未来も希望もない戦場で必死に生き残ってたらモテモテになった件(ハーメルン版) 作:SIS
<戦場のひみつ:星見観測者は軍から独立した権限を持っている。彼らはしばしば軍と行動を共にし、見識に基づき助言を行うが、あくまで彼ら自身の大局的視点に基づくものであり、軍に従っているという訳ではない>
「隊長、お疲れさまでした」
隊舎に戻ってきたアレックス一行を出迎えたのは、一人の青年士官だ。
彼は、アウラ・ウッスラ二等兵。海兵隊ではなく、陸軍からの出向組……第77独立遊撃隊の事務処理担当だ。海兵隊とほぼ同時に配備された……不祥事の影響で着任先が迷子になっていたらしい。
一見すると兵士よりも大学の図書室に居るのが似合う細身の青年で、眼鏡がよく似合っている。勿論、見た目が細いようでも、服の下はよく鍛えられている。万が一の時には自らもレーザーガンをとって戦う事に微塵の不安もない。
だが彼の仕事はあくまで部隊の書類整理だ。今までアレックス一人でなんとかしていた事務作業を、今は彼も協力してくれている。おかげでアレックスは部隊長としてオーバーワークから解放された。
なお、当のウッスラ二等兵は、「なんでこれ今まで一人で捌けていたんです??」とドン引きであった。まあ、アレックスは元総督後継だったので、受けていた教育が違うのでそういう事もある。なんせ植民惑星の税率なんてコロコロ変わる上に書類手続き間違って納税不行き届きがあれば最悪、総督自身の首が飛ぶ(物理)。
「ウッスラ二等兵、さっそくで悪いが司令部から連絡は来ているか?」
「いえ、今の所そんな話は。……また何かやらかしたんです?」
「やらかしてない。ちょっと不幸な。擦れ違いがあっただけだ」
「はあ……。あと、見たところそれだけじゃないですよね? 先に言ってください。覚悟の時間が欲しいので」
「あー、うん。……ちょっと星見観測者がうちの部隊に入るかもしれん」
「へ?」
「ふふ。どうも、お若い人」
すぅ、と老婆が音もなく歩み出る。存在感がないというか、立体映像のような人だな、と背負われたミリシアは思った。
「私はシルバ。配属先の部隊が解散して困っていた所を、こちらの隊長さんに声をかけられたのよ。これも運命という奴ね。これからどうかよろしくお願いするわ」
「え? あ、はい。それは構わないのですが……隊長? ちょっとよろしいですか? あといい加減ミリシアさんを下ろしてください」
「あ、おう」
ちぇ、と大人しく背中から降ろされるミリシア。なんだかんだで背中の感触を堪能していたのであのままでもよかったのだが、流石に隊舎に戻れば予備の担架ぐらいある。居残っていた整備班員がもってきた担架に乗せられて運ばれていくミリシアを見送って、アレックスはウッスラに物陰に引っ張り込まれた。
「本物なんです?」
開口一番はまず疑問からだった。まあ当然である。星見観測者はある種の特殊技能兵であるからして、見た目ではその能力は判別できない。おまけによぼよぼの老婆と来ている。疑うのは当然の話だった。
ただ、その疑問には必要な前提が抜けている。
「前線惑星にただの老婆がうろついてる訳ないだろ。デュートリオンⅢの居住区はとっくの昔に全滅してる」
「そりゃまあ、そうですが……」
「シルバって名乗ってたな。それで司令部に照合してみろ。それではっきりする。ここにきて偽名という事もあるまい。いや、星見観測者は本名名乗らないらしいから全部偽名なのか?」
「急に論理的ドツボにはまらないでくださいよ」
とりあえず双方納得した所で戻ってくる。と、そこで穏やかに微笑みながら待ち受けていたシルバが、すっ、とウッスラに何やら差し出してきた。
「? これは」
「照合カードです。これをデータベースに照らし合わせれば、私の疑いも幾ばくか晴れるのではなくて?」
「え、あー……」
邪気もなくにこにこと微笑むシルバに、ウッスラが返答に困ってアレックスを見てくるが、彼からも特にいえることはない。ただ、肩をすくめて、
「ま、あんまり彼女を侮らない方がよさそうだな」
「そのようですね……」
ともかく、形だけでも照合はどっちにしろ必要だ。彼女自身が望むなら、部隊への編入手続きも必要である。
星見観測者は、その価値を理解するものからはひっぱりだこだ。申請したらしたで揉めるかもしれないので、手続きは速めにしておいたほうが良い。そういう事でウッスラはシルバを伴って手続きにあちこち回る事になるので、隊長のアレックスは書類仕事だ。
幸い、水道の使用に制限がかかるほどこの基地は追いつめられていない。さっさとシャワーを浴びて身を清め、隊長としての書類業務に取り掛かる事にする。
遊撃部隊がまともに動くようになってからは、どっちかというとこっちの業務の比率の方が高い。まともな部隊ほど書類仕事が増えるのは確かなので、有難いといえば有難いのだが。
「思えば部隊員がまじで五人っていう発足時のアレ、マジで狂気以外の何物でもなかったな……」
その事に今更恐怖を覚えるあたり、人命の儚い激戦区を回りすぎて価値観が麻痺っていたとしか思えない。普通は戦闘要員よりも後方要員の方が多いし、戦場にいる時間よりもそうでない時間の方が短いのがまともな部隊というものだ。激戦区では多少おかしな事にはなっているが、それでも出撃したら死ぬまで何週間でも戦場に張り付けられているというのは考えなくてもトチ狂っている。数的不利で追いつめられている小国でもあるまいし。
「なーんか場所によって兵士の扱いが違いすぎるんだよなあ」
戦線によってそれはまあ、戦争の優勢はあるだろう。にしても、極端すぎないかというのが正直なところだ。同じような教育を受けても、士官の個性によって発露は違うし、司令部の目もすべてに行き届いている訳ではないから堕落した司令官が出てくるにしても、上下幅が酷すぎる。
正直、酷い所は意図的に兵士を使いつぶし、人類を劣勢に追いやろうとしているのではないか、という悪意すら感じる。
「……いや、無いわな、それは」
頭をよぎった考えを否定する。
そんなものは結果ありきの疑惑にすぎない。外患誘致的な指揮をすれば背信を疑われ責任を問われるのは当たり前であるし、異星生物との戦争はそもそも生存競争だ。人と人の戦争であれば様々な利害が入り混じり、敵に与する事で利を得る者もいるだろうが、生存競争にはそのような打算を差し込む余地はない。人類が共通の敵を前に団結するなどという夢物語を信じている訳ではないが、少なくとも計画的に人類軍を弱体化させる事に何も意味もない。意味が無い事でもしてしまうのが人間であっても、そのような破滅主義者は、軍そのものによって排除される筈である。その前提を疑っては、そもそも人類軍が成り立たない。
少なくとも軍は実力主義だ。親のコネ、有力者との繋がり、その程度で自分のやってる事も理解できない狂人が重要なポジションにつくことはない。
それでもなお、意図して人類に損を選ばせている存在がいるとしたら、それこそ神がかっている何かだ。この場合は悪魔憑きとでもいうべきか?
そして当然、悪魔も神もこの世にはいない。
無駄な妄想に時間を使いすぎた。気を入れなおして、書類に手をかけるアレックス。だが何枚も書類を片付ける前に、コンコン、と彼の執務室をノックする音が響いた。
「アレックス隊長。指令室がお呼びです」
結論からいうと、無茶苦茶怒られた。
歩けないミリシアの代わりにネルスを伴って司令部に出頭すると、罪人に対するかのような扱いを受ける事になった。
曰く、「周辺被害を考えろ」「大気変化には注意しろと言ったはずだ」「地下で観測できなかったなど言い訳だ」等々。部屋を揺るがすような音量での怒声に、可哀そうにネルスはすっかり竦み上がってしまっていた。
アレックスはというと、直立不動で神妙に聞いてます、というポーズをとって、ほぼ全部聞き流していた。あくまであちらは立場もあって怒らないといけないだけ、というのが実態だし、言っているのははっきりいって幼稚な難癖以外の何物でもない。まともに相手にするだけ無駄というものだ。時折「貴様は隊長として判断できなかったのか!?」とか言われるので、その時は「申し訳ありませんでした!」とだけ答えておく。
ただ、今回のお説教は聊か長かった。そうなると、怒る事が目的になってくるというか、自制心が曖昧になって口が滑りだす事も多い。普通、あんまし余計な悪口をいうと戦場で誤射されるので司令官側も自重するのだが、今回はちょっとヒートアップしているのか、言う事がだんだんギリギリのラインを踏み始めた。指令室内という事もありガスマスクをはずしているので、ツバがとんできてうっとおしい。どうしようかなー、とアレックスが困っていたその時、助け舟を出してくれたのは意外な人物だった。
「……時間の浪費はその程度にしておいたらどうだ」
そう口を挟んできた相手に司令官は顔を赤黒く変色させるほどの怒気と共に振り返るが、しかし視線の先にいた相手を確認した途端、するすると怒気が抜けていった。顔も反転して青くなる。
そこにいたのは一人の中年士官だった。激戦を潜り抜けてきたのであろう、いくつもの古傷が顔に刻まれている。そんな彼が肩にかけているのは、政治将校を示す黒のコート。そのうち片方の袖は、中身がないのかゆらゆらと揺れていた。
「ラ、ラルフ政治将校。何か?」
「時間の無駄だと言ったんだ。貴様らも作戦の後始末があるのに、こんな所で八つ当たりしている暇はあるまい。そこの連中も、単独で爆破工作を成功させるような命知らずだ、黙って立たせておく以外にやらせる事があるだろう?」
いくら政治将校といえど、傲岸不遜に過ぎる言動。しかし、司令官は何もいえない。それは、指令室の皆が皺ひとつない降ろしたてのスーツを身にまとっているのに対し、政治将校は血と泥に塗れ、傷だらけの顔で佇んでいるのが関係あるのかもしれなかった。
まともな政治将校は久しぶりに見るな、とアレックスは心の中で感心した。
「……わかった。ウィンザード中尉、もう下がってよろしい。ただし、これ以上司令部に迷惑をかけるような事はするなよ。分を弁えろ、独立遊撃隊」
「はっ。失礼いたします」
「待て。ウィンザード中尉」
踵を返した足が変なタイミングで止まる。同時に、ぞわっとした脂汗が背中に噴き出す。
なんか政治将校に声をかけられるような事したっけ? 記憶を洗いながら、迅速に振り返って敬礼する。司令官に対するものと違ってこれはガチだ。政治将校に冗談はない。
「はっ。いかがなさいましたか、閣下」
「ふん。形だけの敬称は要らん。……話は聞いている。てっきり、爆発に巻き込まれて死んだかと思っていたが……」
じろり、と視線がアレックスを一撫でする。敵意や殺意は感じない……これは興味だろうか?
「五体満足か。気味が悪いが……お前はそういう兵士のようだな。精々、私の銃口に重ならぬように働くがいい」
言いながら、政治将校は片腕で何かを差し出してきた。
恐る恐る受け取る。
渡されたのは、一つの実弾銃だった。当然だが、政治将校の象徴であるジャッジメントではない。ただまともな銃でもなさそうだった。信号弾でも撃つのかという大口径のハンドガンで、それ相応に重厚で分厚い。ハンドガンとしての携帯性や取り回しの良さとかかなぐり捨ててるネタ銃のように見えるだが、妙に使い込まれている。……この政治将校の愛用品だったのだろうか?
視線で問うと、政治将校はふん、と鼻を鳴らして疑問に答えた。
「あるツテで手に入れた銃だ。貴様のような命知らずにはお守り代わりになるだろう、受け取っておけ。俺はこの腕ではどのみちコイツをもう扱えん。……無駄を食わせた、さあ行け」
「はっ。失礼いたします」
話が終わったならもうここには一秒もいる必要はない。司令官と政治将校の気が変わる前に、ネルスが失神してぶっ倒れるまえに、アレックスは指令室を後にする。
閉じるドアを背に退室しようとするアレックスの背に、政治将校が最後に一言、投げかける。
「そうだ。シルバの奴がお前の部隊に入ると聞いた。失礼のないようにな」
はっとして振り返るが、すでに指令室のドアは閉じた後だった。
<特殊機密事項:クラスA 近年、異星生物の侵攻の前段階において司令官クラスが殺害される事件が多発。総司令部は、異星生物の特殊工作員、それも単独の個体によるものと断定。対象をコードネーム”DEATH”と呼称し、追跡調査中。”DEATH”は個体として相当の手練れと見られ、追撃したアリステラに多数の死傷者を出している>