未来も希望もない戦場で必死に生き残ってたらモテモテになった件(ハーメルン版) 作:SIS
<戦場のひみつ:異星生物が人類を虜囚にした事は、ただ一度の例外を除いて基本的に無い。隠密作戦などにおいても、潜んで人類をやり過ごすという事はほとんどなく、接敵対象を鏖にする事で機密を保つ傾向があるとされている。この事に関しては、異星生物には明確な指揮系統がないというより、個々に判断する能力が低い事が原因なのではないかと考察されているが結論は出ていない。>
背後からの魔手。
音もなく、気配もなく、匂いもなく、完全なる奇襲を成功させたそれだったが、しかし、次の瞬間音もなくDEATHは背後へと飛び退った。
一瞬遅れて、アレックスのナイフがDEATHの存在した空間を薙ぎ払う。
振り返りざまに切りつけたアレックスの目には、確信というより「マジかよ」といった具合の困惑が色濃く表れていた。
猫のように音もなく着地し、ざ、と右手の鎌を構えるDEATH。それに対し、アレックスは手元でナイフを一回転させて調子を確かめると、逆手に構えてファイティングポーズを取った。
「GRRR……?」
「どうしてわかったのか、って感じの顔だな。いや何、俺も何かに気が付いたわけじゃねえよ。ただ、ちょっと思ってな。今の自分、滅茶苦茶無防備だなって。思い当たった瞬間、咄嗟にナイフを振りぬいただけだ」
本当にお前がいなかったら、完全にただのキチガイの癇癪になるところだったぜ、と苦笑するアレックス。対して完璧な奇襲を、そんな思いつきと偶然で阻止されたDEATHは、心なしか困惑するように目を瞬かせた。
「で。うちの部下を誘拐とは、どういう了見だてめぇ。お前の任務を滅茶苦茶にしたのは俺だったはずだが。陰険な事しやがって……って、通じてるのか、これ?」
恨み言を口にするアレックスだが、異星生物相手に啖呵をきっている自分の滑稽さに気が付いて顔をしかめる。
どうにも、調子が狂う。言うまでもなく、普段から異星生物に話しかけるなんて妙な真似はしない。
相手がDEATHだからだろうか。高い知性を持っているのは分かっていたが、先ほど見た目だけならそっくりさんの量産型の能無しっぷりを目の当たりにしているので、こうして対面するとその所作の一つ一つに高い知能が滲み出ているのがよくわかる。立ち振る舞い一つでも大分違う。
そのせいで、相手に人格のようなものを見出してしまったのかもしれない。実際に奴が人間的な情動を備えているかは置いておいて、あまりよくはない兆候だ。
そういった認識は、思い込みに繋がる。思い込めば、誤る。
「……ちっ」
舌打ち一つして意識を切り替える。
背後のミリシアが目を覚ます様子は無いし、覚ましたといてあれだけガチガチに拘束されていては身動きが取れない。
アレックスの勝利条件はミリシアを連れてこの状況を脱出する事だが、肝心のミリシアが動かせないのではそれは叶わない。最低限、目の前の怪物を排除しなければならない。
できるか……? 緊張に汗が手に滲む。
あの地下の戦いで、DEATHが本気というか色々顧みずに戦えば、アレックスには手も足もでないのは分かっている。あの触手、掘削級のそれと似たような奴をこの閉鎖空間で振り回されたらアレックスに成す術はない。
もちろん、背後にミリシアがいるこの位置関係で、そんな無差別攻撃に出るとは思えないが……そこまで考えて、無意識に恋人を人質にしている事に気が付き、アレックスは猛烈な自己嫌悪に襲われた。眩暈がするほどの吐き気に襲われて歯を噛みしめる。
最低最悪の行為だ。だが、かといってミリシアから離れたら色んな意味で詰みだ。後で誠心誠意ミリシアに謝罪するとして、現状はどうしようもない。
ジリ、と互いに距離を測りあう。
この距離ならまだ銃の間合いだ。だが、ハンドガンは反動がきつい。例によってDEATHは銃弾を弾いて見せるだろうし、隙をついて切りかかってこられたら対応できない。だがナイフは当然遠いし、自分から切りかかっても勝てる気はしない。
DEATHも、アレックス相手に迂闊に襲い掛かってカウンターされるのを警戒しているのか、間合いをじりじりと測るものの積極的に仕掛けようという気は見られない。互いに一度ならず交戦し、厄介さを身をもって知っているからこその硬直が続く。
だが、状況を踏まえてみれば圧倒的に有利なのはDEATHであると同時に、また追いつめられているのもまたDEATHだった。少なくとも彼は、ここでもう一秒とて無駄にする余裕は存在していない。故に、DEATHは必死だった、手段を択ばないほどに。
硬質な、何かの砕ける音。背後から響いた破砕音に思わず目を向けたアレックスが目の当たりにしたのは、ランチのキャノピーを突き破って量産型が侵入してきた姿だった。先ほどまで相対していたのとは違って、敵意や興奮も感じられない虚ろな瞳の量産型は、どこかぎこちない動きでミリシアの拘束されている座席に手をかけた。怪力によって、べごり、と基部から引っこ抜くように座席が取り外される。
「な……」
咄嗟にそちらに銃を向けようとして、はじかれたようにDEATHに視線を戻すアレックス。彼の直観が訴えたように、DEATHはアレックスがよそ見をした隙をついて行動を起こすところだった。
霞むような速度で右腕が振るわれる。それが過去に見せた切り札の関節伸ばしだと判断したアレックスは、咄嗟に首を庇うようにナイフを構えた。距離と位置関係、過去の経験からのヤマカンだったが、それでも受けられる自信はあった。あの技はリーチが特異なだけで、攻撃としては練りが足りない。
だから、DEATHもまた、その技には頼らなかった。
「?!?」
アレックスの視界いっぱいに広がる、赤茶色の何か。蜘蛛の巣のように広がったそれが投げかけられた投網のようなものだと彼が判断するよりも早く、全身に重い粘液のようなものが絡みつき、勢いのままにアレックスを背後に吹き飛ばした。すっ飛んできたアレックスの体を量産型がひょいとよけ、操縦席のコンソールに叩きつけられるアレックス。とにかく身を起こそうとした彼は、体がコンソールにくっついたかのように動かなくなった事に気が付いた。
正確には、彼を絡めとった粘液が信じがたい速度で硬化し、コンソールとくっついてアレックスの身動きを封じている。
ミリシアを絡めとっていたのと同じ奴だ、と判断した時にはすでに遅かった。
「な、くそ……っ!?」
力をどれだけ入れても硬化した粘液はびくともしない。アレックスが何もできない目の前で、乱入した量産型は椅子ごとミリシアを抱え上げて外に出ていく。その後を、悠々とDEATHが続く。操縦席に足をかけて乗り越えようとしたところで、振り返ってアレックスと視線があった。
殺される。
あちらにアレックスを見逃す理由はない。せめて最後まで奴に屈すまい、と敵意を込めた視線を突き返す彼に、DEATHは知性を湛えた瞳でただ見返した。
そこで気が付く。
奴の視線に、殺意や侮蔑の意思を感じない。まるで思慮深い顕学者のような視線を向けてくるだけだ。
数秒の睨み合いのあと、ふたたびつい、と視線を戻し、DEATHはその場を後にした。アレックスに手をかけることなく。
どういうつもりかはわからない。アレックスを殺すのに、刹那の時間も要らなかったはずだ。情けをかけられたにしても、その意味がさっぱりわからない。
いや、そんな事は今はどうでもよい。
それよりも、DEATHの後を追わなくては。おそらく奴は手勢を使って、別のランチを準備している。早く追いつかないと取り返しのつかないことになる。
資料の記載を思い返す。この硬化した粘液は、熱で焼ききれたという話だ。右手にはハンドガンを握ったままで、そこには絶賛冷却中のプラズマガンのアタッチメントが装着されている。冷却フィンが真っ赤に焼けたそれを、手首を捻って粘膜に押し当てると、鼻を劈くような異臭とともに粘液が火に充てられた発泡スチロールのようにぐずぐずに崩れ始めた。
何か所か焼き切ると片腕の自由が戻ってくる。粘液の大半は上着にくっついているので、脱ぎ捨てるような形でなんとか拘束から脱出する。
だがかなりの時間が経過してしまった。
慌ててハッチから飛び出して首を巡らせる。他にエンジンに火が入っている宇宙船はないか、と探す彼の頭上に大きな影が差した。
見上げると、そこには一隻の高速連絡艇。お偉いさんが移動に使うような、ランチの高級版だ。その操縦席のキャノピーが真っ赤な血で染まっているのを目撃して、アレックスは舌打ちした。
誰かが逃げ出そうとしてエンジンに火を入れた所を乗っ取られたらしい。わざわざ襲撃を受けている格納庫の船に乗り込む事もないだろうし、一体どこのバカだ。
だが、船を奪った所で格納庫が開かなければ宇宙には出られない。今のうちに乗り移ろうとルートを探すアレックスだったが、ガゴン、という重い音に思わず硬直する。
振り返ると、格納庫のハッチがゆっくりと開こうとしているのが見えた。減圧も何もしていない状況での開放で、格納庫内の空気や物がすごい勢いで外に吸い出されていくのが見える。
アレックスも体を吸い寄せられ、咄嗟に階段の手すりにしがみつく。
「くそぉ!!」
そりゃあそうだ。ランチを奪って脱出するつもりだったなら、開閉装置にも手勢を送り込んでいるに決まっている。
ヤケクソで頭上の連絡艇にハンドガンの引き金を引く。対人戦であればオーバーキルにも程がある火力を誇る実弾でも、宇宙船の外装を貫く事は叶わない。アレックスの攻撃を嘲笑うように悠々と連絡艇は発進し、格納庫のハッチから出て行ってしまう。
流石にこれ以上の追跡は無理だ。頭ではわかっていても、最後の望みをかけて飛び移るべきか、頭に無謀な考えがよぎる。宇宙服も来ていないアレックスが連絡艇にしがみついたところで、乗り込む前に酸欠と放射線で命を落とすのがオチなのだが、それでもそんな事を考えるくらいにはアレックスも必至だった。
だが彼がその無謀を行動に移す前に、格納庫のハッチが緊急閉鎖される。ブリッジが事態を把握して強制介入、逃走しようとする連絡艇を閉じ込めようとする。
連絡艇は、しかし止まらなかった。閉じるハッチと接触して火花を散らしながら、強引にハッチをくぐりぬけていく。
いくつか部品をもぎ取りつつもハッチは逃走者を封じる事には失敗し、アレックスの目の前で全ての希望と共に重く閉ざされた。
行ってしまった。
アレックスは格納庫の床にぺたりと座り込み、閉じたハッチを茫然と見つめた。
分厚いハッチは今や厳重にロックされており、おそらくブリッジから解除してもらわない限り開かないだろう。今から適当なランチをかっぱらった所で追いかける事はできない。
外ではどうなっているのか。対空機銃が不審船を撃墜しようとしているのか、それとももう撃墜してしまったのか。あるいは何か別のトラブルで対空システムがダウンしているのか。
まあ、DEATHがそのあたりをヘマするとは思えない。何らかの形で人類の追撃は失敗するように手は打っているだろう。
悪い意味で、そう信頼できるだけの能力を持っている相手だ。こうして、まんまとアレックスが出し抜かれたように。
「ミリシア……」
攫われた。自分の可愛い部下が。
落ち着いた今、何故、どうしてが湧いて出てくる。彼女は確かにそこそこの生まれで、類まれな操縦技能を持ち、ついでに美人の可愛い子だ。だが、そんな事に異星生物が価値を見出すはずがない。ましてや投入されたのはDEATHだ。自軍最強戦力を引き換えにして人類軍に潜伏させていた工作部隊、その使いようによっては人類軍を壊滅させる事だって可能な鬼札を、まさか一兵士の誘拐に使うとは。
普通に考えてあり得ない。いくら考えてもアレックスには異星生物にそこまでさせる理由が思いつかなかった。
自分ならわかる。いや、思い上がりも甚だしいが、アレックス自身は異星生物の機密にも多数触れているし、DEATHと奇妙な縁もある。変なウィルスに感染した事もあるし、生体サンプル的な意味合いで何らかの価値を見出されたりはするだろう。
そう的外れな考えではないはずだ。
ランチで拘束されたアレックスに、DEATHはトドメを差さず、むしろ何ごとか考え込んでいる様子だった……あれは、可能ならばアレックスも連れていきたい、という事だったのではないか? だが、ほかならぬ彼らの放った粘液で取り外しのできない操縦席のコンソールに張り付けられていたので、あの場での誘拐を断念した。
筋が通っているようには感じる。だから、なおさらわからない。
……だったら、なんで?
何故、ミリシアを優先して誘拐した?
わからない。何も、わからない。
腑抜けたように、茫然と座り込むアレックス。だが彼はある程度の所で意思を振り絞り、身を起こした。
彼には独立遊撃隊隊長という立場がある。いつまでも黄昏てはいられない。それにその立場をうまく使えば、ミリシアの奪還に動く事が出来るかもしれない。
今は情報がいる。
ミリシアが攫われた以外に奴の狙いはなかったのか。重要人物の暗殺、機密情報の奪取。軍が一兵士の奪還の為に動く事を許すとは思えない、大義名分を得るにも現状把握だ。
しっちゃかめっちゃかになった第八格納庫を見渡すと、そもそも大乱戦に陥っていた所でハッチが開くという惨事に見舞われたせいで、一言で表現できないようなカオスになっていた。ただ生きていれば外に放り出される事に抵抗もできる、ハッチ近くにいた奴は運がなかったがそうでないものは大なり小なり生き延びて、しがみついていた機材の影に倒れ込んでいるようだった。
そういえば、量産型のDEATHはどうなったのだろう。あれだけいたのだ、全部倒されたとか外に吸い出された、とかはないだろう。まだ生き残りがいるかもしれない……にしては、静かすぎる。
「おい、大丈夫か」
「なんだよ……見てわかるだろ……」
とりあえず、手近な場所にいる兵士に声をかける。相手の反応はけったいなものだが、まあ、階級章を上着ごとランチの中ではりつけにされているので仕方ない。苦笑しつつも、腰のポーチから治療用キットを取り出す。
兵士は肩から酷い裂傷を負っている。流血をまず止めるのが先だろうと、止血剤のアンプルを用意した。
「見た感じ重症かな? 血を止めるぞ、チクっとするが」
「……アンタ、変な奴だな。っ、悪い、頼む……」
「気にするな。……けっこうざっくりいってるな、何にやられた?」
「何ってわかりきってるだろ、あの変なカマキリみてえな奴だよ……。くそ、あれも異星生物なのか? 見たことが無いタイプだ……」
「ソイツはどうした? 仕留めたのか?」
「……そこの水たまりがそれだよ」
兵士が顎をしゃくって指し示す先には、何やら真っ黒なタール溜まりのようなものがあった。意味が分からず、アレックスは首を傾げた。
「……あれが?」
「ハッチが閉じてすぐに、なんか急に動かなくなったと思ったらそのままデロデロに溶けちまった。他の奴らも概ねそんな感じじゃないか?」
「……ふむ」
初めて聞く話だ。が、量産型が遺伝子レベルでデザインされた生物兵器というなら、情報漏洩を防ぐためにも事後処理のための機能を与えられていてもおかしくはない。
ただ、それはつまり、普段戦っている異星生物とは運用思想が根本的に違う、という事だ。一般的な異星生物はいってみれば放し飼いに近い運用で、指向性を与えて人類と戦わせている、という感じだ。当然、個々には意思と呼べるものはないし、状況を把握して判断する能力もない。自身の貴重性を顧みず、攻撃本能に従って精鋭部隊に攻撃をしかけた結果全滅した掘削級が良い例だ。だがあの量産型は、DEATHによる簡易的な制御をおこなわれていたものの個々にまともな判断能力もなく暴れていた、という点では一般の異星生物と同じように見えるが、こちらには自滅機構が搭載され兵器として運用されていた。
この違いが何を示すのか。
「……いや、情報が足りないな。一応、あとで総司令に報告しておくか。すまん、貴重な情報感謝する」
兵士の手当てを終え、考え事をしながら立ち上がる。とにもかくにも、一度部下達と合流しなければ。この乱痴気騒ぎに巻き込まれて怪我をした者がいないか最低限の確認を行ってから、総司令部は無理でも、少佐あたりと連絡を取らねば。事情を把握している者なら、ミリシアが攫われた、という情報の異常さを理解し何かしらの行動を起こしてくれるだろう。
上は冷徹だが合理的だ、この機を異星生物の真相に触れる機会と認識し、少なくともアレックス達第77独立遊撃隊を爪弾きにする事だけはないはずだ。
そんな風にこの後の指針をまとめていると、格納庫の入口から武装した警備兵が続々と入ってきた。増援にしては遅すぎる、状況を収集するための保安部隊だろう。
これでひと段落だな。とりあえず格納庫を後にしようとしたアレックスは、しかし、入ってきた警備兵が一斉に銃を向けてきた事で足を止めざるを得なかった。
「アレックス・ウィンザード中尉だな」
「そうだが……何か?」
「貴様を異星生物への内通疑惑で拘束する」
「…………は??」
まあ、よくある話だ。
あり得るはずの無い事が起きた。有能な人間なら、何故そのあり得るはずのない事が起きたのか、を調査する。そして事実を確認し、次にそれが起きないように対処する。
だが無能でかつ、責任能力の無い者ならどうする? それが保身の事しか考えてないようだったら?
答えは簡単だ。
真犯人をでっちあげて処罰し、都合の悪い真実には蓋をする。
もちろん、そんな奴はそう多くない。過酷な異星生物との戦争の中、味方に害を及ぼすような無能は、なまじ敵よりタチが悪い。政治将校や憲兵隊が血眼になってそういった汚染因子を探し出し排除しても、たまたま、目をつけられずにやり過ごせた奴もいる。
今回はたまたま、そういう奴が船の上に居た、という事だ。
それに、第77独立遊撃隊は、隊の規模や表向きの戦果に比べて不自然なほど総司令部から特別扱いをされている。もともとやっかみの対象になりやすい遊撃隊という立場もあわせて、嫉妬交じりの敵意が元々あったのだろう。
ついでに不幸だったのが、不可視の暗殺者DEATHの存在は、人類軍の中でもトップシークレット。立場でいえば戦艦の艦長とかはアレックスより遥かに立場が上のトップエリートだが、故なければその存在すら把握していない。
彼らからすれば、鋼の忍耐力をもった執念深いステルス暗殺者が艦の中に潜んでいるよりも、得体のしれない独立遊撃隊の持ち込んだ荷物の中身がそうだった、という解釈の方が、合理的で分かりやすい話だったのだ。
ガッ、と尋問室に硬い音が響く。
椅子に拘束されたまま鉄棒で殴打されたアレックスは、受け身も取れず床に転がった……ように、相手に見せかけつつ、なんとか衝撃を殺した。露骨に受け身を取れば相手が逆切れするので仕方がない。
尋問室は血生臭い上に錆臭い。床も汚れていて、転がされたアレックスは変なにおいに内心ため息をついた。せめて最低限の掃除位はしておいてほしい。
尋問官が、そんなアレックスの髪を乱暴につかんで引き起こす。机に乱暴に彼の頭を叩きつけながら、ダミ声でがなり立てた。
「いい加減認めたらどうだ!?」
「…………」
アレックスは無言で返す。視線も合わせない。
「艦内に異星生物が潜んでいた痕跡は見つからなかった! 貴様の部隊の荷物に潜んでいたに違いない! さっさと白状しろ!」
「……」
ここで何か一言でも口にした方が面倒くさい事になるのは目に見えている。それにしても、尋問官のいう事がさっきから支離滅裂すぎて笑える、と内心アレックスは苦笑した。
そもそも前提がトチ狂っている。異星生物は人類とコンタクトしない。手引きしたところで、それを理解するような相手ではない。そういう相手だったら、とっくの昔に和平が成立しているか、異星生物の勝利で戦争は終わっている。
なんかもう色々と因果関係が矛盾しまくっているが、恐怖に頭が固まった人間なんてそういうものなのだ。
「あの忌々しい星見め! 特権を振りかざしやがって……お前が白状すれば全部片が付くんだ、言え! この薄汚い人類の裏切者め!」
とうてい正気には見えない血走った目で尋問官が唾を飛ばす。まあこいつもコイツで上から詰められて大変なんだろうなー、と同情する余裕すらアレックスにはあった。
この手の暴力、モルガンヴェールでの経験を振り返ればヘでもない。何の理由もなく致死級の暴力をふるってくるエセ政治将校に殺されないために受け身の技術を磨き上げたのがこんなところで役に立つのは変な感じだった。
それにしてもお喋りな男だ。情報を封鎖して対象の心を折るのも尋問官の仕事だろうに、情報を提供してどうする。
気がかりだった部下の扱いだが、どうやらシルバが奮戦してくれているようだ。星見は特別な立場だし、見た所シルバはその中でもさらに特別な立ち位置なのは分かっていたが、例え艦長の指示でもつっぱねるだけの権限をもっていたとは少々驚きではある。
それでも流石にアレックスを救助するまでは首が回っていないらしい。まあ、自分の女にそこまでやらせる訳にもいかないが。
「さっさと吐け! 吐けってんだよ……!」
ガンッ、と振るわれた鉄棒が額をかすめる。少し切れたようで、流血がつたう感触にアレックスは目を細めた。
それでも徹底して無言を貫く。時間は彼の味方だからだ。
忘れられがちだが、第77独立遊撃隊は西方総司令部の息がかかった部隊であり、数々の功績を上げた結果、対信者用の特殊部隊に再編する事になっている出世頭だ。その部隊長が、数々の機密情報を抱えたまま、冤罪で尋問されている、という事態を総司令部が見逃すはずはない。ただでさえ信者の暗躍によって瓦解した軍内の正常化に躍起になっているのだ。
戦艦の艦長は艦内において神にも等しい権限を持つが、総司令部にはそれを取り上げる権限がある。尋問官の焦りはそこからだろう。
問題は、救助が来る前にアレックスが殺されないか、その一点である。尋問中の事故死とか、まあよくある言い訳なので。
だから、アレックスは何をされようとうめき声の一つさえ上げなかった。形だけの尋問とはいえ、そこまで徹底されればあちらも話を進める事が出来ない。でっちあげの生贄の羊ではあるが、あちらからすれば意味不明な異星生物の襲撃だった訳で、どちらかというと“独立遊撃隊のせいであってほしい”という願望でもあるのだ。何一つ聞き出せずにアレックスを殺した場合、上の連中は今後あるかどうかもわからない異星生物の襲撃の恐怖におびえなければならない。
それに、総司令部ではなく、総司令へ直接のコネがある、というのも不味い話だ。叛逆者の疑惑があるから処分しました、という言い訳をするにしても、本人の自白ぐらい最低限取っておかなければ、今度は自分達が総司令に処分されるのは目に見えている。
馬鹿だねー、というのが掛け値なしにアレックスの本音だった。
真実を知っている身からすれば、DEATH相手に対策なんて不可能。ましてや量産型まで引き連れているとか完全に想定外だった。大人しく事態の鎮静化につとめ、司令部の指示を待っていれば何の面倒も起きなかったのに、自分から不祥事を起こしている訳なのだから。
尋問室に叩き込まれてそろそろ三日ぐらいになる。
あのフットワークの軽い総司令部なら、そろそろ動いてくれる頃合いだろうか。
<戦場のひみつ:異星生物との戦争において、基本的にスパイとか謀略の類が無いので、尋問などは滅多に起きない。必要があるのは時たま発生する海賊の取り調べだとか、不良軍人の摘発ぐらいである。なので尋問の訓練を受けた者も少なく、だいたい暴力で吐かせる事になる。>