未来も希望もない戦場で必死に生き残ってたらモテモテになった件(ハーメルン版) 作:SIS
<戦場のひみつ:初めて大気圏外を攻撃できる高射砲生物が出現した時、人類の受けた被害の大きさは歴史の教科書に載るほどだった。当時人類は現住生物の類と異星生物を嘗め腐っており、大気圏外への攻撃を全く想定しておらず航宙船の防御が非常に疎かだったからである。>
艦内のリクエーション施設の一つであるサウナ室。
本来男女の区別なく運用されているが、その日特定の時間帯は、ある意味で女性専用となっていた。というのも、部隊での使用権を行使した第77独立遊撃隊の女性隊員のみが、この施設を利用していたからである。
本来なら10人単位での使用を前提としている施設を、僅か4人で独り占めできるのは贅沢というか、融通が効かないというべきか。
とりあえず、使用権を申請した四人は、そういった事を考えるのは上の仕事と、特権を行使する気満々であった。
ただ、今日は少し彼女らの様子は違っていた。いつもはきゃいきゃいと姦しくはしゃいでいるのに、今日は妙な緊張感が漂い、みなむっつりと押し黙っている。正確に言うと、ミリシア、イオリ、ニーナの三人の様子がおかしく、ネルスはひたすら困惑している、といった状態だった。
赤い照明の下で、むわっと蒸気の立ち込めるサウナ室でタオルを巻いたまま、汗を流す女性陣。
その中で最初に音を上げたのは、やはりというか、状況をよく把握できていないネルスだった。
「その……お先に失礼しますねー……」
滴る汗をタオルで拭い、いそいそとサウナを後にするネルス。ただ、一度戻ってきて「あまり長居は……しないほうがよいかとー」と、困惑しつつも残る三人に水を持ってきたのは、なんだかんだで女性陣の間の信頼関係も発展してきた、と見るべきだろうか。
ネルスが完全に姿を消し、残る三人となったサウナルーム。その状態でもしばらく沈黙が続く。
静寂を破ったのは、やはりというか、ミリシアであった。
「ニーナ」
「……(びくり」
感情を完全に押し殺した平坦な声。しかし、それにニーナは露骨に肩を跳ね上げて反応した。最近ちゃんと前髪を整えるようになって露になった彼女の瞳は、露骨に動揺を押し殺しながらおずおずとミリシアと壁の間をいったりきたり。そういえば最近はリンスもしているようで、金の髪はつややかさを取り戻してキラキラと輝いている。
そんな彼女の様子をみて、はぁ、とミリシアはため息一つ。漂っていた緊張感を霧散させて姿勢を崩した。
「そんなびくびくしないでよ。別に問い詰めるつもりなんかない。……いや、まあ、ちょっとはあったけど」
「……あるじゃん」
「その気がなくなった、って言ってるの。まるで私が悪者みたいじゃん。とりま、確認するけど……隊長に抱かれたでしょ、ニーナ」
「……(こくん」
目をきょろきょろとさせながらも、はっきりと頷くニーナ。続けてイオリが、黒髪をくるくると手で弄びながら話に交じる。
「ん。まあ、時間の問題だとは思ってたけど……意外といえば、意外。先にネルスさんの方が抱かれるかと思ってた」
「それね。私もそう思ってたんだけど……彼女の恋愛観とか貞操観念とか、割と普通だから。兵士やってる限りはちょっと難しいのかもねー。それでもニーナが隊長とねえ……ねえ、どっちから迫ったの? もしかして、まあ違うとは思うけど隊長から? 本当にあっちから?」
「……その。私からだけど……ヴァディスさん? もし隊長からだったら、何かするように聞こえるんだけど……」
「ミリシアでいいわよ、ニーナ。そりゃまあ、可愛い愛人が二人もいるのに新しい子に手を出すっていうなら、女として、こう、ねえ?」
「ん。流石に思い知らせなければらない、よね」
にこにこと笑いながらも、修羅と羅刹を笑顔の裏に秘めて頷き合うミリシアとイオリ。ニーナはずっとびびっている。
「いや。その。……私には何もないの?」
「それは別に。私達も自分から迫ったようなものなのに、今更、ねー」
「ん。あと隊長の精力が人外じみてるのは事実なので、弾避けは一人でもいた方がいい。死ぬから」
「……弾避け……」
あんまりといえばあんまりな表現に渋い顔になるニーナ。とはいえ的確すぎる表現なのを、彼女もまた身をもって思い知っている。
彼女らの愛する隊長アレックス・ウィンザード。タイマンで猟兵級と白兵戦して生き残る事実上の人外だが、夜の方も大分人外だった。
ちなみに最近、制圧級を歩兵の身で倒したらしい事を聞いた(戦車を銃剣で仕留めたようなものである)。それを考えるともしかすると現状ですら夜の方をも過小評価している疑惑がある。
「もしかして、二人とも……すでにタッグで挑んで……?」
「……ニーナが寝込んでるときにね、ちょっと」
「本当に死ぬかと思った……」
げっそりとした顔で二人そろって肩を落とす。ニーナは心の底から震え上がった。
「ていうか大分隊長ハッスルしてたんだけど、ニーナ、どういうプレイしたのよ。初めてだったんじゃないの??」
「ん。隊長、絶倫すぎて完全燃焼してないから、続けていくと前のプレイを引きずってるんだよね……。正直、めっちゃサドっ気満々でそっちに目覚めるかと思ったんだけど……」
「……私は正直これもありかなーと思った……」
「ん。ミリシアの場合、そっちはまると自立できなくなると思うよ……?」
「あ、いや。その……」
赤裸々に褥の事を語られて、顔を赤くして目を逸らすニーナ。
なんかもう別人よねー、とミリシアはそれを見ながら内心不貞腐れる。あの不愛想異星生物キリングマシーンが一度抱かれただけでかわいらしくなっちゃってまあ、と。ただ、どうにもアブノーマル系の趣味らしいのはらしいといえばらしいのだろうか?
「そ……その……。私の場合、ちょっと虐められたというか……隊長を怒らせちゃったというか……ボソボソ」
「ふーん? まあ、好き好きもそれぞれだしねー。正直、どういう経緯で隊長に迫ったのかはすごーく興味があるけど。ま、プライベートの話だしね」
「あ……ありがと……」
「ん。まあそのうちなし崩しに3Pとか4Pとかになるから、どうせそのうち分かるからね」
「……プライベートとは?」
「ん。気にするだけ無駄よニーナ、ミリシアは大分貞操観念とかトチ狂ってるから。私なんて隊長との初夜でミリシアと3Pだったのよ。それも半ば嵌められた形でよ」
「ハメるんだからいいじゃない」
「だまらっしゃい。下品なのは隊長に嫌われるわよ」
「う゛っ」
イオリの指摘にミリシアが言葉に詰まる。本人もオヤジ臭い事をいっている自覚があったらしい。顔を青くしてぶちぶち言いながら水を飲むミリシアに、ニーナはよくわからず首を傾げた。
この二人のパワーバランスがよくわからない。話を聞くに最初に隊長に抱かれたのがミリシアで、イオリはそのミリシアに誘われる形で愛人関係になったようだから、ミリシアの方に主導権があるのかと思っていたが、そうではないらしい。
しかし、と。ニーナは自分の体型と、ミリシアやイオリのそれを見比べた。
だらしなく胸も尻も大きい自分と違って、二人はすらっとした綺麗な躰のラインだ。特にタオルを巻いたときにそれが顕著にわかる。平坦というわけではなく、自然のそれが生み出したような調和のあるシルエット。ミリシアはやや胸が大きくて、イオリは少し控えめだがお尻が大きいぐらいの違いはあるが、美人というには変わりない。服にも困る事はないだろう。
それに比べて自分は無駄に胸が大きいし、お尻も大きい。わりとよく引っかかるし、服や下着も選ぶ。匍匐前進の時とか、戦闘時には死ぬほど邪魔で、何度切り落としてやろうと思ったかわからない。それでも今は、隊長が気に入ってくれるのならそれでいいと思っているが、あの人の好みをはっきり聞いたわけではないので実際の所どうなのか。隊長が最初に手を出したミリシアがああで、イオリがああだから、本当は自分のだらしない体形に隊長はさして興味がないという可能性もある。それでも、女の機能は果たしているから、ベッドを共にするには問題が無いだろうが……。いや、なんか違う。そもそもなんで隊長に抱かれようと思ったのだったか。
よくわからない。なんか頭がくらくらしてきた。
「……って、ニーナ、顔真っ赤じゃないの!?」
「ん。ほら、水飲んで水。ミリシア、肩を担いで。ほらニーナ、立てる?」
「うーん、軽い。ニーナ、根本的にもっと体を鍛えた方がいいんじゃないの? 色んな意味で死ぬわよ。色んな意味で」
「なんで二度繰り返すの……?」
ニーナを担ぎ出して、吃驚するネルスと合流。手近なベンチで湯気を上げるニーナを仰いでやりながら、四人まとまって休憩する。
流石にこのあたりは人目があるから、全員アーミージャケットを羽織っている。が、サウナあがりの色っぽい熱気は隠せないので、通りすがりの兵士がちらちら視線をよこしてくる。中には好色な意味合いの視線もあったが、一行はその悉くを無視した。ミリシア、イオリ、ニーナは勿論、ネルスからしても、そこらの男などもはや興味の対象外にすぎない。いやまあ、ネルスはまだ比較的冷静というか、隊長であるアレックスを“普通”の範疇にいれてはいけないのでは……? と頭の片隅で考える能力を残してはいたが。
しかしながら全ての人間が通り過ぎていくわけでもなかった。
不意に、通りがかった数人の集団が、足を止めた。膝の上でニーナをぱたぱたと仰いでいたミリシアは、さしこんだ影に小さくため息をついて顔を上げずに拒絶の言葉を上げた。
「なんです? みての通り、今こちらは同僚の介護してるんで、ナンパには付き合えないんですけど?」
「おぅ。いきなりだな。とりあえず相手を見てから言ったらどうだよ?」
「あら」
予想に反して、返ってきたのは響きの良いハスキーボイスかつ、耳を濁すような乱暴な口調。顔を上げてようやく確認した相手の姿に、ミリシアは口に手を当ててわかりやすく驚愕のポーズを取った。
そこに立っていたのは見慣れないジャケットをボディースーツの上から羽織った女性兵士の集団だった。その中でミリシアに声をかけてきたのは、一行のリーダーポジションらしいショートカットの女性士官。ガサツな口調とは裏腹に、ニーナに匹敵するレベルでスタイルがよく、ミリシアはちょっと肩眉を吊り上げた。
「第77独立遊撃隊の……ウィンザード中尉の部下だったよな、てめえら」
「そうですけど、何か?」
「話がある、ツラ貸せよ」
「お生憎様。名前を名乗らない不審者にはついていかないって、パパママに教えていただけなかったのかしら?」
「ん。ミリシアミリシア、やばいって」
明らかな喧嘩腰で言い返すミリシアに、一行がぎょっとする。流石に慌ててイオリが止めに入るが、ミリシアは意に介さず相手の女性士官をにらみつける。
ふ、と女性士官が相好を崩した。怒りとか皮肉とかではなく、好ましい者を見つけた時の、素朴で柔らかい笑みだった。
「こりゃあ失礼。俺はアヤカっていうんだが、所属はちょっと人目のあるところではいいたくなくてな。それも含めて、気の強いアンタと少し話がしたいんだが」
「……いいでしょう。イオリ、ちょっと話つけてくるからニーナをお願いね」
「え? え? ちょ、ちょっとミリシア?」
アヤカと名乗った女性士官がミリシアとの話の場に選んだのは、リクリエーション設備の一角にある、小さなバーのテーブルだった。カウンターでは、頬に傷のある古参軍曹らしき男が、もくもくとバーテンダーの業務にいそしんでいる。もともとそういう仕事だったのか、あるいは役回りでやっているうちに好きになったのか、こういった場には好んで店員をやりたがるもの好きが時折いる。この男もそうだろう。
「ガリィ軍曹は口が堅い。話が漏れる心配はないさ」
「いまだに正体を明かさない人に保障されても困るのですが?」
「くくく。えらく口調が堅いじゃないか。そっちが素か?」
「ご想像にお任せします。このような無駄話が目的ですか? それなら申し訳ありませんが、引き払わせて頂きたいのですが。貴重な休暇ですので」
「そう焦る事はないさ。少なくともこの話が終わるまでは、その休暇とやらは保証されてる」
「……」
ぴくり、とミリシアが苛立たし気に眉を潜めた。今のは、聞き逃してはいけない類の言葉だった。同時に深い納得もあった。
「そう。なるほど。……やはり貴方がナックル1でしたか」
「……。……いや、マジで今、びっくりして言葉が出なかったんだが。……なんでわかったんだ?」
「海兵隊の神経伝達システムはずいぶん優秀なようですね。パワードスーツ越しでも、個人の細やかな癖が再現されていました。ましてや女性特有の動きのクセなら、同じ女性として気が付かないはずがありません。それでもともと、所属を明かさない事から海兵隊だと当たりをつけていましたし、疑ってはいました。確信したのは今の発言で、ですが」
「……なんか失言があったか??」
「休暇が保証されている、という話です。何故私達に明確な期限の伝達もなく休暇が与えられているのかよくわからなくて困惑していたのですが、おかげではっきりしました。問題は私達ではなく、相手方にあった。この場合は海兵隊でしょうか。そして海兵隊ではと探りを入れていた貴方がその事を口にした。疑問が相互補完してくれた訳です」
「あっちゃあ……。離席をとどめる軽口のつもりだったが、最後のピースをはめちまったか……しゃあないな。お察しの通り。俺の名前はアヤカ・アテモヤ。海兵隊少尉……あんたらと共闘したナックル1の中身さ」
いやあ、まいったね、とおどけて両手を掲げて見せるアヤカ。そんな彼女の様子に厳しい視線も警戒する姿勢も崩さず、ミリシアはとりあえず対話の意思ありとして椅子に腰かけた。バーテンダーに流し目をくれて、メニューを注文する。
「とりあえず水でいいわ。貴方のような怪しい女と話すときに、アルコールなんて入れられないもの」
「随分と嫌われたもんだね」
「別に嫌っているわけではないわ。警戒しているだけ」
「警戒、ねえ。……それはやっぱり、中尉殿を引き抜かれないか、という感じかい?」
言った直後、流石のアヤカも失言を悟った。
もはや敵意。抜き身のナイフのような鋭利で冷徹なミリシアの視線が、彼女の一挙手一投足を逃さぬと向けられている。
修羅場極まる空気に、バーテンダーがこそこそと下がっていった。
「いや。その。冗談だ、冗談……。真面目に話すと、そういうつもりもちょっとはあったんだが、流石にそんな話は通らない。管轄が違うしな」
「……そう?」
「そんなに怒るなって。そりゃウィンザード中尉は有名人だし、実際に会って噂の化け物っぷりを見れば関心も沸くだろう? でもそれだけで引き抜きはできないさ。最低限、所属元の部隊が壊滅でもしないとな。そういう意味じゃ、俺達は出会うのが数か月、遅かった」
「……ふぅん?」
アヤカの言葉に納得はしていないのだろうが、しかし殺意じみた敵意は撤回された。というか、アレックスの事を誉めだした途端に露骨に敵意が霧散した。……もしかしてそういう仲なのかなあと一瞬アヤカは夢想したが、今はそんな事を考えている場合ではないとすぐに忘れた。ここでミリシアを説得できないとマジで血を見かねない。
腕っぷしにはアヤカも自信があるが、これはこう、ジャンルが違う。
「実際の所、海兵隊だと中尉の遺物、大人気なんだぜ。意味不明な戦地から生きて帰ってくるからな。知り合いに、銃剣の折れた切っ先を大事にしてるやつもいる、制圧級を仕留めた時の奴らしい。まあ流石に騙されてんだろそれって思ってたけどな」
「ああ、その話なら最近聞いたわ。あまり隊長、自分の事を話したがらないから。自慢になるのはよくないと思っているのかしらね」
「自慢っていうか……中尉のヤバさを把握できてないと信じられないだろ。制圧級だぜ制圧級。俺ら海兵隊の打撃小隊でもフル装備でなんとか、って世界さ。無理だって無理。俺だって猟兵級を一人で三匹相手にしてるの見なきゃ信じなかったね」
「……やっぱ海兵隊から見てもおかしいのね、あれ」
「おかしいっていうか……そりゃ相手は生物だから急所つけば一発だけど、その急所が外からみてはっきりしないから皆困ってるわけでさ。だいたいこの辺り、みたいな感覚で口の中にナイフつっこんで食いちぎられる前に仕留めるとか、人間の反応速度よりも早いとびかかりを事前予測して対応するとか、修羅場くぐりすぎて感覚バグってるだろアレ。猟兵級相手にできるってだけなら何人か知ってるが、そいつらだって自分の身を危険にさらさないように戦うぞほんと」
「それよ。いくら出来るからとか、やらなきゃいけないからとか、わかるけどちょっと自分を顧みなさすぎるのよ隊長……。攻撃は最大の防御とかそういう訳でもなくて、なんかさくっとハイリスクな手段に手を染めるのよね。タチが悪いのはリスク払うのが自分だけ、って時にそうするだけで、普段はガチガチに安全策固めてる事なのよね……」
「あー、やっぱそんな感じかぁ。……なんか他にヤバイエピソードあんの?」
「んー、ザーバンの話、聞いてる? 異星生物の侵攻前にでかいワームがでた話」
「おぅ、そのあたりなら機密にもならないぜ。で、何やったんだ?」
「そのワームに副砲当てなきゃいけない事になった時に、囮になって一人で車外に出たの」
「…………お、おぅ。そっか……」
必要最低限未満の説明だったが、ミリシアの表情とあいまって大体流れと展開を把握できたのだろう。アヤカは眩暈を堪えるように額に手を当てた。
「やべーな……」
「でしょう? 実力はあるし判断能力も確かだし何よりいつだって冷静なんだけど、それが過ぎて平然と生死の一線踏み越えてくるのよね。同時に平然と帰ってくるんだけど」
「うーん。逆に海兵隊には向いてないな、中尉。本人平気でもついてくる部下が持たないわ、それ。……うわあ、え、ちょっと、マジかぁ」
「……馬鹿にしてる?」
「いや違う違う違う! えー、いやしかしなんでそんな人が長年なんで兵卒やってた訳……? とっとと特務部隊とかに採用してた方が絶対よかったよな」
「……それは、まあ。でも私としては、そうでなかった事を感謝するわ」
「なんでまた」
「そうじゃないと私があの人の部下になれなかったじゃない」
しれっと言ってのけるミリシア。猛烈な惚気を正面から叩きつけられて、アヤカは言葉もなく、顔を赤くして目を逸らすのが精いっぱいだった。勝った、と鼻をならすミリシア。……何に勝ったのかは本人もよくわかっていないが。
「しかし、海兵隊でもあの人の事知られてるのね。……陸軍じゃ無名みたいだったけど」
「海兵隊、遺物をお守りにする習慣が強いからなあ。あの人の遺物というかエピソードやたら多いからそっちで知名度高いんだよ」
「そんなに多いの?」
「あぁ。ちなみにこないだ、猟兵級と切り結んで砕けたナイフの刃な、目ざとい奴が拾い集めて高額で競りにかけられてた。知らなかったみたいだな?」
「いつの間に……」
流石にミリシアも唖然とする。同時にミリシアの明晰な頭脳は、あの時海兵隊の皆さんがやたら親切だったのはお零れにあずかろうとしていたのではないかという疑惑を計算していたが、概ね事実である。哀しいかな管轄の違う相手を慮るのは人間的な良心によるもののみではそうそうない話である。
ちなみにそのナイフの欠片を競り落とした海兵隊員は、その直後に行われた訓練基地奪還作戦で異星生物の棘で串刺しにされた輸送車両の中からただ一人生還した。この時点ではまだアヤカもまだ聞いていない話である。一応遺物の売買や所持は禁止されてるのだが、こういう実例があるせいで誰も守らない。
当人の所持品をこっそり持っていくような事になっていないだけ、まだ理性があるほうだともいえる。
「……まあいいわ。親交も深まったところで、そろそろ本題に入らない?」
「ん。まあ、流石にわかるか」
「いえ、別に私はいいわよ、ずっとあの人の話でも。でもそっちが困るんじゃない?」
「うげ。すっかり主導権握ったつもりかよ。まあいいけどさ……」
アヤカは軽くため息をついて、ミリシアをここに呼んだ本題を切り出した。
アレックス・ウィンザードの話は、あくまで彼女の警戒を解くための前座。まあ割と盛り上がってしまったのは事実だが、あくまでこれから話す内容が本番だ。
「実はさ。俺らを陸軍の部隊と連携させて、今後の部隊運用の試金石にしようって話があるんだ。対象はもちろん、アンタら」
「変な話ね。そんなにこの間の実績に味を占めたのかしら、上層部は」
「いやまあ、そもそも軍が陸軍・海軍・海兵隊で派閥争いしてるのが不合理だ、って考えは、もともとお偉いさんにもあったみたいでね。ただその中でも特に海軍の縄張り意識が強すぎて今まで上手くいってなかったんで、この際だから海軍をはずして陸軍と海兵隊だけで今後の連携を強化していこうっていう話で纏まってる、みたいな」
「まあ、わからない話ではないけど……そんな革まってする事かしら? もともと、派閥が違う者でもある程度協力しあえたからこそ、人類軍なんていうものがあるんじゃないかしら?」
「そのあたりは、上にはちょっと違う考えがあるっぽい。というか、この話がまるごとカバーストーリーって事もありうるから、あんまし深読みするだけ無駄だぜ無駄。事実なのは、俺達とあんたら独立遊撃隊が、組む事になるって話さ。別に悪い話じゃないだろう? 整備員とかもこっちから出る、今後は車輛整備や兵站に困る事はなくなるはずだ。隊長どのの負担だって減るだろうぜ」
メリットを提示するアヤカの言い分。少なくとも悪い話ではないが……だからこそミリシアは内心、眉を潜めた。
そもそも、まともな後方要員を配属せずに独立遊撃隊なんて動かすのが前提からして狂ってるのだ。上手くいったところで、数か月もしないうちに機能不全を起こすに決まっている。その数か月を待たずして、こういう話が来た。
最初から全部予定されていた事だとみるべきだろう。こうなると、上層部の説明もどこまで信用していいのかわかったものではない。
されども、文句を言えるような権限はミリシアにはない。それに文句があっても、アレックスが黙っているなら副官であるミリシアもそれに従うまでだ。
「……ふぅん。それで、なんでその話を真っ先に私にする訳? 隊長にはまだ話してないんでしょう?」
「そっちは今頃、上司から直接伝えられてる手はずになってる。……まあ、あんたに真っ先に話したのは、見たところ副官はあんただろ? ミリシア・ヴァディス」
「一応ね。まあ、話はわかったわ。ただ、その前に一つ確認する事があるわ」
「ん? 何さ? 質問には極力答えるけど」
「貴方、というか貴方達の実情、隊長には伝えるの?」
「俺達が女だってことか? いやそりゃ当然、伝えるに決まってるけど……」
「ダ メ よ」
「ええっ!? なんでだよ!?」
当然といえば当然の反応。しかしミリシアは据わった目つきで、淡々とアヤカを言いくるめにかかった。
「ただでさえ女所帯の部隊なんだから。そこに新しく加わった連中がまた女なんて変な勘繰りされるにきまってるでしょ。大体、言ってたでしょ、自分達の性別とかで隊長の撤退判断とかが狂うって。あの人紳士なんだからあんたらが危なかったらまた我が身を顧みずに無茶苦茶するでしょ黙ってて」
「いや、そうは言ったけど……。正式に組むんだから性別とか正体伏せてる方が不義理じゃない? だいたい隊舎とか一緒になるんだし、嫌でも正体バレしちゃうんじゃ……」
「だったらこの話はなかった事にはい終了はいさようなら」
「いやいやいや!? 正式な辞令が出てるから?! 待てよ、本当に帰るなって?! おい!?」
「第77独立遊撃隊にようこそ、ナックル小隊の皆。我々は君達を歓迎する」
海兵隊が加わった部隊の再編式は、巡洋艦の格納庫の一角で行われる事になった。
陸軍と海兵隊、それぞれ違う軍服をまとった二つの小隊が、顔を合わせて敬礼する。この時刻から、二つの部隊は一つとなり、一丸となって戦う事になる。
礼服をきちんと着こなしたアヤカが、代表として前にでる。こちらも普段は着ない礼服に袖を通したアレックスが対面で前にでて、敬礼を交わす。
「これからよろしく、アヤカ・アテモヤ少尉。陸軍と海兵隊、管轄は違えど同じ人類軍として、一緒に戦っていこう」
「は、僭越であります、アレックス・ウィンザード中尉! これからもご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします!」
「うむ。ところで、一ついいかな?」
「はっ、如何様にも」
「……なんで距離をそんなに離してるのかな?」
握手しようとして伸ばした手をにぎにぎさせながら、アレックスが困惑したように問う。
対面するアレックスとアヤカ、その間にはきっちり2mほどの距離が開かれていた。勿論偶然ではなく、アレックスがその間を詰めようとすると、すすすす……っとアヤカが後退するというやりとりが、たった今の会話裏でも行われていた。
「はっ、申し訳ありませんが、我々が部隊と合流する上で(ミリシアと揉めないために)どうしても必要な事でして……」
「……どうしても、ダメなのかい?」
「はっ。本当に申し訳ないのですが……」
「そうか……」
革まった顔で申し訳なさそうに、しかしきっぱりと言い切るアヤカに、悲しそうにアレックスは肩を落とす。が、それ以外で特に問題はなかったのでそのまま式は行われ、正式にナックル1は第77独立遊撃隊の戦力に組み込まれた。
しかしアヤカは勿論、他の部隊員から後方要員にまできっちり距離を置かれ、例え書類を渡すときでもあくまで特例とでもいうように手渡しした後速やかにきっちり2m距離を置かれる事が続いたため、アレックスは「実は俺、心底嫌われてるのだろうか……」とすっかりしょげてしまい、部隊が平常運転に至るまではそれなりの期間が必要になったのだった。
なお、そんな彼を隣で励ますミリシアは、終始笑顔を絶やさなかったという。
「ん。ニーナ、よく見ておいて。ああいうのが、グラビティな女っていうのよ……」
「(ガタガタブルブル)」
<戦場のひみつ:戦車級はウニのような見た目をした異星生物である。トゲを用いたある種のスペースドアーマーを備えており、人類の攻撃に高い耐性を持ち、開戦当初は猛威を振るった。巡航移動速度が低いという欠点を持つため、防衛線や、敵前線突破時の後詰めに主に投入する為、名前とは裏腹にあまり戦車のような運用はされていない。>