未来も希望もない戦場で必死に生き残ってたらモテモテになった件(ハーメルン版) 作:SIS
<戦場のひみつ:激戦区では時として、名将と謳われる司令官が初歩的なミスをする事が確認されている。それは戦場であるが故仕方ない事とされてきたが近年、それにある種の法則性が見いだされ、軍が調査に乗り出している。>
「こちら、第77独立遊撃隊だ。……何者だ?」
『何物……、ザッ、ご挨拶……な、ガガッ……ライオン……ハーレム野郎……ガッ』
「ライオン……?」
少し首を傾げ、しかし即座に思い当たる。そう、少し前の事だ。可愛い可愛い部下達の事を、そんな風に呼んだ連中が確かにいた。
あれはそう、訓練中の……。
アレックスに確信がひらめいた。
「情報管理手!」
「ひえっ、はい!?」
「ターゲットβの座標を教えろ! すぐに!」
「え? え? え?」
「早く!」
アレックスの剣幕に圧倒されながらも、すぐに情報管理手はターゲットの空間座標を口にする。それを、アレックスは通信の向こう、ジャミング越しに聞こえるように何度も叫んだ。
『……ザッ了……! ミサ……ガガッ……砲撃……避しろ……』
「アント1からナックル1、いや、海兵隊に通達! ミサイル砲撃が来る、安全圏に退避しろと伝えろ! 7式の砲撃だ!」
『え、あ、へ? いや、失礼。7式は郊外で大破しているはずでは……』
「生き残りがいたんだよ! いいから、隠れろ! 巻き添えで死にたいか!?」
『りょ、了解!』
急いで27式を退避させる。それに合わせて、海兵隊も跳躍移動でその場を下がる。急に撤退したアレックス達の行動をいぶかしんだか、それともこれ以上の攻撃を中断させた事で満足したのか、異星生物の追撃はない。あるいは彼らも兵を消耗しすぎたのかもしれない。
とにかく、構ってはいられない。大急ぎで爆風を凌げる遮蔽物を探し、入口が破られた格納庫を発見したアレックス達はそこに急いで入り込んだ。海兵隊が即座にサーチライトで警戒するが、異星生物が潜んでいる様子はないようだ。
通信越しに、連絡を受けた海兵隊達が慌てて身を隠す喧噪が聞こえてくる。その中で、一人の海兵隊が声を上げた。
『東の空から……!』
「来たか……」
東の地平線。荒野を抜けた向こうで、一輛の7式超重戦車が、脚部を大破し思うように動けないまま、武装の準備を整えていた。
彼らは訓練中のトラブルで荒野に待機命令を受けてから放置されていた部隊、その一部だ。それが故意なのか失念だったのかは今はもうわからないが、そのおかげで基地が襲撃を受けた際、一緒に攻撃を受ける事を避けられ、少数の異星生物による奇襲も問題なく撃退できた。これはトラブルで繋がりであった独立遊撃隊から疑惑を伝えられていた為、最低限の備えができていたのも大きい。
彼らは続けて基地を襲撃する輸送生物を撃墜しつつ救援に向かおうとしたが、未知の巨大生物要塞のレーザー攻撃で主脚の一つに大きな損傷を受けた事で、それを断念。追撃を避けてレーザーが直接攻撃できない地平線の後ろに退避していた。距離的には対レーザー防御を使い切っても基地に向かう事ができない以上、増援に合わせて戦力を温存すべきだと判断したのだ。
しかし増援が来た時、彼らはすぐに動く事ができなかった。
一つは、その増援があまりにも早く到来した事だ。彼らの予想では、軍が異常を把握するのに短くて一週間、普通でも一か月以上は時間を要すると判断していたのだ。まさか単身、放棄された通信設備を起動しにいく命知らずな遊撃小隊が存在するなど予想できるはずもない。すぐ近くまで海兵隊を引き連れて査察が来ている事も彼らは知らなかった。
そしてもう一つの問題は、強力なジャミングの存在だ。多少ならともかく、異星生物側も念入りに用意していたらしいジャミングは、軍の広域通信を特に重視して妨害していた。そのため、畑違いの海兵隊相手に直通チャンネルを持たない彼らの部隊は、通信すらままならない状態だった。一緒に陸軍佐官が来ている事をしっていればそちらに連絡したのだろうが、見る限り作戦行動を行っているの海兵隊ばかりであり、そちらに連絡する、という発想がでなかったのはしょうがなくもある。
しかし、状況の推移を見ていた彼らは、ある事に思いつく。
そもそも彼らが孤立放置された原因のトラブルも、なんとか異星生物の奇襲をしのげた忠告も、ある独立遊撃隊が関わっているものだった。その上で彼らも、何者かが惑星間通信ブースターを起動した事は確認していた。だからこそ、ある事に思い当たった。
ブースター起動した命知らず、あの独立遊撃隊の連中じゃね? と。
そして海兵隊による基地奪還作戦が始まったのを確認して、彼らは確信した。
あの連中が、あそこに交じってないはずがない、と。
そして彼らは通信を試み、結果、必要な情報を得た。
その結果、今、攻撃のために満身創痍の7式が、そのエンジンを低くうならせ咆哮する。その全身の武装は多くが大破していたが、しかし無事な物も多い。そのうちの一つ、車体上部にある重力制御装置の後ろに配備されていた大型ミサイルランチャーが、鈍い音を立てて発射位置までリフトアップされる。通称、ジェノサイドミサイル。異星生物の大群を薙ぎ払う目的で使用される戦術級兵器だ。
出し惜しみはしない。ここで何らかの手柄を上げなければ、背信者として処理される未来が待っている以上、彼らも必至だ。
座標情報は第77独立遊撃隊からもたらされたものを入力。乾坤一擲をかけて、ミサイルランチャーから実に10発もの大型ミサイルが発射された。それらは一度成層圏まで高度を上げ、そこから進路変更。ジャミングでGPS誘導の類は不明瞭だが、ジャイロセンサー等のアナログ機器も内蔵しているそれらは惑わされる事なく、指定された目標座標まで一心不乱に突き進む。
それに対し、生物要塞は敏感に反応した。もとより純粋火力で自分を圧倒しうるとして7式には最大限の警戒を払っていたそれは、即座に迎撃レーザーを照射。だが、体勢を維持するので精一杯の生物要塞では、十分な射撃位置を確保できなかった。ミサイルのうち6発が迎撃されるも、4発は偶然にもレーザーの死角に入り込み迎撃できない。そのまま迫りくるミサイルを、生物要塞は感情の見受けられない巨大な複眼で着弾の瞬間まで視線で追っていた。
直後。巨大な爆発が重なって轟き、衝撃波が基地の上空に波濤のように響き渡った。
「やった……か……?」
「……ん。頭が、ガンガンする……」
「爆圧で気圧が急激に変化したんでしょうね……あたたたた」
車内で耳を塞いで備えていたアレックスは、爆音が引くのを見計らって座席から身を起こした。車内の皆も同じ様子で、耳を押さえて座席の下に蹲っている。爆音と、それにともなって発生した急激な気圧の変化にまだ頭がクラクラするが、幸いにして体調に異常はない。これが外で生身でいたらどうなっていたかわからないが、27式は軽装甲とはいえ装甲車輛だ。
外で待機していた海兵隊はどうした、と通信を繋ぐと、そちらからも問題ない旨の返事が返ってくる。
『ご心配なく。こちらは装甲内は与圧されていますので。そちらは大丈夫ですか? 今の27式は貫通された装甲を応急処置しただけですからね。本来は真空に放り出されても乗員が無事なように作られていますが、今はそこまでの気密は望めないでしょう』
「ああ……それでか……」
ガンガンする頭を押さえながら、点呼を取る。幸いにも、今ので何らかの不調をきたした隊員はいないようだった。
「奴はどうなった……?」
『少しお待ちを。ナックル3が確認にでました。光学映像を繋ぎます』
「頼む。情報管理手、見せてくれ」
席を降りて、ネルスの元に向かう。彼女の操作するディスプレイに、海兵隊の視点が映し出された。やや感度の悪い映像の中で、基地の敷地の一角が真っ黒な噴煙に覆われているのがわかる。
「煙が濃くて奴の姿が見えないな……」
「……あっ」
映像の中で、黒煙を割いて巨大な物体が姿を見せる。岩のような、生物要塞の巨躯。だがその動きに、かつての力強さは微塵も感じない。まるで爆破処理された建屋のように、力なく崩壊に任せるままその巨躯が大地に崩れた。
遅れて、ずずん、という衝撃がアレックス達の元へと届く。
それきり、巨大生物が動く様子はなかった。節足は力なく投げ出され、何本かが損傷と自重に耐えかねて、半ばからちぎれて崩れていく。
生物要塞の最後だ。
「やった……のか?」
自信なくつぶやくアレックス。なおも映像を見守っていると、不意に巨大生物の背中が発光した。背中の生体レーザー器官は宿主が絶命しても別口で生命維持を行っているらしく、独自にレーザー発振器官を輝かせて蠢いている。その輝きが、明らかに限界を思わせる領域まで上昇する。
映像がホワイトアウトする。あまりの光量に、観測していたナックル3の観測装置が破壊されたのだ。
『うわっ……』
「ナックル3、無事か?! 応答しろ」
『こ、こちらナックル3、私は問題ありません。視力に異常はなし、直前でセーフティが働きました。アーマーにも損害は無し……大出力放射を行ったようですが、こちらには飛んでこなかったようです』
『ナックル1からナックル3。肉眼で確認できるか? 可能そうならでいい』
『了解。……これは』
「どうした?」
困惑するようなナックル3の声。たまらず訪ねたアレックスに返ってきたのは、要領をえない、戸惑うような声だった。
『ええっと……その。自滅……ですかね? レーザー発振生物は、黒焦げになって絶命してます……』
「……自損覚悟の高出力照射、か? 狙いはなんだ? 軌道上の母艦か?」
『いえ。そういった報告は来ていません。部隊ネットワークにも、今の攻撃で被害を受けたとおぼしき部隊は確認できません……。どうやら、我々を狙った物ではなかったようです。証拠隠滅のための自爆処理でしょうか?』
「わからん。……高射砲生物なんぞ、何体も鹵獲されてるからな。それこそ証拠隠滅するとするなら宿主の方だろう。もしかするとこの高射砲は特別だったのかもしれんが、それこそもうわからない話だ……」
妙な展開に、困惑した空気が部隊に流れる。だが、作戦はいまだ継続中だ。アレックスは場を仕切りなおすように声を上げた。
「考えるのは後だ。まだ作戦は継続中だ、残敵を掃討する」
『了解』
「了解しました」
海兵隊と共に、倉庫から這い出す27式。基地内ではすでに戦闘が再開されており、あちらこちらから銃声が聞こえてくる。
『敵勢力は、主力を失って及び腰のようです。各方面で我々の部隊が押し返しています。また高射砲の撃滅を確認しましたので、航空部隊の生き残りも直に攻撃を再開するでしょう』
「こういう時が一番脆いんだ。勝ってるからって油断せずに敵を排除しろ」
『了解しました、アント1』
わかっているのかいないのか。まあ、本来管轄違いの海兵隊にあれこれいっても仕方がない。アレックスは車長席に深く身を沈めて、部下に指示を下した。
「ミリシア操縦手、もう飛ばす必要はない。海兵隊と歩調を合わせて徐行運転しろ。あとはクズノハ射手、機関砲で海兵隊の支援。ネルス情報管理手とニーナ副砲手は、通信妨害を解析して敵ジャミング個体の位置を特定しろ。そいつさえ排除すればあとは危険要素は特にないはずだ。順当に戦って、順当に勝つ。これ以上の被害を出す事は許さんからな」
「了解」
具体的な指示はそれで終わり。
あとは海兵隊の部隊と協働し、満を持して投入された主力部隊とも合流して、アレックス達は異星生物を殺して殺して殺しつくした。
基地に蠢く、目立った敵勢力の排除にはまる一日かかった。
その後、安全を確保したといえるまで掃除するのに三日ほど。
軍の作戦としてはそれで完了したが、逃亡した敵個体もあり、惑星ザーバンが元のように安全地帯として機能するには、それこそ年単位の時間が必要と思われた。
なお、基地地下のシェルターから基地司令部の人間が数名確保されたが、彼らがどうなったのか、どういう扱いになったのかについて、アレックスは一切の興味を持たなかった。どうでもいい事だし、どういう末路をたどるかもわかっているので変に知って気分が悪くなりたくなかったからである。
惑星ザーバンでの異星生物襲撃から一週間後。
事態の管理のため、陸軍からも巡洋艦が数隻、惑星ザーバンに派遣されていた。先に到着し、軍事作戦を行った海兵隊の艦は損傷を受けた事もあってこれでお役御免、海兵隊のドックに引き返す事になる。
惑星からの敵異星生物掃討のために調査部隊や専門の駆逐部隊が何万人という規模で艦から降り立ち、徹底的な掃討を開始する。惑星ザーバンは重要な拠点でこそなかったが、後方の安全地帯とされていた星であるため、もしここに汚染を残せばここから鼠算式に被害が広がっていく事になる。ただでさえ前線がいっぱいいっぱいなのに、後背を脅かされてはまともな軍事作戦も行えない。陸軍は決して事態を楽観視せず、かといって過剰な反応もせず、必要な処置を必要なだけきっちりと行った。
それに伴い、ザーバンの訓練基地は閉鎖される事になった。戦闘で無茶苦茶に破壊されてしまったのもあり、もはや基地としての機能は失われている。代わりに現地に残された巨大生物の調査拠点として利用される、という話があった。なにせ敵オーガニックフォートレスが、人類の勢力圏内で確保されるのは初めての事だ。惑星の浄化が必要ではあるが、それでも敵の襲撃や奪還部隊の攻撃を恐れる事なく、敵の巨大生物兵器を調べるまたとない機会であるとして、軍は期待をかけているようだ。特に、その巨体を短期間でどうやって成長させるのか、といった点に注目が集まっている様子である。
ただアレックス個人の感想としては、あの巨大生物兵器は欠陥兵器もよい所だった。調べても大した情報は得られないだろうな、というのが個人的見解である。
そしてアレックス達第77独立遊撃隊は、作戦終了後陸軍管轄下に戻り、巡洋艦シバルバーに乗艦。そのまま待機命令を受けていた。
正直、どういう扱いを受けるのか未知数である。通常、部隊は任務・休暇・訓練をローテーションでこなすもの。アレックス達第77独立遊撃隊は結成後、任務に向けて訓練を受けている最中だった。それが突如として実戦任務に発展し、実の所訓練は完了していない状態である。それを受けて再訓練が行われるのか、休暇が与えられるのか、それともこのまま作戦に組み込まれるのか。そもそも、巻き込まれた事態もイレギュラーばかりである。
しかしながら巡洋艦に乗り込んでから、上官から言い渡されたのはただ一言。
「基地奪還作戦、ご苦労だった。次の指示が下るまで艦内で待機せよ」
ただそれだけである。
果たして自分達が一体どうなるのか。落ち着かない気分で、アレックス達は艦内に待機していた。
ただ、扱いが悪いかというと、そういう事はない。むしろその逆、どう触れ回ったのかアレックス達は少数で惑星ザーバンの危機を救った英雄のような扱いで、艦のクルーからは丁重にもてなされていた。
部隊に与えられた区画も、僅か5名の弱小部隊であるにも関わらず通常の中隊と同じような設備利用権限を与えられており、酒場を貸し切りで使えるし艦内の娯楽施設使用コードも発行されている。それも、巡洋艦シバルバーは銀河系を渡る事を想定しているだけあり、数万人の搭乗員が数年間過ごす事も想定して各種設備も非常に充実している。これまで基本的に駆逐艦に鮨詰めにされて前線を渡って過ごすのが日常だったアレックスからすると、福利厚生が充実しすぎて逆に具合が悪くなりそうだった。
最初の数日は不安な様子だった隊員達も、アレックスに送り出されて一度商業区に顔を出してからは味を占めたのか、毎日のように出かけて余暇を楽しんでいるようだった。
しかしながらアレックスはそうもいかない。隊長である彼には処理せねばならない書類が山のようにある。今日も、部下達がお裾分けにもってきた焼き菓子をテーブルの片隅に乗せたまま、一人書類と格闘中である。
「……書いても書いても終わらん」
どさりと何十枚という書類をテーブルに積み重ね、椅子に背を預ける。書類は全て片付いた訳ではないが、こういうのはメリハリが肝要だ。
書類の大半は報告書だ。まあ、いくら独立遊撃隊だからといっても、惑星ザーバンの一件ではちょっと自由にやりすぎた。通信を絶たれていたし、実行した作戦は的確だったと自負しているが、それでも改めて振り返ると色々やりすぎである。いくら廃棄されていたとはいえ、拠点をほぼ私物化したあげく使いつぶしたとか、普通に考えるとちょっとヤバイ。
「……お腹痛くなってきたなあ」
当時は必死だったからしょうがないが、冷静になると冷や汗が出てくる。
ちなみに、この艦には政治将校が搭乗している。つい先日顔を合わせて、なんかじっと見つめられたうえでなんか思案顔をされたのもあって、未だに今後を楽観視する気になれない。いや、本当にアウトだったら彼らはその場で銃を抜くからして、問題ないとは思うのだが、それでもやはり熟考の末にアウト、という事もありうる。
「いかん。変な事考えてたら不安になってきた……」
集中力も切れてきたし、ここらで休憩を入れるべきだろう。
いつもなら代用コーヒーでも淹れるのだが、せっかく施設の充実した巡洋艦にいるのだ。ここでしかできない休息の取り方をするべきだろう。
アレックスはジャケットを羽織ると自室を後にした。
艦内トラムで移動すること5分ほど。アレックスが向かったのは、艦内の飲食関係の娯楽施設だ。味気ない軍用糧食とか、コック次第で味や品質が安定しない食事を提供する軍基地と違って、ここは外部から外食産業が出向している。艦によって違うらしいが、それでもいわゆる大衆向けの店は高確率で置いてある。特にアレックスの故郷である植民惑星ウィンザードみたいな、辺境の田舎でも置いてあるような店は、かならず。ある意味では、故郷の味といえなくもないだろう。
これまた出向と思われる店員から受け取ったメニューを手に、適当なテーブルの空きに座る。割と食堂は空いていて、座る場所には困らなかった。人がいないというより、昼も夜もない艦の中ではそれぞれが独自のタイムスケジュールで動いているというだけだ。数万人が詰めている巡洋艦で、全員が一斉に同じ時間に食事をとったら食堂区がパンクする。
今日選んだのは、メニューの中でもオーソドックスな一品。
ガサガサとした大きなバンズに、わざとらしいほど赤いケチャップ、そして繋ぎに何を使ってるのかよくわからない肉厚でジューシーなパティ、そしてやたらとすっぱいだけのピクルス。特筆するほど美味しいわけではない、ありふれたファーストフードチェーンの味だ。
そしてそれを、故郷と変わらぬ味で、軍艦でも食べられる。それがどれほど有難い事か。
味が濃ければ満足だろ? といった感じのハンバーガーを齧り、えぐみの残る後味をやたらと薄い清涼飲料水で喉に流し込む。
まさに、そう、これこれ、といった感じの味。
付け合わせのポテトも忘れてはいけない。ジャガイモの風味のかけらもないでんぷん質の塊を柵切りにして品質の悪い油で揚げて、やったらめったら塩をふりかけた塩辛いフライドポテトも、一体何年ぶりに口にするのか。
当時は都会の人間はこれを好んで食べてるとかまじかー、と思ってたし、今でも思ってるが、軍の糧食のやたらと薄味っていうか味が無い(無味無臭という意味ではない)食べ物と比べると、まさに天国の料理だ。
流石に毎日食ってると飽きるだろうが、それでも久しぶりに世俗の食事に触れた気がする。気が付けば涙ぐんでいる自分に気が付いて、ごしごしと袖で目元を拭った。
「いやー、やはり食ってのは音楽に並ぶ人類最大の文化だね……」
戦術・戦略らしきものを行使する異星生物とて、料理・音楽の文化は持ち得まい。特に、教養なくとも楽しめる料理を知らないなんて、生の楽しみをどれだけ損失している事か。こういう時ばかりは自分が人類である事に感謝し、異星生物達に憐れみの心が沸いてくる。やつらは肉を焼いて食べる事すら知らないのだ。ざまあみろ。
「んー。しかしやはりこればっか食べてると有難みも薄れるだろうしなー。……しばらくはまた粗食に努めるかなあ……」
ぶつぶつ独り言をつぶやきながらハンバーガーの続きを貪る。
こういう時は料理ができたらなー、と思う事が無いわけではない。故郷だと、それ単体だと味気の無い糧食を手早く調理してご馳走を作れるスキルを持った者もいた。彼はアレックスと一緒に徴兵されなかったから、今も故郷で料理スキルを磨いているのだろうか。
しばし、故郷へ思いをはせるアレックス。だが、その空しくも幸福な時間は、突如後頭部に降りかかった打撃と液体によって強制的に中断された。
「ぬわあ!?」
そんなに痛くはなかったが思わず声が出る。反射的に後頭部を抑えたアレックスの足元に、カラカラ……とプラスチックのカップが転がる。中にわずかにのこった水らしき液体が、床にじわじわと広がった。
なんだなんだと、カップの飛んできた背後を見やる。
「うげっ」
そこでは、見覚えのない兵士達が二手に分かれて睨み合っていた。
片方は、歴戦の古傷をいくつも刻んだ男所帯の陸戦兵一行。全員機嫌悪そうに、もともとガラの悪い顔を凶悪にゆがめて睨みつけている。
対するは、正反対に6人ほどの女性士官の集まりだ。しかも全員若い上に美人。だがただ綺麗なだけの華ではないようで、リーダーらしきショートカットのいかにも気が強そうな女性は、自分達より多い男達の視線を真っ向から受け止めて睨み返している。
しかし、なんていうか、まあ美女である。部下四人も十分に美人だが、この女性士官はまたタイプが違う感じだ。出るとこが出て、ひっこむところがひっこんでいるモデル体型。ニーナもなかなかナイスバディだが、無精がたたってちょっと霞んでる彼女に比べると、手入れが行き届いているし、内面に秘める意志力とでもいうべきものが段違いだ。自分に強い自負を持った美人で、おまけに気がツヨツヨ、というのは、割と好きなタイプだ。訂正。めっちゃ好み。
だがそれだけに、同じ艦、それも陸軍であるなら見覚えがあるはずなのだが。
「……? どこの部隊だ?」
女性側の一団は、統一された服装を見るに何らかの特務部隊なのだろう。だが、その恰好に覚えがない。躰にぴったり張り付くようなボディースーツの上から、アーミージャケットやアーミーパンツを羽織ったラフな格好だ。よく見ればボディースーツには汚れ一つなく、生地もかなり上等なものが使われている。陸軍の一兵卒なんて、転戦につぐ転戦で浮浪者と勘違いされるほど薄汚れた格好でいる事が多く、むしろそれを誇るような風潮もある事を考えると、かなり浮いているといえる。少なくとも、アレックスの知る限り陸軍にそこまで清潔であれるほど余裕のある特務部隊は存在しない。もしかするとどこかの出向組だろうか。
「このアマ、調子にのってんじゃねえぞ……!」
「はっ! このアヤカ様をそこらのコンパニオン扱いしやがって、命が要らねえと見えるな! このフニャチンが、戦場で政治将校殿の手を煩わせるまでもねえ! ここで病院送りにしてやんよぉ!」
「なんだとこのクソアマァ!」
聞くに堪えない罵倒が飛び交う。というか、美女の口から汚い罵声が飛び出してきて吃驚である。強気とか通り越してあれじゃヤンキーだ。ちょっと知り合いにいないタイプである。いや、これはこれでありだろうか。あれで軍人なら、上官にもあの口調だと普通に処罰ものなので、普段は粗雑で、目上にはきっちりした言葉使いならギャップで可愛らしいかもしれない。
そんな腑抜けた事を考えながらも、少しアレックスは緊張感を覚えた。
「……あー。ちょっと、不味いか?」
ぱっと予想した限りでは、見慣れない小奇麗な格好の女性部隊に、陸戦兵一行が妬みと敵意半々でちょっかいをかけて、それで言い合いになった、といった感じだろうか。まあ下士官同士の揉め事なんて別に日常茶飯事だが、相手がどこかからの出向部隊だとするとちょっと面倒な事になる。下手したら部隊単位ではなく、陸軍や海軍、海兵隊といった大きなくくりでの諍いに発展しかねない。そうなったら死者も爆増するのは目に見ている。
仕方ない、とアレックスはハンバーガーセットの残りを急いで食べきり、席をたった。
見れば、周りの食堂利用者も剣呑な雰囲気を見て取って距離を置いている。そんな彼らににこやかに手を振ってアピールしながら、アレックスはさも当然のように、にらみ合う両者の間に割って入った。
「はい、そこまでそこまで」
「あ゛あ?!」
「……何だテメェ……あっ」
返ってくる怒声。男性兵士連中のは慣れっこだが、美人にドスの利いた声で脅されるのは新鮮な体験だ。背筋がぞくぞくする。ところで最後の「あっ」はなんだろう。気になる。
が、ここは強気にいく。相手が軍人なら、態度じゃなくて立場で理解らせてるのが肝要だ。
「誰かと聞かれたら、第77独立遊撃隊隊長アレックス・ウィンザード中尉である、と答えておこう」
「ちゅ、中尉がどうしてここに……?!」
「ウィンザード!?」
身分を明かすと、明らかに両者はひるんだ。……が、ちょっと反応が想像と違う。いや、見たところここにいるのは身分が高くて少尉ぐらいだと睨んだので、階級差で黙らせられると思ったのが、どちらかというと階級に驚いたというよりアレックス個人を知っていた感じの反応だ。見ず知らずの中尉がしゃしゃりでてきたやべぇ、じゃなくて、ウィンザード中尉がでてきたやべぇ! って感じの反応だ。
はてさて。全員、見覚えが無いのだが。
「……どこかで肩を並べたかな? 申し訳ない、覚えがない」
「あ、いえ。へへへ、こっちが一方的に知ってるだけでありまさぁ……」
尋ねると、男性陸軍の代表と思しき男は、なんかやたらと低姿勢で媚びるような態度で返してきた。いきなり態度が豹変しすぎて逆に戸惑う。
「ま、敢えて言いますなら、中尉からすれば路傍の石でも、その石からすれば見上げるような恩があるって事でさ。はい。中尉が気になさるような事ではありませんって、へへ」
そういわれると逆にものすごく気になるのだが。多分戦場で彼の命を救ったとかじゃなくて、雰囲気的に賭け事か何かでアレックスのおかげで大勝したとか、そんなあたりだろう。それならまあ、覚えがなくもない。なにせ隻眼の獅子勲章三つ持ちだ、作戦の成否や部隊の生還をかけた賭け事は士官の間では頻繁に行われているからして、どこかで彼らを大勝ちさせたのだろう。
そう自分を納得させて、次は女性士官に目を向ける。目があったとたん、彼女は背筋をピンと伸ばした直立不動の姿勢で敬礼を返してきた。背後の部下達もそれに倣うようにバネじかけのように姿勢を正す。
「申し訳ありませんウィンザード中尉! 今回の件は、彼らとの個人的な諍いに端を発するものであります! 口火を切ったのは私であるからして、どうか部下達へは温情の程を!」
「いやいやいや。状況も把握してないのに、罰とか処分とかしないから。そもそも君達どこの管轄? その制服、覚えがないんだけど」
「はっ。海兵隊であります! 今は先日の任務おける戦後処理と報告の関係で、この艦に同乗させていただいております!」
なるほど、海兵隊。覚えがないはずだ。ついでにここで口だしして正解だった。食堂でもめて海兵隊と陸軍で修羅場とか笑い話にもならない。
「なるほど。ところで、ここで何があったんだ? 何やら頼んでもないのに水をデリバリーされたんだけど」
あくまでにこやかに笑って温和アピールをしつつ、カップにのこっていた水で濡れた髪を指し示す。想像力を刺激するのがこういう場合大事だ。あきらかに怒っている相手よりも、一見にこやかな相手にこそ、人は想像力を働かせて怒りのほどを見積もるのである。そして人の想像というのは、えてして事実より大げさなものだ。
たちまち両者が顔を真っ青にした。どうやら効果覿面のようである。
「あ、いや、それは……」
「その……」
「とにかく、正直に話してさえくれればいいよ。何があったんだい?」
話を促すと、恐る恐る男性兵士がしゃべり始めた。
まあ、だいたい予想通りである。食堂にいた場違いなべっぴんに声をかけて、手ひどくあしらわれて言い合いになった、と。飛んできたカップは、酌でもしてくれよー、と掲げたカップをアヤカとやらが払った結果、アレックスの方に飛んできた、という事らしい。
「なるほど、だいたい話は分かった。まあ、ここは私の顔に免じて穏便にすましてくれないか? 政治将校殿にお手を煩わせるのも嫌だろう?」
「それはまあ、はい」
「よし。わかったら、とりあえず解散解散。ほら、散った散った。周りも見世物じゃないぞ!」
強引に流れを掴んで有耶無耶の方向にもっていく。この艦の政治将校はわりかしまともっぽいが、それでもあまり騒いでいると介入してくるかもしれない。彼らとして殺人鬼ではないのだからこの程度の事で銃を引き抜く事は無いだろうが、それでもいらぬトラブルは招き寄せないに越したことはない。
騒いでいた両者も内心その懸念はあったのだろう。アレックスの指示に素直に従い、バラバラと散っていく。その中で、一人、流れに逆らってその場に残る者がいた。
アヤカと名乗っていた、海兵隊の代表者だ。
「? 何かまだあるのか?」
「あ、いえ、その……えい!」
意を決したように、アヤカが不意にアレックスの右手を両手で握った。当然、不意に両者の距離が一気に近づく。普段から身だしなみに気を付けているのだろう、爽やかな香りが鼻孔を擽った。
「ウ、ウィンザード中尉! これからのご活躍のほど、お祈り申し上げます!」
「あ、ああ……ありがとう??」
「そ、それでは……失礼しますっ!」
顔を真っ赤にして、ぴゅーんと離脱するアヤカ。唖然とするアレックスを置いて、待っていた同僚と合流して足早に去っていく。遠くから「アヤカちゃん顔真っ赤ー」「うるせぇ! 聞こえるだろうが!」というやりとりがちらりと聞こえてきた。
「……???」
一体何が何なのかよくわからず、アレックスはアヤカの手の感触が残る右手をにぎにぎした。当然、柔らかい感触はもう残っていない。
「なんだったんだ??」
答えてくれる者はまあ誰もいない。ただ遠巻きに状況を見守っていたギャラリーのうち何人かが、あーあ、と言いたげな反応で、それぞれこめかみに手をあてたり顎に手をあてたりして見守っていた。
<戦場のひみつ:高射砲生物にはさまざまな種類がいるが、大気圏を攻撃できる生体レーザー、生体プラズマを照射できるタイプが最も多く運用される傾向がある。これらは元々生態艦の元となった生物が生息する宙域の、有機資源に乏しい惑星に生息していた。宇宙を飛ぶ生態艦を撃墜し、自分達の住む星に墜落させ、その死体から有機物を得る、という生態を持っていたようだ。>