※この作品はR-18です。

未来も希望もない戦場で必死に生き残ってたらモテモテになった件(ハーメルン版)   作:SIS

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<戦場のひみつ:再生医療の一環として臓器や欠損した手足の再生は日常的に行われているが、基本的に人間をまるまる一人促成クローニングするのは禁止されている。それは人道的な問題もあるが、多くの場合脳に欠陥が生じているためクローンと知らずその人物を採用した場合後々に大きな問題が生じる為である。人間の脳機能は時間をかけて完成していくものであり、現状の促成クローン技術では不十分だとされている>


第四十話 忌まわしき思い出

 

 

 ピッ、と認証らしきものが行われ、ガス圧の作動音らしきものが聞こえてくる。と同時に、黒一色だった世界にほんの少し、光が差した。扉の向こうの区画から漏れてくる光で、ドアの形に暗闇が切り取られている。

 

 指揮官に続いて光の輪郭をくぐる。途端、背後で再びガス圧と同時に扉の閉まる音。

 

 見渡せば、薄暗い空間の中央に、まず大きなホロプロジェクターが置かれている。緑白色に発光する球体のプロジェクターの上に、無数の立体映像が目まぐるしく切り替わりながら投影されているのが見えた。その明かりに照らされるように、何人かの士官が会話をしている。皆、例外なくガスマスクである。ここまで情報の秘匿が徹底しているともはや笑えてくる。

 

「ウィンザード中尉をお連れしました」

 

「ご苦労。下がれ」

 

 指揮官が告げると、鷹揚にこの場でのトップらしき人物が答える。もちろんマスクのせいでくぐもった声は明瞭には聞き取れない。

 

 指揮官は頷いて任務完了を確認すると、すっと立ち並ぶ士官の列に並んだ。それだけで、今まで一緒に歩いていた人物が誰なのか、並び順でしか区別できなくなった。完璧に皆同じ装備、同じ体格。いっそクローン人間か何かと言われたほうが納得できる。

 

「よく来てくれた、ウィンザード中尉。私は本艦に搭乗しているアリステラ部隊の司令官だ。残念ながら君はこれ以上の情報を開示できる立場にない。了承してくれたまえ」

 

「はっ。アレックス・ウィンザード中尉、招集に応じ参上しました。……そろそろ、詳しい話を伺ってもよろしいでしょうか?」

 

「勿論、よろしい。そして話は簡潔にゆこう。単刀直入に言う、君にはある拠点の制圧任務に協力していただきたい」

 

「それは……粛清とか、そういう?」

 

 アリステラの主任務が、いわゆる身内の粛清である事は間違いない。確かに、そういった者達は現場からすれば殺してやりたいほど憎い相手だが、いざ手にかけろ、と言われると話が変わってくる。そもそも、アレックスは自分の部下に同胞殺しをさせたくはない。少なくとも、進んでは。

 

 しかし、司令官はそうではない、と言葉をただした。

 

「粛清ではあるが、友軍に対してではない。汚職や裏切りではなく、明確なる人類の敵の排除だ」

 

「それは、どういう……?」

 

「ウィンザード中尉。これまでの君の戦歴は確認している。その中で、疑問に思った事はないか? そう、戦場によって、兵士の扱いや、戦場の過酷さにあまりに差があると」

 

「……それは」

 

 その事はまさに、最近ひしひしと実感している事だった。

 

「それだけではない。異様な人事がまかり通っている様も、見てきたはずだ。例えば、ありえないほど高騰した人頭税、無能で冷酷な政治将校、訓練段階で命を落とす兵士達……皆、本来ならばあり得ざることだ。君はそれを見てきただろう。その上で問う。そんな事が何故、まかり通ったと思う?」

 

「それは……すいません。わかりません」

 

 偽りない本心だ。

 

 そもそも、話にあがったような事例、通る事がばかげている。いくら事務処理等が複雑であっても、強力な権限が背後にあっても、人類社会はAIのような価値観の違う知性も組み込んで監視下に置かれている。事務処理の裏をかこうとするなら高度な演算能力で、権限を振りかざすならそれに価値を見出さない存在をぶつける。

 

 そのようにして、悪徳や不正を出さないようにしているはずなのだ。

 

「その通り。本来ならば、あり得ない事だ。何よりそのような事が起きている事を知っていながら、我々アリステラが対応しきれていない。あってはならぬ事だ。ならば」

 

 そこで司令官は一呼吸おいて、言い切った。

 

「我々の理解を越えた何かが起きているのだ。常識では測れない何か」

 

「……悪い魔法使いでも潜んでいると?」

 

「ふ。もしかすると本当にそうかもしれぬぞ、ウィンザード中尉」

 

「それは、その。すいません、一体どういう意味でしょうか?」

 

「それを知るために、君の協力を取り付けたのだ、ウィンザード中尉。理由は二つ。君が西方司令部からその思想、身元、能力を保証された完全なる潔白な戦力である事。そしてもう一つが、君がこれから向かう敵拠点について生者の中でもっとも詳しいからだ」

 

 ヴィン、と音を立ててプロジェクターが新たな映像を空中に投射する。

 

 三次元モデルで表示され、くるくると回転する一隻の宇宙船。何気なくそれに目を向けたアレックスはしばし首を傾げ、直後戦慄に凍り付いた。

 

 そう。彼はこの船を知っている。

 

「訓練戦艦モルガンヴェール。3年前から行方をくらましていたのを、2週間前にようやく再捕捉した。この船が、背信者たちの拠点になっているのは間違いない」

 

 モルガンヴェール。そう。確か、そういう名前の艦だった。

 

 何人かの友人たちの墓標。そして、多くの同胞に刻まれた烙印の名だ。

 

 今更、その名前を聞く事になるとは。アレックスは酷く動揺している自分自身に気が付き、その事そのものに驚きを覚えた。とっくの昔に通り過ぎた事なのに。

 

「ウィンザード中尉。君は徴兵された後にこの訓練軍艦に赴き、そこで一年間の訓練を……否、拷問を受けた。その事に間違いはないな?」

 

「……ええ、まあ、はい。……拷問ですか」

 

「言い訳にもならないが、我々も当初、この訓練戦艦が規定を大幅に外れた研修項目を設定していた事を知らなかった。我々が把握したのは後々の事だ。すぐさま査察が予定されたが、それが届く前に奴らは行方を眩ました。タイミング的に、君が卒業した直後の事だ」

 

「私が卒業したタイミングでは、まだ多数の訓練兵が艦内に残っていたはずです。……彼らは?」

 

「不明だ。今も艦に残っているのか、背信者となったか、あるいは全員殺されたか、だ」

 

 少しくらりとして、アレックスは額を抑えた。タイミング次第では、自分もそうなっていたという事か。

 

 しかし、戦艦一つが乗員ごと消える? そんな事があり得るのか?

 

 確かに戦艦には膨大な資源が備蓄されていた。だが、同時に搭乗している人間もまた多い。何年も雲隠れできるほどの食料は流石に無理だ。にも拘わらず、3年もの間戦艦は姿を晦ましていたという。

 

 あり得ない話だ。これも。あってはならない事が起きている。

 

「少し整理させてください。先ほどからおっしゃっていますが、あなた方のいう背信者とはなんですか? 軍紀違反、あるいは汚職軍人とは違うのですか?」

 

「何故そう思う?」

 

「何故って……それは……」

 

 脳裏をよぎる忌まわしい記憶。

 

 ああ。確かに、あの訓練戦艦の日々は、背信ではなかった。裏切りではなかった。

 

 無価値だ。

 

 意味もなく痛めつけられ、意味もなく嘲られ、意味もなく死んでいった。あそこで学んだ事に何一つ有用な事はなく、ただの時間と命と資源の浪費でしかなかった。

 

 何かを得よう、というものでもない。汚職に手を染め私腹をこやす訳ではない。命惜しさに安穏と後方に居続けたとか、そういう話でもない。

 

 あの訓練戦艦で行われていた事は、あの船にのっていたものは、等しく無意味で無価値だった。

 

 貴重な人類のリソースを無にくべる事は、確かに裏切りであるのかもしれないが……。

 

「……あそこで行われていた事は、裏切りではなかった。無価値ではありましたが。それが、アリステラが動き、大規模な部隊を動員する程の事なのですか?」

 

「無価値。無価値か……なるほど。良い表現だ」

 

 アレックスの要領を得ない見解に、しかし司令官は大いに納得するものがあったらしい。

 

「質問に答えよう、中尉。我々の追う背信者とは、言わば悪意に満ちた無秩序なのだ。他者の価値を損じるためにある無価値、とでも言おうか。奴らは異星生物との戦争において、人類の間に、意味のない混沌を、混乱を、損害をまき散らし続けてきた」

 

「意味のない、ですか」

 

「そうだ。すくなくとも我々から見ればな。人頭税を吊り上げ惑星を荒廃させ、貴重な新人を悪辣な環境で使いつぶし人類軍を消耗させ、無謀な戦端を開き人類と異星生物の両方に流血を強いる。この事で得をする者はいない。故に、我々は長い間、そのような存在がいる事を見落とし続けてきた。今も軍内では、半信半疑、信じていない者もいる。利益を度外視して人類に害を成すような者の存在をな」

 

「それは……まあ、わかります」

 

 本当にそんな者達がいるなら、どう考えても正気ではない。一方で、それらの引き起こした事象は、到底まともではない人間が引き起こせる者ではない。少なくとも大きな権限と立場がいる。そこまで上り詰めた者が、それまでの全てを引き換えにして引き起こした事が、誰も得をしないただの混乱では、割に合わないと考えるのは自然な話だろう。

 

「だが、我々はついにその尻尾を掴んだ。かの訓練戦艦に、間違いなく求める答え、その一端がある。それをなんとしても確保し、無秩序の信者どもを表舞台に引きずり出さねばならぬ。その為に必要な物は全て用意する。全てだ。それが君をここに招集した理由になる。納得するだけの情報は得られたか、中尉?」

 

「はい。いえ、納得はしたのですが、いまいち理解が及ばないといいますか……部下に上手く説明できそうにありません。場合によっては、人類同士で撃ち合う事になるのではないでしょうか? その事を納得させられるかどうか」

 

 そして勿論、アレックスもそこは自信がない。いざという時、人間を撃てるか? やってみないとわからない。

 

「それも仕方ない。少々、話が抽象的すぎたか。そうだな、話のできない異常者どもが軍の立場で好き勝手やっているから粛清にいく、そういう話でいいだろう」

 

「よろしいのですか?」

 

「少なくとも我々としては、君がある程度の理解さえ及んでいればそれでよい」

 

 妙に評価が高いな、と感じ取ってアレックスはぶるりと背筋を震わせた。とんでもない厄介ごとの気配がする。

 

 もしかすると滅茶苦茶危険な話ではないのか、これ。と今更ながらに本能が訴えてくるが、かといって断れるような話でもない。

 

 もはやなるようにしかならない。

 

「作戦においては、装甲車輛を用いた強行揚陸を行う。君達の27式にも強制ブースターを装着し、我々に同道してもらう事になる。……そう困った顔をするな、そもそも我々は戦闘が発生する可能性は低いとみている。別に皆殺しにする訳でもない。証言の確保が目的である以上、可能な限り生きて確保するのが望ましい。我々がアリステラとわかっており、かつ投降すればすぐには殺されないという話でなお、反抗してくる気合のはいった連中だとは考えられない。もしそれでも組織的に反撃してくるなら、それはただの暴徒と変わらぬ。暴徒の鎮圧は、正規軍でも必須項目だろう? それなら心理的な抵抗はあるまい?」

 

「ええ、まあ……それならば」

 

「作戦開始は1週間後。それまでの間に、我々と肩を並べて作戦を遂行できるよう、訓練を行ってもらう。……話は以上だ。中尉を案内してくれたまえ」

 

「はっ」

 

 司令官の呼びかけに応じて、一人の士官が前に出てくる。例によってお揃いのガスマスクなのもあって、さっき案内してくれた士官なのかもよくわからない。

 

「第77独立遊撃隊の皆さまに与えられた区画までご案内します」

 

「あ、ああ。ありがとう……」

 

「それでは、ついてきてください」

 

 淡々と告げて、指令室のドアの前に立つ案内人。ちらりと一度司令官を振り返るが、彼らはもはやアレックスの存在など無いかのように業務に戻っている。

 

 正直、混乱している。が、ここにいても何にもならないだろう。

 

 アレックスはおとなしく案内に続いて指令室を出た。

 

 

 

 ちなみに、独立遊撃隊に与えられた区画は、ちゃんと照明がついていて明るかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 惑星デュートリオンⅢ。人類の最前線であったこの惑星では、つい先日、人類軍の反抗作戦によって異星生物の重要拠点が一つ陥落する事になった。その事は波及的に他の戦線にも影響を与え、惑星上での優劣は大きく人類側に傾いた。

 

 戦線を大きく前進させた人類は、十分な人材を派遣し陥落させた拠点の調査に入った。調べるべき事はいくらでもある。未確認のオーガニックフォートレスの残骸の調査、未知のプラント資設の解析、生死不明だが恐らく死んだとされている特異個体の追跡調査、等々。勿論その重要性から異星生物が総力を挙げて奪還しにくる事も想定し、十分な戦力も配備された。過剰なまでの機甲戦力を集めた防衛線と貴重な研究チームの派遣によって、人類は異星生物への理解をまた一歩、深める事を期待されていた。

 

 全ては過去の話だ。

 

 今や、調査拠点は墓場と化した。

 

 墓標のように機甲兵器の残骸が佇み、その足元では無数の死体が散乱している。そのいずれもが真っ赤な血に染まった肉片であった。

 

 人類軍は殲滅され、それを成した異星生物側も引き払い、動くモノは見当たらない。

 

 そんな赤く染まった大地を、ずしゃり、と踏みしめて進軍する存在が一つ。

 

「GGGU……」

 

 人ではない異形。鱗ではなくぬめりとした粘液で皮膚を保護し、頭部から背中にかけてがキチン質の外骨格で覆われている。眼を引くのは後頭部であり、そこは肥大著しく甲殻の隙間を繋ぐ膜から巨大な脳神経らしきものが透けて見えていた。また、背中の甲殻の下には、甲虫のように薄い皮膜の翼が折りたたまれている。二対の目は瞳孔のある眼球をぎょろぎょろと忙しなく蠢かせ、口元では複数の牙がガチガチとかみ合わされる。

 

 大地を踏みしめる一対の足は逆関節気味の曲がり方をしているが構造は人間のそれに近い。三対の腕は肘から先が外骨格構造に置換され、鋭い爪が金属を削りだしたような武骨な剣をそれぞれ保持していた。

 

 恐竜を体格そのままに二足歩行にし、昆虫の遺伝子を組み込んだらこれに近い姿に形になるのではないだろうか。まさに悪夢じみた合成獣の怪物である。

 

 LORD。西方司令部で言及した、識別コードネームを与えられた異星生物の特殊工作員のうちの一匹。いや、工作員というよりは、将軍、あるいは司令官と言うべきだろうか。

 

 彼のいる戦場では、異星生物の挙動が一変する。本能にまかせて突撃するだけのはずの異星生物が、戦略目標を見据えて行動するように変わってしまう。陽動や挑発にのらず、愚直にまっすぐ突っ込むのではなく防備の薄い所に的確に戦力を集中する、それだけで数に劣っている人類にとっては悪夢じみた致命打になる。そうなったらもはや人類に成す術はない。

 

 先ほど彼自ら引き裂いた研究チームのメンバーは、恐らくその秘密に気が付いていたはずだ。彼のあまりに肥大した後頭部の脳神経、そして飛行能力を備えている訳でもないのに背中から生えた巨大な翼と、それが震える事によって発生する周波数。ある種の昆虫のように振動を通し異星生物に指示を下すコミュニケーション能力と、複雑な戦術シミュレータを可能とする巨大な脳の演算能力。それこそがLORDの能力だと。

 

 だが死人に口なし。いかな真実にたどり着いても、それを伝えられなければ意味がない。それを分かっているがゆえに、LORDは自らも絶大な戦闘力を備えており、目撃者を決して生きて返さない。故に、彼の人類に齎した流血は、人類の把握しているそれよりも遥かに多い。彼の手にしているブレードが、自らの指揮で撃滅した人類の宇宙戦艦、その装甲を削り出して作ったものだと言えば、彼の血塗れた戦歴の十分の一でも伝わるだろうか。

 

 不意に、LORDが足を止めた。その視線が、戦場に転がる岩の影に向けられる。

 

「化け物……め……」

 

 物陰から姿を見せたのは、おぼつかない足取りの一人の兵士。すでに酷い手傷を追っており、左腕は半ばからちぎれ、右わき腹に深い裂傷。他にも全身に大小さまざまな傷を負っており、みた所あと数分の命だ。それでも立って歩いているのは、彼の右手に握られた小瓶が原因だろう。毒薬と何ら変わらないカンフル剤で、死までの数分間動けるようになったらしい。普通の部隊は持っていない、ここに配備されていたのが特殊部隊だったからこその装備だろう。

 

 兵士は小瓶を投げ捨て、腰から刀剣を引き抜いた。ぱちぱちと電気を走らせる刀身に、べったりと赤紫の血が付着しているのを見て、LORDは眼を細めた。

 

 二対四つの視線で兵士を認め、彼は正面から向き直った。

 

「GRR」

 

 一声呻いてブレードを構える。

 

 本来なら下がらせた部下を呼び寄せて袋叩きにするのがLORDの戦術だ。それは別に卑怯でもなんでもない。だが、彼は部下にまかせては被害が拡大すると判断した。

 

 手練れの死兵ほど、厄介な存在はないと、LORDは経験から知っていた。故に、自らが対応する。

 

 数秒の静寂、にらみ合う両者。LORDは慎重に出方を伺う一方、もはや一秒とて惜しい兵士はあえてその数秒を使い、息を整えた。一瞬だけ閉じられた瞳が、覚悟の炎を秘めて見開かれる。

 

 地面を蹴り砕く程の反動を伴って、兵士が駆けた。劇薬を用いたとしても人間の脚力ではない、服の下に強化骨格でも隠していたか。

 

 それでもLORDの能力なら十分にとらえられる。間合いを完全に見切って、右の三本の腕がそれぞれブレードを携え、横なぎに振りぬかれた。回避の間合いなどない完全な面制圧。人間など原型を残さずバラバラに切り裂く一撃は、しかし空を切った。間合いを見切って振りぬかれたはずの刃は、兵士の鼻先数ミリをかすめて空振りし、兵士はそのまま迷う事なく腕を振り切ったLORDめがけて突撃する。驚愕に四つの目が見開かれた。

 

 間合いを見誤るはずはない。LORDの空間認識能力は人間のそれを超越している。ならば、何かしらの技巧。例えば特殊な歩法であるとか。やはり手練れは厄介だと再認識し、LORDは身を翻した。4mを越える巨体が猫のように体を捩じりながら背後に跳躍し、兵士の一撃を軽々と回避しつつ、同時に丸太のような尾が降りぬかれた。ブレードのような武器ではないが、ちっぽけな人間一人を叩きつぶすに十分な質量が、殺人的な速度を得て兵士に迫る。

 

 曲芸師のような反撃に、しかし兵士は容易く対応した。LORDの動きに惑わされる事なく跳躍し、あろうことか尾を踏み台にしてさらに跳躍。背後に逃れ着地したLORDの頭上から、剣を逆手につき下ろしてくる。

 

 咄嗟に右の腕を振り上げて迎撃するLORD。技巧も何もない、とにかく腕を振り回しただけの攻撃だが、三本の腕が同時にブレードを繰り出すそれは単純に人間からすれば脅威のはずだ。だがこれも兵士は容易く対応し、それどころかブレードの側面に己の剣を打ち付けて軌道変更した上でさらに加速し、LORDの懐へと飛び降りた。

 

 距離が近すぎる。巨体が災いし、LORDは兵士にブレードを向けられない。首をさげて噛みつこうにも、兵士が剣を生命核に突き刺す方が早いだろう。

 

 獲った。兵士の顔に会心の笑みが浮かぶ。その瞳に映るLORDは、ちっぽけな人間に奇襲を許し、もはや成す術なく断末魔をあげるのを待つのみだ。その牙を剥いた叫び顔を、冥途の土産に目に焼き付けて兵士は逝くつもりだった。

 

 その叫びが、青白い光を帯びるまでは。

 

 LORDが吠えた。限界まで開かれた顎の奥から、見事な敵に対する敬意と殺意が噴き出して、それは青白い輝きとなって兵士に降り注いだ。

 

 殺意に物理的な力があったなら、そのようになるだろうか。突如吹き付けられた青白い輝きの奔流にさらされた兵士の肉体は、まず一瞬で皮と肉が剥げ、血は蒸発し、骨も焼き尽くされた。断末魔の瞬間に兵士が何ごとか叫んだかもしれないが、LORD自身の絶叫にかき消されて、それは誰にも届かなかった。

 

 やがて兵士だった存在が青白く発光するぐずぐずのヘドロになった所で、LORDの絶叫はか細く途絶えた。焼けただれ、顎の一部が融けて滴っている口元を腕で拭い、最後に一度だけヘドロを一瞥する。傍らに辛うじて原型をとどめている剣の残骸を見定めると、LORDはそれを拾い上げ、無造作に肩の甲殻に突き刺した。それきり踵を返し、振り返らない。

 

 他に生存者が居ない事を確認しながら、LORDはまっすぐ拠点の中心部を目指した。

 

 調査拠点の中心にあるのは、地底深くまで続く大崩落跡。

 

 そこは77独立遊撃隊が爆弾によって薄い岩盤を爆破し、大型オーガニックフォートレスを落下させた際にできたものだが、彼の目的地はその穴底にある。

 

 崩落の内部にワイヤーを伸ばしたままで放置されているクレーンに目をつけると、LORDは手にしたブレードを投げ捨てると崩落に身を投げた。その途中でワイヤーにしがみつき、そのまま火花を散らしながら穴の底へと降下していく。たっぷり3分近くかけて、彼は穴底へと到着した。

 

 ずしゃり、と砕けた岩の上に身を下ろすLORD。ワイヤーにしがみついていた指は爪がぼろぼろになり、夥しく流血している。ぽたぽたと赤紫の血を流す自らの腕を無感情に見つめたLORDはおもむろに無事な腕で傷ついた腕を掴むと、そのまま付け根から引き千切った。肉を割く音、骨の砕ける音が響くが、しかしそれは見た目ほど大きくはない。識者が目撃していれば、トカゲが自ら尻尾を千切るように、傷ついた腕を自切した、というようにも見えただろう。

 

 千切った腕をその場に投げ捨て、LORDは穴底をまるで何かを探すように首を巡らせ、しばし歩き回った。やがて目当てのものを見つけたのか、いまや一対になった腕で大岩に手をかけ、怪力でもって押しのける。

 

「GGr」

 

 大岩の下に対象をみつけ、LORDはしゃがみ込むとそれを抱き上げた。

 

 それは、死にかけの肉塊だった。血まみれのエイリアンの上半身。

 

 DEATH。オーガニックフォートレスの落下に巻き込まれた暗殺者は、しかし辛うじて生き延びていたのだ。

 

 とはいえ、もはや死んでいないだけといっても過言ではない状態ではある。下半身はちぎれ、腕も両方、半ばから千切れている。胸も岩によって陥没し、呼吸すらままならないといった有様だ。まだ息がある事じたい、驚異的な生命力である。

 

 そんなDEATHの頭部に、無造作にLORDが手をかけた。鉤爪を立てて、頭を遠慮なく引っ張る。力に耐えられず、ぶちぶちと頸部が音をたてて断裂していく。介錯にしても無残なやり方……そう見えた。

 

 そうではない。

 

 引き千切れた頸部からずるり、と触手が引き抜かれる。まるでタコツボからタコを無理やり引きずりだすように、DEATHの頭部……否、その本体がもはや死した仮初の肉体から引きはがされた。

 

 LORDはただの肉塊になった戦闘用ボディをその場に投げ捨てると、うねうねと触手を蠢かせるDEATHと目を合わせる。

 

 その瞬間、両者の間で何事かが交換される。互いの目に無数の光が高速で瞬きやりとりする様は、どこか人類側の無線通信のステータスランプの点滅にもにていた。

 

 情報の交換を終えて、DEATHがLORDの肩によじ登る。長年の相棒のように腕にDEATHを携えたLORDはもはや用事は済んだと踵を返し、一言声を上げた。

 

「GRRR」

 

 短い唸り声。それに答えて、無数の影がLORDの頭上に差した。遥か頭上、陥没地点から飛び降りてくる無数の影。それは見る間に近づき、それによってそれらが巨体である事がはっきりとわかる。

 

 ずずずん、と着地し、土ぼこりを巻き上げる。LORDが埃から庇うようにDEATHを抱きかかえた。非難するような視線を影達に向ける。

 

 その視線を気にした様子もなく、うっそりと姿を見せるのは、LORDに似た姿の、しかし二回り以上大きな怪物達だ。大きな違いとしては体格の他、LORDが武器を持つために鉤爪の指をもっていたのに対し、それらは指先がカマキリを思わせるような鋭い大きな一本の鉤爪になっている。武器ではなく己の爪で敵を引き裂くのが彼らの戦闘スタイルなのが窺える。

 

 他の細かい違いは眼が一対、後頭部が肥大化していない、腕が二対である、などあるが、概ねLORDと似通った姿である事は否定しようがない。そしてその鉤爪は、べっとりと血で濡れている。

 

 彼らはLORD直属の精鋭部隊だ。人類が攻撃機級と呼ぶ個体と同じく、LORDの遺伝子設計を流用して作り出された、機甲戦力に該当する高コスト兵器である。拠点調査部隊を鏖にしたのも、ほぼ彼らの仕事になる。彼らの巨体は歩兵のレーザーガンなど受け付けず、鉤爪は重戦車の装甲すらやすやすと引き裂く。おまけに巨体からは想像もできないほど機敏で、離脱を試みる軽車輛にすら易々と追いついてみせる。一言の情報も漏らさなかったのはジャミングのタイミングや指揮系統をまっさきにつぶさせたLORDの指示あっての事だが、やはり個々の戦力が大きいというのは単純に圧倒的である。

 

 事前情報も存在しないこのような怪物が10体以上、LORDの指揮下で襲い掛かったのだ。調査部隊はひとたまりもなかった。ただそれでも、無傷とはいかないし、損害もでた。さきほどの兵士によって少なくとも一匹は倒され、自滅機構によって強酸の水たまりと化している。戦力としては強力だが、特異個体を越えるにはまだ足りないものがあるらしい。

 

 他の異星生物と同じく、この個体にも自我や知性と呼べるものはない。ただ、戦闘用に調整された事もあり、生物的本能すら彼らには希薄だ。ただでくの坊では勿論なく、情報処理能力自体は非常に高く、適切な命令さえあれば複雑な任務にも対応できる。

 

 LORDの意思のみに従い、死への恐怖も躊躇もなく指示された命令を繰り返し実行する忠実な手駒。いうなれば代行級、とでもいうべき存在だろうか。まさに理想的な兵士、理想的な殺戮者である。

 

 LORD本人からすれば、いささか気遣いが足りない、という感想が出てくるかもしれないが。

 

「RGGR」

 

 唸り声一つで、代行級は整然と整列し、行軍を開始する。皆一糸乱れぬ動きで、崩落に繋がる地下洞窟へ……アレックス達が通ってきた道を逆に辿る様にして姿を消していく。その後を、後ろからゆっくりとLORDが続く。

 

 ここでの目的……DEATHの救出が完了した以上、長居する理由はない。すぐに異常に気付いた人類軍が押し寄せてくるはずだ。流石にそれら全てを相手にできると思うほど、LORDは思い上がっていない。むしろ、彼は人類を高く評価していた。

 

 人類はあくまで個の集合体であり、それが全体として方向性をもって動いているのは驚異的な事だ。そうさせている人類司令部も、そう動いている個々の兵士の存在も、LORDは意識した上で脅威だと判断している。故に、情けも容赦も油断も微塵もない。

 

 それにLORDは忙しい。彼には次の任務がすでに決まっている。顔を上げ、岩盤越しにはるか頭上の無限の暗黒を、二対の目が睨みつける。

 

 

 

 それは突然の出来事だった。惑星デュートリオンⅢの防空システムが、惑星から離脱する異星生物の打ち上げシャトルらしきものを確認した。しかし迎撃する筈の防空システムは正体不明の大型異星生物の攻撃を受け損傷、対象を取り逃してしまう。惑星の重力圏を脱出したシャトルはそのまま宇宙に待機していた航宙生物と合流、本来なら単艦では不可能なはずの重力トンネル航法で人類の勢力圏を離脱。その際に発生した大規模な重力変動で人類側の艦艇は航行に支障をきたし、追撃にも失敗する。

 

 迎撃システムを破壊した正体不明の異星生物は、目的達成後肉体の体液を全て強酸に変換。自爆した為、詳細は不明。司令部はそのやり口と投入された戦力から、敵の上位個体が介入してきた可能性を指摘している。

 

 

 







<戦場のひみつ:PSYエネルギー、いわゆる念動力や超能力は、高次元視座論によってある程度の実在を証明された。が、あくまで理論上ありうるというだけであり、人類の脳みそではどうやっても現実の質量に影響を与える事はできないというのが結論だ。もし人間より遥かに高性能でかつより大きな質量の脳を持った生き物がいたり、何らかの形で脳機能を大幅に拡張する事ができるのなら、現実世界に影響を及ぼすだけのPSYエネルギーを発現する事はできるかもしれない。>





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