未来も希望もない戦場で必死に生き残ってたらモテモテになった件(ハーメルン版) 作:SIS
<戦場のひみつ:意図的な同士討ちや兵の浪費は当然あってはならない事だが、大儀や意義があるものであるならば兵士の殉死は些細な事として処置される。混沌の戦場において、人命は貴重だがそれ以上のものではないのだ。>
「ミリシアなら体調が悪そうだから先に戻りましたよ?」
ザラガ総司令との会話を終え部隊の区画に戻ったアレックスは早速ミリシアの様子を見に行ったのだが、彼女は談話室にはいなかった。残っていたイオリから、先に抜けた、という話を聞き、医務室に向かう。
ああ見えてミリシアは基本的に生真面目だ、体調が悪いと抜けたなら、自主的に医者に診てもらおうとするはずだ。素人の生兵法ほど怖いものはない。
しかし、そこまで具合が悪い、とは思いもしなかった。彼女はモルガンヴェール強襲作戦の訓練中、頻繁に宇宙酔いを起こしていた関係で何度も医務室のお世話になっていた。何か持病の類があったらその過程で発見されていてもよいものだが……。
しかし思えば、独立遊撃隊は正直ミリシアありきの部隊だ。彼女のドライビングテクニックのおかげで何度も窮地を潜り抜けてきた訳で、逆に今彼女に抜けられたらとても困る。というか部隊がなりたたない。
重病じゃないといいんだが、と部隊長としても個人としても、ミリシアの心配をしていた、その時だ。
はた、と足が止まる。
意識しての事ではない。狩人としての勘が、迂闊に前に進む事を禁じている。
血の匂いがする。
別にそれそのものは珍しくない。ここは軍艦だ、訓練で怪我人もでるし、兵士同士のいざこざも珍しくはない。だがこれは……あまりにも濃すぎる。
懐のハンドガンを取り出し、動作を確認。一呼吸おいて、状況を確認するべき血の匂いの方へ走り出す。
艦内アナウンスはない。まだ誰も把握していないのか。
どんどん近づくにつれ、血の匂いがむせ返るほどに濃厚になっていく。それ以上に、その進路が当初想定していた医務室に向かうそれと全く同じだったことに、アレックスの顔が青ざめていく。
頼む。悪い冗談であってくれ。
そう願いながら角をまがったアレックスは。
通路にぶちまけられた地獄に息を飲んだ。
赤。
赤、赤。
赤、赤、赤。
血だ。まだ凝固していない新鮮な鮮血が、所かまわずぶちまけられている。床も天井も関係ない。そしてまだら模様になった廊下に点々と、艦内人員が倒れ伏している。生死を確認するまでもない、即死だ。胴体から首を綺麗に切り離されて生きていられる人間は、ちょっと人間とは呼び難い。状況を把握する暇もない一瞬の殺戮劇だったのだろう、転がる生首は恐怖や怒りすらなく、ただ惚けた表情だけが最後に刻み込まれていた。
「な、ん……」
何だ、と言おうとして、アレックスは猛烈な既視感に言葉を切った。
覚えがある。この、鮮やかにして容赦のない手口に。
透明な死神。
奴だ。奴がやったのだ。
DEATH。異星生物の恐るべき暗殺者。
確かに、ザラガ総司令から、生きている可能性については聞いていた。だがまさか本当に同じ艦に潜んでいて、暴れだした場に居合わせるとは……。
いや、今はそんな事はどうでもいい。
肝心なのは、大切な部下が、この殺戮に居合わせたのか、いないのか、どっちなのかだ。
「ミリシア……?」
見たくない、でも見なければならない、そんな二律合判する感情を抑え込み、血の海に部下の姿を探す。一人、首なしの女性士官の死体が転がっていて、悪寒に背が凍る。赤の中に、彼女のブラウンの髪を探して、首を巡らせる。
「……いや、違う」
見つけた首は、青い髪の女性のものだった。目を見開いて、訳が分からぬまま息絶えたその亡骸の瞼をそっと閉じてやり、体の隣においてやる。
どうやら少なくとも、この場に斃れている死体の中に、ミリシアはいないようだった。
安堵すればいいのかわからないアレックス。
生存者はいないのか、と耳を澄ました彼は、小さな物音を聞き咎めて顔をあげた。
そうだ。ミリシアが医務室に向かったというなら、そこにいる可能性が一番高い。
見上げた先、医務室の看板が下がっている部屋に飛び込む。切り裂かれて機能停止しているドアを飛び越えて奥へ向かうと、血と、何かの薬品の鼻を衝く匂いがした。
「ミリシア!!」
部屋の奥、診察室の床に血と、倒れている人影を目の当たりにして思わず声が出る。
すぐに違う事はわかった。倒れている人物は、血に染まっているが白衣を纏っている。医者だ。他に斃れている者がいない事を確認し、アレックスは医者を抱き起した。
彼女はまだ生きている。重症だが、手当をすれば。
ミリシアの事は気になるが、流石に助かる見込みのある相手を見捨てる訳にはいかない。
「しっかりしてください。救命措置を行います、意識をしっかりもって」
「う゛……」
朦朧としていた女医の視線が、声掛けで焦点を結ぶ。その様子を確認し、アレックスは素早く救命キットからアンプルを用意し、手早く彼女の腕に打った。
鎮痛剤や止血剤や各種栄養剤や薬物。健全な人間には毒そのものの代物だが、肩からざっくりと裂かれて大量出血しているような人間でも延命できる、戦場の必需品だ。
これで持ち直してくれよ……祈るような思いで手当てを続けるアレックスだが、同時に違和感を覚える。
外の、おそらくDEATHに居合わせた人間は鏖にされたのに、何故この女医は助かったのか。手元が狂ったわけではないのは、明確に切り裂かれた場所が違う事からわかる。首ではなく肩を袈裟斬り、奴の技量と攻撃力ならそれでも胴体を二つにできたろうに、深い傷ではあれどまだ繋がっている。絶妙な手加減、まるで意図的に殺さなかったようにも見える。
「う……私は……」
「落ち着いて。すぐに救助が来るはずです。大丈夫、助かりますよ」
「ああ……貴方は……もしかして、第77独立遊撃隊の……?」
「私を? ご存じで? ええ、そうです。第77独立遊撃隊隊長の、アレックス・ウィンザード中尉です。……その、つかぬ事を伺いますが。うちの操縦手、ミリシア・ヴァディス二等兵がここにきていませんでしたか? 何やら体調がすぐれなかったと聞いて迎えに来たのですが……」
「ミリシアさん!?」
反応は劇的だった。弾かれたように身を起こした女医が、激痛に呻いて倒れ込む。慌てて体を支え、傷口に止血バンドを巻き付ける作業に戻る。
「落ち着いて! ……やはり来ていたんですね? 外に彼女の姿はありませんでした、入れ違いに?」
よかった、それなら安心だ……そう思ったアレックスの首元に、女医の指がしがみついてきた。彼女は、死の淵であっても使命感に爛々と輝く目でアレックスを見上げながら、必死に声をあげた。
「ミリシアさんは……さ、攫われたの! と、透明な化け物が突然現れて……か、彼女を!!」
「………………え?」
理解できない。否、理解を拒んで、思考が停止する。
ミリシアが、え? DEATHに? 攫われた? なんで、どうして?
らしくもなく茫然とするアレックス。そこで、いまさら、艦内放送がノイズ交じりの音声をがなり立てた。
『ブリッジから通達。艦内に、異星生物と思われる敵性個体が出現。保安要員は直ちに武装し、これを排除せよ。繰り返す、ブリッジより通達。艦内に、異星生物と思われる敵性個体が出現』
『敵性個体は、第7格納庫に向かっている。付近の兵士は所属を問わず、敵の排除に協力せよ。なお、敵性個体は女性士官一名を人質に取っている。艦長からの許可は出ている、構わず敵を排除せよ』
『敵性個体を絶対に逃すな。そのためには、いかなる犠牲も許容されると心得よ』
女医を優しく床に横たえ、アレックスは猛獣のように廊下へ飛び出した。固まり始めた血を踏みしめ、わき目も降らず第七格納庫に向けて彼は走った。
「ミリシア……!!」
跡を追うのは簡単だった。
艦内の奴の行くところは血に塗れ、どこをどう行ったのか迷うことはない。
奴らしくもない。光学迷彩と機動力、何より思慮深さを武器とする暗殺者が、バーサーカーのごとく出会う者全てを鏖にして進むなど。
光学迷彩に不具合をきたしたからか。それとも。
……大きな荷物を抱えているからか。
「……っ!」
横たわる首なし死体を飛び越えて進む。
通路の向こうから、遠く銃声の音や怒声が聞こえてくる。レーザーガンが艦内構造物にあたって立てるスパーク音、実弾の唸り声、怒りと恐怖に満ちた罵声。実弾の音が聞こえているという事は、格納庫も近い。実弾なんて一般の歩兵が持ち合わせているはずもなく、使うとしたら車載機銃だ。
タフさが特徴の先兵級でもかすめただけで殺傷できる大口径の車載機銃は、人体に対してはそれこそオーバーキルも甚だしい。DEATH相手に持ち出すのは別におかしくはないが、その腕に抱えられた生身の女性士官は、その流れ弾が当たれば命はない。
「ミリシア……!」
息をせき切って、アレックスは最後の扉を越えた。
たどり着いた第七格納庫。
そこは最前線もかくやという混沌の坩堝と化していた。
艦内放送を聞きつけてか、部隊の所属を問わず多くの兵士が銃を片手に格納庫に集っていた。だがそんな彼らは、指揮系統を確立するよりも前に、”無数”の異形の怪物に襲われ、個々の抵抗をせざるを得ない状態に追い込まれていた。障害物のように林立するビークルの間を、3~4人の少人数でグループを組んだ兵士が銃撃を行い、そんな彼らを嘲笑うように立体的に飛び交う影が、頭上や背後から襲い掛かる。瞬く間に積み上げられる死体の山。
「…………は?」
思わず惚けるアレックス。
彼の想定では、敵はDEATH一体のはずだった。だがこれはなんだ?
光学迷彩こそしていないが、あのカマキリとトカゲとタコと人間を足して割ったような姿はDEATHのそれに相違ない。しかしDEATHは一体のはずだ。この、10体を越える怪物の群れはなんだ……?
「っ!?」
殺気。とっさに転がって回避したアレックス、その直前まで立っていた場所を、上から降ってきた怪物の鎌が貫いた。火花をたてて床を貫いた刃を引き抜き、襲撃者が威嚇の唸り声をあげた。
「GRRRRR」
口元の触手を広げて威嚇する怪物。その目は黄色く濁り、理性や知性のかけらも感じない。ただ、明確な敵意と殺意が迸っている。
違う。コイツは見た目こそ似ているだけで、DEATHではない。
「量産型かぁ!!」
飛び掛かってくる怪物、その正中線に向けてハンドガンを連射する。うかつに跳躍した怪物は空中で回避軌道も取れず、モロに銃撃を受けて墜落した。床に仰向けに倒れてもがく怪物に素早く近づき、軍用ブーツの靴裏でその頭部を踏みつぶした。びくん、と一瞬だけ痙攣した後、その四肢がだらりと弛緩する。絶命を確認し、周囲に目を向ける。
冷静になってみれば、格納庫で暴れまわっている連中は、コイツと同じだ。動きこそ早いが直線的、身体能力に物を言わせて背後や頭上といった死角から飛び掛かってきているだけだ。白兵戦の技巧も見られない。突っ込んで切り裂く、ただそれだけ。
ならどうとでもなる。
ちょうど、すぐ近くの装甲車の影に隠れている兵士の頭上に、量産型がにじり寄っているのが見えた。こちらに意識を向けていないそれを、ハンドガンで銃撃する。司令塔である頭部を打ち抜かれて、怪物があっさりと床に落ちる。突然頭上から怪物の死体が降ってきて腰を抜かす兵士の元に歩み寄ると、アレックスは中尉の階級章を見せつけながら声をかけた。
「私は第77独立遊撃隊アレックス・ウィンザード中尉だ。上司か仲間か、通信は繋がっているか!?」
「え、あ、ちゅ、中尉でありますか!? は、はっ! 小隊の仲間と部隊長に……」
「なら伝えろ! 連中の動きは単純なパターンだ、頭上か背後の死角から襲い掛かってくるだけにすぎない! 見失ったら真上と背後を味方同士でカバーしろ! ……こんな風にな!」
言いながらアレックスは振り返り、今まさに飛び掛かってきた怪物の顔面に弾丸を叩き込んだ。首から上を爆発四散させながら仰け反るようにして転がる怪物の死体を目の当たりにして、兵士がひぃっと声を上げる。
「ついでに言うと頭部が弱点だ、手足をいくら撃っても効果が無い……いいな!? 伝えろ!!」
「りょ、了解しました……!」
首元の通信装置を抑えて情報を伝達する兵士を確認し、アレックスはさらに格納庫の奥に踏み込んだ。この混戦具合だ、今は兵士の方が押されているが対応策が周知されれば押し返すだろう。だが、混迷している内に動かなければならない。
少なくともこの艦の上層部はミリシア一人の命などどうでもいいと思っている。それは別に間違っている訳ではなく、大局的に見て正しい判断だが、アレックスがそれでは困るのだ。彼女を救うためには、アレックス自身の手で彼女を救出しなければならない。そのためには、現場が混乱している今が好機だ。
「ミリシア……!」
ビークルや機材に身を潜めながら格納庫内に目を配る。
今の所、奴とミリシアの姿は見えない。だが艦内放送と、道中の殺戮跡を見るにここに向かったのは間違いない。
だが、何故格納庫だったのだ?
疑問が頭をかすめた。些細な偶然か、それとも何か理由があっての事か? 理由があっての事だとして、それは何故だ?
ここには人類軍の兵器しかない。脱出するにしても、奴は異星生物だ。人類の兵器など、乗りこなせるはずがない。
「いや、まさか……」
DEATHの特徴。透明化能力。高い近接戦闘力。……その近接戦闘力は、人類のナイフ戦の技巧を学習したもの……。
もし。奴がこちらの想定以上に高い知性を持ち合わせていて、人類の宇宙船の操作方法さえ理解していたとしたら?
視点を変えて、格納庫内で動いているビークルを探す。
奴が奪うとしたら、連絡船か何かだ。それで船から距離を取り、味方の生体船と合流するというのが考えられる逃走プラン。
戦車や航空機ではなく、ランチの類に視線を巡らせる。
「……あれか」
一隻、この状況で出港準備を進めているランチがあった。エンジンを温め、青紫色の光がスラスターに灯っている。
敵に襲撃を受けているこの状況で発進させる道理が無い。十中八九、あれにDEATHが乗っていると見るべきだろう。
障害物に身を隠しながらランチに向かう。もしかすると他にも異常に気が付いた奴がいるかもしれない、それらより先に抑えねばミリシアの身が危ない。
「って、たやすく行くわけないよなぁ」
ととっ、と軽い足音を立てて、行く手に2体の量産型が立ちはだかる。明確にランチに近づく敵に対する防衛行動だ。さっきまでひたすら後ろや上から襲ってきたくせに、ここにきて真正面に立ちふさがるとか露骨にすぎる。DEATHが行動をコントロールしている訳ではなく、とにかく適当に放って暴れさせてるだけなのだろうな、とこれで確信が付いた。そうでなければいくらなんでもお粗末すぎる。
スペック的には大したものなのだろうが、頭の出来が先兵級やそこらとどっこいでは脅威度もだだ下がりだ。なんなら数に物を言わせてくる分、先兵級の方が厄介まである。
牙を剥いて襲い掛かってくる量産型。その動きは速いが、直線的だ。駆け引きも何もなく、身体能力にまかせて突っ込んでくるだけ……その用法だったら、あらゆる意味で猟兵級の方が脅威的だ。あっちの方が早いし、的も小さい。
結局の所、あまりにも半端だ。だから、わかっていれば処置は簡単だ。
「お前らに用はないよ!」
ためらわずプラズマアタッチメントをディスチャージ。放出された収束プラズマの一閃は、回避も許さず量産型を二体纏めて撃ち抜いた。胴体に大穴を開けて崩れ落ちた量産型はもはやぴくりとも動かない。所詮有機物でしかない肉体に、数千あるいは数万度のプラズマ弾をぶちこまれたのだ、瞬時に全身の血液が沸騰し細胞は破裂する。急所とかそういう次元の問題ではない。
いくらなんでもオーバーキルだが、手っ取り早いのも事実だ。それにしてもお粗末な有様である。せっかくの数の利を生かせず、まとまって突っ込んでくるからこうなる。異星生物に兵種の開発責任者のようなものがいれば、この結果に頭を抱えるだろう。
まあ、そんな事はどうでもいい。
次が来る前に、ランチの搭乗口に繋がるスロープを駆け上がる。
「ミリシア!!」
船内に飛び込みたいのを抑えて、入口でクリアリングする。この中にDEATHが潜んでいるなら、一瞬の油断が命取りだ。さっきまでの量産型と同じように対応できると考えたら、死ぬのはこっちだ。
ランチの中は薄暗く、人の姿はない。搭乗口からすぐ左に向かえばブリッジ、右にいけば機関室だ。あくまで短距離移動用のタクシーのようなものなので、格納庫の類はない。
機関室からは、ゴンゴンと稼働音が伝わってくる。あちらには配管やらタンクやらが並んでいて、暗殺者が姿を隠すにはもってこいの環境だが、今から船を出すというのに機関室にいてもしょうがないはずだ。
エンジンを破壊して出航できなくする、という手もあるが、アレックスも流石にエンジンの構造には精通してない。危険な配管を破壊し、最悪ランチごと大爆発する、という危険性を考えると、あまり現実的な手ではない。
となると、やはりブリッジに向かうべきだ。DEATHが発進準備を進めているならそこにミリシアといるはずだ。
光学迷彩で潜んでいる可能性を考慮して警戒しながらブリッジに向かう。僅か10mもない距離が途方もなく長く感じた。
ブリッジに続くドアを開き、手動に切り替えて開いたままにしておく。一呼吸おいて、ブリッジに踏み込んだ。
ランチのブリッジは質素なものだ。操縦席と副操縦席が横に並び、その後方に一つ、予備席がある。眼前には強化アクリルのキャノピーが広く視界を確保しており、今は混乱に満ちた格納庫の喧噪が一望できた。
その副操縦席から、ブラウンの髪が無気力に寄りかかっているのが見えた。
「……!!」
今すぐ駆け寄りたいのを堪えて、ブリッジを念入りにクリアリングする。頭上、席の影、死角になりうる全てを入念に確認し、耳を澄ませる。
嗅覚にも聴覚にも異常は感じられない。少なくとも、DEATHはここにはいないようだ。
急ぎミリシアの元へ向かう。
「ミリシア、しっかりしろ……」
「んぅ……」
肩を揺さぶると、小さな声が返ってくる。意識はないようだが、眠っているだけのようだ。正直、安堵に肩が落ちる。当のミリシアはもごもご言いながら熟睡していて呑気なものだ。
「よかった、無事か……しかし、なんだこれは」
背後から見た時は気が付かなかったが、ミリシアの体は何やら有機物が硬化したような物質で副操縦席に縛り付けられていた。手で引きちぎろうとしたがビクともしない。ナイフで切り付けてみるが、硬質な手ごたえが返ってくるだけで傷一つつかない。
異星生物の拘束具、のようなものだろうか。思えば、捕虜になっていたニーナが発見された時、何らかの分泌液で拘束されていたと資料にあった。これの事だろうか。
「くっそ、椅子を分解してこれごと運ぶか……? 厄介な、早くしないとランチが出ちまう」
地味に、しかしかなり厄介な事態に舌打ちするアレックス。確か、記録によればバーナーで焼ききったという話だが、今はそんな道具もないし、下手な事をすればミリシアを傷つけてしまう。
椅子を床からひっぺがそうと、ナイフ片手にしゃがみ込む。本来の用途ではないが、ネジによってはナイフで回して外してしまえるはずだ。
四苦八苦するアレックス。
その彼の背後、首筋に。何者かの粘液に塗れ節くれだった指がぬ、と伸ばされた。
<戦場のひみつ:人類軍からみて、最も割に合わない異星生物が何か、と言われれば間違いなく先兵級であろう。一匹でも侵入を許せば大きな被害が出るのに、そのコストは殺せば殺すほど人類軍が損をすると言われるほど低い。ただ現場の人間からすれば戦場で最も恐ろしい異星生物は猟兵級であり、そこが上と現場の認識の祖語を生み出している問題もある。>