※この作品はR-18です。

未来も希望もない戦場で必死に生き残ってたらモテモテになった件(ハーメルン版)   作:SIS

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<戦場のひみつ:星見監視者は老若男女問わず、兵士としての戦力にはくわえられない。彼らはあくまでアドバイザーであり、技術士官であるからだ。最低限、自衛のために戦闘力を持ち合わせている者もいるが、基本的に彼らは非力であり、戦力にはならない、というのが通説だ。>




第四十五話 相容れぬ呉越同舟

 

 

 

「は。連中、今頃泡を食って慌てふためいてるだろうな」

 

『違いない。正直、我々が逆の立場だったらと思うとぞっとする。同情はしないが』

 

「ですな」

 

 アリステラ指揮官と軽口を叩き合いながら、アレックスは宙を蹴った。身体がふわりと浮かび上がり、宇宙服からの僅かなエアの噴射で軌道を変えながら目的地に向かう。その手には一本のロープが握られており、それは後ろにずっと伸びていて、部下やアリステラの隊員達がそれに掴まって後に続いていた。

 

 彼らがいるのは、艦外の無重力区画だ。艦の表面に無数に乱立した得体のしれないバラック小屋に身を潜めるようにして、彼らは巨大な戦艦の表層を移動していた。

 

「少なくとも連中、この艦につめていた奴らとはまともに情報交換してないみたいだな。おかげで助かった」

 

『愚かにもほどがあったがな。あんな損傷を放置しておくとは』

 

 アレックス達が艦外に出れたのは、トラム通路内に重大な損傷があったからだ。かつてアレックスがこの訓練戦艦に訓練兵として詰めていた頃、自動迎撃装置の不良によってデプリが艦に直撃した事があった。それによりトラム内通路に貫通するほどの大きな損傷を受けたのだが、生活区域に影響がなかった事で、艦の運営者達はその区間のトラム運行を差し止め、穴を樹脂で埋めるだけの応急処置で済ませてしまった。普通に考えれば艦に穴が開くほどの損傷、ドックに入って修復するのが筋なのだが運営者はそれをしなかった。恐らく正規のドックに入る事で、艦の運行状態の異常が発覚するのを恐れたのだろう。

 

 艦の運営者がもともとまともではなかったのか、その時すでにあの催眠術のようなものの影響にあったかは分からないが、度を越した怠慢と杜撰であり、そのおかげでアレックス達は容易く地図にない脱出ルートを得る事ができた。長期間放置されていた樹脂は放射線の影響で脆くなっており、海兵隊のパワードスーツでも容易に除去が可能であったのも幸いである。そこからさらに、酸素漏れから艦内警報にまで話が広がったのが予想外の幸運であったが。

 

 いわゆる現場の怠慢で連鎖的に被害が拡大していくアレなのであまり愉快な話ではないが、今回は日ごろきちんとやっていたアレックス達に幸運の女神が微笑んでくれたと解釈する事にする。

 

「…………」

 

「ん? どうした、ネルス。何か気になる事が?」

 

「あ、いえ。その……なんでアレックス隊長、トラム内に損傷個所があるってご存知だったんです?」

 

「……あー……」

 

「疑問。それに他にも、なんかやたら間取りとかに精通している。不可解」

 

 ネルスの疑問をきっかけに、ニーナも首を傾げてくる。隣ではアリステラ指揮官が『まだ説明してなかったのか?』といった感じの視線を向けてきている。

 

 いや、まあ。思い出したくもない記憶だし、個人的な怨恨ではあるし、何よりそういった事情で彼女達のフラットな判断を誤らせたくはなかったので黙っていたのだが……今回ばかりはそろそろ悪手だった事を認めなければならないだろう。

 

「無事に帰れたらちゃんと説明する。ちょっとここには縁があってな。今はそれで納得してくれ、頼む」

 

「……まあいいです。貸し一つ、ですからね」

 

「がめつい」

 

「いいでしょ別に。……いいですよね?」

 

「そりゃあ、まあ」

 

 思っていたよりもあっさり引くネルスに、肩を落とす。これはいっぱい食わされたかもしれない。隣でククク、とアリステラ指揮官が含み笑いを零した。コイツもコイツで随分いい性格をしているな、とアレックスは半眼で呻いた。

 

 無重力空間を行きながら、視線を上にあげる。まあ宇宙空間には上も下もないのだが、とにかく頭上には、宇宙の暗闇に溶け込むようなアリステラ母艦の姿が辛うじて確認できる。が、今現在、そちらは戦艦からの対空攻撃への対応でなかなか忙しいらしい。ミサイルや見た事のない誘導プラズマ兵器のようなものの攻撃を、機動性と迎撃能力で対応しているのが見える。正直、あちらもいつまでもこっちを待っていられるか怪しい。予定より大分早く見捨てられても文句は言えなさそうだ。

 

「こっからでも通信は繋がらないのか?」

 

『残念ながら。戦艦周辺が何らかの通信障害に包まれていると見た方がいいだろう。どういう原理かはわからんがな』

 

「それは残念」

 

 期待していなかったが想定通りの答えに肩をすくめる。少なくともこちらの状況を伝える事ができれば話は変わってくるのだが。

 

『あとは各重要箇所を抑えにいった奴らがどうなったかだが……状況を見るに、望みは薄いな』

 

「元気に対空迎撃行ってるし、エンジンも停止してないからな……。例の騎士どもにやられたとみておいた方がいいだろう。……車輛の方も無事だといいんだが」

 

『そちらはおそらく大丈夫だろう。見た所、騎士の防御力は車載火器に耐えられるほどではない。それに、車輛部隊が応戦していれば流石にわかる』

 

「てか、そもそもよく考えたら、この対空防御黙らせられないと車輛と合流しても脱出できないんじゃ……」

 

 ふと、大事な事に気が付いてアレックスは眉をしかめる。ここにきて当初の予定は完全に崩壊しているが、それでも踏むべき手順というものがある。大丈夫なのか? という確認の視線をアリステラ指揮官に向けるが、彼はそっと目を逸らした。

 

「おい待て」

 

『大丈夫だ、プランはある。指揮車輛に戻れば信号弾で詳しい状況を伝えられる。そうすれば、脱出の支援が母艦から行われるはずだ。今は一刻も早く車輛と合流する事を急ぐべきだ』

 

「ほんとか? 頼むぞ? 土壇場でエンジンなりメインシステム抑えるなりでまた突入とか流石に全滅するからな?」

 

『わかっている。ほら、エアロックが見えてきたぞ』

 

 アリステラ指揮官が指さした先を見て、アレックスもお喋りを中断する。ここからはまた艦内だ。手際よくエアロックをくぐり、調整室で加圧を待つ。一分もかからない待ち時間だが、それが酷く長く感じる。こちらがエアロックに入った事は、システムを敵が抑えている以上バレたはずで、すぐに駆けつけてくるはずだ。艦内は緊急事態対応で隔壁が降りているとはいえ、敵の分布までこちらは把握している訳ではない。加圧が終わり、扉をくぐった所に騎士が待ち構えている可能性もあるのだ。

 

 緊張に包まれた時間が過ぎ去り、ドアロックが解除される。

 

 と同時にはじかれたように全員が動いた。海兵隊が前にでて、残りの隊員が銃を構える。アレックスがゆっくりとドアに近づき、開閉装置に触れた。

 

 緊張が一同に満ちる。

 

 圧縮空気の音と共に軽やかにドアが開かれる。その向こう側は、果たして。

 

「……誰もいない、な」

 

 薄暗がりを見通して、アレックス。

 

 海兵隊のパワードスーツ三人が前にでて、後ろからアリステラ達がハンドライトで照らしながら進む。全員がドアを越えたが、奇襲をしかけてくる気配はない。

 

 どうやら本当に、敵の包囲をかいくぐれたようだ。

 

 アリステラ指揮官に手招きされて、アレックスが近づく。指揮官はハンドライトで手元の地図を示しながら、艦内記号を照らし合わせて現在位置を確認しているようだった。

 

 流石に外を回っただけあって、かなりのショートカットだ。地図によれば、ここはアレックス達が降りた場所にほど近い。ここから少し先にあるホールを抜ければ、各々の車輛待機場所までたどり着ける。

 

「ホール、か。広いな。狭いエアロック近辺を避けてこっちで布陣してる可能性はあるな」

 

『そうだな。エアロック近辺なら最悪そこから宇宙にたたき出すという手段が使えたが、それを警戒した可能性もある。それに仮に我々が別の手段で包囲を抜けたとしても、このあたりを通る可能性は高かった』

 

「だな。ここが踏ん張りどころか」

 

『勝機は?』

 

「少なくともプラズマガンとパワードスーツに組み付かれるのは避けてた。そこに全賭けするしかない」

 

『了解した』

 

「そうだ、星見の見解も聞きたい。奴らに対抗する何かよい案はないか?」

 

 こういう時のアドバイザーだ。アレックスに急に話を振られたシルバは顎に手をあてて考えつつも、驚いた様子はない。流石に心得ている。

 

「そうですね。彼らの守りは一見、完璧のように見えますが、おそらく見えないだけで穴があるはずです。効かないとわかっていても、レーザーライフルでの飽和射撃を続ける事に意味はあると思いますわ。それに恐らく摩耗もする、予想ですが対消滅型ではないかしら」

 

「根拠は?」

 

「ふふ、お人が悪い。蒸気を抜けてこなかった事からあたりはつけているのでしょう? おそらく多量の蒸気に反応して一気に減衰するのを恐れたのでしょう。それに初戦の時、攻撃を受け続けているうちに明らかに守りが弱まっていましたわ」

 

 プラズマガンを剣で防御したのも恐らく近い理屈である。銃弾と違ってプラズマは単体ではなく無数の高エネルギーを帯びた原子運動の産物だ。レーザーがあまり効かなかったのはおそらく質量が限りなくゼロだったのが大きいのだろう。それでも原理を聞くに、消耗は狙えるはずだ。

 

 あと爆風には押されていたのも見逃せない点だ。もしかするとあまり大きな面接触には耐えられないのかもしれない。だとしたら格闘戦は回避していたのも納得がいく。

 

 ちなみにそれでも車載火器に歯が立たないだろう認識は変わらない。車載火器というのは、携行火器に比べて連射速度も一発あたりの破壊力も比較にならないから車載火器なのである。

 

 

『ふむ。対消滅型か』

 

 アリステラ指揮官が何か思いついたように呟く。

 

『攻撃の威力、というより、高エネルギーであるかどうかが大事、といった所か?』

 

「恐らくは」

 

『なるほど。それならとっておきがある。実に我々らしい奴がな』

 

 言って嗤うと、アリステラ指揮官は持ち込んだものの使う機会が今までなかった機材を背中から降ろした。

 

 

 

 

 戦闘を想定して装備を整え、一行はホールの入口前まで進んだ。

 

 捕虜と怪我人は、ナックル3がまとめて背負っている。パワードスーツが一機戦力外になるのは痛いが、これをアリステラや遊撃隊で背負った場合、戦闘力以上にここぞという時で足手まといになる可能性がある。パワーとスピードがあり、万が一盾にもなれるパワードスーツにまかせるのが一番だ。

 

 あとは全員、可能な限りの武装を装備。特に騎士に通じる可能性の大きいプラズマガンを持つアレックスはそれに専念し、彼のレーザーライフルはネルスが受け取ってWトリガーの構えだ。実弾だとただのロマンだが、バッテリー式で照射回数が多いレーザーライフルでは実用的なテクニックである。勿論、両手にライフルを構えて正確に狙う技量が必要だが。

 

「いくぞ」

 

 合図に従って一斉に突入する。

 

 薄暗いホールは、荒れ果てていたものの想定していた敵の姿はない。それでも油断せずに、武器を構えたまま散開し、周囲を警戒する。そこに油断や付け入る隙はない。

 

 だから、ホールの二階、渡り廊下のようになっている場所で不意に赤い光が煌めいたのも、一行はすぐに気が付く事ができた。

 

 バチバチと音を立てて現出したのは、例のプラズマ兵器の輝きだ。一塊に寄り集まったそれが、放物線を描くように投射される。狙いは、隊列の中央だ。

 

「ちいっ!」

 

 アレックスがハンドガンでプラズマを狙撃する。レーザーと違い、実弾には圧力がある。大口径の実弾に立て続けに中心を穿たれ、プラズマは着弾する事なくボッと弾けて霧散した。頭上に霧のように赤く煌めく電子の名残が飛び散り、僅かにホールを赤く照らす。

 

 その赤い輝きに照らされて、のっそりと姿を顕す下手人。

 

 雰囲気は騎士ににている、仲間である事には違いない。同じような襤褸のローブを纏い、その下には古びた金属の鎧。だが少し違う。頭部は髑髏を思わせる造形で、虚ろな眼窩には赤い光が煌めき、手には金属の錫杖。騎士というより領主、あるいは魔術師を思わせる出で立ちに、アレックスはおそらくコイツが頭だと辺りをつけた。騎士には仕える相手が必要だ。

 

 不意に、相手の姿を見咎めて、隣に立っていたシルバが緊張する気配があった。相手を知っている? これまで超然とした態度を崩さなかった星見の動揺につられて心拍数が上がるのを感じながら、アレックスは努めて冷静に野次を飛ばした。

 

「……部下の不甲斐なさに、親玉自ら出撃か? どこの誰だかは知らないが」

 

『ほぅ。道理には通じていると見える。なるほどな』

 

「っ」

 

 言葉が返ってくるとは思わなかった。騎士達は意図してこちらと意思の疎通を断っている節があったが。

 

 性別も窺い知れないが、言葉の節には重ねた年月を感じる。恐らく老齢。

 

 ……それだけの年月、人類に仇なしてきたという事だ。

 

『だが、所詮唯人よ。お前たちは贄にすぎぬ』

 

「贄? ……生贄って事か、悪趣味な。というか、こっちのハゲ親父は取り返さなくていいのかい? 仲間だろ?」

 

『仲間?』

 

 問い返す言葉には、あきらかに嘲笑の響きがあった。

 

『あのような小物、ただの味変よ。等しく無意味、等しく無価値。この世界の全ては、真に尊い存在に捧げられるためにこそある。我らも含めてな……だが』

 

 す、とロードが錫杖を振る。その動きに合わせるようにして、虚空に三つのプラズマが生じた。ロードの周囲をまるで人魂のように彷徨うプラズマ塊は、見ていたアレックスからしても一体どういう原理で生じたのかまるで分らなかった。

 

 ただ一つはっきりしている事がある。

 

 敵は。こちらをここで、殲滅する腹積もりだ。

 

『まずは貴様らからよ』

 

「撃て!!」

 

 アレックスの号令に合わせて、隊員が一斉に引き金を引いた。実弾はプラズマ塊に、レーザーライフルはロードに向けて。アレックスのハンドガンの一撃が向かってくるプラズマの一つの芯を打ち抜き霧散させるが、海兵隊の機銃掃射はプラズマを減衰させながらも消滅させきれない。この攻撃を相殺するには手数ではダメなようだ。それでも減衰に伴い弾速の落ちたプラズマ弾を、なんとか撃墜する。

 

 それに対し、レーザーの攻撃の成果は目に見えてさっぱりだった。あきらかに騎士よりも分厚い不可視の防壁に遮られて全く効いていないのが分かる。ちらりとアリステラ指揮官に目で問いかけるが、首を横に振られる。彼らの切り札を使うには、二階にいるロードは遠すぎる。アレックスのプラズマガンなら届くだろうが、これは実質一発切りの切り札だ。まだ使うには早計がすぎる。

 

『なるほど。ただの烏合の衆ではないらしい。……これはどうかな』

 

 再び錫杖を振ると、ぶわり、と再びプラズマ塊が虚空に生じる。数が多い。さっきの倍の、6発。不味い、と肝が冷える。さっきの3発でもギリギリだったのだ、その倍なんてさばききれない。そもそもさっきからアレックスのハンドガンが的確に芯を抜いてるのも何かの偶然なのだ。拳銃はそんな精確に撃ち抜けない。

 

『それ。精々、好く啼いて死ぬがいい』

 

 容赦なく放たれるプラズマ弾。難しいとわかって迎撃を試みたアレックスは、その軌道の複雑さに目を剥いた。さっきまで単純な放物線を描いていただけの攻撃が、複雑にねじまがりまるでのたうつ怨霊のよう。

 

 ロードの髑髏の下でにやつく顔が見えるようだった。奴は文字通りこちらを弄んでいただけだったのだ。それがわかってなお、現実に打てる手がないという事実は、腸が煮えくり返るようだった。

 

 それでも努めて迎撃を試みる。一発、二発とプラズマ弾が迎撃され、それでもこちらの必死の対応を嘲笑うように四発ものプラズマ弾が間近に迫る。

 

 その赤紫の輝きの中に、笑う人骨の影のようなものが見えた気がした。それはこれから仲間が増える事に歓喜しているようで。

 

 ああ、違う。

 

 これはプラズマ塊なんかじゃない。これは正真正銘の……。

 

 

 

「これは流石に、仕方ありませんね」

 

 

 

 不意に。視界の端で、美しい銀色が流れた。

 

 

 

 

 悪夢のような現実の中で、非現実的な美を見た。

 

 銀の髪を靡かせて前にでる美女の後ろ姿。手には漆黒の槍のような杖。首から下は宇宙服姿でよく見えないが、おそらくはあの露出の多い衣装を身にまとっているのだろう。

 

 妖精。彼女が、何故ここに。いやそれよりも、この状況は。

 

 迫りくる怨霊の火の玉。本物のプラズマ兵器と同じく、直撃した対象を粉微塵に焼き尽くすであろうその暴威を前にして、しかし彼女に怯む気配はなかった。

 

 手にした槍を一振りする。その仕草に応じて、彼女の前面に、何か半透明の幕が張り巡らされた。ビニールを思わせる頼りない防壁……しかし、着弾した四発の怨霊弾は一発どころかその欠片さえ防壁を抜く事もなく、透明な壁の向こうで弾けて霧散した。

 

 パリパリパリ、と大気が音を立てて帯電する。その只中で、妖精は靡く銀髪を片手で梳いて整えながら、叛逆者のロードと向かい合った。

 

『これは、驚いたな。とんだ上物が混じっていたようだ』

 

「それはこちらのセリフです、古きものよ。相変わらず無意味な事に無意味に犠牲をささげているようで吐き気がします。全てが無意味というなら貴方達の存在こそが無意味ですのでとっとと自害していただけないでしょうか」

 

『変わらずの偽善者面で何よりだ。無意味であるからこそ、意義ある事のために消費してやっているのだ。それが分からぬか』

 

「それを決めるのは少なくとも貴方達ではない」

 

 バチバチと剣呑に殺意をぶつけ合う妖精と髑髏の頭領。

 

 と、そこで突然の展開で完全に置いて行かれていたアレックスが再起動した。彼はきょろきょろと周囲の部下のメンツを確認した上で、妖精の後ろ姿と自分の隣の空間とをきょろきょろと視線を行ったり来たりさせる。

 

 彼の記憶の最後では、隣にいたのはシルバであったはず。それはつまり……?

 

 そう、妖精は言っていた。

 

 この容姿だとトラブルが多いから、普段は姿を偽っている、と。

 

「あ、あの……? もしかして、シルバさんで……?」

 

「アレックスさん」

 

「は、はい」

 

「私がなんとか時間を稼ぎますので、目的の達成を最優先で。説明は後で必ずしますから、今はどうか」

 

『させると思うか?』

 

 悲壮な決意を秘めた妖精の言葉に被せるように、ロードの嘲笑うような声が響く。

 

 ロードが再び杖を一振りする。再び攻撃がくると身構えたアレックス達だったが、起きた現象はそれとは違った。より致命的な展開だった。

 

 ホールに赤い稲妻が幾筋か落ち、そのスパークの中から起き上がるようにして複数の騎士が姿を顕した。隠れていた、とかそういう訳ではない。文字通り、たったいま戦艦のあちこちから転移してきたのだと、アレックスの直観が訴えた。

 

 まるで奇術か幻術である。それならばいっそ騙されている方が救いようがあるのだが、残念ながら今は現実の方が奇怪に歪んでいると考えるしかなかった。

 

「ああくそ、意味が分からん! 撃て!」

 

 戦場は大概理不尽なものだが、こういう方向で理不尽なのは流石に経験がない。そんな中、引き金を引けばいつものように弾のでる銃というのは実にありがたい。

 

 アレックスの指示に従ってニーナやネルス、海兵隊達のみならずアリステラ隊員達も正気に戻ったように一斉に銃撃を行う。無数のレーザーと銃弾が飛び交い、しかしゆっくりとせまってくる騎士達を押しとどめられない。的が分散している、弾幕が足りない。

 

「裂破」

 

 妖精が再び杖を振る。その軌跡上に、突如出現したのは銀色に輝く鋭利な結晶。氷か水晶か得体のしれないそれらは、しばし狙いを定めるように滞空した後に一斉に射出される。狙いは迫りくる騎士達。

 

 現代兵器の水準で言えば、質量も加速度も到底実用たりえるものではない。だがそれらの一撃は、騎士達の不可解な防御を無視したかのようにすり抜け、金属の鎧に甲高い音を立てて突き刺さった。うめき声をあげて騎士達の足が止まる。

 

 成程、インチキにはインチキで応じるのか。あまりにも自分の常識からかけはなれた光景に現実逃避気味にそんな事を考えるアレックス。なんかもう詳しい原理とか考えたくなかった。

 

「よくわからんがこれなら……!」

 

『そのような木偶どもに手数を割いてよいのかな?』

 

 嘲笑うような声に、今更、致命的な問題に気が付く。見上げれば、ロードが再び無数の人魂を呼び出したところだった。のたうつように迫りくるそれらを、再び妖精が防壁を貼って防御する。が、その対応は先よりも遅く、人魂達が防がれたのはよりアレックスに差し迫った位置だった。さらに防壁の向こうで、のっそりと騎士達が起き上がる。先ほど突き刺さった銀の礫はとうに消え去り、鎧の傷口も露なままに騎士達が距離を詰めてくる。妖精の防壁も、あの騎士達の隔壁すらやすやす切り裂く剣を受け止められるのか、正直怪しい所ではある。

 

 つまり、だ。

 

 圧倒的に対応力が足りてない。現状が続くだけジリ貧どころか、一秒ごとに不利になっていく。

 

 ならば、出来る事はただ一つ。

 

「やむを得ん、シルバが対応している間に強引に突破する!」

 

『それしかないようだな……そして多少の犠牲は許容するべきだ。総員、独立遊撃隊を中心に陣形を組め』

 

「おい……!?」

 

 アリステラ指揮官、その言葉の意味が分からないアレックスではない。もとより、本来はここで分かれる予定だったのだ。それが行動を共にするというなら、すなわち。

 

『我々が肉壁になる。数人生き残れればいい方だが……それぐらいなら君達の車輛で連れ帰ってもらう事を期待してもいいだろう?』

 

「待てよ、集団自殺に付き合う義理はないぞ」

 

『標的を連れ帰るのが我々の任務だ。アレックス中尉、君とて人類軍の兵士、この程度の悲劇は経験済みだろう? 特務隊か、一般兵か、別に特別な事ではない。違うか』

 

「…………わかった」

 

 内心の反論をかみ殺して、アレックスは部隊長として頷いた。頷かざるを得なかった。

 

 アレックスとて、かつて僅かな手勢で殿を務め、そうされると理解していながら味方の砲撃座標に居残った。生き延びたのはたまたまで、当然ここで自分は死ぬだろうと理解していた。それが人類の為であり、散っていった同胞の為であり、故郷の為だと思っていたからだ。部下ができて、立場が変わって、考え方が変化したとしても、自己犠牲の尊さを否定はできない。否定してはならない。

 

 人類軍として戦うというのは、そういう事なのだ。

 

「だが、無駄死は許容できない。俺も前に出るからな」

 

『好きにしろ』

 

 指揮官と肩を並べて前にでる。

 

 眼前では妖精の防壁の向こう、包囲するように騎士達が広がっている。再び放たれた怨霊弾は防壁を解除させず、妖精の足と手札を拘束し続けている。

 

 怨霊弾の生成・射出にはある程度の時間が必要だ。おそらく次の攻撃で、同時に騎士達が仕掛けてくる腹積もりだろう。

 

 だからその前に動く。

 

「321で行くぞ。3、2、1」

 

『いや待て中尉。……伏せろ!』

 

 不意にアリステラ指揮官がアレックスに飛び掛かって引き倒した。何事、と思う暇もなく、すぐにその理由は知れた。

 

 床が急に傾いた。激しい振動と共に、平たい床が急斜面になる。

 

 艦が、傾いている。

 

 騎士達は急な出来事に剣を床に刺して持ちこたえているが、一人が脱落して壁に転がっていく。アレックス達は床に這いつくばるようにしてしがみついてなんとか耐えようとする。シルバとロードは揺れを物ともせず、接着剤で貼り付いているかのように佇んだまま互いに目を逸らさない。

 

「何だ……?!」

 

『中尉、重力変異の兆候を感知した! 意味が分かるか?!』

 

「重力変異ぃ?」

 

 いきなり言われてもアレックスには何がなんだかわからない。それは織り込み済みだったのだろう、アリステラ指揮官は続けて叫んだ。

 

『“連中”は我々のようなワープ技術を持たない代わりに、重力トンネルを用いた長距離航行を行う! その為、出現地点周辺では特異な重力変動が起きる……奴らが来るぞ! 忌まわしき怪物ども!』

 

 そう。

 

 『彼ら』は、人類のような高次元視座理論を持たない。そもそも艦すら有機体で構成された彼らの艦は、そういった航法に適さない。それでも、生物にはあまりにも広大な宇宙を移動するにあたって、当然長距離航行技術は持ち合わせている。

 

 彼らの場合、それが重力トンネルをもちいた航法だ。進行方向に重力を発生させ、理論上無限に加速する事で亜光速以上の速度で移動する。ただこの航法は、航路周辺に大きな重力変異による悪影響をもたらす為、それと知っていれば事前に感知する事が可能だ。

 

 そう、今回のように。

 

 一際大きな横揺れが艦を襲った。床から伝わってくる振動は、ただの揺れではない。構造材が破断し、砕け、はがれていく不吉な振動。

 

 経験はないが、何が起きているか予想する事は容易かった。

 

 不意に壁面を貫いて、巨大な衝角が姿を見せる。超硬度のキチン質に覆われた赤紫色の衝角は、メキメキと部屋の半ばまで達した所で動きを止めた。幸か不幸か、突き出してきたのは部屋の反対側。アレックス達は巻き込まれる事はなかったが、これから通ろうとしていた道を塞ぐような位置関係になる。腹立たしい事に騎士どもは的確に退避し、巻き込まれた奴はいなかった。

 

「異星生物……! 直接艦に乗り込んできやがった……?!」

 

 このくそ忙しい時に、という怒りと、だが何故ここに、このタイミングで、という疑問が脳裏を飛び交う。艦隊戦でもしている時ならともかく、単独で航行している艦艇に、わざわざ突入艇まで出して、何故。狙いはなんだ?

 

「アレックス隊長、衝角の上に、何か」

 

 ネルスの言葉に視線を上げる。

 

 居た。衝角の真上に、まるで船首で名乗りをあげる船長のように、一匹の異星生物が眼下を睥睨し、佇んでいた。

 

 二足歩行の、爬虫類と昆虫を混ぜ合わせたような外見。四本の腕に、鎧のような外骨格。背中からは半透明の皮膜をマントのように棚引かせ、二対四つの目がぎょろぎょろと人間達の様子を確認している。

 

 四本の腕にはそれぞれ武器らしきもの。うち三つは金属板から削り出したような漆黒の剣。ただ一つだけ、朽ちた動力剣らしきものの刀身を装甲板か何かを接いで延長した物を握っている。他の三つと違って、それだけ手が込んだ造りでなおかつ明らかに手入れが行き届いていたのが印象に残った。

 

 ただそれは後から振り返っての話。この瞬間、アレックスの認識は驚愕に埋め尽くされていた。

 

「武器を使う……異星生物だと……?!」

 

『馬鹿な……何故ここに奴が……』

 

 共存する生体兵器を武器として使う種ならそこそこいる。制圧級とかがその代表例だ。だが生体兵器ではなく、純然たる無機物の武器を扱う異星生物は、アレックスは聞いたこともない。見た目もまったく知らないやつだが、まあ、最近はそんな事ばかりなので気にしてもしょうがない。

 

 ただ、傍らのアリステラ指揮官は違うのか、彼が漏らしたのは戦慄と恐怖に引き攣った呻きだった。冷静沈着、任務達成の為なら自らの命をも問わないアリステラらしくない反応を目ざとく拾ったアレックスは、怪物から目を離さないままに尋ねた。

 

「知っている相手か?」

 

『……貴様が以前相対したDEATHと同じく、軍からマーキングされている特異個体だ。名をLORD。だがDEATHがあくまで特殊工作員だとするなら、奴は異星生物の英雄……部隊を指揮し、自らも前線で戦う最強の戦士にして将だ』

 

「……は?」

 

 言われた言葉の意味を理解できず、いや、理解したくない余りにアレックスの思考が停止する。

 

 最強の戦士? DEATHを引き合いに出して、なお?

 

「すまん。つまりどういう事だ?」

 

『はっきり言うとな、奴率いる異星生物の軍が緒戦における人類の敗走につぐ敗走の原因だ。それ以降もかちあった人類軍をかたっぱしから全滅させてるせいで、最近になって存在が発覚した、それぐらいの化け物だ。受け入れろ。気持ちは分かるが』

 

「おぉう……え、理解したけど。いや、何、この状況」

 

 アレックス達遊撃隊とアリステラ。

 

 人類の叛逆者達。

 

 そして異星生物の大将軍。

 

 あまりに特殊な出自のものが一堂に会する。ある種、運命的ですらあった。恐らくは、この場にいる誰もが、それこそこの状況を裏で手繰っていたものですら、想定外のメンツであっただろう。

 

 その中にあって、真っ先に動いたのは、最後に現れた異星生物の大将軍であった。

 

 人類とは違う情動処理によって稼働する彼は、彼らなりの混乱の中にあっても目的を見失わなかった。その二対四つの目を個別に運用し、その場に居合わせた生命体の照合を行う。同胞が仕留め損ねた特異個体が居合わせた事は十分な驚愕を彼に齎したが、問題はそこではない。

 

 ぎょろり、と四つの目が一つの対象に絞られる。その視線は、二階に佇んだまま状況を伺っている叛逆者のロードに向けられていた。

 

 シルバとにらみ合い、互いに隙を窺っていた彼は異星生物の乱入に驚愕しつつも、あくまでLORDへの関心は二の次であったようだ。

 

 しかしLORDからすれば、彼こそが最大の関心であった。

 

 襤褸をまとった髑髏面を見咎めた将軍の目が、見開かれて血走る。長年探し求めた怨敵を目にしたかのような憤激を以て、異星生物の将軍が鬨の声を上げた。

 

「RRRRRGGGGGG!!」

 

 流出して薄くなりつつ空気であっても、鼓膜を劈かんばかりの絶叫。それに答えて、崩壊しつつある艦体のあちこちから、黒い巨大な異星生物達がうっそりと姿を顕す。その視線が自分達に向けられている事を悟り、騎士達が動揺しつつも剣を抜いた。

 

「GGRR!」

 

 合図に従い、近衛兵達が騎士へと躍りかかる。そしてLORD自身も剣を振りかざすと、まっすぐと髑髏面へと襲い掛かった。

 

 

 







<戦場のひみつ:異星生物が宇宙航行に利用する重力トンネル航法は、ざっくりいうと進行方向に重力を発生させ理論上は無限に重力加速度によって加速していくというものである。人類の使うショックポイント航法とは違い物理的な距離を無視する訳ではないため、移動にはそれ相応の時間を消費するが、膨大な物量を常に動かし続ける事でこの問題をカバーし、戦線を途切れさせないようにしている。>


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