未来も希望もない戦場で必死に生き残ってたらモテモテになった件(ハーメルン版) 作:SIS
<戦場のひみつ:そうそうある事ではないが、宇宙海賊などの討伐・捕縛において強行揚陸が行われる事は絶無ではない。そういった手合いの場合、艦は正規軍より遥かに小さいので、艦を無理に接舷するよりは車輛部隊に強制ブースターをつけて乗り込ませた方が早いのだ。まあその場合、多くは突入時にレーザーラムを併用する。>
特務艦内の射撃訓練場。
軍には必須の施設だが、実は意外と人気はない。というのも、今現在人類軍の主力武装はレーザーガンであるからだ。
反動がなく、必ずまっすぐ飛び、おまけに軽い。もともと銃という武器は弓矢に比べて圧倒的に習熟速度が速い事が普及した最大の理由だが、レーザーガンはさらに熟練に要する時間が短い。流石に全く訓練なしで使えるほどではないが、日がな一日籠って訓練する、という物好きはほとんどいない。ましてやこの艦はアリステラが詰める特務艦だ。今更長々と射撃訓練場に籠る者は皆無だ。
その中にあって、ここ数日は人気のない訓練場に籠る人物がいた。
アレックスだ。
彼は新たに愛銃としたハンドガンと、それに組み込んだプラズマガンの習熟の為に訓練に集中していた。幸い実銃の弾丸はアリステラにも十分な備蓄があったので、弾薬消費に困る事はない。ここぞとばかりに、通常の艦艇では練習できなかった実弾射撃に専念する。
おかげで多少バランスが悪くなったコンビウェポンの命中率も格段に上昇していた。実弾を1マガジン連射し、その八割近くがターゲットの中心に命中している事を確認し、手元のスイッチを操作する。風穴のあいたターゲットが回収され、新たなマンターゲットがせり出してくる。
アレックスはハンドガンのトリガーから指をはずすと、グローブをつけた左手をプラズマガンアタッチメントに添えるように構えた。左手の人差し指で奥まった所にあるスイッチを押し込むとプラズマガンが起動し、低い作動音と共に震え始める。振動と共に放熱部位が青色に発光しはじめ、その輝きがどんどん強くなっていく。……一応、ガイガーカウンターで計測してみたが放射線漏れはなかったので、この青色はチェレンコフ光とかそういうのではない。恐らく。
ぶるぶる震え始めたコンビウェポンを両手で保持し、ターゲットに指向し続ける。およそ2秒ほどのチャージングを経て、青白い閃光が銃口から迸った。
実弾とはくらべものにならないほどの反動を両手で抑え込む。放射されたプラズマはまっすぐターゲットを直撃し、その大半を吹き飛ばした。多少反動で狙いがそれたらしく、右肩から斜めに切り落とされたような残骸があとに残された。
シュウウ、と音を立てて冷却を開始するプラズマガンから手を放す。射撃時に青色にひかっていた部分が、今は残熱で真っ赤に燃えている。プラズマ生成時、そこから再始動に必要な電力を回収しているので、リチャージといっても冷却時間が大半らしい。このハンドガンにつけられるほどの小型化にあたって、色々と無理しているのは明白だ。多分、もっと大型であれば一射ごとにオーバーヒートなんかせずに、ある程度連射できるのかもしれないが。
幸い実銃への装着を前提としているようで、装着部位が非常に加熱する事はない仕組みのようだ。もしそうでなかったら熱でハンドガン本体の銃身が歪んで使い物にならなくなるところだった。
それはそれとして、ここまで加熱するのはちょっと予想外。おかげでグローブを用意したり、ホルスターも少し改造する必要があった。ぶっつけ本番だったら大変な事になっていた。余裕をもって渡してくれた宇宙の妖精に感謝しないといけない。
「やはり何ごとも事前の試運転が大事だな」
時計に目を向ける。作戦開始時間まであと3時間といった所。余裕があるように見えて、準備をしていればあっという間だ。訓練はこのあたりで切り上げて、隊の所に戻らなければならない。
射撃訓練場を後にする。他に誰もいない訓練場は、アレックスの離席を確認した後に、自動的にその明かりを落とした。
「ケケケ」
特務艦スクリームが標的艦を捕捉したのは、一秒の遅れもなく作戦予定時刻通りであった。もともと別の特務艦が対象を監視していたとはいえ、その場から逃げ出す事もせず、同じ宙域にとどまり続けている訓練戦艦モルガンヴェールの姿に、アリステラの艦長はガスマスクの下で低く唸った。
「……我々を嘗めているのか? 自分達がお尋ねものなのは知っているだろうに」
「あるいは罠、ですかね」
「敵を侮ってよい事はない。十中八九罠だろう」
そんなやりとりを経て、慎重に接近する。現在特務艦スクリームはそのステルス機能を全開にしている。巡洋艦ブルートゥスと戯れた時のようなおふざけではなく、全能力を発揮しての完全な隠ぺいだ。通常であれば、こちらの接近に気が付くのも難しいだろうが……。
「後方から接近しろ。予定通りにな」
滑るようにして特務艦が近づいていく。接近するにつれて、肉眼でも訓練戦艦の詳細が確認できるようになってくる。
戦艦というだけあって、その全長は特務艦よりもかなり大きい。艦の表面にはデブリ対策である無数の対空砲が並び、尖塔のような構造物が無数に乱立している。まるで巨大な寺院にエンジンがついて宇宙を飛んでいるようにも見える。
データと照らし合わせていた解析班が報告を上げる。
「モルガンヴェールの構造に変化が見られます。艦体表層に無数の構造物を確認」
「意味が分からんな。艦上に何を作ったのかわからんが、あれでは満足に宇宙線をふせげるはずがない。居住性にはなんら関与するものではないと思うが……ふん。狂人の考える事はわからんな」
「敵艦の対空システムに依然動きなし」
「よし、このまま手はず通りに増速しろ」
特務艦が加速する。推進システムは指向性の極めて高い特務艦仕様のもので、少なくともこの角度でならまだ隠ぺいが通じる。レーダーは疎か、今の特務艦は訓練戦艦からは外にでて肉眼で確認しても姿が見えないレベルの隠形が光学的にも行われている。奇襲としては完全な形で決まるはずだった。
突如、ブリッジに警報が鳴り響く。ふん、と鼻をならして艦長が確認した。
「どうした」
「後方から高速飛翔体の接近を確認。デブリに紛れて散布されていた自律式ミサイルと思われます」
「予定通りだな」
確かに、推進システムまで完全に隠形する事は不可能だ。艦体が遮蔽物になる正面方向ならなんとかなるが、流石に後方から観測されれば隠形は見破られる。それを踏まえて、艦を囮に周辺宙域にミサイルを待機させ、多方向から探査すればいかなステルス艦といえど攻撃を逃れられない。
そんな事は百も承知。わかっていれば対応もできる。
飛来するミサイルが、しかし特務艦に近づくはるか前に破壊される。宇宙に広がる爆発の華の間を潜り抜けるように飛翔する小さな流星の尾……航宙機のスラスターの光だ。
特務艦からすれば豆粒のような機体が周辺を飛翔し、ミサイルを次々に撃墜していく。
ステルス艦への対抗策は存在する。それが分かっているなら、こちらもそれに対応するのは当たり前の話だ。敵を必要以上に甘く見積もるのは、いっそ反逆的行為ですらある。
「敵艦、対空砲火始めました。ミサイルの観測データを共有したと思われます」
「通信の掌握は?」
「問題ありません」
艦長はブリッジから見える光景に目を戻す。透過装甲ごしに、敵艦が蟻の巣を突いたように対空砲火を打ち上げているのが確認できた。だがその大半は明後日の方向に向かって放たれており、特務艦にとって危険なコースを辿る砲火はただ一つもない。
特務艦の高度な情報戦能力によって、ミサイルの観測データがハッキングされ、偽の座標を送り込まれたのだ。
とはいえ、最終的に判断するのは人間のはずである。それがこうもてんでバラバラに砲火を撃ちあげているようでは、あちらは司令系統に問題があるか、あるいは人員が極端に少なくほとんど無人で動かしているという事も推察できる。
効率の良い戦いとは、一つの動作に複数の要素を含む事だ。アリステラはその事を重々承知していた。
「敵への攪乱が通じている間に強襲部隊を揚陸させろ」
「了解しました。ブリッジから強襲部隊へ。作戦を開始せよ」
「いよいよか」
ゴンゴンゴン、と振動を伴ってハッチが開放されるのを見て取り、アレックスは車長席で息を飲んだ。
すでに真空になった格納庫に、宇宙からの光が差す。不思議なもので、宇宙は無限の闇そのものでもあるのに、閉じた格納庫よりはずっと明るい。おそらくどこかの恒星の光が届く日向に出たからなのだろうが、こういう時は言葉の難しさを感じなくもない。
そんなセンチメンタルな事を考えている場合ではないはずではあるが。目の前、ハッチの向こうでは、花火大会のように対空射撃を行う訓練戦艦の様子がよく見える。宇宙空間では基本的に距離で輪郭が霞むという事がない、この距離でも目視側の視力の限り、戦艦の姿はくっきりと見える。その輪郭が記憶のそれと大きく違うことに、アレックスは眉を潜めた。念のため、軽く確認を行う。
「こちらアント1からセンチネル1へ。戦艦の形状が記憶と違う。司令部は把握しているのか?」
『センチネル1からアント1へ。問題ない、司令部の方でも確認している。艦体を何らかの理由で改造したものとみられる。リアクター周波数等を確認する限り、標的艦である事に違いはない』
「了解した」
どうやら問題はないらしい。一体何があったんだか、とアレックスは嘆息した。まあ見た所、表層だけの改造のようだから、艦内の構造は変わりないだろう。航宙艦の構造を変えるなんてのは、そう簡単な話ではない。いっそ新造した方が早いくらいだ。内部構造に変わりはないとみてよいだろう。
そんな上司のやり取りを見ていたイオリが首を傾げた。
「隊長、あの艦を知ってるんです?」
「ん? ああ、昔ちょっとな。大した事じゃない」
「そうですか」
特に深い意味はなかったのだろう、イオリはあっさり納得して前に向き直った。
アレックスは、あの艦との因縁を部下に伝えていない。あくまでも個人的な怨恨であるし、それに彼女らはアレックスがあの艦で受けた仕打ちをしれば、艦の人員に憎しみを抱くだろう。それぐらいには愛されてる自覚がある。だからこそ、自分のものではない憎悪に因って引き金を引いてほしくはなかった。
軍人が殺すのはそれが任務だからだ。
怨恨で殺すのは任務ではない。
「シルバさん、再度確認しますが、本当に大丈夫なんですね?」
「ええ。お気になさらず」
返事が返ってきたのは、アレックスの右隣りから。急遽増設した補助席に座るのは、宇宙服を着こんでぬいぐるみみたいになっているシルバだ。戦闘要員でないし老人であるのもあって、車内の隙間に押し込まれるように収まっている。あれだと身動きもとれないだろうが、本人に不満も恐れもないらしい。一体どのような任務が彼女に下されているかはわからないが、最悪、あの状態では邪魔になる事だけはないだろう。
他の部下にも目を向ける。
一番心配だったミリシアは、今の所平静を取り繕っている。小声で何事かブツブツいってるのが大分怖いが、これでもかなり安定した方だ。彼女が本番に強い方なのは知っているのでもう信じるしかない。
イオリやニーナ、ネルスはいつも通りだ。ネルスだけは今現在も、司令部との情報通信に忙しい。艦との相対距離を正確に把握するのが任務の合否なので、彼女の集中を阻害するのを避けて今は声をかけないでおく。
海兵隊メンバーは、いつものように船外だ。ただ車体左右に強制ブースターを装着しているので、今回は車体後部に溶接したハンガーに取りついている。パワードスーツを通して部下よりも正確に彼女らの状態は詳しく把握できるが、動揺している者は一人もいないようだ。いつもの事と割り切れている。
準備は万全。少なくとも、手札に不安はない。
あとは訓練通りにやるだけだ。
『センチネル1から各員に通達。作戦開始。……アニクラッドの再演だ、遺伝子の欠片も残すな』
話には聞いてたがホントに言うんだ。噂のセリフを耳にしてちょっとテンションが上がるアレックス。同時にエンジンの回転数が上がり、車内に振動が響く。真空中であっても、振動を介する車内の騒音は無縁ではない。
ハッチの出口上方から複数のミサイルのようなものが発射される。部隊を支援するデコイだ。特務艦はステルス機能で標的にならないが、そこから飛び出した上陸部隊まではステルス機能を持っていない。近づけば狙われるので、それに備えてデコイを先行させる。
続けて、一斉に車輛が飛び出していく。宇宙空間にブースターの炎を広げるアリステラの輸送車輛を目にして、アレックスも指示をだした。
「いくぞ。ミリシア操縦手、やれるな」
「了解」
感情を押し殺したような端的な返事と共に、27式が前進する。履帯を唸らせて格納庫から飛び出した車体は、強制ブースターの使用も最低限に目標めがけて宙を行く。
思わず浮かぶ苦笑い。最終的にミリシアは、この航宙移動を、ものすごく長い大ジャンプ、と解釈する事で自らを納得させたようだった。
目先では、デコイ達がその存在を主張しながらまっすぐに敵艦に向かって飛翔している。と、急にいくつかの対空砲が挙動を変えた。見えないステルス艦ではなく、近づきつつあるこちらに気が付いたのだろう。明確にこちらを意識した対空砲の光が伸び、先行するデコイがいくつか撃ち落されて爆発した。
予定通りだ。
爆発の中からは、大量の熱源がばらまかれた。フレアによって、対空砲の追尾システムが欺瞞される。そこをさらにデコイが突き進み、再び撃墜される。今度は銀色に輝くチャフが大量に放出された。
一時的に近隣の照準システムの精度が極端に落ちる。そこを逃さず、合図が飛んだ。
『行け!』
全車輛が一斉に強制ブースターを点火。姿勢制御ではなく加速に使い、急いで艦に接近する。この機を逃せば次はない。
そして、あくまでも訓練通りの展開だ。多少の焦りはあっても、皆落ち着いて機体を制御している。
故に、想定外の事が起きても、ある程度落ち着いて対応が可能だ。
『センチネル3から各位、10時方向からプラズマ兵器による攻撃らしきものを確認。対処せよ』
「プラズマ兵器?」
車長席から覗き窓を覗く。見れば言われた通り、左舷方向から赤紫色の激しくスパークするエネルギー体がこちらにむかって伸びてきているのが見えた。人類軍の艦艇には普通装備されていないタイプの武装だ。
幸い、弾速はさほどでもない。アレックス達の27式含め、部隊の車輛はブースターの制御で難なくその攻撃を回避した。だが。
『ナックル1から各位! 避けたプラズマが方向を変更、戻ってくる! 回避しろ!』
「はぁ!?」
非常識な報告に車長窓を覗き込む。見れば確かに、回避し4時方向に通り過ぎて行ったプラズマが、大きく曲がりくねってこっちに戻ってこようとしているのが見えた。まるで意思をもった人魂だ。
再度回避すればいい話だが、何度も戻ってくるのだったらキリがない。敵艦はみるみる近づいてきていて、相対速度の調整が既に始まっている。チャフとフレアの欺瞞効果もそろそろ切れる、ここで部隊全体を遅れさせるわけにはいかない。
「ニーナ副砲手、誘導弾で迎撃しろ。フレアを追わないように、対象の熱源を登録して狙え。出来るな?」
「できるけど。いいの、隊長? 主砲の機関砲の方がよくない?」
「駄目だ。機関砲は反動が無重力空間では無視できない。しかたないが、ここでミサイルを一発切る」
「了解」
「アント1からセンチネル1へ。敵誘導プラズマ弾をこちらで迎撃する。爆発に備えてくれ」
『センチネル1からアント1へ。了解した、よろしく頼む』
すぐさまニーナが対象の入力を開始する。そうこうするうちに近づいてきたプラズマ弾を、再び部隊が回避する。標的を見失って通り過ぎたプラズマ弾は、しかし予想通り再び進路を変えてこちらに向かってきた。
だがそれが届くより先に、ニーナの照準入力が完了する。
「照準完了」
「よし。……撃て!」
ボシュゥ、とランチャーから弾体が射出される。撃ちだされたミサイルはロケットモーターに点火し、俄かに加速するとまっすぐプラズマ弾に向かっていった。
爆発。
その瞬間、妙な事が起きた。
宇宙空間は真空であり、衝撃波をはじめとする何かしらを伝達する事はない。にも関わらず、ミサイルが着弾した瞬間、アレックスは甲高い音を聞いた。金属を引き裂いたような、あるいは、断末魔の絶叫を引き延ばしたような。
どちらにしろ愉快なものではない。知らず眉を潜めたが、聞こえたのはアレックスだけのようだった。他のメンバーは反応もなく、淡々とニーナが命中報告を告げる。
「誘導弾の命中を確認。プラズマ弾、消滅しました」
「よし」
至近距離で燃え上がる爆炎だが、宇宙空間で衝撃波は届かない。部隊は爆炎をくぐるようにして悠々と行進し、敵艦に迫った。ここまで近づけば対空砲は恐ろしくはない。ここで部隊が複数に分かれる。この速度で一か所に纏めて突入すると玉突き事故になる恐れがある。それぞれが、比較的近いとされるポイントに降下する手はずだ。
眼下を、スラム街の違法建築じみた事になっている戦艦の表層が恐ろしいほどの速度で過ぎていく。メーターを確認し、目標地点へ近づきつつ高度を調整する。
相対速度の最終調整が行われ、ブースターの急制動で機体が不安定にガタガタと震える。目的地である敵艦格納庫が、遠くに見えたかと思うとあっという間に目の前に迫ってくる。
アレックスは唾を飲みこんで叫んだ。
「突入しろ!」
「突入しろ!」
アレックスの指示に合わせて、27式のフロントバンパーの追加装備が起動する。
レーザーラム。重レーザーとロケットエンジンを組み合わせた突入用装備だ。レーザーは複合装甲も容易く溶解させる熱量があるが、質量がないため溶けた重金属を押しのけられない。なのでロケットエンジンの噴射を組み合わせる事で、敵装甲を溶かしながら吹き飛ばし、装甲車輛が突入できるだけの大穴を確保するのだ。同時に、ロケットエンジンの噴射は最終減速も兼ねている。
目の前に迫る格納庫のシャッターめがけて、炎の牙を突き立てて27式が突っ込んでいく。聞いた事の無いような破砕音を伴って車体が激しく揺れ、何度も制御を失いそうになるのをミリシアが青ざめた顔のハンドリングで車体をコントロールする。
「きゃああっ!」
「…………っ!」
「っ、海兵隊、無事か!?」
『なんとかしがみついていますっ!』
「ミリシアっ! ここは床があるぞ、気合見せろっ!」
「そんなの、わかって、ます、ってばあぁ!」
アレックスの発破に返ってきたのは、生気を取り戻したミリシアの怒声。ハンドルを繰りながら、ドラムのようにアクセルとブレーキを踏み分ける彼女の操縦はここにきて、アレックスでもよくわからない領域に達していた。
くん、と車体が急激に減速しつつ安定する。バンパーで火を噴いていたレーザーラムの電源が切れて消失するのとほぼ同じくして、蛇行運転から安定を取り戻した27式はゆっくりと安全に停車した。最後にゴトン、と車体が揺れて、静寂が戻ってくる。
数秒だけ車長席に身を預けて安堵するアレックス。何とかなったらしい。
「……よし。点呼するぞ。特に海兵隊、全員いるな? 振り落とされた奴はいないだろうな?」
『ナックル1よりナックル5まで、全員健在です。損傷した者もいません。ヴァディス操縦手のテクニックの賜物ですね』
「だってよ、ミリシア操縦手」
「いや、マジで二度と本番は勘弁……。帰りは安全運転させて……」
「ミリシア、ミリシア、溶けてる溶けてる。これからが本番なんだからしっかりして」
軽口が飛び交うあたり、まだまだ余裕はあるらしい。
点呼を手早く済ませ、アレックスは27式を降車する。ここから先は歩きだ。彼に続き、上陸要員に選ばれたネルスとニーナも降車する。周辺では展開した海兵隊のパワーアーマー・スカッドが警戒にあたっている。
残るのは操縦手であるミリシアと、砲手であるイオリだ。本来砲手が残ってもしょうがないのだが、彼女は歩兵としては少々戦力的に頼りない。情報管理手であるネルスに出来れば残ってもらいたかったのだが、敵艦での歩兵戦における戦力評価を考慮して、イオリには残ってもらう事にした。幸い、ネルスほどではないがイオリもそこそこ機材を扱えるので、なんとかなるだろう。
特に今回は、不安要素がある。現場の戦闘力は重視したかった。
「よ、ほほほ……思ったより、高いですね」
「シルバさん、気をつけてください」
装甲車から降りるシルバに手を貸しつつ、周辺に目を向ける。
突入の衝撃で周辺は建材がぶちまけられ、なかなか悲惨な事になっていた。炎こそ出ていないが、あちこちに変な火花が見える。気をつけて歩かないと、宇宙服を着ていても感電してしまうかもしれない。
もともと気密についてはいい加減だったらしく、気圧差による影響は少ないようだ。おかげで炎が広がってないのは助かるが、少々杜撰ではないだろうか。到底まともに戦艦が運用状態にあったとは思い難い。
「こちら、アント1。無事着陸に成功した。センチネル1、そちらの現状は?」
『こちらセンチネル1。こちらも無事、突入に成功。予定通りこの先の合流ポイントに向かう。現状、敵の姿は見当たらない。……センチネル2以下も同様だ』
「了解しました。あと一つ報告が。格納庫の気密が保たれていませんでした。艦が正常な運用状態にあるとは言い難いと思われます」
『こちらでも、そういった状況を確認している。流石に艦全体がそのような状態であるとは考えにくいが、仮に気密エリアにたどり着いても宇宙服を脱がないように徹底しろ』
「了解」
酸素は節約するべきだが、得体のしれない状況の艦では安全の方が優先される。空気があると油断していたところで突然空気が薄くなったら、人間は即死する。残念ながら、人間の体は急激な低酸素に適応できる造りになっていないのだ。
「よし。合流地点まで急ぐぞ。ついてこい」
部下達を引き連れて先に進む。瓦礫を乗り越えて向かうのは、格納庫に複数ある出入口の一つにたどり着くと、記憶にあるコードを入力した。通れば儲けもの程度の考えだったが、しかしあっさりとコードは了承されロックが開く。扉の向こうは気圧が保たれていたらしく、空気が勢いよく噴き出してきた。とてもじゃないが、宇宙服を着た程度ではこの圧力を越えられない。
『隊長、我々に掴まってください』
パワードスーツ隊が前に出る。彼女らは足裏を磁力で吸着させながら、空気圧に逆らってドアをくぐる。アレックス達非力な生身の人間は彼らの背中に掴まってドアをくぐり、最後の海兵隊がドアを再び内側からロックした。空気の流出が止まり、アレックス達も自由を取り戻す。
『状況的に随分長い間使われていないようですね』
「ああ。幽霊船を探索してる気分だ」
「それはそうと、隊長、随分あっさりロックを開けましたね。なんで知ってたんです?」
「昔ちょっとな」
言外に説明するつもりはない、と遠回しに伝えつつ、次の区画に向かう。
格納庫には複数の設備が隣接しているが、こちらの先にあるのは来客用の待合室のはずだ。あまり広くなく、整備機械等の死角になりうる障害物も少ないので、例え敵が待ち受けていたとしても不意打ちを受ける可能性は低いとして当初から選ばれていたルートになる。
照明が消えたままの薄暗い通路を先に進む。次の区画へのドアへ近づくと、自動的にドアが開いた。気密は引き続き保たれているようで、一向は慎重にドアをくぐる。
「こっちはずいぶん暗いな」
照明は相変わらず消えたままだ。さきほどまでのエリアと違ってこちらは天井が高く、空間も広い……それゆえに、海兵隊がライトを照らしても、容易く全貌を見渡す事が出来ない。敵の不意打ちを想定し、パワードスーツ隊を先行させ、その陰にアレックス達も続く。
と、海兵隊が足を止めた。ライトを下に向けて足元と、そこに積み重ねられた何かを照らし出している。
『床に何か積み上げられてますね。無理に蹴散らして先に進んでも大丈夫なものでしょうか』
「罠……にしては変だな。爆発物とかの反応は?」
『索敵する限りはありません。……廃墟によくあるゴミを積み重ねた感じですかね?』
「一応廃墟じゃないはずなんだが……すまんが確認してくれ」
『了解しました』
ナックル2が前にでて、パワードスーツの腕で障害物をひっくり返す。仮に爆発物以外のトラップがあっても、頑強な装甲に守られている上にスーツの腕には人間の生身は通っていない。最悪もぎ取られても大丈夫との判断だ。
が、スーツの力はそれには強すぎたらしい。軽くひっくり返そうとしただけなのに、機械仕掛けの指に引っ張られたソレは簡単に砕け、ほころび、ボロ布と何かしらの堆積物となって飛散した。分厚くつもった埃が飛び散るような様にパワードスーツが思わず身を引く中、堆積物から転げ落ちた何かの固形物がコロコロとアレックスの方に転がってくる。
何気なくライトを向けたアレックスは、その正体を目の当たりにして思わず息を飲んだ。背後で控えていたネルスが思わず小さな悲鳴を上げ、ニーナが無言でアレックスを庇うように前にでる。
「こいつは……」
屈みこんで、アレックスはソレと、目を合わせた。
「……艦に収容されていた、訓練兵の成れの果てか」
ソレは、干からびた人間のミイラ、その頭部だった。皮膚は黒く変色し、髪の毛は殆ど失われている。見開かれた眼窩は洞のようで、口は苦悶に叫ぶように開かれている。すでに相当劣化と乾燥が進んでいるらしく、拾い上げたアレックスの手の中で肌がボロボロと崩れた。
瞑目するアレックス。このありさまでは、目を閉じさせてやる事もできない。
『う、嘘でしょ、じゃあこの部屋の床一面に転がってるの、まさか全部……?!』
『何人分あると思ってるのよ!?』
「……こちらアント1からセンチネル1へ。第三格納庫から続く待合室で、大量の死体を発見した。死体は全て放射線が原因と思われる極端な劣化に晒されてる模様」
『こちらセンチネル1からアント1へ。……こちらも、おそらく同様に大量の死体を確認している。装備から恐らくはこの艦に集められていた訓練兵だと考えられる……』
口調は冷静だが、通信ごしでも相手の動揺は透けて見えていた。
当然だろう。必要とあれば大量の死体を生み出すことも、それを根こそぎ焼き払う事もためらわないアリステラとはいえ、それは彼らなりの義あっての事だ。
この様な、大量虐殺の後を見せられて何も思わないのでは、それこそ人間ですらない。
「合流を急ぎましょう。この艦では何か、異常な事が起きている」
『同意だ。先を急ごう』
通信を切り上げて、部下達を促す。
「進むぞ。この先二つエリアを抜ければ合流地点だ」
『あ……、は、はい。わかりました』
「動揺は分かるが、それを誘うのも敵の狙いかもしれん。気持ちを揺らすな、とは言わんが、作戦に集中しろ」
『り、了解しました』
「ネルス、ニーナも。おっかないのはわかるが、落ち着け」
「はい……」
上位者が音頭を取る事で、動揺していた一行に落ち着きが戻る。
アレックスとて動揺しなかった訳ではない。だが、彼はこの訓練戦艦に満ちていた異様な空気を知っていた側だ。こういう事もありうるだろうな、という納得の気持ちすらある。
同時に、態々アリステラが動いた理由もわかってきた。アリステラ達そのものは想定していなかったかもしれないが、彼らを動かした上層部は、この艦でこのような異常な事態が起きている事を把握していたからこそ、出来る手を全て打って今回の作戦に臨んだのだろう。アレックスを招集したのも、おそらくはその一環にすぎないはずだ。
「…………」
しかし納得できない事もある。
これだけの人数を、どうやって殺したのか。劣化が激しく外傷によるものなのか別の理由なのかわからないが、訓練兵とはいえこれだけの人間が集まれば相当な暴力になる。人間は家畜ではない、理不尽に命を脅かされれば抵抗もする。ましてやこれだけの数を一か所に集めたら、集団心理で暴徒化してもおかしくはない。少なくとも、アレックスがこの訓練戦艦に居た頃はそうならないよう、常に一定以上の人間が集まらないように管理されていた。
少人数ずつ殺してここに捨てた? それもナンセンスだ、一体どれだけの弾と時間が必要なのか、さらにそれをずっと隠し通すのは現実的とはいえない。戦場に長くいると積み上げられた死体の山がありふれたように感じてしまうが、戦場以外の場所で山になるほど人間を殺すのはあまりにも効率が悪すぎて嘘くさい話になってしまう。
いっそ、犠牲者たちがここで自ら命を絶った、そう言われてしまった方が納得できる。もちろんどう考えてもそんな事はあり得ないのだが。
感情的になりつつある思考を冷却する。
認めるべきは、あくまで事実だ。
理由も手段もわからないが、これだけの人間が事実上無抵抗のまま殺されている。そしてそれが出来る、出来てしまう人間が、艦に残っている。
大事なのはそこだ。他は、今は気にするべきではない。
「あの、隊長さん。少し、よろしいでしょうか?」
「っ、シルバさん、どうしましたか?」
「いえ。私は星見で、神父でもなんでもないのですけれど。軽く、死者の安寧を願っておいても、よろしいでしょうか」
「それは……いや」
最初、時間がないので、と断ろうとしたアレックス達だが、部下の様子が目につき考えを切り替える。アレックスは割り切っているが、部下にまでそれを強いるのは横暴だろう。
弔う、というのは、生者の気持ちを整理するためのものでもある。気持ちを落ち着けるにはちょうどいいかもしれない。
「そうだな。シルバ、手短に頼む」
「はい、承りましたわ」
<戦場のひみつ:多くの戦場において戦死者はドッグタグを回収した上で焼却処分される。遺骨が遺族に送られるような事は稀であるが、遺骨と称して適当に石ころを詰めて送り返すような悪辣な真似も基本的にはない。そして実は焼却処分という形で弔われるだけ陸軍はマシであり、宇宙軍の死者などは乗艦が撃沈されれば遺体は回収される事なく宇宙を永遠に彷徨うことになる。>