未来も希望もない戦場で必死に生き残ってたらモテモテになった件(ハーメルン版) 作:SIS
<戦場のひみつ:人工重力発生装置の歴史は比較的新しい。今だ小型化が進んでおらず非常に大きな装備ではあるが、これがあるとないとでは人員の生命維持や健康管理の問題に雲泥の差がある。そのためコストや設計にどれだけの負担がかかろうと近代艦には必ず装備するのが鉄則となっている。>
無限の深淵、決して満たされる事のない虚。生命を拒絶する領域。
それが宇宙だ。
人類が宇宙を渡るようになってから何千年と経つが、変わらず宇宙は人類にとって危険な領域であり続けている。高次元視座を用いたショックポイント航行が実現しなければ、今も人類は僅か数光年の間でしか文明を維持する事など出来なかっただろう。そして、夢の航行技術を手に入れてもなお、宇宙の距離は渡るにはあまりにも遠い。
そもそも、ショックポイント航法もそう多用できるものではない。どこでもできる訳ではなく、目標地点と現在座標によって短縮できる距離は変わる為、最も効率のよい地点に移動する必要があるし、高次元に干渉するための媒体の量も限られている。どれだけ短縮したとしても、長期間宇宙空間に滞在する事が必要な事は変わりないのだ。
故に、現代の宇宙船は非常に大型になる。
第77独立遊撃隊が乗り込んでいる宇宙巡洋艦ブルートゥスも、その例にもれず全長3kmを超える大型艦だ。その三分の二は大型の推進機関とショックポイント航法の制御システム、惑星揚陸用の小型艇で占められている。残りの三分の一が居住区になる訳だが、宇宙空間で長期滞在する上での問題となる宇宙線を遮断するための分厚い隔壁や、人工重力発生装置のせいでそれほど居住可能範囲が広いわけではない。それに加えて、軍艦である以上最低限の武装が施されているので、さらに居住空間が圧迫されている。そのせいで、見た目とは裏腹に内部に住む事ができる人数はわりと少ない。あくまでも軍用艦であり、あまり人員には優しくないのは共通事項なのだ。
そんな巡洋艦の艦橋には、常時100人以上の人間が詰めている。艦内に詰め込まれている人員は下士官から佐官まで様々だが、それに対し艦橋にいる人間は全てエリートだ。巨大な軍艦を制御し航行するのは生半な業務ではない。そして、その業務に対する熱意や意識の高さを示すように、詰めている人間は皆カッチリとノリのきいたスーツで身を固め、背筋をきっちりと伸ばして業務に当たっている。陸戦部隊と違って個人的な所有物の持ち込みは完全に無く、厳格なオフィスビルの一画のような雰囲気が漂っている。
そんなブリッジの中心にあるのが艦長席である。実利一辺倒の無機質なブリッジにあって艦長席は塔のように高く聳え立ち人員を一望できるように作られている。そこに坐するのはこの船の主、モーディング・ラウン中佐だ。彼の左胸には過去の栄光を示す様々な勲章が飾られており、さらに塔のようになっている艦長席全面には長々と彼の過去の武勇伝が羊皮紙に書き連ねられて垂れさがっている。それはラウン中佐の肥大化した自己顕示欲を示すものであるが、同時に彼がそれだけの経歴を誇る優秀な人物である事をも示している。少なくとも、ラウン中佐はその自己顕示欲の高さに比例した能力を持ち合わせた人物でもあった。
そんなラウン中佐は今現在、非常に機嫌が悪かった。座席に深く腰掛け苛立たしげにモニターを見つめる彼に目をつけられぬよう人員には緊張が走っており、常になくブリッジの空気は張り詰めていた。
こんな事になっているのは、上層部からの指示による航路変更が原因だ。
宇宙空間を航行するのは非常に長距離を移動する事であり、ほんのわずかな航路の乱れが大きなロスに直結する。進入角度を数度間違えただけで最終的には何日もの遅れが生じ、その分酸素や食料、燃料が消費される事になる。何よりもその数日を遅れを取り戻すのは、容易い事ではない。もともと綿密に計算されて運行される巡洋艦のスケジュールには、それほどの遅れを取り戻す余裕などないのだ。
故に、ブリッジ要員はただの一つのミスも許されないし、そのミスをラウン中佐は見逃さない。
にも関わらず、上層部から機密書類で通達された大規模な航路変更。その理由も知らされていない。軍において軍人が任務の理由を問うてはならないが、しかし、中佐階級であり艦長でもある身分の者にまで機密のヴェールで遮られるのは珍しい。
それでも、自らが編み上げた一部の隙もないと自負する完璧な航行計画を手紙一枚で左右され、その理由も目的も知れないというのはラウン中佐にとっては自らを軽んじられたかのように映ったのだろう。彼とて軍人であり、任務に疑問を挟む事はないし忠実に従うが、個人的な感情に小波が立つ事は抑えられなかった。人間的ではあるが、それがラウン中佐の欠点であると上層部に認識されている事を、彼自身認識していないのだ。
可哀そうなのはブリッジ要員である。彼らはいつラウン中佐の八つ当たりが飛んでくるかに怯えながら、大規模な航路計画の変更とそれに伴う実務を行わなければならないのだ。通常の業務の数倍に匹敵する激務をこなす彼らの額には、びっしりと脂汗が浮いていた。
「ラウン艦長。指定された目的地への最終減速に入りました。想定される誤差は0.5ヤード以内に収まっています」
「温い。0.2ヤード以内に抑えろ」
「了解しました」
無茶を言うな、と内心絶叫しながらブリッジ要員が調整に入る。もともとコンマ単位で調整され計算された加減速スケジュールだ。とはいえ、リアルタイムで変動する現状を照らし合わせれば調整ができなくもない。担当人員は緊張に胃を痛めながら最終調整に入った。
その様子を不快そうに見下ろし、ラウン中佐は正面の窓に目を向けた。ブリッジには、人類の科学技術の粋を尽くして作り出された透明な防壁が組み込まれており、宇宙の星々を一瞥できるようになっている。ガラスではなく、高分子化合物の賜物であるそれは、透明でありながら巡洋艦の装甲と同等の防御力を誇り、有害な宇宙線を遮断し一部の可視光のみを通過させる。非常にハイコストであるため、艦橋のごく一部にしか使われていない。故に、ラウン中佐はこの視座を、選ばれし者のみに許された展望だとして特別視していた。艦長という座に上り詰めた優秀な一部の人間のみが、この特別な防壁越しに宇宙を直接視認できるのだという彼の自負は、選民的かつ差別的思想ではあったが、少なくとも一時彼の心を宥めた。それによってブリッジ人員への負担が減るというのなら、艦橋にこの防壁を配備するよう設計した人物も願ったりかなったりだろう。
ラウン中佐が星の海の輝きに眦を緩めた、その時の事だった。
「重力センサーに感あり。巨大質量が4時方向から急速接近中」
「衛星ではありません。熱量放射を確認、未登録艦船です」
「何故この距離まで気が付かなかった!? 回避運動!」
俄かに慌ただしくなるブリッジに、ラウン中佐は舌打ちすると立ち上がった。
「第一種戦闘配置急げ。同時に主砲旋回、照準合わせ」
「お、お待ちください艦長! 敵味方識別もまだ……」
銃声がクルーの反論を遮った。拳銃を天井に向かって発砲したラウン中佐は、静まり返るブリッジに声を張り上げて指示を下す。
「この距離に近づくまで通信も入れない上に識別表示もせぬ艦など味方ではない! 本艦の安全を最優先にせよ。エンジン最大船速で再加速だ、急げ!」
「りょ、了解!」
「総員、第一種戦闘配置。くりかえす、第一種戦闘配置。規定の指示に従い、クルーは速やかに所定の部署で待機せよ」
「第一砲塔より入電、対象は何らかの欺瞞措置を行っており、自動照準が不可能との事。目視による威嚇射撃に入ります」
「威嚇射撃などと生ぬるい事をするな。初撃から当てるつもりで3サイクル砲撃しろと指示しろ」
「了解」
指示を受けて、巡洋艦の右舷側面に備わった主砲が稼働を始める。基本的に巡洋艦クラスの主砲は左右側面にある。これは基本的に人類軍の艦艇が機動力において異星生物の航宙型を上回っている事から同航戦を想定しておらず、そのうえで数にものを言わせて戦線を浸透突破する敵艦を追撃しようとすると、このような配置になった。主砲は360度回頭する上射角も70度近くあり、待ち伏せての防衛線や、突破を試みる敵艦の追撃まで多種多様な状況に対応可能だ。
ただ今回は流石に厳しい。対象がステルス能力らしきものを持ち合わせる為、主砲スタッフが肉眼で照準を合わせる必要がある。万が一に備えてこういった手動操作のための機能には一定以上のリソースが割かれているが、それでも相対速度があまりにも大きすぎる。地上であれば一瞬で遠方の標的を打ち抜くレールガンといえど、宇宙のスケールではあまりにも遅い。いくら照準を合わせた所で、めくら撃ちとそう変わらないのが実情だ。
うちの艦長は無茶を言いやがる、と主砲の射手は引き金を引いた。
「主砲、3サイクルで発射を終了しました。レールガン弾頭の自爆信号を全て確認。命中確認できません」
「下手が。射手にはあとで艦内マラソン3往復を命じろ」
無慈悲な八つ当たりに等しい罰則を下しつつも、ラウン中佐はそんなもんだろうな、と納得していた。目視照準など当たるはずがないのは彼もわかっている。それでも撃たせたのは、あくまで威嚇だ。こちらの砲撃で敵が回避軌道をとればその分時間と距離が稼げる。
「敵、急激に再加速。こちらの船速を上回ります。前に出るつもりです」
「なんだと?」
思わず腰を浮かすラウン中佐。彼の目前、透過装甲越しに見える宇宙……それを上から何かが横切った。背後から現れたそれは瞬く間にブルートゥスを追い抜き、前に躍り出る。充分に先行したその艦は、踊るように螺旋を描いてバレルロールを見せつけてきた。
その鮮やかな動きに、宇宙船乗りとしてラウン中佐は感嘆に呻いた。まるで巨大な海洋生物が海中で踊るかのような鮮やかで有機的な軌道。それだけで、彼我のクルーの実力差が浮き彫りになったようなものだ。
眼前で敵艦が、左側面を向けるように姿勢制御を行う。どれだけの推力を誇るエンジンなのか、そんな姿勢でもブルートゥスよりも早い。側面を見せてきたことで、敵の艦影、その全体が明らかになる。
当然だが、異星生物のそれではない。漆黒に塗られた、人類軍の戦艦。サイズは巡洋艦クラスだが、艦のあちこちにトゲトゲとしたでっぱりが無数に生えているのが見える。主砲は収納式なのか、外見からではそれらしきものが見当たらない。
と、艦の側面に無数の紫電が走った。一瞬攻撃かと身構えたラウン中佐だが、艦を衝撃が襲う事はなく、かわりに敵艦の側面に部隊章がホログラフィックで大きく映し出された。
その部隊章に、ラウン中佐は思わず息をのむ。
「……なんだと?」
燃え盛る炎の中で踊る骸骨の紋章。それは、ある極めて不吉な部隊の象徴である。
誰よりも人類のために尽くすが故に、時として同胞たる人類さえも手にかけるその部隊の名は……。
「アリステラの、特務艦?!」
「艦長、不明艦よりテキスト形式で通信が送られてきています。読み上げますか?」
「……読め」
「はっ。『こちら、特務艦スクリーム。巡洋艦ブルートゥス、任務ご苦労。貴艦の目標地点は本艦である。ただちに預けていた荷物の引き渡しを願いたい』との事です」
「ふん。我々は荷運びではないぞ、ふざけおって。何が任務ご苦労だ」
「し、しかし艦長、相手はアリステラです」
「分かっておるわ。ただちに接舷の準備を行え。ああ、適当に減速するだけでいいぞ、相対速度合わせはあっちで勝手にやってくれるわ。ふん、艦性能を見せびらかしおって」
アリステラといえば軍内の粛清も行う特殊部隊である。後ろ暗い所はなくても不安に顔を曇らせるブリッジクルーに対し、ラウン中佐はあくまでもふてぶてしく応じた。
「荷物の方は、流石に声をかけてやれ。準備の時間がいるだろう。勘違いするなよ、荷物を受け取るという名目で艦を踏み荒らされたくないだけだ」
「艦長? その、荷物というのは……?」
「わからんか馬鹿め。つい先日、司令部のお墨付きで積み込んだ、独立遊撃隊(やくびょうがみ)がいるだろうが。さっさと声をかけんか」
「りょ、了解しました」
「ブリッジより第77独立遊撃隊へ。直ちに出撃準備を整えて第三格納庫に集合せよ。繰り返す、ブリッジより第77独立遊撃隊へ。直ちに出撃準備を整えて第三格納庫に集合せよ」
「ふん。……三分経っても集まってなかったら警備スタッフを向かわせろ。いいな」
どうかんがえても三分で準備ができないのを見越したうえで指示をだし、ラウン中佐は艦長席に深く腰を預けた。
眼前では、相変わらず見せつけるように彼我の距離を維持したまま横腹を見せたままの特務艦。一人の船乗りとしてその性能を羨ましく思いつつも、イライラとラウン中佐は腕を組んだ。
「ふん。あんな得体のしれん連中を積み込んだ時から嫌な予感はしていたんだ。ロスした燃料と時間と弾薬の分、司令部には文句を言わなければな」
「いーやあ。何事よほんと……」
あくびをかみ殺しつつ、取る物をとにかくひっつかんできました、という体のアレックスが格納庫で愚痴る。背後には同じように大慌てで支度を整えた部下達が、乱れた身なりを整えている。また別の場所では、艦内リフトで運ばれてきた27式が警告灯に照らされながら床に卸されている。先日の任務で受けた傷も真新しく、修理もろくに進んでいないようだ。
「寝てる所を叩き起こされるの久しぶりだったから油断した……3分で出撃準備整えろとか無理だろ。勘弁してくれ」
うんざりとぼやくアレックス。まあ無理もない。熟睡していた所を第一種戦闘配備の警告灯で叩き起こされた上に、そこから数分としないうちに艦内放送で名指しの呼び出し。さらに何やら突入してきた警備スタッフに追い立てられるように準備を整えたのだ。警備スタッフはなにやら滅茶苦茶焦っており銃で脅すのも辞さない勢いで、事情の説明もなく訳のわからないまま格納庫までやってきた。
「ふひ……ふひ……」
「ちょ、シルバおばあちゃん大丈夫?」
「いやあ……びっくりしました……」
「老人に無理させんなよ……。あー、一応確認するが、全員いるよな? 各班一応確認しろ。おいてかれた奴がいたらコトだ」
アレックスの指示で点呼が始まる。その様子を見守りながら、アレックスは格納庫の壁面にある巨大な搬入ハッチに目を向けた。
話によれば今現在、急な友軍艦との接舷が行われてるらしい。隔壁の向こうでは相対速度を合わせた艦同士が連絡橋を繋いでいる最中だろう。音速の数十倍、あるいは数百倍で航行する宇宙船同士が接触するのは、ほんの僅かなミスが大事故につながる。高性能AIの補助とセンサーによる計測が前提とはいえ、それでも数百回に一度は接舷事故で船が沈むものだ。ましてや今回のはずいぶん急な話、少し緊張もする。
「一体、どこの誰なんだか」
そうアレックスがぼやいたのを聞きとがめた訳ではあるまいが。
まさにそうとしか思えないタイミングで、ガコン、と搬入ハッチのロックが外れた。
俄かに緊張に包まれる面々の前で、ゆっくりとハッチが開いていく。
客人と、ご対面だ。
ガコン、と搬入ハッチが開かれる。衝撃で積もった埃が舞い上がり、照明の下でキラキラ輝いた。恐らくは何年も使われていなかったのだろう。
出迎える側のアレックス達は最敬礼のポーズで待ち受ける。それに対し、来客者は暗いハッチの向こうから、いっそ奇妙な程にそろえた足音と共にやってきた。
その姿が明かりの下に晒され、僅かに皆がどよめく。
現れたのは、不気味なガスマスクの兵士達。黒光りする使い込まれた装備に身を固めた兵士達は、タダの一言の私語もなく、いっそ機械的ですらある統率された動きで整列した。
アレックスが首をひねる。彼らをどこかで見た気がするのだ。
「第77独立遊撃隊で相違ないか」
先頭に立つ部隊長らしきガスマスクの問いに敬礼を返す。声色はくぐもっていて、男か女か、若いか老いているのかもよくわからない。
「はっ。第77独立遊撃隊、全員揃っています!」
「そうか」
ちらり、とガスマスク越しに視線が27式に向けられる。
「本日今この時間をもって、第77独立遊撃隊は我々の指揮下に入ってもらう。この事は西方司令部も承認済みだ。この通り、命令書もある。確認していただこう」
「はっ」
手渡された命令書は、封蝋の施された古風なものだ。刻印された紋章が西方司令部のものである事をちらりと確認して封を切る。封をきった途端、命令書の封筒が俄かに変色する。酸素に触れると変色する薬品か何かで染色してあるのだろうか。随分な念の入れようだ。
命令書には、確かに第77独立遊撃隊の配属先についての指示があった。そこにあるアリステラ、の文字を確認し、思わずアレックスは目の前のガスマスクを二度見してしまう。
「…………」
無言で見返してくるガスマスクに視線をそらす。流石に堂々と訪ねる気にはなれない。
アリステラについては、あの奇妙な地底探検の後、アレックスも独自に調べてみた。表向きにはその存在は隠匿されているが、隠すつもりはないようで少し話を聞いて回っただけでそれらしき部隊の話はゴロゴロでてきた。特に、最近不良政治将校の粛清に動いていたらしい情報が多い。
他にも艦や基地に乗り込んできては部下からも評判がよくない上層部を問答無用で略式処刑する等、血生臭い逸話に事かかない。ただそれらの情報を精査していくと、彼らの抹殺対象になるのはあくまでも問題を起こした不良軍人のみだ。まっとうに務める兵士を手にかけたという話はついぞ聞かなかった。いやまあ、死人に口なし、というだけの話かもしれないが。
それとは別に、ガスマスクをした精鋭兵士の最前線での目撃情報も多くあった。思えばほかならぬアレックス自身、味方の全滅した最前線でガスマスク部隊の車輛に輸送してもらった覚えがある。はっきりと詳細を覚えてはいないが、思い返せば目の前の兵士と装備がよく似ている気もする。
「その……質問はよろしいでしょうか?」
「構わん。ただし、命令はすでに決定事項だ。覆らない」
「それは、ええ、はい。欲しいのは納得です。この、我々第77独立遊撃隊が貴方達の指揮下に入るという事は、我々もアリステラ所属になる、という事ですか?」
背後で部下達がぎょっとする気配がある。が、大事な事だ。
その場合、遊撃隊権限も失う事になる。部下の配置転換などの命令が来た場合、かばいきれなくなってくる。
少なくとも直属の部下達にかんしては、もう一時の仲間、などと呼ぶことはできない。アレックス自身の認識でも、もはや彼女らは一蓮托生の仲だ。
アレックスの疑問に、幸いにもアリステラは首を横に振った。
「そうではない。あくまで一時的な措置だ。より誤解のないように説明すれば、我々アリステラが一時的に第77独立遊撃隊の助力を要請した形になる。指揮系統や権限の関係で、お前たちが部下になるという扱いではあるが、我々の認識としては対等だ。納得できたか?」
「はい。ですが、何故我々を? より強力かつ優秀な部隊は、他にもあるのでは?」
ちらり、とガスマスクの下でアリステラの視線が周囲を確認する気配がする。他人に聞かれては困る話という事か。
「いえ、失礼しました。出過ぎた質問をお許しください」
「……いや、構わん。質問は以上か?」
「はっ」
「ならば、すぐにこちらの艦に搭乗してもらう。ついてこい」
踵を返し、アリステラ指揮官はこちらに背を向ける。カツカツと連絡通路を引き返す彼の後に続いて、他の兵士も一糸乱れぬ動きで続いていく。
変わった連中だな、というのが一連の動きをみたアレックスの感想だ。統制が機械的なまでに徹底している割に、あまり軍の儀礼には従っていない。
実利一辺倒という事なのだろうか。作戦遂行のために規律は徹底しているが、一方で時間を食うだけで非効率とみなした軍の礼儀は無視している、というか。思ったよりも柔軟性も高いというか、他人に対する許容範囲も高いようだ。少なくとも、この艦のお偉いさんよりは話していて楽しそうな相手だった。
勿論そんな事を考えたのはアレックスだけで、背後の部下達は皆、これからギロチンに連れていかれる罪人のような顔をしていた。なにせ、アリステラの事は知らなくとも『味方殺し』の事を知らない者はいない。アレックスのやりとりで流石に状況を把握した皆は、これで年貢の納め時かあ、と悲嘆にふけっていた。
約一名を除いて、皆重い足取りでアリステラの後に続く。どんな激戦区に配備された時よりも嫌々行進する彼らの後ろ姿を、格納庫に残る艦のスタッフは、自分達があそこにいなくてよかった、と思いながら悲しそうに見送った。
アリステラの艦の中は、不自然に暗かった。照明といえるものは殆どなく、暗視装置がなければ生活できないのでは? というのが正直な印象である。当然、艦内の構造も見通しが悪く、はては部外者を招くにあたって機密維持のためにやっているのではないかと疑うほどであった。最後尾を進む27式はサーチライトを照らしていたのだが、すぐに注意がとんで消灯させられる。
全員の搭乗を確認した背後で、ゆっくりと音を立ててハッチが閉鎖される。そうなると、あとに残るのは完全なる闇だ。隣に立っている仲間の姿すら確認できない暗闇に、部下達から不安と動揺の声が漏れる。
流石にこれでは何もできないな、とアレックスが声をかけようとした時、先んじるようにぱっと照明がついた。明るく照らす、というより、道を示す置石のような光が、点々と艦内に浮かび上がる。
「第77独立遊撃隊は照明をたどって所定の待機位置まで移動せよ。車輛及び機材はその場においておいてほしい。あと警告しておくが、道を外れた場合、命の保証はできない」
暗闇の中からアリステラ指揮官の声が響き、ひぃ、と部下達は竦み上がった。
一方でアレックスは、最近やたらとこのスキル活用するなあと思いつつも、暗闇の中で音響や気配から間取りを把握しようと努めた。
格納庫の類なのは間違いない。天井も高く幅もある空間だが、壁際の反響からして色々何か機械が置いてある。アリステラで運用している機甲戦力だろうか。この場にもそれなりの人数が残り、独立遊撃隊を監視している。
仮にトラブルになったとして、制圧できるか? そんな事を内心考えていると、アリステラ指揮官がため息交じりに語り掛けてきた。
「ウィンザード中尉。君の能力は把握している。あまり詮索はしないでいただきたい」
「おっと、失礼。とはいえ、あまり買いかぶらないでいただきたいな。こんな真っ暗闇では私とてたいしたことはできませんが」
「特異個体との戦闘報告は聞いている。不毛な探り合いは無しといきたい、というのは、流石に我々にあまりにも都合がいい話だが」
「あらま」
つまりアレックスが完全な暗闇でも問題ないのは把握してるぞ、という事である。しかし、その事についても上から抑えつけるように言うのではなく、こちらに譲歩の意思を見せてくるとなると、やはり噂よりもかなり良心的な部隊に思える。まあ、こちらに非があれば容赦ないだろうというのは想像に難くないが。
「それと中尉は私についてきてもらいたい。部隊長同士、話がある」
「……案内はしてもらえないので?」
「君ならこの暗闇の中でも私を追えるだろう?」
「さいですか」
「た、隊長……?」
「ん。すまんな、ミリシア操縦手。そういう事だから、皆を連れて待機場所に移動しておいてくれ。私はちょっと話をつけてくる」
「え、ええー……」
「すまんな、頼むよ副長。私の代わりに、頼む」
「……むぅ。仕方ないですね、わかりました。隊長の代理として、皆を守ります!」
「よろしく頼む」
見えないでもミリシアが力強く頷くのを感じ、肩を叩く。
先行してミリシアがカツカツと誘導灯の下に進み出る。そのあとにおずおずと皆が続いた。さしもの海兵隊メンバーも少し腰が引けている。事務スタッフなど半分涙目だった。彼ら彼女ら的にはホラー映画のキャストの気分だろう。
「待機所は流石に明かりはあるよな?」
「問題ない。我々とて真っ暗では支障がある」
ほんとかぁ? と首を捻るアレックス。が、指揮官は彼に取り合わず、闇の中で位置を示すようにカツンとブーツを鳴らした。
「ついてきてくれ、中尉」
指揮官に先導されて真っ暗な艦内をいく。最低限の照明すらない上に道がやたらと入り組んでいる。人工重力を変な使い方をしているのか、壁が床になったり床が天井になったり。さしものアレックスもそろそろ平衡感覚が怪しくなってきた。
宇宙船というのは、可能な限りシンプルかつ合理的に作るのが鉄則だ。宇宙ではささいなトラブルが命に係わる重大ごとに発展する。道に悩まされるようでは問題外だ。
どちらかというと、この造りは城に近い。敵の進攻を想定し、可能な限り時間を稼ごうとする造り。だが、宇宙船なら隔壁を下ろせばいいだけだ。このような訳の分からない造りにしなくても、敵の進攻は妨害できる。
「不思議に思っているだろう? この複雑な構造はいったい何を意味しているのか」
「……失礼ながら。自然にこちらの思考を読むのはやめてくださらないでしょうか」
「君が合理的な人間なら、そう考えるであろうという事だ。こちらの予想が外れていない事は安堵に近い思いだ」
「そうですか……」
それきり会話が途絶え、黙々と進む。
再び指揮官が口を開いた。
「納得が大事だといったな」
「え? ああ、まあはい」
「この造りが、オカルト的な意味合いがあるといったら、君は納得するか?」
「……えっと? 話が読めないのですが」
「この艦に乗っている人間は、全て心音をモニタリングされている。上位士官は、それによって誰がどこにいるか常に把握が可能だ。また艦内端末を使った場合は、必ずログが残るし、場合によっては装備を経由して上官が画面を確認できるようになっている。にも拘わらず、誰もいない場所で笑い声がしたり、物の配置が勝手に変わっていたりする。それは全て、この艦にすむ小鬼のせいだと言われているのだ。この艦の人員は小鬼によって監視されており、彼らの為にこのような不合理な造りになっているのだ、とな」
まるきり怪談話である。
ケケケケケ、と遠くから笑い声が聞こえてきたような気がして、アレックスは袖をさすった。
「……ま、まあ、なんだかんだ縁起や迷信は担ぐものですし……遺品集めとか……」
「ああ。君の品物は割と高く売れるらしいな。副業にするのはどうだろうか」
「本気かどうか分かりづらい冗談は対応に困るのでやめていただきたいのですが……」
「そうか……」
それきり指揮官は口を閉ざした。なんだか、少し気落ちしているような雰囲気も感じる。もしかして、彼としてはウィットに富んだジョークのつもりだったのかもしれない。
それきり、沈黙の帳が降りた。こうなると、アレックス側から何か話しかけるのが筋なのかもしれないが、しかし気の利いた言葉が出てこない。そもそもアリステラと一般兵で共通の話題といったら何があるだろうか。
何かヒントを得ようとしても、真っ暗なので何も見えない。情報が何もない。
あー、真っ暗なの、こういう意味もあるのかあ、と実感しつつアレックスは頭を抱えた。
そうこうしている間に無常に時は流れ、先行する指揮官が足を止めた。
「ついたぞ。中に入れ」
<戦場のひみつ:アリステラがどこからどういうルートで人員を調達しているのかは謎に包まれている。彼らは皆優秀であり忠誠心が高く、それでいて激しい消耗を補うだけの人員が常に用意されている。過去何度もその秘密に近づこうとしたものはいるが、全て口を封じられてきた。>