未来も希望もない戦場で必死に生き残ってたらモテモテになった件(ハーメルン版) 作:SIS
<戦場のひみつ:人類同士の戦争のように宣戦布告が無かったため、敵異星生物との戦争がいつから始まったかは諸説ある。一般的には植民惑星デリオネラが陥落した日を開戦日と認識している。当時は、未知の生物兵器による攻撃と考えられていた。>
勲章授与の後、アレックスは前線からショックポイント航法数回分ほど離れた銀河系にある惑星ザーバンへと向かった。ザーバンは陸地の8割が荒れ地で動植物も限られた、いわゆる居住に適さない死の星だが、それゆえ部隊の再訓練地として用いられていた。ここでアレックスは一か月ほどの間、新設された部隊の訓練を行った後に、再び最前線に戻る事になるだろう。
部隊名は、西セカンドテラ方面軍第77独立遊撃小隊。
与えられた軍備は、部隊専用の寮区画と一台の重戦車、およびにその保守点検用の設備使用権限。
実質上、戦車一台が小隊そのものとなる。
また人員も最低限。交代要員すらおらず、アレックスのほかには操縦手、砲手、情報管理手、副砲手の四人のみである。機甲戦力を整備維持できる人材は非常に貴重なので専属は回ってこないだろうと予測はしていたが、その予測を下回る人員不足だ。本当に最低限、車両を機能させるのが精いっぱいで、おそらくそれぞれが別の作業を兼任しなければやっていけないだろう。
いや、それも別によい。そもそも玉石混合、有能も無能もごたまぜになっているのが最前線だ。誰もが自分の事だけやっていては生きていけなかったので、作業分担は当然の事だった。幸いにして、アレックスには機関士、整備士としての技能もある。四人全員が役に立たなくても戦車を走らせるぐらいはできるので、問題はない。
いや問題はありまくりだが。正直本当に整備チームつけてくれないとは思ってもみなかった。苛めか。
それは置いておこう。ちょっと混乱してきた。シンプルに考えなければならない。一番の問題は何か?
特別問題な事だ。普通ではない事態ともいう。
それはアレックス以外の人員が、皆“女性”だったという事だ。
格納庫の一角を間借りして行われた結成式。ほかの部隊の人員が遠巻きにして見守る中で整然と整列した四人の部下は、皆年若い女性だった。
勿論軍内では男女で扱いが大きく異なる事はないし、前線では男女関係なく同じ設備を使い、男や女である前に軍人として扱われる。が、やはり性というのは生物としての根幹に根差したものなので、それにまつわるトラブルがないわけではなく、むしろ多い。
だからこそ、女性士官は前線から一歩引いた場所に配備される事が多いし、能力を認められたうえで前線に配備されるにしても相互監視を期待してそれなりの大きな部隊に配属されるのが鉄則だ。女性の尊厳がどうこうではなく、単純に男女関係のトラブルから部隊の崩壊につながるのを避けるためであり、トラブルを招いた者は問答無用で処分される。あくまで建前として男女差はないというだけで、軍としては性の違いはそれなりに考慮すべき要素なのだ。
にも関わらず、たった五人の小隊のうち、四人が女性。比率が偏りすぎである。
何かの嫌がらせなのだろうかと、アレックスは半ば本気で思った。
それでいて、全員が厄介な経歴持ちなのは事実ときている。
副官にして操縦手。以前いた部隊でまさにその男女関係の問題で男性兵士10人近くが処分される事態に関与。本人は完全に被害者であったため処分されず軍属を続けるも、配備部隊を転々としている。
砲手。壊滅した部隊の唯一の生き残り。救出状況から顧みて、軽度のPTSDを患っている可能性あり。コミュニケーション能力に難あり。
情報管理手。部隊の壊滅を何度も経験している“死神”。本人の能力に問題はなく、むしろ非常に高い。過去に同隊の男性兵士を後方送りにした経歴あり。
副砲手。捕虜を取らないはずの異星物によって拠点に確保されていたところを救出された経緯あり。その後医学的に健康体である事は証明されたが、スリーパーではないかという疑惑が部隊の間で拭われる事はなく、結局どこの部隊にも落ち着かず短期間での転属を繰り返している。なお本人は異生物に対して強い憎悪を滾らせており、作戦中の独断専行が目立つ傾向にある。
……問題児揃いである。能力は間違いなくあるのが救いと言えば救いか。というか、この男女比率でよりによって男女関係の深刻なトラブル経歴持ちがいるというのは本当に嫌がらせなのではないかと再確認せざるをえない。
いやある意味嫌がらせの面があるのは違いないのかもしれない。アレックス自身、三度も死地から帰ってきた上に出自回りがキナ臭くてまっとうな上司なら触れたくもないアレであるからして。
もしかすると、狭い戦車の中で痴情のもつれを引き起こして全滅してほしい、というのがお上の真意なのかなあ、とアレックスはげんなりした。
しかしながらそれを顔に出すのはいくらなんでも失礼だった。
整然と整列し、ぴしゃりと敬礼の姿勢で直立不動する女性隊員達。彼女たちが軍務に真面目に取り組んでいるのは間違いないし、能力も書類上では保証されている。彼女たちが謂れなき理由で軽んじられてきたというなら、その気持ちを汲んでやるのが上司となったアレックスの役目だ。
幸い、部隊の実働までの時間は十分に用意されている。まずは、実際に訓練で能力を推し量る。何よりも不安なのは彼女たちも一緒だ。アレックス自身もまた、彼女たちに上司として相応しい能力があると証明されなければならない。
何事も最初が肝心だ。アレックスは気合を入れなおした。
「これから訓練を執り行う。総員、22式偵察車輛に搭乗せよ!」
気まずい。
車両に搭乗し、訓練エリアに出発してからわずか数分でアレックスはもういっぱいいっぱいだった。戦車長席で、座着ポジションを調整する。
部隊に与えられた22式は、主力戦車として活躍している17式を小型再設計したものだ。主砲は多数の弾種を使い分けられる滑腔砲、車輛正面にアタッチメント式の副砲を持っている。副砲は小型ロケット砲やレーザー砲などの複数のオプションがあり、アレックスの小隊車輛は重レーザー砲を装備している。
小型化により相対的な重装甲と高火力化、軽量化を達成しているがその分内部スペースが狭く、スペック以上に窮屈で乗員の練度が発揮しづらい難点を持つ。そのため、主に高重力植民惑星出身の低身長な兵士をのせて斥候や遊撃に多用される車両だ。まあつまり、何が言いたいかというと。
平均的な体格の人間が乗ると、狭い車両の中に鮨詰め状態になるのである。そう、四人の女性兵士と一緒に。
配置としては、アレックスが座っているのは車長席であり、砲塔内部の最上部右側。そして砲身基部を挟んで左側に装填手。情報管理手は車両下部後方、エンジンのすぐ近くで一人だけ横を向いて着座し、車体前部は右に操縦席、左側に副砲手が副砲基部の隙間に入り込むように収まっている。
女性兵士達は背がすごく高いわけではないが、それでも22式を愛用する低身長兵士より幾分か大きい。そのため嫌でも体が擦れ合うのだが、例えゴワゴワ生地のアーミージャケットごしであっても、こう、女性らしさを伝えてくるには十分すぎた。
さらに言うと、車内はエアコンのような気の利いたものはなくエンジンの排熱でかなりあったかい。そうなると匂いも結構たちこめるのだが、これがなんというか、そもそも違う。香水臭いという訳ではないが(軍ではそもそも配給されない)、こう、とにかく男とは匂いが違うのだ。あくまで男であるアレックスだけがそう感じているのかもしれないが。
とてつもなくいたたまれない。
いかんいかん、とアレックスは自戒する。彼女たちは真面目にやっているのに、自分がこんな色ボケでどうする。通信の為に首にまかれた首輪のような車内通信ツールに触れ、表情だけでも取り繕って指示を下す。
「まずは走行訓練だ。指定したルートを巡航速度で移動してくれ。途中、激しく揺れると思うがそれが目的だ。操縦手、復唱」
「了解。指定ルートを巡航速度で移動します」
返ってきた声は感情を排した怜悧なもの。少なくとも彼女たちは一人だけの男に不満不平を抱いていないのか、努めてそう振舞っているのか。どちらにしろ訓練を通して部下の心境を把握しなければならない。
車長席からは、車内の部下の挙動が辛うじて把握できる。運転席に半ば埋もれるようにして座る操縦手の細い指がハンドルを繰り、22式が滑らかに進路を変更する。アレックスの知る中だと激突をブレーキと勘違いしているような荒っぽい運転をする操縦手もいたが、少なくとも彼女はそうではないらしい。
指定されたルートは、意図的に砂利の多い荒れた道を選んだ。クッション性に乏しい車両が、地面の凹凸に激しく揺れる。だが想定していたよりはずっと小さい。車長席からは、戦車が細かくルートを調整して出来るだけ荒れの少ない道を通っているのがよく見えた。良い腕だ。
次に双眼鏡を取り、侵攻ルート上の左右を見渡す。舞い上がった砂で黄色くかすむ地平に、複数のオブジェクト……射撃訓練用の標的の存在を確認。
「次、砲手。巡航速度を維持したままの射撃を行う。今回、自動装填機構は使うな。手動の排莢、装填を行う。11時方向の標的から狙え」
「了解しました」
ガコン、と砲塔が旋回を始める。砲撃手が操作している間に、情報管理手が装填作業に入った。それを下にみながら、手伝うべきか、とアレックスは考えた。
基本的に主砲の装填は全自動で行われる。だがその装填機構が故障したり、排莢時にトラブルが発生した場合、手動で排莢・装填を行うことになる。自動装填装置が実装されてから基本的に装填手が省かれたので、そういった時は比較的手の空いている情報管理手が装填手の役割を担う事が多い。
訓練としては普段からやっておくべきだが、しかしこの車内は女性が多い。上手く装填できるかは不安材料だった。
しかしながら、情報管理手は手際よく弾薬庫から運ばれてきた砲弾を補助ツールを用いてレーンに乗せ、あっさりと薬室に装填してしまった。結局手伝う事がなく、アレックスはおとなしく車長席へと戻る。
その間に砲手は照準を標的に設定。一言二言、操縦席とやりとりがあった後に、照準の微調整が行われる。
「照準良し」
「……撃て!」
イヤーマフをつけていてもなお轟く砲撃音が車内に木霊した。ガゴン、とチャンバーが後退し、焼けた薬莢を排出したのを砲手が車内の隅に蹴り飛ばす。
双眼鏡で今の砲撃結果を確認する。先ほどまで見えていた標的が、黒い煙に包まれているのが見えた。どんぴしゃである。
しかし初弾で的中させるとは、想像以上だ。砲手の腕もさる事ながら、それにあわせて運転できる操縦手の評価も上げるべきだろう。
「続けて、10時方向、2時方向の標的を続けて狙え」
「了解」
砲撃、そして砲塔の旋回、砲撃。
弾着を確認。こんどは直撃とはいかなかったが、二発とも至近弾だ。十分に合格範囲だが、敢えて厳しく評価する。戦場を生き延びたのなら、理解してくれるはず。
「両砲撃とも至近弾。弾道修正を行い、より正確な射撃を試みること」
「改善します」
「……次! 副砲手、準備。主砲の装填不良を想定した運用訓練を行う」
「了解」
副砲手席は操縦席の隣、車輛下部前面にあり、車長席からは後頭部しか見えない。金色の髪を適当に伸ばした後頭部が通信と共に頷いたのを確認し、次の標的を探す。
装甲の隙間から覗くような形になるので、砲塔からの視界はあまりよくない。本来なら戦車随行兵を立たせたりする事でそれを補うのだが、無い物ねだりをしてもしょうがない。
それでも慣れと訓練でどうにかするものだ。だが、結果として思ってもなかった物が見えることもある。
「うん?」
9時方向、砂埃の向こうに、デザートイエローの車体が複数。この基地に所属する機甲部隊の一部が訓練しているようだ。それはこちらも同じなので特に不思議ではないのだが、どういう訳か一部の車両の砲塔が、こちらを見ているようだった。彼らとアレックスの間には標的らしきものは見当たらない。
悪い予感がした。
「副砲の試射は中断。操縦手、即座に9時方向に回頭しろ」
「? 了解」
車両が急減速、旋回。急な機動に小さな悲鳴を上げて砲撃手がよろめくのを、アレックスは片手を伸ばして支えてやりながらも、目は友軍車両群から離さない。
ただの考えすぎであればいい。そう考えながらも、覗き窓に刻まれたインジケーターで彼我の距離を測る。この距離と、砲弾の速度を考えると、もしもがあればマズルフラッシュが辛うじて先に見えるはずだが……。
チカリ、と砂埃越しに何かが光った。
<戦場のひみつ:兵士は一般的に各種衣服の上から超硬度プラスチックアーマーを装着している。軽くて頑丈、耐腐食性に優れている(人類基準)のが特徴。レーザーガンの誤射から身を守るために耐レーザーコーティングが施されている。>