未来も希望もない戦場で必死に生き残ってたらモテモテになった件(ハーメルン版) 作:SIS
<戦場のひみつ:総督の子息や豪商の一族といった、特権階級の者が徴兵に応じる事が無いわけではない。その場合はほぼ、人類軍の優勢な前線や未開区域の調査といった、選別された戦場に送られる。流石に重要なスポンサーの家族を無意味に磨り潰すほど悪い意味での平等さを軍は持たない。>
「おかしい。怪我してからやたらと私の扱いが悪い気がする……。これが下克上という奴なのか……? 反乱起こされる……?」
「何いってるんですか」
車長席に座ってブツブツつぶやくアレックス。それを聞いてしまったクズノハは呆れ顔だ。
作戦開始を前にした第77独立遊撃隊。なので、今は皆が色々と準備に動き回っている。ミリシアはナックル1と戦闘機動について話にいったし、ニーナとネルスは車輛の外で弾薬の積み込みを整備員と行っている。今車内には、イオリとアレックスしかいない。イオリはイオリで、照準システムの調整を行っていて、暇なのはアレックスだけだ。何もさせてもらえてないともいう。
「隊長が無理をするのがいけないんですよ。むしろみんな過保護になってます」
「話を聞いてくれないのは保護なのか?」
「だって丸め込もうとしてくるじゃないですか、話術で」
「それは否定しないが……」
「ミリシアが可哀そう。彼女、隊長に凄く入れ込んでるんですから。もうちょっと心労を考えてあげてください」
「そう言われても、ただ女性ってだけで海兵隊の連中と会話するのに嫉妬されても困るんだが……」
「あら、流石にわかってました? ミリシアにとっては、隊長は凄くカッコよくて頼りになって、どんな女性でもすぐにメロメロになっちゃう、みたいな認識なんですよ。この海兵隊も澄ました顔してるけどすぐに隊長にぞっこんになっちゃう、そしたら隊長を海兵隊に引き抜かれちゃう、みたいに考えてるんですよ。きっと」
「私が本当にそんな超絶有能だったらこの部隊にいないと思うんだが」
「恋は盲目って? あながち、過剰な心配じゃないと思いますけど。実際私も今じゃ隊長にメロメロですし、ね」
愛人2号を自称するイオリの言葉に、うーん、とアレックスは考え込んだ。とはいえ、入れ込まれる事自体は悪い気はしない。もうちょっとそのあたりを踏まえて、やりとりを考える必要があるだろう。
「まあ、うん。それは置いておいて、あと数分は二人きりかな」
「っ……そ、そうですね」
「イオリ。こっちおいで」
ベッドの中でだけ呼ぶ名前でイオリを呼ぶ。びくり、と背を伸ばして反応する彼女を、片手でちょいちょいと招き寄せる。
「え、えっと……? その、作戦まであと30分もないと思いますけど……」
「いやいや、流石に作戦前にはしないって。……さっき、ミリシアにちょっと妬いてたろ? おいで」
「は、はい……」
おずおずと近づいてきた彼女を、抱き寄せてぎゅっと懐に収める。はふぅ、と深呼吸するように、胸の中でイオリが息を吐いた。少し蒸す車内に長時間いたせいか、抱きしめる体温は高く、汗ばんでいた。
軍服の上から、彼女の体のラインを確認するように腕を這わせる。びくり、とイオリが体を震わせて反応した。
「隊長、手つきがエッチです……」
「自分の女に劣情を抱かない方が失礼だろう?」
「そうですけど、物足りなくなっちゃいますから……」
「スケベめ」
「そうかもしれません……」
ちゅ、と軽く唇を触れ合わせる。数度離れては触れてを繰り返し、舌を絡める。
ぐっと抱きしめる腕に力をいれると、イオリも胸を押し付けるようにして体を寄せてくる。鼻をつくのはツンとした戦場の汗臭さだが、何故か自分の女のそれだと思うと、不思議と悪くないと感じるアレックス。
「ふ……ん……っ。んちゅ……ん……ぁ……。……これで、終わりです?」
「辛抱たまらなくなるからな……ここまでだ」
「別に私は……ううん。すいませんでした」
「いんや。……続きは生き残ってからな。死んだらそれまでだから……まあ覚えておけ」
「……はいっ」
名残惜しさを感じながらも、イオリの体を解放する。惜しいのはイオリもそうだったようだが、すっぱりと切り替えて仕事に戻る。ずるずるとやってたら、誰かに見られそうだ。
少しの居心地の悪さを覚えて、紛らわすように軽く体を動かしてほぐす。
「……んんっ。外の様子はどうかな? ニーナ達は弾薬の積み込み終わったかね」
言い訳がましくつぶやいて、頭上のハッチを開いて身を乗り出す。よっこいせ、と半身を乗り出したアレックスは、目の前でダウナーな視線を向けてくる金髪女性の顔を至近距離で目撃してのけぞり返った。
「ニ、ニーナ副砲手? ど、どうした。そんなハッチで待ち構えるみたいな……」
「…………」
アレックスの問いにニーナは答えない。代わりに手の甲を唇にあてて、チュゥ、と吸って見せた。……何を意味するか言うまでもない。
硬直するアレックス。そんな彼にニーナはふひ、と揶揄するような笑みを浮かべて。
「すけべ」
「…………いや。その」
「ニーナ、何やってるの。ミサイルの積み込み手伝ってください!」
「おっけ。じゃあね、隊長」
ネルスに怒られて、ひらりと身を翻し車輛から飛び降りるニーナ。下の方、履帯のあたりから二人の話す気配が聞こえてくる。
「………あちゃあ」
ハッチの覗き窓に目をむける。……当たり前だが覗き窓は狭いだけで、マジックミラーみたいな造りにはなってない。至近距離から覗き込めば、内部の様子もちょっとだけ見れる。
「迂闊だったな……」
アレックスは頭を押さえて、こそこそと車内に戻った。
「作戦内容を確認する」
荒野を疾走する車輛群。その中の一つとして海兵隊の打撃小隊を積み込んだ27式が疾走する。周辺を固めている海兵隊の車輛は、彼らの運用する強襲部隊のものだ。見た目からして基本設計の古い、単純な箱のような輸送車輛は、しかし最新鋭のものだ。従来の設計の常識やしがらみを投げ捨てる事ができたからこその、きわめて単純で合理的な造りのそれら車輛は、いってみればタイヤのついた箱のようなものである。敵地に荷物を無傷で送り届ける事ができれば車輛は使い捨てでも構わないという海兵隊の割り切りが見て取れる。
作戦開始を前に、アレックスは文字通りの再確認を行う。
「今回の作戦は海兵隊主導で行われる二面作戦だ。作戦目標は二つ、敵の攻撃を受けたと思われる基地の救援と、敵対空砲の排除だ。我々は基地救援に向かう部隊になる。……異星生物が我々人類の基地を占拠・利用したケースは殆どないが、施設ではなく立地を利用する、といったケースなら無いわけではない。そもそもこの星に人類の防衛拠点がほかにない以上、そのまま居座っている可能性が高い。おそらく戦闘になるだろう」
実際のところ、戦闘になるとはいってもそう激戦にはならない、という見込みではある。というか、敵戦力が想定以上だったら引き返す手はずになる。アレックス達はいうなれば威力偵察隊に過ぎない。敵の数が多ければ主力を投入することになる。その投入のために踏まなければならない段階が、敵高射砲の排除だ。
「敵高射砲の排除は完全に海兵隊側で行われる。まず海兵隊の母艦であるリチャード・カーヴァス号が防御システム最大稼働状態でザーバンの軌道上に侵入。敵高射砲にわざと撃たせて位置を特定後、海兵隊航空部隊が低空で突入、破壊する。それにより制空権を確保した後に、主力打撃部隊を投下、基地の残存勢力を掃討する」
ある意味、海兵隊らしいというか、稚拙にして迅速、果断にして凄烈な作戦だ。普通なら二面作戦にせず、また敵高射砲ももっと安全な方法で捜索する。だが海兵隊は本来銃後である訓練惑星に異星生物が一分一秒でも蔓延るのをよしとせず、敢えてリスクを取っての作戦を展開した。
その果断に救われたのだから、アレックスとしても口出しするつもりはないが、なかなかに慌ただしいというのが正直な感想ではある。おかげで傷もまだじくじくと痛む中の出撃になった。これで、別に兵士の扱いが悪いという訳ではないのが救いだろうか。
それに、間違った判断という訳でもない。とにもかくにも異星生物の完全駆除には時間と手間がかかる。根付かれる前に対応するのは悪い事ではない。
「我々の役割は、基地の構造をよく知る身内の者として先導するのと、まあ不祥事をやらかした基地の所属という手前、責任を取って作戦に戦力を供給する、という役割だな。また貧乏くじだ、やる気が出るな」
「隊長と組んでから貧乏くじしか引いてない気がしますねー」
「それを言うなら私は軍属になってからずっと外れくじだぞ」
「まあこの部隊が残念賞五枚集めたら全員サービス、みたいな感じですからね……」
部隊員の間で飛び交う軽口。士気は上々といった所のようだ。
「しかし、高射砲、本当にあるんです?」
「リスクを考えれば、無い前提で作戦展開するのはただのバカだからな。それに、異星生物も高射砲の類の重要性は把握しているはずだ。高速飛翔体を撃墜できる生体高射砲なんぞ、いったいどういう生態系が生み出したのかとても理解できんが」
「確か、大枠だと食虫植物の一種、でしたっけ。……植物ってなんだっけ、ってなりますよね……」
「考えるだけ疲れる。今は考えるな」
「まあそうですけど……。基地救援の方、隊長はいかが思われます? 本当にあれだけの人員が皆、全滅したと思いますか?」
ネルスに言われて少し考える。確かに連絡は通じず、基地の方で交戦の様子は見えない。だがいくら油断していた所で不意を突かれたとはいえ、かなりの数があの基地で訓練にいそしんでいた。また上はともかく、現場単位では緊張感を維持していた部隊もそれなりにいたはずだ。それに対し、異星生物は侵入に成功した数のみで、いつものように圧倒的物量で雪崩打って攻め込んだわけではない。
「……籠城戦になっているか、玉砕を回避して散り散りに散開した部隊がそれなりの数に上るだろうな、というのが正直なところだ。特に郊外に展開していた部隊なんかは、無意味な消耗を避けて救援を待っている可能性もあるだろう」
「ん。でも救難信号、私達だけだったんですよね?」
「普通の部隊に惑星間通信用ブースターは配備されてない。あれは私が独自に調べて見つけただけだ」
「んー、戦闘が始まったら異変をかぎつけて戻ってくる部隊もあるかもしれませんね。そうなると案外なんとかなりそうな任務に思えてきました」
「まあ。無茶無理無謀で死線をさまようよりは。大分」
「こら、油断するなよ。どれだけの戦力を異星生物が持ち込んでるかわからないんだ」
「はーい」
好戦的な割に楽観的な事をすぐ口にするニーナを窘めて、アレックスは腕時計に目を向ける。予定では、そろそろ海兵隊の母船が軌道上に侵入するはずだ。
敵異星生物の対空兵器が何を持ち込んでいるかわからないが、爆発物を投射する程度なら対デブリ用の装備で対応できる。仮に大口径生体プラズマや生体レーザーを持ち出されても、あの船は“氷の膜”を搭載していたはずだ。少々撃たれても大丈夫なはず。できれば位置を特定できたなら、そのまま母船からの爆撃でさっさと片付けてほしいのだが、そうもいかない。地形が変わるような大規模攻撃は、いってみれば底に泥のたまっている水を掻きまわすようなものだ。そうなってしまえば、そこに何匹の魚がいたのか、到底わからなくなってしまう。異星生物に侵入されてしまえば、最後の一匹に至るまでそれを駆逐しなければ、そこを安全圏だと保障できない。
首元の通信機をオンにし、車輛の背中にしがみついているはずの打撃小隊に通信を入れる。
「アント1からナックル1。海兵隊の作戦行動開始時刻はそろそろだったか?」
『ナックル1からアント1へ。そろそろのはずです……あ、たった今、動いたそうです。衛星軌道に船が侵入しますよ』
「アント1、了解。そうか……」
頭上を見上げる。勿論、全長数キロの巨大船といえど、まだ地上から見えるような距離にはいない。だが、対空迎撃を主任務とする異星生物は人知を越えた感覚器官で、その存在を認識したはずだ。
もし対空兵器を持ち込んでいるなら、すぐに反応があるはずだが……。
「あの、隊長。前……」
「うん?」
ミリシアの声に、言われた通り覗き窓から前方を確認する。
27式をはじめとする車輛部隊の進行方向。人類側の基地のある方から、まっすぐ空を渡る青白い線が見えた。当然、飛行機雲ではない。
「……あー。今回はそういう事ね……。おーい、海兵隊の皆さん、この場合どうするんだっけ?」
『……予定は変わりません。むしろ標的が減って話が簡単になったと思いましょう。我々はこのまま突入。高射砲攻撃部隊もすぐに展開します。しかし、どういう事でしょう? 高射砲は育成に時間がかかります。基地を占拠してから育てては間に合わないはず』
「移動できる新型、かねえ。こっちも、見た事ないタイプの対地攻撃機と遭遇している。もしかすると異星生物の新しい戦略に遭遇しているのかもしれないな、我々は」
『ならばなんとしてもここで叩きつぶさなければなりません。新しい戦術が有用だと判断されれば戦線の被害が拡大します』
「その通りだ。よろしく頼むよ」
通信を切って、部下達の顔を見渡す。想定外の事態だが、怯んでいる者は一人もいないようだった。まあ、この部隊を結成してからトラブル続き。もう慣れっこだ。
「そういう訳だから、作戦に変更はなし。まあ、ちょっと厄介になったかもしれないが、いつもの事だな」
元来、城攻めには守り手の三倍の戦力がいる、という話がある。
防備を整えた拠点に攻め込むのは、それぐらいの無理を通す、という話だ。これが例え迎撃設備を整えてない、石を積み上げただけの簡易拠点であっても、実際の所はそう変わらない。こちらが敵から丸見えで、敵は身を隠す所があり、地形に通じていない。そういった要素は、勝敗を左右するだけの意味がある。
とはいえ、それは過去の格言であるというのも事実だ。
拠点攻略のために、人類は様々な兵器を開発した。塹壕を突破するための戦車であったり、地形に隠れた兵士を問答無用で吹き飛ばす為の榴弾であったり、拠点ごと焼き尽くすための火炎放射器であったり。そういった発明によって状況を変えていくのが、人類の強みであるがゆえに。
それでも、防御側の有利は変わらない。そういった兵器を持ち出す必要があるという時点で、攻撃側が不利であるという証左のようなものである。
その事は、例え相手が異星生物であっても、そう変わるものではない。
かつて人類の拠点であった訓練基地。
そこは今や、人ならざる者達の居城と化していた。基地周辺に広がっている幾重もの塹壕やフェンスは破壊され寸断され、郊外には7式がその傷ついた巨体を無造作に横たえている。外壁に至るまでが強酸や爆発による無数の損傷が刻まれている一方で、壁を越えた基地内部の設備は一見何事もなかったように見えるほどきれいなまま残されている。それはつまり、凄絶な白兵戦が行われたという事であり、あちこちに茶褐色に変色した染みが残されている。兵士の死体らしきものが見当たらないのは、まあ、つまりそういう事だろう。
基地周辺には、攻撃で破壊され砲塔が吹き飛んだ車輛がいくつも放棄されている。その破壊された砲塔の穴から、ごそごそと何かが這い出してきた。
ひょろりと長い脚をもった、クモヒトデを思わせる異星生物。柔軟な体で隙間に入り込み、装甲に守られているはずの兵士を絞め殺す暗殺者であると同時に、戦場跡から敵味方問わずあらゆる有機物を回収するスカベンジャー。焼け落ちた戦車の残骸から生焼けの肉をすすっていた彼らは、その鋭敏な感覚器で異常を捕らえて次々と戦車の残骸から這い出して来る。まるで味方に警告するように、細い脚をゆらゆらとゆらした。
直後、その彼らを黙らせるように、無数のロケット弾が基地周辺に降り注いだ。海兵隊の運用する自走砲台による小型ロケットの飽和攻撃。だが、この攻撃の目的は敵の殲滅ではない。舞い上がる炎に交じって、白煙が凄まじい勢いで広がって周辺を覆い隠す。攻撃力のある弾頭にまじって、スモーク弾が混入している。流石に全域を覆い隠すような規模ではないが、それでも戦闘領域に不可視の領域が作り出された。
攻撃を受けて、俄かに基地が騒めきだす。異星の存在に支配された基地にサイレンが鳴り響く事はなく、無言のままに異星生物側の迎撃戦力が沸いて出てくる。
彼らの主力は、巨大なウニのような生体戦車だ。トゲを含めれば20m近く、本体部分は3mほどの球体であるそれらは、人間でいう戦車に該当する存在だ。全身に纏うトゲは、キチン質の質量ミサイルであると同時に、強固な装甲であり、同時に歩脚の役目を果たす。それが何百匹という数で基地内から姿を現し、防衛線を構築する。
白煙を切り裂いて、ロケットの第二波が飛来する。生体戦車達は飛来する弾頭にトゲを向けて構えると、そのままロケットを正面から受けた。串刺しにされたロケットが爆発、真っ黒な噴煙にその巨体が包まれた。しかし、生体戦車は倒れない。
本来であれば、ロケット弾の攻撃を受ければ強固な生物兵器でも重篤な損傷は免れられない。だが、一方で現代兵器は破壊範囲を限定する事で高い破壊力を得ている場合が多く、爆発位置がずれると最大威力を発揮できない。この生体戦車の長いトゲはいわばスペースドアーマーとして働き、爆発を遠ざける事で本体へのダメージを抑えてしまうのだ。戦争初期には、このせいで従来の弾頭がほぼ無力化されてしまった事例もある。
それでも、異星生物と長く戦えば最適化も行われる。今回攻撃に使われたロケット弾は極めて原始的な、爆発で破片と炎をまき散らす事に特化した物。現代兵器にはほぼ無力な仕様ではあるが、しかし生体戦車には一定の破壊力を発揮した。煙が晴れれば、生体戦車はトゲの多くが折れて失われ、本体にもヒビが入り青白い体液が滴っている。有効打といっていいだろう。
だが、それでは仕留めきれない。たちまちのうちに傷口の血が硬化して傷を塞ぎ、折れたトゲはすぐさま伸び始めた新しいトゲにとって代わられる。新陳代謝を加速して瞬く間に損害を埋めなおした生体戦車は、何事もなかったかのように前進する。
そこへ飛来する第三波のロケット弾。しかし、その攻撃は突如、基地内部から放たれた光によって薙ぎ払われた。空を縦横無尽に横切る、青白い高出力レーザーの光によって、ロケット弾の雨が空中で消し去られる。さらに数発、地平線へとレーザーが数秒、途切れ途切れに照射された。衛星軌道上を狙撃できる出力と精度、感覚器官を持ち合わせた高射砲だ、うかつに高度を上げた航空機が狙われたのだろう。
生体レーザーの照射で、俄かに基地周辺の気温が上昇する。人類にはつらい環境だが、異星生物達はまるでその高温が心地よいとでもいうかのように、俄かに活発に活動を始める。歩くヒトデのような尖兵級が開け放たれたままの扉や窓から次々と姿を現し、クラゲのような風船のような個体が次々と空に舞い上がっていく。生体戦車達も、トゲを蠢かして防衛線を押し広げるように動きだした。基地周辺を包む白煙は未だ晴れないが、彼らにそれを気にする様子は無い。
その巨体を、白煙の中から伸びた火線が打ち据えた。大口径の機関砲による集中攻撃。生え変わったばかりのトゲが次々にへし折られ、徐々に防御が失われていく。生体戦車はすぐさまその場で転回し、もろくなった側面を隠そうとするが、それより早く、続けてはなたれたミサイルが至近距離からトゲを失った本体に突き刺さった。本体に直撃を受けて、球体の甲殻がはじけ飛び、臓物をまき散らす。
白煙をつっきって、海兵隊の強襲車輛が立て続けに姿を現す。ロケットによる対地制圧で上空と遠方に異星生物の意識が向いていたのを突いて接近していた、海兵隊の突入部隊だ。
車輛上部に備わった大口径機関砲で生体戦車に立て続けに弾丸を浴びせかけ、戦列を突破しようと試みる。だが、僅か30輛ほどの海兵隊より、生体戦車の方が数が多い。機銃掃射を浴びなかった生体戦車が、その鋭いトゲを突撃車輛に向けると、一斉にそれを射出した。一息で100以上の巨大なトゲが海兵隊車輛に降り注ぎ、その何発かが強固な装甲を貫通した。一台が進路を乱し、地形に乗り上げて横転する。それを見て取った生体戦車が跳躍……その自重をもって、車輛を上から串刺しにする。無数のトゲに針山のように貫かれた車輛は、見るまでもなく再起不能。操縦席を貫いたトゲから、赤黒い血が滴り乾いた大地を濡らす。敵を仕留めた生体戦車はトゲを切り離し自由になると、再びトゲの生成を始めながら、次の獲物を探してうごめいた。
その無防備な瞬間を、下部から機銃の猛火が襲った。
引き金を引いたのは、パワードスーツの小隊。搭乗車輛が横転した瞬間に見切りをつけて緊急降車をした彼らは、仲間の仇討と言わんばかりに至近距離からの銃撃で生体戦車の本体にダメージを与えると、巨大な拳を振りかざした。めり込んだ拳で押し開き外殻をはぎ取り、露になった内臓器官に痛烈な射撃を加える。
絶命した生体戦車が倒れ伏す。そこへ、報復の返礼のように、他の生体戦車からのトゲ射撃が打ち出される。転倒した車輛や地形を利用し、巧みに攻撃をしのぐ海兵隊のパワードスーツ。だが四方を囲まれた彼らには逃げ場がなく、トゲに包まれた生体戦車は彼らを押しつぶすように包囲を縮めていく。
だがその結果、防御陣形の一角が薄くなった。残された突撃車輛はその隙を逃さず、生体戦車の防衛線を突破する。群がる尖兵級を踏み砕き、機関銃が唸りを上げ、基地内部へと進攻していく。
戦略目標の第一段階を突破し、海兵隊は勢いを上げるが、しかし異星生物の戦力は、まだまだ底を見せていない。
「想像以上に敵の戦力が充実しているな……」
海兵隊と異星生物の衝突を遠目で観察しながら、アレックスがため息のようにつぶやいた。状況的には犠牲を出しながらも海兵隊有利で進んでいるように見えるが、まだ作戦の序盤だ。この段階で被害がでているのはまずいという見方もできる。
とはいえ、撤退の指示は出ていない。ならばこのまま突き進むしかない。
アレックス達は、海兵隊を先導して自分達の兵舎に向かっている。本体と行動を共にしていないのはいくつか理由があるが、一番の理由は第77独立遊撃隊兵舎は防衛上の穴になっている可能性が高いためだ。
異星生物が人類の拠点に陣を張るとき、彼らは人類の抵抗が激しかった部分に手厚く守りを置く傾向がある。当然彼らが人類の設備や戦術を駆使する事はないが、道理として人類が激しく抵抗する場所は守りやすく重要な部分だと理解しているのだろう。それをそっくりそのまま真似る訳だ。
だから、逆にほとんど抵抗がなかったと思われる場所には守りを置かない。それをつけば、基地奪回の成功率を上げられるはずだ。
ただ普通はそう簡単な話でもない。基地の防衛体制など、それこそ防衛側で戦って生き残った者でもよく把握してない事がほとんどだ。意図的に防衛の薄い所と厚い所をつくって敵を誘導するというのは常套手段な一方で、実際どのように兵を配置し動かしたかは機密情報でまず知る事ができない。
しかし、今回ばかりはある程度憶測が可能である。意図的な防衛の空白地点、それである可能性が高いとされているのがアレックス達の兵舎だ。
もともと余所者扱いで敷地の外に作られている上に、訓練中の事件でかけられた嫌疑で有刺鉄線などの柵で隔離されていた。それでいて、それはあくまで形だけのものであり、本当に厳重に動きを規制されていた訳ではなく、そのための人員は割かれていない。もともと訓練基地として警備は弛み切っていた上で、基地の人員には「あそこは余所者の敷地だから放っておいていいだろう」という認識が蔓延していたのだから、敵の奇襲を受けた時も真っ先に切り捨てられた区域だろう。ただ、海兵隊とのデータ共有がなされていないようだったので、先導として当の第77独立遊撃隊自らが道案内をする必要があった。
そしてその見込みはどうやら正しかったようだ。兵舎はほとんど手付かずで残っている横を通過する。有刺鉄線は破られているが、その間に立つ検問だけ無傷で残っている様は、どこかシュールだ。異星生物の死骸もほとんど転がっていない。どうやら、ほぼ無抵抗に近いあり様で通過させたようだ。……この先は、普通に基地の敷地内であり、防壁らしきものもないのだが、正直ここを通過させてどこで止めるつもりだったのだろう? まあ、訓練基地に攻撃を許した時点で防衛も何もないのだが……。
「この先、敷地内に続く検問を突破すれば基地内部です」
「了解した。海兵隊諸君、聞こえるか?」
『こちら海兵隊代表、ウォーデン1だ。聞こえている。ここまでの道案内感謝する。我々の突入後、アント1以下第77独立遊撃隊の諸君には退路の確保をお願いしたい』
「アント1、了解」
「ん。隊長、敵もおっとり刀で出てきたよ」
イオリの警告通り、基地内部からのそのそと生体戦車が姿をあらわす。だが数がかなり少ない。基地正面の防衛線では何百という数が姿を見せているのに、ここにはたった三体しかいない。どれだけここの守りが軽微だったかうかがえるというものだ。
機関砲が唸りを上げ、生体戦車へ火線を集中する。特に27式のそれは、海兵隊の突撃車輛のそれとは段違いの火力だ。トゲを折り中枢を露呈するに限らず、そのまま粉砕し薙ぎ払うように次へ。瞬く間に三体の生体戦車を粉みじんにした一同は、そのままの勢いで錆びた金網を踏みつぶし、基地内部に侵入する。
もともと機甲戦力の往来を想定された基地内通路はそれなりに広い。が、無秩序に広がって移動できるほどでもない。自然と隊列が細くなり、アレックス達の27式を左先頭、海兵隊の突撃車輛の一つが右先頭の二列に部隊が隊列を組みなおす。そこを狙ったかのように、左右の建造物から無数の猟兵級が姿を見せた。バラバラと群がるように降り注いでくる異星生物を、アレックスはからからと嘲笑った。
「せめてその十倍は用意しておけ」
車体にしがみついている海兵隊が、それぞれ機銃で迎撃する。さらに機関砲が吠え猛り、次が出てくる前に建造物ごと粉みじんに吹き散らす。続く海兵隊の車輛も、問題なく車載機銃で対応している。
正面での戦闘によほど戦力を割いたのか、それとも基地の攻略でもともと底をついているのか。制圧拠点での戦闘だというのに、やたらと敵の数が薄い。これなら楽勝かもしれないな、と思いつつも、アレックスは口には出さなかった。指揮官が楽観すると部下にうつる。あと縁起が悪い。
「現状、非常に問題なく作戦は推移しています。楽勝ですね」
「ネルス。ダウト。それはいっちゃけない言葉」
情報管理手と副砲手の同部屋コンビの漫才じみたやり取りに、肩ががくりと落ちた。せっかく言わないでおいたのにな……とアレックスが嫌な予感に苦笑いする。
どずん、という振動が基地に響いた。
砲撃の音ではない。足元から伝わる、重く大きな揺れ……これは経験がある。巨大砂虫の時のような、大地そのものが揺れている音。
だがここは基地の施設内部。地下は深度数十メートルまで鉄筋コンクリートで固めてある。あの巨大砂虫でも、ここには潜ってこられないはずだ。
異常に備えて、隊列が速度を落とす。そこで戦闘車輛のドライバーがそれぞれ気が付いた。
道路が続いていない。数十メートル先で、ひび割れ崩落し、道が消えている。とっさにミリシアがドリフトを決めて車体を左の側路に潜り込ませて退避する。だが隣や後続の海兵隊は彼女ほどの対応はできず、急ブレーキの音を響かせながら道路を滑り、崩落ぎりぎりで停車した。
崩落は基地中央のかなりの範囲に広がっているようだった。いったいいつから広がっているのかわからないが、なおも続く揺れで、少しずつ広がっているようにも見える。緊急停止した車輛が、揉み合いながら後退を開始する。
「なんだこの揺れと陥没」
「ん。隊長、私ものすごく嫌な予感がするんですけど……」
「多分、全員気持ちは一つだと思うよ、イオリ……」
ミリシアの言うとおりである。アレックスはまたこの展開かよ、と思いながら陥没の中央部……司令部本棟の近くの大型格納庫に目を向けた。あのあたりは確か、7式の整備区画や、ロケットの発射設備があったはずだ。今は屋根が大きくへしゃげて崩れ落ちたその建物の陰から、ぬっ、と。巨大な影が浮かび上がる。そのあまりの巨大さに、アレックスは自分の遠近感覚をしばし疑った。
「……あんな異星生物、いたっけな」
「え……あ、え……?」
ネルスが言葉を忘れて呆然とするが、無理もあるまい。
姿を現した巨大生物は7式を遥かに超え、50mを超えるサイズ。水中ならともかく、陸上でこのサイズの巨大生物が存在するのは、まずありえない。
形状としては、蟹に似ている。全身は黒く、甲殻の表面は隈なく凹凸に覆われている。足の数は、この位置からだと数えきれない。蟹のように5対10本ではなく、体の下部から放射状に無数の巨大な節足が生えているようだ。その足の一本一本のサイズも尋常ではなく、それが蠢くたびに基地全体が震えている。
ぬ、と本体部分が体を動かす。山のように聳える巨体を、低くするようにかがみこむその背中で、もぞもぞと動いている何かをアレックスは目撃した。
透き通った水晶のような色合いの、植物に近い見た目をした大型の異星生物。体躯の中心では、光源がぼんやりと光っている。ゆらゆらと花弁のような部位を開きながら起き上がるその生物の正体に、アレックスは覚えがあった。
「生物要塞の背中に、高射砲だと……?!」
大型の異星生物に、別種の異星生物が共存している、という例は別に珍しくもない。遠距離攻撃が可能な生物を、それこそ武器のように扱う事例も知られている。だが、これほど大型の異星生物に、これまた大型の異星生物が武器として共生しているのはこれまで事例がない。
驚愕するアレックスの目の前で、高射砲生物が閃光を放った。先ほど目撃した、高出力レーザー。だがそれは、基地に攻め入る海兵隊にむけて放たれた物ではない。
基地の上空を薙ぎ払うように、ぐるりと閃光が振り回され、消滅する。背中の高射砲生物は放射の影響で高熱化した躰を冷却するように大量の蒸気を噴き上げながら生物要塞の甲殻の隙間に潜り込むように身を縮める。じゅお、と音がして青白い蒸気が吹きあがった。
今しがたの閃光が何を狙ったのかは、すぐに知れた。ナックル1が報告を繋いでくる。その声は、いささか惚けて戸惑っているようだった。
『ナックル1から……アント1へ……。基地に向かっていた高射砲攻略班の航空部隊の8割が壊滅……生存者は地平線の向こうに退避しました……。そんな……高射砲は10m以下の低空を飛行している物体は狙えないはず……』
「……射角の問題だろうな」
あの巨大生物の背中はビルの屋上のようなものだ。おまけに、高射砲の都合に合わせて生物要塞は自在に姿勢を変える。人類も異星生物も、あの手の対空兵器は備え付けで融通が利かないのがお約束だが、巨大生物の背中に寄生する事でその問題を解決したという訳だ。
しかもメリットはおそらくそれだけではない。冷却に入った時の様子からして、おそらく巨大生物自身の血液も冷却に追加で用いている。おそらくクールタイムも短縮されているとみていいだろう。
まさに戦闘生物という言うべき組み合わせだ。
「……あいつを排除しないと主力部隊が攻撃に参加できないか。流石にそれだと、基地の奪還は難しいな」
段取りが狂うのはいつもの事だが。果たしてどうしたもんかな、とアレックスは考えを巡らせた。
<戦場のひみつ:植民惑星の権限は、実は割と強い。開拓と植民が割に合わない大事業である事は今現在でも変わらないし、異星生物の侵略を受けている今、人類の生存権を拡大するそれら事業の重要度はいや増している。>