未来も希望もない戦場で必死に生き残ってたらモテモテになった件(ハーメルン版) 作:SIS
<戦場のひみつ:宇宙船の中には、数百年運用され続けている艦も珍しくはない。そういう艦には、ブリッジからも把握できていない構造部がしばしば存在する。基本的にそういった場所は立ち入り禁止であり、うかつに入れば生命の保証はできない。>
放たれた銃弾を、騎士は再び剣を盾に受け止めた。
耳を劈く金属音と共に火花が散り、反動を受けて騎士が背後に後ずさる。そこを逃さず、アレックスはマガジンが空になるまで立て続けに引き金を引いた。ただの乱射ではなく、一射一殺の殺意を込めた銃撃は、騎士の面頬の隙間、首元といった急所を的確に狙っており、それを受けた騎士は圧力で下がらざるを得なかった。
とはいえ、すぐにマガジンは底につき、リロードに入った事で弾幕が途切れる。そこへ援護のレーザーの雨が降り注いだが、騎士はそれを無視した。
多少驚いたが、たかが兵士一人。今すぐ排除すべきほどではない。
冷徹に戦力評価を行い、騎士はまず弱った得物からとどめを刺そうと視線を向け……足元に転がってくる缶を目にした。
缶の表面にはこう書いてある。『O2』。
その意味を騎士が理解した所で、レーザーの照射がその缶を炙った。
爆発。
それによって後退を余儀なくされる騎士。勿論、騎士とて強烈な酸化反応程度で傷を負うような生半な存在ではないが、それでも実体ある存在である。床に転がされていたアヤカと違い、立っていた彼は爆圧をまともに受けた。面で受けては衝撃を逃しようがない。
さらに噴煙で見通しのきかない向こうから、至近距離での機銃掃射が彼に降り注ぐ。
『今だ、ナックル1を下げさせろ』
『急げ!』
前に出た海兵隊のパワードスーツが、弾幕を張りつつ負傷者を回収しようとしている。そうはさせないと切りかかろうとする騎士だが、思ったよりも大きい機銃のダメージに二の足を踏む。
立て続けに大きいダメージを受けすぎたのだ。守りが薄まっている。
それを知ってか知らずか、アヤカを引きずるようにして後退しながらも継続して機銃で追い打ちをかける海兵隊を、騎士は追撃できない。さらにそこにレーザーの猛射が加わる。
もともと効かない上に粉塵の残る中レーザーの威力は減少しているはずであり、普通ならばそんな無駄撃ちは控えるべきである。にも拘わらず、ここぞと言わんばかりに今まで以上にレーザーを集中させてくる攻撃に、騎士は舌打ちを漏らした。恐らく、こちらの防御のからくりがバレている。
「撃て撃て! 近づけさせるな!」
リロードを終えて再びハンドガンを連射し牽制するアレックスの横を、アヤカを担いだ海兵隊が下がっていく。それに合わせて、部隊も急いで後退する。
急な接敵に驚きこそしたが、部隊の指揮官二人は冷静だった。
あの正体不明の騎士を力圧しで突破するのはリスクが高すぎるのは明白。
多少遠回りになるが迂回して接敵を避けるべきだと、遊撃隊とアリステラは言葉を交わさずとも同じ判断を下し、申し合わせたかのように淀みなく退避する。その後を遅れて追おうとした騎士の足元に、アリステラの隊員達が一斉に手榴弾を転がした。
さっきの酸素ボンベを使った猫だましではない。重装甲をまとっていてもただではすまない手榴弾の集中投下。流石に騎士が足を止めて防御姿勢を取る。
何重にも響く爆発音を背後に、アレックス達は横道へと逃げ込んだ。最後にアリステラの一人が、壁際の端末を操作し部分隔壁を下ろす。上下に閉まる隔壁が閉じ切る寸前、こちらを追って横道に飛び込んだ騎士の姿がちらりと見えた。
ガコン、と隔壁が閉じ切る。
二度、三度、閉じた隔壁の向こうから重機がぶつかるような音が響いていたが、四度目はなかった。突破を諦めたらしい。
それを目の当たりにして、誰ともなくため息が漏れた。殿で立っていたアリステラ隊員が、安心したようにレーザーライフルを下ろす。
アレックスもハンドガンをホルスターに戻しつつ、現在位置を記憶の地図と照らし合わせる。恐らくしばしの時間は稼げるはずだった。
「……ここの隔壁が開かなきゃ、それなりに遠回りになるはずだ。あの装備の足じゃ、追いつけないとは思うが」
『とはいえ単独ではない、仲間がいるだろうな。長居はできん』
「そうだな。……アヤカの具合はどうだ?」
海兵隊が手当をする彼女の元へ膝をつき、様子をうかがうアレックス。
すでに手際よくパワードスーツは除装され、インナースーツ姿で手当てが行われている。スーツはほぼ達磨にされていたが、上半身は胴体部分に収まっていたので傷は無い。問題は肢だ。彼女のカモシカのようによく鍛えらえた足は、膝の少し上から両断されて見る影もない。せめてもの救いは、もう少し上であったなら大動脈を切り裂かれて失血死していたであろう事か。パワードスーツ着用時は見た目と中の関節の位置が微妙にずれているので、それが幸いして急所は外れたようだ。今は無残な断面に、海兵隊が緊急スプレーを吹き付けて止血している。同時に別の隊員がスーツの袖口から突き出た注射器でアヤカの首筋に鎮痛剤を撃ち込む。
流石に海兵隊、修羅場には慣れているようで手当も迅速で的確だ。それで、アヤカの傷がどうにかなるわけではないが。
『治療は施しました。この場で出来る事はこれ以上はありません』
「命に別状はないんだな?」
『はい。ただ鎮静剤をうったのでしばらく意識は戻りません。この後はナックル3が彼女を背負います』
視線を向ければ、ナックル3は背中に傷病者を背負う為のタンカらしき装備を展開しているところだった。しまい込んだパイプを展開する事で十秒程度で用意を終えた装備に、ベルトでアヤカを固定していく。……女性としては、アヤカはわりかし背の高いほうだった。だが、足を半ばから失った彼女の体躯は、まるで子供のようだった。ずきり、と胸が痛む。
心の痛みを抑え込み、アレックスはアリステラ指揮官に目を向けた。短いが濃密な時間を経て、この司令官とはずいぶんと意思が通じるようになってきた気がする。
「通信は」
『駄目だな。ジャミング……なのかはわからないが、全周波数が得体のしれない讃美歌のようなもので埋められている。聞いてみるか?』
「気が狂いそうだからやめておきます」
『賢明な判断だ。それと、奴について我々が持っている情報は無い。むしろそちらが何か知っているのではないか?』
「……シルバさん。何か知っていれば、是非」
アリステラと第77独立遊撃隊に、現時点での両者に違いがあるとするなら、星見がいるかいないかだ。シルバは元々、ターゲットが妙な催眠術を使うらしい事を知っていた。
「我々は、堕落者、と呼んでいます。極めて邪悪で狂暴な、恐るべき者達です」
『知っていたなら何故情報を共有しなかった? 奴の存在を知っているか知らないかでとれる対応も違うはずだ。少なくとも、独立遊撃隊に犠牲を出す事はなかった。違うか?』
「申し訳ありません。……彼らは決して大人数ではない。そこの小物のために出てくるとは、思わなかったのです」
言ってシルバが拘束されたままの“小物”に目をむける。気を失ったままの枯れ木のような男は、まあ成程、あんまり偉大な人物にはまあ見えない。
指揮官がつまらなさそうに鼻を鳴らした。意外とこの男か女かわからない人物は、任務の割に普段は非常に人間らしい善性を持ち合わせている。まあ任務のためならそれを割り切れるだろうから怖いのだが。
『ならばアテが外れたな。貴様の下らんギャンブルのせいで我々は大損をこいたわけだ。さぞ愉快な気分だろうな?』
「センチネル1、我が隊の事で申し訳ないが、今はその話は後に。今はこの場を切り抜ける事が肝要です」
『……貴様がそういうなら、別に構わんが。ここは、機関室に近いエリアだな。道がそこそこ入り組んでいる。上手く使えば追っ手を撒けるかもしれんが、誤れば閉鎖区間であの時代錯誤野郎を相手にする事になる。そうなれば分は悪いぞ』
言って、指揮官が天井を見上げる。言葉通り、このあたりは通常区画ではなく機関室に近いようで、天井や壁には無数の配管が這いまわっており、塗装もおざなりで錆止めの赤茶色がむき出しになっているところがほとんどだ。配管の継ぎ目にはボルトナットも露出しており、足元も縞鋼板に切り替わっていて、どこか工業区画のような印象も受ける。当然、道も狭く、全員が横に並ぶのは到底不可能だ。
「プランは?」
『甘く見るな。万が一の逃走ルートは複数確保してある。まずはこの先、おそらく閉鎖されているエンジン近くのエリアを抜けて通路を迂回する。そちらの解除コードも抑えている、問題はない』
「了解した。こちらも従おう」
『決まりだ。いくぞ』
これ以上の時間のロスはできない。一行は足早にその場を後にした。
さび付いた迷宮のような通路を、司令官は迷う事なく駆け抜けていく。このあたりはアレックスも流石に知らない、道を把握しているというアリステラ指揮官だけが頼りだ。
このあたりの区画は狭いうえに右に左に枝分かれしている。一体何年放置されているのか、赤錆まみれの回廊は宇宙戦艦の中というより廃工場の一角と言われた方が納得がいくレベルだ。
連続で選択を強いられる分かれ道を、迷う事なくアリステラは走り抜けていく。外で待機している艦からのサポートは途切れているはずだが、艦の構造については自前でサポートAIでも持ち込んでいるのだろう。アレックス達のような木っ端軍人には与えられない装備だ。さすがは精鋭部隊というべきか。
と、不意に先行していたアリステラ隊員の背中が見えた。見れば、閉ざされている扉を開けようと端末を操作しているらしい。何やら機材からケーブルを伸ばして開閉装置につなぎ、ハッキング中の感じだ。
『どうだ?』
『10秒ほどください』
短いやり取りの後、ガコン、と開閉装置が動き始める。これで先に進めるな、と安堵した一行だが、次の瞬間全員の表情がひきつった。
隔壁を貫き伸びてきた金属の刃が、作業していたアリステラ隊員の胴を貫いたからだ。
そのまま横なぎに刃が振り抜かれ、両断された隊員の胴が床に落ちる。
『退避しろ!』
指揮官の叫びに従って全員で慌ててその場を離れる。その背後で隔壁を丸く切り抜いて、襤褸をまとった騎士が姿を見せる。
先ほど交戦した個体ではない。鎧の造形が違う。
「くそっ!」
アレックスは呟くと走る速度を落として殿に回った。ちらりとこちらを見てためらわずに先にいくアリステラ隊員を置いて、最後尾で騎士と向かい合う。
いざ尋常に、とゆっくりと剣を構える騎士に対しナイフを構えつつ、アレックスは視線を向けずにハンドガンを抜き撃ちした。狙いは騎士ではなく、近くの適当な配管だ。
たちまち噴出したよくわからない蒸気が周囲に立ち込める。さすがに面食らった騎士が煙の向こうで慌てているのがかすかに見えた。
アレックスも巻き込まれないように急いでその場を離れる。宇宙服とはいえ、高熱の蒸気に耐えられるとは思わない方がいい。
そしてそれは相手の騎士も同じようだった。走り去っていく背後で、煙を突き破って騎士が追ってくる様子は見られない。あの不可解な防御は、少なくとも危険性のある蒸気には有効ではないようだ。ただ硬いとかではなく、何か別のルールが働いているのか、とアレックスは考察した。
「いや。今は逃げ切る方が先決か」
顔を前に向けて部隊に追いつく。さて、この状況。アリステラが用意していた逃走ルートが、果たしてどこまで生きているのか。
戦艦の中での鬼ごっこが始まった。
広い宇宙船の中で繰り広げられる逃亡劇。
それが思っていたよりも自分達に圧倒的不利である事を理解するのに、そう時間はかからなかった。
なにせ、複雑な順路を抜けた先に、常に歪な騎士が待ち構えていた。
こちらの逃走経路をどういう訳か完全に把握されている。情報漏洩を疑い、アリステラもナビゲータープログラムを停止させ、艦内マップを頼りに逃走経路を割り出しても、やはり同じこと。
怪我人を引き連れての逃亡劇に疲れ果て、一行はトラムのターミナル広場で足を止め、小休憩を取ることにした。
「あいつら、弄んでやがる」
水分を補給し、悔し気に罵ったアレックスの言葉にアリステラ指揮官も頷く。
騎士達は、じわじわとこちらを追いつめる包囲網を狭めつつある。狭めているのだが、しかしこちらに対し決定的な行動に出ようとしない。時代遅れの剣ではなく、銃器の一つでも持ち出せばこちらを容易く全滅させられるタイミングはいくらでもあった。それにいくら動きが鈍重でも、本気でこちらを追いつめるつもりならとっくに追いつかれている。
こちらの焦りを長引かせて弄んでいるのは明確だった。
「俺達はハンティングゲームのウサギって訳かよ」
「……あまり時間がない。定刻になっても帰還できなければ、母艦は砲撃によってモルガンベールを撃墜する手はずになっている。その前に包囲網を突破しなければ」
「母艦側も問題がなかったら、だけどな。状況的にあっちも今、大変な事になってるんじゃないか?」
『それを言い出したらキリがない。こちらの揚陸に用いた車体も無事かどうか。どっちにしろそれが本当ならどのみち詰んでいる、考える必要はない』
「割り切るねぇ……」
『それより、そちらにも何か腹案はないのか?』
「え?」
『悔しいが、先ほどから先回りされているのを見るに、こちらの考えは見透かされているようだ。そちらも、幾度となく修羅場は越えていると聞く。何か、奴らの裏をかけるような考えはないか?』
「考えっつっても……」
言われて、ちらりとアレックスはトラムのステーション入口に目を向けた。この状況、トラムは間違いなく運行を停止しているが……。
少し、記憶の中の艦の構造を思い返す。やれなくはないだろう。
『トラムの通路を行くつもりか? 流石にそれは通らないと思うが』
「ええ。なんでもう一捻りします」
『一捻り?』
訝し気に首をひねるアリステラ指揮官に、アレックスはその案を説明する。興味深く聞いていた指揮官も、話を聞いて手を打った。
『なるほど。確かにそれは妙案かもしれないな。わかった、準備する』
「よろしくお願いします」
早速準備に入る為仲間を呼びつける指揮官を置いて、アレックスは海兵隊達に声をかけた。
隊長であるナックル1が負傷した為、今は暫定的にナックル2……プラリネ・クォン曹長が部隊の指揮を執っている。20代半ばで、ツインテールが似合ってしまう童顔の女性だが、腕っぷしについてはアヤカのそれに匹敵する。
『隊長、どうしました?』
「少し、私の提案でルートを変更することになった。負傷者を救命パックに入れるから連れてきてくれ。それと、ナックル2、ナックル4は私についてこい」
「なんか思いついたんです?」
ひょこっと顔を出すのはネルスとニーナだ。二人ともフィジカル面はよく鍛えているので、これまでの逃亡劇における疲労は大して蓄積していないようだ。むしろ、また面白い事でもはじめるんですか? と期待に瞳を輝かせている。
アレックスは嘆息した。
「人がおもしろびっくりどっきり策略家みたいに言うな」
「でもだいたいアレックス隊長の腹案って週刊人間おもしろ大全みたいなやつじゃないですか」
「右に同じ」
「お前らな……別に今回は私がどうこうする訳じゃない。頑張ってもらうのは海兵隊だ」
『えっ』
「なんだその反応」
『いやだって私達、地面の下の砂虫を振動だけで居場所探知するとか完全に透明な刺客と合理だけで切り結ぶとか暗闇の中で聴覚だけで迷わずに進むとかできませんよ?』
「んな事求めてないから安心しろ。ったく。大体あの程度の事、訓練すれば誰でもできる。ほら、アリステラの連中だってあんな真っ暗闇の中で活動してるんだから、似たような事できるんじゃないか?」
アレックスの発言に、少し離れた所で集まっていたアリステラ達がぎょっとして振り返った。いつものガスマスク姿だが、何故だろう、ニーナとネルス以下、遊撃隊隊員には彼らの顔に困惑と否定が刻み込まれているのが見て取れるようだった。というか目があった隊員が、「無理ですから?! 無理!」と首を振っている。
ちなみに言うまでもないが、アリステラの使うガスマスクに暗視装置が仕込まれているだけで、彼ら彼女らが聴覚だけで暗闇の中を仕事している訳ではない。
自分ができるから他人もできると思い込むのも立派なパワハラだよねー、とネルスはちょっと思った。
「やってほしいのはそこのトラムステーションへの侵入口を開ける事だ。ちょっと乱暴にな」
『トラムの線路を通る、という事ですか? 危険では? 敵がトラムの制御を奪っていた場合、走ってきた車輛に圧し潰される危険性がありますが』
「大丈夫、それは問題ない。とりあえず頼むわ」
『了解』
軽く頷いて、言われた通りナックル2と4がトラムステーションに近づく。残りは、アリステラの元にアヤカを運んで救命パックに詰め込む作業だ。救命パックは宇宙での負傷者収容に使う特殊ラミネート製のボディパックで、真空や有害な宇宙線から負傷者を防護するものだ。また中が特殊ジェルで満たされており、止血や簡単な治療にもなる。その分かさばるのでこれまで使っていなかったが、ここから先は必要だ。
ちなみに、特殊ジェルは少し薬剤を追加投与する事で硬化させる事もできる。暴れる患者の拘束にも持って来いという訳だ。捕虜の方はそのようにしておく。
アレックスの指示で、パワードスーツがステーションの扉を突きやぶり、線路に出る。トラム線路内の壁は事故に備えて頑丈に作られているが、流石に乗り降りする場所は別だ。
電源が落とされているのか、通路は真っ暗だ。遠くで何かが動く音が、レールを伝わって静かに響いている。
「ナックル2、適当にレールを捻じ曲げろ。それで安全装置が働いてトラムは走らなくなる」
『なるほど。了解』
ぐにゃり、とその辺りのレールをパワードスーツが肥大化した右腕でつかみ、あっさりと捻じ曲げた。途端に、線路一帯に赤い警告灯が点滅し、緊急アナウンスが流れる。ブリッジから対応しない限りこれは解除できないが、それはおそらく簡単ではない。ブリッジを制圧後、離れる際に各種操作ができないようロックをかけてきたからだ。
「これで線路を行く分には問題ない」
『ですが、これではこちらの居場所もモロバレでは? それに、地上の線路と違ってトラムは立体的に入り組んでいます、どこまでも歩いて行ける訳ではないです。それこそ、連中に待ち伏せされてしまうのでは?』
「トラム内を通るのは途中までだ。ある程度までいったら別のルートに乗る」
『別のルート?』
「ああ……。っと、来たな。悪いが海兵隊は救命パックを担いできてくれ。あれはちょっとかさばるからな」
アリステラ隊が準備を終えてやってくるのを見て、アレックスは宇宙服の気密を軽くチェックしながら意地悪く嗤った。
「この艦の管理者どもがどれだけズボラで阿呆だったか、今更後悔するといいぜ、悪党ども」
追っていた対象がトラムのレールに逃げ込んだ。
それを把握した騎士の感情は、一言でいえば落胆であった。
相手はアリステラに、得体のしれない強運に恵まれた遊撃隊。そこらの兵卒など相手にならない敏腕揃いであり、事実、それなりに楽しませてくれた。
小物が振るうものとはいえ、彼らの崇める力を凌いで見せ、また直接戦闘においても彼らの一騎を退けて見せるなど、なかなかに侮れない相手であった。
だからこそ価値があり、生贄に相応しい戦士であった。
しかしながら、トラムのレールに逃げ込んだのは悪手もいい所だ。恐らく、一度トラムを経由する事で騎士達の包囲を抜けようとしたのだろうが、残念ながら、そう簡単にはいかない。むしろ、自らの首を絞めるだけの行為だ。
騎士は無言で壁に近づくと、右手の剣を振るった。鋼鉄の壁が紙のように切り裂かれ、騎士が通れるだけの通り道を作る。その向こうは、トラムのレールが広がっている。
騎士達は、壁を容易く切り裂き道を作れる。だが、あちらはそうではない。さらにいえば、トラムの停車位置……出入りできる場所は決まっている。いくらパワードスーツでも、トラム線路内の壁は突き破れまい。
そして艦内地図を確認する限り、獲物達が出入りできる入口は、全て騎士達の背後にある。完全な袋のネズミ、チェックメイトという訳だ。
そうなるように追い込んだとはいえ、想像通りの結末にいささか残念な気持ちを隠せない。もっと想定外の手段で突破を試みてくると思ったのだが。
まあ、失敗してしまうよりはよほど良い。あとはせめて、最後の抵抗が豊穣なものである事を祈ろう。
そんな事を考えて歩を進めた騎士は、しかし突如、けたたましく鳴り響いた警報に足を止める事になった。
『システムより警告。トラム内に異常発生。気圧が急激に減少中。繰り返す、システムより警告……』
『?!』
気圧の減少……それを聞いて、最悪の予想が脳裏をかすめる。
隔壁に穴が開いて、宇宙に繋がりでもしないと、こんな警告はならない。だが、連中の装備で分厚いトラム内の壁を突き破るのは不可能だ。時速数百キロで走るリニア車輛の車両事故に耐えられるよう作られているのがトラム壁である。だが、何らかの方法で穴を開けてしまったとしたら。
不味い。
今、騎士達はトラムに侵入するために壁を切欠いてしまった。それはすなわち。
『システムより極めて重大な警告。艦内気圧が急激に減少。クラスAの事態と判断。責任者の判断を待たず、システムにより処置を開始します。スタッフは直ちに所定の位置に移動し、それが不可能な場合、自決手段の確保を行ってください』
極めて無慈悲な合成音声の宣告。それはすなわち。
『緊急事態につき、艦内隔壁を閉鎖します』
『しまっ』
ガゴゴン、と天井からいくつもの隔壁が一定間隔で降りてくる。艦が致命的な損傷を負った時のダメージコントロールに使われる防爆壁でもあるそれは、流石に騎士達の剣をもってしても一筋縄でいく障壁ではない。しかもそれはトラム内ではなく、おそらく艦全体に渡って行われている。
すなわち。
『閉じ込められた、だと……?』
<戦場のひみつ:宇宙空間は生命に対してあまりにも厳しく、非常時の対応は軍において冷徹なものである。もし艦が破損し大気が吸い出されるような事があれば、居合わせた人間の生命を無視して閉鎖が行われる。数十名の命と引き換えに艦全体の安全が保障されるなら、それは軍にとって安い取引なのだ。>