※この作品はR-18です。

未来も希望もない戦場で必死に生き残ってたらモテモテになった件(ハーメルン版)   作:SIS

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<戦場のひみつ:異星生物がどのぐらい人類のテクノロジーを解析しているのかについては不明だが、ジャミングなどを行ってくるので積極的に解析は進められている、という見方が多勢である。そのため、通信の高度暗号化などは行われているがどのぐらい効果があるのかは未知数なのが正直な話である。>




第五十七話 宿命の宣告

 

 

 

「というのが、私の初夜でしたわ……」

 

 シルバは小首を傾げた頬に手を当てて、そう語った。まるで恋人との素敵な一時を思い返しているかのような仕草であり、いやまあ事実そうであったのだろうけど、その内容を聞いた女子一同はドン引きだった。

 

 はっきりいって、女を快楽で責め殺そうという拷問か何かの記録である。それを惚気たっぷり、語尾にハートマークがついてそうな情緒で語られたので、一向は真面目に正気度判定を強いられていた。なおそれに失敗したらしいミリシアが青い顔で口元を抑えた。

 

「え、えっぐ……」

 

「ん。ミリシア、大丈夫……? ほら、水」

 

 イオリに介抱される形でミリシアが会話からドロップアウトする。

 

 そんな二人をしり目に、冷や汗をかきながらネルスが冷静に批評した。

 

「その…………よく殺されなかったね?」

 

「抱かれ死ぬかと本気で思いましたわ、うふふ」

 

「う、嬉しそうだね……」

 

 間違っても、ぽっ、と頬を染めつつの会話ではない。タチの悪い冗談だと思ったが、多分、本気で言ってる。

 

「……私も大概変態だと思ってたけど。上には上がいる。まさか身近にいるとは思わなかったけど」

 

「はい。私も自分自身の意外な面を発見した気持ちです……皆さまのお気持ちが今ならよーくわかります」

 

「いや、多分、私達の方こそシルバさんの気持ちがわからないよ……」

 

 シルバ本人も覚えてないらしいが、一体何連戦したのか。3,4回ではすむまい。あのアレックスからして「久しぶりにからっぽになるまで出した」というのだから、抱き殺されていないのがいっそ不思議なくらいである。

 

「……ところで。話に出てきた、媚薬。ちょっと気になる」

 

「ああ、これですか?」

 

 ニーナのつぶやきに反応して、シルバが懐から小瓶を取り出す。……あのドレスで一体どこに収納していたかは置いておいて、机の上に置かれた琥珀色の瓶を前に、一同に緊張が走る。

 

「これが……。その、シルバさん。私達もこれ、使えるの?」

 

「やめておいた方がいいでしょう。慣れてない人間が色事に使ったら、最悪廃人まっしぐらかと。そもそも媚薬に使えるというだけで、本来は感覚を過剰に過敏にするものですし」

 

「過敏って……どのぐらい?」

 

「そうですね。色事ではなく修行に使ったときの量だと……空気中の埃や僅かな風の動きが、肌で感じ取れるぐらいでしょうか」

 

「……めっちゃヤバイブツじゃないそれ?」

 

「軍だと多分流通許可がおりないでしょうね」

 

 シルバが訳知り顔で頷く。

 

 激戦区経験のある兵士なら、所謂覚醒剤とかヒロポンとか、そういうのを打った経験がある。後々の副作用と引き換えに感覚を過敏にし神経を興奮させ、痛みや恐怖を紛らわすのだが……それをもってしても、そこまで感覚が過敏になったりしない。

 

「うへえ……。……いや、待って。シルバさんそれ服用してその、抱かれたんだよね?」

 

「ええ。凄かったですね。自分を貫く殿方の形が皺ひとつ瘤ひとつに至るまで把握できて、蹂躙されて変わっていく自分の女性器の形もはっきりとわかるんですもの。一生忘れられませんわ……」

 

「…………そ、そう?」

 

 戸惑い気味に返事をして、ネルスはなんとなく瓶にむけて伸ばしていた指をひっこめた。流石星見というべきなのだろうか、抱かれてる最中に頭の中にそんな情報を流し込まれたらパーになりそうというか。

 

「それは。それとして。……どうなの?」

 

「どう、とは?」

 

「産めそうなの? 隊長の赤ちゃん」

 

 端的なニーナの質問に、ぶほぉっ! と水を呷っていたミリシアが咳き込んだ。水が気管のやばい所にはいって危険な感じに咳き込む彼女の介護のため、一時歓談が中止される。

 

 涙と鼻水と噴き出した水でぐっちゃぐちゃになった彼女の顔をタオルで拭いてやり、本気で具合が悪くなってそうなので横に寝かせる。

 

「に゛、ニ゛ーナ゛ァ゛……覚えときなさいよぉぉ……」

 

「おぉう、怖い怖い。それで、どうなの?」

 

「どう、と言われましても……子供は天下の授かりものですからね。排卵日に子宮がたぷたぷになるぐらい精液を注がれても、ダメな時はダメですし……あ、アレックス様の場合、精子も凄く強そうですよね。下手な卵子だと受精に耐えられずに死んじゃうかも……」

 

「いや流石に同じ人類だからそれはないと思うんですけど……シルバさん? 抱かれてからなんかキャラ変わってません??」

 

 具体的には言動がピンクに染まりすぎている。これでまだ一晩、夜を共にしただけなのだから、人間が変わるにしても変わりすぎである。

 

「しっかし、その星見もなんで媚薬なんて差し入れしたんだろうね」

 

「同じ星見でも同じ未来が見えているとは限りませんので。彼には彼にしか見えない未来があり、そのために行動しただけでしょう。結果としてはオーライでしたし」

 

「まあ、シルバさん本人が納得してるならそれでいいけど……ミリシア? あんた本当に大丈夫?」

 

「う゛ー……。そんなに具合悪そうに見える……?」

 

「自覚ないなら鏡みなさいよ、生理が酷い時みたいな顔してるわよ。ちゃんとピル飲んだの?」

 

「飲んでるに決まってるじゃない……ピルの効きが悪いのかしら……。今までこんな事なかったんだけど……」

 

「ピルの効きが悪かったらここにいる全員腹ボテになってるわよ。なんか変なもの食べた? な訳ないか。ちょっと医務室で見てもらえば? 付き添うわよ」

 

 そういって席を立つイオリに、ミリシアはいいよいいよと手を振った。

 

「ひとりで行けるわ。皆はそこの色ボケの相手をお願い、部隊の外に出すんじゃないわよ。隊長の沽券にかかわる」

 

「あら酷い。そこまで言われるのは心外ですわ」

 

「自覚がないって酷いね……」

 

 なおも心配そうに見てくるルームメイトに、ホントに大丈夫だから、と笑顔で手を振り、隊のミーティングルームを後にする。後ろ手に扉を閉じた途端、向こう側の姦しい喧噪が途絶え、ツン、と静寂に満ちた艦の空気に満たされる。

 

 一人になった途端、ミリシアはドアに背を預けて口元を抑えた。

 

 ひどい吐き気がする。貧血にも似た感じ。生理がひどい時に似ている……気がする。もはやその記憶も何年も昔の話だが。

 

 軍用は生理の作用を抑えるように調整しているという話だが、本来一般流通しているピルにはそういう効果はないらしいと聞いたことがある。たまたま低品質のピルを引いてしまい、効き目が悪いとかそういう感じなのだろうか。軍用の薬品にしては珍しい事だ。

 

「案外本当にピルが効いてなかったりしてね……ははは」

 

 まさかと思いつつも、自分のお腹、子宮のあたりに手を当ててしまう。

 

 ……本来の生理周期はいつだったか。隊長に最後に抱かれたのはいつだったか。

 

「はは、無い無い。……医務室で、さっさと鎮痛剤でも貰ってきましょ」

 

 

 

「DEATHが、生きている可能性がある……?」

 

 艦の通信設備。

 

 その中でも特に重要度の高い、本来なら、上級将校のみが使用を許可される高度な暗号化を施した惑星間通信システムを備えた通信室で、アレックスは上官と対話していた。

 

 相手は、この西方宇宙の軍事の頂点に近い場所に立つ男……西方軍総司令官ザラガだ。

 

 隻眼の獅子勲章の授与で三度も顔を合わせているが、実の所任務でザラガ司令と顔を合わせた事はない。当然だ、アレックスはただの一兵卒、出世した今もたかが中尉であり、数十億人からなる西方人類軍の頂点に立つザラガ司令と顔を合わせる事など、本来ならばあり得ないのだ。確かに独立遊撃隊は西方司令部の肝いりではあるが、だとしてもザラガ本人が対応する事などない。ザラガの職務が一分奪われれば、その結果数百万人の兵士の行く末が左右される事になる。故に、常に代理人であるフォンブラウ少佐が遊撃隊の対応にあたってきた。アレックスが知らないだけで、フォンブラウ少佐のような秘書官がほかにも何十人といるはずだ。

 

 そんな絶対的権限をもつザラガ司令との、通信越しでの対峙。

 

 それだけ隻眼の獅子勲章が特別なものであり、そして今のアレックスの立場が、人類軍でも特殊な立ち位置になりつつある事を、ザラガとの対面は示していた。

 

 そして告げられた情報も、極めて特殊なものであった。

 

 DEATHが生きている。

 

 二度と聞く事はないと思っていた相手の名前に、動揺を隠しきれないアレックス。

 

『うむ。貴様らがDEATHと交戦したデュートリオンⅢの異星生物拠点。その調査部隊が、秘密裡に殲滅されていた事がつい先日、明らかになった。生存者はゼロ。調査が高い機密レベルの元、現地部隊にも接触を禁じていた事が仇になった』

 

「いや、しかし……お言葉ですが総司令、それほどの特殊部隊が全滅していた事の発覚が遅れるなど、常識で考えればそうそうない事では……?」

 

『そのそうそう無い事があったようでな。一部の人間が我が身可愛さに情報を握りつぶしていたらしい。恣意的に情報を悪用する者の粛清は進んでいるが、単純に無能な者まではな、なかなか進まん』

 

「そうですか。しかし、それが異星生物によるDEATHの救出作戦の結果、と本部は判断していると。しかし、単純に遺体からの情報漏洩の阻止、という可能性もあるのでは?」

 

『それはない。再調査の結果、DEATHの肉体の一部が発見されたのだ。それを調べた結果、奴は単一の生命体ではない事が発覚した』

 

「……どういう事です?」

 

『奴の正体は、複数の生体兵器の結合体だ。状況に応じてパーツを変えるように肉体を構成する生体兵器を入れ替える事で能力を変化させる。光学迷彩や爪による近接白兵戦能力も、そういった能力をもった生物を組み込んだ事で得たものだ。そして発見された残骸からは、思考能力をつかさどると思われる部位が発見されなかった。調査部隊を殲滅した部隊が回収したと考えられる』

 

 ザラガの説明に目を白黒させながらも、アレックスの脳裏に、戦いの終盤で触手を繰り出してきたDEATHの姿がよみがえる。あの時は、それまで手加減をされていたと思っていたのだが……もしかして、あの触手は”本体”の攻撃手段だったのか? それで温存していたという事か。

 

『そして、特殊部隊を殲滅した異星生物軍だが、いくつか特徴的な痕跡が発見されている。襲撃したのは、LORD率いる精鋭部隊である可能性が高い』

 

 そこで、その名前が出てくるのか。アレックスは口元に手を当てながら考え込んだ。

 

 LORD。アリステラ指揮官であったセンチネル1曰く、異星生物の大将軍、最強の戦士。見るからに他と別格にして、DEATHと同じように違和感の混じる見た目のエイリアン。以前の任務で垣間見えた時は交戦には至らなかったが、驚異的な戦闘力を誇る”堕ちた星見”の一派と互角以上に渡りあっていたのは忘れられない。

 

 もし直接かち合っていたら、アレックスとてどうなっていたかわからない。

 

「しかし、そのLORDはモルガンヴェールと共に死亡したのでは? ならばDEATHも一緒に自爆に巻き込まれたのではないかと思うのですが」

 

『それならばよいのだがな。だが、戦場でDEATHの存在が確認されていないのが気になる。奴は透明化能力を持っている、戦いに紛れて人類軍の艦艇に移動し、そのまま潜伏している可能性は高い。というよりも、あそこでLORDが乱入し、人類軍には目もくれなかった理由の一つが、DEATHの潜入行動のサポートであったと考えればつじつまが合う』

 

「……それは……嫌ですが説得力がありますね。事実あそこで介入が無ければ我々は全滅していた可能性が高い。潜入先が全滅してしまえば、作戦は失敗になる……」

 

『あくまでも可能性の範疇にすぎないがな。だが私個人としては、ほぼ九割九分間違いないとみている。下手をすれば今も、部屋の隅で我々の会話を聞いているかもしれんぞ?』

 

「ははは、ご冗談を」

 

 流石に冗談だとは分かっているが、正直洒落にならない。チラチラと部屋の隅に視線を向けてしまうアレックスを見て、ザラガが爆笑した。

 

『ガハハハハ、すまんすまん、本気にするな。いくらなんでも、奴がお前を監視しているなどと私も思っておらんわ。わざわざ異星生物最強の将軍と引き換えに潜入したんだ、もっと狙うべき高価値標的はいくらでもいる。例えば、総司令である私とかな。大体、お前は一度ならず二度もDEATHに苦渋を舐めさせているんだ。奴からすると近づきたくもないだろうよ』

 

 特務艦から今の船に移るまで、いくつもの港、宇宙船を経由している。DEATHはおそらくそのいずれかでひっそり下船し、どこかに今も隠れているのだろう。いくらなんでも、独立遊撃隊なんていう木っ端目当てにずっとついてきているなど、不合理すぎてあり得ない話だ。言われてみれば全くその通りで、アレックスはバツが悪そうに苦笑した。

 

「失礼しました、自信過剰でした」

 

『構わん。もう貴様は言われた通りの事をしていればよいだけの歯車ではないのだからな。これからは今まで以上の気苦労を抱えてもらう。それで今後の展望だが、一度貴様らを西方総司令部預かりにする事になった。今までのような、司令部にコネがあるだけの愚連隊ではないぞ。みっちり特殊部隊として訓練をし、対信者戦に特化した部隊として運用する。喜べ、歴史書にも残らないような裏の立役者だぞ』

 

「それは……なるほど。信者達や堕ちた星見の事は外部に漏らせない以上、部隊ごと機密で保護する形ですか。しかし、当初からそのつもりだったのですよね? 聊か以上に時間がかかったようですが、やはり妨害が?」

 

『あー。まあ、それもあるが、他にも理由があるといえばあるというか……いやな、信者どもがあちこちで認識を謀って滅茶苦茶やっていただろう? 今回の件でそれがはっきりしたので対処していたのだが、想像以上に規模が馬鹿でかくてな……予算の調整と再編で総司令部の事務能力がごっそり奪われてな……』

 

「……それは。ご愁傷様です、というか」

 

『あと貴様も悪いのだからな? 他人事みたいに言うが』

 

「えっ」

 

『短期間にお前の周りで色々起きすぎで、お前はそれを解決しすぎた。出る釘は叩かれるという奴だ。実際には特殊な適性を見出されての話だが、人は自分に理解できない物事を判断基準にはできん。嫉妬は怖いぞ?』

 

「はははは……肝に銘じておきます。ですが私も、別に望んで獅子勲章を得たわけではないので……」

 

『わかっておる。まあ、人類軍という巨大組織を運営するには、有能な働き者より、無能な怠け者を上に置いた方が都合が良かったという事の、しばしば発生する代償だな。まあ、しばらくは痛くもない腹を探られるかもしれんが、必要経費として受け取っておけ』

 

「はっ、了解です」

 

『ふむ。まあ、今の所話すのはこのあたりか。詳細は追って伝える。もうしばらく休暇を楽しんでおけ。それではな』

 

「ははっ!」

 

 通信越しに最敬礼を返す。ザラガ総司令は鷹揚に頷くと、それを最後に通信を切った。モニターがブラックアウトするのを見届けてから、アレックスは椅子にぐったりと背を預けた。疲れた。

 

 なんやかんやで、自分の一挙手一投足が部下の命運をも左右する立場だ。雲の上の人物と会話するとなると、やはり緊張する。

 

「ふぅ……。肩が凝る。しかし、とんでもない話が出てきたな。あの透け透け切り裂き魔が生きていて、人類軍に潜伏してる? 冗談じゃないぞ……」

 

 脳裏に思い返されるのは、あの地の底での激戦。

 

 不意を打たれれば、精鋭の特殊部隊隊員ですら反応できずに殺されてしまうような文字通りの化け物が、どこかに潜んでいる。しかもそいつは異星生物でありながら明確な知性と目的意識、忍耐力を持ち合わせており、人類の技術の模倣の為に訓練場に潜り込んで観察を続けるぐらいの事はやってのける。とんでもなく有能で、とんでもない働き者だ。

 

 そいつが一体何を狙って人類軍に潜り込んだのか、とても想像できたものではないが、動き出したら止められる者は人類軍にはいないだろう。

 

「願わくば、奴の目的が俺の近くでなければいいんだが……」

 

 正直、アレックス的にも奴と戦って生き延びたのは奇跡の類だ。前に戦った時だって、最終的には奥の手である触手攻撃に全く対抗できず殺されかけた。もし次にやりあう事があったら、あっちだって最初から全力だろう。生き延びれる気がしない。

 

「ま、あっちが俺を狙う理由もないだろうし、その心配もないか」

 

 少なくとも今後は堕ちた星見との戦いが中心になる。理由は定かではないとはいえ、異星生物も堕ちた星見を敵視している様子がある以上、こちらに関わっている暇はないだろう、というのが道理だ。敵の敵は、勿論味方ではないが、しかし目の前の敵より優先する標的ではない。そのあたりの判断を間違う相手ではないだろう。

 

 しかし総司令部つきの特殊部隊か。随分と立場が変わるものだ。部下達はこの事をどう思うだろうか。栄転と捉えるか、足抜けが遠のいてがっかりするか。まあそれぞれではあるだろう。部下達の顔が思い返される中、ふとアレックスは気になる事を思い出して眉を潜めた。

 

「そういや……最近、なんかミリシアが体調悪そうなんだよなあ」

 

 

 

 

 艦の医務室。

 

 幸いというべきか、この艦には男女両方の医務官がいる。女性であるミリシアにはちゃんと女性の医務官が宛がわれ、診察を受けていた。

 

 基本的に軍では男女問わず、ではあるが、やはり全く問題が無い訳ではないのは言うまでもない。それが、起きるはずのない生理周りの問題であるというなら猶更だ。

 

「先生、どうです?」

 

「んー……」

 

 診察室で向かい合う中年の女性医務官に尋ねる。医務官は検査結果を目を細くして注視しながら、困ったように頬をかいた。

 

 ミリシアの脳裏に嫌な予感が走る。

 

 もしかして、何か重病だったりするのだろうか。簡単に生理不順的なものかと思っていたが、もしかして内臓疾患とか、あるいはひょっとして癌か何かか?

 

 現代医学なら治療できるとはいえ、そうなると長期間部隊から外される事になる。下手したら後方に下げられるかもしれない。普通だったら戦場から遠のくのは望ましい事かもしれないが、今のミリシアにとっての至上命題は愛する人の近くにいる事だ。彼と引き離されるぐらいなら死んだほうがましだ。

 

「ミリシアさん。ちょっと確認するけど、支給される薬剤はちゃんと飲んでるのよね?」

 

「え? あ、はい。絶対に呑んでます。信用できません?」

 

「ああいえ、疑っている訳ではないのよ。ただ、うーん……」

 

 その後も医務官はどう告げるべきか悩むようなそぶりを見せる。が、躊躇っていてもしょうがないと判断したのか、短く端的に告げた。

 

 

 

「妊娠してるわ、貴方」

 

 

 

「…………はい?」

 

「だいたい3週間ってとこね。あなたの体調不良は生理不順じゃなくて、つわりの一種ね。食欲が無くなったりしてたんじゃない?」

 

「え? あ、え? ちょ、え?」

 

 混乱するミリシア。突然の、それも予想外の宣告に意識が追いつかない。

 

 冷や汗がダラダラと垂れ、顔色がどんどん青くなっていく。

 

 妊娠。受精。つまり、ベイビー。

 

 確かに、それが出来るような事はした。無茶苦茶した。だけど、そうならないためにキチンとピルを呑んでいたはずで……。

 

「ま、まって。そんなはずは。ピルだってきちんと飲んで……」

 

「……みたいね。でもどう見ても、調べる限りは妊娠反応が出てるのよ。理論上、限りなくゼロに近いけど、ピルを飲んでいても絶対って事はない……というのが薬品メーカーの言い分だからね。非常にレア、なんて言葉じゃすまないわ。人類軍に女性は一億人ぐらいいるけど、ピルを呑んでいても妊娠したケースはこれが初めてね」

 

「そ、そんな……わ、私どうなるんですか!? い、嫌です、部隊から外されたくない!!」

 

「落ち着いて……ね? 大丈夫よ。まだ妊娠初期だから、中絶しても問題はないわ。せっかくの赤ちゃんを殺す事になるけど……どのみち、産んだところで明るい未来は待ってはいないわ。軍人としても、医者としても中絶を推奨するわ。貴方も異存はないわよね?」

 

「は、はい……」

 

 愛する人との子供だ、嬉しく無い訳が無い。

 

 だが、立場がそれを絶対に許さない。我が儘をいったところで、周り全ても巻き込んで奈落に堕ちるだけだ。

 

 奪われる事には慣れている。どれだけ辛くても、それを耐えなければいけないのなら。

 

 俯いて自分のお腹に目をむける。

 

「(ごめんなさい。隊長の、赤ちゃん)」

 

「決まりね。お相手は貴方のところの部隊長かしら? ……伝えない方がいいわよね、きっと彼も傷つくから。ここで、ちゃちゃっと済ませてしまいましょう、秘密裡にね」

 

「すみません……」

 

「いいのよ。私もこれでも女だから、貴方の気持ち、少しだけわかるわ。じゃあ、今からすぐに準備をして……」

 

 書類から顔を上げて、ミリシアを励ますように言葉を続けていた医務官が、急に言葉を切る。不審に思ったミリシアが顔を上げると、医務官の表情が見えた。

 

 目を見開き、まるでホラー映画の第一被害者が殺される直前のような、驚愕の顔。

 

「先生?」

 

 突然の変化に、ミリシアも困惑する。が、彼女もすぐに気が付いた。

 

 恐怖に固まる、医務官の視線。それが、自分の背後にむけられている事。そして、個人情報の保護の為、二人きりで閉鎖されたはずの病室に、自分でも医務官でもない、黒い影が背後から差し掛かっていることに。

 

 影は、人の姿をしていなかった。まるで、人間大のカマキリのような鎌の影が、ゆっくりと持ち上げられる様が、つるつるに磨かれた床に映り込んでいた。

 

「き……きゃああああああああ!?」







<戦場のひみつ:医務官と衛生兵の間には果てしない技能の壁である。医務官は医者であり、衛生兵はいいとこ看護師程度である。故に医務官は非常に貴重であり、前線に送り出される事はほとんどおらず、簡易研修で量産される衛生兵は最前線で使いつぶされる運命にある。>


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