※この作品はR-18です。

未来も希望もない戦場で必死に生き残ってたらモテモテになった件(ハーメルン版)   作:SIS

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<戦場のひみつ:アリステラ、と呼ばれる特殊部隊がある。ガスマスクのような仮面をつけた彼らの素顔を知る者はいない。人類に仇名す存在を消し去るのが彼らの任務であり、異星生物は勿論、反逆を試みる惑星総督や劣悪な製品を供出する工業惑星の作業員等、人類の生存上有害と判断されれば人間ですら容赦なく抹殺する。彼らの合言葉は「アニクラッドの再演だ。遺伝子の一欠片も残すな」。>





第六話 日常の疑惑

 

 

 軍の朝は早い。

 

 たとえ訓練基地であってもそれは同じ。太陽の昇る前に起床のラッパが鳴り響き、朝食の前に訓練や身支度がある。一般人からすれば過酷だが、戦場では昼夜もなくいつ敵の攻撃に飛び起きる事になるかもわからない。それに備えて厳しく管理された日常を送るわけで、それでも実戦を知っているアレックスからすれば随分と贅沢な話だ。

 

 勿論、不要に疲労をためるのは愚の骨頂。休める時には休んでおくのも長生きできる条件だ。それでも体が訛るのを嫌って、アレックスはラッパよりもずいぶん早く起きて軽い運動をするのが毎朝の日課だった。隊には強制していない、あくまで個人の考えだ。

 

「それを踏まえても、呑気だよな、ここ……」

 

 早朝のランニングの足を止め、まだ日の上らぬ暗がりへ飛び立っていく輸送機を見送る。滑走路から飛び立った輸送機は徐々に加速し、空の霞の中へとその姿を消していく。定期便を見送った滑走路が静かに片付けに入ったのを見て、数が合わなくないかな、とアレックスは内心首を傾げた。

 

 戦場での消耗度、再編成における訓練期間、新兵の訓練期間。その他もろもろを考えると、もっとひっきりなしに輸送機が往来しているのではないか、という計算になる。最前線ではそれこそ死人と追加人員がピストン輸送の如く入れ替わっていたし、それは最前線故の過酷さだとしてもこの訓練基地は過剰に戦線から離れている訳でもない。もっと戦場の匂いがしてしかるべきなのではないか?

 

 そもそも、ここに配属されてる戦車大隊とか、いつから訓練しているのだろう。いつまで訓練しているのか? 遊撃隊の訓練が始まってしばらくたったが、その間に前線に出発していった隊を見ていない。

 

「いやいや。そんな事考えても仕方ないだろ。分をわきまえろよ俺」

 

 疑惑を振り払ってランニングに戻る。見張りの歩哨とすれ違い、頭を下げた。

 

 何も考えない兵士は戦場で長生きできないが、余計な事を考えすぎる兵士もやはり長生きできない。独立遊撃隊という立場である以上、様々な情報に目を向ける必要はあるが、あまり疑惑に首を突っ込みすぎるのは自らの立場を危うくするだけだ。

 

 人類の存亡だとか、戦線の戦況だとか、そんな事はアレックスの管轄ではない。彼の責任は、隊長として部下を一秒でも長く生き延びさせる、それだけだ。

 

 それでも頭に残るもやもやを振り払うべく、アレックスはランニングの足を速めた。

 

 

 

 

 残り百メートルほどでスパートをかければ、程よい疲労感でわずかに残っていた悩みは綺麗に消え去っていた。ゆっくりとクールダウンしながら隊舎に向かうアレックス。

 

 第77独立遊撃小隊の隊舎は、拡張区域に設置された簡易居住施設だ。二人部屋が四つある隊員用の家屋と、士官用の一部屋のみの小部屋、そして車輛ガレージ。転戦する事を想定してどの建物も半日もかけずに解体、設置が可能である。つまりはまあ居住性はあまり良いとはいえないのだが、実際のところ兵士の寝泊まりする所に軍はお金なんてかけないので、それらに比べるとかなり豪華、というのは基地の誰にも言えない秘密だ。特に士官用のベッドのふわふわさは実家のそれを思い出すレベルでアレックスは戦慄した。

 

 見た目は悪いが、典型的な住めば都という奴である。これは思わぬ幸運だったといえよう。

 

 ちなみに女性が多い事から防犯のために、敷地の境界線には非致死性のトラップをこれでもかと仕掛けてある。今のところ、部隊の悪評というか悪い前歴ばかりが知れ渡ってるようで、忍び込んでくる奴はいないが念のためだ。それを考えると、訓練で喧嘩を売ってきた連中はなかなかチャレンジャーだったのかもしれない。

 

 その基地内の孤島と化している小隊の区域に、朝から外をうろついている影があった。

 

 小隊で使われてる運動用のジャージに、黒く長い髪、青い瞳。ちょっとアンニュイな横顔。

 

 イオリ・クズノハ。遊撃小隊においては砲手として、車内においてアレックスにもっとも物理的に近いポジションの女性だ。服装がちょっと変わっても、見間違えるはずもない。

 

 少し運動してきます、といった格好の彼女に、アレックスは気やすく声をかける。

 

「クズノハ二等兵、おはよう。早くからどうした?」

 

「ん。ウィンザード隊長、おはようございます。いえ、ちょっと目が覚めてしまって。少し走ってくるところです」

 

「そうか……」

 

 腕時計を見るアレックス。時間帯は早朝ではあるが……。

 

「あまり遠くに行くなよ。朝の朝礼に居なかったら厳罰だからな」

 

「はい、軽く走ってくるだけです。それでは」

 

 言って、たったった、と軽い足音を残して去っていくクズノハを見送り、隊舎に目を向ける。

 

 部下の隊舎からはまだ生活の気配が感じられない。ほかの三人もおそらくベッドの中だろう。

 

 特にその、ミリシアとは昨晩も関係があったし。疲れてぐっすり、というなら猶更だ。起床ラッパまではまだ時間があるし、眠れる内は寝かせてやりたい。

 

 ちらり、と半分が空いている隊舎の部屋を見る。流石に毎度士官室で、とはいかなかったので、夜分に待ち合わせて一番端の空き部屋を利用した。隊員の使用している部屋とは間にもう一部屋空き部屋を挟んでいるから声は聞こえないはずだし、換気もちゃんとしたし、痕跡は残していないが……。

 

 ちなみに部屋が十分に空いているのに二人一部屋で使っているのは今後の増員を考えての事と、そもそも軍でのルールに従ったからである。理由なく下っ端が一部屋使うのは許されないのだ。アレックスは一応隊長なので逆に一部屋使わないといけない立場になるが。

 

「そういえば、クズノハはミリシアと同室だったな……」

 

 もうすでに小さくなってしまった背中に目を向ける。

 

「いや、考えすぎだろうな」

 

 ……だとしても、今後はちょっと頻度を控えるべきかな、と思うアレックスだった。

 

 軽くシャワーを浴びて服を着替えている内に起床ラッパが鳴り響く。あとはタイミングを見計らって、部屋から出てきた隊員達と食堂に向かう。クズノハだけは急いで身支度を終えたせいか髪がまだちょっと濡れており、同室のミリシアに少しお小言を頂いていた。

 

「イオリは髪が綺麗なんだからさー。もうちょっと、丁寧に扱ったほうがいいよ」

 

「ん、ごめんね。ちょっと時間を見誤った」

 

「そう。かがんで、拭いてあげる」

 

 テーブルの席で、仲の良いやりとりが繰り広げられる。こういうの女の子って感じがするよなあー、と思いつつ、アレックスは視線だけで反対側の席を見た。そちらには、いかにもお堅い女軍人といった感じの情報管理手と、気だるげに朝食にスプーンを突き刺している副砲手の姿があった。

 

 ミリシア以外の三人も、あれから個人面談は行った。が、皆当たり障りのない話をするばかりで、実は今もイマイチ、それぞれのメンタリティが掴めていない。特にクズノハはPTSDの傾向があるという報告があったのに、そこがずっとひっかかっているが、糸口が見えない。逆に言えば、ミリシアは問題点があまりにもはっきりしていたから、対応しやすかったともいう。その流れでネンゴロな仲になるとは夢にも思っていなかったが。

 

 微笑ましい光景を見ていると、視線が気になったのか副砲手が目を向けてきた。

 

「……隊長、何か?」

 

「ああいや、なんでもない。君らの方は普段どんな話をしてるんだ?」

 

「別に何も」

 

「部屋が同じだけですし」

 

「そっか……」

 

 プライベートの過ごし方まで口出しできる義理もない。だがちょっと残念な気持ちになるアレックスだった。会話が途切れた所でテーブルに視線を戻す。

 

 本日の食事はA定食と呼称されるものだ。三種類の赤・緑・白のタンパク質ムースに、ハードビスケット、サプリメント、合成乳飲料という内容になる。

 

 三種類のムースはそれぞれ味が違い、美味しいわけではないが食が進む程度に味がつけてある。赤色は少しすっぱいケチャップ風味、緑は塩を振ってない枝豆のような味、白は薄い豚肉のような味だった。アレックス個人としては白が一番いける。あれば塩コショウを振って食べたいところ。

 

 続けてハードビスケットは、おそらくこの中で一番のごちそうだ。基本的には兵士の健康管理、つまりは咀嚼力の維持のために配給されるものだが、食感があるというだけで大分ありがたい。しかもこの基地で出されているものはなかなか高品質な合成バターが使われているようで、非常に良い香りがする。そして歯ごたえも抜群。噛めば噛むほど味がでるという奴だ。ただ無茶苦茶喉が渇く。

 

 ここで罠になるのが、合成乳飲料だ。これがおいしかった試しがなく、この基地も例外ではないようだ。プラスチック臭のする得体のしれない乳白色の飲料は、妙にねばっこく喉に引っかかる。おまけに変なエグみのする味がする。これを飲み続けたから健康を害したという話は聞いたことがないが、逆に本当にこれを飲む意味があるのか非常に疑問である。ハードビスケットで乾いた喉にこれを流し込めば、まさに天国から地獄を体験できるだろう。できれば飲みたくないが、食事を残すのは厳罰ものなので仕方なく飲み切る。

 

 あとは、サプリメントの類を水で飲みこむ。内容物もカルシウムとか、ビタミンとか、そういうのだ。これはどうでもいい。あえていうなら、ちゃんと水が用意されてるだけ、戦場よりマシだ。

 

「隊長、美味しそうに食べますねー」

 

「そりゃそうだろ。前線いったら固形物なんてまず食べられなくて、サプリメントが主食みたいなもんだからな。だいたい、あっちだと胃腸の活動を鈍くする薬品も飲むから、食事の機会自体減るし」

 

「そりゃそうですけど。んー。なんていうのかなあ、隊長の言う最前線と、私達の知ってる最前線、ビミョーに差異があるような気がするんですよねー……?」

 

 クズノハの髪をハンカチで拭いていたミリシアが、アレックスの食べっぷりを見て何が気になるのか首を傾げる。別に気にするほどの事ではないと思うが。

 

「そりゃあ、私は三度も部隊が壊滅したアンラッキーマンだからな。覚悟しとけよ、部下になった以上同じ地獄に付き合ってもらう」

 

 言ってからちょっとアレックスは後悔した。今の、ブラックジョークにしてはギリギリすぎないか?

 

「ははは、笑えないー」

 

 ミリシアは苦笑。流石にベッドを共にしたからか、アレックスへの理解度が高い。が、ほかのメンバーはそうでもなかったらしく、食卓の空気が悪くなるのを感じた。

 

「ん……。やっぱ、噂本当なんですか……?」

 

 クズノハが、恐る恐る切り出してくる。噂っていうと、アレックスが三つの隻眼の獅子勲章を持っている、あたりの事だろうか。面談でも、そのあたりを気にしているようだったので、誘いをかけても乗ってこなかったのだが。

 

 一応確認もかねて話にのる。

 

「噂、と言われてもな。何の話かな」

 

「あっ、いや、その……すいません。忘れてください」

 

 返ってくる拒絶の言葉に、壁を感じる。アレックスが顔に出さずにしょんぼりしていると、ハンカチをしまったミリシアがしれっと続けた。

 

「隊長が同郷の部隊で唯一の生き残りで疫病神って呼ばれてる話?」

 

「ちょ、ちょっとミリシア」

 

「いいじゃない減るもんじゃないし。それで隊長、本当なんですー?」

 

「いや、まあ、うん。……事実かな。同期で同郷の奴は一人も生き残ってない。最初の部隊が壊滅した時に皆死んだからな」

 

「ふーん……。隊長、その時は何やってたんです?」

 

「何って、普通に突撃兵やってたかな。最前線に走ってたら真後ろに生体プラズマが落ちて、気が付いたら一人になってた。帰還したら私も死んだことになってたもんだから、大騒ぎになったよ。部隊も、その時の戦闘で壊滅判定を受けてそのまま解体、再編だったな」

 

「ふーん……つまりは隊長、幸運の持ち主なんですね。やったじゃん、イオリ」

 

「え?」

 

「あの狭い車両で撃破された時に隊長だけ無事、なんてまずありえないから。隊長が本当に悪運の持ち主で激戦区でも生き残れるならお零れにあずかれるって話にならない?」

 

「あー、確かに。そういう風にとれなくもない、か? 周りに言われたことはないが」

 

 勿論、そんな簡単な話ではない事はアレックスもわかっている。が、ここは敢えてミリシアの論調に乗る事にした。せっかく部隊内の雰囲気改善に協力してくれているのだから、ここはお手並み拝見とする。

 

「確かに今まで車輛に乗ってた時に部隊壊滅した事はないからなあ」

 

「だってさ。ほら、案外なんとかなるかもよ。最悪死ぬ時だってみんな一緒だし。隊長も道連れ」

 

「……まあ確かに。そうなったら疫病神も何もないよね……。すいません隊長、変な事気にして」

 

「気にするな。流石に私も搭乗車輛が吹っ飛んだら大人しく死ぬしかないな、ははは」

 

「……案外、それでも隊長だけは助かったりして」

 

 ぼそり、と暗くつぶやく副砲手。突然の発言に集まる四人の注目を前に、悪びれずに彼女は手をぐっ、ぱー、として爆発を表現した。

 

「車長席は砲塔の一番上にあるから……隊長だけ射出されて助かる……みたいな。こう、ポーンと」

 

「ぶふっ」

 

 思わず、といった感じの吹き出し笑い。

 

 まず視線を浴びたミリシアが違う違うと首を振り、次にクズノハが私じゃないと首をふり、当然アレックスでも無いわけで。

 

 皆の視線が、情報管理手に集まる。いつもはお堅く纏まっている彼女は、この時ばかりは口元を両手で抑え、顔を赤くしてプルプルと震えていた。

 

「そうか。ツボだったか」

 

「ツボに入ったら仕方ないね」

 

「……だね」

 

 皆が、微笑ましいものを見るかのように、それ以上触れない優しさで話を終わらせる。ただ優しさとは時に残酷なもの。情報管理手は顔を真っ赤にしたまま、三つ編みを顔に巻き付けるようにして机に突っ伏した。

 

 微妙な沈黙が流れて、みんなは何もみなかった事にして食事の片づけを始めた。とりあえず、今は触らない方がいいだろう、という空気だった。

 

「…………」

 

 その中で。クズノハはちらちらとミリシアとアレックスの間に視線を行き来させて、何事かを思い返すように目を伏せた事に、アレックスは最後まで気が付かなかった。

 





<戦場のひみつ:今現在の人類のありようをかつての共産主義に例えて批判するものもいるが、彼らが処理されていない事が示すように、民間レベルでの自主性や自由は保障されている。あくまで人類の生存をかけた戦争が起きている事で、そちらにリソースを割くために従来の人類社会とは別の権限が存在し、それが強制的に人類社会から徴税している、という形がより正確な表現である。>
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