから距離をとってしまってはこちらの躰が持たないのでは? 気合でどうにかなる問題ではないと思います」
「水はちゃんと補充する。あと暑さ対策だが、到着後は穴を掘ってそこで過ごす事になるだろう。砂漠の地下は基本的に涼しい」
「ん。塹壕を掘るような感じですか」
「ああ。こんだけ乾いて暑いなら水も染み出してこないからな。普通の塹壕よりよっぽど快適だぞ」
嫌味とかではなく経験則である。普通の居住惑星の環境だと深い穴を掘るとそこに水が湧き出してきて溜まり、感染症などの問題に悩まされる事があるが、こういった砂漠ではその心配もない。砂礫も非常に細やかで粘土質もないのでべとべとまとわりついてくる事もない。もちろん、人類に適した環境と比べれば気休め程度、という話ではあるが。
結局の所、どこにいっても問題はあるのだ。過ごしやすいがそれ故に細菌などの目に見えない問題に悩まされるか、過ごしにくいが他の事を気にしなくていいか。
そもそも兵士は戦地を選べるものではない。極寒の地だろうが灼熱の溶岩地帯だろうが、配備されたならそれなりにやっていくしかないのだ。その経験を訓練でどれだけ積んでおけるかが、実戦での兵士の生存率を左右する。
「あ。オアシス、見えてきましたよ」
「本当だな? 蜃気楼と見間違えるなよ」
「走行履歴を照らし合わせてみましたが問題ありません。間違いなくオアシスです」
「どれどれ」
汗を拭って、車長席から目視する。
どこまでも続く黄金色の砂丘。一見なだらかに、しかし実際は激しい凹凸の連なる砂の海の一角に、確かに緑の萌える場所がぽつんと一つ。この星でも本当に数えるほどしか存在しない、給水地点だ。惑星の大多数を占める荒野にはほとんど湧き水がなく、こうして過酷な砂漠の中心部にのみ水が沸くのが、この星に人が住めない理由の一つでもある。
「確認した。予定通り大きな砂丘の陰に車体を隠す。情報管理手、同行する隊にも伝えろ」
「了解」
車列が速度を落とす。ちらりと時計を確認し、作戦予定時刻と照らし合わせて多少の余裕がある事を確認したアレックスは、車内の部下の様子を確認した。
皆、体調に異常があるものはいない。だが、慣れない高温環境下でいささか疲弊している。少しケアが必要だと判断できるだろう。
「ふむ」
アレックスはしばし考えると、同行する隊の車長と相談するために情報管理手に通達をだした。
◆◆
「ひゃっほーーい!」
「ははっ! やったわねぇ!」
「つめたーい!」
炎天下の砂漠。灼熱の砂の海に、場違いな歓声が吸い込まれていく。
声の主はうら若い女性四人。彼女らは、停車した車輛の陰でタライいっぱいに満たした水を互いにかけあってはしゃいでいた。軍服の上を脱ぎ、あるいははだけ、タンクトップ姿が水にぬれて素肌が露になるが、砂漠の熱と乾燥でたちまち乾いていく。それでも気化熱による冷涼感は、何にも代えがたい爽快感だろう。
勿論、楽しんでいるのは女性ばかりではない。同行する2隊の人員も、それぞれ男同士で水をかけあって避暑を楽しんでいる。流石にこちらは声を潜めているが、顔には隠せない笑顔が浮かんでいる。
そんな中、アレックスはというと彼ら彼女から離れた場所に一人でいた。彼は戯れに参加せず、直射日光を避ける砂色のポンチョを羽織って砂丘の上に蹲って監視任務にいそしんでいる。と、同行する隊の車長が一人、砂丘を昇りアレックスに声をかけた。
「アレックス少尉。すいませんな、気を使っていただき」
「部隊長として隊員のケアも任務のうちさ。そちらは楽しんでいるか?」
「ええ、年甲斐もなく」
大分年上の車長は、日に焼けた顔で笑みを浮かべた。
アレックスが提案したのは、水の補充が終わった後の小休止だった。訓練とはいえ劣悪な環境下で車内に押し込められていた隊員には少なからぬストレスと疲労がたまっている。その上で砂に塹壕を掘るのだ、終わったころには砂まみれで不快感もたまっている。その状態で任務を続けても、能率は落ちるばかりだ。
大事なのはメリハリだ。
例えばこれが攻勢任務の進軍であれば僅かな休息も許されないが、現状は本隊から離れて敵の動きを伺う偵察任務だ。悪戯に動き回る訳でもなく拠点を定めての行動なら、多少の休憩を入れても問題はない。勿論全員が参加しては意味がないので、外れくじを引く者が出てくるが、それを提案者であるアレックスが引き受ける事で、話は問題なくまとまった。
「しかし、貴方も休息を取ればよろしいのでは? 交代しますよ?」
「いや、こちらの遊撃隊とそちらでは権限が別だ。申し訳ないが、その申し出は受けられない」
「そうですか……いや、申し訳ない」
「可能なのに休憩を取らないのは逆に効率が悪い。私はあくまで任務に忠実なだけさ」
話している間も、アレックスは地平線を観察する目を止めない。ゆらゆらとゆらめく蜃気楼と、そうではないものを見極めようと目を凝らす。
「まあ、悪いと思うならうちの隊員にちょっかい出す奴がいないか見張っておいてください。訓練で血を見るのは縁起が悪い」
「ははは……。女ばかりの部隊と聞いてどんなものかと思っていましたが、とんだメスライオンの檻だったようですな」
「本人達の目の前で言わないでくださいよ。私がどうなるかわかったもんじゃない」
「ははは。了解しました」
ざりざりと音を立てて車長がさっていく。振り返らずにそれを見送ったアレックスは、変わらずに偵察活動に目を凝らす。
……実の所。アレックスも休憩を取りたいという思いはあった。それなのに取らなかったのは、別に見栄を張ったとか、そういう理由ではない。
漠然と。これまでいくつもの死線をくぐってきた兵士としての嗅覚が、微かに囁いているのだ。
ここは戦場だ、と。
「…………」
確かに、過酷な訓練において怪我をする事もあれば、最悪命を落とすこともある。この間のような、悪質な嫌がらせを受ける事もあるだろう。
それでも、戦場ではなかった。だが今は違う……心の奥をざわめかせるような、この落ち着かない感覚。それを無視して休憩に入る事はできなかった。
再び背後で砂を踏む音。さっきの隊長が戻ってきたのか、どちらにしろ偵察任務に集中するアレックスは振り返って確認するつもりはなかった。そうやって双眼鏡をのぞき込むアレックスの首筋に、にゅるり、となんだか冷たくて湿ったものが差し込まれた。
「うひゃあ!?」
「ふふっ」
「……な、なんだ。ミリシアか」
振り返った先にいたのは、悪戯っぽく微笑むミリシアの姿。すでに服装を軍服のそれにもどしているが、胸元は大胆に開け広げ、脇には水のたまったタライを抱えている。先ほど首筋にひやりとしたのは、濡れて冷えた彼女の袖だったようだ。
「隊長もそんな声、出すんですねー」
「いきなりやられたら誰だってああなる。で、なんだ」
「いえいえ、隊長ったら生真面目に仕事に熱心みたいですから、お裾分けに、と」
そういってちゃぱちゃぱとタライの水を指でかき混ぜるミリシア。彼女なりの気遣い、という事だろう。
「……じゃあそこに置いて行ってくれ」
「どうするんです?」
「そりゃあこのクソ暑い中だからな。頭から被ろうかな」
「ふぅーん。……じゃあ、こうしてもいいですかね?」
「え?」
ふいに、彼女の腕がアレックスの首に回される。すわチョークスリーパーかと混乱する頭で警戒するアレックスをよそに、ミリシアは手にしたタライを振り上げて頭上でひっくり返した。当然、アレックスと彼に抱き着いていたミリシア自身も頭から水を被ってずぶ濡れになる。
「………」
「ふふふ、びしょびしょ」
「いやお前な」
さっと視線で下にいる他の隊員に目を向ける。黙って出てきたのか女性士官達は気が付いている様子はない。ほかの隊の男連中も、一人寂しく任務にいそしんでいる変わり者には興味がないのか、こちらに注意を向けている者はいないようだ。
どうやら面倒ごとは避けられたようだ。
「いやミリシア。こういう、他人の目がある時にあんまり慣れ慣れしい事は控えるように。面倒臭い事になる」
「大丈夫、わかってますよー」
「本当か……? マジで頼むぞ」
「分かってますって。……私だって今更隊長と離れるなら、死んだほうがいいし」
その呟きだけは、ふざけた感じのない本気のトーンだった。
大分入れ込まれちゃったな、と思う。とはいえ、遊びだったつもりもない。アレックスなりに本気だし、ミリシアの事は大事に思っている。たとえ車輛ごと焼き尽くされる日が来たとしても、彼女と一緒に灰になるなら悪い死に方ではないと思うほどには。
「まあいい、とりあえず下の連中にもう休憩は終わりにしておけと伝えてくれ。少し気になる事もある」
「はーい。わかりました、たいちょ」
<戦場のひみつ:軍用車輛のエンジンは非常にタフである。武器と違い、エンジンというものは平時から過酷な環境で運用され鍛え上げられてきた設計であり、灼熱の溶岩地帯でも、零度の豪雪地帯でも問題なく稼働する上に、最低限のメンテナンスでも動き続けられるように設計されている。ただそのせいで、本格的なメンテを行う場合は専用の工廠に持ち込む必要がある。>