※この作品はR-18です。

未来も希望もない戦場で必死に生き残ってたらモテモテになった件(ハーメルン版)   作:SIS

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<戦場のひみつ:何故異星生物が人類を敵視するに至ったのかについては、様々な議論が交わされているが一向にその結論を見る事はない。ただいくつか有力な説は述べられており、その一つが惑星デリオネラでの現住生物の虐殺だと言われている。>



第四十三話 積み上げられる怒り

 

 

 アレックスの許可を得て、シルバが前に出る。

 

 その様子を、一行が興味深く見守る。

 

 シルバは宇宙服のポーチから何か小さな袋を取り出すと、その中身をシャラン、と周囲に振りまいた。

 

 彼女が撒いたのは、僅かな光に煌めく小さな粉。それは闇の中でキラキラと光を反射し、宇宙の星々のようにきらめいた。

 

 シルバの口から、祈りの言葉が見知らぬ響きで紡がれる。言葉の意味は分からないが、なんとなく神妙な響きである事は聞いて取れる。

 

 手が宙を切って、シルバが印を刻んだ。目を閉じて黙祷する彼女に倣い、一行も犠牲者の冥福を祈って目を閉じる。

 

「……終わりました。お時間有難うございます」

 

「ああ。有難う」

 

 戻ってくるシルバに礼を言いながら、先に進む。

 

 不思議なもので、10秒足らずの追悼で随分と雰囲気が変わったように見える。勿論場が変わったのではなく、こちらの認識が変わったのだ。

 

 先ほどまで、このフロアに満たされた死体は、苦悶のうちに絶命し弔われる事もなく晒された犠牲者だった。それを踏みつけにして前に進むのは、死体に鞭打つような罪悪感があったはずだ。

 

 少なくとも弔ってやる事で、死体を置き去りにする罪悪感のようなものは薄れた事だろう。

 

「先を急ぐぞ」

 

 わずかとはいえ時間を浪費した。その分をリカバリーするべく、アレックスは皆の足を急かした。

 

 

 

 

 

 足早に道を急ぐ。どのフロアも照明が落ちていて、ところどころに灯る非常灯だけが道を照らしている。敵の待ち伏せはおろか、どのフロアも生活感皆無の打ち捨てられた廃墟のようで、心のうちに寒々しい風が吹くような思いを感じる。

 

 着艦時に攻撃があった事からも、ここに敵がいる事、こちらに対し悪意がある事はわかる。それにしては、あまりにも無防備すぎるというか、それを通り越して人の気配がなさすぎる。

 

 それは、アリステラに対し精強に抵抗しようというのが変なのかもしれないが、あまりにも得体が知れなさすぎる。何かの思惑があっての事なのだろうか。例えばこちらを疑心暗鬼にさせて消耗させるだとか。

 

「アレックスさん。合流する部隊はあれではないですか?」

 

「え?」

 

 少し意識が思索に潜っていた所をシルバに指摘され、前を見るとゆるくカーブした通路の向こうから見覚えのあるガスマスク集団がこちらに向かってきていた。合流予定のセンチネル1率いるアリステラの部隊だ。

 

 数にして10人ほど。勿論、これがアリステラの全部隊ではない。他にも40人以上の部隊が訓練戦艦に突入しており、彼らは別々にエンジンや中枢システムを抑えにいっている。アレックス達はアリステラと共に、重要人物がいるはずのブリッジ部分を目指す段取りだ。

 

 念のため通信をいれて確認する。

 

「こちらアント1よりセンチネル1へ」

 

『センチネル1からアント1。心配しなくとも我々は本物だ』

 

「おっと失敬」

 

『構わん。……正直、想定外だ。本格的な抵抗がある可能性は低いとみていたが、ここまで無抵抗に近いとはな』

 

「他の部隊の方も順調ですか?」

 

『こちらと同じく、気味が悪い程に順調だ。艦へのハッキングも問題なく行われている。防衛システムの類は抑えた』

 

「となると、少なくともここから大逆転される可能性も低い、と」

 

『監視カメラの映像によれば、ブリッジに一人、人員がいるらしい。それを確保する』

 

「了解しました」

 

 軽く情報交換をすませ、肩を並べて道を急ぐ。総勢15人と5機の足音が、無音の艦内に響いた。

 

 どうにも収まりが悪い。現状は順調そのものだが、兵士としての経験が違和感を訴えている。何か致命的な点を見落としているような気がする。

 

「そういえば突入時になんか変な攻撃があったじゃないですか。艦のシステムを抑えつつあるなら、あれの正体もわかったりしませんかね。ちょっと気になってて」

 

 アレックスが言うのは、突入時に襲ってきた誘導プラズマ兵器の攻撃だ。いや、正直今となっては、あれが本当にプラズマ攻撃だったのかも怪しいのだが。

 

『……。いや。少なくとも艦の武装ではなかったらしい。システムを調べてもそれらしき武装はなかった』

 

「そうですか。……うーん」

 

『何かそんなに気になるのか?』

 

「いや、なんかね……。あの攻撃は割と殺意があったと感じてたんで、着陸してからの展開と違和感がどうにも。似たようなの、どこかで肌で感じた事があるような、ないような」

 

『……留意はしておく。思い出したら、言え』

 

「はい。すいません」

 

『お喋りはここまでだ。……ブリッジが近い』

 

 無言で顔を見合わせ、道を急ぐ。

 

 そしてとうとう、敵の一人とも顔を合わせないまま、一行はブリッジの前までたどり着いた。眼前には頑丈ではあるが、隔壁という訳でもない扉が閉ざされている。これをこえればブリッジだ。

 

 無言でアスタルテスの工作員が前にでて、爆発物の有無などを確認する。しばらくして、危険なし、というハンドサインが送られてくる。

 

 センチネル1と顔を見合わせるアレックス。

 

 どういう事かわからない。仕掛けの無い罠などありうるのだろうか。

 

 この扉の向こうには、叛逆者の一人が今も居座っているはずだ。突入してくる部隊に迎撃を行った以上、叛意は明らかだ。にも拘わらず、ほぼ素通しで突入班を通し、こうして眼前までくるのを許している。

 

 不可解だが、しかしチャンスであるのは違いない。

 

 ドアのロックが解除され、鉄門が開く。同時にアレックス達は突入した。

 

「動くな!」

 

 ブリッジには、知らされていた通り老人が一人。艦長席に座るその男にレーザーライフルを突きつけながら、手早く室内を観察する。

 

 訓練用とはいえ戦艦だけあって、ブリッジは広い。多段構造になっていて、突入したのは艦長席のある一番上の段だ。下を見れば、複数のモニターと席が並んでいるのが見て取れる。そのいずれにも、人の姿はない。モニターの中で各種数値が勝手に切り替わっているのをみるに、自動操縦のようだ。

 

 言うまでもないが、自動操縦で問題なく艦を動かせるならこんなにたくさんの席は要らない。現状ではそれこそまっすぐに進む事しかできないはずだ。つまり、もともと叛逆者は逃げるつもりがなかった事になる。

 

 ますます訳が分からない。

 

 混乱しつつ、アレックスは叛逆者に目を向けた。

 

 老年に差し掛かった、禿げ頭の男性士官。反り上げられた頭には皺が目立ち、額には大きな腫瘍がある。背は低く、軍服の上からでも枯れ木のような細い体であるのが透けて見えた。その表情には、追いつめられた者の怯えではなく、まるで自分が勝利者であるかのような余裕たっぷりの笑みが刻まれている。

 

 金色の瞳を細めながら一向を見返し、叛逆者は朗々と謳った。

 

「ようこそ、モルガンヴェールへ。歓迎しよう、同志諸君」

 

『叛逆者、リスナール元中佐だな。大人しく両手を頭の後ろに回せ。さもなくば撃つ』

 

 淡々と告げる指揮官に、アレックスは小さく尋ねる。

 

「いいのか?」

 

『最悪首から上さえ持って帰れば問題ない』

 

 端的に告げる指揮官に、思った以上に大人しく叛逆者は従った。笑みを浮かべた余裕しゃくしゃくの態度で、両腕を頭の後ろで組む。

 

 そうしながらも、彼の口は滑らかに軽口を叩いた。まるでなんども練習したかのように淀みない口調で。

 

「おお、怖い怖い。しかしね、叛逆者とは。一体何の罪でかね?」

 

『取り合う理由はない』

 

「そうかね? 私はあくまで人類に忠実に尽くしていたのだがね? 君達のいう叛逆とは、見解の相違にすぎないと思うのだが」

 

「何言ってるんだ、コイツ……?」

 

 気でも狂ったか? そう思って、アレックスは叛逆者に目を向けた。

 

 男の、爛々と光る金色の瞳に。

 

「私はこれまで優秀な訓練兵を戦場に送り出してきた。そのやり方に何か問題があったとして、法に逆らったわけではないよ。そう、あくまで私は人類に忠実に尽くしていたのだ」

 

『音信不通になっていて、何を……』

 

「それは不幸な事故というものだ。見たまえ、この艦のあり様を。艦を運用するまともな人員もなく、通信設備も故障し、残されたわずかな資源を糧に今日までなんとか生き延びてきたのだよ。その過程で多くの人員が命を落としてしまった。君達も見てきただろう? 彼らはこの極限状況で自ら犠牲になる事を選んだ殉教者達なのだ」

 

 叛逆者がつらつらと恥知らずな言い訳を上げ連ねる。

 

 男の言葉を証明する証拠はない。

 

 だが同時に、否定する物証をアレックス達は持ち合わせていなかった。

 

 そう考えた時には、すでにアレックス達も、アリステラ達も男の術中にはまっていたのかもしれない。

 

 本来なら問答無用で男の口を閉じなければならないアリステラが、あろう事か男の言葉に耳を傾けている。朗々と語られる口調には僅かな罪悪感もなく、妙な自信と責任感に満ち満ちていた。

 

「そもそもだね。この人類軍を管理するシステムは冷徹にして冷酷だ。その中で、仮に背いた所で何ができる? 何もできはしない。徹底した法と暴力による管理と支配! 君達アリステラもその一部だ。ならばわかっているだろう? そんな事はあり得ない。あり得ないという事は、罪ではないという事だ」

 

 おかしい。

 

 何故、自分達はこの男の話を大人しく聞いている?

 

 何故、銃口を下げ、それも一理あるだなどと考えている?

 

 心のどこかでそう感じているのに、男から目を離せない。

 

 禍々しく輝く、金色の瞳から。

 

「私は法を犯してもいないし、人類を裏切った訳でもない。すべては不幸なすれ違いなのだよ。現に、君達は一切の抵抗なくここまできた。対空機銃の攻撃は、あくまでも機材の不調によるトラブルだったのだ。事故だよ。君達が私を拘束する理由は存在しない。さあ、戻り給え。お互いにそんなに暇ではなかろう?」

 

 男の言葉は、賢しいだけの言い訳で、正当な言い分でないのはどう考えても明らかだ。

 

 なのに、聞いた者の心の中に「それもそうだな」等という考えが異様なまでに膨れ上がり、正常な思考を乱す。抵抗しよう、などと思う暇もない。強制的に意識に割り込まれているような猛烈な違和感を一瞬だけ感じたが、すぐにそれもわからなくなる。

 

 ふらふらと、夢遊病者のようにアリステラ達がおぼつかない足取りで踵を返す。ニーナも、ネルスも虚ろな視線で銃を下ろした。

 

 シルバだけが、その中で黙って佇んでいた。フードを深くかぶったその表情はうかがい知れない。

 

 前後不覚に陥っているのはアレックスも例外ではない。レーザーライフルを下ろそうとする手に抵抗しながら、絞り出すように一言問うた。

 

「……あなたは。これから、何を?」

 

「今まで通りさ。ここで訓練生を鍛えて送り出す。君もそうだったろう?」

 

「そうか」

 

 レーザーライフルが床に落ちる。

 

 男が、にこやかに笑った。檻の中の実験体のネズミを愛でるような目だった。

 

「今まで通りか」

 

 腰のホルスターから、コンビハンドガンを引き抜く。その過剰なまでに大口径の銃口を、早撃ちの要領で男に突きつける。

 

 男の笑顔が凍り付く。

 

 アレックスの意識を覆っていた酩酊は、焼け付くような怒りによって祓われていた。脳裏に思い返されるのは、戦場に出ることすらなく理不尽な扱いに命を落とした友人達の姿。

 

 悲しくないはずがない。

 

 憎まないはずがない。

 

 それでもそういうものだと、人類の為に徴兵されるのはそういう事だと自分を納得させてきた。仕方ない。運が悪かった。こういうものだ。

 

 そんな言い訳で何年も抑え込んできた怒りと憎悪が、てんで筋違いだったと知った今。

 

 アレックスは人間相手に冷たい引き金を引く事に、微塵のためらいもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「ぐ、ぎゃあああ!?」

 

 人気のないブリッジに、しわがれた男の絶叫が響いた。

 

 放たれた銃弾は、男の右腕を掠めただけだった。だが、非常識な大口径の弾丸は、柔らかい人体には過剰威力が過ぎた。男の右腕は半ば千切れ、どろどろとした血が滴り床を汚した。苦悶の声を上げて男が腕を抑えかがみこむ。

 

「ぎぃああああ、がっ!?」

 

 汚い絶叫を終わらせたのは、アリステラ指揮官の一撃だった。振るわれた銃床が男の頭を打ち据え、速やかに無力化する。直後、指揮官は精魂尽き果てたように膝をついた。

 

 他のメンバーも大なり小なり似たような状態だ。それぞれ、頭を振って己の正気を疑いつつも疲労困憊、耐えきれず床に座り込む者もいた。

 

「あ、あれ、私はいったい……」

 

「なんだ、どうして……」

 

「あの男の目を見てからか……? 意識が定まらない……」

 

 皆、今しがたまで自分が置かれていた状態が理解できずに困惑するばかり。ネルスもニーナも、自分の頭を押さえて意識がはっきりしない様子だ。パワードスーツに身を包み、映像越しに男と対面していたはずの海兵隊までもが、ふらふらと膝をついていた。

 

 その中にあってアレックスだけが、一人揺らがずに立って男の様子を確認していた。彼も意識が曖昧になっていたが、それはさきほどまでの事。引き金を引くときには猛烈な怒りと憎悪が彼の意識を覆っていた朦朧を焼き払い、凄烈に意識ははっきりとしていた。

 

 右腕を狙ったのはわざとだ。正直胴体をぶち抜いてやりたい所だったが、すんでの所で生け捕りが任務だった事を思い出して銃口を逸らした。右腕だったのは、左腕は心臓に近すぎて衝撃が逆流し心臓破裂する恐れがあったからだ。

 

 銃をホルスターに戻し、床に投げ捨てたレーザーライフルを拾いなおす。別にレーザーライフルで撃ってもよかったのだが、反動も何もないレーザーライフルではイマイチ撃った感が無い。

 

「んん……?」

 

 冷静になってくると、意識を取り戻したとはいえやはり考えがおかしかったようだ。怒りと憎しみに駆られたとはいえ、少し攻撃的に過ぎる。そもそも一兵士として、私情で引き金を引くなど不良軍人極まりない。

 

 それに、一応部下の手前は善良で道徳的である事を心掛けているアレックスとしては、わざわざ痛い目に合わせるために実銃を撃つというのは、らしくない行動だったと反省する。

 

「……自力でどうにかなさるとは思いませんでした」

 

「シルバさん。そうか、貴女が任務に参加するという話はこれが原因でしたか」

 

「ええ。まあ、催眠術のようなものです。世間一般のイメージよりは、大分悪辣ですが」

 

 催眠術。そう言われると、そのようなものだった気もする。

 

 男の目を見るのがきっかけだったのだろうか。それにしてもあの金色の目、今思うと変である。何かのインプラントだったのだろうか。

 

 倒れ伏し、止血処置を受けている男に目を向ける。意識を失った男はぐったりとされるがままだ。気にはなるが、あのような真似ができるのなら直接聞きだすのは危険が伴うだろう。あとはアリステラにまかせるべきだ。

 

「しかし、あんな事が出来るなら今までやりたい放題だったろうな。艦の人員に言う事を聞かせるのもそうだし、どれだけ悪辣な事をしても咎められない。今まで表ざたにならなかった訳だ」

 

「そうですね……。正直、私としては皆さまに気付けをする前に中尉さんが正気に戻ったのは意外でした。いったいどうやって?」

 

「いやまあ。心の底からムカついたら意識がはっきりしまして」

 

「はあ……?」

 

 よくわからない、といった風にシルバが首を傾げる。

 

 苦笑しつつ、アレックスもそこで話を打ち切る。この訓練戦艦との関係は、あまり思い出したくもないし言いふらしたい話でもない。記憶の奥底に沈んで、二度と浮上してきてほしくない類の思い出だ。その事で助かったとはいえ、マイナスがプラスになる事は今後永遠にない。

 

「それはともかく、これで任務は完了なんですよね、センチネル1?」

 

『ああ。撤収しよう。長居は無用だ。艦は別動隊が接収する手はずになっている、細かい調査は彼らに任せる。我々はこの男をつれて母艦に帰投する』

 

「了解です。ほら、そういう事だから、ニーナ副砲手もネルス情報管理手もしゃきっとする! 海兵隊もどうした、ほらほら!」

 

 部下を叱咤し、撤収準備に入る。

 

 これ以上、こんな得体のしれない場所に1秒たりとて居たくない。拘束した男を担ぐアリステラ隊員を中心にして、一向は速やかに元来た道を逆に辿る。

 

 行きはよいよい、帰りは恐い、などというが、今回に限っては道中何もない事は確認している。男はおそらくこちらを洗脳し謀略の手駒にするつもりだったのだろう、その為にあえて迎撃しなかったのか、あるいは全てを操って思うがままにしてきた男に真の意味での仲間などいなかったのか。どちらにしろ哀れな事である。

 

 正直、男が仕掛けてきたのは本当に催眠か? と疑わしい事もあるが、しかし直前に宇宙の妖精絡みで散々オカルトっぽい体験をしてきたのが今回ばかりは功を奏したというか、耐性ができている。理解できない事は忘れる、これに尽きる。それでこの話は終わりだ。

 

 これまでトラブルにつぐトラブルで任務がしっちゃかめっちゃかになってきたのを顧みると、これは部隊結成以来スムーズに解決した快挙なのではなかろうか。

 

 これは戻ったらお祝いしたほうがよいのではないか?

 

「隊長、なんか機嫌よさそうですね……?」

 

「いやあ、終わってみれば凄くあっさりだったからな。痛い思いせずに終わったのってはじめてじゃない?」

 

「いや隊長それフラグ……」

 

 不意に、先頭を走るアリステラ指揮官が足を止めた。つられて全員が足を止める。

 

「どうした?」

 

 訝し気に声を上げるアレックスに構わず、レーザーライフルを構える指揮官。それに合わせて、部下達も一斉にライフルを構えた。

 

 彼らがいる通路は、ただまっすぐ伸びる一本道だ。その向こうは、空気が淀んで霞むまで何もない。一体何を警戒しているのか、とアレックスは首を傾げたが、彼もすぐに気づいた。

 

 カツン、カツン、という甲高い足音。鉄の床を、鉄のブーツで打つような、あまり聞かない響きだ。

 

 どこから聞こえてくるのか。その疑問はすぐに晴れた。ぬ、と200mほど離れた先の水際の壁から、通り抜けたように人影が現れたのだ。恐らく、そこに横道があったのだろうが、照明で影ができないよう照らされていたので気が付かなかったのだろう。

 

 新手か、と目視で確認したアレックスは眉を潜めた。

 

「……鎧騎士?」

 

 現れた人影は、この大宇宙時代においては奇妙な出で立ちだった。頭から被った濃緑色のフードは長い年月を想起させるように縁がほつれてボロボロ。フードの下には鈍く光る鉄のフルプレートアーマーを着込んでいるが、それも一体どれほどの長い年月を経てきたのか黒い染みと錆塗れであり、動く度にギシギシと軋む音が聞こえてくるようだ。形状も熱か腐食か、何が原因かは分からないが酷く変形しており、左右対称とは程遠い。

 

 まるで中世の放浪騎士のような出で立ちの者が、レーザーで切り出したような直線で構成される宇宙船の通路の只中に居る。あまりにもミスマッチな光景に、一瞬アレックスは己の正気を疑った。

 

 カツン、と音を立てて騎士がこちらに歩み寄ってくる。その手が腰に差した剣を抜き放つのを目の当たりにして、指揮官は冷徹に部下に指示を下した。

 

『撃て』

 

 相手が何者であれ、任務を妨害する意思があるのなら容赦はしない。

 

 鉄の意思において、一斉に放たれたレーザーライフルが騎士に集中する。これが尋常の存在であれば、これだけの熱量を浴びたら鋼鉄であってもドロドロに溶け、中の人物も焼死は免れられないだろう。事実、アレックスは迅速かつ過剰な攻撃に眉をしかめた。

 

 そう、相手が尋常の存在であったなら。

 

「……まじかよ」

 

 思わず呻きが漏れる。レーザーライフルは確かに命中している、今も激しい乱反射のスパークが騎士の上半身を眩く照らしている。が、騎士の鎧には焦げ目一つなく、悠々とこちらに向かって歩みを進めてくる。

 

 アリステラが一歩引く。それに代わって前に出るのは、海兵隊のパワードスーツ隊だ。その筆頭であるアヤカが血気に逸る唸りを上げた。

 

『はっ、ようやく私達好みのお相手って訳か!』

 

『妙なデザインですが、パワードスーツの類であるのは違いないはず。ナックル4,5は後衛を。通路が狭い、私とナックル3で牽制、ナックル1の援護を!』

 

 ナックル2・3が腕に装備した機関砲で弾幕を張る。パワードスーツの膂力だからこそ装備できる大口径実弾砲の攻撃を前に、謎の鎧騎士も足を止めた。一瞬これで倒せるのでは、とアレックスは期待したが、現実はそんなに甘くなかった。

 

 凄まじい音を立てて機関砲の弾を跳ね返す騎士の鎧。仮にパワードスーツの類であってもあれでは中身への衝撃も尋常ではないはずだが、騎士はたじろぎもしない。それどころか銃弾の圧力に逆らって前に出てくる。

 

 そこを、踏み込んだアヤカが迎え撃った。スーツの巨大な右腕が、唸りをあげて振り下ろされる。装甲貫徹能力ならば機関砲の方が上だが、それだけで優劣がつくほど近接戦闘は単純ではない。質量とパワーにものをいわせた打撃は装甲の奥にまで響く衝撃を与え、掴みから展開される関節技は対象の駆動部を的確に破壊する。やりようはいくらでもある。

 

 だからだろう。振り下ろされた一撃を、騎士はこれまでと違い無防備に受ける事はせず、紙一重で回避した。スーツの下で、アヤカはおそらく笑みを浮かべただろう。

 

 避けたという事は、通じるという事だ。

 

 ここが攻めどころと一気呵成に攻め立てるアヤカ。騎士はその猛攻から身をかわすので精いっぱい。

 

「いや……」

 

 違う。アレックスは騎士の身のこなしを見て、危機感を募らせた。アレックス自身、白兵戦には少し含蓄があるからわかる。

 

 あれは、遊ばれているだけだ。

 

「まずい、下がれナックル1!」

 

 ハンドガンを抜いてアレックスが警告するのと、騎士が剣を振るうのはほとんど同時だった。

 

 屈んでアヤカの拳を避けて振りぬかれた刃は、まるで紙でも断つかのようにあっさりとパワードスーツの巨腕を半ばから断ち切った。機関砲クラスに対する盾としても機能するように作られているはずの腕をあっさり切断され、非常識さにアヤカが瞠目する。

 

 振り回していた重量物を急に失い、オートバランサーの補正限界を超えたスーツがたたらを踏む。その両足を、まるで雑草を刈るかのように剣が薙いだ。

 

「あ」

 

 腕とは違う。スーツの足には、生身の足が収まっていて。

 

 痛みは、思ったほどはなかった。ただ代わりに、自分の骨が氷に置き換わってしまったかのような、ぞっとするほどの冷たさが駆け抜けていった。

 

 ぐらり、と姿勢が傾ぐ。それを堪えようとして、アヤカはもうどうする事もできない事をようやく理解した。だって、踏ん張る足が、もう。

 

「ああああ」

 

 どっ、と背中から床に落ちる。警告に埋め尽くされる視界の向こうで、襤褸をまとった騎士が剣を逆手に持ち替え、嬲るようにゆっくりとアヤカの胸の上で振り上げた。面頬に覆われたその表情が、侮蔑に嗤っているのがはっきりと見えた。

 

 スーツの胴体は、生命維持のために特別強固に作られている。だが、あの剣の前では関係ないだろう。打撃武器としても使えるように設計された巨腕ですら一溜まりもなかったのだから。

 

 阻止しようと味方からのレーザーが降り注ぐが、騎士は一顧だにしない。至近距離でそれを目の当たりにしたアヤカは、単純な装甲による防御ではなく、何らかのフィールドによって装甲のほんの数ミリ上でレーザーがはじかれているのを見て取った。それが分かった所で、どうする事もできないのだが。

 

 振り下ろされる剣の切っ先が迫る。ぬるりとした質感のその刃が、重装甲を次の瞬間には貫き自身の命を奪うであろう事に現実感が持てないまま、アヤカはただ茫然とそれを見上げていた。

 

 その次の瞬間を。

 

 確定した運命を掏り替えるかのように、青白い閃光が埋め尽くした。

 

「……っ」

 

 騎士が、とっさに剣を盾にしてもなお防ぎきれなかった衝撃に背後へとのけぞる。ちらりと視線をよこした剣の表面には青白いエネルギーの残留が弾け、刀身表面は変色し白くひび割れていた。剣の命である臨界金属膜がうち破られたのを見て、騎士が射手に視線を向ける。

 

 赤熱し煙を上げるのは、プラズマガンのアタッチメント。煙を上げる得物を手にした一人の兵士。騎士は、その男がアレックス・ウィンザード中尉である事を把握していなかった。ただ、特殊部隊に紛れ込んでいる妙な一般兵の一人。そういう認識でしかなかった。

 

 だが、誰と知らずとも、その男がこの中にあって、一番の脅威であると今、騎士は理解した。

 

 両者の視線が交差する。

 

 無言でアレックスは引き金を引き、銃口は物言わぬ彼に代わって憤激を放った。

 

 







<戦場のひみつ:植民惑星デリオネラでは、現住生物のハンティングが一大事業として行われていた。それにより惑星の現住生物の六割が死滅し、生態系が崩壊、惑星の環境維持システムも崩壊していた。後々の調査で、この惑星に住む生物は後に異星生物軍とされる生物群の一部との近縁が確認された。>




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