未来も希望もない戦場で必死に生き残ってたらモテモテになった件(ハーメルン版) 作:SIS
<戦場のひみつ:人類が地球という一惑星に収まっていたころに無数に存在した宗教は、今の時代多くが散逸し失われている。その理由としては、あくまでそういった宗教は惑星一つで成り立つものであり銀河に人類が広がった今は教義との矛盾をカバーできなくなった、宇宙移民は当初選別されたエリートであり宗教に偏った思想の者が選ばれなかった、広い宇宙で物理的につながりが維持できなかった等が主な理由とされる。>
「いやはや、吃驚しましたな。一体どこのだれかと」
「申し訳ない。貴方達の素早い行動がなければ我々は今も車輛を押していたでしょう」
「なんの。本日の立役者の助けになったのなら幸いというものです」
ボロボロの27式が、軍用ジープに牽引されながら移動する。動輪が片側脱落し、履帯も引きちぎれてはいるが、それでも最低限動くのは幸いだった。そうでなければ、ジープの馬力では27式を引っ張れない。
機密の関係、というより妙なトラブルを避けて、海兵隊の皆と部下は27式車内にとどまったままだ。ただ全員というのは失礼だし重量もかさむので、隊長であるアレックスとその補佐という体でネルスがジープ側に搭乗している。
救援してくれたのは、偵察の小隊だった。彼らは前線指揮官の命令で、敵異星生物撃退の契機になった爆破工作の状況を確認しに出ていたのだという。直前の急激な酸素濃度の上昇から想定外の結果になったのは明らかである以上、状況を確認しておくのは必要な事といえる。そこで生存者に遭遇するのは想定していなかったようだが。
「そうか。こちらが骨を折っただけの成果はあったのか」
「ええ、まあ。戦力的には増援さえ断てれば押し返せる見込みはありましたからな。そこにきてあの大爆発です、異星生物の連中は対応に失敗して大きな損害を被りました。さっきまで押し込まれていたのが嘘のような逆転劇でしたよ」
ジープのハンドルを自ら握る、温和そうな笑い方をする痩せ気味の中年兵士は、イメージに違わない穏やかな声で戦況を語る。
だが、アレックスとしては手放しに喜べる話ではない。想定外の大爆発であるのは事実だ。前線に要らぬ被害を出してしまった可能性は拭えない。
「だとしても、あれだけの爆発だ。前線にもいくらか、被害がでたのでは……?」
「んー……。それはなんとも。本当に酷い状況でしたからな。爆発に巻き込まれて死んだのか、異星生物に殺されたのか、ぱっと見ではなんとも。しかし運の悪い奴はいつだっていますからな」
「そうか……」
「上がなんというかは分かりませんが、あの状況であなた方を責める奴はいないと思いますがね。そもそも、その爆発に一番近くで巻き込まれたのは当の貴方がたですし」
特に気にした風もないように語る男性。ドライなようだが、前線の兵士というのはそういうものだ。戦場に長くいればいるほど、死生観はマヒしていく。そういう意味では、アレックスも同じはずだ。かつて味方の制圧砲撃の的にされた時も、特に心が動く事はなかった。
ただ、最近は可愛い部下ができたせいだろうか。命の重さというものに、多少頓着するようにはなった。その事が良い事なのかは、正直分からない。
「しかし、司令部がどう思うでしょうか……」
「ネルス情報管理手。それは確かにそうなんだが今くらい現実逃避させてくれない……?」
「し、失礼しました」
「はぁ……。まあ、なるようにしかならんか……」
ため息をついて、アレックスは肩を落とした。少なくとも、何か間違った事をした訳ではない。あとはもう、西方司令部お墨付きという肩書がどれぐらい効果があるのか、それ次第である。もはやなるようになれー、と捨て鉢な気分で流れる風景に目を向ける。
「お、右に何匹か先兵級みっけ」
「え? どのあたりです?」
「だからあそこだよ、あそこ。ほれ」
手早くレーザーガンで処理する。岩肌にはりつき同化して擬態していた先兵級が急所を焼かれてぼろぼろと三匹ほど剥がれ落ちるのを見て、ネルスが首を傾げた。
「……なんでわかったんです?」
「これでも地元じゃ猟師もやってたからな。それより、あんまり気を抜くなよ。たかだか数時間前まで戦闘状態だったんだ、どのぐらい残敵が潜んでるかわかったもんじゃない」
「こちらとしては隊長さん拾えてめっちゃ楽ですけどね。さっさと引き返す理由になるし、安全も保障してくれるし。……今ので100匹目ぐらいじゃなかったですっけ? そのぐらいできないと遊撃隊になれないんです?」
「どうだろ。他人とあまり比べた事がないんで」
レーザーガンのバッテリーを交換しながらそっけなく答える。故郷はまだまだ未開の地で、危険な現住生物がいくらでもいた。異星生物のように軍を形成こそしないが、個体の範囲であれば匹敵する種もいくつか居る。それらを相手に家族や市民を守るために、ある程度の役職の人間は猟師としての技能も必須だった。共に徴兵され、くだらない理由で殺されていった同胞達が生き残っていれば、何千という異星生物を殺しつくす事だってできたろうに、とアレックスは寂寥を覚えた。
「お、基地が見えてきたな……。ありがとよ、おかげで快適なドライブになったよ。あんたらはどうするんだ?」
「まあ、車輛を整備にまかせて、正式に呼び出されるまで大人しくしているさ。軍人は辞令に従うものだからな」
「はー。肝が太いなあ、隊長どのともなると」
「ははは」
アレックス達が居を置いているのは、残念ながら環境浄化設備のある最重要区画ではなく、そこから外れた詰め所のような場所だ。
詰め所と言っても最前線に近く、破損した車輛や負傷兵が運び込まれてくるし、いざという時は異星生物の侵攻に対する防波堤となる事から、頑強な外壁に囲まれたシェルター、現代風の砦のようになっている。
耐腐食性の分厚い防壁に、地下深くまでコンクリートで防護されたバンカーといった基本的な構造は、訓練基地のそれと大して変わらない。しかし、設備が同じでもそこに詰めている人員が違う。
基地周辺は常に歩哨が立ち油断なく監視任務を行い、壁上にも銃座に幾人もの兵士が24時間体制で目を光らせている。出入口には重武装の憲兵が控えており、いつ異星生物による強襲が行われても対応できるように備えが行われていた。後方だからと呑気にしていたザーバンの基地はこれより規模が大きかったにも関わらずあっさりと陥落したが、ここを同じ方法で落とす事は無理だろう。
速度を落として基地に近づくバギーに気が付いたのか、歩哨の一人が駆け寄ってくる。ドライバーと一言二言、言葉をかわすと敬礼する彼に、アレックスも敬礼を返す。にこやかに笑顔を返してくれるその若い兵士は、しかしアレックスの胸元に無造作に吊るされる中尉の階級章を目のあたりにして、すぐさま表情を厳めしく取り繕った。
階級を振りかざすつもりのないアレックスとしてはちょっと寂しい反応だったが、なかなか、教育が行き届いた兵士が多いらしい。
「じゃあ中尉殿、これで」
「ああ。助かったよ。借り一つだな」
「ははは、それはいい。貸し一つ、覚えておいてくださいな」
基地の前で偵察隊のバギーと別れる。それと入れ替わるように、ガスマスクを装備した検疫官が進み出てきて、アレックス達を取り囲んだ。
物々しい歓迎だが、予想のうちだ。アレックスに動揺はなく、少し騒めく部下達を手振りで控えさせる。
「申し訳ありませんが、検査させて頂きます。エッグポーチを仕込まれていたりすると困りますので」
「ああ、構わない。存分に調べてくれ」
鷹揚に頷くアレックスに頭を下げ、検疫官達が検査機器を手に隊員や27式を見て回る。
異星生物は非常に成長が早く、瞬く間に大きくなる。逆に言えば、最初はかなり小さく、卵などはちょっとした隙間等に隠してしまえる。それを利用し、基地に帰還する車輛に卵を仕込んでおき、基地内部で孵化したそれらが巻き起こす混乱に乗じて奇襲するのは、異星生物のよく使う手法だ。
なので、激戦区から帰還した人員や装備が検査を受けるのは別に不思議でも何でもない。卵に限らず、何らかの人類にも感染する病原菌をもたらされる可能性も未だに消えていない。それらを考慮して、検査機器は非常に高性能かつ短時間で調査が行われるように、軍の装備としては規格外ともいえるハイコストなものが採用されている。下手な銃器より高い、というもっぱらの話だ。
そんなハイコスト装備だけあって、検査はあっという間に終わった。検査結果は当然ゼロ。卵の反応や得体のしれない病原菌は検出されなかった。
ガスマスクの検疫官が律儀に敬礼の構えを取る。
「異常はありませんでした。ご協力に感謝します。迎えを呼びますので、しばしお待ちを」
「任務ご苦労。迎えの件だが、もう来たみたいだから大丈夫だ」
「迎え?」
ガスマスクの疑問に、視線で答える。検疫官が振り返ると、ちょうど基地の出入口から、分厚い防御隔壁の橋を渡り、一台の回収車輛がこちらに向かってきているところだった。その運転席から中年の技術士官が身を乗り出し、腕を振って挨拶してくる。回収車輛の側面には、77の部隊番号が大きく描かれていた。
「どうもどうも、ご苦労様です。こちら、第77独立遊撃隊所属の整備班一同です。中破した車輛の引き取りに参りました」
「はやいな、班長。何か噂話にでも耳を立てていたかな?」
「はははは。隊長が出撃していって、戦場で妙な爆発があったと聞いたら、そりゃあ、ああ、やらかしたな、って思うでしょ?」
「……そんな事はないと、思うが。うん」
「うーん? 部隊訓練、ワーム事件、ザーバン事件……大体何かするたびに何か起きてません? 認めた方がいいですよ」
「……おい。誰だ訓練の時の話バラした奴。あれはオフレコだったはずだが」
信頼する部下達に目を向けるが、皆そろって目を逸らす。これはあれだ、かばい合っているというより、全員が全員、話のネタにしたと見える。
「お前ら……」
「用意が早い事で。こちらも手続きが早く済んで助かります」
部隊内の漫才に興味はないようで、検疫官はてきぱきと荷物をかたずけると撤収……という訳にもいかないらしく、別の部隊の元へと歩いていく。どうやら彼らの仕事はこれからが本番らしい。忙しいことである。
「じゃあ整備班長、あとは頼む。私は怒られる前に、必要事項の確認を済ませておく」
「了解しました。あとで武勇伝を聞かせてくださいよ?」
「爆発でふっとばされかけた話でいいならな」
同性同士、気さくに言葉を交わしてその場をまかせる。ちらりと目をむければ、同乗していた若い整備員が海兵隊の皆に手早くジャケットを手渡していた。流石に海兵隊からの出向組、気配りが行き届いている。
「って、あれ。77の皆さん、怪我してるじゃないっすか」
「しまったなあ、担架3つしかないんだよ」
「おい馬鹿、なんでそんだけしかないんだよ。こういう時は人数分用意しておけっていつもいってるだろ!」
「す、すいません」
「……ちょっと評価下方修正だな……。まあいい、担架は三つしかないんだな?」
「まあ、別に問題ないんじゃないですか? 足を怪我した人だけで……」
自分自身で歩けます、とネルスが言うが、アレックスは首を振る。
「ダメだ、怪我人はおとなしくしてなさい。……仕方ない、ミリシア。ちょっと貧乏籤を引いてくれ」
「へ?」
適当に据わっていたミリシアの目の前で、背中を向けてしゃがみこむアレックス。きょとんとしたまま、珍しく察しの悪い副官に、アレックスは首を傾げる。
「しょうがないだろ、担架がないんだから。負ぶっていくから、はやくこっちこい」
「え、ちょ、え? まってください隊長、心の準備が……」
「なんで心の準備がいるんだよ」
ミリシアのトンチキな発言に思わず苦笑する。彼女は性には頓着しないのに、こういうちょっとした触れ合いで赤面するおかしな所がある。そこがまあ可愛いというか。
本人に自覚はないがアレックスも大分あれというか、あばたもえくぼ状態である。この男、一度懐に入れると許容範囲が際限なく下がっていくタイプである。
ちなみに整備班達はこのやりとりを完全に無視してサクサクと仕事を始めていた。中破した27式を回収車輛のクレーンで引き揚げて荷台に積み込み、手早く走り去っていく。独立遊撃隊といえど、個別の整備ハンガーのようなものは流石に用意できない。必然、基地のスペースを借りる事になるが、戦後の整備ハンガーはそれこそ戦場のようなものだ。使用の手続きは当然事前に済ませてあるが、それこそ無駄話をしている余裕などない。彼らの戦争はこれからが勝負だ。
走り去っていく回収車を見送るだけの時間があれば覚悟も決まったのか、おずおずと身を預けてきたミリシアをひょいと担ぎ上げ、一同の先頭を切って部隊の事務所に向かう。途中で何人かの兵士とすれ違うが、負傷兵をかついで移動している者など探せばそこら中にいるので、誰も頓着しない。ミリシアも最初は背中でガチガチに固まっていたが、誰も自分達に注目していない事を理解すると、すぐにリラックスしたようだった。
多分わざとだろう、背中にぎゅうぎゅう胸を押し付けてくるが、残念ながら頑丈なプラスティックアーマー越しに何も感じなかった。
なお、じとりとしたニーナの視線が痛い。
「ずるい……」
「いや、担架で運ぶ方が待遇としては上だからな? ニーナは副官だから、まあここは譲ってもらったって事で……」
「逆に、聞くけど。本気でそれ言ってる?」
「……そういう事にしておいてくれないかなぁ」
もはや苦笑いしか出ない。助けを求めて視線を巡らせるが、海兵隊一行も含めて、全員助け舟を出してくれるつもりはないようだ。なんせネルスやアヤカまで苦笑しながら目を逸らす始末である。まあ、こういう時に男の人権なんぞ塵である、塵。大人しくボコボコにされておくのも男の甲斐性という奴だ、とアレックスは涙をのんだ。
いつまでもぐだぐだやっている訳にもいかない、と気持ちを切り替えて周囲に視線を戻す。基地内部は、先ほどの戦闘の余韻が残っているせいか騒がしい。血や泥にまみれたままの兵士が小走りでいきかい、怒号があちこちで飛ぶ。その中に交じって比較的小奇麗な姿の兵士もいるが、彼らはおそらく後詰めの交代要員だろう。最前線での戦闘は一通り終結したとみる事ができるが、散発的な遭遇戦はしばらく続くはずだ。
異星生物との戦争は、人類同士のそれのようにはっきりした区切りが無い。撤退すると決めればきちんと撤退するのが人間の軍だが、異星生物はだいたいなあなあで、撤退を確認した後でも油断はできない。もちろん、そんなはぐれ程度に戦線を脅かすほどの戦力は存在しないが、降伏せず捕虜にもできない敵兵がいつまでも戦場をうろついている可能性があるというのは、面倒な状況ではある。
とはいえ、だ。そのような事、戦場ではいつもの事である。今更気にするほどの事でもない。そもそもこの戦争で、兵士一人の命など安いものだ。例えテントの近くに異星生物が一匹潜んでいたという話があっても、徹夜で番をする事のコストや手間を顧みて、巡回が何人か出されればよい方だ。むしろテントが襲われて一人か二人の犠牲で潜伏する脅威を排除できた方が、上の人間には都合が良いだろう。そういう、冷血で冷酷な采配をできる人間でなければ、この戦争で司令官などやっていられない。
だから、そう。
アレックスが意識すべきは、そんな戦場における日常から逸脱したものだ。
「……ん?」
「隊長、どうしました?」
「いや……少しいいか?」
不意に進路を変えるアレックス。背負われたミリシアはこの時間が一秒でも長く続くならいいかなーと思っていたが、アレックスの向かう先を理解して首を傾げる。
向かう先には、何やら人だかり。複数の兵士が遠巻きに、何かを観察している。さらにみれば、そこはどこかしらない部隊の詰め所らしきテントだった。何かトラブルが起きているのだろうが、アレックスが何を気にしたのかミリシアはわからなかった。
「ちょいと失礼」
ミリシアを背負ったままのアレックスが強引に人垣に割り込む。なんだコイツ、と見返してきた野次馬たちが背負われたミリシアと目が合い、心なしかぎょっとする。流石に少し恥ずかしくて、ミリシアはぎこちない笑顔を浮かべて手を振った。
「ちょっと、隊長、どうしたんです(小声」
「いや……おい、そこの。一体何をしてる」
トラブルの火元に、アレックスが声をかける。心なしか、その声色には棘があった。
テントの前では、部隊長らしき筋骨隆々の男と、小柄な老婆らしき者がもめている、というよりも一方的に男が老婆を足蹴にしているようだった。
老婆は不思議な格好をしていた。全身を紫がかった茶色のマントで隠し、そこから覗くのは薄茶色の汚れた衣服で、服の下には枯れ木のような手足が透けて見える。実に貧相ないでたちだった。顔は深く恥じ入るようにフードで覆われていたが、微かに色あせた白髪と皺だらけの頬が垣間見えた。首元や手首には、身なりに似合わない金色のアクセサリが飾られていたが、長い年月を経たためかその表面は黒く滲み、永遠の輝きとは言い難い。放浪者の一族は、その財産を身にまとって旅をするのだという話をミリシアは思い出した。
しかし、アレックスの見解は違うようだった。
「なんだ、貴様」
「突然失礼した。だが、この方に何をしようとした? 事と次第では口出しさせてもらおう」
「この方だあ?」
畏まったアレックスの言い分に、男は不快そうに露骨に眉をしかめ、視線を老婆と間で往復させた。今度は困惑の色が濃い声色で訪ね返してくる。
「なんだ貴様?」
「繰り返すが、この方に乱暴を振るおうとしたんじゃないだろうな?」
「乱暴って……こんな胡散臭い薄汚れた婆の何がそんなに気になるってんだよ」
「その方は、星見観測者(スターゲイザー)だぞ」
アレックスの口から出てきた言葉に、ミリシアもぎょっとする。
星見観測者。高次元視座に生身でアクセスできるとされ、五次元以上の情報を垣間見るという宇宙の賢者。存在は知っていたし、噂でその存在も認識していたが、こうして目の当たりにするのは初めてだ。
途端に、薄汚れていたとしか思えない衣装に、違う視点が現れる。よく見ればボロ布のように見えたそのローブは、緻密な裁縫が施された目を疑うような一品であるし、汚れているように見えた衣服も、何らかの染料で意図した染め上げを施されているのが分かる。経年劣化で腐食していたように見えたアクセサリも、目が痛くなるような装飾が細かく刻み込まれ、宝石のように見えた部分は何らかの集積回路であり、今も静かに光を放っている。
目から鱗というか、自らの目が曇っているのを思い知らされたというか。ミリシアとしてはアレックスの慧眼に感嘆し、恥じ入るばかりであった。第一印象は大事だが、見る者の目が曇っていては意味がない。
しかし、男は目ではなく、脳が曇っているようだった。
「だからなんだっていうんだ。うさんくせえ占い婆が、人の台所に入ってきたから追い出しただけだろうが。こんな枯れ木みたいな婆をへし折らずにおいてやったんだ、むしろ感謝してほしいくらいだぜ」
「わかった。もういい、失礼した。このお方はこちらでお預かりする。そちらもそれで文句はないだろう?」
「……ちっ。なんだてめえ、偉そうに。いいぜ、別に。連れていきたきゃ連れていきな、枯れ専野郎が」
不機嫌そうに男が吐き捨てるが、アレックスはもうその男を認識の外に出していた。ミリシアを背負ったまま、老婆の傍らに片膝をつき、顔を伏せる。
「負傷した部下を運んでいる最中でして、このままで失礼いたします。この度は同胞の大変失礼な振舞い、汗顔の至りでございます。どうか、ここは穏便にお話をお納めいただけないでしょうか?」
「……ふふ。ありがとうございます、雪原のお方。貴方の故郷の雪は、随分と温かいのね」
しわがれた、しかし穏やかで理知的な声。はっと顔を上げるアレックス。遅れて、ミリシアも気が付いた。
話には聞いた。アレックスの故郷、ウィンザード。年間を通して雪に覆われたその故郷の話を、この目の前の老婆が知るはずもない。
「顔を上げて頂戴。そこの方も、悪くはないの。信じる事が違うだけ……気を悪くなさらないで、雪原のお方」
「……はっ。ご配慮いただき、感謝いたします。つきましては、我々の隊舎まで来ていただけますか? 無論、所属する部隊がおありでしたら、そちらまでご案内させていただきますが……」
「有難う、雪原のお方。お気持ちに感謝し、甘えさせていただくわ。……部隊は、もう無いの。先ほどの攻撃で、皆、ね……。後方要員の皆さまには、もうご挨拶はすませてあるわ」
「わかりました。……それで、その、申し訳ないのですが……」
「ふふふ。大丈夫、自分の足で歩けるわ。案内してくれるかしら?」
「はい。では、こちらに」
立ち上がり、先導するアレックス。追いやらずとも、一部始終を見守っていた観衆が、胡散臭そうに距離を取る。老婆は、まるで浮いてるかのような足取りでその後に続いた。見た目はずいぶんと衰えているのに、ミリシアを背負っているとはいえ屈強な兵士の移動についてきている。
不可解なモノを見たかのような顔の男に見送られてその場を後にする三人。周囲の人間も、なんだかよくわからなさそうに、とりあえず騒ぎはこれで終わりらしいとバラバラに解散していく。
わからなくもない。今の会話の異常性が、第三者にはわかるまい、とミリシアは思う。背負われたままなのは大分恥ずかしかったが、今のやり取りを聞けただけで価値はあった、かもしれない。
影のようにアレックスに付き添う老婆を見やって、ちょっとドキドキする心臓を宥める。気分は超一流の奇術師のショーを見たような気分だ。
ミリシアの視線に気が付いたのか、老婆がフードの下でにっこりと微笑んだ。
「ふふ。私はそんな大した者じゃないのだけど。貴方の期待には沿えるようにするわ、竜骨のお嬢さん」
隊長にも話していない故郷の事に触れられ、息を飲む。
これは、本物だ。
<戦場のひみつ:多くの宗教は失われたが、植民惑星でその環境の過酷さから新たに宗教が生まれるケースも後を絶たないのは事実である。そういった場合、問題さえ起こさなければ特に干渉されないが、教義が問題を起こした場合はその限りではない。場合によっては植民惑星が焼き払われることもある。>