未来も希望もない戦場で必死に生き残ってたらモテモテになった件(ハーメルン版) 作:SIS
<戦場のひみつ:戦場における魑魅魍魎、妖怪や亡霊の類の話はあとを絶たない。厄介なのが、そもそも人類が戦争している相手がその魑魅魍魎の類といっても過言ではない相手なので、兵士の間に変な噂が流れるとそれを調査する専門の部隊が動く事になる。彼らが調査した結果、それが果たして本物だったのか異星生物だったのかただの噂だったのか、それを知る者は誰もいない。>
陸上用に開発された車輛を、宇宙空間で運用するのは実の所、そう珍しくはない。強制制御ブースターなるものがある事から分かるように、少数の車輛や人員を宇宙船同士でやりとりする際、多大な燃料を消費し危険を冒す必要のある接舷を行っていては割に合わないという事で、必要な分だけ飛ばしてやりとりする事は頻繁にある。それならばある程度船速を考慮した上で、受け入れ側がセーフティネットを用意すればいい。接舷のように、船速を完全に同調させセンチ単位の微細な調整をする必要はない。
もともと軍事車輛は環境適応以外にも味方友軍の核制圧に巻き込まれないために対放射線防御仕様が前提だ。核を多用しなくなった現在でも、よほどの事がない限り基準は守られている。それでも不安なら乗員が宇宙服を着こみさえすれば、あとはどうとでもなる。
とはいえ、友軍艦艇に移動するのと、敵性艦に乗り込むのとでは全く話が違う。下手をすれば敵艦から対空射撃が飛んでくるし、敵も振り切ろうと船速を上げたりもするはずだ。ちっぽけな陸戦車ではいくらブースターを積み込んでも、艦船の加速に追いつく事が不可能に近い。
その為多くの場合、攻撃を仕掛ける側が十分な加速をした上で敵艦と交差した瞬間に強襲部隊を放出、攻撃側が速度的に優位な状態で敵に取り付く形になる。この時も、彼我の速度差を考慮して対応しなければ乗り込み先の艦に迂闊に接触したが最後、自爆に近い形で損傷を受ける恐れもある。とにもかくにも、宇宙では物のやりとり一つ上手くいかないものだ。
そもそも、そういった強行作戦は宇宙軍の仕事である。陸軍所属のアレックス達からすれば完全に畑違いだ。
それはアリステラも把握しており、一週間という短い期限ながらも訓練はきちんと受けさせてくれるらしい。逆に言えば、宇宙軍に声をかければすぐにでも用意できる強襲作戦を、わざわざ門外漢の部隊に訓練を受けさせるというコストを支払ってまで第77独立遊撃隊を参加させたいとなると、よほどの事情があるらしいとアレックスは見ている。
正直ぞっとしない。到底、愉快な理由には思えなかった。
特におっかないのが、アレックス個人ではなく独立遊撃隊を部隊単位で指定している事だ。本命はアレックスでありあくまでその人質なのか、あるいは第77独立遊撃隊そのものに何かあるのか。さりげなく追及はしてみたものの、アリステラの人員は必要以上の事を全く口にしないため、理由はいまだに不明のままだ。
とはいえ、訓練そのものはきちんとしたものだ。作戦の事情がどうであれ、生存率を高めるために本気で挑むべきなのもまた事実である。
訓練内容は、時間も短い事もあって本番のリハーサルを繰り返すような内容になる。ただ、特務艦スクリームは単艦での作戦行動を前提としている。敵艦への強襲任務には当然、標的にも宇宙船を用いるべきなのだが今回は用意できない。
代わりに、小惑星を標的艦に用いる。戦艦ほどもある巨大な岩にビーコンを張り付けて、戦艦に見立てるのだ。あとはシミュレーターの応用で戦艦のCGを映像に重ね、対空砲火も疑似的に判定処理を行う。一口にいうと簡単だが、そこそこ以上に大変な情報処理が必要とされるはずだが、アリステラはものの数時間で準備を終えてしまった。よほど優秀なシステムエンジニアを抱えているらしい。
そうして特務艦スクリームに乗艦してわずか半日たらず、与えられた区画に馴染む暇もないまま、第77独立遊撃隊のメンバーは訓練の為に27式に乗り込んでいた。
当然ながら、皆宇宙用装備である。モコモコとした分厚い防護服は、由緒正しい放射線と真空対策のものだ。噂では1000年以上、基本構造が変わっていないらしい。
まあ古かろうが新しかろうが、問題なく使えれば不満はない。ただ敢えて言うならば、ちょっと動きにくい。とはいえ安全を期するなら着ておく他の選択肢はない。
一応、27式は最新型で対放射線防御はしっかりしているし、連戦によるガタつきも修復されているので着なくても安全性は担保されているのだが、訓練中は何がおきるかわからない。
さて。肝心の訓練内容だが、基本的には艦に見立てた小惑星に、仮想上の対空砲火を回避しながら着地するというものだ。操縦手の操舵以外にも、対象との相対速度を調整するには情報管理手の情報処理がかかせない。減速しすぎて対象より遅くなれば永遠にたどり着く事はできないし、かといって減速が足りなければ着艦時に車体が衝撃に耐えられなくて木っ端みじんだ。特に履帯車輛はサスペンション能力が低いので、かなりシビアな調整が必要だ。例え訓練でも、命の危険が伴う過酷な内容になる。
「ま、それでも正直、そんな難しい話でもないしな。気楽にいこう」
それでもアレックスはあまり深刻に考えていなかった。
「そんなんでいいんです?」
「いやあ、だって優秀な部下に恵まれたしさあ。ネルス情報管理手、こういうの得意だろう?」
「得意って訳じゃないですが、まあ苦手ではないですね。それなりにこなせます」
「だろ? んでもってミリシアの腕も疑いようがないし、楽勝だろ楽勝。実際、こないだの任務じゃ華麗に曲芸飛行決めて見せてたじゃないか。あれに比べれば宴会の出し物みたいなもんだろ」
こないだの、というのは、異星生物拠点攻略作戦の際、大崩落の中で見せたアクロバット走行の話である。あの時ミリシアは、巨大生物の躰をコースに疾走し、落下する瓦礫の上を渡り、さらには壁走りまで披露して見せた。あれと比べれば、ちょっと数値の管理に気をつけるだけでOKな強制着艦なぞ楽勝なのは言うまでもない。
まったくもって楽観視した上で、アレックスはミリシアに万感の信頼をよせて声をかけた。
「そういう訳で頼むよ、ミリシア操縦手」
「これは戦車これは戦車これは履帯これは履帯宇宙船じゃない宇宙船じゃないこれは戦車これは戦車これは履帯これは履帯宇宙船じゃない宇宙船じゃない着地地点は道路着地地点は道路ブツブツブツブツブツ」
「………………」
車内に沈黙が立ち込める。その中でひたすら念仏のようにミリシアが何ごとかを呟き続けている。見ればその顔は真っ青で瞳は虚ろだ。ハンドルを握る手はガタガタと震えている。
ミリシア・ヴァディス。タイヤさえついていれば何だって乗りこなすと豪語している凄腕ドライバーである事に疑いはない女だが、宇宙空間の操縦はダメだったらしい。
「…………アレックス隊長、どうします?」
「……誰か装甲車輛の運転免許もってる奴、他にいる?」
勿論、アレックスは部隊員全員の履歴に目を通している。特殊車両の運転免許を持ってる部下など、誰一人いない。
「大丈夫大丈夫私は飛べる私は飛べるこれは宇宙船じゃないこれは宇宙船じゃないこれは車輛これは戦車これは車輛これは戦車ブツブツブツ」
「あー、うん。まあ、その……頼むね、ミリシア?」
冷や汗を流しながら激励するが、返事はない。大丈夫じゃないよなー、とりあえず生きて終われるかなー、と思いつつ、アレックスは車長席に腰かけた。
「アレックス隊長、時間です」
「ん、ああ。……あー、ニーナ? 万が一の時は頼む……確か普通車の運転免許はもってたよな?」
「無茶ぶりすぎる。でも頑張る……」
「うーん……私達の悪運もそろそろツケの納め時かなあ……」
「やめろイオリ洒落にならん事を言うな。ここまで来て死因が交通事故とか嫌だぞ私は」
「ブツブツブツブツブツブツブツ」
本日の訓練は何とか終わった。内容は散々なものだったが、まあ散々である事が分かっただけヨシである。
這い出すように27式から脱出するアレックス達を遠巻きにアリステラ達が観察している。ただでさえガスマスクで顔が分からないのに今は宇宙服を着ているので雰囲気で判断するしかないが、呆れているというより割とドン引き気味な対応だった。
そんな人垣をかき分けて救護班を兼ねる事務員達がタンカを持ってくる。彼らは宇宙酔いしてグロッキーになってるミリシアを担ぐと、そのまま医務室に運搬していった。
背後では27式が縦に着艦しているのを、海兵隊のメンバーがパワードスーツでおっかなびっくり元に戻そうとしている。が、変に安定しているのでちょっと困っているようだ。
その背後では隔壁がゆっくりと閉じ、宇宙空間との繋がりを閉ざそうとしている。なんとか生きて戻ってこられた事を感謝したい気分になる、それはひどい運転だった。それはそれできちんと離着陸できているのでミリシアの腕は大したものなのだろうが。
隔壁が閉じ、気圧の調整が開始される。離着陸場に空気が充填されるにつれ、自分の呼吸以外の音が戻ってくる。
カツン、と背後でした足音に振り替える。誰だか知らないが、一人のアリステラが腕を組んで独立遊撃隊の一行を見定めていた。
気まずくなって頭を下げるアレックス。
「……いやあ。色々申し訳ない……」
「いや。本来陸軍所属にしては大したものだ。訓練を受けた事があるのか?」
「まったくもって。事故らなかったのは部下の優秀さに助けられた感じです」
「そうか。……まあ、慣れの問題もあるだろう。あと数回訓練すれば、最低限形だけにはなるだろう。だが……」
困惑したように言葉を切るアリステラ隊員。
ガスマスク越しであっても、流石にその視線が縦に駐車されている27式に注がれているのは流石にわかる。アレックスとしてはとても気まずい。
「むしろ逆にあれでどうして安定しているんだ? むしろ凄くないか」
「まあ……ウチの操縦手、腕は確かなんで……宇宙苦手だとは思いませんでしたが」
「トランスポーター出身だったか。地上では随分な腕前を披露していたらしいな。まあ、突入時に事故死さえしなければよい。最悪帰りの足はこちらでどうにかする」
「しかし、何故ここまでして我々の同道にこだわるのです? 見た所そちらの強襲部隊は凄腕揃いだ。そちらだけで片付けてしまった方が話が早いのでは」
「……」
沈黙が返ってきて、あ、ヤベ、とアレックスが焦る。
踏み込みすぎたかもしれない。
「あ、いえ。申し訳ない。出過ぎた事を」
「いや……貴官の疑問ももっともだ。実際の所、我々もその疑念を拭えないでいる。だが、こちらも正しい情報を知らされていないのだ」
「え……と。それはつまり……」
「理由は分からん。だが我々は命じられれば従うまでの事だ。すまんが、貴官にもつきあっていただく他はない」
疑問は疑問ではあるが、任務として完全に割り切っている、そういう事だろう。
特殊部隊といえど、柵と無縁という事ではないらしい。通常の命令系統を無視して作戦行動できるといっても、あちらにはあちらの決まり事がある、というのをあらためて実感する。
「いえ。ご配慮頂きありがとうございます」
「うむ。……正直な話な。こうしてそちらから話しかけてくれて有難く思っている。我々は命令さえあれば軍の処罰も行うが、別に殺しがしたい訳ではない。過剰に警戒されるとやりにくいのだ。ああ、あくまで軍規にのっとった範囲での話だぞ」
「いえ、必要があったら引き金を引くと断言される時点で難しいのでは……?」
「……そうか」
それきり沈黙してしまうアリステラ隊員。正直、装備のせいで空気が読みづらいというか、どういった意味合いの沈黙か測りかねてとてもやり辛い。
そうこうする内に気圧の調整が終わり、艦内に通じる扉のロックが緑色に光った。
撤収の時間だ。
「いやあ、まいったねえホント」
訓練終了後、デブリーフィングも終了し自由時間になったアレックスは、一人艦内をうろついていた。どこに何があるかの確認だが、気分はちょっとした探検気分である。なにせアリステラの特務艦に乗る機会なぞ、今後あるかどうか。疑われるような怪しげな事さえしなければ目をつけられる事もないだろう。
迷路のような艦内を探索しつつ、しかし思い返されるのは今日の訓練の事だ。特に半狂乱になってたミリシアが印象深い。彼女がああも取り乱すとは思ってもみなかった。
「うーん。生粋のドライバー的には、タイヤが地面についてないってのはそれほどのストレスなのかね。いや、でも地上でも強制ブースターつかってカッ飛んでたしな。無重力空間がいけないのか? それともごく個人的なトラウマ、とか?」
巨大な宇宙船の重力区画にいるのと、気密がしっかりしているとはいえ陸戦用の車輛で宇宙空間にほっぽりだされるのもまた勝手が違うだろうしな、というのは理解できる。本人は次の訓練までには適応しておくといっていたが、ベッドの上で真っ青な顔で言われても説得力がない。
とはいえミリシアにも意地があるだろう。本音はどれだけ恐ろしくても次の訓練ではある程度マシにしてくるはずだ。少なくとも、ドライバーとして彼女はプロである事をアレックスは微塵も疑っていない。
まあ最悪、自分自身で運転するしかないだろうが……。惑星総督の跡継ぎとして、個人用の小型宇宙艇ぐらいは操縦できる。多分にたようなもののはずだ。
「何が人生役に立つかわからない、とはいっても、ねえ」
正直こういう形で役に立たれても困る。
そんな風にままならぬ人生をぼやいていたアレックスだったが、しかし不意に足を止めた。剣呑な目つきを巡らせて周囲を警戒するその視線が、艦内通路の横道に向けられる。
アレックスが歩いていたのは、独立遊撃隊に用意された明かりのある区画。横道は照明が消されており、間接的に立ち入り禁止区画である事を示している。
その闇に閉ざされた区画の中に、何かが居る。
心音や足音がした訳ではない。ただ、聴力とか、匂いとか、暖かさとか……そういった、いうなれば“気配”としか表現できない存在感を感じる。
「誰だ」
「ケケケケッ」
だっ、と何者かが走り去る。横道をアレックスが覗き込んだ時には、すでにそれは闇の向こうへと完全に走り去ってしまった後だった。ぺたぺたぺた、というあきらかに人間のそれではない軽く粘着質な足音だけが、遠くからわずかに聞こえてくる。
露骨すぎてゲンナリするアレックス。
どう考えても誘っている。
対応をどうするべきか、しばしアレックスは悩んで。
悩んで。
悩んで。
「……ヨシ!」
何もみなかった事にした。
いやまあこれでも友軍艦、それこそアリステラの特務艦だ。艦内になんか得体のしれない生き物が潜んでいてもその管理はしっかりしているはずだ。ならば取り立ててアレックスが追う必要も無いはずである。
そう、別にアレックスはトラブルが好きな訳ではない。ならば明らかに怪しげな誘いにのる事はない。
理論武装を終えて散策に戻ろうとしたアレックス。
その背中を、「さっさと追わんかボケ」と言わんばかりに見えない何かが蹴っ飛ばした。
「ぬわああー!?」
不意打ちで闇の中にけり込まれたアレックス。
しかし気を抜いていたとはいえ、この程度不意打ちにも入らない。つんのめった瞬間にはすでに彼は受け身の体勢を取り、着地と同時に反転、背後の襲撃者にナイフを投げつける算段が整っていた。
が、闇の中に踏み入った瞬間、重力の方向が反転した。
特務艦通路が、複雑なうえに重力の指向性が滅茶苦茶になっているのを彼が思い出した時にはすでに手遅れ。突如として上に落下し、なんとか受け身を取った際に数歩位置がずれた瞬間今度は横に。そのまま複雑な通路内を吹き荒れる偏向重力に吹っ飛ばされ視界が二転三転したころには、アレックスはすっかり現在位置を見失っていた。
気分はそれこそ、子供の振り回す虫かごに捕らえられた哀れなバッタのようである。あちこちうった上に平衡感覚が出鱈目になっていて、鍛えた感覚も当てにならない。
「イチチチ……」
へまったな、と反省しつつ、その場を動かないように体を縮める。足一本、腕一本はみだしたらまた変な重力場の向きにひっかかりそうだ。
慎重に周囲を窺うアレックスの耳に、再びあの音が聞こえてきた。
ぺたぺたぺた。
得体のしれない何かの足音。それがアレックスを誘い込んでいるのは事実で、それを無視するとどうなるかはさっき身をもって知った。この艦に潜む何かは、どうしてもアレックスに用事があるらしい。
少なくとも敵ではないのだろうが、迷惑をかけられている以上、味方とも思い難い。
「はいはい、追いかければいいんでしょ、追いかければ」
よっこらせ、と身を起こし、アレックスは足音を追った。
再び、上下左右関係ないかのように天地が逆転する中をひたすら歩く。いうなれば正しいコースを歩いているという事なのか、先ほどのように唐突に変化した重力に吹っ飛ばされることはないが、ますますもって現在位置が分からない。
おまけに暗闇の中を歩いていると、変な幻聴や幻覚を感じ取る事がある。暗闇の中を徘徊する首なしの兵士だとか、暗緑色のローブに身を包んだ大男とか。それらはぼんやりと光っていて、真っ暗な中でもよく見えた。幽霊とかお化けが夜中でも目視できるのはそれが理由かあ、などと的外れな事を考えて現実逃避する。そんな事を考えると、白いボロ布を頭からかぶったような由緒正しい幽霊の姿も目撃した。それは一瞬だけこちらに目を向けると、壁を抜けるようにしてすぐに姿を消してしまう。
お化け屋敷かなんかかこの艦、と思いながら10分ほど歩き続けたところで、不意に足音が途絶えた。え、まさかこんな中にほっぽり出された? と焦って後を追おうとしたアレックスは、不意に痛烈に頭を打ち付けてひっくり返った。目の中に星が回る思いだ。痛すぎて普通に涙が出る。
「イッツツツツツ……」
頭を摩りながら身を起こす。おかしい、さっきまでこんな扉があるのはアレックスは認識していなかった。幽霊やらなにやらの幻覚に気を取られていたか? しかし、ペタペタ足音が消えたのはこの先のはずだ。
「何がどうなってんだ……」
困惑しながらも、ドアに手をかける。鍵はかかっていない。
闇の向こうから、光が差す。暗闇になれた目が光に視界を失いかけ、アレックスは思わず手を翳して光を遮った。しばらくそのままでいて、目が慣れてきたアレックスは、ドアの向こうを見渡した。
そこは、一つの部屋だった。白い照明で照らされた客室のような場所。品の良い青い壁紙に、床にはチェック模様のカーペットが引かれている。壁には大きなガラスがはめ込まれており、その向こうには水が並々と満たされ、薄暗い水底が広がっている。
部屋の中央には黒い木のテーブルが一つ。
そこに腰かけているのは、一人の銀髪の美女。長身かつグラマラスな肉体美を、黒いドレスで彩っている。ドレスはともすると下品なレベルの露出の高さだが、美女はそれをごく自然に着こなしており、そうは感じさせない気品があった。同時に、何人も寄せ付けぬ気位の高さも。
まるで触れれば凍り付くような、霊峰の美しさ。
入口で固まるアレックスが見えているのか見えないのか、彼女は手にしたティーカップをつ、と口元で傾けた。ふわりと紅茶の良い匂いが漂ってきて、さび付いていた銘柄の記憶が呼び覚まされる。
懐かしい。義妹が紅茶が好きで、よく付き合わされていた、とアレックスは回想した。
そうこうする内に美女はカップをソーサーに戻し、アレックスに視線を向けた。感情の見えない冷たい青い瞳がアレックスを見据える。
「またお会いできましたね」
「…………。…………え?」
「それは……少し傷つくのですが……」
心底本音からの「え?」に、美女が引き攣ったような苦笑いを返す。美女にそんな顔をさせてしまった罪悪感からアレックスは本気で焦った。
と、同時に、以前もこんな風に焦った事があったのを思い出す。あの時はサウナ室の出来事で。
遅れて、アレックスの認識が、目の前の美女と重なった。
「あ、サウナ室で出会った宇宙の妖精!?」
「……妖精??」
「ち、違う、失礼しました! えっと、その。……サウナ室で出会ったときとは雰囲気とかいろいろ違いましたので……すいません……」
「雰囲気、ですか。具体的には?」
「えっといや、あの時はこう、美人だけど親しみやすい感じがしたっていうか。今は逆にその、張り詰めて結界を貼ってる? みたいな」
「成程。確かに今の私はお仕事モードですので、そう見える事もあるでしょうね。まあわかりました、今回は不問に致しましょう」
「ど、どうも……」
「次は串刺しにするので、悪しからず」
「は、ははっ」
「お座りください」
言われた通り、テーブルの席に腰かける。すわったときにキィキィ鳴らない椅子はずいぶん久しぶりだ。見た感じ、かなり質の良いアンティークのようだ。もしかしなくても、一般人の十年分ぐらいの給金ぐらいするのではないだろうか。
おっかなびっくり背を預けるアレックスに薄い笑みを浮かべながら、美女は一つ、どこからか用意したティーセットをアレックスに差し出した。テーブルの上をつぅ、と滑ったソーサーとカップが、ぴたりとアレックスの目の前で止まる。
「どうぞ」
「あ、これはどうも。本当に良いので?」
「呼びつけたのは私ですから。監視者どもを使いに出したのですが、何かやらかしませんでしたか?」
「監視者?」
「この艦に潜んでいる人ならざる者です。アリステラの者達は、小鬼、などと呼んでおりましたが」
思い当たるのはあのぺたぺた足音と、アレックスを蹴り込んだ何かだ。さも当たり前のように人外の存在を示唆されて、思わず渋い顔になるアレックス。いや、異星生物がいる時点で今更かもしれないが、オカルト方面はまた別なのだ。エイリアンとゴーストはやっぱり別分野なのである。
いやいや、何かの言い回しかもしれないし、と自分を納得させつつ、率直な意見を述べる事にする。
「てっきり敵かと思いました」
「……。…………その。参考なまでに、何をされました……?」
「突然横道からペタペタ足音がしたと思ったんで覗き込んだけど、おっかないから無視しようとしたら背後から思い切り蹴り飛ばされたあげく、着地地点で偏向重力で振り回されました。その監視者? とかいう奴にまみえてたらナイフぶっさしてます。逃げられましたけど」
「…………」
美女の笑顔が先ほどまでとは違う意味で凍り付く。彼女はそのまま、すうっと再びどこからか、今度はケーキセットを取り出した。黒く光るチョコレートケーキ。つつっ、とテーブルを滑ってケーキがアレックスの元へ運ばれてくる。
「どうぞ」
「あ、ども」
遠慮なく受け取ってフォークを差す。とりあえず一切れ口にすると、口の中でじわっと甘味と苦み、カカオの香りが広がっていく。
チョコレートならともかく、チョコケーキなぞいったいいつぶりに食べるのか。思わず目元に涙がにじむ。
「結構なお点前で」
「ありがとうございます。それ、私が焼いたんです。お口に合ったようで何より」
「ええっ!? プレミア物じゃないですか!?」
「そんな大げさな」
「大げさなものですか。美人が焼いた超旨いケーキとか、一体いくら配給券を積み上げたら食べられるのか……?!」
わなわなと震えるアレックスに、美女はさっきからずーーーーっと浮かべている苦笑を深めた。
それでも急かしたりせず、アレックスがケーキを食するのを黙って見つめている。あっという間にアレックスがケーキを食べ終えて、ご馳走様、と手を合わせる頃には、その視線は慈愛に満ちた物に代わっていた。ようやく、サウナで出会った美女とイメージが完全に重なって、アレックスも安堵する。こっちのほうが断然話しやすい。
「いや、美味しかったです。この紅茶も絶品ですね。そのうちお返しをせねば」
「ふふ。ありがとうございます。監視者どもの不始末の侘びですので、お気になさらず。それはそうとして、そろそろ本題に入ってもよろしいですか?」
「ええ。……やっぱ、次の任務に絡んだ話ですか?」
「その通りです。……時にアレックスさん、私はいったい、どこの所属の人間だと思います?」
唐突に見える問いかけに、しかしアレックスは表向き、考える振りだけを見せた。彼の中で答えは決まっている。
アリステラの艦の中に自室を持っているなら、彼らの関係者、というのが安直な答えだ。だが、彼女とはアリステラ合流前に、巡洋艦内で顔を合わせている。
そして、サウナでいった、正体は隠して何度かあっていた、という彼女の言。何よりも、不可思議ともとれる振舞の数々。
そんな、あちら側に身を置く人物は、すなわち。
「ずばり、星見観測者の一派でしょう? それも、随分と位が高いのでは?」
「ふふ。当たり、です。追記に関しては……何故そうおもわれたのかしら?」
「巡洋艦とアリステラの特務艦、あとついでに色んな基地を好き勝手に行き来できるとか、星見観測者でもそう簡単な話じゃないでしょう? それに、やっぱり未だに貴方といつ会ったかわからないんですが、最近シルバっていう御婆さんの星見観測者がうちに来ましてね。彼女が所属するにあたって上の人が査察に来てた、って考えると色々と辻褄があう気がするんですよ。どうです? この推理」
「当たらずとも遠からず、といった所ですね。案外探偵業も向いているのではないですか?」
「戦後があったらそれも面白いかもですね、はは」
口休めに紅茶を口にするアレックス。……さっき少し飲んだのだが、気が付けば再び並々とカップに満たされている。それも熱々で。
もうアレックスは深く考えないことにした。正直狐に化かされている気分である。
「それで、その任務の話は何になるんです?」
「ええ。貴方の隊にいるシルバ。彼女を、次の任務に連れて行ってほしいのです」
「えーと、それは……」
意外な申し出だ。確かに、アレックスは次の任務、シルバを艦に置いていくつもりだった。
そもそも星見観測者を前線につれていくのは、十分な護衛をつけられる部隊での話だ。第77独立遊撃隊ではそんな余裕はない。
いや、アレックスが行方不明になっている間、27式に乗り込んでいたという話は聞いたが、あれはあくまでも隊長が行方不明になっている間の特例的対応だった。アレックスがいない間、隊に指針を出していたのがシルバだったので、一時的に部隊長の代わりを務めていた、といった方が正しい。そのシルバが指示を出していたのも、星見の視点でアレックスが生きていると仮定して、その救出・合流の為の指示だったからこそ、部下が従ったのだ。
星見はあくまで助言者であり、戦力ではない、というのがアレックスの認識であるからして。
「他ならぬ星見の言う事であるからして、従いはしますが……保証はできませんよ? 色々と」
「それは分かっておりますよ。それにシルバ本人からも打診があるでしょう。貴方が責任を負う事はありませんから、ご安心を。これは星見からの正式な辞令ですので」
「それならいいんですが」
「ええ。それともう一つ。貴方にお渡ししたいものがあります」
「私に?」
きょとんとするアレックスに、机の向こうから美女は一つの木箱を滑らせてきた。例によってアレックスの目の前でぴたりと停止したその木箱を開いてみる。
鼻をつく、油とイオンの匂い。
木箱の中には緩衝材に包まれて、一丁の銃らしきものが収まっていた。それもみた所、ただの銃ではない。レーザーガンとしては銃口が大きすぎるし、実銃としてみた場合マガジンを収めるところがない。構造も大分違うように見える。あとよく見るとグリップもない。なにかのアタッチメントだろうか。
なんだこれ、と首を傾げるアレックスに美女がしれっと告げる。
「核融合炉式のプラズマガンです」
「………………」
そっとアレックスは椅子から腰を浮かせた。
その様子を見て美女が口元に手をあてて上品に笑う。
「ふふ。そう心配なさらなくても、使い手に放射線がノックバックするような雑な造りのものではありませんよ。そのあたりを改良した完成品モデルです。一般兵の間には流通していませんが、特務部隊向けにごく少数、今現在でもこっそり製造されているのを拝借してきました」
「特務部隊ですか……」
言われて思い出すのは、マイクと名乗った男の率いるパワードスーツ部隊だ。
「ただそれは単品で使えるモデルじゃなくて、いわゆる実銃と組み合わせるアタッチメントモデルですね。私は有用に使えなかったのですが、アレックス中尉が対応している実銃をもっていると知りまして。どうぞご活用くださいませ」
「実銃って……コイツの事です?」
言われて懐から取り出すのは、政治将校から貰ったハンドガンだ。最近はレーザーピストルを置いてこちらばかり持ち歩いている。
プラズマガンを木箱から取り出して、あれこれハンドガンと組み合わせてみる。上部にあるピカニティーレールには対応していないようだ。あれこれいじっていると、カチリ、と音を立ててプラズマガンのクリップがはまり込んだ。銃身下部、ライトなどをつける部位にマウントできるようだ。
手にして重心バランスを確認してみる。
正直、滅茶苦茶扱いづらい。重心が前にずれていてクセがある。とはいえ、扱えないほどではない。多少命中率は低下するだろうが、そもそもライフルと違ってハンドガンの精度なんで気休めだ。至近距離での隠し玉が増える意味の方が大きいだろう、とアレックスは判断した。
「ん。なるほど、悪くないですね。ありがとうございます。あー、そうだ。燃料の補充とかは、どうするんですこれ?」
「消費する資源はありますが消費量と銃身の耐久を考えると、補充の事は考えなくていいと聞いてます。使い切りみたいなものですね。一発撃つ度に10分ほどのリチャージが必要ですので、そこは気をつけてください」
「わかりました」
注意事項に頷きながら、アレックスは手の中の武器をなでくりまわした。使い勝手は悪いだろうが、それはそれとして自分用のスペシャルウェポンというのは単純にワクワクする。プラズマウェポンといえば使い手への放射線汚染が問題だったが、それが解決しているというのなら気兼ねなく使える。
破壊力に関しては疑う余地はないだろう。銃身内部の超小型核融合炉から、精製したプラズマを磁場で収束して撃ちだす熱量を受けられる装甲は殆どない。制圧級や掘削級のような強固な装甲をまとった異星生物でも一撃で仕留められるだろう。現実的には一発限り、というのも、割り切ってしまえば逆に扱いやすい。ここぞという所まで取っておくか、さっさと札を切ってしまうかは個人の好みで分かれるとは思うが。
「どうも。有用に扱わせてもらいます、えーーと……」
「ふふふ。妖精さん、とでも呼んでくださって結構ですよ。どうせ本名は名乗れませんので」
「申し訳ない……」
世迷い事を蒸し返されて顔が赤くなる。銀髪の美女はそんな彼の反応に、してやったりと上品に笑う。その様を見ると、やっぱり人界に迷い出た妖精のお姫様にしか見えない、なんてアレックスは思ってしまう。ちょっと美人すぎて現実離れしているというか。
「ふふ。私の容姿をほめていただけるのは嬉しいのですが、あまり星見を外見で判断しない方がいいですよ」
「と、いいますと……?」
「相手に好印象を与える振舞とか、どうしたら相手に警戒心を抱かれないかとか、まあそういうのを常に考えて立ち回っているのが私達ですので。印象や好意の在り無しで、容姿など変わって見えるものです。女なら猶更の事ね。油断していると化かされてしまいますよ?」
「肝に銘じておきます……」
「ふふ。楽しいお茶会でした。これで用事は済みましたので、どうぞお帰りください。あまり行方をくらましていると、部下の皆さんが心配しますよ?」
話はおしまい、と促されて、アレックスも席から立つ。名残惜しいが、確かに長居する訳にもいかないだろう。
「はい。任務の方も承りました。……あの、それで。帰りは、どうすれば? また例の監視者とやらが案内してくれるのですか?」
「ああ。彼らが役に立たないのはよくわかったので、こちらの方で直通を繋いでおきます。気になさらず、まっすぐ歩けばよろしいです」
「そうですか……」
だったら最初からそうすればよかったのでは、と思うが、黙っておく。あちらにはあちらの都合があるのだろうし。
最後にもう一度一礼をし、振り返って背後のドアノブに手をかける。
ドアの向こうには、相変わらずの闇が広がっている。が、先ほど言われた通り、まっすぐ歩いた先に、照明区画の明かりが灯っているのが見えた。四角くくり抜かれたように見える光を前に、一度背後を振り返る。
もはやそこにはドアの一枚もなく、ただただ暗闇が広がっていた。反響から複雑な迷宮のような通路が続いているのを感じ取って、アレックスは前に向き直った。
多分、あまり深く考えないほうが良いことだろう。
ただあの邂逅が夢や幻ではない事を、懐で存在を主張するコンビウェポンが示していた。
<戦場のひみつ:複数の武器を組み合わせて運用するコンビウェポンは、その概念は地球時代までさかのぼるほど古くからある。それでいて、武器の重量が増す事や銃身の変化から実用性の乏しさで採用される事は滅多になく、それでありながら定期的に軍の装備候補に浮上してくる。それは現場を知らぬ者の無知故なのか、それともロマン故なのか。研究した学者は今のところいない。>