未来も希望もない戦場で必死に生き残ってたらモテモテになった件(ハーメルン版) 作:SIS
<戦場のひみつ:衛星軌道上からの火力投射のような手段は基本的に最終手段である。というのも、そうやって雑に焼け野原にしても敵異星生物は普通に生き残り、繁殖し、ただ人類の版図を失うだけに終わってきたからである。人類の勝利条件はただ一つ。敵の一匹にいたるまで駆逐し、巣を焼き払い、さらなる襲来を防ぐために対空システムを構築する事のみである。>
アレックス・ウィンザードは辺境の植民惑星で育った。生まれは定かではない。彼は養子だった。
本当の両親については何も知らない。ただ、父親……惑星総督ガル・ウィンザードが雪の日に雪原で拾ったのだと、それだけ聞いている。
熊に例えられるほど毛深く筋骨隆々の大男であるガルは、しかし見た目に反して慈愛深い穏やかな男であり、身寄りのない赤子に我が子同然の愛情を注ぎ育てた。高度な教育を行い、自身の後継者として??し、厳しい惑星の自然の中で狩りを教えた。やがて妻との間にガル自身の長女を設けてもそれは変わらず、むしろ娘がアレックスに懐くのを見て、彼を娘の婚約者として正式に家督を継がせようとしていた程だ。アレックスもまた、ガルの事を父と信じて疑わず、彼の期待に応えるために勉学に励んでいた。
だが、そんな日々は突然崩壊する。
突如として人頭税が異常な上がり方をしたのだ。まともに払えば、入居から数世代しか経ていない惑星ウィンザードの人口増加率は等倍を下回る。そうなれば待っているのは破滅だ。惑星総督の立場からガルは地方政府に抗議を行ったが、その返答は理不尽なものだった。人頭税を払いゆるやかな破滅を受け入れるか、人頭税を拒み背信者として滅ぼされるか。執務室で頭を抱える父を見たアレックスは自ら徴兵を申し出た。人頭税は人類社会への滅私奉公の度合いで測られるため、単純な人数ではなく個々の能力や社会的立場によって判断される。アレックスは養子であるが惑星総督の長男かつ社会的にも後継者であり、本来徴兵免除されなければならない立場の人間であり、つまりそれだけ税として高い。兵士としても十分な訓練と教育を受けており、彼一人で一般市民の人頭税を何百人と賄う事ができる。
この申し出に、妹は最後まで納得せず泣いて縋り付いたものの、他の住民は苦慮しつつ、最終的に受け入れた。惑星に残る事になった年若い男女数百人はアレックスと共に徴兵される者達(彼らもそれなりの立場の若者だった)を跪いて見送り、父親はこの暴挙の代償を必ず地方政府に払わせると約束して輸送機を送り出した。
そこからはあっという間だった。
輸送機に乗った彼らをまっていたのは複数の政治将校の冷笑であり、送られた訓練戦艦で1年の間、訓練という名の拷問を受けて過ごした。必要以上に過酷な訓練では怪我は日常茶飯事であり、食料も必要以下しか与えられない。睡眠時間も不定期で、しばしば夜中に悪戯に鳴らされるサイレンに飛び起きる日々。
半年を過ぎる頃には同じ徴兵された仲間も数名が、戦場に送られる事なく命を落とし、粗末な形だけの葬式を経て有機物分解槽に放り込まれた。彼ら皆がアレックスと同じく訓練を受け、惑星の猛吹雪の中生き延びるサバイバル技術を持っていたにもかかわらず。
明らかに人類法に反した劣悪な環境だったが、訴えるべき正当な管理者は存在せず、反抗した者が鞭打ちの刑に処されるのを見ては口を閉ざすほかなく、やがて卒業が見えてきたころには、戦艦に乗っている兵士は三分の一ほどに減っていた。
そんな異常な日々の中で、気が付けば少しずつ故郷や家族の事を思い返す時間は減っていった。せめて故郷を思う気持ちを折らぬよう、感情をすり減らして暴虐を耐え忍んだ。目をつけられぬよう貝のように口を閉ざし、枝葉のように人に紛れた。
そうしてなんとか訓練課程を修了し、戦場に降りた。
実際の戦場は、ある意味では訓練よりかはマシだった。戦場は常に敵の影がちらつき、物資は常に不足しており、無駄な事に熱意を注ぎ込む余力などどこにもなかった。夜中に起こされれば必ず敵の姿があり、自分の皿の配給が少なければ、他人の皿に乗るそれも僅かだった。常に満たされていたのは突撃銃のバッテリーぐらいなものだろう。
そして死は何よりも平等だった。立場で命の重さが違うのが人間社会だが、実戦は下士官も兵卒も関係なく、差別も区別もなく平等に命が失われていく。敵との正面切っての撃ち合いで命を落とす兵士はありふれたもので、後方の安全地帯から指揮をしていたはずの司令官が敵の奇襲で命を落とす事もよくある事だった。わかってはいたが、訓練戦艦での教訓など何一つとして役に立たない時間の浪費だった事を再確認し、故郷での狩りの教えがアレックスの命を繋いだ。
グリードベアには一度引け。戦場も似たようなものだ、無駄死にするような局面は一度引き、機を見て敵に損害を与える。命惜しさに逃げれば臆病者、背信者として銃殺刑だが、敵に損害を与えて戻る事ができればそれは戦術的撤退となる。
それでも、そんな事が何度も続けば流石に薄気味悪くなってくる。ましてや部隊が壊滅する中で一人生き残ったのなら、それは何かに取り憑かれている。
一度目はラッキーボーイとして持てはやした戦友が、二度目になれば疫病神と距離を置く。ましてや三度目ともなれば。
死神。孤独な遊撃兵。はずれもの。長生きしすぎた兵士。
兵士となったアレックスは、概ねそういう男だった。
後方に輸送されたアレックスは、そのまま作戦部の情報官による聞き取り調査という名の尋問を受けた。とはいえ何かしらの嫌疑をかけられた訳ではなく、状況の確認を終えた後は軍病院へ移送され、そこで2週間ばかりの休養を取る事になった。
動きさえできればすぐ前線に戻されるのが普通な中で、かなり温情のある措置だったといえよう。久しぶりの休みにどこか居心地の悪さを感じながらも、それはそれとして何もしなくてよい時間をアレックスはベッドの上で堪能した。
そして退院後は、勲章の授与という事で清潔な軍服を貸し与えられ、一路、軍総司令部の置かれた惑星へと向かうことになった。
勲章といっても、何かしらの功績が認められた、という訳ではない。MIA認定もしくはKIA認定された者が無事生還した場合に与えられる、ある種不名誉な勲章があるのだ。隻眼の獅子勲章と呼ばれるそれは、アレックスからすれば三度目の授与である。
そしてやはり三度目になる軍総司令の執務室のドアを前に、アレックスはガチガチに緊張しながら、呼び出されるのを待っていた。
三度目だろうが十度目だろうが、やはり慣れない。なにせ相手は数十億の兵士の頂点に立つ、地方軍の総司令だ。父親であるガルは惑星総督だったが所詮辺境惑星、数千人程度の住人のトップだ。文字通り桁が違う。
そんな彼に、ここまで案内してくれた総司令の秘書である怜悧な美貌の青年将校は苦笑しながらアレックスの肩をたたいた。彼とも三度目ともなれば顔見知り、少しだけ気やすく話ができる相手だった。勿論、相手は少佐だか大尉だかで、アレックスからすれば雲の上の人物ではあるが。
「そう緊張する事はないさ、アレックス少尉。閣下はそう狭量なお方ではないのは知っているだろう? 人類の為に力を尽くしている君の事をそう邪険に扱うことはないさ」
「しかし秘書官どの。私はそう、大それたことをした訳では……。たまたま生き残っただけであり、いってみれば運がよかっただけでして……」
「やれやれ。謙遜は美徳だが、過ぎれば不愉快だぞ少尉。君が生き残ったのは、人類の守護神が君の能力を惜しいと思ったからだ、そのように考えるべきだな。優秀な兵士が一人でも生きて帰ってくる事が、人類にとって何よりの戦果なのだ」
「そうでしょうか……」
「そうだとも」
確信に満ちた表情で頷く秘書官。アレックスと同じ艶のある黒髪、黒い瞳と似たような人種なのに、間違いなく毎朝鏡で見る顔と比べても美男子である。パーツごとの作りが違うのもあるが、内からあふれ出すオーラのようなものがやはり大きく違う。
なんていうかポジティブな考え方をする人だな、とアレックスは思う。決して嫌な訳ではないが、そのように考えるにはアレックスは歪んだ体験をしすぎた。
『入りたまえ』
突然のドア越しの低い声に、びくりとアレックスの肩が跳ね上がる。お喋りはここまでだ。
秘書官が小さく頷いてドアを開ける。おずおずとアレックスが部屋の境界線を越えると、音を立てずにドアはゆっくりと閉じた。寸前、秘書官は振り返るアレックスに「頑張れ」と言いたげにウィンクを残す。美男子は何をやっても様になる、ずるい。
「アレックス・ウィンザード少尉です。お呼びにあずかり参りました」
執務室は戦車が一台収まりそうなほど広かった。床はふかふかの足が埋まりそうなカーペットが敷き詰めてあり、右側面には書棚、左側面には勲章やトロフィーが飾られている棚がある。そして正面奥、窓を背にして配置された執務机に一人の大男が収まり、アレックスを待ち受けていた。
椅子に座っていても、アレックスと目線が変わらないほどの巨躯。筋肉ではち切れそうな軍服からは、一線を退いても鍛錬を怠っていないのが見て取れる。剃り上げた禿げ頭には無数の古傷が残り、顔の右半分は機械化され眼の代わりに赤いカメラレンズが収まっていた。このレンズからレーザーを発射し背信者を焼き殺すという噂だ。ちなみに、本当にレーザーを出すところをアレックスは見たことがある。
彼の名は西方総司令ザラガ・クロッカス。この、西方宇宙における人類軍のトップに立つ男だ。
「まずは生還おめでとう、ウィンザード少尉。貴官は人類の宝である」
ぎろり、と残された左目がアレックスを見る。睨まれているわけではないのだが、ザラガ司令の人間力というか、気迫が尋常ではないので相対するだけで精神力が削がれていく。
「ありがとうございます、司令。私のような一兵卒に時間を割いていただき、感謝の念もありません」
「隻眼の獅子勲章の授与は、授与式を行ってはならず、ただし司令官が直接行うこと、というのが決まりだからな。この勲章はいささか特殊故。前にも話したな。くく、安心しろ、私にとって貴様と話すのは苦痛ではない」
「恐縮です」
頭を下げるアレックスにザラガは満足そうに破顔し(獲物を見つけた猛獣の笑みにしか見えなかった&顔の半分は機械に覆われてるので凄まじく異形の相貌だった)、執務机から立つとアレックスの前に立った。
「アレックス・ウィンザード少尉に、隻眼獅子勲章を授与する。これからも人類の為に尽力する事を期待する」
「はっ、有難く」
そして胸元に、三つ目の隻眼の獅子勲章が取り付けられる。緑青を帯びた青銅で出来た、顔の右半分が弾痕によって抉られた獅子の勲章。
「一度二度は偶然であっても、三度目は必然というらしいな」
「……それは。私の事をお疑いでしょうか?」
「ん? いや、そんな事はないが。スパイだったら無差別砲撃から生き延びられるというなら、獅子勲章をもらったやつはもっと多いぞ。そんなつまらん嫌疑はかけておらん。だいたいお前のような一兵卒が何故スパイなんてできるんだ」
「し、失礼しました……」
無駄口をたたいたことに赤面しながら顔を下げるアレックスに、ザラガはふふん、と笑みを浮かべると執務席に戻った。おっかないが、上官としては気さくと言える。
「世の中には不思議な宿命があるという事だ。一見すると無意味な事が、大きな流れに繋がっている事もある。それを追うのは私の仕事ではないが、しかし時として目の当たりにする事がある。お前のようにな。自分自身で分かっているだろう、あの状況で生き延びられるのは幸運、などという話では済まない」
「それは……」
「尤も、生き延びた事がお前にとって幸運かどうかすら、私にはわからぬよ。この先、死ぬよりも辛い運命が待っているかもしれない。その時になってみなければ、人生というものはわからぬのだ」
「希望を捨てるな、という事ですか?」
「言葉だけは綺麗だがな。生きている限り、人は失い続ける。昨日より今日、今日より明日、一分一秒ごとにあらゆる物が損なわれていく。希望という言葉は、現実から目を背け己の感情を麻痺させるための劇薬だ。だがそれでも、諸君ら兵士は人類の為に生きて戦わなければならぬ。人類全てが現実を受け入れ自ら終わりを受け入れる日が来るなら別だがな、それは決して来ないだろう」
「閣下が悲観主義者だとは知りませんでした」
「軍人が楽観主義者でどうする? それに別に悲観はしておらぬよ。人類ほど生き汚い生命体がこの宇宙において他に存在するものか」
今日はずいぶんお喋りだな、と過去の受勲を思い出してアレックスは内心首を傾げた。三度目ともあって見知った顔になったというのはあるだろうがそれでも一兵士と総司令官だ。気やすい話ができる関係ではない。
となると、本題がほかにあるのだろう。今の話はそれに入るための導線か。
「さて、本日お前に用意した話はもう一つある。わかっていたようだが」
「私のような一兵士に、何かできる事が?」
「そう警戒するな。お前をいつまでも一兵卒扱いできなくなったという事だ。銃を抱えて敵に突っ込む以外の事が出来るなら、それをしてもらう」
そういってザラガが机の引き出しから何らかの書類を取り出す。
「これまで通りなら原隊が壊滅した場合、残存兵は別の部隊に配置換えになるのが通例だが、さすがに三度生き残っては悪目立ちするだろう? 初歩的とはいえ士官教育を受けている者を遊ばせている余裕も軍にはないのでな。お前には小規模な独立遊撃部隊を率いてもらう。喜べ、絵に描いたような栄転だ」
「は、光栄であります」
勿論アレックスもそう単純な話ではないのは分かっている。絶対に裏があるぐらい、彼にだってわかる。
「お前は頭が少しは回るようだからあらかじめ言っておくが、お前の部下になる連中は皆、すねに傷があるような者ばかりになる。隻眼の獅子勲章を持っている訳ではないが、大なり小なり修羅場を見て原隊にいられなくなり、配属先の部隊でも持て余されていた兵士が集まっている。人格的にも能力的にも問題はないが、ただ居るだけで不和の種になる、そんな奴らだ。それを一か所にまとめて遊撃部隊として扱おう、という訳だ」
つまり、遊撃部隊といえば聞こえがいいが、厄介者を処分しやすいようまとめておこうという話だ。それも、指揮官からすれば比較的心が痛まない部類の。死地から何度も帰還しているのだから今度も大丈夫だろう、という言い訳が聞くのは、人間的感性を残している者にはさぞ扱いやすい駒に違いない。
別にアレックスとて命が惜しくないわけではない。しかし、相手は総司令官であり、上の決めたことには逆らえないのが軍人だ。従うほかはない。
「了解いたしました」
「詳しい話はおって通達する。何、そう悪い話ではない。小規模だがある程度の独自権限が考慮された遊撃部隊だ、納得のいかない玉砕命令に従うよりはよっぽどマシな死に方を選べるだろう」
「ご配慮、感謝いたします」
総司令に形式ばった一礼を返す。
それを最後に、アレックスは執務室を後にした。その後は秘書官に案内されて司令部を発ったが、そこからの事はよく覚えていない。
<戦場のひみつ:戦場で運用される車両は意図的に数世代前の原始的な構造を採用している。これは長く続いた平和のせいで軍事用の戦闘車両が長らくアップデートされていなかったのも理由の一つだが、戦場における故障やトラブル、資材の調達を考慮した仕様である。ハイテクすぎると、現場で修理できないからだ。>