未来も希望もない戦場で必死に生き残ってたらモテモテになった件(ハーメルン版) 作:SIS
<戦場のひみつ:特殊な触媒を用いた、分子間結合力を破壊する力場を発生させる武装が存在する。対象の物理的強度を問わず破壊可能で非常に強力だが、制御が困難でしばしば射手が自爆する難点がある。そのため使用者は義肢で肉体の欠損を補っている事が多い。戦場で義手の人物を見かけたら注目すべきである。>
全力で、横に飛ぶ。全力一歩手前、余力を残していたのはこのためだ。
だが、砂漠という慣れない環境が災いした。足元が滑り、思ったように力が入らなかった。ぞく、と背筋に冷や汗が浮かぶ感触。
足の裏の地面が、急に持ち上がる感じ。例えるならそう、踏み台にしていた椅子を力任せに持ち上げられたような。当然バランスを取る事もできずアレックスは倒れこみ、直後、吹きあがった砂の津波に飲み込まれた。
もみくちゃにされて上下感覚が喪失する。手足は無事か? アドレナリンがでていてよくわからない。砂を飲まないよう口を押えながら、しかしアレックスは勝利を確信した。
この場所は。アレックスが走っていたのは、22式戦車の副砲の射線上だ。
副砲。すなわち、障害物の破砕を主目的とした重レーザー砲。
砂と閉じた瞼ごしにもまぶしいと感じるほどの光と、肉を焼く音を何十にも重ねたような音が周囲一帯を満たした。
レーザーに質量はない。なので物を押す事が出来ないため、焼ききれない厚さの物質に対しては貫通力は無いに等しい。溶かした、あるいは焼いた物質で貫通痕が埋まってしまうからだ。そして見える=光を乱反射している訳で、光量が大きければ大きいほど反射光も大きくなる。結果、レーザーに被弾すると凄まじいフラッシュが発生する。重レーザーともなると、フィルターごしでなければ目を焼かれるような光になる。
そんなものを、いくら巨大とはいえ生物が浴びれば、結果は確認するまでもないだろう。
なんとか上下感覚を取り戻し、転倒に巻き込まれないように砂から這い出す。その背後に、巨大な質量がどすん、と落ちて砂を揺らした。
光にさらされた視力はいまだ曖昧で、しかし無事な嗅覚は辺り一面に立ち込める異臭をかぎ取っている。生ごみを強火で焼いたような、生理的嫌悪を伴う悪臭。
目を数度瞬きし、ようやく戻ってきた視界で確認したのは。
「……なるほど。副砲手、良い腕だ」
砂漠に横たわる、巨大な砂虫の焼死体。それは大半が黒焦げに焼き尽くされ、炭化した部分が自重を支えきれず体の半ばでちぎれていた。砂の中に埋まった体の大半の部分も、レーザーの熱で焼かれてしまったのか末期の痙攣も残っていない。辛うじて焼けていない肉の残っている頭部はまわりはひくひくと牙を動かしていたが、それもすぐに途絶える。
もし攻撃に使用したのが通常の弾薬であれば、見た目からして単純な造りの生き物だ、体を半分にされても暴れまわり、アレックスの命はなかったかもしれない。
レーザー兵器の恐ろしさだ。こと生物に対する殺傷力は、銃弾のそれを上回る。
体についた砂を払って、手足の動きを確認する。と、そこに部下達の通信が入った。
『隊長、ご無事ですか?!』
「多分、無事だ。どうだ、お前らからみて私の両足は地面についてるか?」
『~~~~っ! こういう時につまらない冗談を言わないでください! もう!』
「……そうか。つまらなかったか」
割と好きな冗句に怒られて内心少しショック。
車輛の方に目を向けると、砲塔上部のハッチを開いて身を乗り出したクズノハが手を振っている。彼女の笑みに手を振り返し、少し足を引きずりながら仲間の元へと歩き出す。
訓練がとんだ実戦になってしまったな、と乗り越えたからこその感想を抱いていると、不意に地面が揺れた。
地震かな? 一度足元に目を向けてから視線を戻すと、手を振っていたクズノハが、笑顔のまま青い顔で固まっていた。
『隊長。その。ゆっくり、後ろを振り返ってください』
「……ああ」
言われた通り、ゆっくり振り返る。内心、だいたい状況は予測していた。
振り返った先。
砂丘をいくつか越えた先に、尖塔のように聳える柱のような巨体。
今しがた死力を尽くして倒した砂虫。その別個体が姿を見せている。
それも一匹ではない。次から次へと、砂漠から姿を現し聳え立つ様は、まさに摩天楼を思わせた。
その全てが、こちらに牙をむけて威嚇している。間違いなく、敵として認識されているようだった。ちらりとアレックスは焼死体になった遺骸に目を向ける。どうやら、連中には仇討の概念があるようだ。
「……流石に、これは無理かな」
『隊長! こっちに戻って、早く! 隊長!』
撤退を促すミリシアの叫びに答えるように車輛に走る。
正直な話、戻ってもなすすべなどない。それでも兵士の本能としてアレックスは走った。
だが彼を嘲笑うように、状況はさらなる変化を告げる。
不意に、憎らしいほど青く晴れ渡った空が、“紫に染まった”。
ぞくり、と。
アレックスの背筋を耐えがたい悪寒が走る。それは予感等という不確かなものではなく、絶対的な知識と経験による裏付けから来る、明確な恐怖だった。
車輛に戻り、クズノハの手を借りて車内に戻ったアレックスは、開口一番、血を吐くような切迫した口調で叫んだ。
「対放射線防御! 全隔壁閉鎖! エンジンはもちろんあらゆる内燃機関、砲を閉鎖しろ!」
「え」
「いいから急げ! “ターボレーザーが来る”!!」
その一言に、車内に戦慄が充填された。
はじかれたように全てのクルーが指示に従う。その顔は蒼白で、疑問を挟む余地などなかった。
アレックスも頭上のハッチを完全に閉鎖し、覗き窓も閉鎖する。あらゆる電力を落とし、暗闇に落ちる車両内部。手探りで席にベルトで躰を固定し……後はもう祈るしかなかった。
「隊長」
不意にミリシアが語り掛けてきた。その声はどこか穏やかで、今まさに窮地に立たされているクルーとは思い難かった。
「生き残れたら、ちょっと贅沢しません?」
「……ああ。いいなそれ」
「約束ですよ」
◆◆
完全に目も耳も閉じた22式車輛。故に、そのクルー達が外で起きた一部始終を目の当たりにする事はなかった。
まず、最初に南の空に突如太陽が増えた。そうとしか表現できない輝きが空を満たした。当然それは、本物の太陽ではない。だが地上にいる者からすれば、太陽の方がまだ慈悲深い輝きだろう。
その閃光は、紫色の空を渡ってゆるやかに湾曲し、砂虫の群れが存在する区域へと降り注いだ。いや、降り注いだという表現が適切なのかどうか。天から降り降ろされた槍が地を薙ぎ払った、とでも表現したほうが適切かもしれない。それは明らかに敵意を伴った暴力だった。
砂虫達は、自分達の身に何が起きたのか理解する暇もなく、完全に消滅した。炭化どころのレベルではない。分子レベルで完全に崩壊し、この宇宙から消滅した。有機物とか、無機物とか、そういう区分の違いはこの熱量の前では何の意味もない。
そして有り余る熱量は砂漠の地表をガラス化し、大気を急激に膨張させて爆発を起こす。この時生じた衝撃波は成層圏にも届いた。その爆風に煽られ、22式は大量の砂と一緒に小石のように転がされ、どこかへと運ばれていった。
あとに残されたのは、完全にガラス化した爆心地と、広範囲によって砂塵が消し飛ばされ岩盤がむき出しになったクレーターのみ。ここに何がいたのか、どのような調査を行っても、もはや解析は不可能だろう。
それを見届けて、地平線の遥か向こうの巨大な人型……7式超重戦車は、無数に聳え立つ砲の一つに過ぎないターボレーザーの冷却を開始した。大量の金属蒸気を噴出し、巨砲が冷却を開始する。同時に、上空に重力レンズを展開していた干渉アンテナが、ゆっくりと折りたたまれて格納された。
彼らにとっては、脅威を抹消した、ただそれだけの事である。
◆◆
「オーライ、オーライー」
砂漠の只中で、車輛の引き揚げ作業が行われている。
クレーンが、砂の中に埋まっている軽車両を引き上げているのだ。車輛は履帯が完全に剥離し、露になった動輪もいくつかが取れている。砲は完全にへしゃげていて、正直ただのスクラップである。車輛側面には、かろうじて77の記号が見て取れる。
第77独立遊撃隊、唯一の車両の末路である。
「……」
そして隊唯一の車両の姿を、アレックスは故郷の特産品である渋イチゴを口いっぱいにほおばったような顔で見届けていた。
結果的に、アレックス達第77独立遊撃隊は欠員を出す事なく生き延びた。
砂漠だったのが幸いした。砂が衝撃緩衝材になったのだ。
とはいえ、全員無傷とはいかなかった。副砲手と情報管理手が軽い怪我をしてしばらく安静の診断。また車輛は完全におしゃかになってごらんのあり様だ。
さらに、ターボレーザーで跡形もなく消し去ってしまった砂虫について、直接目撃し交戦したアレックスは調査のために数日間尋問室に籠る羽目になった。それはまあ他の関係者も一緒なのだが、アレックス達第77独立遊撃隊の場合、敵もろとも死んだはずだったのになんか生きてた、という事もあって余計に根掘り葉掘り聞かれた。
ほとんど今回の事件の主犯のような扱いである。下手すればそのまま本当に犯人にされていたかもしれない。
ただ今回は、相手の立場もあって西方司令部お墨付き、という札書きが効果を発揮した。この基地内部で話が終わらず、司令部の息のかかった査察官が介入する事になり、ようやく解放されたのだ。それでも、しばらくは謹慎を言い渡されてしまっている。今は、部隊長としての責任から現場を視察しに来たが、もう戻らなければならない。
上の立場からしても、安全だったはずの訓練惑星に脅威としか思えない怪生物が出現したのはおおっぴらにしたくないのだろう。兵の間にも動揺が広がっている。
……怪生物。あの砂虫は何だったのか。
アレックスの立場では詳しい情報は得られなかった。そもそも跡形もなく消し飛ばしたのだから、残骸も何も残っていない。
果たして、あれは異星生物の手の者だったのか。情報管理手の話だとこの星の現住生物に似ていたという話だったが、詳しく調べた訳でもない。断言するには情報として頼りなさすぎるだろう。
とにかく考えれば考えるほど、残骸が残ってないのが悔やまれる。だいたい、なんでターボレーザーなんてぶっ放したのか。結果的に助かったが、普通だったら巻き込まれてアレックス達も死んでいる。というか、効果範囲内に味方がいるのにぶっ放す代物でもないし、撃たなければならない状況でもなかった。7式の武装は多岐にわたる、他にもっと有効な武装はいくらでもあったのではないか。
正直言って、証拠を抹消するために撃った、と言われた方がよほど納得できる。一応、指示した人間が予想外の事態を受けて、敵の排除に先走ったと聞かされてはいるが……。
「キナ臭いな。臭すぎて鼻が曲がりそうだ」
前に、余計な事に首を突っ込まないのが良い兵士だと結論を出した。が、面倒ごとが向こうからホーミングして突っ込んでくるなら話は別だ。
隊を預かる者として、何かしら考えなければならないのかもしれない。
基地に戻ると、いつの間にか遊撃隊の兵舎周辺に、有刺鉄線つきの柵が張り巡らされていた。監視らしき人員もいる。どうやら上は、よっぽどアレックス達に話を言いふらされたくないと見える。別にそんな事はしないのだが。
近づくと監視の人員が近づいてきたので、タグを見せて身分証明をする。あくまで形だけのものらしく、ゆるい感じで通され、自室に戻る。
……一応、仕掛けておいたトラップを点検する。うかつに開けると挟んであった紙が落ちたりして、侵入された事を確認できるような、そういった仕掛けを部屋に仕込んであった。
チェックした限りでは、侵入者はなし。盗聴器の類も無いようだった。念のため、窓もブラインドを下ろし遮蔽する。
まあ、アレックスの見立てだとあちらも本気でこちらが何かしらの陰謀に加担しているとは考えていまい。むしろ、潔白を理解してるからこそ躍起になって問題をなすりつけにきていると見れる。
……まともな政治将校がいたら、そういう奴の頭に風穴を開けてくれるのだが。基本的に彼らは臆病者を見せしめにするが、それ以上に責務を果たさない士官に憎悪のようなものを抱いてすらいる。
しかしこの訓練基地には政治将校がいないようだ。まあ最近は変な将校も多いし、そいつらが強権を振りかざしてアレックスを略式処刑しようとしてくる可能性もあるので、それを考えるといなくてよかったのかもしれない。
「どっちもどっちか」
椅子に座って、書類に目を向ける。しばらくは暇になりそうだし、処理しきれなかった書類に少しずつ目を通していくのが良いだろう。
そんな風に上官としての時間を過ごしていると、ふいに、トントン、とドアをノックする音がした。
「……ミリシアか?」
「あ、はい。正解です。はいっていいですか、隊長」
「いいぞ、入ってこい」
おずおずと、ミリシアが入ってくる。外の目を気にしているのかちょこちょこ振り返りながら、後ろ手にドアを閉める彼女。
「どうした? 俺はただいま優雅に書類を片付けているところだ。同室のクズノハは?」
「ええと。ちょっと。……その書類、今片付けないといけないやつです? そうじゃなかったら、ちょっとお時間頂けたらなあ、って……」
いいながら、もじもじと髪をいじるミリシア。見れば、彼女はシャワーでもあびてきたばかりらしく、髪はしっとりとしていて、肌もほんのり上気している。
ピンときた。読んでいた書類を机の上に戻す。
「なんだ。お誘いか?」
「えっと、はい。そうです」
「まあ、そうだな。生きて帰れたらちょっと贅沢しようって話だったからな……」
歩み寄ってミリシアを腕の中に招き入れる。さしたる抵抗もなく、むしろ自分から胸に顔をよせた彼女に、ちゅ、とキスを重ねた。互いの粘膜と粘膜が軽く触れる親愛のキス。
「ん……」
ただそれだけで、彼女は陶然と瞳を潤ませる。
本当に可愛らしい女だ、とさらに唇を重ねながら思う。どんなハードプレイにも応じる一方で、他愛もない親愛の情を交わすだけで乙女のように感じてくれる。
そして強い。目を覆うような境遇にさらされても、根っこの純粋さを失っていない。なのにとても弱く儚い。そう仕向けなくても、彼女の心がアレックスに依存しきっているのは明らかだった。
いけないな、と思う自分がいる。気が付けばミリシアに随分と甘くなってしまっている。もしかすると、隊の中には察しているものも居るだろうが……かといって今更距離を取る気にはなれなかった。
口を離すと、二人の唾液の混合物が、つ……と糸を引いた。恥ずかしそうに、ミリシアが口を手で隠す。
「久しぶりに、ベッドでするか?」
「あっと。その。……いつもの空き部屋でもいいですか?」
「それはいいが……いいのか? こっちのベッドの方が多分、寝心地はいいぞ?」
「そうなんですけど今日は、ちょっとありまして……15分ぐらいしたら、来てくれますか? それと、いつもの空き部屋じゃなくて、その隣に」
なんだか変わった条件を出された。それに、空き部屋の隣というと。
「いや、あの部屋、ミリシアの部屋だろ。つまりクズノハもいる。流石に壁一枚向こう側はバレるって……」
「そこは大丈夫です。問題ないです。問題なくします、ええ」
とミリシア。よくわからないが……今更彼女を疑う理由もない。
「ん。わかった」
<戦場のひみつ:銃剣を使用する一部の特殊部隊、あるいは変わり者は間違いなく精兵である。彼らは彼らの理論で銃剣に有用性を見出し、戦場で証明したからこそ生き残ったのだ。だが有用とはいえ、彼らに教えを乞うてはならない。一般的な人類からすれば、彼らの理論は狂人のそれなのだ>