未来も希望もない戦場で必死に生き残ってたらモテモテになった件(ハーメルン版) 作:SIS
<戦場のひみつ:アリステラの特徴的な武装である火炎放射は、その扱いにくさからあまりメジャーな武装ではないが、実際の所かなり強力な武装である。あらゆる拠点、あらゆる兵器とて、結局燃やしてしまえば使い物にならなくなるのである。本来兵器としての火炎放射はその燃焼によって低酸素状態を作り出し敵兵を窒息死させるのが主な使い方だったが、異星生物は酸欠で死ぬ事がないので直接的に燃やす運用になる。>
いったい何が起きている?
恐らくそれはその場に居合わせた知性体の共通見解だろう。
異星生物の衝角に突き破られた壁。その下では、巨大な異星生物達と異常な騎士達の戦いが行われている。
襲撃した異星生物は、見たこともないタイプばかりだ。多いのは、黒い体と赤い目を持った怪獣のような異星生物だ。ティラノサウルスと昆虫を足して2で割ったようなその怪物は、左右に分かれた顎を開いて蛇のような唸り声をあげつつ、カマキリのように長い爪が弧を描く四本の腕を振り回して騎士達に襲い掛かっている。応戦する騎士の剣とつばぜり合いが成立しているあたり、相当の硬度だ。切れ味は猟兵級のそれに匹敵するかもしれない。
そして二階では、一回り小さい異星生物と髑髏の頭目が刃を交えている。異星生物の側は、アリステラの話によればLORDと呼称される特殊個体。姿形は今一階で暴れまわっている黒い個体に似ている、というよりあの黒い個体がこの特殊個体の量産型なのかもしれない。一回り体格が小さいとはいえ、人間よりはるかに大きい巨躯でありながら、獣のように俊敏に動き回り、地形の不利をものともしない。破損した細い廊下を駆け抜け、時に壁に爪を立ててしがみつきながら、髑髏の頭目に嵐のような猛撃を加えていく。その四本の腕に握った剣はまるで剣術の達人のように合理に富んだ太刀裁きであり、決して本能のままに暴れる怪物ではない。その猛攻に、髑髏の頭目はひるんでこそいないものの押されているようだった。単純な戦闘力では、LORDの方が上とみるべきだろうか。あの猛攻に耐え抜いているだけでも十分にこちらも化け物ではあるが。
そしてもっとも不可解なのが、異星生物達はアレックス達人類軍には目もくれず、騎士達だけを標的にしているという事だ。あきらかにそこには戦略的な目標の優劣順位があり、明確な軍事行動である事をうかがわせる。
問題は、何故異星生物が騎士達を標的にしているのか、という事だが。
「……いや! 今はチャンスだ!」
疑問を解決させるのはいまではない。はっきりしているのは、今この瞬間、アレックス達の道を阻む相手はいないという事だ。
眼前では巨大生物と騎士達の乱戦が繰り広げられている。だが、異星生物達がアレックス達に用事がないというなら、ここを抜けさえすれば本来の目的通りそれぞれの車輛と合流し、この戦艦を脱出できる。それで話は終わりだ。
「いくぞ! 正面を抜けて脱出する!」
『それしかないか。いくぞ!』
アレックスの声にアリステラ指揮官も同調し、全員で正面にむかって突進する。躊躇してはいられない。
向かう先では、黒い異星生物と騎士が切り結んでいる。
両者の戦闘力に大きな差はないようだが、戦いは時の運だ。一瞬の隙をついて異星生物の手を切り落とし戦闘力を奪った騎士が、異星生物の腹へと剣を突き入れた。隔壁をも切り裂く剣が紙のように臓腑を切り裂き、異星生物が苦悶の声を上げて崩れ落ちる。倒れ伏した異星生物の赤紫の返り血を浴びた騎士が、ぎろりとこちらに視線を差し向けてくる。この状況でもこちらを逃してくれるつもりはない。
「……!」
「まて、シルバ。ここは任せてもらおう」
剣を構えて立ちふさがる騎士を相手に前に出ようとしたシルバをアレックスは片手で抑える。何故、と目で問うた彼女に行動でもって答えたのは隣にいるアリステラ達だ。二名の隊員が前にでて、装備した武器を展開した。
フレイムスロウアー。彼らアリステラの象徴的な対人装備だ。可燃性のゲルを噴射し、対象を焼き尽くす非人道的兵器。装甲目標には大きな効果が見込めないが、相手が生物であれば甚大な殺傷力が期待できる。そして今回、注目すべきはその原理だ。
ぼぉ、と炎の舌が伸びて騎士を包み込んだ。恐らく例の防壁によって騎士本人には届かないだろうが、騎士を飲み込んだ可燃性ゲルの火種がその表面にべっとりと付着し、球状に燃え上がった。
『!?』
騎士が動揺する様子が炎越しにも伝わってくる。ご自慢の防壁が、炎を打ち消せず、まるごと燃えているのだ。中にいる側としては生きた心地がしないだろう。
今、騎士は高熱で燃え盛る可燃性ゲルに、全方位から攻撃を受けている形になる。これが質量の無いただの炎なら吹き散らされて終わりだが、この攻撃の本性は可燃性ゲルのほうだ。もちろん、防壁が可燃性ゲルそのものと対消滅して無力化される可能性もあったが、それはないと事前に踏んではいた。
爆発の圧力、そしてパワードスーツの白兵戦。この二つに共通しているのは、接触面積が非常に大きい、という事だ。恐らく、接触面積が広すぎると防壁が上手く作用しないのだろう。だから爆発を受けたときは防壁ごと押し流され、白兵戦では防御ではなく回避してみせた。広範囲に噴射するゲルについても似たような展開になるだろうとみていたが、やはりそうらしい。
そしてもう一つ、この状況では騎士の視界は完全にふさがれている。そこを、海兵隊のパワードスーツが付いた。
鋼鉄の巨大な拳が振るわれ、騎士をしたたかに打ちのめす。燃え盛る防壁の上から大質量の殴打を受けた騎士は、まだ残っている防壁ごと吹き飛ばされて壁にたたきつけられ、そのまま動かなくなった。
気絶したのか死んだのかはわからない。だがどっちでもいい事だ、戦果を確認している暇はない。
「あら、そんな手が……」
「いまだ!」
そろって乱戦を突破する。背後でこちらを見とがめた騎士が追おうとする気配を感じたが、黒の異星生物の攻撃にそれを断念せざるを得なかったようだ。本気で異星生物はこちらに一切の関心がないらしい。あくまで標的は騎士達という事らしい。
異星生物にしては統率の取れすぎた行動は気になるが、この場においては好都合だ。
衝角が突き抜けた衝撃で半開きのまま停止しているドアをくぐる。全員が通り抜けたのを確認してから、アレックスが強引にドアを閉じ、海兵隊がそこらの瓦礫を適当に集めてきてドアをふさいだ。これで、騎士達がすぐに追ってくる事はできないだろう。一仕事終えて確認していると、シルバが前にでて何やら即席バリケードに向けて杖を振った。……何か不可思議な力が振りかけられたように見えるが、アレックス達は気にしないことにした。悪い事ではないだろう、多分。
にっこりと笑うシルバから意図的に顔を逸らす。ちょっといっぱいいっぱいなので、あまりこれ以上脳の処理に負担をかけたくない。
「今のうちにいくぞ!」
『ああ。結果的には予定通りだ……それぞれの車輛へ合流する。ただし、捕虜と負傷者はそちらにまかせたい。パワードスーツが運搬した方が早いし安全だろう』
「それは仕方ないな」
軽く拳を打ち合わせて互いの健闘を祈る。それを最後に、無言で道を分かれた。
遠くから爆発の振動が響いている。戦艦そのものが崩壊する可能性もある。敵の存在を別としても急ぐ必要があった。
特異個体達が逃げていくのを、“彼”は二対四つの目のうち一つで確認していた。
彼らは、今回の彼の作戦標的ではない。彼の目的は、直接的に異星生物に害をなした敵対勢力の殲滅だ。
今となってはきっかけに過ぎないが、しかし今回の大戦争を悪意をもって引き起こした存在。それは恐らく人類の総意ではないと想像していたが、ほかならぬ人類の特異個体が出向いていた所を見るに、恐らくそれは正しい。
とはいえ、始めてしまった戦争を終わらせる口実には聊か乏しくもある。
正直、あまりにも互いに互いを知らなさすぎる。それでいて、流してしまった血はあまりにも多い。失ってしまったマインドも、また。
それを引き起こしたのが眼前のちっぽけな存在だと思うと、人間達のいうところの怒りの感情を覚えざるを得ない。
本当に、人間というものは、個体差の大きい生き物だと実感する。その存在の幅には際限がない。
「RGGGRGU!」
四本の腕を操り、縦横無尽に刃を振る。先日人類の兵士に後れを取りかけた経験から、戦闘技術はアップデートしている。
巧に剣をフェイントを交えながら繰り出す斬撃は、並大抵の相手には抵抗も許さずに生命活動を停止させる事だろう。だが、この相手は邪悪で醜悪であると同時に、酷く個体戦力に優れていた。たった一本の杖を振り回し、こちらの攻撃を捌ききって見せるばかりか、一瞬の隙をついて反撃まで繰り出してくる。あいている左手で何やら妙な仕草をしたと思うと、虚空に突如発生した高密度思念体を叩きつけてくる。
一歩ひいて稼いだ時間でガードを間に合わせ、刃の一本で叩き落とす。思念体が崩壊する際にアストラルサイドに広域ノイズを齎し、それが脳の処理領域に木霊する不快感に、彼は目を細めて苛立ちを示した。
調査する限り、人類の脳領域および処理能力でこれほどの高密度思念体を生成するのは不可能だ。何かしらのバックアップが存在しているのは間違いない。それにこの思念体、恐らく由来は眼前の個体からではない。何かしらの形で精神体をプールしているのだろうか。
どちらにしろ、愉快な絡繰りではなさそうだ。人類の中にあって、眼前の個体には取り立てて協調性が欠けているようである。
「RGGG」
返礼と言わんばかりに、こちらも思念を収束する。バックアップのマインドに接続し、認識を拡大。増幅し収束し、人類のいうところのPSYエネルギーを咆哮の形で放出する。
放出された青白い光の本流。物質世界の存在をより高次元の奔流で沸騰させる念の奔流を、髑髏の頭目は正面から迎え撃った。
崩壊し発狂した精神体が高次元から引きずり出され、壁として奔流の前に突き出される。
物質空間の法則を捻じ曲げる二つの力がぶつかり合い、空間を歪ませた。
ホールを抜けて、予定通りにチーム分けする。ナックル3が両方担いでいる以上、捕虜と負傷者をこちらで引き受ける事になったのだけは想定外だが、しかたない。
『隊長、つかまってください!』
人数が減ったところで、パワードスーツ隊に生身の者がしがみつき、一気に道を急ぐ。ナックル2の肩にアレックスがつかまり、ナックル4の両腕にニーナとネルスが収まり、5の肩にはシルバがひらりと華麗に飛び乗る。強化された脚力で道を急ぐが、すぐに異常に気が付いた。
廊下が、どんどん崩壊していく。それに合わせて、人工重力の効きが悪くなり、破壊された建材がふわふわと漂って道をふさぐ。先ほどの異星生物の突入艇の衝突で艦が大きなダメージを受け、いよいよもってその機能を停止しつつあるらしい。
「ナックル2,いけるか!?」
『問題ありません。むしろ、こっちの方がやりやすい。スラスター噴射しますので、しっかりつかまっててくださいね!』
ボ、とパワードスーツの推進機構に火が入る。噴射時間は極めて短いうえにスーツの重量に推力が足りていない、あくまで補助的な装備だが、無重力に帰りつつある今の状況では十分すぎる推力を得られる。白い尾を引き、パワードスーツが一気に加速する。
道に漂う障害物が相対速度で致命的なデブリとなって降り注ぐのを、格闘用の腕で払いのけつつ、最短距離を一気に進む。
歩いていれば数分かかったであろう道のりを数十秒で踏破した一行は、目的地近くの壁に反転して着地すると、そのまま格納庫へと飛び込んだ。すでに開放され、真空・無重力状態になっている格納庫では、こちらの到着を待ち望んでいたであろう27式がすでにアイドリング状態で待機していた。チカチカと意志を示すようにライトが点灯する。
「待たせた!」
ハッチに取り付き、中に滑り込むアレックス。中で待っていたミリシアとイオリが、さっそく非難に満ちた視線を返してきた。
「遅いです! 作戦終了予定時刻まであと数分もありませんよ!」
「脱出の準備はできてますよ! 状況全然わかりませんけど! ていうかその銀髪のべっぴんさん誰です?!」
「あら、どうも」
「説明してる暇はない! 一秒を争う、脱出しろ!」
ニーナとネルス、シルバの手を引いて車内に引っ張り込む。同時に、怪我人と捕虜の収容パックも海兵隊の手を借りて車内にねじ込む。入っている人物の姿を見て、ミリシアとイオリが目を白黒させた。
「え、アヤカさん!? やられたんですか!?」
「命には別条はない。やべー奴らがいまこの戦艦にめちゃめちゃ集ってる! 死にたくなかったらとにかく急いで脱出する!」
『こちらナックル2,全員固定終わりました』
「りょーかい! 全員、シートベルトはよい? ……よし!」
ギャギャギャ、と超信地旋回を行い、27式が反転する。そのままスラスターを上向きに噴射しながら、疾走して艦外に飛び出す。
外はすさまじい事になっていた。戦艦の崩壊の影響か、おびただしい数のデブリが散乱し、戦艦の装甲に雨のように降り注いでいる。このデブリの中を飛んで母艦に戻るのは、かなり危険だろう。出来る限り走行で距離を稼いでから母艦に帰還する必要がある。
「しっかりつかまっててくださいよ!」
スラスターで車体を戦艦上に押しつけながらハンドルを切るミリシアはキレッキレな運転で降り注ぐ瓦礫を避けながら、バラック小屋を蹴散らしながら疾走していく。ちゃんと走っているせいかその挙動におかしな所はない。これなら大丈夫だろう、と状況を確認するべく、アレックスは頭上のハッチを開き、少しだけ顔を出して背後を振り返った。
全長数キロの巨大構造物である宇宙戦艦は、今まさに崩壊しようとしていた。艦のあちこちで小爆発が発生し、加速度的にその構造が崩れていく。その中心、艦体のど真ん中に突き刺さっている物体がある。これまた全長数キロに近いサイズに、異星生物の航宙生物だ。つるりとした甲殻で覆われた三角錐状の巨大な有機体からは、無数の触手が伸びて艦のあちこちに突き刺さっている。おそらく、異星生物軍を直接送り込むための輸送管だ。あのうちの一本がアレックス達が追い詰められていたホールに突き刺さり、LORD他戦力を送り込んできた。となると、他の場所にもあのように黒い異星生物が送り込まれ、騎士達と交戦しているのだろう。どうやら、あの騎士達は異星生物にひどく恨みを買っていたらしい。
それにこちらが巻き込まれた形になるわけだが、助かったのか、なんというべきなのか。
「隊長、あれを」
「ん」
イオリに呼ばれ目を向けると、3時方向に艦体から離脱していく光が見えた。アリステラの部隊の突入車輛だろう。一足先に宙を駆け、母艦に戻っていくその光を目で追う。
「ミリシア、あの光を追え。気持ちはわかるが、いつまでも艦上を走るなよ?」
「わーってますよ、しっかりつかまっててくださいよ!」
スラスターが向きを変え、ぐん、と車体が上向く。そのままバラック小屋をジャンプ台にして、27式は宙に舞った。
宇宙空間に飛び出した27式は、そのままスラスターの勢いで宇宙空間を疾駆する。背後ではさっきまで走っていた艦上が爆発に飲まれ、崩壊していくのが見えた。
強固な構造体である艦体はまだ形状をとどめているが、燃料や弾薬、圧縮酸素などに引火し、連鎖的な爆発に見舞われているようだ。もはや何かあっても戻る事は叶わないだろう。
あの騎士や髑髏の頭領、異星生物の特異個体達はまだ艦に残っているのだろうか?
できればいっそ巻き込まれて死んでいてほしいが、まあ、そう簡単に死ぬような相手でもないだろう。
視線を前に向ければ遠くに見えたアリステラの母艦がぐんぐん近づいてくる。そういえば、加減速とか大丈夫なのだろうか? 訓練では母艦側からコントロールがあったが、今現在、何かしらの事情で通信は遮断されている。今も通信はつながる様子はない。
不安になってアレックスはハッチを閉じて車内に戻った。念のため確認を取る。
「いや、まて。艦からの通信は入らないのか? 速度調整とか大丈夫なのか?!」
「んぎぎぎぎ、そんな余裕は! ありませぇん!!」
「……あー。どうしようか……ネルス情報管理手?」
「ただいま計算中です。……多分間に合いませんね。どうしましょうか」
「さらっと諦めるな!?」
「やむをえませんね。私がどうにかしましょう」
そういって席を立ったのは銀髪の美女、シルバだ。相変わらず誰ですかコレ、というイオリの視線をものともせず前に出ると、彼女は杖を掲げて目を閉じた。その銀髪がわずかな白光に覆われ、ふわりと風もないのに宙に舞う。車内の一同がぎょっとした。
「シルバ、何を……」
「ネルスさん。限定的に通信のジャックを緩和しています。母艦から通信が送られていませんか?」
「え? ……あ、誘導信号を確認! ちょっと半端だけど、これなら……ミリシア、は無理だからイオリ! 数値送るから減速して!」
「わ、わかった! ミリシア、ちょっと邪魔するよ!」
ネルスの指示を受けて、イオリがガチガチで操縦するミリシアの元に向かい、コンソールを操作する。同時にスラスターが向きを変えて減速し、がくん、と車内が大きく揺れた。
「きゃっ」
「おっと」
その拍子に立っていたシルバが姿勢を崩しそうになって、あわててアレックスはその細い腰を抱きとめた。
「すいません、中尉さん。集中してたもので……」
「いえ、お気をつけて」
そのまま、シルバを支えたまま状況を見守る。戦闘車両には見通しの良いキャノピーなどないから、操縦席の狭い窓を除きこむようにして状況を確認する。
シルバのおかげで母艦との通信がある程度復活し、27式は着艦の為に速度調整を行いながら母艦の格納庫に向かっている。距離があるうちはさほど気にならなかったが、格納庫が近づくにつれずいぶんと速度が出ている事がわかってきて不安になってくる。が、隊長ともあろうものが露骨に怖がっていては部下の士気にかかわるのでつとめて平静を装った。
「隊長、速度調整はなんとか間に合わせましたが、完全ではありません。恐らくあちらでセーフティーネットを張っているとは思いますが、着艦時の衝撃は殺人的なものになります。何かにつかまってください」
「わかった。シルバさん、ここまでくれば大丈夫でしょうから、席に」
「わかりましたわ」
総員、慌てて席についてシートベルトの確認をし、手近な車内構造物にしがみつく。車長席はそういうのがなかったので、アレックスは座席に全力でしがみついた。
みるみるうちに格納庫が迫ってくる。さすがミリシアの操縦で、高度は高くも低くもなく、床面に接触するかしないかぎりぎりの距離で滑り込む。暗い格納庫の奥に、はりめぐらされたベルトが一瞬だけ見えたが、次の瞬間交通事故のような衝撃が襲ってきて視界が暗転した。
すさまじい衝撃が何度も襲ってきて、体がガクガクと前後に揺さぶられる。とても目をあけていられない。もし無理に目を開いていたら衝撃で目が飛び出していってしまったかもしれない。
やがて訪れたときと同じように、唐突に衝撃が消える。それでもしばらく動く気にはなれず、アレックスは車長席に座ったままじっとしていた。
とはいえさすがに隊長としての責任がある。なんとか通信機をオンにし、かすれる声で語り掛けた。
「海兵隊……無事か……?」
『……ザッ……ザザ……こ、ちら……ナックル3……。……脱落者は、いません……。ステータス、レッドは、無し……』
「そうか……。すぐに救助が来る、それまでおとなしく待て」
『了解……』
海兵隊の無事を確認し、車内に目を向ける。救命パックに包まれているアヤカと捕虜の無事を確認し、部下たちに目を向ける。皆、席でぐったりとしており、放り出されたりしてケガをした者はいないらしい。ただ、無事というわけでもない。シルバでさえ気を失っているのを見て、アレックスは変に起こすより救助を求めようと、頭上のハッチを開いた。
這い出すように上半身を外に出して27式の現状を確認する。
車体は、セーフティーネットに絡まるようにして停車していた。後ろを見れば、ゆっくりと格納庫の扉が閉じていくのが見て取れる。扉の向こうでは、二つの戦艦がもつれあったまま火に包まれているのが見て取れたが、隔壁が閉じたことですぐにそれも見えなくなる。
隔壁を閉じたという事は、爆発の恐れはないと判断したらしい。念のため確認するが、スラスターユニットが火を噴いている様子はない。というか、あくまで補助装備でしかない強制スラスターユニットは、一連の強行軍で燃料を使い切ってしまったらしい。最後に減速が間に合わなかったらしいのはそのせいだったのだろう。
格納庫の床面に、飛び飛びで強く塗装が剥げた後が残されている。状況から察するに、滑り込んだ車体が格納庫の床に接触してリバウンド、燃料の切れかけたスラスターユニットで制動しながらなんとか再着地し、そのままネットに突っ込んだ、という形か。重力の無い宇宙空間、接触した反動で回転し壁面に叩きつけられてもおかしくはなかったが、スラスターユニットがそれだけ仕事をしてくれたのだろうか。とってつけたような装備の割に良い仕事だ。
何はともあれ、不時着に近い形であれ戻ってこれたらしい。
わらわらと群がってくる救助の姿を確認して、アレックスはぐったりと車上に身を横たえた。
任務を果たした突入部隊とは違い、母艦の方はまだ緊張状態が続いていた。
部隊を回収したので一刻も早くこの宙域を離れるべきなのだが、想定外の来賓の対応を判断しかねていたのだ。
訓練戦艦モルガンヴェールに首をつっこんだままの異星生物戦艦。作戦が失敗に終わればモルガンヴェールは撃沈する予定だったが、成功した以上、少しでも情報を得る為に調査したいところだが、その為には異星生物戦艦が邪魔だ。
そして生還した部隊の話から、今あの艦に異星生物の特異個体がいる事も判明した。敵の重要戦力を艦ごと撃沈するチャンスと、少しでも情報が欲しい、という欲がせめぎあい、現場では判断に悩む……そんな状況故、判断が遅れていた。
が、いつまでもその状況が続く訳もない。
訓練戦艦に首をつっこむようにめり込んでいた異星生物艦が、揚陸管の回収を始めた。同時に、戦艦から離脱する一隻の小型艇をセンサーが確認する。
直ちに拿捕すべく特務艦スクリームの対空火器が向けられるが、不可思議な事に照準が合わせられる直前にその小型艇は姿を消してしまった。光学迷彩やステルスの類でない事は、特務艦故の特殊なセンサー類が証明している。姿を消す直前に観測された特殊な重力波は、艦が何らかの跳躍航法によってこの場から姿を消した事を示していた。
あり得ない話である。全長数キロにもなる艦の三分の一は、跳躍航行に携わる機関だ。それだけの規模の設備をもってしてようやく可能なのが跳躍航行であるからして、あんな50mにも満たない小型船がそのような事をできるはずがないというのが常識である。しかしながらこの場においてはその常識は置いておいて、小型船が跳躍で逃げた、という事が全てである。
直後、特務艦のセンサーが訓練戦艦の中で膨れ上がる熱量を観測した。エンジン部の暴走に近いオーバードライブを見たブリッジは、即刻この場からの退去を決定した。
明らかに自爆の予兆である。
そういった事態を未然に防ぐために機関部にも部隊を向かわせたが、彼らは残念ながら任務を果たす事ができなかったようだ。
断腸の思いで艦首を巡らせこの宙域を撤退する。エンジンの爆発がいかに強力でも特務艦を巻き込む事はないが、爆発によって発生する艦体のデブリは別だ。仮にも戦艦の装甲片、それが爆発の勢いで全方位にばらまかれることになる。場合によっては宙域を一時封鎖するレベルの災害だ、居合わせていては特務艦といえどただでは済まない。
大推力にものを言わせ迅速に距離を取る。背後ではくの字に折れ曲がった戦艦から身を引きはがすように離脱する異星生物の戦艦が見えたが、あの様子では離脱どころか爆発に巻き込まれる以外の末路はないだろう。到底助からない。
とどめを刺す手間が省けたか、とブリッジはその末路を観測していたが、しかし異星生物の取った手段は彼らの予想を覆すものだった。
突如センサーが感知した極めて大きな重力反応。驚愕する彼らの目の前で、異星生物艦は彼らが用いる重力航法のための重力トンネルを、自爆しようとするモルガンヴェールに向けて生成していた。機関部のエネルギーと、収束された超重力が干渉し合い、全ての観測センサーの反応がふり切れてフラットになる。
直後、直径数万キロメートルにも及ぶ巨大な重力のひずみ……マイクロブラックホールが生まれ、それは訓練戦艦も、異星生物艦も丸ごと飲み込み、刹那にも満たない間に消失した。
一瞬の事だった。刹那の間とはいえブラックホールに飲み込まれた訓練戦艦も異星生物艦も、その構成分子の全てが原子の塵に返ってしまった。残された物は何一つない。完全なる無だけが、宙域にぽっかりと残された。戦艦の破片一つすら、もはや残されていない。記録だけが、ここに訓練戦艦モルガンヴェールが存在した事を保証するのみだ。
この予想外の展開を、ブリッジでアリステラ隊員達は茫然と見送った。
多くの犠牲を払い、多くの苦難に見舞われた任務は、こうしてほんの僅かな情報だけを除き、ほとんど何も得られずに終わった。文字通り訓練戦艦は跡形もなく消え去り、異星生物艦はそれを率いる特異個体ごと完全に消滅した。戦果だけ見れば長年人類軍を脅かしてきた敵の司令塔が排除されたのだから喜ぶべき事かもしれないが、あまりにも不可解かつ唐突な出来事に、その事を素直に喜べる人間は誰一人としていなかった。
あまりにも多くの何故、を得て、そうして特殊作戦は終了したのだった。
作戦終了後、独立遊撃隊の負傷者であるアヤカはすぐに治療室に運ばれ、アレックス達も大なり小なり手傷を負っていた為治療を受ける事になった。
捕虜のハゲに関しては、アリステラが引き取り艦の闇の奥へと運ばれていった。……まず治療はされるだろうが、そのあとに待ち受けているであろう彼の運命を思うとまあ最後の温情というより、情報を引き出すまでは死んでもらっては困るという物扱いの結果にすぎない。彼のもっているであろう情報はあまりにも貴重だし、それを引き出すためにはアリステラは一切の良識を投げ捨てるであろう。ブレインストーミング?はほぼ間違いない。
艦での所業を考えれば同情する気は一切湧いてこないが。せいぜい地獄に落ちればいいとアレックスは思う。
問題はアヤカだ。幸い命に別状はないだろうが、もう海兵隊として現役復帰は望めないだろう。再生医療で足を復元するか義体で賄うか、どちらにしろそれなりの時間、リハビリが必要だ。それにいってはなんだが、アヤカは数多くいる海兵隊の一人にすぎない。そして海兵隊は陸軍や宇宙軍に比べ、精鋭志向かつ兵のアフターケアに余裕がある。
代替の効かない優秀な人材ではないアヤカを無理して運用する必要は海兵隊にはなく、おそらく軍役を続けるとしても後方に回される可能性が高い。
つまり彼女はここで脱落、という事になる。
別に珍しい話ではない。そもそも、異星生物との戦争においては昨日いた同僚が今日にはいなくなっているなど日常で、独立遊撃隊というごく少数メンバーで今日まで明確な脱落者がでなかったほうがよっぽどおかしいのだ。それに別に死んだわけでもない。それこそ司令部からすれば損害にカウントするかどうかも怪しい話だ。アレックスだって、以前は部隊の仲間が死んだところでいちいち気にする事もなかった。
ここ最近、あまりにも物事が上手くいきすぎていたから、価値観がおかしくなってしまったらしい。アレックスはそう判断するも、やはり残念な気持ちは隠せなかった。
しかし、いつまでも気落ちしてはいられない。
今後の部隊の為にも、知らなければならない事が多くある。
その為に、アレックスはシルバに声をかけた。
<戦場のひみつ:跳躍航行や人工重力発生装置は異星生物との戦争前から人類が発展させてきた技術ではあるが、人口重力については異星生物艦の解析が進んだことで近年飛躍的に発展しつつある。残念ながら軍用艦に採用するにはまだ検証が不足しているが、新技術が採用されれば大幅に艦を小型化するか、あるいは居住区の拡大が可能とされている。>