未来も希望もない戦場で必死に生き残ってたらモテモテになった件(ハーメルン版) 作:SIS
<特殊機密事項:クラスA 異星生物の軍勢に、司令官、あるいは特殊工作員と思しき特殊な個体の存在を確認。他の異星生物とは明らかに違う、古典的なSFにおける”エイリアン”と言うべき姿をした彼らが異星生物の本体なのかについては未だ調査中。ただ一つはっきりしているのは、彼らは高い知性と理性、尋常ならざる戦闘力を併せ持っている>
「緊張した……」
「……私は……心臓、止まるかと……」
指令室を後にして、歩いて歩いて休憩室か談話室らしきスペースにたどり着いてようやく、アレックスとネルスは人心地ついた。
連絡通路の只中に、横道にそれるようにして設けられた空間に逃げ込むように入り込み、ぐったりとソファーに身を預けて脱力する。
「流石にちゃんとした政治将校は迫力やべーわ。久しぶりに嫌な汗かいた」
「よく……それで……済みますね……」
ふー、と襟元を緩めてくつろぐアレックスに対し、ネルスは息も絶え絶えといった感じだ。ふらふらしている彼女の肩を抱き留めて、ソファに座らせてやる。
休憩室はなかなか設備が整っていた。司令部の人間も利用するらしく、清掃は行き届いていて机やソファもなかなか品質が良い。壁際にはコーヒーメーカーらしきものも置いてあり、現場とは待遇が随分違う。まあ司令部の仕事が現場より簡単なんて事はなくて質が違う、という話なのだが。
ネルスをソファで休ませている間に、コーヒーを淹れる。合成コーヒーのはずだが品質がよいのか、アレックスのとっておきより香りは良い。暖かいコーヒーをもってネルスの隣に自らも腰かける。
「ほい」
「あ、ありがとうございます……暖かい……」
おずおずと紙コップを受け取り、黒い水面を覗き込んでフーフーするネルス。どこか子供っぽい仕草に思わず苦笑が出る。
「猫舌かい?」
「そこまで極端じゃないですけど……熱いのは、ちょっと」
「まあひとそれぞれだな。ミルク、つってもどうせ合成乳だが、どうする?」
「やめておきます。香りが飛びそう」
「だよな」
それは全くアレックスも同意見だったので、そのままブラックで口にする。
やはり品質が段違いのようで、えぐみのある渋さとかは控えめで飲みやすい。いや、実際の所本物など飲んだことがないのだが。
しかし、不思議な話である。本物のコーヒーも苦いらしいし、香りはよいけど苦いだけの飲み物など普通に考えれば誰も飲みたがらないのに、実際は質の悪い代用品までこしらえて銀河の端でも飲んでいる。コーヒーというものは人間の本能に訴えかける何かでも含まれているのだろうか?
余裕ができてそんなくだらない事を考えているアレックスの隣で、両手で紙コップを抱えたままのネルスがぼそぼそとつぶやいた。
「隊長は……政治将校、平気なんですね」
「ん? 平気じゃないぞ? あの人らの前に立つぐらいなら前線で猟兵級しばきたおしてる方がよっぽど気楽だ」
「その例えはちょっとこう、特殊すぎてわからないです……。もうちょっと常人よりの例えをしてくれませんか?」
なかなかに辛辣な突っ込みが返ってきた。
「いや別に特殊性癖向けの例えでもなかったつもりなんだが……。いやだってあの人ら、どういうロジックで銃向けてくるかわからん事が時々あるし……。基本的には軍紀に従って突撃万歳してれば背中を撃たれる事はないけどさ。だからって安心してるとそれを理由に撃たれるし。あの人らの仕事は恐れられることと、その恐怖で兵士を縛る事だからな。お前俺の事嘗めてるだろって理由で引き金を引くのも政治将校の仕事っちゃ仕事だし」
「え、ええ……。なんか訓練の時とか、政治将校の引き金を引くラインは心得てるとかいってませんでしたか??」
「そりゃあくまで減点の積み重ねで引くタイミングって話だよ。場の空気読んで引き金引かれる時はまじでどうしようもない。だからまあ、政治将校の事が恐ろしくてびびってる、っていうのはお互いにとって良い事でもあるのさ」
「はぁ……」
「まあ、慣れようと思わないのが一番だよ、あの人らは」
苦笑するアレックスに、そんなものですか、と首を傾げつつも納得するネルス。
そのまま、しばし沈黙が流れる。
別に悪い雰囲気ではない。必ずしも言葉がなければ互いの気持ちが伝わらない、というわけではないのだ。
「……私でよかったんでしょうか」
「うん?」
「隊長としては、ヴァディスさんについてきてほしかったんじゃないですか?」
「ついてきて欲しいというか、彼女は副長だからね。でも足を挫いて歩けないんだから仕方ないよ。イオリは片腕不自由になってるし、今回はネルスについてきてもらって助かった」
「……本当に?」
「どうしたの、いやにつっかかるけど。何か悩み事?」
「だって、その。普通……かどうかの話なんですけど。その。……好きな人とはできるだけ一緒に居たいもんじゃないんですか?」
「……うん?」
話がよくわからず首を傾げるアレックス。いや、女難センサー的な勘はビンビンに感応しているのだが、あえてすっとぼけたともいう。
が、そのすっとぼけをネルスは許さなかった。
「だって皆抱いたんでしょ?」
「…………えと。まあ。その。……はい」
流石にここまでストレートに聞かれて誤魔化すわけにはいかなかった。ほぼ確信されてるようであるし。
少しだけ、ネルスと距離を取る。この話題で距離が近いのは不味い気がした。
「やっぱりその……海兵隊の人たちとも、その……?」
「いやいやいやいや。それは無いから。無い」
事実無根な疑惑が飛んできてそれは流石に全力否定する。実際の所、アヤカ本人がこの場にいたらちょっと傷つくだろうが、それでもだ。
「あの人達は違うから! そういうの、全然! だいたい知ってるでしょ、ずっと距離置かれてるじゃん。いやあれ本当何? 少し傷つくんだけど。見境なしに手を出す助兵衛だと思われてるの? もしかして」
「……隊の四人中三人に手を出してるのは十分好色では?」
「すいっませんしたーー!!」
ぐっさりと刺されて流れるような土下座。そういわれてしまうと事実過ぎてもはや謝るしかない。
「すみません、スケベ野郎でごめんなさい……。でも皆に手を出したのは後悔してないから……」
「あはは……。いや、別に責めてる訳じゃないんですよ? 本当に。ただそのちょっと、ねえ? 常識的に考えて、どうかなって?」
「ぐげごごご」
ひたすら反論も許されず言葉のナイフで滅多刺しにされるアレックス。何か恨み買った?! というのが正直なところである。まあ当人気が付いてないだけで大分その、情状酌量の余地は大分ない。
逆に考えてみるべきである。
ネルスは、割と隊長に好意がある。そしてその隊長は、部隊の仲間に次々と手を出して、部隊の仲間では自分だけ、お手付きではない。
ちょっと思う所はあるけれど、次はまあ自分じゃないかと、内心期待していたら、しかし一向に手を出してこない。三人もベッドに連れ込んでおいて、普段は自分は紳士ですよー、という顔をして適切な距離感を保ちつつ、しかし時折その距離を踏み越えて気遣いをしてくる。
そしてついに、司令部への用事とはいえ何故か副官ではなく自分を指名してきて、部隊から離れて二人っきり。もしかしてとうとう? と思っていたら、理詰めで消去法だから、と解説される。
果たしてそれが面白い話か? 少なくともネルスにとっては否である。
とても。とても面白く無い。
「そもそも私連れてきたところでなんか書類作業とかある訳じゃないし、もしかして司令部に怒られる時の弾避けですか? 酷くないです?」
「いや、そんなつもりはなくてだな。嫌でも一人だと心細かったんで居てくれて嬉しかったという気持ちは確かにある! それは否定できないんだけど違くてな?」
必死になって弁明するアレックス。
それをしかめツラで聞いていたネルスだが、やがて段々その口角が緩み、やがてくすくすと噴き出した。
きょとん、とその様を眺めて、アレックスは気が付く。揶揄われた!
「うふふふ、アレックス隊長、必死すぎですってば。あははは」
「ちょ、流石に酷いぞ、人の純情を弄んだなー」
「弄んでるのは隊長ですよー。だからこれはちょっとしたお返しです、ふふふ」
基地の隅っこで、押し殺した笑いが二つ。
不謹慎だとは思わない。むしろ戦場だからこそ、こういう時間は大切にするべき、というのがアレックスの考えだった。
とはいえ、他人にその考えを強制するのも正しくはない。ひとしきり笑い合って、アレックスは口に指をあてて、シー、というジェスチャーをした。
「司令部は今忙しいだろうからな。笑い声が聞こえたら事だ」
「ふふ、そうですね」
お互いに沈黙し、コーヒーを口にする。喋らずとも気持ちが伝わった後の静寂は、一時の談話に勝るとも思う。
と、そこで先に口をつけていたアレックスのコーヒーが底をついた。見ればネルスはまだちびちびと飲んでいる最中だ。手持無沙汰なので、二杯目を取りに行く。
紙コップをダストボックスに放り込んで、コーヒーサーバーのボタンを押す。機械が振動音と共にコーヒーを抽出するのを眺めながら、そういえばここはコーヒー飲み放題なのかね、予算はどうしてるんだろうな、ととりとめのない事を考えながら待つ。
そんな事を考えてしまうのは、気が緩んだからだろうか。とはいえ、ここは安全地帯といっていい区画なのだから、アレックスとて気を抜きもする。
最も警備の分厚い司令塔。気圧の頻繁に変化するデュートリオンⅢの環境でも気密が保たれ、人類の過ごしやすい環境が整備されている。いつまでも長居する訳にはいかないが、ここにいる間ぐらい、リラックスしたいというものだ。
抽出が終わり、サーバーからコップを回収する。これを飲み終えたら戻ろう、アレックスはそう決めて席に戻る。
淹れたてのコーヒーは熱く、持ち方を間違えるとやけどしそうだ。立ち上る湯気は白く粘り気のある蒸気になって、低い天井の換気扇に吸い寄せられるように漂った。コーヒーの香気があたりに立ち込め、心なしか生臭い基地の匂いを上書きしていく。
その白い蒸気を、なんとなしに目で追う。特に意味はない。ただ、視界の中で動く物を目が自然と追った、ただそれだけの事。
基地の空気にさらされ、すぐに溶けるように薄くなっていく白い靄。形の無いそれが廊下に漂い、ふわり、と一瞬。はっきりとした形を結んだ。
何もない、誰もいない、無人の廊下。
その透明な背景に浮かび上がる、マント姿の怪人の、輪郭。
ゆったりと、まるで散策するように歩く、それと。アレックスは確かに、目を合わせた。
根拠はない。理論はない。理屈ではない。
だが兵士でも上官でもなく、狩人としてのアレックスの本能が、機械的に駆動した。
手に持ったコーヒーを投擲するように手放す。
レーザーガンではなく、先ほど賜った実銃。無造作に上着のポケットに突っ込んでいたそれを抜き放って、両手でサイティング。
加速する知覚の中で、ゆっくりとコーヒーが飛び散っていくのが見えた。湯気の写し出した輪郭はすでに消えていたが、網膜にはしっかりと焼き付いている。
この距離で狙いは必要ない。反動がどれほどかわからないので、両手で腰だめに構えて引き金を引いた。
腹の底に響くような銃声と骨が軋む程の反動。同時に、アレックスの頭上の天井に大穴が空いた。
弾き返された。
思考はまだ追いつかないまま。本能に至るまで刻み込まれた狩猟者のメカニズムが、アレックスにナイフを抜刀させる。
その彼の眼前で、飛び散ったコーヒーが何もない空間に茶色の染みを作った。熱々の液体が存在しない物体の表面に広がり、その形状を露にする。
それは、軟体動物を思わせる皮膜を、マントのように羽織った何かに見えた。極寒の地で旅人がコートを寄せるように、体にぴったりと薄い皮膜を巻き付けて身を縮めている。半分だけ茶色く染まった頭部は、人とも爬虫類とも頭足類ともにつかない、不可思議な形状をしていた。
しゅっ、と空を割く音。肉体に染み付いた記憶をなぞる様に、アレックスのナイフが迎撃に奔る。
ぱぱぱっ、と三度、赤い火花が宙に咲いた。アレックスのナイフと、敵の刃が交錯した証。その軌跡は、正確にアレックスの急所を狙っていた。首、心臓、そして臓腑。いずれもナイフ戦で狙うべき人間の急所であり、だからこそ見えなくとも対抗できた。アレックスはただ、突きつけられた殺意に訓練通りに反応したに過ぎない。思考していては、この攻撃に追いつけない。
だから一瞬の交錯が過ぎてから、思考で動く者の認識がようやく追いついた。
「た、隊長、何、を……?!」
突然目の前でアレックスが発砲した、そこまで認識したネルスが、立て続けに流し込まれた視覚情報を処理しきれずに言葉が止まる。悲鳴を上げる事もできずに、目の前にいる“存在しない怪人”を凝視する。
「…………」
布の擦れるような呼気。それが怪人の漏らした物だと、遅れてアレックスが気が付いた。それが怒りか焦りか、感嘆にかは分からなかったが。
じり、と透明な存在が身じろぎをする動き。
離脱か。それとも追撃か。
まずい、とアレックスの額に冷や汗が伝う。自分ひとりが標的なら、時間稼ぎぐらいはできるかもしれない。だがこの場にはネルスがいる。彼女を狙われたら、どうしようもない。そして、その事に気が付かない敵には、とても思えなかった。この敵には、知性が、合理がある。
あと一瞬。あと一瞬の後に、アレックスの命運は尽きる。
だがその一瞬が、アレックスの運命を分けた。
「何事だ!」
銃声を聞きつけたのだろう、兵士が複数人、走ってくる音。まっすぐにこっちに向かってくる。それも左右から挟み込むように。怪人に逃げ場はない。さらに、コーヒー汚れのせいで、正体が分からなくとも“得体のしれない何かがいる”というのは丸わかりだ。
「……」
機を逸したのをあちらも理解したのだろう。ビリビリとした殺意が、不意に消える。ぬるりとした動きで、怪人が身を翻した。
「待て!」
追ってアレックスも廊下に飛び出す。
辛うじて残る茶色の染みを目で追う。怪人が走っていくのは外に繋がる道の方。曲がり角から兵士が二名、その進路上に飛び出す。彼らの視線は一瞬アレックスに向けられた直後、空間を駆け抜ける立体の染みに戸惑ったように見開かれた。
「!? と、止まれ!」
だが硬直は一瞬。流石に司令部付きの兵士だけあって対応は早い。理解できぬともそれが敵だと判断し、銃を抜く。
さらに、反対側からかけつけてきた兵士も、異常を目の当たりにする。彼らは一瞬で状況を理解すると、賊に追いつくべくそのまま足を速め、ナイフを抜いた。
片方がレーザーで足を止め、後ろから追いついた方がナイフで仕留める。即席の連携ながら、敏にして合理ある反応。だがそれが不味い。
精兵らしく、抜き打ちざまにレーザーを放つ。実態の定かではない相手に対し、狙いは正確だった。アレックスの目から見ても、相手が普通であれば効果があっただろう。
だが、この相手は普通ではない。
レーザーは微かに相手の表面を焼いただけで、ほぼ全て素通りした。原理はわからないが、光学迷彩……光を素通りさせる事で透明化しているなら、レーザーは効かない。そればかりか、透過したレーザーはそのまま、背後から追っていた兵士達に命中してしまう。プロテクターのおかげで致命傷にはならないだろうが、これで彼らは行動不能だ。目の前で倒れた彼らを、アレックスは身を低くして休憩室に引きずり込んだ。
同士討ちに、迎撃の兵士達が戸惑ったように動きを止める。だが、彼らはそのまま思考停止して、迎撃を続けた。効きもしないレーザーを撃ち続ける。
「ダメだ逃げろ!」
アレックスの警告は、現実に追いつけなかった。
一瞬。瞬きするよりもずっと早く、事は既に終わっていた。あきらかに人間のそれより遥かに遠い間合いにあった兵士二人の首が、弾けたように宙を舞う。それでも最後の意思に従って引き金を引いた腕が、手にした銃ごと宙に舞った。引き金を引いたままのレーザーガンが回転しながらレーザーを照射し、アレックスは危険を感じて休憩室に身を隠す。
ガァン、と音を立ててレーザーガンが床に転がったのを確認して、恐る恐る顔を出す。
……敵の姿は無い。もともと見えなかったが、完全にこの場を去ったようだ。後にはただ、レーザーによる焦げ跡が床から天井まで走り、無残な惨殺死体が転がる凄惨な現場だけが残された。
「……」
無言で周囲を確認し、アレックスは足元のコーヒーが飛び散った汚れに目をむける。アレックスとの交戦中に踏んだのだろう、見た事のない生き物の足跡が数歩、コンクリートの床に残されていた。大半は負傷した兵士を引きずり込んだ時に掻き消えてしまったが、いくつかははっきりとしたものが残っている。
足跡。異星生物との戦いの中で、そんなものを見たのは初めてだ。大抵は上も下も横もないような生物で、腕なのか足なのかはっきりしない器官ばかりだ。しかもこの痕跡を見るに、あの姿を消す怪物は二足歩行で移動しているらしい。アレックスと剣戟が成立した所をみると、体の構造も人間に近い可能性もある。最後に兵士二人の首を跳ねたのは、あまりにも間合いが長かったので流石にそのまんまではないだろうが。
いや、そもそも。
あんな、明らかに意思と目的をもって行動する異星生物など、聞いたことも見た事もない。奴らがそんなわかりやすい生き物なら、戦争のやり方だってもっと違うものだったはずだ。
いや、そもそもあれは。
「異星生物、なのか……?」
<戦場のひみつ:兵士のナイフはどちらかというと戦場用ツールであり、多くが鋳造で作られたもので強度的には今一つである。ただ、近接戦を想定している一部の兵士は、鍛造で作られた高品質なナイフを調達している。その調達元は様々であるが、そのルートは基本的に軍の正式な流通ルートではない。>